中央アルプス・・中央アルプス概略図
 1956年(s31年)頃   上牧→伊那上ノ高原スキー場
 1965年(s40年)06月. 前線下の内ノ萱.発電所から木曽駒ヶ岳―南下し空木岳池山尾根・・鉱泉前.管ノ台
 1968年(s43年)10月. 越百山から北上し西駒ケ岳―千畳敷からヒラビ平
→北伊那上牧


残雪の木曾駒,空木岳


苦痛から山への憧れへ

初めてのピッケル
肉の腐食度調査
            駒ヶ根より宝剣岳  .
                    濃霧に被われた残雪の木曾駒ヶ岳.空木岳

       新人養成を終え初めての個人山行.4年.3年生の先輩と共に
          s40年(1965年)06月11〜15日. L新津賢(4).sL池田昌史(3).m松村進(1)

     6月11日. 集合21:30.新宿23:45,\470
       12日. =6:31飯田線辰野:40.¥75.=7:17伊那市.
      新宿
   新宿駅に着いた時.もう大勢の登山者でホームは賑わっていた。
     待つ列車はかなり後方だが.どうにか座席も取れ.神徳さん.長谷川さん.保坂さん.見城さん.
     そして根岸さん等諸先輩の見送りを受け出発する。

   寝ようと思っても.興奮しているのか? なかなか寝付きが悪く.真夜中の車内は静まり返っていた。
     安らかに眠る両先輩の横顔をうつらうつら覗み込むとよく眠っている顔がある。

   レールに滑る車輪の音がいやに響き.耳から離れなかった。
     新人養成を終えた折.今回の目標に食欲と睡眠不足を立てたが.そう上手く行きそうもなかった。

      伊那市
   新宿発の最終列車から飯田線辰野発.始発の列車に乗り換える。
     伊那北には母の実家がある。南アルプスの登山口,その次の駅が伊那市である。幼い時はよく遊びにきた。
     最近では高校最後にと南アルプス仙丈岳.北岳に同級生と登っていた。

   辿り着いた伊那市はまだひっそり静まり返ている。駅前は昼間の賑やかな何処やらら.夜明け前の沈んだ侘しさが忍び込んでいる。
     乗合バスを待つ中途半端な時間をもて遊び街を歩き回るも.早朝故.何処も木戸は閉ざされていた。

   伊那北へ戻り気味に少し歩いた所で.川端に古ぼけた一軒の食堂を見付け.肉うどんを食べる。
     川岸にへばり付いているような食堂は見るかに粗雑で.肉うどんも温く不味かった。

       入山.睡眠不足と肉離れ
     伊那市8:35伊那バス=9:13内ノ萱.発電所\75.:20一10:15ぶどうノ家:30一11:15小:25
     一12:15分岐13:00一13:28大樽小屋hc1.

      もうろうとした入山
   発電所前終点でバスを捨て.直ぐ登りだす。
     朝からの強い日照りは盛夏を思わせ.はっきりした自分の影に陽炎が踊っている。

   水場のあるブドウの家までの一本.もう汗という汗が絞り出され.流れる勢いで垂れていた。
     再び腰を上げ幾らも歩かないうち.頭が重くなりだした。鉛のような頭をふらふらさせ分岐にでている。
     権兵衛峠からの径を別け.この少し先で奈良井からの径とも合わさり.痩せてきた尾根道を歩んでいた。

   食欲は全くない。昼食をどうにか口にするも海苔巻は美味みを感じられずいた。体は横になりたがる。
     目を閉じ重い瞼に体はだるさを増していた。そしてポリの水を頭から掛けられる。

   それでも閉じてしまう瞳。うつろで眠っているような目を堪え.大樽小屋に着くまでにい長い道が続いていた。
     又途中.肉離れ初期の状況にも見舞われる。二重の苦が重なり体は動けなくなっていた。

      大樽小屋
   今日はここで宿ることになる。僕の体を心配して.早いがここ大樽小屋泊りに決めたのだろう。
     ゆっくりく寛いだ後の晩飯のカツ丼は何故か空腹感を持ち美味かった。

   もう4時にはシュラフに入り込んでいる。先の不安を思いながら.うとうと眠りだす。
     数時間後? 小屋の外が騒がしいのに気付き目を覚ました。
     もう新津さんも池田さんも起きている。時計を見ると.まだ9時だった。

   針金の錠を外し戸を外へ押し出すと.目の前の切り株に4.5人の登山者が休んでいた。
     ひんやりする空気が目覚めの体を振るわせている。

   戸口より頭を出し目の前の大木を仰ぐ。黒く被われた樹海の冠を抜け.樹林の隙間に幾つも星が煌いていた。
     再びシュラフに潜り込んだ。直ぐ睡魔が待っていた。ボリウム高くしたラジオから「バッター王!」と叫んでいたようだ。

   五合目大樽小屋は胸突八丁登り口で標高2050m.夏季に限り小屋番が入る。
     又分水嶺に当たり信濃川と天竜川とに分け.駒西面は木曽川に流れ込む。


                   空木岳.木曾殿越と東川岳
       大樽小屋―木曾駒ヶ岳―宝剣岳―極楽平

     6月13日.大樽小屋c1, 6:00一7:03小:17一8:03西駒山荘:15一9:05小:20一10:05木曾駒ヶ岳:55
        一11:25宮田小屋:45一11:55宝剣岳12:10一12:32極楽平c2.

   昨夜一時の騒がしさも.地元パーティが去ってから又.元の静寂さが戻り.僕は直ぐ夢の世界に入っていた。
     そして今朝の寝起きは清々しかった。

      頂稜へ
   昨日の分も頑張ろうと早めに小屋をでる。期待と不安の内.8時西駒山荘に着き.今日は心が落ち着いていた。
     小屋の内部は雪で詰まっていた。残雪が径を被い最後の登りとハッスルする。

   生ビールが飲みたいと余裕が現れた。
     山頂で雪塊を溶かし.池田さんに作って頂いた粉末ジュースも.なかなか美味かった。

   頂は濃いガスに被われ周りの地形さえ分からない。楽しみにしていた南アの眺望も見えるどころではなかった。
     視界悪く隣りに連なる山さえ影も形も分からない。

   宮田小屋手前で新津さんと池田さんが千丈畳カールに幕営できるか偵察に行く。時計の針は.まだ11時半を指していた。
     早朝から動き回っていると.一日とは随分長いものだと改めて思えた。

   カールは傾斜が強過ぎキスリングで下るには無理とのこと。宝剣岳を越えることにした。
     岩露の著しく険しい岳を這うようにして登る。
     一挙に三人立った三角点.視界は相変わらず悪い.ガスが全てを隠していた。

     宝剣と極楽平

      極楽平.Ts
   又一苦労して下った径,三沢岳への分岐.極楽平にでる。
     ここは夏場は水が得られず幕営できないが.僕等の周りには豊富な残雪が残されている。
     夏に幕営できない所.その言葉に何にか優越感を抱き.僕はその一言に気がはしゃいでいた。

      雪取り
   テントを張って直ぐ雪をコッヘルに.飯盒に.山と積んで来たのが幸いした。新人養成の体験が直ぐ役に立つ。
     設営後.まだ腰も落ち着かない内.勢いに乗った雨が風を伴い襲ってきた。

   ザックをテントに移し.新津さんが「外から雪を持って来い!」と云うも.雪は僕の手の届く入口にある。
     この時程.不意に襲い掛かった豪雨に.痛感さを思ったことはない。

   外が荒れれば荒れる程.僕は満足げに.コンロに掛けられたコッヘルから雪の溶けるさまを見詰めていた。
     2度目の山行で山は以前以上に荒れるも.心は落ち着いていた。

   アルコールの少し入った夜更けの雑談は.なかなか楽しい。
     外は相変わらず強い吹雪.それが又先輩を囲み.ひっそり静かに語り.調べにならぬ歌を唄う。
     風の勢いにテントの空間を狭め.身を丸め夜の一時を過ごすのも乙なものだった。

      夜の我慢
   シュラフに潜ると.それ程時の掛からぬう内.一番奥の新津さんが軽いイビキを掻きだした。
     気持良さそうなイビキである。

   僕と奥に挟まれ一番ご機嫌の池田さんが.シュラフを開くファスナーの音と共に.僕を跨いで食器を蹴りながら外へ排水に行く。
     そして頭から突っ込むようテントに飛び込んだ。うとうと眠っていた僕の顔に濡れた袖が触れる。
     「雨はどうですか?」と尋ねると.「相変わらずだ!」と答えが返ってきた。

   再び激しくなった雨はテントを強く揺さぶり.今度は僕自身が生理現象と戦ねばならなかった。
     池田さんが起きた時.共にすれば良かったのに。億劫が先に立ち.なかなか決心が付かずにいた。

   とうとう明け方まで.うとうと夜の過ぎるのを我慢せねばならなかった。
     それにしても池田さんは隣で気持良く眠っている。

        極楽平―東川岳―木曾殿越―空木岳―空木小屋

     6月14日.極楽平Ts2, 6:05一7:27鞍部:35一8:15檜尾岳一8:38小:55一9:45小:55一11:02小:10
         一11:20東川岳一11:35木曾殿越12:45一14:00空木岳:05一14:20空木小屋hc3.
      初めてのピッケル
   気にしていた雨は小雨となり止んだ。伊那谷側の雪稜と這松,縦走トラバースにピッケルを使う。
     シャフトが中端.埋まる程スピッツを深く刺し.10m程の窪地を登る。

   実践でピッケルを使ったのが初めてのこと。何の変哲のない所でも初心の気持ちは踊りようもなく嬉しい。
     後にも先にも中央アルプス縦走中.頂稜で使用したのはここだけだった。

   縦走路は殆どと云ってよい程.雪は溶けていた。
     そして.あれが東川岳だと言うピークを2つも越え頂を通過する。ここから急な下り木曾殿越にでる。

   僕等を歓迎したのは木曾殿山荘の小屋番だった。新築中でサービスが良い。
     寄って行けと云う言葉に甘え.食事を済まし水を分けて頂いた。
     お返しに名刺を何枚も持たされた。宣伝してくれと差し出した了見は目に見えていた。

      ストッピング
   ガスが舞い高く聳える空木岳も難の疎の.一挙に頂に立つ。「ガンバレ節」をがなる。
     時折,降り注ぐ雨とガスの中.滑るような大きな雪面をトラバース.空木小屋に向かった。

   転倒, 知らぬ間々咄嗟に両手でシャフトを握りストッピングする。緩いとは云え停まらぬ傾斜。
     尻セードならぬストッピング.焦り何度も刺した。

   新津さんが駆け寄って来た。縦走中.初めてのコーチ.手本を受ける。訓練ではなく実戦で。
     右手でブレードを握り.左手は胴幅の間隔でシャフトを握る。
     そして転倒の反動を利用してスピッツを雪面に体重ごと刺す。止まらなければ又刺せと。

   キスを背負った間々.実戦訓練が始まった。
     二人のコーチに腐り掛けた雪はよく止まる。硬雪の場合は分からぬが型だけはできてきた。

      空木小屋
   また今日も雨は本降りとなる。中端.雪に埋もれた空木小屋に着いた時.衣類は全てびしょ濡れになっていた。
     初めて山小屋の中.吹き込んだ雪の上にテントを張る。小屋内積雪50cm.
     外は激しく雨が打ち.屋根があることが宿る最大のポイントとなった。

   居心地は申し分ない。況して新人養成の時の夏天とも違っていた。
     冬天は隙間風を寄せ付けず.シートの付いたテントの素晴らしさを痛感する。

   テント内での炊事も昨日に比べ広がった。
     テント入口付近には炊事用具.燃料等が雑然と集められ散らばっている。場所に余裕ができ体は楽に動く。

   , 駒ヶ根の裾野から

       空木小屋―菅ノ台
     6月15日.空木小屋c3. 7:30一9:30池山小屋:55一10:50鉱泉前.管ノ台.\55. 12:20=12:35駒ヶ根13:05.伊那バス\490.
          =14:03辰野.急「アルプス3」15:00=19:15新宿.

   撤収の準備をしていると雨が上がり.今日はお日様が顔を出だす。急な谷にへばり付く痩せ尾根.それでいて樹林は深い。
     駆け下りればどんどん高度が落ち.陽差しはカンカン輝りとなる。どうして稜線で.このような天気に一度もならなかったか.欲しむ程強い。
     入山時の陽差しが山を降りて戻ってきた。

   そして池山を過ぎるとツツジの群生に迎えられ.明るい尾根径になる。
     袖で雫を落とし.流れ去るツツジ径を下ると.左下に中御所谷が合流した太田切川の発電所が見下ろせる。
     川は蛇行し.ゆっくり裾を回り麓へと延びている。5日振りの下界.山麓の春は日一日と早かった。

      原っぱ
   鉱泉前の芝生に寝転び.見上げると空は雨雲を弾き飛ばし濃紺に染まっていた。
     そして今降りて来た空木の山々が.白い山肌を望かしいる。

   真にのどかだ。縦走で濡れた物.全てを乾いた芝生に広げた。日光浴の如き強い陽差しに脱ぎ捨てたシャツ。
     お茶漬けも.さらさらして美味かった。

      閉ざされた岳
   バスが来た。駒ヶ根への道.バスに揺られる。山での天気は悪かった。視界は毎日殆どなく山を踏んで来ただけだった。
     「この山はどんな山だ!」と聞かれても.山に触れて来た感じさえ乏しい。

   大樽小屋で夜半星空を見て以来雨雲に覆われる。曇天の駒から風雨に叩かれた極楽平.霧雨舞う松尾岳の稜と。
     又雨で先を止めさせられた殿越小屋。半ば雪に埋もれた空木小屋でも止まぬ雨だった。

   目の前の岳も見えず.前後5.6m離れると人影さえ分からないこともあった。何時もガスが徨徊していた山.
     バスの車窓から振り返ると蒼空に聳える空木の峰々が.清々しい健康美でもって煌く残雪は最後の頂を飾っていた。

   辰野で列車待ち合わせの為,途中下車. 南側の街を見物するも,あまり興味を抱かせるものはなかった。
     ピッケル借用.ビニロンオーバーズボン購入.


    , 千丈岳より中央アルプス・・中央アルプス概念図

     
肉の腐食度    

      塩
      味噌
      醤油炒め
      バター炒め

50g
50g

50g
50g
12日



13日
不良



14日
不良

不良

15日
不良

不良


   長く持たすには肉を炒めた方が今回の山行では良かった。
     天気は山行中.殆どガスが掛かり温度も低かった。ただ入山日は晴天,
     特に注意を要するのは列車内の保存にある。今度の場合は列車内もタッシュに詰めた間々でいた。

   相対的に肉の腐食度を考えるならば.やはり四季を問わず.肉に手を加えなければならない。
     そして味噌は包むのが少なかったとは云え.炒めて持参するのが良い。

   長期の場合は鮮度より肉そのもの自体が.山でも食べられると云うとにある。
     塩だけで持たす事も出来たと思われるが.寒い内は却って列車の暖房で腐るか.腐りかける事が多い。
     列車の投降口に置く以外あるまい。

   全ての面で現地で購入するのが良いに決まっているものの.
     もう少し食物を丁寧に扱えば.今までより腐食を防げることは分かり切っている。
     新鮮度では味噌混ぜが一番良く.絶対にするには.炒め嗜好に合わせ調理を加えておくのが得策のようだ。

   今回.食糧はカツ丼が個人山行では最高.パンはかなり残る。
     又御数は合宿と異なり高級過ぎたが飯は相変わらず不味かった。

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