| 木曾御嶽山Top , 初冬の木曾御嶽U 頂と外輪にを通う 鉢廻り・・雪と氷の世界 八ヶ岳赤岳より |
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| 再び「中央西線」 に乗り雪氷の御嶽へ. s43年(1968年)11月19〜26日 L松村進(4)sL山田雅一(3)m滝島静昭(42卒)和田一男(4).沼津久美子.豊永真琴.桧垣いく子(2)中沢康.飯田哲夫(1) 御嶽山U.1 雪上訓練.剣ヶ峰 御嶽山U.2 外輪山継子岳周回 御嶽山U.3 剣ヶ峰と一ノ池の炊事 4年前に私が1年の時に初めて登った冬山が木曽御嶽山だった。 その時の嶽に対する凄い印象が今も残り.その雰囲気を後輩達に1人でも伝えたく企画した。 先月一年企画山行で中央ア.越百山の頂から雲海に巨大に君臨する御嶽山を見詰め.地図と睨めっこしていた中沢.飯田も参加する。 最初の計画では王滝口より頂上を詰め.二ノ池内にベースキャンプを設ける考えでいた。 しかし急に参加者が増えたこと.そしてOB各氏の参加が出発直前まで把握できなかった。 それ故冬天の関係もあり黒沢口八合目.女人堂小屋にベースを設けることにした。 ただ頂に立つだけでなく難度を含め.時間を掛けた御嶽山の全嶽に挑む。
20日快晴後曇 4:57塩尻6:20= 塩尻駅 新宿駅から中央東線の中継地点.塩尻で乗り換える。そして中央西線の始発列車を待つ。 11月も半ばを過ぎると夜明けのホームは肌寒く.冷えびえする寒気がここ塩尻駅の待合室にも忍び込んでいる。 体を縮め幾らかだけでも暖かさを保とうと.待つ身に夜明けは長かった。 何処からとなく忍び込む冷気が火の気を失った待合室を包んでいる。震えに耐える寒さは山よりきつい。 じっとしていられず両足を叩き.ガタガタ振えている。時にはホームを歩き回るも鉛のような重い冷気の塊りは動かなかった。 漸く東の空が白味を帯び.次第にその領分を広めるが寒さは更に増したよう思われる。それも意地悪い程.ゆっくりした速度で。 始発の列車が一番西側のホームに入線した。 客車のハコは真四角で茶褐色の旧型国電で中学生時代に総武線で両国まで通学していた同じ車両。 10年ほど前か? まだまだ活躍してをり.趣が色濃く残されている。 停まると同時.列車はモーターを止め始発まで暫らくの間. 駅もホームをも元の深い眠りに戻させた。 それでも僕等にとって.客車内は待合室より居心地がよい。 冷たい鉄の塊の中.冷え切った車体に暖かみはなかった。ただ隙間風だけは遮られていた。
中央西線 列車はゆっくり.心もとない小枝の流れのような木曾源流沿いを走り.谷間を縫って南下した。 車窓には朝方の暖かい晩秋の陽差しをいっぱい受け.陽光が車内に差し込んでいる。 うつろな目に紅葉が映り.河原には銀蝋を放す流心が煌き.更に眠気を誘っている。 そして車内に人気が増してきた。 木曾福島駅 木曾福島の駅舎は改札を潜ると.右手に小さい待合室があった。 陽が入らぬものの.この待合室はダルマストーブのお陰で暖かい。 火を絶えさぬようストーブの前に居座っていたのは滝島先輩だった。 僕の一年上の先輩.関西から休暇を取っての入山だった。総勢9名.これで全員が出揃う。 |
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| 五合目千本檜小屋 |
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| 入山 9:05黒沢:40.ト\2000=10:20千本檜小屋.五合目 裾野 駅前を奔走するも車チャーターできず。乗合バスで黒沢まで入る。 そして日ノ出旅館の主人の斡旋でトラックに乗り換え.五合目千本檜小屋まで運んで頂いた。 萩島の部落を縫い白沢沿いに遡るトラックは道端に点々と続く霊石・霊剣に迎えられている。 トラックの荷台は跳ね上げ尻を振り踊っては走り.その中を登って行く。 2年前には歩んだ道中を今日はただエンジンの快い音色に導かれ.まだ見えぬ岳へと高度を稼いでいた。 山径へ 10:20千本檜小屋.五合目:1045一12:35七合目13:00一13:40大14:00一15:20女人堂小屋.八合目bc. 山径 五合目,まだ森林帯であるが「天と地の境」と言われ千本檜小屋がある。ここで湯川に巻き込む林道と分け小径を踏むようなる。 残雪と泥土の斑な裾野の尾根道を。白雲1つない紺碧な空と白銀煌めく頂へと向かっていた。 過ってベースにした六合目中ノ小屋を過ぎ.一寸程積もった残雪の小径を緩い傾斜で登っている。 重荷に足が滑り流れ易い。2本目で七合目一ノ又行者小屋にでる。 もう11月下旬と云うのに.この2週間は帯状高気圧に覆われ.好天に恵まれ残雪は少なかった。 黒沢では氷点下7度の日が続いたそうだ。 今日20日は急に零下を割らず.暖かい夜明けを迎えているが.山は荒れ白い雪肌を深めて行くだろう。 五合目から眺められていた頂は何時の間にか.ガスに包まれている。東シナ海の低気圧と合わせ天気の下り坂を示していた。 車で五合目まで入ってしまったので.ベースとなる八合目に直接入いる。 道脇に残されていた薪を冗談が発端で山田.飯田に中沢が薪をボッカし始める。闘志満々にでかいキスリングに薪の束を乗せている。 木曽檜やコメツガの原生林を抜け.シラビソの樹林も疎らになると岳樺が目立ちだし眺望が開かれた。 見上げると又.白銀輝く憧れの山々が望められた。 女人堂 八合目女人堂.錯覚か? 実在より小屋全体はもっと小さく考えていた。 小屋は以外と大きい。2階が使用不能の為.1階北側の1室をお借りした。 21時半現在曇天.一部北東に雲が切れている。そこから深い蒼空が月夜の下.望まれる。 雪上訓練 11月21日快晴 女人堂小屋bc1. 8:55一9:25(2600m地点)一10:20九合目石室13:40一14:05(2600m地点)一14:35h2.全員. 8時.小屋をでる。 九合目石室.古来より信仰登山に栄えて来た為か3000mを越す雄峰と共に山小屋が多い。 それは雪山には.使う使わぬに係らず.この上もない利点だった。 ダンゴになりがちな湿雪を踏みしめ喬木帯を抜けている。 怒涛と云える荒々しい雲海が南.主に木曾谷側一面に広がり望まれた。頂は雲片を飛び散らかせている。 下り気味の天候にめげず.明らかに好天の前兆を示していた。乗鞍岳に被る二重雲も何時の間には雲海に吸い込まれている。 九合目.雪上訓練 雪上訓練 昼食後.石室周辺で雪上訓練をする。昨夜少し降った積雪を含め.泡雪が40cm程積っている。 この新雪をブルするのに苦労する。 尻セードに腹セード.腹を越すラッセルが肩巾と同じ溝を築き.寝て滑べる除雪が面白い。 奇声を上げ繰り返し滑る下級生.それに久し振りの雪山で滝島さんも賑やかにはしゃいでいる。これからピッケルが活躍する。 沢源頭は氷化しアイゼンテクニックを身に付けるのに適していた。 1本取る。アルミの食器に触れるとカラカラと澄んだ音を立て落ちて行く。僕は慌ててピッケルを手に追い掛けていた。 氷化しギラギラ輝く源頭,白稜は限りなく深みを持ち.天空にはスカイラインを築き濃紺の空に染めていた。 ここは天を前にして僕等に素晴らしいゲレンデを提供してくている。 ピッケルを搾す作業も快い。氷片は砕け.氷屑が遥か下の雪面へ吸い込まれて行く。 沼津が腹痛を起し.全員ベースに戻る。沼津体調悪く回復悪し。下痢,嘔吐あり山馴れ不順と思われ休ませる。 16時半現在.南東方面に雲多いが北西.乗鞍.北アの展望が素晴らしくよかった。女人堂屋根上から 女人堂小屋hc⇔剣ヶ峰.―二ノ池 |
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濃紺の剣ヶ峰へ |
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| 11月22日快晴 女人堂小屋bc2. 7:45一8:45九合目9:00一9:50剣ヶ峰11:00一11:20一ノ池12:00一12:15二ノ池:20 一12:50(2600m地点):56一13:08h3. 沼津は小屋停まり. 岳へ 完全装備でアイゼンを確認させ小屋をでる。外は今日も眩い明るさに満ちていた。 山田をトップに頂稜への尾根を登りだす。石室に掛かると傾斜もきつくなり緊張する。雪は締まり紺碧の空に輝く岳を仰ぐ。 ツァケがよく利き.ツメの詰まる感触が快い。 再び御嶽山にきた。時折.触れる蒼氷に気を配り.高度を稼ぐ。 風這い 左.八丁タルミへのトラバースは雪崩の危険あり。左沢を直上しニノ池外輪尾根へのルートを分け,剣ヶ峰に続く山稜にでる。 今日も頂上直下で強い西風を受けた。 風強い北方は巻き上がるガスの為.明確さに欠けるが雪片は弾のよう強さを増し頬を打つ。 目を開けられぬ痛さに.早く風道を抜ける為「止まるな!」と怒鳴る。 厳しい烈風は風這の所だけだった。 飛騨から越えて来た20m以上の風が木曾の谷へと抜けて行く。後輩には確保の大事さを示していた。 極端に変わる風,ナギのような頂稜まで後何歩かになる。 頬がジーンと暖かみを生みだす頃.鳥居を潜り剣ヶ峰の頂に立つ。 御嶽山剣ヶ峰 三角櫓があり.その下に三角点がある左方には衣冠束帯の赤銅作りの像がある 眺望 頂からの眺望は新雪の被った岳を境に.まだ晩秋に染まった枯野の山麓を広く映し出している。 冬枯れの樹葉を淡橙色に一面に染めた高原が.御嶽山の広い裾野を埋め尽くしていた。 足元には雪線が顕著なラインを築き見下ろされる。 そしてこれから幾日か辿ることになる頂。全面氷結した第一.第二〜の火口群と峰々。 ここは麓とは別世界の氷と雪の御殿が築かれている。 頂の大きな山波は煌きからの遠望は快晴.無風の大地を隔てた北側にアルプス南部の峰々が望まれていた。 剣ヶ峰肩.東側に風を避け |
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![]() 剣ヶ峰.肩で風を避けツエルトを被る |
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| 呑まされたワイン |
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| 頂での一杯 御嶽神社奥社横の幾つも祠の列ぶ霊石を前にツエルトを被る。 羊羹にチーズが美味い。この頂で栓を開ける為.東京から運んで来た赤玉スイートワインで喉を潤した。 齧る者に割る者。コップに注ぐ者にラッパ飲みする僕。 それぞれ気の向く間々に飲み食いしている。頂での「ガンバレ節」もでた。 飯田はそれにしてもアルコールは徹底して弱い。体質は兄貴以上かも知れない。 ビンの蓋で一杯のママゴトをしているよう呑み方.ワインで酔い痴れている。 呑まなければ良いもののと茶化され.周りの壮厳さにも酔っていた。 二ノ池 二ノ池は標高2900m.日本で最も高い所にある湖になる。木曽川に注ぎ伊勢湾に抜けている。 |
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湖上でスライデングに酔う中沢.飯田.山田君 |
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| スケーテング 飯田が顔を真赤にし.うつろな目付きでフラフラしている。 まして日本の高峰に当たる霊山の頂で。贅沢な酔いだろう。 雪原上の一ノ池に降り.酔いを覚まさせる。四方.稜に囲まれた火口壁は氷と雪の御殿を築いている。 全てが眩く輝いている山頂大地。僕等はその火口の氷結へと降りた。 二ノ池では氷化した湖水でスケーテングを中沢に促す。それを見て積った雪を飛ばし.ボデイ・スケーデングを一年生が楽しみだした。 1年に混じり山田まで遣り始める。密度の濃い氷表はスピードに乗り.大分先まで滑る。僕はザックに坐り.暫く滑る姿を見守っていた。 二ノ池を横切って九合,石室山荘に戻る。 柔らかい陽差しを受け頂稜を踏み.陽を浴びるようのどかな一時を味わう。 八合半2600m地点 森林限界・・その都度.最終小休止地点になる女人堂Bcへ ベースまであと僅か.昨日1本取った最後の小休止地点で.残りの紅茶を飲み今日.一日の入山を祝った。 この広大な大地で人.1人として他の登山者に会わず.山肌に触れられた僕等のトレースだけが大きな雪面を切り残される。 雲上の楽園で.こんな恵まれた遊びを僕等だけで独り占めして良いのだろうか。 仰ぐ紺碧の空と煌く雪氷。今日も深い岳の恵みの贅沢さを味わう。 森林限界.直ぐ下で灌木帯に入ると朝刻んだトレースが道しるべの如く綴られていた。 ここまで来ると後輩達も緊張が解れたのか.今日の凱歌に酔いだし始めている。 私は列から少し離れ後から付いて行く。 |
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| 小屋前の参道 |
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| 小屋前でボップスレー まだ陽は高い。誰かがトタンを見付けだし早速ソリを作る。 山径をボップスレーとばかり滑り回る。径は窪み途中にコブあり.うねりもある。 ソリが転倒した。人を飛ばしソリだけが先へと飛んで行く。誰が一番長く滑るか二人1組になり騒ぎだす。 沼津も元気を取り戻し小屋の外へ顔を出している。明日は元気に又晴れますように。 御嶽山U.1 雪上訓練.剣ヶ峰 御嶽山U.2 外輪山継子岳周回 御嶽山U.3剣ヶ峰と一ノ池の炊事 |