初冬の御岳山,U
頂稜を被う火口壁群
後輩を連れ再び御岳へ
| 御嶽山,田ノ原口より , | ||
![]() 再び雪の御嶽へ s43年11月19〜26日, L松村sL山田m滝島、和田,沼津,豊永,桧垣,中沢,飯田, 最初の計画では,王滝口より頂上を詰め,二ノ池内にベースキャンプを設ける考えでいたが, 急に参加者が増えた事,OB各氏の参加が出発直前まで把握できなかった為, 冬天の関係もあり黒沢口八合目,女人堂小屋をベースにする。 黒沢⇔女人堂小屋hc、⇔剣ヶ峰―二ノ池, 11月19日,晴, 新宿\810+¥300,23:45= 20日,快晴後曇, 4:57塩尻6:20= 塩尻駅 11月も半ばを過ぎると夜明けのホームは肌寒く,冷えびえする寒気が,ここ塩尻の待合室に忍び込んで来る。 体を縮め,幾らかだけでも暖かさを保とうと待つ身に,夜明けは遅かった。 ガタガタ振え,時にはホームを歩き回る。 漸く,東の空が白味を帯び,次第にその領分を広めるが,寒さは増したよう思われた。 それも意地らしいうような,ゆっくりした速度で。 始発の列車が一番西側のホームに入って来た。 停まると同時,列車はモーターを止め,出車まで,暫らくの間、駅を又,元の森閑とした深い眠り戻させた。 それでも僕等にとって,車内は待合室より居心地が良い。 冷たい鉄の塊の中、何処も火の気はなかったが。 |
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| 山頂,概念図 | ||
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木曾福島 木曾福島の駅は,改札を潜ると右手に小さい待合室がある。 陽が入らぬものの,この待合室はストーブのお陰で暖かい。 火を絶えさぬようストーブの前に座っているのは,滝島さんだった。 僕の一年先輩,関西から休暇を取っての入山だ。総勢9名,これで全員が出揃った。 裾野 駅前を奔走するも車チャーター出来ず,乗合バスで黒沢まで入る。 そして日ノ出旅館の斡旋で,トラックに乗り換え五合目,千本檜小屋まで入った。 萩島の部落を縫い,黒沢沿いに遡る車は,道端の延々と続く霊石,霊剣を迎え, 荷台は跳ね上げ,尻を振って,その中を登って行く。 2年前に歩んだ道を,今はただエンジンの快い音色に導かれ,まだ見えぬ岳へと高度を稼いだ。 山径へ 五合目,林道は小径に変わった。 雪と泥土の斑な山道は,白雲1つない紺碧な空と白銀輝く頂へと向かっていた。 過ってベースにした六合,中ノ小屋を過ぎ,一寸程積もった雪の木道が,緩い傾斜で登っている。 重荷に足が流れ易い,2本目,一ノ又行者小屋に出た。 もう11月下旬と云うのに,この2週間,帯状高気圧に覆われ,好天が続き雪が少ない。 黒沢では氷点下7度の日が続いたそうだ。 でも今日,20日,急に零下を割らず,暖かい夜を迎えた。山は荒れ,白い雪肌を深めていいくだろる。 五合目から眺めた頂は何時の間にか,ガスに包まれた。 東シナ海の低気圧と合わせ,天気の下り坂を示している。 車で五合目まで入ってしまったので,ベース八合目に直接入いる。 冗談が発端で山田,飯田に中沢が薪をボッカし始め,闘志満々。でかいキスリングに薪の束を乗せ出した。 女人堂 八合目,女人堂、錯覚が小屋自体を実在より,もっと小さく考えていた。 小屋は以外と大きい、2階が使用不能の為,1階北側の1室を陣取った。 21時半現在,曇天,一部北東に雲が切れている。そこから素晴らしい青空が広がっていた。 |
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| 三ノ池へのルート,2.550m付近 , | ||
怒涛と云える荒々しい雲海が南,主に木曾一面に覗まれ,頂は雲片が飛び散っていた。 下り気味の天候にめげず,明らかに好天の前兆を示している。 乗鞍に被る二重雲も,何時の間には雲海に吸い込まれていた。 雪上訓練 昼食後,石室周辺で雪上訓練をする。昨夜少し降った雪を含め,淡雪が40cm程積っている。 この新雪をブルするのに苦労する。 尻セードに腹セード、腹を越すラッセルが,肩巾と同じ溝を築き,寝滑べる除雪が面白い。 奇声を上げ,繰り返し滑る下級生,久し振りの雪山で滝島さんも,はしゃいでいる。 これからピッケルが活躍する。 沢源頭は氷化し,アイゼンテクニックを身に付けるのに適していた。 1本取る。アルミの食器を転がすとカラカラと澄んだ音を立て落ちて行く。僕は慌てて,ピッケルを手に追い掛けていた。 氷化しギラギラ輝く源頭、白稜は限りなく深みを持つ空にスカイラインを築き,濃紺の空を染めていた。 ここは天を前に,僕等に素晴らしいゲレンデを提供してくている。 ピッケルを搾す作業も快い。氷片は砕け,遥か彼方の雪面へ吸い込まれて行く。 沼津が腹痛の為,全員ベースに戻る。沼津,回復悪し。 下痢,嘔吐あり,山馴れ不順と思われ休憩させた。 16時半,現在、南東方面,雲多いが,北西,乗鞍,北アの展望は良い。 女人堂屋根上より, |
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| 剣ヶ峰へ | ||
![]() 11月22日,快晴, 女人堂小屋hc、⇔剣ヶ峰―二ノ池, 女人堂07:45一9:50剣ヶ峰11:00一12:15二ノ池一13:08h3, 沼津は小屋停まり 嶽へ 完全装備でアイゼンを確認させ,小屋を出る。外は今日も眩い明るさに満ちていた。 山田をトップに頂稜への尾根を登りだす。雪は締まり,紺碧の空に輝く岳を望んだ。 ツァケが良く利き,ツメの詰まる感触が快い。 再び御嶽に来た。時折,触れる蒼氷に気を配り,高度を稼いだ。 風這い 左,沢へ入り込み,ニノ池火口へのルートを分け,剣ヶ峰に続く山稜に出る。 頂上直下で強い風を受けた。 風強し,北方ガスの為,明確さに欠け雪片は弾のよう強さを増し頬を打つ。 目を開けられぬ痛さに,早く風這いを抜け止まらぬよう怒鳴った。 厳しい風は,風這の所だけだった。 飛騨から越えて来た30m以上の風が,木曾の谷へと抜けて行く。 後輩に確保の大事さを示していた。 極端に変わる風、ナギのような頂稜まで,後何歩かだ。 頬がジーンと暖かみを生みだす頃,鳥居を潜って頂に出た。 剣ヶ峰 頂の眺望は,まだ晩秋に染まった枯野から初冬の新雪を被った山麓を映し出していた。 冬枯れの樹葉を黄色く染めた高原が,足元の雪線を越え望まれる。 そしてこれから幾日か辿る事になる頂、全面氷結した第一,第・・・の火口群と岳。 ここは麓とは別世界の氷と雪の御殿がある。 頂の大きな山波は煌き,遠望には北ア南部の峰々が望まれた。 |
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| 剣ヶ峰,肩でツエルトを被り , | ||
![]() 頂での一杯 幾つも司に列ぶ霊石を前にツエルトを被る。 羊羹にチーズが美味しい。この頂の為,東京から運んで来たワインも喉に潤した。 齧る者に割る者,コップに注ぐ者にラッパ飲みする僕。 それぞれ気の向く間々に,飲み食いしている。ガンバレ節もでた。 飯田は,それにしてもアルコールは徹底して弱い。兄貴以上かも知れない。 ビンの蓋で一杯,ママゴトをしているよう飲み,ワインで酔い倒れた。 |
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| 二ノ池,湖上で中沢,飯田,山田、 | ||
![]() スケーテング 飯田が顔を真赤にし,うつろな目付きでフラフラしている。 まして日本で高峰に当たる霊山の頂で。贅沢な酔いだ。 雪原上の一ノ池に降り,酔いを覚まさせる。 四方,稜に囲まれた火口壁は氷と雪の御殿を築いていた。 全てが眩く輝いている。僕等はその火口へと降りた。 二ノ池では氷化した湖水でスケーテングを中沢に促す。 積った雪は飛ばし,ボデイ・スケーデングを一年生が楽しみだした。 1年に混じり山田まで遣り出す。密度の濃い氷表はスピードに乗り,大分先まで滑る。僕は暫く見守っていた。 二ノ池を横切って九合,石室に出る。 |
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| 一ノ池側稜 , | ||
![]() 2600m地点 ベースまであと僅か,昨日1本取った最後の小休止地点。 残りの紅茶を飲みながら今日,一日の入山を祝った。 この広大な山地で,人,1人, 他の者に会わず,山肌に触れ,僕等のトレースだけが, 雪面を切り綴られている。 雲上の楽園、こんな恵まれた遊びを僕等だけで,独り占めして良いのだろうか。 小屋前、ボップスレー まだ陽は高い。誰かがトタンを見付けだし,早速ソリを作る。 山径をボップスレーとばかり滑り回る。径は窪み,途中にはコブあり,うねりもある。 ソリが転倒し,人を飛ばしソリだけが先へと進んで行く。誰が長く滑るか二人1組になり騒ぎだしだ。 沼津も元気を取り戻し,外へ顔を出している。明日も晴れますように。 |
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| 再びアタック,正面,三ノ池 | ||
お鉢回り 先に下山する滝島さん,和田と別れを告げ,分岐を右に取る。 このルートは幾つも沢を横切り,登行不能と思われていたが,雪が落ち着いている上,少なく直接,継子岳を取るべく出発した。 朝日で雪の腐った森林をトラバース。 そして谷底の日陰,氷化した気の張るトラバースは,ザイルを用い確保して沢底へ降ろす。 一歩々ステップを切る一年の顔も真剣だ。ザイルが伸び,また伸びだした。 ここから望む頂稜は静かな醍醐味がある。 ルンゼ状の沢が真直ぐ伸び,見上げる頂稜は雪煙を上げ,濃紺と云うより紫の濃い蒼空が広がっている。 三ノ池火口まで,もう少しのトラバースだ。気は緩めない。このルート,結果的には楽に済んでしまったが, もう少し積雪が多ければ,引き返さなくてばならなかっただろう。 広くなり緩い窪み状の沢を詰めると自然と三ノ池に出た。 |
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| 三ノ池,湖上より南面を望む , | ||
![]() 三ノ池 正に濃紺と純白の御殿。 そのコントラストの素晴らしさは,幾度たたえても,この素晴らしさを表現できまい。 蒼氷の大地が足元を埋め,火口壁が僕等を囲む, そして頂稜はテカテカ舐めるような輝きを放し,蒼インクのような空と額を擦り合わしている。 何時までも留まっていたい所だ。蒼氷の上,中沢,飯田,そして山田もスケーテングとばかり遊びだした。 まだ先の長い道中,継子へ重い腰を上げねばならなかった。 |
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| 継子岳,山頂の騎士団 | ||
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| 飛騨山頂より摩利支天への稜 , | ||
左手前,四ノ池,左中程,五ノ池(四ノ池より継子岳へ)御嶽頂稜 軽い昼食後,完全装備で外へ出た。強い西風に呷られ,クリームグラス状の稜線を南下する。 何の変哲もない飛騨山頂も,その前後が面白い。 火口壁の鋭い屏風と綺麗に流し落とした飛騨側とを,この頂稜で左右い分けている。 急な上,斜面が北面になっているので,十分注意を要した。ツァッケが快く雪面に絡み合っている もう昨日のルートも目の前だ。 アルバータのような摩利支天を右に,広い犀ノ河原を横切るとベースへの径が続いている。 昨日,一昨日,築いてきたトレースがルートになり,ベースまで連れて行く。 神経を十二分に使い果たした仲間、特にサブリーダーとして山田の疲れは,甚だしい。 ベースの戻った途端,眠り込んでしまった。 |
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| 剣ヶ峰と一ノ池 | ||
![]() 11月24日,晴後曇, 継母岳断念,一ノ池で炊事, 女人堂09:10一10:45剣ヶ峰一110:55一ノ池12:10一12:45沢源頭14:05一14:45,2600m地点 一15:40h4, アタック最終日,再び剣ヶ峰を取る。 継母岳断念 目指す継母岳は,偵察の結果,メンバーの精鋭化及び装備, 特にザイル,ビナ,アイスハーケンの補強が必要で,今回は手強い相手になってしまった。 その為,一ノ池の昼食を目的に、贅沢な遊びを試みる。 食糧,コンロ,食器を各々ザックに詰め,ナベを背負い,贅沢な食事に出発した。 そして,これで全員,頂に立つ事ができた。 アタック1日目と同じルートで頂に立つ。 一ノ池,雪原の真中で,ツエルトを被ってのラーメン料理、コッヘルでなくナベである。 本格的な料理に,味は兎も角,実に美味しかった。 |
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| 湖上,ガスの中 , | ||
バラバラに下った仲間は,1人,2人と,この2600m地点を離れて行く。 明日は下山だ。岩角に腰を降ろし,雪斑な裾野を眺め,遠くアルプスの山脈に久しく見取れていた。 もうここに仲間は居ない。 全員ベースで顔を揃えたのは15時40分であった。 |
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| 摩利支天から右下,二ノ池,遠く槍穂高連峰 | ||
![]() 11月25日,晴, H.10:40一14:55屋敷野一16:25黒沢17:30=18:00福島:45=20:00塩尻 26日, =04:10新宿 黒沢へ 百間滝を経て山を降りる。雪に足を取られながら,もの凄いペースで下る。皆元気が良い。 明るく映る白樺の枝木を透して覗む御岳。松林の被い茂る長い径。 ここは陽を閉ざし樹間に漏れる光が泥土を照らしている。 杉の巨木が連なる林径に出た。清浄した清々しさが伝わって来る。 そして落葉の敷きしめた香径。それぞれ物思いに更けながら,黙々黒沢に向かって歩いて行く。 蒼空に雪煙を吹上げる御岳を背に,今,何日目か,久し振り土を踏んだ。 部落を抜けるとハンターが鴨を狙い,猟犬がそれを追っていた。 パーン,パーンと響き良い乾いた反響が里の隅々まで渡り,僕の耳に伝わってくる。 4年前の径も,もう黒沢へと距離を縮めていた。 塩尻で入浴,列車に間に合うよう,ささやかな酒宴を交わした。 40年11月, 御岳山T, 山径,御嶽山U, 山径, |