新人養成合宿Top          北八ヶ岳地形図.山行表

新人養成合宿V.北八ヶ岳

バス分のスト・トラブル

奥秩父山域より北八ヶ岳に変更

Cパーティ,集中地集結できず
        林道で一本
          北八ヶ岳.新人養成合宿.V
              s42年(1967年)05月18〜21日.分散縦走集中形式.cL松村.sL和田.m男子27名.女子12名.

                            新人養成合宿.山域選定に関して
                           新人養成偵察
s42年04月.渋ノ湯―双子池(集中地交渉)―八千穂
      新人養成合宿に臨んで
   今年は例年行われていた奥秩父を離れ.森と湖に囲まれた北八ヶ岳で行うことにした。
     都会の雑踏を逃れ自然の懐に入るのは.我々の持つ情熱の一つでもある。

   新部員諸君にとっては何もかも受動的な立場におかれ.辛く苦しいこともあろう。しかし山はそれと共に厳しく又.暖かいものである。
     それを知り苦しみを乗り越えてこそ.君達の心は満たされるだろう。怪我せぬよう頑張って.山に挑み楽しんでもらいたい。

      奥秩父から北八ヶ岳へ変更
   数年の山行を集計すると積雪による影響が甚だしく多く.新人には時には酷と思われる。
     又.梓川の林道の開発も拍車を掛けている。その上.残雪の必要条件であり.北八を選んだ。ただ欠点は高度差が少ないこと。
     結果的にはやはり懐の浅さを考えさせられている。一長一短であるが.もう1年続けてもらい.後の判断に委ねた。

      新人養成合宿
   新人養成は森と湖に囲まれた北八ヶ岳で男子4パーティ,女子2パーティ.計5コースで行われていた。
     北八ヶ岳は来月には更なる観光ルートが幾つか開かれるが.我々はその前に足を踏み入れることができ.
     残雪も思いのほか少なく順調に行動を進めることがだきた。

   集中地は現地調査の結果.双子池と決定。
     20日には皆元気に集中地に顔を合わせ.池畔キャンプサイドで最後の一夜を過ごす。
     最終日21日は男子蓼科山越え.女子は広河原を下り親湯で落ち合っている。

   新合宿地の為.偵察不足もあって全パーティが集中できなかった事が残念だが.幸い合宿中.好天が続き,
     茅野より一列車遅れて急行で全員無事.新宿駅ホームで落ち会い.合宿の幕を閉じた。
     更に本年はキャンプファイヤーを催し親睦を深められたが.明年は観光開発.国立公園等で使用が危ぶまれている。

     集中地.双子池偵察 4月14〜16日.m松村.大川

     西村博臣.狐崎雄二.根岸哲夫.竹永靖正.日吉正博.滝島静昭(4)
     松村進.鈴木輝雄.田沼栄一.三浦俊彦.和田一男.野中輝子.大川崇夫.松本弘美(3)
     三田誠一.赤嶺成一郎.山田雅一.工藤具明,高橋雅之.池田千鶴子.水頭芳三.大高淑子(2)
     中川保.関根利章.新崎啓一.西沢隆雄.斎藤吉男.満尾.大塚栄.伊藤雅子.豊永真琴.沼津久美子.古田和佳子.平田恵子
     桧垣いく子.仲林幸子.島田純江.林幹夫.(1)

      北八ヶ岳概略図
    稲子一根石岳一丸山一縞枯山一雨池一双子山一蓼科山一親湯

     Aパーティ. L松村進(3).sL三田誠一.m高畑邦雄(2).関根利章.中川保(1).西村博臣.狐崎雄二(4)
                  食糧.関根. 装備.中川. 医療.高畑. 気象.三田


              , 稲子より本沢温泉への林道
         5月18日.  新宿23:45.\650=
            9日晴. 5:02小淵沢:49=7:15松原湖7:42.千曲バス\60+15=8:00稲子
      佐久の裾野
   千曲川を右へ左へと綴り高原列車は登って行く。車窓から春の陽気な日差しを受け.カタコト.カトコタ走る。
     牧草の生い茂る丘は裾の豊かな高原となり.立木には陽炎が掛かっている。
     そして河原沿いの田圃にも.引き込まれたばかりの水面に朝陽が反射し.眩しく煌いている。

   小海線小淵沢始発の列車は清里.野辺山を過ぎ.次第に通学の学生達でラッシュになった。
     賑やかになった会話が車内に満ち.学生の笑い声が何か朝の明るい風景をつくりだしていた。

   小海線松原湖の駅は土手の下にヘバリ付いたようにある。
     その為.駅前広場に出るには30mほど土手を上がった高台でにあり千曲川の対岸になる。バス停はその高台にあった。
     裾野の丘はここから開から明るく広がっている。

   アプローチを楽しむには稲子バス停からがよい。途中の農家で水を分けてもらい荷車道を遡る。
     バス酔いも納まり空腹感を憶える頃.道脇の落葉松林で朝食を摂る。空は蒼く澄み渡り.今日一日の好天を約束していた。

   車道が交差する小径を20分ほど進むと幾らか尾根上になり,快適な山径に入る。
     新芽を抱いた喬木に包まれ.尾根径は真直ぐ岳へ向かっていた。
     登りと云うより平坦な草原状に台地は気侭に歩むなら.つい寝転びたくなる所でもあった。

    松原湖〜黒百合平
   近ずく硫黄岳


     松原湖7:42.\60+15一8:00稲子:15一8:30朝食9:00一10:10小:20一11:30本沢温泉:45一13:00昼食:35
     一14:30稜線一14:45天狗岳15:06一15:47黒百合平テ1

      山への一歩
   三田をトップに意気揚々と歩きだす。
     トップに離れまいとする新人の中川.関根.痩せた体で無我夢中で付いてくる。

   時たま高畑の力強い掛け声が掛かる。掛かる前にちょぃとサイドに寄り.新人の顔をを見るのが面白い。
     オッサンは相変わらずドスのある声を吐き。狐さんはカメラに納めるバックを探し々歩いている。

   賽ノ河原と呼ばれる涸沢周辺を過ぎ.落葉樹や白樺の散在する木陰に入った。
     樹間を透して硫黄岳のアルペン的火口壁が望まれる。蒼空に冴える残雪が眩しかった。

   硫黄の臭いが鼻に付き始めるころ本沢温泉にでた。かなり早いペースだ。
     本邦第2位の標高を誇る温泉. 先順を好む日本人にとっては以外な程.静かな孤高の温泉に思えた。

   山径に入る

      雪径
   本沢の裏から直接.根石岳にでる。
     山径は日陰になると共に残雪の世界が築かれ.足がよく雪面に取られ潜りだす。

   すると今までの淡々とした山径も急に競り上がり.うっそうと茂る原生林に絡みだしている。
     又残雪の敷き占められた東面は針葉樹の梢が交わく.倒木も多いなってきた。

   残雪は思いのほか少なく.楽に稜線に飛び出すと思われたが.勾配が急になるとペースは落ち一年生に夜行の疲労が目立ちだす。
     1本取った昼食も食欲がないよう思われた。再びファイトを燃やし這松を漕ぎ.稜線にでた。


   ,              根石の稜線より西天狗岳

   2時30分.這松を避けるよう箕冠山にでる。白い砂礫の尾根筋を過ぎれば天狗岳の頂へ。
     強風の中.天狗山頂で20分程.展望を楽しむ。天狗ノ奥庭が望められ.
第1のTs.黒百合平も間近かに見下ろした。

   月明かりに明日の好天を期待し.熟睡する。

    黒百合平〜双子池
   縞枯山
 縞枯山でメンバーと                   . ,
左より私.中川.関根.三田.高畑.西村先輩                   
                   .                            
   中堅になった三田.高畑と

    5月20日晴. 黒百合平6:05一7:15小:25一8:00丸山一8:25大石峠上部:40一9:30縞枯山:47
          一10:45雨池より北西の地点11:15一雨池一12:37双子池テ2.

   起床3時.氷が張ったと新人は驚いている。
     自分で炊事をし.凍るばかりの水で食事をするのは初めてだろう。

   再び中山峠に戻り.北八ケ岳の縦走路を北上する。
     森と湖.草原に包まれた山々を一つ一つ快調な足取りで乗り越える。

   滑り易い中山の雪融け径,霊山と共に怪談の伝説を持つ丸山の深い森。
     それに比べ明るく倒木の多き茶臼山.

   最初の1本から関根,顔色悪く遅れがちになる。茶臼山からman to manで縞枯山立った。
     四方展望に恵まれ.麦草の草原が広がれば,高見石.雨池も望まれた。

   彼も元気さを取り戻していた。朝の快調なペースで茶臼山を過ぎる。
     奥秩父は雲に被われている。なだらかな北八の山稜に何か物足りなさが感じられる。

   雨池峠の落ち込む下りは.まだ朝露に濡れていた。
     梢にまだ溜っていた水滴が.乱暴な僕等の通過で雫を落とし.体を濡らす。
     それでも僕等は気持よく次の雫をを落として行く。

   眼下に仰いでいた雨池は樹海に囲まれ.埋もれるような苔と倒木の森を創っていた。
     かっての知る場所だ。コースを少し外した。林道の指導標を避け.直接雨池に下る。
     深い森に過っての好奇心を掻き立てられた。

   トップを進む2年生は怪訝な顔を向けていた。知らぬ樹林の中.当たり前かも知れないが。
     森の静けさが落葉の踏みしめる音だけを響かせ.仲間の掛け声が森の中に反響を起こしている。深い森がある。


     双子山の登り

   すっきりした丘にでる。落葉松林に囲まれた急斜面.何度来ても飽きない場所だった。
     植林されたような立木群。詰めればもう集中地.双子池も眼下になる。


    集中地.双子池
  

  


   双子池.4年の悪き友. 双子池.4年の悪き友

      cパーティ
   昨夜.とうとうcパーティはここ集中地に来なかった。
     3時半を過ぎても現れないので.雨池まで捜査にだしたが気配なし。

   夕食後.2回目の捜査を出した時.日吉さんに引き連れられ山田が伝令にきた。
     全員無事との事でファイヤー後.cパーティの事情及び状況を聞く。
     小屋場で径に迷い.昨夜漸く夏沢にでる。今日は中山峠経由で渋ノ湯へ下る等を知る。


     双子池〜蓼科山〜親湯
  

     蓼科山頂
    元気な一年がいる.中央は大塚君

    5月21日晴.双子池7:35一9:20小:30一10:30蓼科山11:05一12:15小:29一13:15親湯一13:25プール平14:41.
         諏訪バス\130+50=15:18茅野:22.\580=20:50新宿.
      蓼科山
   最終日蓼科山越えをする。撤収が遅れた為.出発からダッシュ.man to manで双子山を越える。
     1年大塚がズーと遅れたが如何にか林に追い着き.一緒に蓼科山に立つ。
     山頂には満尾のとぼけた顔があり.大塚.関根のやつれた顔。そして2年の何だと言わんばかりの顔が揃えていた。

   頂で昼食後,まだバスがスト解除されていないことを知り.2年2人を交渉にだす。
     一昨日.松原湖で知らされたストが本日決行されている。その下調べのため工藤.赤嶺を先に降した。
     そして万が一の場合.トラックをチャーターするよう指図した。

    後に付く.私と西村先輩
      下山
   man to manで力量によりバラバラになった隊は一層激しく点々と離され親湯へ下る。
     僕は最後から落伍者を1人々拾って行く。

   もう随分下で「ガンバレ!」「最後だ!」「後に負けるな!」と怒鳴る掛け声が聞こえてくる。
     大塚が腰を打ち.プール平まで付き切りになった。さぁ.僕等も頑張ろう。
     親湯では女子パーティが我々を待ち迎えてくていた。バス停のプール平までもう直ぐだ。

  

   ストは解除となる。
     cパーティは茅野駅に着いていなかった。念の為.三浦.和田に駅に残ってもらい.先に帰京する。
     結局.cパーティは後から急行に乗った為.我々の列車を追い越し.新宿駅ホームに無事集結した。

   cパーティ
     上槻ノ木からのルートは初日に夏沢までのルートを確定できず.さ迷った末.2日目を迎えた。
       その為.迂回し麦草を経由.渋ノ湯で下山している。

   偵察として最も必要と思われたコースを外してしまった。
     後で分かるもdパーティの冷山,丸山コースは現在廃道化されていた。迂回し麦草峠を経由する。
     今回は女子のみ慎重の上にも慎重を気したが不届きが出てしまった。実際.各コースを事前に踏破する事もなかった。

     cパーティ新人養成合宿報告.(小屋場一夏沢一双子池)
               L田沼.sL山田.m西沢.親崎.日吉.竹永

  5月19日. 5:45茅野6:01=6:28上槻ノ木:30一7:00朝食:35一8:30小:45一9:50小10:05一10:57昼食11:40
         一12:55小13:20一13:28Ts.

    バスを降りると広い車道が続いていた。天気は良い。少し行って朝食をとり,7時35分出発。
      いやな車道が続く。やがて左へ入る道があり.静かな平坦な道を行く。

    道が3本あり右へルートをとり30分も行くと行き止まりとなる。
      少し戻る。左に細かいかなりハッキリした道があり.そこに入る。

    藪をこぎ尾根に出てから,再び藪をこいたところ.尾根を1本間違え峰の松目の下あたりへ出てしまった。
      が,新人の疲労を考え,沢もあるのでテントをはった。

  5月20日. Ts4:2515:25小:3516:00分岐:30一7:20小:30一8:30小:42一9:45小:55
      一10:55昼食13:00一13:30オーレン小屋Ts,

    3時起床.4時25分出発。いったん下まで下り夏沢へ。車をチャーターして入るつもりで飛ばす。
      6時に昨日の最初の分岐に着き.4年生に下まで降りてもらい僕達は歩き出す。
      しばらくして直ぐ4年生が追い着く。チャーターはだめなようだ。

    3本道を左へ入り沢に沿って進む。今日も天気は良く新人もよくがんばっているが.そろそろ疲れが出てきたようだ。
      10時半に夏沢鉱泉を過ぎる。そこから少し登ったところで昼食し.山田と日吉さんに集中地へ伝令に行ってもらう。
      これから8時間近く歩いてくれる2人に心から感謝する。そこでゆっくり1時半オーレン小屋でテントをはった。

  5月21日, Ts6:0017:00根岩:15一7:35天狗一7: 西天狗8:20一8:40天狗:50一9:50大10:10一11:10高見石12:00
       一13:00麦草峠:10一14:50渋ノ湯15:15=16:40茅野17:07急=20:35新宿.

    6時Ts発.ミカブリへ突き上げるピークは森の中だった。そこを下ると根岩と天狗が美しい。
      3日目でようやくピークを踏めるとあって元気に根岩のピークへ登る。

    そこから天狗へ快適な稜線歩き.北.中央しいては南に残雪をかぶり.アルペンムードも楽しめる。
      天狗へザックをおき.空身で西天狗をピストン。そこに雪渓が残っていたので遊ぶ。

    中山をへて高見石に着いたのが11時10分。昼食にし12時出発。丸山をへて麦草へ下る。
      麦草峠は素晴らしい峠であったが.立派な車道ができてしまったのはがっかりだ。

    車道を歩き,そこから左へ入り.渋ノ湯へ下る。man to manで新人はしごかれる。バテバテで3時近く渋ノ湯へ。
      バスで茅野に着いたら.三浦と和田が待っていてくれた。5時7分の急行で新宿へ。
                                             田沼栄一記

    帰りの中央東線の鈍行列車内

      合宿費.  食糧費¥450.写真¥50,装備¥100.医療¥50.雑費¥100. 計¥750
      食糧献立.19日.弁当.弁当.ブタ汁. 20日.ワカメ味噌汁.ダニ.食パン.カレーライス. 21日.味噌汁.納豆.食パン.(米5合)

       新人養成合宿を終えて
                                               関根利章
   行きの列車の中では期待と不安でなかなか眠られず.うとうとしているうちに小淵沢へ着き.Bパーティと一諸に松原湖へ。
     稲子で別れてこの日のTsである黒百合平をめざして出発。
   初めからザックが肩に食い込む。途中には雪も多くやっとこのとで付いて行く。
     天狗岳の頂上に着いた時は.くたくただったが.後は下りだけというので.ほっとして一気(?)に黒百合へ。

   すぐに夕食の用意。この日のブタ汁のできの良かったこと.一流のレストランなみ(一流レストランではブタ汁は出ないかもしれないが)。
     そして早く消燈したが.急激に冷えだして.シュラフの中に.体全体を入れても寒くて寒くてガタガタするほど。眠れないまま起床。
   その朝は.そばの流れ氷が張っているほどの寒さで.食事の用意もままならず.予定時間をオーバー。
     あとかたずけも早々に出発した。

   今日の昼には皆に会えると励まされ歩いたが.なかなか進まず。集中地の双子池にはDパーティに次いで着いた。
     夕食後.待望のキャンプファイヤー。3年生をエァーマットなしにし(もっとも僕は真面目で1回もやらなかったが?)胸をスッーとさせ.
     「新人哀歌」を多大の共感を持って歌い.最後に「家路」を歌って解散。この時は最高の気分.本当に来て良かったと思った。

   翌日は蓼科山頂までマンツーマンの登り,それから親湯まで遅れながらもどうにか下った。
     3日間,晴天に恵まれく.苦しいながらも楽しい新人養成合宿であった。

        自己反省
                                                林 幹雄
   今,目の前に地図をひろげて見る。よくもま〜歩いたものだとつくつく思った。
     行く前は,さほどとは思っていなかった山は,実際には雪あり.倒木あり,岩ありで.まったく苦労した。
     景色などは歌の文句じゃないが殆ど見なかった。

   第一日目の登りは慣れぬキスの重さで肩と腰が痛くて.よっぽど引き返そうかと考えた程だった。
     幸い第2日目には,痛みは取れたが早く歩けず.たえず怒鳴なれながらも.ともかく集中地,双子池にたどり着いた。
   だが.最終日は破綻をきたした。前日までの疲労と3日間で1番重いキスで初めから息があがらず,
     「行く前のトレーニングからすると.こんなはずではなかったのに。」と.ぼやくも先頭グループから落ち.途中のぼせて鼻血を出し.
     ますますコンデションを狂わせた。
   そして蓼科山山頂まで登ったが.日差しに参ってしまった。
     しかし先輩達のお蔭で先頭にはだいぶ遅れたが.ともかく自分の足で歩きとうせた事には.少し自信が付いた気がする。

   今振り返ってみるに.行動中の自分は性格の弱さか.都会人の線の細さか.大分自分に甘えてきたよう思う。
     今後は自分に対してもっと厳しく.根性を持って事に当り.もっとたくましくなりたいと思っている。

                                                西沢隆雄

   「西沢さん.あんた大じょうぶ? A子に駅まで自転車で荷物だけでも送られましょうか.でも.いやなクラブにはいったこんだネ。」
     これはザックを背負い新宿へ向かう時の下宿出発の場面である。
   内心上の話のとうりだと思ったが,ここまできて諦めるにはしゃくだ。
     「大丈夫。なんとか行ってくる。」と下宿のあばさんとA子さんに挨拶して歩き出した。
     無事に帰るかどうかは僕自信にもおぼつかないのだ。

   新宿では,ベテランの田沼さんと山田さんにパッキングをやり直してもらった。
     一応仕度だけは山男になったが.これからの心配や不安は頭から離れない。

   3日目は出発が6時ごろ.根石,東西天狗のピークに立つ。我が県長野に. いや,日本にもこんな所があるのである。
     来て良かった。本当に良かった。これがそこ時の実感だ。雪渓も空の色も遠くの山々もはっきり見える。最高である。
   それからの稜線歩きは楽だったが.中山峠.高見石までのコースはきつかった。雪と棒切れの道である。
     何をかくそう。今度は来るべきではなかった。「これが実感だ。」この後麦草峠.渋ノ湯までのコースは最も辛かった。
     話すことも.ザックから手を抜くのもいやなほどであった。渋ノ湯に着いた時ホットした。

   すべてすでに思い出化された。思い出は甘美であるべきものだ。その思い出は不思議にも,もう楽しかった。
     クラブに入って良かった・・・・という感じだ。僕はこの山行を一生忘れることはできないと思う。

       新人養成山行感想
                                                沼津久美子
   キスリングの重みが肩にくいこむ。体は少しも疲れていいないのに。1ピッチが2時間にも3時間にも感じられる。
     呼吸が乱れると心臓がしめつけられるような気がする。

   それでもザックをおろした時,見上げる空はあの山の.ベッタリとブルーの絵の具を塗ったような空だった。
     森と湖の山,北八ケ岳。「あんなに憧れていた山に来ている。そこを歩いている。」ということばに,自らを励まし.かろうじて呼吸を整える。
   下りでは自分の下りのにが手さ. 安定の悪さを再確認しつつ.必死に前に追いつく.幕場では新人哀歌を身にしみて.感じながら食卓のしたく。
     夜は狭いテントの中でなんとか眠ろうと虚しい努力を重ねる。家庭では考えられないような不便な生活である。

   苦しいし,辛い。現実的に考えたら.実にばかばかしいかもしれない。わざわざ重い荷物を背負って,苦しい思いをして・・・・・。
     でもここでは,都会では決してこたえることができない数知れぬほどの素晴らしさがある。

   からまつの  きとした新芽,飛び込みたくなる雲海.不思議なくらいの青空。そして苦しみを共にする仲間と,厳しい先輩達。
     きざな言い方かもしれないが.私は山にくると,いつの「私は生きている。」ということをしみじみと感じる。生の喜びを感じる。
     それだけでも肩にくいこむキスリングをもって.不便な思いをして.山へ来る価値は充分にあると思う。

   RHCの一員としての初山行。苦しくとも.辛くとも,とにかく無事にすんだ。あのカッコウの声と共に忘れられぬ思い出になるであろう。
     これからもRHCの一員として恥ずかしくない行動をしてゆきたい。

       新人養成合宿を終えて
                                                 伊藤雅子
   新人養成合宿に備えてのトレーニングは.かなりきつかった。だが合宿に心をはずましていたので,それほど苦痛ではなかった。
     いざ合宿が始まると.それは苦しみの連続だった。まず第一にキスリングの重さが身にこたえた。

   肩にくいこむキスリングの重さに.歯をくいしばり,ひたすらトップの水頭さんの足跡をみつめ,同じように足を運んだ。
     登りになると呼吸が乱れ,何も考える余裕がなかった。
   水頭さんのキスリングに赤く縫いたられたRHCのマークが走馬灯のように頭の中をかけめぐった。
     立教ハイキングクラブ.立教ハイキングクラブといつまでたっても,この繰り返しだった。

   またクラブに入る時,父が言った「山は楽しみながら登ればいいのだ。」という言葉が思い出され無情に響いた。
     楽しみながら登る。自然の美を堪能しながら。
     そういえば高二の夏休みに父と弟と三人で蓼科に来た時は.心ゆくまで自然に浸り陶酔した。

   それにしきかえ.今のこの苦しみは景色をみる余裕なんかなく.ただひたすら足を運ぶだけ,苦痛だ。
     何故こんな苦しみを味わいながら登らなければならないのであろうか。
   苦痛.それはキスリングの重さという外的なもののほかに.それに耐えられない。少なくとも他の人のペースに合わせられない。
     自分の体力.精神力の弱さからくるものだった。自分自信に腹がたち,もどかしかった。

   「一歩.一歩. 踏みしめて. 足元に力を入れて、」という励ましの言葉に元気つけられながら,ただ前に進むことを考えた。
     しかし.そのうらに葦がもつれ,足元に力が入れなくなり.腕の力をふりしぼり,はい上がったこともあった。
     樹木が人影に見えたり.石がホリタンに見えたりして,幾度かはっとした。

   あらころで聞かれた,のどかなウグイスの声は.疲れをいやしてくれた。
     キスリングを投げだし,登山靴をぬぎすて.ウグイスを追って.どこまでも走って行きたかった。小鳥のように身軽に。
   熊さざに風のわたる音,それは私のすきな音の1つだった。今日は,その音にさえ無感覚になってしまった。
     大河原峠を越え,落葉松と熊さざの林道に出ると.遠くでカッコウが鳴いていた。静けさを強調していた。
   この道は父と弟と歩いたことがあった。なつかしさと親湯がまじかであることから.急に元気がでてきた。
     あともう少し.もうすぐキスリングから開放される。苦痛からの開放。

   苦痛で始終した合宿も.手や葦の傷やむくみが.回復してゆくにつれ,
     次第になつかしく.美しい,さらに楽しかった思い出にさえなりはじめつつある。・・「落葉松」35号その2より

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