今にも降りそうな曇天と濃霧の中.谷川,茂倉岳から北上.朝日岳・白毛門・・湯檜曽川流域の山々Top 湯檜曽川馬蹄形縦走 武能の下り.蓬峠と七ッ小屋岳濃霧の谷川茂倉岳から笹平・蓬峠・朝日峠と白毛門に至りヴァテイケー踏破 s41年(1966年)06月05〜06日.単独 乗り越し 上野駅発最終夜行列車の車内では隣りの方が気に掛かり.なかなか寝付かず.とうとう沼田駅まで起きている。 そして眠む気から覚めた時.列車は丁度土合駅を発ち清水トンネルの坑内に入るところだった。 乗り越しをしてしまった。ガラガラになった車内. 新聞紙の敷き紙が舞う車内。途方に暮れるが仕方なく.土樽から土合駅への馬蹄形の逆縦走を試みる。 単独の場合,気が張るものだが.それが裏目にでても落ち付いた。仲間が居れば土合まで戻り.白毛門から登っただろう。 土樽―茂倉新道―茂倉―蓬峠―朝日岳―笠ヶ岳―土合. 6月05日.上野22:03学往¥1030.+40= 06日曇後雨. 茂倉新道,3:10土樽:20一4:12小:17一5:25鞍部.朝食:44一6:40茂倉岳. 闇の径 清水トンネルを抜け土樽駅に下車.闇に閉ざされたホームから改札口に歩む人は疎らだった。 コースは土合から白毛門へと逆縦走を考えるもまだ漠然としていた。まずは茂倉尾根を詰め.上越国境にでてから先を考えることにした。 駅舎を離れると夜半の静寂さは更に深まり.一人旅が侘しく思われる。外はまだ真っ暗闇の夜中.時計は3時を指し.山道に入り更に心細くなる。 エレキが動く都度.静まり返った闇の山懐の木々は巨人の如く被り.岩肌は生き物の如く.エレキに照らされた。 その動きは自分の動きにエ連鎖しているのだろうが見当のつかぬ所から現れる怪物達の陰が我が身に迫てきた。 時にはエレキの陰にも怪物を作っている。風に揺れる樹木や.エレキの動く陰が不気味な雰囲気を想像させ膨らましている。 その様な闇動く谷間は昼間では直ぐ分かる新道入口を.友を得たような気持で探し当てていた。 湯檜曽川馬蹄形概念図 拡大地形図,山行表 上越国境周辺全体地形図車内の寝坊で乗り越し.土合からのバテイケー山行を変更. 谷川岳〜茂倉岳の間を省く。 背稜に出てて
矢場ノ頭で顧みる魚野川の谷間 矢場ノ頭より茂倉岳茂倉新道 茂倉新道は万太郎谷と茂倉谷に挟まれた尾根筋を綴り矢場ノ頭を経て茂倉岳に至る新道を歩んでいる。 黙々と歩み高度を稼ぎ樹林帯を抜ける頃には矢場ノ頭も近くになった。夜明けの白みが忍びだし.大地をじわじわと明らめ始めている。 朝方の日差しと云うより闇の帳が終え.朝霧の中から微妙な未明の明るみを生み出しているようだった。 時折,万太郎谷を隔てた平標の峰々が望まれる。積雪は少ないが蓬方面はまだかなり残雪が残されていた。 1200mを過ぎ.石楠花が現れ始めると矢場ノ頭も直ぐだった。頭に立つと視界は一層開かれる。 屏風の峰々が絵巻の如く連なり.森林限界を越えた足元は熊笹に包まれ石楠花が競い咲くようなった。 稜線 視界の利いた尾根を進んだ中端.雪に埋まられた茂倉小屋を見付け.もうそこが茂倉岳だった。湯桧曾の谷間は深く朝靄に閉ざされている。 ただその上層の一ノ倉沢からマチガ沢に掛けての鋭い東面の岩稜帯ははっきりその荒々しさを覗かさせていた。 腰を下ろし朝食を摂り.先を考える。谷川岳に向かうべきか.清水を越え.朝日岳に向かうべきか。 まだ6時半とは云え朝日岳は真向かいに馬蹄形に聳え.先が延々と続くことを示していた。 上越特有のガスが切れ.時折谷間が見下ろされる。晴れるかと気がもめるも.湯檜曽川を囲む山稜に先を求め.ヴァティーケーを目差す。 心が決まるや否やもう立ち.遥か先の山容を望んでいた。 |
清水峠.電力小屋から七ツ小屋山 |
| 茂倉岳6:50一7:54蓬峠8:05一8:40七ッ小屋山一9:15清水峠.監視所9:28一10:10(引き返し地点) 一11:11ジャンクション.ピーク. 笹平に入り.再びガスに被われる。霧の流れは治まり.視界は5〜8mの濃霧だが山径はよく踏まれ迷う心配はない。 ただ濃霧で先が見えなぬ為.やけに下った気がする。平坦になったと思ったら武能岳にでる。 だだっ広い尾根幅が広がる蓬峠への径. 昨年は師走に雪原の斜面を下っている。 冬と全く違った感じを受け.とことこと蓬峠ヒュッテに降りている。 |
![]() 大源太山より茂倉.谷川から仙ノ倉へ |
蓬峠〜清水峠概念お茶の差し入れ 蓬峠ヒュッテで大倉尾根の様子を尋ねようと思ったが.生憎小屋番が出掛けた後だった。 娘さんから茶を御馳走して頂いた。温かい香りがこの上もなく旨い。ゆとりある時間を頂き.丁寧に礼を述べ別れた。 蓬峠より清水峠に掛けては余り登山者の往来も少なく.少し藪漕ぎを強いられている。又朝の露払いが強くズボンはビショビショになっていた。 濃いガスが放徊する中.踏み跡を求め,又地図と磁石を頼りに.尾根の西側に片寄らぬよう気を配っている。 視界が開かれれば笹の草原が風に波打つよう揺られ.長閑な峠の散策路になっていた。ただ尾根筋は重い露粒のガスが抱懐し暗く閉ざされていた。 鉄柱型指導標を目標に見付け見付け歩む。 風がかなり強く地図を見るにも苦労する。バリバリ音を立て地図を跳ね返させ,視界は全く失われた。 確実に鉄柱沿いに行くこと1時間。体が完全に冷え切る前に.国鉄の送電線監視所を見い出している。 小屋は暖かった。更に今日初めての来客とのことで.ここでも茶の歓迎を受けている。 熱い茶が体の芯まで体を暖めている。飲む程に和み.新たなエネルギーを加えさせて頂いたようだ。 ガスは益々酷くなる中.清水小屋をでた。 斑な残雪が山径を被い.ぬかるんだ泥んこ径に先への嫌な不安を抱かせる。尾根幅は広がり又ガスが旋回しだした。 朝日岳に登りは気を良くしている。時間も早いことだし.遅くとも4時には土合駅に下り着くことができよう。 清水峠では残雪も消え.池ノ窪まで夏径を歩むことができた。 s40年04月.奥上州白毛門,雪上訓練 s40年12月.西黒尾根U〜蓬峠 s41年06月.茂倉岳〜蓬峠〜白毛門 s46年07月.湯檜曽川裏七ッ小屋沢〜蓬峠 s46年12月.雪深い谷川岳.芝倉沢左岸・・ザイルワーク |
朝日に登り出し清水峠と七ツ小屋山 |
| 11:11ジャンクション.ピーク一:13小:24一11:37朝日原一12:21笠ヶ岳.地図上:26一13:02白毛門:11 一14:33土合15:32.学.往¥1.030=19:21上野. 迷い径 それからが大変だった。池塘から残雪が再び大地を埋め.踏み跡はなくなり.更に巾広い尾根になる。 その為電柱沿いに登川本谷方面に下ってしまったが.視界が利いてきたのを幸い尾根径に戻ることができた。 鉄柱は蓬峠を越すと直ぐ20m間隔で現れ.南側を通っている。 清水峠へは登川方面に向い.ジャンクションの北側を沿いを下っていた。 東面に広がる大雪原 巻機山への尾根と衝つかるジャンクションピークはもう傍だった。春のまだまだ弱い陽差しが照り始め.平原状の朝日岳に薄日が差しだした。 程好い疲労が.ここでは昼寝でもしたい気を起こさせていた。 草付きに横になり谷間を仰ぐ。 東側.宝川沿いの斜面はまだ見渡す限りの残雪に覆われている。雪多い裾はスキーで宝川温泉まで滑り.風呂に浸かるのもよかろう。 オーバーズボンぐらい持参すれば良よかったかも。尻セードができたのに。 朝日岳の南方に続く笠ヶ岳.地形図の位置と異なっていた。道標の違いか? 笠ヶ岳1852.1m.昔はこのピークを大倉山と呼んでいた。また古い1/5万地形図に名称はなかった。 s36年11月30日以降に発行された色刷り地形図には記されている。 昨年春先のOBを含め大勢の部員が雨天の中.白毛門で雪上訓練に訪れている。 今回は降雨にはならぬものの白毛門に立った時.陽は蔭り雪解けの急坂を泥を蹴るよう駆け降り.土合にでて厚い雲に被われた。 行動時間.11時間13分.実働時間9時間50分 |
清水峠より朝日岳方面.ジャンクション |
| 天候.03:20.土樽.月霞む 06:40.NW.重い雲.湯檜曾谷.朝霧濃い.笹平.蓬.清水峠.濃霧 07:26.笹平.視界5〜8m 08:00.蓬峠.8〜10m,所により5m.風強し 10:10.窪地.ガス切れ始め一時.日差す 朝日〜土合.曇一時小雨 残雪少なく.出来れば繋ぎ合わしでも5月中旬までに入りたかった。頂稜は斑に残雪もなく谷側だけを埋め尽くしていた。 目を輝した尾根がある。ジャンクションから巻機山への尾根筋だ。雪も多い時期にスキーを背負い縦走したい。 その後に茂倉岳避難小屋.清水峠白崩避難小屋が建設される。 山径Top |