| 槍ヶ岳Top . 渓谷を綴る晩秋の槍ヶ岳 秋霖の間を潜り横尾本谷右俣から千丈沢 圏谷と冬天と雨嵐 猿の軍団 高瀬川ダム工事現場.その後の高瀬川 背は常念山の山々.右下が徳本峠 .横尾谷本谷右俣ツメより |
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| 秋嵐と晴天の横尾本谷右俣から千丈沢へ s45年(1970年)10月25〜29日. L松村進.sL鈴木輝雄(43年卒).m見城寿雄(41年卒).中沢康(3) 今年の夏山行の穴毛谷は現地に入るも豪雨で断念.仕方がなく上高地から明神岳に登るも.何故か未練が残されていた。 再び穂高ケ岳に向かうか?それとも槍ケ岳越えをしようか? 登攀は無理と思い涸沢ではない所を選んでいる。あまり人気の少ない横尾本谷右俣を選び.槍ケ岳から高瀬川へ抜けた。 まず登山者と擦れ違うこともあるまい。新雪が降ればよいが。 横尾本谷右俣はW・ウエストンが1891年(明治24年)に穂高連峰に最初の踏み跡を印し槍ヶ岳への登路として遡っている。 顕著な廊下や滝もなく明るく開けた渓相は源頭部のカールまで続いていた。 又下った千丈沢は灰色のガスに覆われていた。乾いた落石の音だけが幾度となく響き,索漠とした渓相は閑散とした沢だった。 踏み跡は確りし北鎌尾根を挟む天丈沢と共に危険はない。ただカール内で秋の猛烈な嵐に出遭う。 夏には穴毛谷で梅雨末期の豪雨に遭っている。 荷にはまだ自信を持っていた。トレーニングを兼ね卒業してから冬テンは常に背負子で担いでいる。 そして湯俣で釣竿をだす? 下山,七倉までの長いアプローチ.北鎌への径も.もう一度歩んでみたい流域だった。 上高地―横尾本谷右俣―南岳―槍ヶ岳千丈沢―湯俣.高瀬川―濁 上高地から梓川横尾谷本谷右俣・・圏谷と晩秋の嵐 頂稜.中岳から槍ケ岳 槍ケ岳の頂からの展望 千丈沢.水俣川.高瀬川から下山・大町
梓川.カッパ橋脇と梓川からの明神岳 10月25日曇 新宿22:30=4:05松本4:30.タ=5:30上高地 曇後雨 4人と云うことで奮発し松本駅よりタクシーを拾い.まだ闇深い谷間を遡る。 ヘッドライトに照らされた梓川左岸沿いの国道も.まだフロントガラス一角だけを薄暗い白光で照らしだしていた。 助手席にいる僕を先頭に.何時も変わりばえなく山へのファイトを剥き出しにしている見城先輩, 数年振りに幕営生活を楽しむ同期鈴木に混り.現役唯一の参加者.中沢君がいる。 表銀を歩き回った頃の新人だった中沢君は今.副将としてクラブの幹部になり運営を任されている。 幾度となく共にし育てた彼だからこそ.今回もメンバーの一員になれたのだろう。一昨日誘い.今日はもう一緒に列車に乗り込む。 10月26日.晴後暴風雨 上高地―横尾―横尾谷二俣 上高地6:45一7:35白沢出合7:45一8:21徳沢8:45一9:40横尾10:50一12:00二俣 上高地から横尾への径 |
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横尾への径 10月02日.すっかり雪化粧したアルプスの尾根も.ここ上高地で見る限り.全く融雪し新雪の欠片だに望められなかった。 中秋と云ってもアルプスに入れた晩秋の岳。冬木に覆われだしたとはいえ.朝方の澄み切った山懐は艶やか過ぎる煌めく紅葉に迎えられた。 これで山中で荒れれば新雪の白さに燃える紅葉.と針葉樹の緑色の林相を分け.山肌を飾る三段美に巡り会えるだろう。 1人7貫前後.キスリングの背負うも久し振り.懐かしい河畔の右岸散策路を歩む。気をよくし歩調が乱れることはなかった。 程よい蒸し方で一本取れば白沢出合.徳本峠への小径を分けている。そして相変わらず寝転んでしまう徳沢の園に着く。 緩やかに開かれた河原を這い廻り流れる白霧が途切れ.明神の岳を仰げば深い蒼空が見上げられ.鮮麗した絵が描かれている。 秋色美に染まる下又.中又谷の谷間には明るい岩壁を些細に聡明に映し出していた。 屏風の山陰横尾谷 水気を失った横尾谷の乾いたゴーロの河原にでる。 梓川のゴーゴーと水音けたたましかった出合も遠ざかり.今は笹揺れのような水音に変わっていた。 夏.あれ程勢いよく残雪の冷たさを運んで来た谷間は伏流し.まるで河原は死んでしまったような涸地が広がった。 谷底を干し.ゴーロ状に広がった2〜300mの巾広い谷間が秋ともなるとここ横尾谷に出現した。 僕等は飽くまでこの谷間を詰め.まだ登山者が居るだろう涸沢への道を分かれ.右俣の横尾谷へ入る。 槍穂の頂線から秋霖の静けさを満喫し.槍ケ岳で遊んでから高瀬川で岩魚を釣ろうと考えていた。 僕はこれから冒む岳々に.真新しい息が吹き込まれるのを感じ取っている。 涸れた沢に炊事場を設け.コンロを組み立てゴーロの真中で今日.2度目の火を入れる。鈴木と中沢が遠くなった出合まで水を汲みに行く。 4人で3泊.計36食分の食糧は段ボール2個以上,量もあれば実も詰っている。 僕は食糧箱から口に合いそうなウドンを選び出し.沸き上った湯の中に投げ込んだ。 水の流れも止まった静かな谷間に.コンロだけがゴーゴーと快調な音色を放している。 時折.吹付ける風に乗り.1本の木立から.ひとヒラの葉を僕の所まで.ゆらゆら揺れながら運ばれてきた。 音もなく吹付ける風に舞い降りる落葉. 周りは一層静けさを増し侘しさを注いでいる。もう小鳥の囀りもなく.雪が降れば根雪になろう。
涸沢周辺地形.概念図横尾より本流右俣から南岳・・横尾谷二俣―横尾本谷右俣―右俣カールc1. 12:00二股12:25一13:15二股右俣上部13:23一14:10圏谷入口14:30一14:45唐沢カールc1. 横尾本谷 涸沢への小径を左に分け.丸太の本谷橋手前からガレ場を下り本谷出合にでると僕の心は誇らしげに鼓動を大らかにした。 自分で見出したルートに最初の一歩を踏み込む時の何時もの一瞬を味わう。 これから踏み込む未知への期待と今まで学んできた思考が頭の中を駆け回る。 そして一歩々踏み込む満足感が.これからの山の生活を楽します。 横尾谷二俣 ![]() 屏風岩下から覗き込む横尾谷二俣(s43年06月)・・本谷出合付近の深い廊下の中で.よい憩場所を見付け1本取る。 出合から確りした踏み跡があり.深い岩盤に囲まれたゴルジュは興奮する割りに遡上は簡単だった。技術的要素は必要とせず。 前穂高岳北尾根末端の屏風岩を背に 手前が横尾本谷出合隠れた左が横尾谷. 右上が涸沢. 右下は陽の陰る横尾本谷 |
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本谷出合から40分程.緩斜面の中端ゴーロ状の沢底を遡る。すると本流を思わすキレット沢が左から大きく括れ入り込んできた。2050m 水量も多く直角に交わなければ本谷と間違える大きさだった。見上げてもガスで埋った左俣.キレット上部はまるっきり見届けられなかった。 左俣は最初に選んだルートだった。ただ天幕を背負い歩むコースでもあるまい。その上左俣は6.7月の残雪期がお勧めのルート。 残雪が消える8月以降は足場の悪いガラガラの岩石堆積の沢筋になり.歩き難くなる。 今回はのんびり誰もいない山懐に浸かろうと本谷を選んでいる。槍の冬期小屋に宿るがハイカーがいればテントを張ればよい。 横尾右俣カール入口台地本谷右俣 東尾根の末端を回り込み傾斜が増し狭ばまった右俣は相変わらず明るい単調な沢を構成していた。 単調な故.更に夜行疲れが出始めている。荷が重く肩に食い込み.先立つ足が重くなる。左岸で荷の吊り上げをし1本取った。 崩れ気味の谷間の高台に居るせいか朝方の爽快な空気とは異なり.愁霖の湿った大気の漂いが草木を通し感じられる。 振り返ると屏風ノ頭が角のようそそり立ち.同じ高さに立つ。時折頭をガスで見え隠れさせ.屏風岩は左肩から垂壁に落し見下ろされた。 谷下を覗み込めば自分の居場所に高さを感じるものの.3000mの頂稜は.まだまだ高い。 二俣から1時間,奥の二俣に入り傾斜が増してきた。東尾根と横尾尾根に挟まれ.大きな岩のゴロゴロする中.飛流する流心を綴って行く。 右岸.左岸と歩き易い所を遡る。もう全員がバテている。滝口のよう広がるカール入口まで最後の力を振り絞る。 目に見えるあの一線を越せば台地のよに傾斜は弱まり.モーレンを含んだ扇状の圏谷.通称黄金平と呼ばれる別天地にでる。 枯れ切った麦草色のジュウタンに被われ.這松がはび込む台地。もう少し気持ち早く着けばよいものの.日は陰り始めていた。 最後まで圏谷を遡り岩壁を縫ってきた.この大きな圏谷は谷幅を次第に狭めさせ.小さくルンゼに変わって行く。 そして仕舞いには胸壁に刻まれ溝となり.アルプスの頂稜へと導く筈だ。明日はその頂稜にでる。今日はこの誰も踏み込まぬ圏谷に幕営する。 明日綴る槍の穂への背稜 屏風ノ頭より横尾本谷右俣カールc1へ中央.北穂東稜と横尾尾根との間を遡る |
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晩秋の本谷.頂稜より右俣カールc1 |
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| 圏谷 滝口と云うより土手の縁を思わす一線を越えると急に傾斜を失い.狭い谷沿いから再び視野が扇状に広がり 二俣に別れた前衛の台地で1本取る。コンデンスミルクを食器に移つすと甘い香りが伝わってきた。 奥に小さなモーレンを築く圏谷は人の2倍も3倍もある露岩のゴーロ帯となり.沢筋を残し広がりを見せていた。 時計の針はもう3時を回っている。圏谷を築く頂稜.支稜の壁は厚い灰暗色の霧粒を呼び.淀み包まれている。 重たそうに徨徊すりガスが圏谷の大きさと夕暮れを示していた。 このコースは技術的な要素は何もなかった。ただ見慣れた岳に囲まれ.違った視野から山々の山容を望むことができる。 他の登山者と擦れ違うこともなく.山中で新雪さえ降れば申し分ないが。雨雲の垂れ込んだ東の谷に夕陽はない。 ただ午後ともなると少し暗くなったと思う間もなく.帳が落ちてきた。 |
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屏風ノ頭と横尾右俣 雲が落ち日は西へ.谷間の色彩が極端に変わり崩れ始めている。 屏風はノ頭まで高度は上がるが.山は荒れ始めるの兆候が。 テントサイド 高度2500m.キャンプサイドは風を避け.カールの右隅に天張った。馬鹿に生暖かい夕暮れに.中沢君は水を汲みにカールを下って行く。 僕等は荷を集め幕営の為.スコップを持ち.ポールを持って.泊り場を造る。夏天に比べ豪華な冬天に.見城さんも鈴木も初めてのこと 好奇の目を寄せている。ただ誰もが予期せぬ悲惨な夜を迎えることになった。 横尾右俣.圏谷の幕営地 秋の嵐 今まで1週間.日本を被っていた帯状高気圧は僕等の入山と共に退き.僕等の居る真上に低気圧が近ずてきた。 それ故.夜が更けるに従い.山は大荒れになる。 雨より風に気を使った為.テントに水が溜まり.横殴りの風がテントを襲う。 それも方向を定めず谷間から支稜を越え.時には頂稜から僕等のテントを狙うが如く吹き付けた。 駄々広いカールに一夜の泊り場として.ほんのちょっと借りただけだがカールを襲う秋の嵐はその間々テントを直撃した。 ポールは極端に曲がり天幕の隙間は失われ.寝る暇さえ与えてくれなかった。 冬天の張り綱は唸り.吹き付ける風は叫び.雨足が酷くなった。もう熊に怯えるよりポールとの格闘になる。 暴風雨の答えに応じ覚悟を決めポールを握る。夏テンのようにゆがんだ張り布がバタバタ凄い騒音を立てることはなかったが. 冬天の弱点は雨にある。それ以上に風雨は強かった。 その中.軽いイビキを掻き眠る見城さん。中沢君はまるで夢のセレナーゼを聞くよう寝込んでいる。 鈍感なのか諦めが早いのか気持良さそうに寝むっている。 己を尻目に外は更に荒れ狂う。鈴木が起きポールを握る。 漬かるような雨水は一度浸かると諦めは付くが.風はそうもいかなかった。風の息で寝ようと思うも又.襲ってくる。 カール底に踏ん張り続ける2人がいた。何もせねば間違いなくテントは飛ばされる。冬天である。 風の息は更になくなり.友を起こそうか鈴木と目を合わせるも.無言で頑張っていた。 目覚めれば誰もが驚き.テントを確保するだろう。荒天はその頂点に達していた。 馬鹿なほど荒れ狂う谷.昔の涸沢を想う。和田と2人.飛ばされそうになるも踏ん張っていた。そして最後は小屋に逃げ込んでいる。 張り綱を直す余裕はない.出れば体が飛ばされる。その脇に今だ頑固に寝続ける先輩と後輩がいた。 常念からキレットと槍ヶ岳 |
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| 10月27日曇後晴. 右俣カール―南岳―槍ヶ岳 右俣カールc1 9:05一11:05尾根11:15一14:10中ノ岳14:25一15:10飛騨乗越15:15一15:30槍ヶ岳山荘hc2 浸水 昨夜は雪にならなかった。嵐の後の素晴らさも,重く垂れ込んだ雨雲にまだ遮られている。 雨が降り出さないだけ.気を良くしなければならなかった。 昨夜,随分余分な食糧を食い潰し.荷を減したものの水を含んだ全ての装備が荷を更に重くした。 防水には念を入れ気を配ったが.雨水はビニール袋の中でさえ見逃がさなかった。 テントだけでも倍近い重みを増し.絞れば幾らでも垂れてくる。それが個人装備.衣類に至っても同じ,シュラフどころではなかった。 見城先輩は靴が1番濡れていないと嘆いている。誰もが絞るのを諦め.パッキングに精をだす。 カールの側稜より 頂稜へ 視界200m.肌寒い。もう踏み跡を辿り.最後のツメへと横尾尾根のコルに立ち.頂稜に向かえばよかった。 横尾尾根までは足元のズルズル滑り易いガラ場を横切るよう斜上した。少し嫌らしい場所 昨夜の雨雲がまだ谷間に残されている。岩稜帯に入り風を遮るものがなく.日陰で汗を掻き濡れた体は風に触れるだけで身振いを起こさせた。 休めば振える寒さ.3本目で我慢できず岩陰に身を隠し.スープで暖かみを摂っている。 頂稜真近. 横尾尾根の天狗ノコルに立ち.尾根反対側の天狗原から上ってきた登山道と合わさる。 横尾尾根の肩でガスも切れ始めてきた。背後に常念の山々が視界を広げ.連なる山波は表銀から燕岳へ。 槍ケ岳は東鎌尾根に横尾尾根.長塀尾根そして尾根末端に梓川の河畔も見下ろされた。南岳の東壁を登り南岳へ。 競り合う蒼空と湧く白霧. 白霧が大勢を占めると渦はブロッケンを生じさせている。それも一時のこと。嵐の後の晴天が訪れた。 上高地から梓川横尾谷本谷右俣・・圏谷と晩秋の嵐 頂稜.中岳から槍ケ岳 槍ケ岳の頂からの展望 千丈沢.水俣川.高瀬川から下山・大町 |
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