秋の穂高槍ヶ岳


  秋霖の間をくぐり岳に入る
横尾谷本谷,右俣ツメより  ,
    秋の横尾谷本谷から高瀬川へ,穂高,槍ヶ岳
                              s45年10月25〜29日,

                               L松村,m鈴木,(43年OB),見城(41年OB),中沢,

 ,
        上高地―横尾本谷―北穂岳―槍ヶ岳―千丈沢―湯俣―濁,

    10月25日,曇, 新宿22:30=

      曇後雨
   松本より車を拾い,まだ闇深い谷底を遡る。
     ヘッドライトに照らされた梓川沿いの国道も,ただ車の前一角だけを薄暗い白光で漂わしていた。
   助手席に居る僕を先頭に,何時も変わりばえなく山へのファイトを剥き出しにしている見城さん,
     数年振りに幕営生活を楽しむ鈴木に混って,現役唯一の参加者,中沢君が居る。

   表銀を歩き回った頃の新人,中沢君が今は副将としてクラブを動かしている。
     幾度となく共にして育てた彼だからこそ,今回もメンバーの一員になれたのだろう。
     一昨日誘い,今日はもう一緒に列車に乗り込んでいた。

  本谷カール,水俣川出合付近

 


  10月26日,晴後雨, 上高地一横尾一横尾谷二股,


    =4:05松本4:30,タ=5:30上高地6:45一7:35白沢出合7:45一8:21徳沢8:45
      一9:40横尾10:50一12:00二股,

     横尾への径
   10月2日,すっかり雪化粧したアルプスの尾根も,ここ上高地で見る限り,まったく溶け新雪の欠片だい覗めなかった。
     中秋のアルプスは清澄な中,艶やかな紅葉美が広がっている。

   1人,7貫前後,キスリングを背負う久し振りの行動は,懐かしい河畔の散策路に気を良くし,歩調も乱れなかった。
     程良い蒸方で一本取れば白沢出合、峠への径である。そして相変わらず寝転んでしまう徳沢の庭。
   白霧を切り秋の深い蒼空に明神の峰々が,鮮麗した絵を描き,
     下又,中又谷の秋色美が明るく岩壁を些細に映し出していた。

       横尾谷
   水気を失った横尾谷のゴーロに出る。
     梓川のゴーゴー水音けたたましい出合も,遠ざかるにつれ,笹揺れのような水音に変わる。
   夏あれ程勢いよく残雪の冷やかさを運んで来た谷が,まるで死んだように涸れている。
     谷底を干し,ゴーロの広がった2〜300mの巾広い谷間が秋ともなると,ここ横尾谷に出現した。

   僕等は飽くまでこの谷を詰め,槍穂の稜線から秋の静けさを満喫し,東沢で岩魚を釣ろうと考えている。
     鈴木と中沢が出合まで水を汲みに行った。
     その間,僕の体はこれから冒む山々に,新しい息が湧き出すのを感じ取っていた。

   コンロを組み立て,ゴーロの真中で今日,2度目の火が入った。
     4人で3泊,計36食分の食事に,食糧は段ボール2個以上,量もあれば実も詰っている。
     僕は食糧箱から口に合いそうなウドンを選び出し,沸き上った湯の中に投げ込んだ。

   水の流れも止まった静かな谷間に,コンロはゴーゴー快調な音を放った。
     時折,吹付ける風が,1本の木立から落ち葉を僕の所まで運んでくる。
     音もなく吹付ける風に,舞い降りる葉が,秋の侘しさを注いでいた。

     42年07月, 涸沢Bc,
     43年06月, 燕岳〜横尾〜涸沢,
     46年06月, 横尾生活,

屏風を背に横尾本谷  ,
    二股一横尾谷本谷一唐沢カール,

        二股12:25一13:15二股上部13:23一14:10圏谷入口14:30一14:45唐沢テ,


     横尾谷本谷

 ,
   唐沢への径からガレを下って本谷出合に出ると,僕の心は誇らしげに棚引き出した。
     自分が見出したルートに,最初の一歩を踏み込む時の何時もの味わいが,
     山での生活を充実させる予言となって現れる。
   これから踏み込む未知への期待と今まで学んできた思考が,頭の中を駆け回る。
     そして一歩々々踏み込む満足感が,これからの生活を楽します。

   出合から40分程,緩斜面の中端ゴーロ状の沢沿いを遡ると,キレット沢が左から入り込んでくる。
     水量も多く直角に交わなければ本谷と間違える大きさだ。
     ガスで埋まり,キレット上部はまるっきり見止められなかった。

      右俣
   狭ばまった右俣は相変わらず明るい単調な沢を続けている。単調な故,更に夜行疲れが出始めた。
     荷が重く肩に食い込み,先立つ足が重くなる。左岸で荷の吊り上げをし1本取った。
   谷下に屏風ノ頭が角のようそそり立ち,頭をガスで見え隠れさせながら左肩を垂壁に落としている。
     谷下を覗めば自分の居場所の高さを感じるものの,3000mの頂稜までは,まだまだ長い。

   二股を過ぎ傾斜が増してきた。東尾根と横尾尾根に挟まれ,大きな岩のゴロゴロする飛流を綴って行く。
     右岸,左岸と歩き易い所を遡る。もう全員がバテている。
     滝口のよう広がるカール入口まで,最後の力を振り絞ろう。

   あの一線を越せば,台地のよう傾斜は弱まりモーレンを含んだ扇状の圏谷になる。
     枯れ切った麦草色のジュウタンに被われ,這松がはび込んでいよう。
   ガレは最後まで圏谷を遡り岩壁を縫い、この大きな谷幅を小さなルンゼに変える。
     そして仕舞いには,胸壁に刻まれ溝となり頂稜へと導くはずだ。
     今日は,この誰も踏み込まぬ圏谷に幕営しよう。

  晩秋の涸沢,屏風の頭より
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     圏谷
  滝口と云うより土手の縁を思わす一線を越えると,傾斜を失い狭い谷沿いから視野が広まった。
    二俣に別れた前衛の台地、ミルクの缶詰を開け食器に盛ると甘味を含んだ香りが伝わってきた。

  奥の小さなモーレンを築く圏谷は,人の2倍も3倍もあるゴーロ帯となり沢跡を残し広がっている。
    時計の針がもう3時を回るせいか,圏谷を築く頂稜,支稜の壁は灰暗色の霧に包まれ,
    重たそうに徨徊すり霧がカールの大きさと夕暮れを示している。

   雨雲の垂れ込んだ東の谷に夕日はない。
     ただ午後ともなると少し暗くなったと思う間もなく,帳が落ちてくる。


圏谷の紅葉  ,

       テントサイド

   高度2500m,キャンプサイドは風を避け,カールの右隅に天張った。
     馬鹿に暖かい夕暮れに,中沢君は水を汲みにカールを下って行った。
   僕等は荷を集め幕営の為,スコップを持ち,ポールを持って,泊り場を造る。
     夏天に比べ豪華な冬天に,見城さんも鈴木も初めて見る好奇の目を寄せていた。

      秋の嵐
   今まで1週間,日本を被っていた帯状高気圧は,僕等の入山と共に引き退き,真上に低気圧が近ずいた。
     それ故、夜が更けるに従い山は荒れ出した。

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   雨より風に気を使った為,テントに水が溜まり,横殴りの風がテントを襲う。
     それも方向を定めず谷から支稜を越え,時には頂稜から僕等のテントを狙っているかのよう吹き付ける。
   駄々広いカールに1夜の泊り場として,ほんのちょっと借りただけなのに,カールを襲う嵐が,その間々テントを襲いだす。
     ポールは極端に曲がり,天幕の隙間は失われ,寝る暇さえない。

   冬天の張り綱は唸り,吹き付ける風は叫びだし,雨足が酷くなった。もう熊に怯えるよりポールとの格闘だ。
     暴風雨の答えに応じ,覚悟を決めポールを握る。
     冬天の弱点は雨にある。そで以上に風雨は強かった。
   その中,軽いイビキを掻き眠る見城さん。中沢君はまるで夢のセレナーゼを聞く心地で寝込んでいる。
     鈍感なのか諦めたのか,気持良さそうに寝ている。

   己を尻目に外は更に荒れ出した。鈴木が起き出しポールを握る。
     漬かるような雨水に諦めは付くが,風はそうもいかない。風の息で寝ようにも又,襲ってくる。

  北穂より槍ヶ岳
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   10月27日,曇後晴, 本谷カール一中岳一槍ヶ岳,

     唐沢9:05一11:05尾根11:15一14:10中ノ岳14:25一15:10飛騨乗越15:15一15:30槍ヶ岳山荘h,



      雨水に漬かる
   嵐の後の素晴らさも重く垂れ込んだ雨雲に遮られている。
     雨が降り出さないだけ気を良くしなければならない。

   昨夜随分余分の食糧を食い潰し,荷を減したものの,すべて水を含んだ装備に,荷は新たな重みを増した。
     防水には念を入れ気を配ったつもりが,雨水はビニール袋の中でさえ見逃がさなかった。

   テントだけでも倍近い重みを増し,絞れば幾らでも垂れてくる。
     それが個人装備,衣類に至っても同じ,シュラフどころではない。
   見城さんは靴が1番濡れていないと嘆いていた。
     絞るのを諦めパッキングに精をだす。

天狗の踊場よりキレット  ,
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      頂稜へ
   視界200m,肌寒い,もう踏み跡を辿り,最後の詰めを頂稜に向かえば良い。
     岩陰に身を隠しスープで暖かみを摂る。ガスが切れ背後を常念の峰々が広がり出した。
     そして連なる山波は燕の表銀に広がり,東鎌,横尾尾根,そして末端に梓川の河畔も覗まれる。

   屏風ノ頭も随分低くなった。屏風を連ねる北尾根と前穂,重複美の北穂東稜が。
     槍の穂先も姿を現し出した。
   足元に覗む氷河公園の窪地は氷が張り,一段落ちた槍沢は,明るく踊りだしている。
     山肌は紅葉に煌き,鮮やかに染っている。

      ブロッケン
   陽差しに照らされ,僕等は息揚々と槍穂の稜線に出た。
     乾き出した山稜に明るい陽差し,取り戻した清々しい空気、秋晴れの山気が溢れ出す。
   虹を思わすブロッケンが槍への頂稜を描き出させ,
     雲海に浮かぶ北穂,ジャンダルムの穂高山塊を背に,気ははしゃぎ出した。

  殺生小屋より槍の穂

 



     槍肩ノ小屋

  冷え込むとの予報を受け,まず持ち物を乾かすべく小屋に泊まる。
    槍ヶ岳肩ノ小屋、玄関真向かいの乾燥室を陣取って
    天幕,シュラフから靴下に至るまで,ザックの中味の展示会が始まった。

   色それぞれの装備に暗い乾燥室は,一役華やかさを増し,ストーブを囲み食事まで遣りだした。
     コッヘルに入ったおでんの実は,ジャガイモの大切りが溶け込む程煮込み,
     明日は湯俣へ下る事にした。
 
槍,山頂より  ,

    10月28日,晴,  肩ノ小屋⇔槍ヶ岳一湯俣,


       肩ノ小屋8:30⇔8:50槍ヶ岳10:10一10:30 
       h10:45一11:30千丈沢,小一千天出合一17:30湯俣,晴嵐荘h

   飛騨乗越から広がるガレ,ゴーロも又,横尾谷と違った秋の侘しさを漂わしていた。

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      槍ヶ岳
   肩より頂に登る者は,僕等以外一人も居なかった。ゆっくり頂まで攀じった。
     槍ヶ岳、天高く紺碧の空を仰ぎ,山頂から望む大パノラマ。山肌は紅葉に満ちる,沢は涸れ,誰も居ない頂があった。
   静かだ。
     静かさを剥き出した秋が,何処までも続き,流れているようだった。

       40年07月, 表銀、横尾⇔槍ヶ岳,
       41年08月, 立山〜槍ヶ岳⇔大喰岳,
       43年07月, 北鎌尾根,

千丈沢,河原で昼食  ,


      千丈沢
   沢沿いの葉も殆ど落ち,裸林の群がる千丈沢は,何かを静かにじっと我慢し,根雪の底に埋っていくだろう。
     静か過ぎる沢、靴の摺れる音が響き,コダマするよう乾いた音を撫で返している。

   そして,漂う白霧は悠著するかのよう,飛悠したかと思えば被い出し,   
     その間を抜いて,鎌尾根の岩壁が望まれた。
     千丈乗越、壁は茶渇色に染まり,清澄した蒼空に鮮やかに映り渡っていた。

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       湯俣の湯

   エレキを頼りに探した露天風呂は,山荘からそう離れていなかった。
     明るい内に確認もせず,昔を思い裸でタオル一枚持ち探していた。
     数年前,濁より北鎌への径,通った時,風呂の脇を過ぎた事を想い。

   熱過ぎる湯槽に水を引くが,砂底から湧く地熱は熱い。
     一苦労も二苦労もし,我慢しながら浸かった。

      星
   馬力のいた縦走も,今では適当な疲労感となり体に伝わってくる。
     真暗闇に包まれた谷間で,中沢が星が見えないと問えば,
     被っていた雲が切れ,星が1つ,2つと現れ出した。

   ローソクの炎を消し星を見上げると,湯気を通し星がキラメキ出した。流れ星が落ちてくる。
     そして再び雲に閉ざされると,僕等はローソクの炎に照らされ,大きな声で歌を唄い,体を温めた。

   ここには,私達だけの山が,まだ残っている。
     他に誰も居ず,炎は闇深まる中、湯面に広がる波紋を明るく照らしていた。
   
  川俣川,千丈沢出合から湯俣川へ

 
 


   10月29日, 湯俣一七倉,

      湯俣7:55一9:10濁:25一11:50七倉ト=12:30大町,


   昨夜の寒波は北ア,全山,頂稜を根雪に変えたもよう。
     僕等は風呂と乾いた布団に暖かい思いを過していた。

      快晴
   太い釘で打ち留められた山荘の明かり戸は,木戸も棚戸も冬篭りの為閉ざされている。
     朝尚,薄暗い山荘に,外はすっきり晴れ渡っていた。

   眩い陽差しが照りだし,川面にギラギラ光る波紋が反射して眩しい。
     そして雲1つない蒼空が高瀬川の渓相を一層明るく浮き出していた。
     素晴らしく晴れ渡った朝,僕等は濁へ向かい歩きだす。

   何を勘違いしたのか,見城さんも鈴木も正味1時間半の行動と思っていた。
     それが歩きに歩き,湯俣から十数キロの道延りが待っている。
   気分を一新するかのような晴天だ。
     右岸沿いの落葉径、樹葉に漏れ込む太陽と紅や黄色く染まった落葉の山径が続く。


      山猿の集団

   中沢が急に立ち止まり,猿だと指を指す。僕等の歩む数歩前方に,山猿が悠々と僕等を先導していた。
     山猿だと目を見張る僕。
   それは僕等を意識しているのか,していないのか,悠然とした態度で軽がると手足を動かしている。
     涸沢を越え,幾らか尾根の張り出した所まで猿に導かれるよう歩くと,河原に何か黒々した物が動いていた。

   良く見ると猿の集団だ。冬走りに備え猿の大移動と云ったところかも知れない。
     川を下り気味に中洲にも,川の中にも,左岸の樹葉混じりの崖縁にも,黒々とした猿が居る。

   それも観察するよう見詰めると,日向ぼっこするように動かぬものも居れば,年中動き回っているものも居る。
     まだ可愛い子猿の傍には,必ず親猿がいた。
   先頭にはガッチリした猿が3匹、群とは少し離れ先鋭として,川下に向かっていた。
     規則正しく群れをなし,初めて見る者でも分かる程,統率力が満ちている。

   冬越えを裾野で過ごす為の大移動、先頭は僕等を意識しいるのに,無視している。否や,そう思える。
     一見しただけで20匹,良く見れば40匹も居るだろう。彼等も黙々下っている。
     陽は更に強く,頭上から照り出した。
  
 常念からキレットと槍ヶ岳  ,


      高瀬川

   貯水池のある発電所から船窪も頂稜が良く見えた。
     霞みもなく,紅葉樹を透し不動沢の鉢底が見える。
     真直ぐ高瀬川へ落ち込み,涸れた姿が尚,明るく照らし出していた。

      川が変わる
   数年前,北鎌へと意気盛んに歩んだ軌道も取り外され,鉄橋もなくなっていた。
     1236mの河原、僕も鈴木も唖然とする。河原には掘採機が入りダンフが唸っている。

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   そして車道が出来てしまったどころか,七倉までの道7,8キロが右岸も左岸もあっちこっちで工事が行われていた。
     関西電力が大規模な工事に着手したらしい。

      ダム工事現場
   僕等は,丸っきり変わってしまった濁で,ヘルメットを被せられ,工事の行なわれている河原の真った中を歩く。
     行く通うダンプ,トラックの往来は激しく,機械のけたたましい音が響き渡った。
     仮に出来た河原道、そして左岸に出来つつある車道と。僕の目には数えられぬ程の坑道が造られている。

   後,6,7年たてば梓川下流のよう,アルファルトの道が,山復深く入り込み湯俣も上高地のようなってしまうだろう。
     山ノ神を過ぎても工事場は尽きなかった。右岸の崖縁にもケーブルを架けた工事場がある。

   七倉でヘルメットを返し大町へ下る。
     トラックに便乗し,秋たけなわの山複を縫いながら高瀬川を下った。
     霞みの帯びた餓鬼がもう高く聳え立っている。


     43年,夏, 北鎌へ高瀬川を遡る,
     45年,正月,安雲沓掛⇔餓鬼岳,

  南岳からの穂高連峰





     顧みる晩秋の穂高,槍,

  静かな秋の山肌を味わった。
    横尾から下山まで,殆ど人にも会わなかった。
    人を嫌い入山は横尾本谷を選び,一時だけでも自分達だけの山を求めた。

   荒れた山と秋の紺碧な空、槍への縦走にも擦れ違う登山者も居ず,全てを独り占めした気がする。


      初冬の山へ
   静かな晩秋の山があり,冬までのオフを山も味わっているよう思える。
     そう思うと,晴れた天高く透けるような空も侘しくも思えた。

   下山と共に山は根雪に変った。もう山は一層静寂に満ちている。
     もう直ぐ深い雪に被われ,私達が又来るまで,山は新雪を重ねていく

                                                    山径,穂高,槍ヶ岳,
                                                    山径,