日光への歩き旅

                ふた冬越しての踏破
元浅草マンション前,am6時25分出  ,

    
日光への歩き旅




    震災に備え避難訓練をと祖父母の家まで行いく積もりが,日光に,そして白根へと。 

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        1  60年11月23日       三筋―北越谷,泊―大袋,  
        2  61年01月04日      大袋―幸手,
        3      1月15日      幸手―利根川―野木,
        4      3月31日      野木―小山―小山遊園地
        5      5月05日      小山遊園地―麻利支天塚古墳―壬生町−鹿沼―楡木,
        6       6月22日      楡木―杉並木―下今市,
        7      7月13日      下今市―杉並木―日光駅―輪王寺,東照宮,薬師堂,日光廟大獣院,二荒山神社―細尾入口,
        8      8月16日      細尾入口―馬返―イロハ坂―明智平―華厳ノ滝―中禅寺瑚,
                  17日        神橋前,泊 中禅寺瑚遊覧船,立木観音,華厳ノ滝,(合流),
        9       11月23日     中禅寺湖―龍頭ノ滝―戦場ヶ原―湯ノ瑚,      
       10   62年06月23日     湯ノ瑚⇔前白根山―五色沼―五色山―湯元,

   国道4,千往新橋を越え荒川土手,左岸,

 




  第一回,日光歩き旅行, 60年11月23〜24日,晴,

           三筋6:25一15:30北越谷, 私,真佐子9歳,隆史,博史8歳,


   元浅草のマンションを夜明けと同時、歩き出す。震災に備え一度歩いて観ようと。
     サムを加え妻,俊雄の見送りを受け,第一歩を踏み出した。

      国道を
   入谷から国道4号線に入り,一本目で千住大橋を渡る。長い一日になりそうだ。
     父母の家まで一本道、越谷を越え明神町で右折すれば元荒川に出る。
     子供でも分かり易いが,歩いてみない事には。

      荒川土手
   二本目で千住新橋を渡る。秋晴れの紺碧の空が広がっている。
     小高い土手に腰を降ろすと,更に視界が開けた。

   穏やかに流れる荒川と,その上を横切る鉄橋,首都高、目を転じると小さな工場や民家が密集していた。
     天を仰いぐ。透き通った空が何処までも続いている。
     皆,すこぶる元気。深く深呼吸し父母の家を目指した。

      元渕江公園
   国道沿いのスーパーで良い場所があると聞き,竹の塚,元渕江公園に寄る。
     暖かい日差しの下,広い芝生に寝転び食事をした。
     草の香りと揺れる陽炎、子供は走り出す。

   池では大勢の人が釣り掘りをしていた。
     ヘラに始まり鮒,鯉,クチボソまで,各々の仕掛けで竿を垂らしている。

      草加バイパス
   国道4より県境を越え,バイパスに入る。
     気温も上がり,草加を過ぎて急にペースが落ちた。国道沿い,家並みの間から田畑も現れだし,見る見る緑が多くなる。

   越谷市に入り,初めての長距離に子供達に疲れの顔が現われる。止まる者も現れた。
     トップを歩む真佐子は.後を見詰め庇うよう歩調を変え導いている。
     大分前に末田用水も越えた。もう直ぐだ。

   何度も車では来ている。ボーリングのピンが目立つロジャースを過ぎ,子供達も父母の家が近いと分かったらしい。
     ペースが戻り,明神の信号を右折すると急に元気になる。
   走るよう元荒川を越え,どうにか北越谷へたどり着いた。
     私は腿痛し。子供はもう現金で家の中を走り回っている。私だけが疲労に満ちていた。
                                                  国道4, 25k,57.900歩(隆史),9時間05分,

元荒川左岸,越谷御猟場へ  ,

    雨, 北越谷10:55一12:17大袋,   

   父母の家で一泊。雨の中,出る。
     右岸の畑で柿を採り,齧りながら,元荒川左岸沿いの小径を遡る。

   国道4号線に出て,大型トラックの雨しぶきが,激しく体に被る。
     もう歩くどころではない。気を抜くとシャワーが襲ってくる。
     地元の人,雨の中,歩く人は居なかった。短いが,武里までの目標を断念,大袋を目指した。

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     もうこの時点で,日光まで歩こうと考えていた。
                      国道2k, 4.500歩(博史),1時間22分, 全行程62.400歩,

  古利根川の日ノ出

 




    第2回日光歩き旅, 

         61年01月04日,晴後雨, 大袋6:35一12:55幸手, 私,真佐子,隆史,博史,


   記録,会計,万歩計は,その都度,子供に任す事とする。
     会計は,酒を含め飲食費,1人平均¥1000とする。それ故,私が一番使う事になる。
     この日から子供との交渉が始まった。
春日部,東八幡神社  ,

      国道を
   夜明け前予想では雨の中,出発する。
     千間台手前で右手より陽が昇った。

   手,足が冷えるが,陽が昇るにつれ体に温もりを感じ,東八幡神社(春日部)で初詣をする。
     境内に柔らかい陽差しが溜まり出すも,まだ早いせいか,人影は見受けられなかった。

   旧道を春日部の町並に入りる。まだ正月の静かさが,大来を包んでいる。
     ただデパート前だけは大福袋を買う人で賑やかさを増していた。

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   国道沿いに,時には田に降り,前回より好調に前進した。
     だが,12時40分,被い始めた雨雲は,とうとう降り出した。栗橋までの目標を断念する。
   正月,早々、雨も中,更に歩くのも不憫である。日光への旅も始まったばかりだし。
     幸手の駅に着いた時、雨は本降りになりだした。
                                              21k, 32.600歩(博史),6時間20分, 全行程95.000歩, 
  新利根川橋,右岸、茨城県へ

 

  第三回日光歩き旅, 61年01月15日,快晴,


         幸手一野木, 妻,真佐子,隆史,博史,

   三筋6:08,タ=浅草6:21=幸手7:34一10:00利根川一10:19県境(埼玉,茨城)一14:10野木
     =御徒町,バ=16:56三筋,

東武,野木駅ホームにて  ,
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    足の裏にまめが2つでき,腰がとても痛い、禮子
                    23k,41.500歩(博史), 全行程136.500歩,6時間44分,
   小山遊園地

 


  第四回日光歩き旅, 61年03月30日,曇,

          野木一小山遊園地, 私,真佐子,隆史,博史,


    竹町(気温7℃)5:28一上野6:09=7:12野木:20一8:00小山市(東京70k,古河9k)一8:31間々田
      一9:27安房神社一11:20小山遊園地13:07バ=JR小山,13:27,¥1150=御徒町一15:30竹町,
                                                        8時間10分,
JR小山駅より,車内で  ,
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   思ったより長く感じられた小山までの距離も,はかどり小山遊園地で昼食にする。

       小山遊園地
   13時,壬生に向かう積もりが,真佐子風邪でダウン。
     一時,悪寒が激しく,全員でゴンドラに乗り帰京する事にする。が,
     寒い寒いと言っていた真佐子が,コンドラから戦闘機を見た途端、真近で見たいと言い出す。

       自衛隊博覧会前に見学
   真新しく塗り変えられた戦車や装甲車に乗り,子供の靴跡が描かれていく。
     砂埃の靴型が真新しい車体に,ドンドン描かれ,広い鉄板を埋めていく。
     自衛隊員が洗車したのにと閉屈している中,我が子は屈する事なく乗り回していた。

   本物を見るのが初めての上,触れたり乗って居る。橋渡車はやはりデカい。
     扇のよう広がる車体に,タイヤも大きく,子供の背丈もあるタイヤは数も多かった。
     さすが,戦闘機は乗れなかったが,我が子だけで会場を独占していた。

   写真も随分撮った。自慢しに学校へ持って行くが,全て紛失する。

     (防衛博,4/1〜8/31) 戦車2台,装甲車,ブル,ロケット砲車,橋渡車,ヘリ,練習機,戦闘機と数多し。
     ようやく陽差しが現れた頃,バスに乗り込んだ。
                                       遊園地,大人\1.000, 子供,20周年記念で無料,
  歩き始めて直ぐ,初めて日光への標識を見る

 

   第五回日光歩き旅, 61年05月05日,晴,

              小山遊園地一楡木, 私,真佐子,隆史,博史,



     三筋5:15一御徒町,大\1150=小山,タ\710=遊園地7:20,県道一8:09姿川一摩利支天塚古墳一飯塚
       一里塚9:30一壬生町一10:45国道35一12:17七ッ石バス停前,昼食)13:03一13:10鹿沼市(日光37k)
       一国道293一14:49東武,楡木駅=新栃木,臨時快速=17:07浅草一17:43三筋,

アスファルトの割れ目から竹の子が  ,

      小山より
   小山遊園地への始発のバスは,7時55分の為タクシーを拾う。
     県道に入り,姿川付近より霞に掛かつたような山波が,視野の広がった田園から,
     覗めるようになる。急に緑が多くなった。

   連休を泊り掛けで計画していたが,雨々でとうとう連休最終日になった。
     子供の日,汗ばむような陽差しに恵まれる。陽差しが強い。

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      竹の子
   県道に入りカントリー・クラブが多くなる。姿川手前,道路脇にアスフャルトを破り竹の子が覗かしていた。
     何故と思うが,顔を出している。

   姿川の竹藪から隆史,竹の子をゲット。地主から掘れるなら持って行けの言葉にハッスル。
     それを博史が大事そうにザックに詰め,家へのお土産にする。
   翌日の夕飯は当然,竹の子の炊き込みとなった。
     革は梅漬けを挟み子供達にしゃぶらせた。思川の土手を歩き。

  壬生町,飯塚一里塚

 




   この辺は公家に関する地名が多く,古墳,遺跡も多い。

   摩利支天塚古墳を見に行こうと言うと子供達は,大きな墓はいやだ,悪魔が居ると拒む。
     それにしても広々した田園と古墳が多い。
道脇の稲穂干し  ,

   栃木,黒川を渡ると乾瓢畑が多い。
     一つ一つ,サッカーボール大にする為ビニールハウスに藁が掛けられている。

   又,稲穂の干し方も地方毎に,大分違っている。
     棒を組み長く干す所や,二階に届く程高く干している地方もある。
     気候により変るものだろうが?
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   壬生町に入り東武宇都宮線を越え,バイパスを抜けた。アイスを齧りながら国道293へ。
     車の往来が薄れ,人と出会う事も少なくる。ただ暑さのみ増してきた。

  雑貨屋前での昼食, 鯉のぼりが揚がる,

 

      七ッ石,バス停前で昼食

   11時,昼食を求め食堂を探すが,1時間歩いてもまるっきりなし。
     店らしい店もなく,陽の照り返しのみが強くなっていた。

   雑貨屋を見付け,湯を頼みインスタントの食事を摂る。
     何時も1人\700位の食事が,4人で\600である。

   店前は国道, ベンチに座り,この時だけは美味しくインスタント・ラーメンを食べた。
     薬缶に湯を沸かし,持って来る店主、のんびりした風景だ。
   通う車も疎ら,人影はまったくない。
     強い陽差しに,空は高く広がっていた。蒸す暑さに,ビニールの庇が快い。

鹿沼土の山  ,
      鹿沼
   鹿沼市に入る。道路標識に,日光37k,宇都宮17k,佐野30kと距離を示すようなった。
     国道293を真っ直ぐ進んだ。

      好奇心の魔力
   後半,疲れてきても遊びは別のようだ。
     午後の疲れで,気の引き締まらぬ歩みも,休みは別のようだ。

   大人には分からぬ力を持っている。肥料土の山を見付け,鹿沼土の山を走り回っている。
     走ってである。

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  東武,楡木駅

 

   途中で水を分けて貰い,新幹線を潜ると鹿沼の町に入る。
     静かな町だ。疲れたせいか,子供は食事より駅を取った。

      東武,楡木駅
   無人駅, 木造の可愛らしい駅である。
     駅より500m以内に雑貨屋と云うより自動販売機一台もなし。
     車内で切符を買う。電車は2両、駅の大きな時刻表にも駅名は載って入ないかった。

     三筋への道
   浅草より闇の道、はしゃぐ子供を横でみ,足を敷きずるよう帰る。
     腰の付け根の皿が,油が抜けたよう,かさかさでピノキオのようだ。乾き軋む違和感が股を擦る。
     それに比べ子供のファイトは凄い,持久力はないが,1つの切っ掛けで驚く程の回復力を生み出す。

   動こうとしない隆史、くたくたで楡木駅に辿り着いた。
     もう発想を変えている。無人の駅を歩き回り,列車が入ると走るよう席を取った。

   荒川を渡り雨になるも、浅草,終点では治まった。
     浅草からの濡れた歩道。今日の凱歌を喜び,子供達は良くしゃべる。暗い道並でも,はしゃいでいた。

   反対に私のみ疲労が増してきた。家が見え,それはピークに達す。昔は幾らでも歩いたのに。
     最後は何時も子供達に負ける事になる。
     負ける?
                                              23k,44.300歩(隆史),今日トータル49.200歩,
例弊使街道  ,
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     第六回日光歩き旅, 61年06月22日,晴,

               楡木一下今市, 妻,隆史,博史,

    三筋6:00,タ=浅草6:39,急行=8:35新栃木9:47=楡木10:05一11:20昼13:40一17:30下今市:58
      =20:01浅草,タ=20:13三筋,
  杉並木,鹿沼街道,車道を

 


     杉並木街道

   1時間に5分の休憩時間でペースを崩さずに歩いた。
     杉並木は長く,8割位は脇に立派な歩道があり楽だった。が,
   ない所は車の往来が激しく,危ないので大変だった。
     とにかく歩け歩けと励ます。

   途中でカマキリの卵を見つけ,次に蛇が金網を這っているのを見てビックリ。
     杉並木の中で,線香工場を見つけるも,急いでいるので見学せず,臭いだけ嗅ぐ。
   下今市駅を見た時は感激する。 
     14時50分、電話あり今市まで11k, 妻,
                                                   全部で50.300歩,
   費用、 浅草=楡木,¥890+¥450×2、
        昼食、  牛丼¥550、卵丼¥500、チャーハン¥400、
        1時休憩、 ジュース3本,¥300、
        野球帽¥198、麦藁帽子¥380、
        3時休憩、 アイスコーヒー¥350、麦茶¥100×2.
        下今市=浅草,¥1000+¥500×2.

下今市へ,東武車内で  ,
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   第七回日光歩き旅, 61年07月13日,小雨午後曇,

            下今市一細尾入口(足尾,中善寺湖二股), 私,真佐子,隆史,博史,

     三筋6:06一浅草6:39=下今市9:20一10:22石の鐘一11:34東武日光駅
       一12:18東照宮,各参拝14:30一15:54細尾入り口,バ\420=東武日光16:51,\1000
       =浅草一19:13三筋,

  下今市からの杉並木
 
      杉並木
   駅より素晴らしい街道が続く。
     ジャリが埋まり,ひっそりした小雨の中,延々と日光手前まで続いた。

   鹿沼の杉並木,車道を抜け抜け進むのとは,まるで違う。
     道中,車5台,自転車2台の交差だけだった。

杉並木,石の鐘を祭った社  ,
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   杉並木の途中にある石の鐘を祭った社で,最初の休みを取る。
     しっとりした湿りけが,森を思わせ気を安らめる。

     この長い並木に人の往来もなく,初めてバラバラに気ままに歩いた。
  東武日光駅構内,駅弁確保

 

     飲食費
   交通費,拝観料以外,飲食は子供に任しているが,ここに来て少し変わってきた。
     駅弁を少なめに同じものは買わず,中食とする。

   菓子,パン類はスーパーで,アルキメンデスなど細かく買うようなる。
     それ故,酒,ビールの交渉が一層大変になる。    1人,1,000円の予算,
薬師堂(鳴龍),拝観  ,
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      東照宮
   三仏堂の庭園で大きなアメンボーを見付け,
     東照宮から薬師堂の鳴き竜を仰ぐ,子供三人もちゃんと耳を傾けていた。

   大獣院で昼食。3つの別々の弁当を4人で食べる。
     これから中禅寺湖への道が,待っている。
  俊雄,東照宮で

 


     真佐子,隆史,博史は中禅寺湖から戻り,合流する。

    8月16日, 妻と俊雄5歳,

       三筋9:00一浅草10:00=日光一神橋,東観荘15:00,⇔東照宮,
       北越谷=春日部=日光=東観荘,

     東武日光駅から東観荘まで徒歩, 荷物を置いて直ぐ東照宮を見学。
       見ざる,言わざる,聞かざる,眠りに猫を見て,奥の院へ行く。

     鳴き竜では他の人と4人で手を打って,ちゃんと鳴いたのを耳にする。
       奥の院でメロンソーダを飲んだ。                        拝観料は3ヶ所で¥710,

国道119,細尾まで真近  ,
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29.40 KB      61年07月13日, 午後,東照宮からイロハ坂へ,

   正味2時間の東照宮見学が響いたせいか,距離が伸びず全員バテる。
     暑さが増して来た。バイパスに抜けた為,バス停も遠のき,急に足が重くなる。
     足尾への分岐,細尾でバスを拾った。
                                              40.300歩,
     費用,  浅草=下今市,¥1000大,計¥2500、
          菓子¥60、アルキメンデス¥200×2、サンドイッチ¥350、ワンカップ¥220、駅弁¥600×2,
          東照宮拝観¥1580、お参り¥10×4、フイルム¥620,
          パン¥520、ビール,ジュース¥420,
          細尾入口=日光¥1050、日光=浅草¥2500,  真佐子記,

 馬返, イロハ坂入口,野猿に会う

 

     第八回日光歩き旅, 61年08月16〜17日,  細尾〜中善寺温泉



  16日, 三筋6:12一浅草=9:13日光,¥420=細尾9:45一馬返一10:30イロハ坂
        一12:55明智平13:30一白雲トンネル,2ヶ所=華厳ノ滝一中善寺温泉15:20,¥800
        =神橋,16:30東観荘h

    8月16日,曇,      細尾入口一中禅寺湖, 日光,東観荘で禮子,俊雄と合流,
       17日,曇午後雨, 父母と家族全員で中禅寺湖,立見観音見学,       
挑むイロハ坂  ,

    ラッシュのイロハ坂
   歩き始めて直ぐ野猿に会う。
     イロハ坂,初めてのカーブで向かいに現れた。若い猿のようだ。

   車道を歩く。
     先へ越していった車は,詰り出し、停まり気味になった車を歩いても越すようなる。
     留まる事なく続く車の列,酷い渋滞が繋がっている。休みはガードレールの外へ出た。

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   強い日照りで汗ばむも,高度を上げるにつれ霞みだす。
     途中,明智平手前で,ノロノロ走る運転手に天気予報を聞く。答えは雨だった。

 イロハ坂登り途中,ガードレールの外で休憩

 

   黒髪平付近よりガスが掛かり,雲の中ヘ。
     茶ノ木平への登山道を諦め,凄い車の渋滞の中,イロハ坂を最後まで詰める事にした。

      明智平,濃霧,
   ガスが湧き上がるよう巻っている。
     シートを広げる所がなく,ロープウェイ駅,屋上で昼食にした。
     細かい霧の粒子が体に触れ,少し肌寒くなる。
白雲第一トンネルを抜け  ,

   トンネル2ヶ所,

    排気ガスが,ひどくタオルでマスクをする。
      おどけない子供が,マスクをする姿は漫画の主人公のようだ。
    マスクの上から手を押さえる。視界が薄れ,排気ガスが酷く臭い。
      トンネルの後に,またトンネルがあった。
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  華厳の滝

 

       華厳の滝

   中禅寺湖まで登り,華厳ノ滝を見学、
     渇水で湖畔の水位が下がり,土,日と盆だけ放流しているようだ。
   エレベターで沢底に降りる。
     渇水とは思えぬ迫力で,見学するヘチまで飛流の粒が飛んできた。

   イロハ坂を下り,神橋前の東観荘に宿る。¥7000,組合
     夕方,父母と妻,俊雄と落ち合った。各々が東照宮を見学,それぞれのコースから,ここ神橋の宿に集う。

   湯に漬かり,夕飯の膳は8人と賑やかに。
     真佐子が祖父母にイロハ坂の苦労を,1から話し,隆史は黙々食べている。
   博史が華厳ノ滝の凄さを手いっぱいに広げ,俊雄に語っていた。
     私は,それら手を交え語らう子供達をみ,冷たいビールに酔いしれていた。
                                                      22.400歩,
休憩兼ね滝を見学  ,
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23.25 KB      61年08月17日,曇午後雨, 中禅寺湖周辺,観光,

   父母と家族全員,総勢8名で中禅寺湖,立見観音見学,遊覧船で廻る。
     華厳ノ滝、霧濃く見えず、俊雄は見たいとだだをこねるが,この天気では如何しようもない。

     盆で2,3時間多く掛かると云うので,昼食後,早めに日光へ下った。     

   宿,東観荘9:00,¥800=中善寺温泉10:30,船,¥700⇔立木観音,
     華厳ノ滝(濃霧で滝見えず)13:45,¥850=日光,ロマンスカー¥2000=18:22浅草,タ=18:40三筋,

     8月21日〜23日, 日光キャンプ,博史,上野消防少年団,
  中禅寺湖,湖畔左岸の径

 

     第九回日光歩き旅, 61年11月23日,快晴,

                中禅寺湖一湯ノ湖, 私,真佐子,隆史,博史,


   起床4:00, 三筋4:21,タ=浅草5:01=7:35日光=中禅寺温泉8:43一10:25竜頭ノ滝
            一11:45戦場ヶ原13:30一14:11湯ノ滝:15一14:25湯ノ湖一15:00湖畔駅
            =中禅寺湖畔前,(ボート,2隻,1人\500)、温泉=日光17:53=浅草一21:20三筋,

湖畔遊歩道から目差す雪の白根山  ,

      湖畔の径
   風もなく,素晴らしい晴天に恵まれ,冬枯れの戦場ヶ原を散策する。

   中禅寺湖々畔から,ようやく裸土を踏み、目指す白根山が雪白く輝きで望まれる。
     土を踏む感触は,やはり良い。何時もなら一身に歩む第1歩,
     今日は初めからのんびり歩いている。
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   朝の柔らかい陽差しを受け,静まり返った湖畔の径
     広く柔らかな青空にコバルトブルーの湖水。澄んだ空気が全てを被っている。
     枯葉を踏み締め,竜頭まで快い朝の散歩があった。

  男体山を背に戦場ヶ原

 

      観光客
   何処でも決まった場所が,観光客で溢れている。
     銀座のような中禅寺湖を抜けると,静かな湖畔が広がっていた。
     行き通う人も居ず,秘密の径にも思える。

   摺れ違うだけでも大変な竜頭ノ滝。ここも例外ではなかった。
     外れると,狐に包まれたような静けさが返ってくる。
     誰も居なくなる。人が居ないのが嘘のように。

   もう目の前には,原野が広がり,湿原を縫うよう木道が走っていた。
     西側,奥の木道に回り込む。更に通う人も居なくなる。
     誰も入り込まぬ自然の中、木道だけが進み,親子だけの秋を満喫した。

 戦場ヶ原,木道用物置場でキャンプ  ,
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    今日はピクニック
   戦場ヶ原で充分時間を掛け昼食を摂る。
     キャンプ用フルコースの装備を持ち,食糧も贅沢に子供の欲しい物,全部を持参した。

   食べ方も自由なら,料理する順番も自由に子供に任す。
     真佐子の先導で,まずお燗から摘みのアタリメを作った。
   頭が良い。親を手懐けようとしている?
     だが,私より先に三人で焼きながら食べている。秋晴れの天高い空の下で。

   それから主食が始まった。炊事中の摘みが半分近くなくなるが,美味そうに食べている。
     私には酒がなくなりそうになると燗をしてくれるので,何も云えなくなった。
     五合の酒パックが,見る見るコッヘルへなくなっていく。

   のんびりした炊事、コンロに乗せる物がなくなると,又ザックから何かを探しだす。
     コンロは休む事なく,ゴーゴーと快調な響きを出していた。

     ここは本道から少し外れてをり,通う人も居ない。終わりには周り一杯にザックの荷が散乱していた。

  冷たい水での炊事

 


食材
    朝食         餅4、海苔4枚切れ
                インスタントスープ ホタジュー4、中華スープ2、味噌汁3、
    昼食、ラーメン    麺4、肉、人参1/2、生玉子4、玉ねぎ、もやし、
        サンドイッチ  耳なしパン2斤、ツナ缶1、マーガリン25g、ハム、キュウリ、チーズ、
                ジュース、ビール、酒五合、スルメ、菓子
       秋の陽
   秋の柔らかい陽差しが,枝木から漏れ,落葉の黄葉した絨毯で敷き占められている。
     寝転ぶと空は雲一つなく青かった。

   酒もあり,心地良い気分に時間が止まったように思える。
     子守唄の如く,小鳥のさえずりと子供達の声が,清々しい風に乗り伝わってくる。
   他では手に入らぬ,ここだけの贅沢さ。
     溺れるような満足感がある。

   長い憩いの後,枯れ果てる戦場ヶ原を抜け,湯ノ湖へ向った。
     小川の水は冷たかったが,皆で気持良く片付けた。
     もう子供達も先を急ぐでもなく,距離を縮めるより,足元の自然を楽しんでいた。

中禅寺湖, 再び戻り,ボートで日没を迎える  ,
中禅寺湖、あるき.jpg  
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    ボートでの日没
   中禅寺湖にバスが停まった時,真佐子がボートに乗っていないと云い出だした。
     湯の湖で乗るはずのボートは,もう時季が終わっていた。咄嗟に降りる。

   日没30分前,我々のみボートに乗る。
     断わらぬ船宿に感謝し二艘で沖に出た。
   素晴らしい紅葉を湖上で受け,漕ぐより周りを見るよう子供に諭す。
     岸よりかなり離れている。離れないようボートを並べ,落日を迎えた。

   霞駆れの湖水に,帳が落ちた。闇の中,紅葉も霞み,闇への洛陽に落ちている。
     暗闇が又,別の湖水を浮き出した。一瞬のキラメキに湖紋の輪は,知らぬ間に無くなって行く。
   もう,晩秋の情緒もない。暗過ぎる湖に,闇が追うよう向って来た。焦る事なく子供の舟を導き帰航した。
     年を超越した自然の神秘、年齢を隔て子供だけでなく,全てを肌で感じ取っている。

   距離の割に,17時間半と行程は長かった。
     日出を列車内で迎え,日没は湖上,ボート内で仰ぐ,変化に富んだ旅となる。

   言葉に変られぬ自然の無があり,言葉があった。
     親こで共鳴し無言に慕っている。明日は明日,明日は早くから学校があるが,今は,今を大切に思っている。

     積雪期となる。来年,春を迎えてから最後の旅,白根に挑む。

  白根山,概念図
 
   第10回日光歩き旅, 62年06月27〜28日,晴,

                  湯ノ湖⇔白根山, 私,真佐子,隆史,博史,


     27日, 三筋20:55,タ=浅草23:40,山岳夜行,¥4740,夜食=
     28日, 日光駅,車中仮眠、起床4:00、小雨,朝食,

     日光5:28=湯ノ湖6:27一10:00前白根一10:55五色沼,昼食12:23一13:29五色山,2379m一16:00湯元:24=イロハ坂,雨
        =日光17:55,快速=19:55浅草一三筋,
                                 真佐子記,
   夜食, オデン,枝豆,結飯,サクランボ,
   朝食, 結飯,お新香,
   昼食, ラーメン,
   乾杯, 湯元で牛乳とビール,

最後の一日が始まる  ,
27.jpg  
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29.33 KB       白根山へ
   山岳夜行に乗り込み,車中で仮眠,日光駅から湯ノ湖にでる。
     素晴らしい天気だ。最後の一歩が始まった。

   沢沿いに金精峠への径を歩む。私が十代の春,登った径を。
     背丈の熊笹を越え,雑木の多い頂稜への径を歩む。
     最後の頂を目差し,皆頑張った。

   風もなく蒸す登山道、汗が滴る中,前白根にでる。
     四方の峰々が山波となり繋がり,今まで登って来た戦場ヶ原も足元に覗まれた。
     谷を越え,山々の向こうに東京がある。

  白根への径



      ラーメン
   昼食に五色沼へ降りる。山に囲まれた沼、大声を掛けると山彦が返ってくる。
     対岸に叫べば,何処でもオウム返しに戻ってくる。

   コンロに火が入り,コッヘルに具が入る。
     もう子供達も手馴れたもので,ザックから分担の荷を出し,菓子を食べながら放り込む。

   勢いよく炎は上がり,コッヘルはゴトゴト踊り出す。熱いラーメンを小皿に盛り,直接食べた。
     旨い,皆良く食べ,直ぐさま底が現れる。

   五色山より山を降りる。群馬県側は雲海が湧き出し,下りは走るよう熊笹の径を潜った。

     40年5月, 吹雪の白根山,

 五色池から頂へ  ,
     博史
   いろいろつかれたけれどよかったと思った。
   ぼくはぜんぶあるきました。
   北越谷,大袋,幸手,野木,小山,にれ木,下今市,日光(ほそお入口),
   中ぜんじ湖,湯ノ湖,前白根山と行きました。
   東しょう宮はいろいろ勉強になりました。
   でも山にのぼるときには,つかれました。
   白根山にのぼるはずだったんだけど,時間があまりなかったので五色湖へ行きました。
   いい思い出となりました。

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   白根山を被う熊笹

 





     隆史  
   前白根山を登って,頂上まで行ったけど白根山は登らなかった。
   でも前白根だけでものぼってよかった。
   とってもつかれた。

   63年08月03〜05日、隆史,博史,日光林間学校,
            3日,夕方,一時小雨, 夜のきもだめし,
            4日,曇,         戦場ヶ原散策,
            5日,曇,         東照宮,

笹トンネルの中,下る  ,
      真佐子
   今回は夜行電車で行ったけど,終点につくとドアは自分で自由に開けられることを知った。
   今回は歩く時間が多く白根山には登らなかったけど,前白根山と五色山を登った。
   白根山は日光で一番高い山ときいたが、前白根山はもっと高く感じた。
   前白根山を登ってから五色ぬまへ行った。
   五色ぬまは水がすきとっていて,石がとんがっていて足がいたかった。

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     62年07月22〜24日, 日光林間学校,

      22日, 竹町小一仲御徒町=日光=神橋,h, 東照宮周辺,
      23日, イロハ坂一華厳ノ滝一中禅寺湖=湯元一戦場ヶ原,
      24日,東照宮=仲御徒町,

   何回も行っている日光だが,いつもとちがうような日光でした。
     一番心に残ったのはきもだめしです。
   昨年,軽井沢で,ず一と泣いていたのに今回は一回も泣かなかった。
     私の行ったグループは,一番さいごでスペシャルでした。(本当は2人ずつなのに6人でいった)
     コースは本当ははかばでやるのに,ちがうばしょでやり,道には電気がついていた。
     行きと帰りのコースがちがって,おりかえし地点で,ある葉をとってくるのです。

   戦場ヶ原では今とちがうばしょを通ったので,ながくかんじた。
     温泉寺での10円玉をきれいにしたのは,はんたいに手がきたなくなったように見えた。
     ふつうの温泉になっていると思ったのに,水たまりのような所からわいていたのにはおどろきました。
   東照宮のなむりねこは,どうしてヒゲがないのだろう。
     今でも解決できていないそうです。

      家への手紙
   何回か来たことのある日光ですが,いつもとちがうような感じがしました。
     私のとまったホテルは小西屋ホテルです。
   小西屋ホテルは東照宮のすぐそばです。
     一日目は少ししか見ていないのに,足がぼうになりました。
     明日が思いやられる。

  全てを終え,湯元バス停,

 



  22.500歩(博史),

  冬を二度越す二年間の間には,
    それぞれ学校,クラブの行事以外に,家族で海,富士,八ヶ岳へと足をも伸ばした。
    皆さんご苦労さんでした。
                                                  山径,日光への歩き旅
                                                  山径,