| 甲武国境稜線の土俵岳を南北に横断・・奥多摩.奥秩父東部概念図.山行表 鶴川.久野本から猪丸を通り城山から土俵岳南尾根を経て笹尾根を越え.新たな林道から土俵岳北尾根を下り南秋川の事貫(ことずら)へ。 広く大伐採地を持つ北尾根の破線路を繋ぎ.北尾根の林道は下部がまだ造成中で.末端にある南秋川は橋が崩落し渡渉する。 檜原街道の人里(へんぼり).事貫に至る。 2020年01月06日.松村 城山から土俵岳南尾根・・久野本bsから猪丸地区 伐採地と破線・林道の土俵岳北尾根 再び東京近郊の山々を登り始めた頃.三頭山から笹尾根を縦走し土俵岳を通過.末端の高尾山と結んでいる。 昭和30年以前は「オサエ尾根」と呼ばれることもあり.戦国時代には武田氏と北条氏の領地境界線の場でもあり.「抑え」として地勢的に重要な尾根だった。 土俵岳の「土俵」とは「境目に立てられた道標」が転じたものと云われている。・・「バリエーションルートを楽しむ」松浦本. 甲武国境尾根の横断は「平成26年の豪雪」の折.城山から枝分かれする南高尾山稜に入り.草戸山東尾根から境界尾根の末端.大戸まで下りている。 この2つの山行以降は縦走と云うよりは尾根越しが多く.各支尾根を登り下りしていた。今回はその時以来で土俵岳を横断することになる。 今回は城山からの入山を選び.土俵岳の南北の支尾根を使い横断する形を取っている。又このところ成木周辺の大伐採地帯を歩むことが多く. 前回は西原古道に繋がれる南秋川沿いの伐採地を歩んでもいた。当時の南沢流域の伐採化から10年経ち.驚くばかりに大変貌をもたらす風景になった。 丸裸にされた山の斜面を見て驚かされ続けている。連鎖とは云わぬものの土俵岳北尾根に掛かわる大伐採地を見定めたく. 又遠方から前回の南沢周辺の伐採地をも見定められていた。又違った方向からも眺められた土俵岳も.感無量の展望風景になっていた。 昨年開設された上野原駅南口ターミナル jr上野原駅南口から北側の高台口にあった旧ターミナルを望む.8:17北口ターミナルは細道から駅前通りの県道51号線にでて.陸橋を渡り更に県道51号線に入ると上野原インター口にでている。 1月06日(月).快晴 jr御徒町6:22=6:26東京.中央特快.¥1160. 6:33=7:31高尾:43=8:00上野原バス.¥520. 8:32 =8:57久野本bs・・日の出6:52・中野付近. 以前のの山行では檜原街道から丸山を横断し.西原古道を歩み檜原街道に戻っている。 その南秋川下流の土俵岳を今回は南北に横断することにした。そして12年前に笹尾根を縦走した時の日記を改めて読み回想していた。 土俵岳北尾根の末端.及び林道からの南秋川に架かる橋は崩壊し通行不能とある。秋川は今でも橋が崩落し. 渡渉を強いられているようだった。その為だろう登山明細図「山梨東部の山」の破線路は「廃道」と付け加えられていた。 土俵岳南尾根 大ツイジ.栗坂峠より・・2023.03.02/11:313年後に熊倉林道から千ケ尾沢右岸尾根の815m点東北東尾根を詰め.笹尾根から栗坂ノ尾根を下り下伏集落に出た時の展望。 その折は熊倉山北尾根を目指したが藪絡みが強すぎ.河原からのルートを失い尾根を変更していた。 城山 久野本バス停.猪丸沢に架かる猪丸橋に下車.8:57猪丸橋8:57〜11:52土俵岳 土俵岳に登るのは前回の丸山山行と同様に笹尾根を縦走して以来.初めて訪れる。 鶴川の出合付近では近年ヤマベ釣り大会に何度か参加し訪れているものの.登山として初戸の手前からの入山は初めてだった。 上野原駅発飯尾止りの路線バスは一日2便. jr大月駅からは鶴峠を越える路線バスが運行されるようなった。だが上野原駅発の タイミングよいバスは季節バスだけのようだ。ハイカーらしき5名が乗車. 外は肌寒いものの冬空に恵まれ.車内は明るい陽射しが差し込んでいた。 路線バスが権現尾根の末端,尾続の集落を抜け用竹を過ぎた。運転手は「正面に生藤山が見える」とマイクで伝えている。 すると左方の鞍部が浅間峠だろう。又高みを走りだすと「バスの背に富嶽が望める」とマイクで説明した。 尾続山から続くコヤシロ山辺りで.雪白く煌き富士が頭を出している。 2人の単独行者が新大王橋バス停で降りている。東側の支尾根から土俵岳に登るようだ。 私は城山に繋がる左の支尾根末端に踏み跡を求め.鶴川を左岸に渡った次のバス停.久野本(くのもと)に降りている。 駅から25分ほどの距離.バスの去った目の前にはこん盛りした城山(じょうやま)が紺碧の空に浮き上がるよう見上げられた。 左前方は682m峰を擁する二本杉の北尾根・・雨降山と初戸に登山口がある玄房尾根 県道上野原丹波線より.9:00バス停から県道18号線が右の山陰に回り込むと大垣外(がいと)を過ぎ.西原古道の入口から沢渡にでている。破線路は三本杉へ延びているが 登山道との繋がりがギリギリ切れて分らず。三本木から二本杉.芦瀬コースの登山道を取るのが無難。手前の尾根は雑木のようで登山道はなかった。 この北尾根の1つ先の尾根が初戸で.県道は鶴川と分かれ.左岸支流の初戸川沿いへと作業道を延ばしている。 権現山稜には雨降山からの北尾根.玄房尾根の登山口がある。翌月には春雪積もる権現山を裏側の浅川から入山した。 雨降山から要害山へ.残雪を踏んでいる。山中では誰も会わなかった。 要害山からは真っ赤に燃え上がる夕陽を浴びる鶴川や仲間川の丘陵台地は広大な開かれた台地で.夕日に照り付けられていたのが印象的だった。 猪丸地区の西側端右後方から県道と分かれ.ガードレールの坂道に入る。「注意.わな猟あり.実施中」の看板が集落に入る手前の立木に掲げられていた。 過ぎると東斜面の高みには集落が群がるよう望まれる。1/25千地形図の「猪丸」の地名の持つ集落から南尾根に取付く。 最初に集落に入る民家の手前斜面には左の石垣上に大きめの木祠と馬頭観音の石碑が並ぶよう祀られていた。写真正面. 木祠と馬頭観音の石碑笹尾根日原峠・浅間峠 里道を左に入り.久野本地区のドン詰まりまで歩む.9:03背は笹尾根の日原峠. 手前に延びるのが東脇の917m点コブからの南尾根。 峠越えの南面には破線路が綴られ.猪丸の北方を下ると日原にでる。又日原には先程ハイカーが降りた新山王橋バス停にでられた。 そこは又.甲武トンネルの檜原村に至る分岐になっていた。左隣りの大垣外から小棡峠南尾根を越えれば笹尾根を越え笛吹(うすしき)にでる。 左上の高みへと里道を分けている。調べ不足か.右下から回り込むと城山への作業道の取付きがあったのかも? 直ぐ竹藪に入った後.確りした立派な山道にでていた。山道にでてから地形図を読み気が付いた山道で.後に藪絡みから合わせてもいる。 木祠と1基の灯篭と石仏群里道の突き当りには「水神」と刻まれた石柱があり.水道ホースの横切る水場にでる。味はあるようなないような湧水。 向いの左手の石垣から山道に入ると直ぐ.高みに立派な木祠が祀られている。見下ろす谷間の集落は朝方の 柔らかい明るい日差しを浴びているのは里の風景は長閑に思えた。 猪丸の立派に備えられた木祠をアップ 木祠の裏側から猪丸の集落を見下ろす.9:17 上部を横切る経路までは藪絡みの踏み跡猛烈な竹藪帯 猛烈な竹藪帯に突入.暫し動けなくなる.9:21竹藪 この先を選ぶには木祠の右裏側からがよいようだ。左に回り込み.更に竹林混ざる倒木帯を抜けている。 密り過ぎ柔らかい枝木に体が絡み合い動けなくなっている。竹林に入ったら抜けられぬ竹藪が優勢し.潜り越えるも藪絡みに塞がれた。 身動きが取れなくなっていた。強引に進むしかない。「わな猟」が我が身に迫る勢いに仕掛けられていた。 距離は短いが突入するしかなかった。支える柔軟な竹枝は放せばムチにもなった。 山道にでて竹藪を振り返る.9:26迂回山道 立派な山道に驚嘆.9:28南面の山腹を回り込むと確りした山道にでる。右に折れ下れば先程の集落で分かれた右側の里道まで導いてくれた筈。 南尾根に乗る.9:37左上へと緩いトラバースの道を進むと右手から薄い踏み跡を合わせる。更に崩れ気味の所から右手に斜上すれば直ぐ南尾根に乗れた。 絡み過ぎる灌木の南尾根の末端を見下ろす鶴川右岸沿いの権現山稜 南尾根に乗っての展望.9:39尾根に乗った向いの鶴川流域.右岸の北支尾根群 奥に連なる権現山稜は権現山北尾根の1100m圏コブと1084m点コブで.その手前にはナベワリ沢ノ頭北尾根が鶴川本流に没している。 真近な手前は雨降山の玄房尾根になり.尾根末端は初戸川出合付近の初戸(はど)に落ちている。尾根伝いには登山道が綴られている。 次回は続けて.この権現山稜に入るとは夢にも思っていなかった。正月早々.あの山稜の雪積もる権現山からは逆に見下ろす立場にもなっていた。 正面を横切るのが小棡峠東隣りの1046m点コブからの南尾根。850m点からの南東支尾根で.棡原(ゆずり). 大垣外(がいと)を経て.大垣戸に至る下り尾根。左下の末端に見られた集落は鶴川対岸の大垣外向だろう。 朝陽を浴びる杉林.背は蒼空.一瞬白樺のようにも見える.9:42 劇藪から比べると通り易い竹藪を抜ける.9:47城山 チョッと頂とは思えぬ頂へ.9:50尾根伝いは北西から北に変わり杉林の中を進むと平坦な台地にでている。浅い築地のような高みにでる。頂の東面は 半ば杉の植林が谷間から突き上げるよう幅を利かせていた。西側の雑木林はここが510m点の平コブらしい。「甲斐の山山」小林経雄著では 城山と呼ばれ.烽火台があったと印されていた。又登山明細図「山梨東部」には「寺久保山」と記されている。 城山北側の鞍部.10:00城山を越えると山道ははっきりしてきた。正面にドンと落ちる土壁を右に巻くと猪丸からの細道と合わさり鞍部に回り込む。 集落に続く山道が西側に繋がれ横切っていた。尾根伝いの踏み跡は薄くなり.枝木の張り出しが多い。 奥側の大樹.10:07痩せ尾根になりと尾根を塞ぐようモミの大樹が2本並ぶ. 左手から確りした作業道が合わさるT字の分岐点550mで傾斜は緩み林相の境は平坦な傾斜に変わり.560m圏で大垣外方面から突き上げる南西の尾根と合わさっている。 枝木を透して左後方に権現尾根が競い突き上げるのが眺められ.雨降山の無線中継塔がはっきり見渡せている。 合流点を越すと尾根筋の左後方からも確りした骨太い山道が登ってきた。地形図「猪丸」には記されていないが確りした作業道。 猪丸の照峯神社脇からのコースで.城山からの尾根とは610m圏で合わさっている。 下方を見詰めると雑木の間から集落が見下ろされた。かなり広い範囲で.遠くからの眺めだが日原.猪丸の集落だろう。 603m圏,間伐材の空地.10:33小広い尾根の間伐された太い倒木が小棡沢側にゴロゴロ転がっている。 610m圏で破線路にでる.10:38今度は右手から溝状に綴る破線路が登ってきて合わさる。624m点コブの右支尾根で猪丸集落.鷲神社からの林道終点からのコース。 民家脇から尾根の取付き.照峯神社からの地図の作業道は廃道化していて.別の道が出来ているようだ。 新山王バス停で降りた2人はここを目指して登ってきたのだろう。時間的には既に過ぎた筈。 更に広がりだした尾根.10:50破線路は緩やかにカーブを描き尾根伝いにジグザグに登っている。私はできるだけ直登した。 又破線路は途中で途切れ.確認できぬ所もあるが暫くすると再び踏み跡は現れ.上部では更に浅くなるが再び合わさっている。 踏み跡の細道とは異にしていた。尾根筋は次第に雑木が優勢を示すようなった。 林相の境から明るい裸林を綴る.11:19834m圏付近では日の当りがよい左斜面は裸林に変わり歩む。 左方は権現山から続く権現尾根で.雨降山の左肩に冬富士がここでも煌く白銀をまとい.紺碧の深い冬空を仰ぐ。 最後の植林帯に入る.11:33 目立つ「目出標」は石仏を挟んで2ケ所.11:44営林署の各種のマーキング・・「目出標」と「赤帽黒杭」は共に24を示している。先は正番の22とある。 977m圏.頂真近の石仏.11:46石仏を通る薄い踏み跡が横切る 土俵岳 笹尾根のドラム缶を見て土俵岳に立つ.11:57土俵岳の頂の僅か横には懐かしい防火用水のドラム缶5本が並び眺められた。再び東京近郊の山に登り始めた頃.奥多摩の山々には 殆ど縁がなかったので.周りの地形を呑み込むために笹尾根を縦走した。それから10数年振りに訪れた土俵岳。その第一印象はこの並んだ タンクの配置からだった。夕暮れが迫り雨が降り出しそうで早足で井戸へ下った覚えがある。写真は頂から小棡峠方面を見ている。 南尾根のポイントは短いが最初の猛烈な竹藪。笹尾根南面のこの周辺は植林帯の支尾根が多い。 その中.雑木林が以外と混ざっていた。猪丸から破線路を詰めると直接三角点標石がある頂に立っていた。 雪模様の土俵岳山頂 三等三角点標石1005.20m.基準点名「猪丸」は登ってきた入山口の集落名 冬型になり東京周辺は晴天が続いている。上野原では今朝,今年初めての初氷を記録したとのこと。ターミナル脇には霜が落ちていた。 昨夜小雪が舞ったらしいが既に溶け.上野原側では全く見られなかった。ただ下山は山蔭になる。 原村の街道沿いでは日の当たらぬ所や戸倉辺りでも仄かな斑雪を見ている。 更に雪掻きした小さな小山が見られたのは暮れの降雪によるもの。土俵岳では20cm.ターミナルで4cmの積雪があった。 冬型になるも風がなければ山上でも暖かい.日本海沿岸の平地では今だ積雪を見ず.暖冬の兆しが続いている。 町界尾根・・御前山と大岳山 頂からの眺め.手前は浅間尾根町界尾根の中央に窪む右脇の小さな尖がりは鋸山.その奥は川苔山だろう。 御前山湯久保尾根.尾根通しと大岳山馬頭刈尾根は数年前の積雪期にラッセルを漕ぎながら歩んでいる。 そう言えば昨年の師走にも馬頭刈山泉沢尾根を下っている。そして下旬の西原古道の往復に続き. 今日午後には写真の右下に隠れている北尾根から檜原街道に降りていた。 大岳山馬頭刈尾根 道標の左腕木の奥に映るのが土俵岳北尾根浅間尾根と立木に被さり望めるのは.これから下る山頂の東肩から延びる土俵岳北尾根。道標の右腕木には 「日原峠・浅間峠→」と印され.日原峠までは15分ほど。峠越えの北路を下れば分岐から北尾根934m点の北鞍部にでる。 城山から土俵岳南尾根・・久野本bsから猪丸地区 伐採地と破線・林道の北尾根 |