現役,昭和40年代の山道具


   工場にブル下がる昭和40年代の道具,

   ヘルメットはバイク用,造船所用,山と防災用がある。
   ザイルはナイロン製40m,旧アカレンガより,
   カンジキはs43年正月北八ケ岳で壊れ現地で修理した。丸いカンジキは東北のもの,


        

   ピッケルは2代目,秋葉原「ニッピン」で当時一番安価なエバニュー製のピッケルを購入。昨年2008年飯豊石転び沢で使用。
     初代はシモンスーパーD,s46正月爺ケ岳南尾根で紛失。共にシャフトはヒッコリー。皮ケースあり,
     右の写真はシモンスーパーD,s44年,1969年剣岳長次郎雪渓左俣下降中,ツメ下で折る。

   短いピッケルはアイスバイル用に用い,s47年頃先輩新津氏より譲り受けたもの。
   アイゼンはs42年池袋「山幸」で購入,トタン布のケースあり。
     黒色は6本軽アイゼン,2007年秋購入,使用は飯豊石転び沢から。
   当時の三つ道具あり。s41年041月の阿弥陀南稜山行から使用。
   背負子は当時のボッカと冬山の必要条件でした。s42年より使用,

   冬天は生地が違うだけで今と変わりません。


  

   昭和40年代前半の最新スキー板。西沢ヒッコリー等。
     s41年、皮製スキー靴を購入。吾妻連峰での春合宿はスキー靴と登山靴を持参。家形山へは登山靴も背負い行動した。
     s42年、池袋「山幸」で登山靴を新調。カカトに溝を付け山スキーと兼用とする。
     s54年,1979年08月に左足首,脛骨と腓骨をともに複雑骨折を起こし,当時の最新スキー板,ヒッコリーは板のまま使わずに残っている。


  

   工場の棚上段ボールから出てきた品物。
     右よりビニロン製オーバーズボン,ビニロン製オーバーシューズ,ナイロン製スパッッ,s41年11月の木曽御嶽山より使用。後にナイロン製へ,
     上は初めは春合宿用にRHCで共同購入した山スキー用繊維性シールとケース。初代は2年半で消耗。新たに新調したものと思われる。