吾妻連峰,春合宿T




  五色温泉をベースに

  鉢森
  高倉山,
  一切径山
  栂森

 板谷より五色へ  ,
こ54.jpg  
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 吾妻連峰東北部,春期ツァー合宿T,  

                           66年02月24〜03月07日,



   2月24日, 偵察隊(栂森一明月荘)出発, L新津,s保坂,m吉永,西村,藤井、
     25日, ボッカ隊出発,           L割田,m松村,和田,三浦,鈴木,田沼,辻,
     26日, 本隊出発,             cL田中,m他全員、         
     27日, 集合(五色温泉,宗川旅館),  午後,雪上訓練    
     28日, 賽ノ河原,偵察、ゲレンデ,
   3月T日, 鉢森,     
      2日, 高倉山,    
      3日, ゲレンデ,
    4〜5日, 一切経山,
      6日, 運動会,納会,
      7日, 解散, 板谷\80=福島h,
      8日, =上野,



     2月15日, 集合20:00,上野22:40,学¥500=
        16日, 5:47福島6:15=7:05板谷,                   

       山へ
   福島盆地を過ぎ,急に狭い山間に入ると雪が目立ち出す。もう裸土より雪に覆われている方が多い。
     狭い谷間にヘバリ付くよう築かれた小陣まりした駅を幾つも過ぎた。
   除雪の為,線路脇に丁寧に積み重ねられた雪盛りを見ると必ず駅に入る。
     列車は除雪した山を過ぎ,スイッチバックして停車した。
     ホームを埋め尽くしている雪に荷を投げ掛けると,荷は雪の大きなクッションで雪を舞い上げた。

       板谷駅
   改札口を潜ると小さな待合室になる。中央に置かれた赤々に燃えるストーブは,外気を隔て周りを暖めている。
     外との出入りは二重扉で引切られ,間には便所に通じる廊下があった。
     板谷は小陣まりした駅だ。ただ,鉱山の為,幾らか人気が多いようだ。


      2月26日、入山,駅前
   駅前,五色連絡所に入る。クラブで頼んでおいた燃料や食料が漠然と置かれている。
     ばあさんが火を起こし,僕等に茶を勧めてくれた。
   段ボールを数個重ね,ザックを乗せた背負子は重かった。
     上野を発つ時「無理するな」と先輩の嘲笑う顔が頭に浮かぶ。
     僕はバランスを崩しそうなスキーを除き背負う事にした。
         
   駅前の坂は狭い車道が走っていた。雪に埋もれた道はソリか,人しか通れない。
     スイッチバックのポイントあたりは,掘建て小屋のようなドームが被り,筒の先に線路が伸びていた。
     その横を通り,線路と防風林に挟まれた小徑に入る。
   足場が不安定で今にも線路へ落ちそうだ。
     避けて山側に避けるとスキーが衝けかちになり,蟹のよう少し横バイに体をしなければならない。
     上りの列車が粉雪を舞い上げ通り過ぎた。

      吊橋
   峠に至るトンネルの入口で線路を渡り前川へ降りる。
     大きな杉の林径、陽をとざし,ひんやりする冷気が漂っている。気の落ち着ける所である。

   前川には立派な吊橋がる。ロープに触れぬよう気を付け橋を渡る。
     トップの踏み足が吊橋にリズムを作り,後かから付いて来る者も自然と,その緩いリズムに合わせるようなる。
   吊橋は歩調に一致して大きく揺れた。
     足元の板の隙間を覗き込むと,硫黄臭い鉄分を含む赤褐色の河原が,雪を溶かし湯気を上げ流れていた。

   ここから登りが始まり,大きく巻く径の三ツ角を過ぎ,明るい林径になる。
     巾3mもある雪の並木径,急に折れ新五色の分岐に出た。
   古い板切れに赤ペンキを塗っただけの小さな道標が足元にあった。
     あまりにも簡単なので不信でもあり,又周りに良く溶け合って,しっかりした道標にも思える。

      直登
   左端で五色に通じる電線に沿い直登した。雪深く,急に傾斜を増したボッカ径。
     息切れも激しく,寒いのに汗は途切れなく流れた。足場はしっかり踏み固めないと元に戻り,後の登りが大変だ。
   何処となく甲高い汽笛が聞こえ,車輪の滑る音が聞こえてきた。
     風に乗って伝わって来たうようだ。風下も見たが何も見えなかった。

   急登の終わりは回り径と合わさり,尾根を迂回するよう林の道を抜け原っぱに出た。
     前方に五色の大きな館が見える。原っぱは五色のスキー場で夏には畑にでもなっていそうな所である。
   滑っている人も数える人しか居ない。ただ一本のリフトが止まった間々,雪に晒されていた。
     館は見えてからが,思いのほか長かった。軽くなった足取りもつい重くなり,何度も立ち止ては館を見るようなる。


      五色・・・宿
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     五色・・・湯
  湯殿に関しては温いと聞いてはいたが,これ程温いとは思わなかった。
    この湯が温泉なら鉱泉とはどんな湯だろう。
  岩盤を利用した湯殿は,漬かったら最後二度と飛び出す事は出来ない。
    暫くの間,じっくり体の暖まるのを待たねばならない。

  それでも先輩から何度も聞かされていたため,初めての風呂とは思えなかった。
    何か懐かしいものに触れたようだ。

     大陸の高気圧が移動性となり,日本を被っている。2,3日,天気は良いだろう。



       2月27日,雪洞造り

   オーバーズボンにオーバー手,ヤッケに目出帽とワッパを履き,
     スコップを持って歩く姿はピエロより具が揃いすぎ,風袋は滑稽一言につきる。
   特に後姿は漫画が踊った滑降だ。ゆっくり歩けば頼もしくもあるが,小切ざみに動けばタヌキの踊りになる。
     女の子の格好は一層見られない。笑いを堪えれば腹を抱え笑い出した。

   スコップを持って雪面を切るとブロックが落ち,穴が出来た。
     更にその動作を続けるならば,穴は次第に大きさを増し深くなっていく。
   僕は雪洞堀りの為,今モグラのように雪と戦っている。3つ道具のスコップ,ノコ,ポンチョを使って。
     雪の中では息と雪を切る音以外,何の音の伝わらない。馬力の世界だ。力がなくなると交代させられた。

   外は騒がしかった。天候が崩れたのではなく,雪と戯れている仲間の声だ。童心に戻り雪合戦,レスリングと。
     僕も加わったが,雪がなかなか固まらない。乾燥し切った粉雪が,古い層を埋めつくしていた。
   再び雪洞に入ったら急に暗くなり,しんやりした感触が伝わってくる。
     こんな所で寝られるだろうか。

   日課表
      4:00、    食当起床      16:00、 食当準備
      5:00、    全員起床      18:00、 夕食
      6:00、    朝食         19:00、 役員会
      7:00、    ツァー及びゲレンデ   19:15、  リーダー会
      11〜13:00、昼食,ゲ        20:00、 ミーテング
      15:00、    ゲレンデ終了     21:00、 消燈

五色、雪洞掘り  , さ一41.jpg  
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      Cパーティー,L本多sL池田m滝島,松村,  


    3月01日,鉢森山 五色7:10⇔、8:00登り口:15一11:00鉢森12:00一13:30板谷14:15
                 一15:20五色(他),

   朝の肌寒い冷気が体を揺さぶり,これから初めてのツァーが始まろうとしている。
     朝靄もなく鉢森が旅館前から望まれた。

      板谷へ
   一昨日,ボッカしたコースを下り,対岸に聳え立つ鉢森に向かう。
     大きく弧を描いてスキー場を出るとボップスレーのような径になった。
   硬く踏み固められたった雪の上に昨夜の粉雪が薄ら被り,一見,変哲もなく見える径。
     スキーの板は僕の意に反し,溝に沿って走る。細かくカーブして行く溝の滑行は面白い。

   直登した急なアイスバーンに出た。
     急ではあるが,斜面一杯に取れるので大きく斜滑降を取り,山回りでキクターンと同じ事を繰り返す。
     誤魔化しの斜滑降は谷スキーが落ち気味で,危うくバランスを崩しそうになる。
   山回りも踵の押し出しが強すぎ,踏ん張って回り込む。それで如何にか停まる事が出来た。
     倒れるとアイスバーンの為,落ち方が荒い。ズボンの目がなくなりそうだ。そして布までザラザラになる。

   林間の緩斜面は面白く滑った。停まる事に失敗すると向かいの雪壁にスキーの鼻を突っ込まなければならない。
     時には前に突んのめったり,転んだりする。
     しかし,幾度も転びそうになったとは言え,数える程しか転倒せず線路に出られた。


      鉢森へ
   南面に陽が差し暖かい。開拓部落に通じる林道を折れ,送電線に沿い登る。
     シールが良く利き,高度を上げるにつれ尾根上になった。
   対岸には五色のスキー場が現れた。旅館がはっきり見止められる。
     数kも離れていて,ここから見えるのだから馬鹿でっかいはずだ。

   大勢の登行は楽しかった。先のシュプールを外さないよう運ぶ。
     送電線を離れると鉢森がナベを逆さにしたような釜の形で望まれる。
   右肩には五色で見えた同じ雪庇が陽に輝いていた。
     浅い巾白い谷間を辿り,タンネの中を越すと以外な程近くに鉢森があった。

   自分のシュプールを見るのも楽しい。大雪原に2本の線が走り,丘を超え谷へ落ちている。
     左へ尾根を巻き気味に,そして右手の雪庇の上に立つ。
     今まで見る一番大きな雪庇だ。雪庇の中ほどでスキーをデポ、頂に向かう。

      鉢森山
   頂は少し寒いが這松に寝転べば,暖かい陽差しが体に溢れれる。
     先に着いた慶応WCの人達が頂を離れてから,ゆっくり眺望を楽しんだ。

   明日登る高倉の以外なほど大きい山容が目に入る。
     北面を深く切り落とし、高倉の西稜は急激な壁となりスカイラインを造っている。
     谷を隔てているせいか,何処も高度の割に威容な高さに見えた。

   そしてコバルトブルーの空に飛行機雲の絵が描かれた。
     東より吾妻本峰に向かい,一直線に白い雲が出来て行く。


      滑べる
   雪庇を恐る恐る横滑りで降り,中腹から勢い良く滑った。一人々直滑行とばかり飛ばすが,間にギャップがあるようだ。
     大きくクッションして見えなくなり,暫らくして雪まみれの姿が現れる。
   みんな転ぶ度に腹を抱えて笑った。僕のそれに負けず突進した。
     バンド一度だけでなく二度あっつたのだ。
     上から分からぬギャップが幾つも走っている。アッと言う間に猛烈な勢いで,弾き飛ばされた。

   頂稜が終わると穏らかな穏斜面が続き,小さな雪原あり,林間ありのバライテーに富んだコースになる。
     各自,思い思いに滑りまくった。
     僕はタマゴ型になっつたり,スケーテングを真似をし,時にはクリシチャンを真似て滑た。
   僕はどうも人を意識するらしく,仲間と出くわすと良く転んだ。
     変に転ぶとしゃくにさわるが,ハデな転びは心の底まで楽しくなり,雪に戯れているようなる。

      テスト
   暫らく狭い林間を縫うと送電線に出た。登りよりずっと下である。そこでKWCに追い付いた。
     僕等に径を空けてくれる。彼等のパーテイは人数も多く左右に分かれ僕等のスキーを見ている。
     まるでテストを受けているようだ。絶対彼等の前で転ばぬと誓う。

   送電線は殆どコブの上に搭を立てている。そして搭と搭の間は下り坂で幾分窪み,ここも例外ではなかっつた。
     彼等の間を潜り,搭の裏に出てしまえば転んでも良いとさえ思う。
   先輩はその中をスイスイ滑って行く,僕もスキーを蹴って後に付いた。
     意識し過ぎから幾らか後傾気味になったが,スピードに乗って裏まで踏ん張る事が出来た。

   送電線を外れ樹林を潜ると開拓部落が広がり,牧場に適しているような自然の砦になっていた。
     それから深い樹林に包まれ,腐りかけた雪面に向かって直滑行が続いた。
     林道の唸りに合わせ板谷へと滑って行く。


   2月27日, 日本南岸を通った低気圧1008,は東方海上で発達する見込み。
           又,黄海の高気圧1024,がENEへ張り出して来たので天気上り気味となる。
   2月28日, 低気圧980,は更に発達,銚子東方を東進する。
           満州地方にはNEからSWへ気圧の谷が走り,高気圧1021,は名瀬付近を東進している為,好天が続く。
   3月01日, 昨日の高気圧1022,は本州南方100kを東進し,本州以南,朝鮮半島まで被っている。
           その為,晴天に恵まれ,雲量0,微風が続いた。
           前線はまだ,揚子江から九州南部に掛けてSEに降りている。

 賽の河原を越え慶応小屋付近より 慶応小屋.jpg  
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     ここは半日コース。のんびりした気にさえなり、コブを2,3越して頂手前で一本取った。

      高倉の頂
   十字に背負ったスキーを降ろすと頂は素晴らしかった。今まで見えなかった山容が眼前いっぱいに広がった。
     栂森から目を尾根沿いに上げていくと東大嶺の広々とした頂に突き当たる。
   時折,雪煙を巻き上げる雪の被うった稜線は、
     コバルトブルーの空と合わさって冴え切り、縦走パーティは今何処の辺を歩いているのだろう。

   東大嶺から目は左へ走る。
     薬師森,烏帽子,ニセ烏帽子の頂が目に入り,大きな家形山も望まれる。
     あの真白い台形の山を登ると思うと目はさらに冴えた。

   特性ビスは美味しかった。食糧が全部空になるとリーダーの本多さんが,この分なら新記録を樹立出来ると言う。
     何の事かた思っていたら高倉ピストンの時間の事だ。
     食べる物もない「よーし」と急いで腰を上げ,スキーを履く。

      滑降
   犀ノ河原の急斜面は僕には斜滑降しか利かないが,大きく大きく切って降りた。後は真っ直ぐ飛ばすだけだ。
     直滑降となれば転ばぬ限り,そう技術の差は出ない。視界は見る々変わり,弾丸滑降コースに出る。

   ここは一番難しいコースだ。左へ巻き気味の上,谷へ落ちる傾斜が激しく,スキーは段違いにして滑らなくてはならない。
     その上,コブの先は全然分からない。目標を定め,スキーの先をそちらに向け一機に滑る。
   コブを大回りして止めるか,雪の中に突っ込むだけだった。
     前に人が居るともなればコブを越え分かるので,如何しようもない。幾度も転んだ。
     旅館に着いたのが11時半,昼前である。そのお陰で又,食事にあり付く事が出来た。



      雪洞

   高倉に登った晩,初めて雪洞に寝た。
     厚着の寝仕度で汗ばんだが,雪床に横になると,ひんやりした空気が体を包む。
     冷気の流れが良く分かり,ローソクの炎が美しく見えた。

   朝の炎は幻しのよう思える。一度目覚めれば,明け方の冷えが雪洞に流れ込み,L字に掘った雪洞でも忍んで来た。
     縮こまって,うとうとしていると起きるのが億劫になる。

   外は酷く冷えた。体を動かしていないと震えが停まらない。
     昨晩,踏み付けた足跡を頼りに夜径を旅館に戻る。廊下もひどく冷たかった。
   明け方は,舘全体が死んだように冷たくなり,空気を凍らせ,僕の体を凍らす。
     それに比べ雪洞は暖かった。


   移動性高気圧1022,は銚子沖を毎時30kでゆっくり東進しており,東日本及び中部日本をまだ被っている。
     前線は日本海に入り,もう1つ前線は名古屋以西,太平洋沿岸に沿って中国まで伸びている。
   ツァー中は快晴、頂でややSSEの風強くなるり,良く飛行機雲を見た。6本、
     午後,曇る。

家形山の稜線  , 家形山冬.jpg  
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       3月0日, 宿止まり,ゲレンデ

      諸感・・・食当
   今日は食当である。
     食当はパ-ティ編成でなされている為,メンバーの少ないパーティは大変だ。
     特に僕等パーティは4人の上,一年は僕1人である。
   食事ともなると食糧部屋に宛がわれた部屋を掃除し,
     食卓を作り,炊事をし,飯を盛らねばならない。朝はてんてこ舞いである。

   3時頃から起き,火を起こし,炊事を始める時は息も凍る程の寒さで,電気も停まっている。
     ローソクに頼りジッと実の煮え立つのを待たねばならない。
   漸く廊下にも朝が訪れ,ローソクも不用になり飯を盛る頃,皆が起きてくる。
     その間テルモスに熱いミルクを満タンにして置く、特に栂森パーティは列車の関係で早く起きるので,二重の手間が掛かる。
     でも何杯も食べている光景は嬉しくもある。皆を送り出し,ようやくほっとする気分,これで休息と言えようか。

   昼食は朝に比べのどかなものである。
     自分のパーティしか居ず,みんなで味付けながら炊事をする時程,のんびり安らげる時はない。
   部屋に寝転び、午後の一時,外へ出るも,ツァーから帰って来るパーティに温かいものを作り,
     夕飯の仕度を考えるとホドホドしか出来なかった。
     それでも忙しい中に,のんびりした楽しさがある。
     持米、1人,2升4合5勺、


      諸感・・・ゲレンデ
   宿はゲレンデ中央西側にあり,挟んで東側には一本のリフトがある。
     明治44年,民間初のスキー場としてオープンした,古いいにしえを持っている。 
   急なガリーから狭いコブを越え,宿前からなだらかな斜面が広がっている。
     変化には富んでいるが,1本か,上手くするとリフト末端まで滑ってしまう大きさである。
     ただ整地は全て,滑る本人がする事になっている。  

   リフトは常に空いていた。否や,停まっている。我々が催促しないと動かない。貸切,当然のリフトは常に停まっている。
     1パーティ,5,6人の人数で動く事はなく,乗車券も有るには有るが,全て宿主,源ちゃんの気分しだいで動いている。

   リフトは後半,上部を除き,雪面に飛び降れる高さにあり,下は淡雪の吹き溜まりになっている。
     集合が掛かると皆一勢に飛び降り,ゲレンデは終了する。
   すると源ちゃんが,宿からリフトを停めに現われる。
     ゲレンデ,リフト代、 合宿中,計¥910、高い?、管理人も居ないリフト,やはり高い。


      諸感・・・風呂
   五色には2つの風呂がある。
     漬かっているだけでもぬるい温泉より,幾らか暖かい沸かし湯風呂がある。
     白いタイルに白い壁の明るい所だが,以外と寄り付かない。
   毎日々々入る湯は圧倒的に温泉の方が多く,
     一度だけ沸かし湯に入った事もあるが,二度と踏み入れる事はなかった。
   沸かし湯に何か不吉な陰が漂っている訳でもない。
     都会と違って窓を挟んで雪が降り積もり,雪国の感じは十二分にある。それでも皆温泉に入るのだ。

   ツァーが終わり,一日の疲れを安げに温泉に飛び込む。
     薄暗い湯殿はぬるぬるし足を取られがちになる,擦り足で入れば又,山の湯らしい。
   「ぬるい」「ぬるい」と言って入るのも乙なものである。
     仲間と一緒に騒ぎながら,又一人で入るのも湯は五色らしく楽しい。


      諸感・・・摘み食い
   炊事を手伝っている時,面白い事に気が付いた。ナベをコンロに掛け,まな板を叩いていると廊下を行き通う仲間が,!/」\ム +8Z獏ォhテオ5n・ュ5モo30マ\s@」{6Yミ∴e!Vフ&、x・ヤィク%%翁卦ロムZョフル閼\ュrC34/)!モ;TSシgG_イhPS<セナPqnツ/f~|6 ナ区_cユ紆^スゥ緩サFヘkモ3_碆ッAニオ{ クjア氣コ8'恟猟ノメO.ェ:ェRチ壗9ロ・ 猖」ヌ    乾燥室と言っても畳を上げ,床にトタンを張って部屋の真中にストーブが置かれているだけの場所だけど。
     乾燥室も人のよう生きている。昼間,皆が山々に出掛けていると乾燥室は深い眠りに入る。
   そして夕昏が迫りだすと乾燥室は賑やかさを戻し始め,色鮮やかな干し物で飾られる。
     今まで寝ていたストーブも,この時ばかりは赤々になって活動し始める。

   乾燥室にも衣類をまとう順序がある。ストーブの極手近かな所にはシャツ,セーター類が干され,ヤッケが干されている。
     そしてそれを囲むようにオーバー手,オーバーズボン,シールが吊らされ,
     部屋の隅にはポンチョ,シュラフ,ザックと言った類の物が広げられている。
   ストーブの上には吊り網がある。そこにはもう手袋,帽子類に占領され,床にはスキー靴が漠然と列べられていた。
     これから乾燥室が充分働き始め,それに変わり,山で疲れて来た道具類が休み出す。


      諸感・・・僕の部屋
   小人数な僕のパーティとは反対に部屋だけは大きく,人数も多い。
     又,ミーテンヅに使われる僕の部屋は,それだけ人の出入りも多い。
     常に誰かが居た。部屋の奥くにザックが置かれ炬燵が一つある。

   炭火の炬燵は時には足でいっぱいになり,足を擦り合わしている時もある。
     炬燵がカンカンに起こっても誰も足を投げ出ない。
     熱い所に入り縮こまっている。それが灰になると入るだけ体ごと潜り込んでくる。
   背に畳を付け寝転ぶと天井が広がる。
     良く見ると黒ずんだ中に板の目が見えた。天井に吊された裸電球はスイッチを入れても点かなかった。


   高気圧は遠ざかり,日本に気圧の谷が入る。
     太平洋沿岸,秋田沖から大陸へ,千島より日本海北部を通り朝鮮より大陸へ。
     前線が3本走っており霧雨の所が多いが,日本海にある低気圧100

   一切経と五色沼 さ一28.jpg  
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   3月04日,家形ヒュッテへ 

      五色一緑樹山荘一家形ヒュッテ,

  弾丸滑行を再び登り詰め犀ノ河原に出る。今日は初めよりスキーを履いた。
    スキーがクッションのようはじき,又前に滑った。
  Kルートとの分岐を過ぎると犀ノ河原は一層広々した原野になる。
    パーティはそこを指導番に導かれ登った。


      不安、賽ノ河原
   僕には時々番号が飛んでしか目に入らない。標識を気にしていないせいもあるが。犀ノ河原を横切り樹海に入る。
     標識に導かれてであろうが,分からない。同じような入口が幾つもあり,余計分からない。

   地図をあれ程覚えた積もりなのに。今まで一度もこのような事はなかった。只,付いて行く。
     合宿であれ個人山行であれ,分からない所を歩く事はなかった。先も後も分からない。
   今日のように好天なら問題はないが,霧が掛かり標識も見定められなければ戻る自信がない。
     そう考えると心細く怖かった。

   犀ノ河原を横切ると,もう心配はなくなった。シュールを付けた間々,沢を横切るのが面白く熱中した為である。
     沢底への急斜面は摩擦を利かせズルズルゆっくり滑る出し,膝を深く折ると思い以上に滑る。
     そして柔らかい粉雪に摩擦を増し,前に倒れ掛かって停まる。
   急登も直登すると面白い。滑りだす,すれすれまで膝を深く曲げ,体重を出来るだけスキーの中心に持って行く。
     すると急でも着実にシールは利いた。もう駄目だと思った時は慌てずストックに重点を移せば良い。

   幾つも沢の横断は続き緑葉山荘に出る。東海大が管理をしているらしい。この上にも急斜面はあった。
     どうした訳か直登できず,1度目は強引にストックで乗り越えたが,2度目は駄目だった。
     力が抜け,頑張れと言われる中,ジグザクを切って登った。


      初めてのトップ

   枯れ木のテッペンに赤い標識がある所で直角に右へ折れ,緩斜面の森になる。僕は初めてトップをやった。
     スキーの板が適当に潜り,雪の締る音が森に響いて静けさを破る。

   僕の前にラッセルはない、深い森に。
     雪白き白銀にスキーを流すと,スキーの先端から雪面が盛り上がり,ビシっと割れシュプールになる。
     それを右も左も規則正しく行った。僕は楽しんで雪を切る。

   先輩の「標識に注意して進め」の忠告に従い,
     先の標識が見えると,その先の標識を探し,出来るだけジグザグにならないよう気を配る。
   今の心配は交代させられぬ事だ。全てが嬉しい、気も心も爽やかに。
     何時までも進みたいと心は動く。静かな森と僕の足跡。僕は先を見詰め,自分で一歩でも処女雪を歩きたかった。
     何しろ嬉しくて楽し,心がときめきしょうがない。

   このような気持は鉢森でも感じたが,あの時は何だか分からなかった。
     今,その謎が1つ具体的なものとして現れたと思う。
     五色に入った日,新津さんの言葉「ツァーの楽しさは滑るより歩く事」のようにも思えた。


   関東南部から揚子江流域に伸びる前線は梅雨前線に似てナタネ梅雨になる。天気は悪い。
     又、別の前線が日本海を通り,996の低気圧に繋がっている。
   規則正しく崩れる。朝方,陽が出ていたものの昼前に曇る。
     午後,ガスが掛かり日暮れには風が強まる中,雨が降り出した。
     
一切経山から西吾妻連峰広がり  , 西吾妻、冬.jpg  
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     3月05日, ヒュッテ⇔一切経山一家形山, 一五色,


   昨日は午後,荒れに荒れた為,今日は一切経をピストンし五色へ下らなければならない。

      ガンチャン落とし、
   今回合宿でも話題に上がっていたが,噂ほど気にならず,凄いと呼ぶ程にも思えなかった。
     雪崩が気になるが,心は落ち着いていた。

      頂へ
   上は風が強かった。叩き付ける横風が頬を打ち,沼へ落ちないよう一歩々々慎重に歩いた。
     トラバースを終え,幅広い尾根は雪が飛ばされいる、早速スキーをデポ。

   ここから一切経まで妨げるものは何に1つもない。
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     岩にしがみ付くか,風に向かい這うよう歩いていない限り飛ばされてしまうのだ。
     留まって居る事が出来ない。直ぐ下山した。
   
 家形山とガンチャン落し,大石付近より p6.jpg  
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     吹雪の五色へ

  山も谷も荒れていた。吹雪の雪は積もるばかりで同じコースを戻るにも膝以上潜る。
    もうシュテムも山廻りも,何も利かぬ。滑るのは直滑降のみだ。

  スキーの上手い先輩すら転んで停まっている。時には木に抱き付く事もある。
    雪まみれになる方が多い。転ばぬのも手だが,この雪では無理するなとリーダーの注意が飛ぶ。
                    谷底に一直線に行けば,転ぶ回数は減るが,滑り出したら転ぶまでどうしようもないからだ。


   吹雪の帳は早い。ようやく緑葉山荘に着いた頃,陽は暮れかかった。ここから犀ノ河原の難所が待っている。
     山荘で休ましてもらい,直ぐ出発。薄暗い空は闇にならんとしていた。
     来た径をボンボン下る。下ると言っても転んでである。

   犀ノ河原は以外と楽だった。吹き飛ばされた雪面は凍り,ルートさえ丁寧に探し廻れば良かった。
      トップのリーダーが磁石を持ち「離れるな」「離れるな」と叫ぶ。こうして犀ノ河原を横断し、弾丸滑行に入った。

   五色の玄関を潜った時は真暗闇になっていた。
     玄関には何時も以上の仲間が集まり,「良かった」「緑葉山荘に泊ると思った」
      「今,パーティを出そうと準備していたところだ」など段片的な言葉が聞こえる。

   厳しかったが,ツァー最後に相応した終わりになった。
      僕等だけのパーティでぬる湯に漬かっていると,今日の苦闘がありありと浮び,湯はジンジンいいながら体を温めた。


     低気圧970,が千島近海で発達し,強い北風が吹く。黄河上流には次の低気圧が現れた。
       夜半より明け方に掛け,強い風雨となり,6時半,強い風雪に変わる。
       山は地吹雪で,一日中風雪となった。



       3月06日,雪, 納会

   今年度,最後の山行も終わり,昼間の運動会に引き続き,夜半から納会が催された。
     納会に仕立てられた部屋の入口には,一升ビンが何本も並び,徳利の数は数えられぬ程ある。

   納会は意外な程の厳粛さで始まり,主に4年生の送別に当てられた。
     今までとは又,違った厳粛の中,新津,中山,神保,各氏を送る。
     答辞に目の潤む涙声。その感情が部屋いっぱいに満ちるにつれ,胸の詰まる思いが僕の心に押し寄せた。

   そして酒が酌み交わされ、甘い地酒,東酔で,酒宴は明け方まで続いた。
     良いクラブだ。
   この納会の流れこそ,クラブ活動の縮図のようだ。そして最後に残る無我の郷こそ,大切なものを残している。
     僕も何時か,あの席に立った時,この感情を導き,憧れを持ち続けたい。

                                       宗川旅館、 米沢市板谷五色温泉、023835一1

   3月07日,太平洋沿岸のナタネ前線は温度差が大きく,その上を低気圧が東進する。
      東北地方は雪の所が多くなる。


      解散後,福島市内の同期,三浦宅に世話になる。又もや田沼,和田,そして僕と同期が集まった。
        飛行機が羽田に落ち,四国にも落ちたそうだ。運賃改正があり,行き学割5割、帰路は3割引きへ



        42年02月, 春合宿U、家形〜東大嶺,高倉,
        43年02月, 春合宿V、鉢森,高倉,一切経,栂森,
        44年02月, 春合宿W、一切経,東吾妻,鉢森,
        46年03月,        高湯〜賽ノ河原〜赤岩
        49年03月, 春合宿,五色

        41年11月, 家形ヒュッテ修理T,
        42年11月, 家形ヒュッテ修理U,
        43年10月, 家形ヒュッテ修理V,





                                                              山径,吾妻春合宿T,
                                                              山径,





 冬合宿T




   奥信濃,飯山市戸狩,五荷民宿,   s40年12月24〜29日,

    上野22:58=5:30長野7:16=8:32戸狩,

    26日午後,右膝内側,裂傷16針, 後,帰京まで通院する。
       翌日,進級する予定も残念,炬燵にも入れず部屋にうずくまる。


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