残雪の鳳凰.甲斐駒ヶ岳 広河原を隔て北岳の凄い雪稜を望む 思いの外.少ない北部の残雪 黄連谷のツメで滑落 甲府より鳳凰と甲斐駒ケ岳 ., |
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| 鳳凰三山.甲斐駒ケ岳への径 s41年(1966年)05月04〜08日. L西村博臣.sL滝島静昭(3).m和田一男,三浦俊彦.松村進(2) 夜叉神峠―鳳凰三山早川尾根―甲斐駒ヶ岳黒戸尾根―白須 5月04日.新宿= 5日.甲府=夜叉神荘一南御室小屋hc1 6日.c1一早川尾根小屋hc2 7日.c2一駒ヶ岳黒戸尾根.七丈小屋hc3 8日.c3一白須=韮崎=新宿 早朝の甲府駅を発ったバスは満員の登山客を乗せ.御勅使川に沿って山の懐に入って行く。 車窓には白峰の山並みが広がり.うとうとする瞼に今だ真白き雪帽子を乗せたこれから望む山々が望まれた。 夜又神峠の車窓から5月04日晴.新宿23:45= 5日晴.3:25甲府4:20.山梨交通¥230.=5:35夜叉神荘一6:32峠一11:50南御室小屋hc1. 鳳凰,南御室への径 夜又神峠の登り早川尾根の径 夜又神峠から確り踏み固められた赤土の大崖頭山を巻くよう登って行くと.賑やかだった夜叉神峠の装いを遮るよう静か山波に変っている。 そして漸く山に入ると云う実感が湧きだした。この森の先に今日の泊場.南御室が在り.明日は早川尾根に乗る。 大部分が樹林に被われ.吹き溜る残雪が多い。 岩稜と樹林とを旨くミックスさせた鳳凰連山では他人に拘束さられぬ自分達だけの山を味わうことができそうだ。 峠から離れると疎らになった登山者.すれ違う人もいず。 知らずして黒木の樹林に入る。昼間なのに光を閉ざす薄っ暗い森に残雪が被い.次第に積雪は増しだした。 残雪を踏みしめ.薄暗い樹林帯を縫い歩くのは実に楽しい。5月の雪山に心は踊り続けている。 雪と戯れ.腐り切った残雪を踏むと4寸程潜る。 交互に足を出す雪の感触が楽しく.枯木に腰を下ろす休む1本にも.気ははしゃいでいだ。 少しガスが切れた所で秀麗たる冨士が遠望されたが.ここ私の脇からは目の前に日本第2峰の北岳がデンと構えている。 南御室までは苺平付近が一番残雪が多かった。まだ春山の姿を見せ付けていた。 穏やかな南御室の鞍部.樹林を切って小平地が築かれ.そこだけ裸土が現れている。 そして所々雪融け水が溜まっていた。 南御室小屋―鳳凰三山―早川尾根小屋 ![]() |
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6月の薬師岳.観音岳. , |
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| 5月06日.晴 南御室小屋c1. 5:20一6:30薬師岳7:37一8:05観音岳⇔8:50地蔵岳.10:25一11:15白鳳峠:30一14:00早川尾根小屋hc2 |
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鳳凰三山観音岳より右が地蔵岳.奥はアサヨ峰と甲斐駒ヶ岳.間の遠方はは見えるか乗鞍岳 . ![]() |
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| 砂払岳 泥土を避け黒木の根っ子を頼りに.急な斜面を渡り渡り登って行く。 すると再び春の薄汚れた残雪の踏み跡道になる。 木屑.枯木,葉末の散らばる硬い雪質の径. 樹々の梢を避け潜っては登って行く。 樹林帯が切れ.裸土が現れた白砂の中.砂払岳が姿.全容を現わしだした。 |
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野呂川谷を隔て夜叉神より池山吊り尾根と北岳 ![]() 再び北岳を仰ぐ.バットレスと白根御池尾根 |
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| 春風 風が髪を立たせ.野呂川の谷を隔て.白峰の雄峰が飛び込んできた。 吊り尾根の末端から覗き込む北岳は.今だ雪多い。 雪稜の上に君臨し雪をも寄せ付けないバットレスが必要以上に山を引き立てている。 本邦第2の春山が目の前に聳える。僕等はその素晴らしい姿に歩みを止め.唖然と見詰めていた。 バットレス いまだ忘れられぬ高校時代のバットレス遭難事故を想い起こさせていた。高校最後の山へと私と長塩.2人で南アルプスの白峰三山を目指した。 梅雨前線の大雨に叩かれ.北岳小屋から途中下山し雪渓を下る折.遭難救助を頼まれる。何もわからず歩くだけで精一杯の私たち。 寝袋に包まれた被害者を見せられ断り切れず.うなずいた。それとともにリーダーの特訓が始まる。 雪上の歩き方からザイルでの枝木でのベット作り。反強制的に教わる。雪渓の末端まで下っている。肩に掛かるザイルからの重みは増し. 喘ぐ下りは救助隊が現れる雪渓末端まで行われた。それが明峰山岳会と知り.更に社会人として初めてヒマラヤ遠征を行っている。 その時の隊長.山田氏が私の隣人だと知ったのはズーと後だった。 2年後に大町駅で北鎌に登り為タクシーの相乗りを求めていた。偶然.その相棒も北鎌に向かう単独同志だった。 登り.共に頂まで一緒したのも明峰の会員だった。当時は「岳人」によく連載され.国内の初登頂の記録を綴った山岳会。 山田氏は春の下町の祭礼では.共に町会の代表として催している先輩の一人でもある。 , 薬師東面の雪斜面から観音岳グリセード 鳳凰山塊の頂稜は砂礫と這松で構成され.東面には多くの雪を残している。 薬師岳の腐った雪でグリセードを楽しみ.這松の香を嗅ぎながら観音岳を越えた。そして地蔵岳のオペリスクへと。 アサヨ峰を望む アサヨ峰と対照的に雪斑な鞍部が賽ノ河原.右上が地蔵岳の肩 |
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, 春の雪肌 |
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| 雪潜る山稜 メーンルートから一歩外れると径は変わり気も変わる。特に人気が薄らぐのは望ましかった。 鳳凰を越えると春山の素顔を見せ.トレースは埋まり.残雪と這松.黒木の埋まる尾根になる。 アカヌケノ頭からの痩せ尾根は頂稜に這松と残雪のアウトラインを走らしている。 僕等はできるだけラインに沿った尾根を辿った。 残雪に深く足を取られがちになると這松に移り.這松に足を絡ませる程.幹が深ければ残雪に乗る。 早川尾根への径 |
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, 観音岳より薬師と冨嶽 |
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甲斐駒ヶ岳を背に白鳳峠 陽差しは高く眼前に大樺沢雪渓が広がり.北岳は更に深みを持って望まれた。 高嶺を折れ.ぐんと下ればシラベに囲まれた小さな峠にでた。 1本取り,汗ばむ体を雪面に投げだす。 眺望の利かぬ峠で仰向けになる。澄み切った蒼空は見れば見るほど深みを増し.春の澄んだ空に目は奪われていた。 僕は友と少し離れた木陰に身を隠し.澄み切ったこの大気をおおいに吸った。 皆はザックに腰を据え囲み語り合っている。僕の所まで笑い声が風に乗り伝わってきた。 体を伸ばしのどかな会話を聞くともなく聞く.安らいだ一時だった。梢を眺め雪塊を握り.目をつぶりもした。 何処も絵になる風景・・高嶺より早川尾根と駒ヶ岳 栗沢ノ頭より甲斐駒ヶ岳 |
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, 観音より甲斐駒.黒戸尾根 |
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| 早川小屋 半ば残雪に埋もれた小屋に入り込むと.小屋は外見に似合わず大きく細長かった。 土間が中央を通し.それを挟むよう一段高い床があり.ゴザが適当に敷かれている。 そして向かい側にも入口がある。20人程入れる小屋だが詰めれば40人も収容できよう。 外側に押し開け式の窓がある。棒切れを探してきて押し開けると目の前に北岳が飛び込んできた。 昨日の峠以来.眺望のポイントは.やはり西側の眩いばかりの北岳の.白嶺に限られた。 今も又.小太郎尾根と吊尾根に挟まれた大樺沢の雪渓を真正面に望む。 雪壁を構えた頂は孤峰を誇り.一段と高く聳えていた。 西陽 斜陽した西陽が窓を透して小屋に差し込むと.小屋の中は急に明るくなる。今日.初めての焼けた陽差しが部屋一杯に広がった。 東側の窓は.まだ全部分が雪に埋もれていた。ほんの一時の陽差しが部屋を明らめている。 コンロを囲んでいた僕等はローソクの火を消した。陽は一段と小屋内全体を明らめる。 窓際には靴下.スパッツ等の干し物が気休めに干されている。最後の陽はそこをも照らしだしていた。 その下には登山靴も板壁に支えられるよう並び干してある。 ヨーロッパ風のカラフルな山小屋ではなく.石造りのがっしリした造りでもない。 素朴な木造りの重々しい早川小屋. 一見今にもきしみ倒れそうだが確りした木造の骨組みがある。 それは古来から建てられた日本独特の山小屋のような簡素さだった。 残雪に半ば埋もれたこの小屋に安住を求め.一層惹かれたのは疑いもない。 窓から差し込む夕日を浴びながら炊事に精をだす。 帳が落ち代わってローソクの灯が活躍した。これからラジを囲む楽しい夕べが待っている。 早川尾根小屋―甲斐駒ヶ岳―七丈小屋 甲斐駒ヶ岳より鳳凰山と遠く富嶽5月07日.曇後雪みぞれ 早川尾根小屋c2. 5:55一7:43アサヨ峰8:00一9:37仙水峠一12:45摩利支天:55一13:41駒ヶ岳14:00 一15:45七丈小屋hc3 早川尾根ノ頭 疎らになり始めた黒木の緩やかな起伏. 早朝の硬雪に踏み込むと直ぐ早川尾根ノ頭にでる。 この辺は岳樺も目立ち.面白いほど立木の幹を曲げ極端な姿を現わしている。 ミヨシから早川ノ頭間は早川尾根で最も積雪が多い所。 朝から照り付ける陽差しに暖められ.ザラメ状の雪がよく足を潜らせる。 潜り込まぬよう一定の歩調で歩むも.もう限界だ。雪表の堅い雪を割って膝まで潜り込む。 チキショウと踏ん張って足を抜こうとすれば.もう一方の足も.その二の舞になった。 アサヨ峰 大きな岩の積み重ねのアサヨ峰は360度の展望が開け.甲斐駒ヶ岳の荒々しい非情なまでの霊峰が望まれた。 眺望を楽しみながらホッカレモンのチューブを吸う。割れた唇にしみヒリヒリするも美味かった。 頭上を仰ぐと何時のまにか雲堤が一面流れ込み陽を隠している。そして風が出てきたようだ。 少し肌寒く崩れ気味の天気になる。 這松混じりの岩稜を飛ぶよう降りる。 調子に乗ってボンボン降りるので.いざ停まるとなると大変だ。数m先まで惰性が走る。 この登りは大変だろうと思う内.再び積雪に被われた樹林帯を抜け.小平地にでる。 仙水峠 大きなケルンが立ち.目の前に屏風を連ねた摩利支天の巨壁が伺える。 そして谷間へ深く切れ落ち.大武川へ垂直に落ち込んでいた。 この異様な眺めとは対照的に仙水峠は小陣まりした峠だった。 小さな小さな峠が僕を楽します。縦走路に似つかわしい憩いの場.誰もが留まることを強いる峠にでる。 明るい峠だった・・ 南アルプス北部概念地形図T |
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駒山頂のメンバー |
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| 甲斐駒ヶ岳 急な鉄砲尾根を詰め.やらしいトラバースに.摩利支天峰を捲き込んで甲斐駒ヶ岳の頂に立つ。 ガスが湧き視界は閉ざされていた。 急に雪雲が低く垂れ込み.周りを黄昏のような暗さに変えている。もうためらう必要はない。 早川尾根の縦走を終え下山を待つばかりだった。天気に追われるよう甲斐駒ヶ岳を後にする。 黒戸尾根への径 |
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山頂より摩利支天と鳳凰 |
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| 黄蓮谷のツメで滑落 氷化しだした雪面はしばし滑りそうになる。 僕はアイゼンを付けるべきと言おうか.言わない内.アーと言う間に転び滑り落ちる。 ここは黒戸尾根のツメ. トラバース気味の斜面だった。 反射的に体を回転させピックを刺す。氷り始めた堅雪に浅く刺されたピッケルは一瞬停まるも.停まらずにいた。 停まるか停まらぬ間ぎはの勢いでズリ落ちた。 2度目の打ち直しに再び滑りだした。勢いは停まることを躊躇っている。そして3度目の振りで停めることができた。 ほっとするも支えはピッケルのピックのみ.氷と砂礫に乗った不安定な足元は日が翳り.一瞬にして氷りだしていた。 堅雪に足場が切れない。靴先を雪面に叩くが堅い反応だけが返ってくる。 体はピックに支えられた間々である。足は浮き.雪塵が氷化した雪壁を越え黄連谷に落ちる。 孤独焦 やだと思っても足場を作る以外ない。空身なら兎も角キスリングを背負っている。 幾度も雪面を叩き.焦りが支配し始めた頃.どうにか身を起こすことができた。 壁.大地と胸との間に空間が幾らかでき.視野が少し広がった。 数分で氷化した斜面. 恐怖心が走るも.まだ上まで戻れそうもない。息を整えるが気は焦っている。 動くこともできず如何にかせねばと。アイゼンの先にツァケがあればと思うも.靴先の硬い反応だけが返っていた。 諦めか.如何でもなれと考えがフト浮んだ。腕力が抜けだしバテてきた。 焦る気を押さえるのみで他に考える余裕はない。ただ足元だけでなく周りを見る力は残っていた。 執念 壁の中.1m脇上に這松の割れ目を見出だした。 支えているだけで力が入いらず。ブレードで小さなバケツを作り這うよう近ずいた。 ひと振りで1cm四方程の雪片が数個.コロコロと跳ね落ちた。まだ足場が取れないでいる。 悪寒のような不気味な感情に恐怖心が走る。 靴底の一部が引っ掛けているだけの黄連谷に.雪片が蹴る都度舞って行く。 股の間から足の爪先へ.落ち深い壁が覗めむ谷。助けのザイルはない。自分を信じ騙すよう這い攀じる。 このちっぽけな這松が.これ程可愛らしく頼もしく思ったことはない。 引っぱれば抜けるような這松に足が掛かった。ピックが2cm程入り.支えに落ち付きを見い出した。 ゆっくり呼吸ができた気がする。 仲間の声は聞こえなかった。たぶん大声を上げ.励ましジッと見詰めていたことだと思う。 友の声が漸く聞こえてきた。 ザイル1本あれば如何いうこともなかった。全てが終わり足場に安心感が伴うまで.仲間の声は聞こえなかった。 丸っきり余裕もなく.1人もがいていたようである。声を出す余裕すらなかった。 烏帽子岩手前で転落したところを思うと黄蓮谷右俣.烏帽子沢の最後のツメと思われる。 この下にはルンゼ状のスラブが高差200mを持ち落ちている。 か細い草付に確保ができ.初めて「大丈夫!」と言葉を吐いた。 |
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, 黒戸尾根下山、 |
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| 黒戸尾根 八合目を過ぎ樹林に入ると残雪は腐っていた。 和田が転倒.木にぶつかる一面もあったが.ミゾレの中.7丈小屋に辿り着く。 僕は気象を担当しているのでミゾレを避ける小屋に入る。 七丈小屋は半ば残雪に埋もれ.這って中に入るも.今にも天井に頭が付きそうになる。 エレキを頼りに天気図を付けていて.幾度も天井に頭をぶっつけた。 移動性高気圧が去った今.気圧の谷が迫り.低気圧は幾つも前線に結ばれている。2.3日は荒れ続くだろう。 小屋を出ると仲間が居ない。先に下ったのだろうと小径を降りて行くと.下の小屋に陣取っていた。 最後の泊場. ここも雪が多い.吹き溜まりを避け小屋の中に天張った。 7日12時.高層天気図 5月08日.早朝雨後晴 七丈小屋―白須 七丈小屋c3. 9:00一10:05五合目小屋:30一15:05白須:45.山梨交通(山交タウンコーチバス)¥90.=韮崎=新宿. 以外と静かな朝を迎える。頂は灰色の雲に被われているが如何にか麓まで持ちそうだ。 昨年三浦と泊まった5合小屋を過ぎると鎖.梯子に支えられ黒戸尾根の難場にでる。 そこを過ぎると深い原生林に被われていた。一年前の径.もう懐かしさが募り.下りは早く感じられた。 笹平から尾白川へ降り.竹宇駒ヶ岳神社の境内を抜けると畔の中になる。 前回の横手への径を分ける。今回はただ一本の幅広い車道は白須まで続いていた。 |
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尾白川にでて1本. , |
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