| 南八ヶ岳地形図.山行表 . 八ヶ岳.阿弥陀岳南稜 瑞牆の経験を活かし南稜へ 小陣まりした雪山に酔い.狐を熊と思い振るえる 雪目 ![]() |
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| 早春の阿弥陀岳南稜から立場川本谷へ.1つの目的を求め s41年(1966年)04月03〜07日. m三浦俊彦,松村進 八ヶ岳農場⇔旭小屋―立場山―阿弥陀岳, 雪洞及び前山行奥秩父のビバークに続く研究と春の静寂な山を求め 4月03日.新宿= 4日,茅野=美濃戸口―旭小屋hc 5日.h1―立場山と無名峰の鞍部上s2.3 6日.s2⇔阿弥陀岳南稜―立場川本谷左俣下降 7日.s3―旭小屋―美濃戸口=茅野=新宿 4月03日.曇. 自宅20:35一新宿23:45= 4日.雨. 5:44茅野:55.諏訪バス¥120+100.=7:00美濃戸:30一8:30造林小屋:40一9:18林道旭小屋との分岐 一10:06坂本組工事現場:18一13:13旭小屋hc1. 裾の山腹 |
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山肌にあたる斜陽. , |
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| 本降り 雨の中.ホンチョを被り八ッ岳農場をでる。 昨日からどうも天気予報が気に掛かる。低気圧に3つ前線に繋がり西日本より東へ伸びている。今日.明日は駄目かも知れない。 美濃戸への泥道を御小屋尾根末端で右に折れ.小径に入る。 まだ冬枯れで荒れ放題の裾野は冷雨に叩かれ足元には雪が斑に残されていた。 河原に降り造林小屋での雨宿り. 雨は激しさを増し屋根を叩くトタンを踊らしている。薄暗い中.体が震え寒かった。 南稜へはここから立場川沿いに開けた林道を辿り.林道延長の工事現場の赤い屋根を目指し進んだ。 空っぽの飯場は人気もなく寒々しいく雨を憎むのみ。寒くなる身を振るい切り小屋をでる。 旭小屋までは立場川本谷と広河原沢との出合まで本谷左岸を50分ほど歩む。 ここは鹿ノ角のガレの下にあたり.ファイト山岳会が管理していた。小さな小屋に広い河原がある。 人気が全く感じられぬ,八には.まだこんな素朴な所が残っていた。 雨は止みそうもなかった。今日はここに留まることにした。行動時間3時間45分. 旭小屋 ![]() 2003年12月.坂上氏のHPより 06年09月.栗本氏のHPより 小さな小さな小屋で二人だけが宿るのは楽しい。 自然の荒れようにも負けず.僕等にゆとりを与えてくれる.この掘建て小屋が素晴らしい。 薪を集め囲炉裏に暖かさを求めれば.湿った枝木はパチパチ音を立て燃え上がる。 衣類も乾き.忍び込む隙間風に身を屈め語る楽しさも格別である。まだ雨降るもみるみる時間が過ぎて行く。 昨夜小屋は随分軋んだ。囲炉裏を挟んで寝た僕等に.火の氣がなくなると共に寒気が忍び込んできた。 小屋と云っても板1枚の壁で造られたような小さな小屋。隙間だらけだが.僕らには天国の宿。 止むことを知らない雨粒はトタンを叩き.煩すぎるが直ぐ慣れてしまうのも不思議。 風は小屋を揺す振り柱という柱は大きな音を立て軋む。そして酷寒の風が吹き込んでくる。 不気味な音 中塗半端に眠っている頭には.この現象が幻想的な恐ろしさにも思える。頭は冴えてきた。 身は更に寒さで体を丸めている。時折.理解しかねぬ不気味な激しい音が聞こえ伝わってくる。 もう寒さも加わって寝ているようで寝られなかった。これらの音が耳から離れない。 午前1時頃.彼も目が覚めていたようだ。互いに相手が図々しく眠っていると思い.早く夜が明けないかシュラフに身を縮めていた。 囲炉裏に火が入った時の安らかさ。昨夜二人で何重にも巻き閉めた扉はほぐれ開からた激しい夜だった。
望む南稜 青ヤギから阿弥陀と無名峰 青ナギを越え 西陽を浴びる阿弥陀岳中央稜と南稜4月05日.快晴 起床.4:30 旭小屋hc1. 8:00一8:15南稜末端鞍部一9:00小:15一10:29小:55一12:45立場山と無名峰の鞍部.:55一13:07s2.3 Acへ 高気圧に押され思ってより早く外は晴れいた。重い雨雲は切れ青空が広がりだしている。 小屋の裏手から南稜末端の鞍部を経て立場山に向かう。 雪化粧した樹林を縫い鹿ノ角を抜けると眺望が開けた。 伐採された広河原沢側を隔てて.阿弥陀の頂が紺碧の空に聳え.天に突き上げるよう聳えている。 この辺は重い深雪となり.ワッパを付けても膝まで潜る。ラッセルの味を噛み締め.小屋内とは正反対の汗まみれになりながら進む。 時折.奥壁を覗きながら.蒸し風呂のような湯殿の中.登って行く。 今度は目が眩みそうな強い陽差しになった。立場山と無名峰の鞍部には大きな雪庇を南側に張り出しし.足元は深く潜る。 僕等はこの庇を越えて.直ぐビバークサイトを設けている。行動時間5時間7分.
4月の豊富な残雪に僕等だけしか居ぬ山稜。それに素晴らしい展望がここスノーホールを包み込んでいる。 権現山が見るからに雄大に構え.西岳の雪稜が以外に深く大きな嶽を築いている。 そしてその間には霞みを切って遠く南ア連峰が望まれた。 僕の立っている南稜は核心は覗めぬものの.本谷と広河原沢の深い切れ込みで隔てさせられている。 沢は雪原から次第に勾配を増し尽つ.奥壁となり幾つも氷爆を落とし頂稜へのアプローチを築いていた。 無音 雪洞の外は帳も落ち寂漠に満ちていた。音1つしない無音の世界.凍った世界が闇に囲まれ固まっている。 彼も語る言葉を失い無言となる。耳にする全てが闇の粉雪に吸い込まれ.音は一切途絶えさせられていた。 微風が体を吹き抜け身を震わす。雑音に慣らされた僕等には.想像できぬ恐ろしい程の無の世界に居た。 屋根代わりのツエルトからおぼろに明かりが漏れている。 嶽は陰り闇夜に裾野が浮んだ。茅野の町並みが星屑の如く煌いていた。 僕の立っている南稜の核心は覗き込めるものの,本谷と広河原沢の深い切れ込みで隔てさせられていた。 沢は雪原から次第に勾配を増し.尽つ奥壁となり幾つも氷爆を落とし頂稜へのアプローチを築いている。 無音 雪洞の外は帳も落ち寂漠に満ちていた。音1つしない無音の世界,凍った世界が闇に囲まれ固まっている。 彼も語る言葉を失い無言となる。耳にする全てが闇の粉雪に吸い込まれ,音は一切途絶えさせられていた。 微風が体を吹き抜け身を震わす。雑音に慣らされた僕等には恐ろしい程の無の世界があった。 屋根代わりのツエルトからおぼろに月明かりが漏れている。 岳は陰り闇夜に裾野が浮びだす。茅野の町並みが星屑の如く煌いていた。
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| 熊? 昨夜遅く何かに狙われた。屋根代わりのツエルトの裾を何かが掘じくっている。 ツエルトの回りは風除けに雪壁を作り防御したが.ガサガサ雪片が落ち.何かが探り廻っている。 「熊だ!」.食糧は外にある。二人でピッケルを握り大声を出すも.雪洞の周りを歩き廻っている。 ひと眠りの後.起こされた。もう眠れたものではない。何時.襲われるかと。翌朝.足跡から見て熊はテンのようだった。 3月06日.快晴 起床.5:30,食事.6:55. bc2. 8:55一10:07(P2直下):22一12:15(P1直上)一12:45阿弥陀岳13:39一14:18西コル 一14:55小15:07一15:44無名峰一16:10s3 炊事17:25.食事18:30.消燈19:40 阿弥陀ヶ岳南稜アタック 樹林を抜け.並ぶ西ノ肩と魔利支天
, 無名峰より阿弥陀ヶ岳へ |
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, P4を過ぎ P3ルンゼの頭より左が中央稜と奥壁.右下が中岳のコル . |
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| 好天 7時15分.shをでる。素晴らしい紺碧の空に恵まれる。 高気圧に被われ.蒼い空が何処までも続き.雪面とのコントラストを浮き上げさせている。 陽差しに磨かれた雪稜は鏡のよう輝き.眩く雪面に秘めた気を踊らせた。 三浦もはしゃぎ.軽い足取りで雪を切って行く。ヒザのラッセル.そしさせ.強くなった陽差しはもう雪表をベタ状に変えだしていた。 |
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, 南稜核心 |
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| 綴るトレースの先に岩峰が現われた。 Shからアイゼンに身を固め南稜の核心に取り組む。 無名峰までは樹林帯. ピークをほぼ直角に曲がると視界が利き,佐久側の雲海の上にでる。 雲海から突き上げた赤岳.権現山の雪稜が大きく眩い。 南稜核心 |
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基部より3峰.通称は桶「とよ」の呼ぶ岩峰. , |
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| 登攀 紺碧の天を仰ぎザイルを通す。腰へ最初に結ぶ時.何時もの快い興奮と幾らかの緊張感に包まれた。 そして先へのファイトが体全体から溢れだす。山も体も全てが爽快に。まず三浦がトップで攀りだす。 |
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背稜左手のP3,ガリーを覗き込む. , |
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| P3.ガリー ラッセルを続け雪庇に気を付け.次第に痩せてくる雪稜を詰める。左ガリー.狭いながら傾斜を増し広河原谷へスパッと落ちている。 雪質は締まり出し氷片が足元のツァッケから毀れて行った。日陰のガリーで助かった。ザイルはするする伸びて行く。 P3まであと1ピッチ小さな窓を抜けるとP3へ。心地良い登行が始まっている。 小さな岩峰P4.P3は問題なく通過.P2の基部に立つ。 阿弥陀ヶ岳の頂よりP4とP3を見降ろす P2P2 ルートとしては広河原3ルンゼのガリーへ下り.P2を巻き上げる予定であったが.雪が少なく湿雪がひどい。 P2の左リッジに変えている。 岩を被う雪が腐りだしアイゼンを取る。程好い緊張に陽差しは暖かい。ここ中間はややハング気味で1本ハーケンが打ってある。 肝を冷やすも硬いホールドが多く.どうにか上部ブッシュ付き痩せ尾根にでた。 ここで再びP1までアイゼンを付ける。 |
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, P2付近より包容力ある権現岳 |
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| バンド沿いに奥壁側を攀じる。一瞬.ホールドが崩れ進退動けず途方にくれた。 緊張が走る。ベルグラ状のバンドはホールドが脆く危険きわまった。 そして崩れた岩屑は氷を伴ない奥壁に吸い込まれて行く。手を出すのもぎこちなく手がなかなか伸びない。 最後の最後に山場があった。安易に続いた登攀の最後に詰めがある。 阿弥陀岳山頂 |
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頂より西面茅野市内と諏訪湖.霧ヶ峰. 遠く御嶽山から乗鞍岳に続く北ア連峰 . |
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阿弥陀岳 どうにか乗り越しP1真上でアイゼンを付け.右より立場側に回る。小さな窓をラッセルしピックを利かし詰めれば頂に立つ。 両雪庇になっている阿弥陀の頂に立つ。感無量のそよ風.雪面の被われた頂にも春の兆しがあり。 西コルを下降 |
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西コルより阿弥陀ヶ岳 |
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| 立場川本谷左俣 今登った南稜は危険きわまるので立場川本谷を下る事にする。一度.西コルに出て本谷を下った。 谷に一歩踏み込むと両側は側壁を築き.狭いツメは急激に落ちている。湿雪でツァケはダンゴになり.雪崩も考えジグザグから直下した。 ツメの側壁は陽陰の暗さにと雪の白さが重なり圧倒させられる。大きなゴルジュ状の谷は雪多く.頂稜とは違った静寂さを漂わしていた。 下降でも膝上のラッセルが一直線に続いた。胸に付く登れぬラッセルがある。 雪面に背を付けても暫く変らぬ傾斜を持っていた。 幾らか傾斜が落ち陽が入りだす。兎の足跡が谷を横切っているのが.暫し目に入った。 谷は広がり明るくキラメき輝く雪の斜面に変った。下の河原が望め.扇状に広がる雪面が眩い光を放っている。 カモシカの径 Shへは無名峰の1本手前,枝尾根を間違い登ってしまった。カモシカの足跡が続いている。 上手い登り方だが深雪を避け藪を避けていた。ただ一ヶ所.崩れそうな場所がある。慎重にトラバースして越えた。 最後に東側に張り出した雪庇を崩し.無名峰の上に立つ。 雪庇の上には朝方敷いたトレースが崩されず続いていた。行動時間7時間5分.
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赤岳より . |
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3月07日.地吹雪後雨 bc3. 6:30一7:15立場山一7:46鹿ノ角一7:55小8:05一8:44旭小屋8:44. 地吹雪 風が余りにも強くツエルトが今にも破れそうになる。2時半.早めに起こされ朝食を済ませた。 昨日は動物に怯え大声を出して夜遅くまで眠れなかったが.今日は風に起こされた。 ブロックで防いだ筈の縦穴の屋根も.ツエルトは大きく羽ばたき.冷気が洞内に入り込み渦を巻いている。 冷え始めた手足を擦り.夜が明けるのを今か今かと待ち続けた。ラジを修理するも時間は進まず。 下山の嵐 ![]() 荒れる下山 時折.襲う突風にツエルトが飛びそうになるのを押え.パッキングを済ます。 外は猛吹雪.風雪強く顔も出せない。明けると共に意を決死.完全装備で飛び出す。 地吹雪で雪粒が痛い。列風を這い上がらせ叩き付ける風が体を抜けた。 寒さが痛さに変わり.本谷側から烈風が吹き付け.頬の感覚を失わさせている。 雪とは思わせぬ硬さで頬を打ち.休めば体は動けなくなる。 休めぬ息に左頬がジンジンする。飛ばされる体を曲げピッケルで支えた。 吸う息が苦しい。風に負かれるも林まで休まず一歩々進んだ。もう森林も近い。 |
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, 阿弥陀ヶ岳南稜と中央アルプス |
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8:44旭小屋12:00一12:28出合一12:40林道分岐一13:07造林小屋13:22一14:19農場15:55 =16:45茅野:58=20:18新宿=23:15竹町. 旭小屋 バスが出るまで十分時間があり.旭小屋の囲炉裏に再び身を任せる。適当な疲労に下山の歓び.薪のパチパチ跳ねる音が快い。 眠るでもなく転寝し言葉少なく時間を過ごした。まだ入山時.集めた枝木は残っている。 囲炉裏からの暖かみに包まれる中.時折冷たい隙間風が秘のび込み.その都度身を丸くした。 雪から雨に変わった。外は霧雨が舞っている。行動時間7時間41分. |
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, 柳川の裾野と農場右下が御小屋尾根.窪み奥が美濃戸口 |
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| 下山は農場に出て晴れ渡る。 今まで閉ざされていた農場の停留所から.広く裾野が広がり豊な山波を現われしだしていた。 まだ残雪多い山脈が四方を巡り蒼空がいっぱいに広がった。そして蒼々した空に広き淡雲さえ湧き出した。 僕も三浦もバスに揺られ,去りつつある八ヶ岳の山波を心ゆくまで見詰めていた。 強い陽差しに変わり.山を下りてから自分が雪目になった事を知る。開ける目が辛くなり涙がでる。 それにも係わらず.涙を押さえ八ヶ岳の深い頂稜を望んでいた。
雪目 強い日差しとも思えぬが雪目に罹る。 強い日差しもなく吹雪の見えぬ紫外線に遣られたらしい。 下山のアプローチで気付く,緊張が解けたのか.一度痛くなると外の明るさが耐えられなくなった。 外の日差が当たるのではなく.外に出ただけで涙がボロボロ流れ.次第に痛烈な痛みに変わっている。 そうなると室内でも堪えられず.暗闇以外は目も開けられぬ状態に陥っていた。 吹雪の裸眼 吹雪の明るさは意外に盲点かも。自然の感触と下山の歓びが.ゴールドを付けず行動した不注意からだろう。 朝の列風にも耐えられると思い.裸眼での行動が心地よく.良いと思ったのが初めてのことで悪かった。 山を下り吹雪も治まった旭小屋で休息を取っている。その時はまだ我が目は雪目とは感せず瞼の重みだけが次第に増している。 時間は十分ある。僕等は夕方東京に着けば良いと.山小屋で静かな時を過ごしゆっくり寛いでいる。 初め目が痒くなり擦るも.薪の煙と思っていた。それが気になると目を開けられなり.窓に目を向けられなくなった。 雪目に侵される 次第にきついさが増し.無理に開けると泪が留めなく溢れ.痛さも増してきた。 三浦に雪目になったと告げる。彼も何故と急な症状に驚きを隠せなかった。 囲炉裏の脇に横になり.ただ目を閉ざしていれば楽だった。 時間がきた。ザックを背負い小屋より出た途端.以前に増し目に刺さる刺激が強烈に襲ってきた。 外は小雨の薄明かり.その弱い陽の中に入る前に庇の陰の明るさで潰されている。 もう泪は止まらなかった。細目で先を覗くのみ。痛さが増してくる。痛みを止めるには瞼を瞑る以外なかった。 漸く乗った乗合バスも窓が多過ぎる。東京まで持つか.不安は募るばかり。 列車内の照明すら周りに照り付ける明かりはきつかった。ここでも目を瞑る意外.方法はなかった。帰京が夜になり助かっている。 ネオンの町.新宿の繁華街は以外に列車内より楽だった。 ホームに立ち.久し振りに目を開けられた気分に安途と共に不安が残され.今回は下山の祝杯をも慎み.早々に帰宅した。 雨で始まり雨で終わった山行だったが.ちょうど入山と下山とが幸運にも崩れている。 又春の気象変化が4日周期であったことが.運に結び付いた。 幾ら吹いても春の陽差しは強く.八ヶ岳本来の姿で二人で触れることができた。 今度はスキーでこの立場川を滑りたい連想を抱いていた。 立場川林道 阿弥陀岳南稜立場川本谷のコースに今年.s41年.立沢からの林道工事が完成した。農場からより早く南稜に近ずく事ができる。 まだ指導標の完備もないが.工事は二股.旭小屋まで進む予定。無積雪期は便利に。 富士見.バス=立沢,林道=(飯場一旭小屋間は現在徒歩1時間弱).立場川→釜無川→富士川. |
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