夏の富士山T,U,V,


         初めての夏富士
         一度の失敗が,4年を掛け家族全員登頂する

士山頂地図,No1  ,


       
夏富士,家族全員の登頂記

   富士山 1, 昭和59年7月20〜21日 スバルライン五合目⇔七合目,泊―八合七尺,―スバル五合目,
         
2,    60年8月16〜17日 五合目―七合目,泊―富士山―御殿場,
        
. 平成元年8月04〜05日 五合目―八合目,泊―富士山―御殿場,     
                                              下り荒天で俊雄飛ぶ,
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夏,一回,昭和59年07月20〜21日,八合七尺撤退,

                              父母,真佐子8歳,隆史,博史7歳,俊雄3歳,

        三筋=新宿=スバル五合目⇔七合目四尺,h一八合七尺, 一ツバクロ東沢一スバル五合目=新宿, 全員,

    久振りの登山,6月初めより上野公園ラジオ体操に通う。
       7月20日,曇後雨,風強し, 五合目一七合四尺,日の出荘,

   今日から子供は夏休み,新宿より富士急高速バスでスバルライン五合目に降り立つ。
     今回は七合八尺に宿る予定で小屋番にガイドを頼んだ。

   センターでは水も出ず,夜食を注文し山へと備える。
     空模様は悪い。前線の重い雲が被っている。ただ風はなく全員がライトを点け歩みだした。

      七合目,宿へ
   途中,小屋番二人が迎えに来るも,10分も立たぬうち雨は本降りとなる。
     ザックを小屋番に預け,俊雄を背負う。急斜面に土はぬかるみ,不安定この上もない。
     森林帯を抜け,六合目を過ぎると風も加わってきた。


五合目 ,

    ただ付いてくるだけのガイド,助言もなく小屋へ案内するだけのようだった。
      避けるものもなく,風雨は横殴りとなり,みるみる体温は奪われた。

    荒れ出した空,カッパを着ても肌着まで通し雨当りが痛い。全員がダウンした。
      小屋番には悪いが,予定より下,七合四尺「日の出荘」に泊まる羽目となる。
      着替えても湿った体は寒く,子供達は震えながら囲炉裏に当たり遅い食事を摂った。睡眠am1:00,


        7月21日,曇, 日の出荘一八合七尺一ツバクロ東沢一スバル五合目,

    雨の合間を抜って5時,雲の中から陽が昇る。
      体を震わせながら「雲上の人」だと子供達は驚き目を向けている。
      寒さを越す自然の神秘に驚くも,昨夜の水の溜まった靴を履くのを嫌がった。


       小須走り
    7時,妻,俊雄を置いて出発。ペースは上がらず隆史と博史が交互にダウン。博史バテる。
      頂へ行きたいと言う真佐子を押さえ,八合七尺,3300mでツバクロ東沢を下った。

    下ると共に,ジャリとも土砂とも云えぬ土台が足元から崩れて行く。押えられぬ流れに体を乗せ子供は破邪いだ。
      体と足元が一体となり落ちて行く。
    夏の富士を知らぬ私は,初めて砂走りの凄さを知り,妻の経験した言葉を初めて知る事にもなった。
      子供達は小雨の中,破邪いだ。

       馬上の母子
    雨と風で目が良く開けられず,棒のようになった足を引きずり六合目に降り立った。
      貸馬で戻って来た妻,俊雄と六合目で運良く出会う。
      馬上の高さに不安を感じたものも,俊雄は疲れ眠っている。それが又,妻には揺れ動き不安を掻き立てていたようだった。

    話によると小屋からの下り径, 身の軽い俊雄は元気いっぱい,飛ぶよう痩せ尾根を走り回った。
      彼女は自分で抑制できぬ俊雄に,何時落ちるかと気が気でなかったと。

    巧いぐわいに貸馬に会ったのが,又災難の始まりだった。
      俊雄を乗せたわ良いが,料金は負けるので一諸に乗れと。馬主とは別に,勝手の知った馬は自分から先導に立ち歩き,
    馬上の高さと尾根縁をぎりぎりに歩く馬に肝を冷やしたと。
      彼女は馬主を怒り,会ってほっとしたとも。

    会っても馬主は二人を降ろさない。料金は同じだからと,その言葉を繰り返すと馬主は無口となった。
      結局,五合目まで乗る嵌めになっる。なる程,見るも馬上は高くかなり揺れている。
    それにしても俊雄は縛られ落ちる事はないが,良く眠っている。
      末っ子の彼にしてみれば,この二日間の初めて体験は,全てが激し過ぎたようだ。


    親の気持とは裏腹に御殿場に着けば,子供達は何もなかったかもように走り回っている。
      荒天で挫折したが,子供には充分な睡眠を与えなければ無理だった。

  早いが日の出館で泊る,七合四尺, No2,

 


 
 夏,二回,昭和60年08月16〜17日, 私,真佐子,隆史,博史,



     スバル五合目より大砂走を抜け御殿場へ

   8月16日, 三筋=新宿=スバル新五合目一七合目,日の出館h,

      曇時々薄日
   新五合目には,盆ラッシュの為,2時間程遅れる。
     登るにつれ薄雲の空は途切れより下界が覗まれた。
   もっと登ろうと子供達は言うが,早め七合目に宿を求める。焦る事はない,前回の懐かしい小屋に。
     頂で日の出を迎えない以上,慌てる事のなく,ゆっくり山の好さを味わえさせた。

       日の出館
    雲は完全に切れる,裾野の下に地図のような山中湖が望め,山波を越えて遠く越後の峰々まで望まれる。
      景色を楽しみ,博史は小屋裏の残雪を踏み締めている。
    囲炉裏を囲み,ゴロッと横になる隆史, 皆,思い思いに午後の一時を過していた。
      真佐子は囲炉裏端に陣取り,登山棒に刻む烙印を手伝っている。

寝床窓より夜明けを待つ,隆史,真佐子  ,





      窓
   震える冷え込みの中,目を覚ます。
     夜明けが望める所に,寝床を取ったので,子供は日が出るまで窓から覗いていた。

 ,
  小屋前の夜明け、真佐子,博史,

 


   8月17日,快晴,
          日の出館一山頂一大砂走一御殿場,ロマンスカー=新宿=三筋,


     朝
  夜明けの闇は一点のきらめきが,赤味をおび,霞を帯びた境が,子供の頬を照らしだす。
    闇の顔は白味を帯びた途端,薄いピンクに染まり,山全体をも赤らめた。
    そして足元の闇深い谷は白味を帯び,白さが増すと共に我々の前一面に雲海となり広がった。

   そして子供の頬は何時もの肌色に戻す。
     もう眼下の雲海は白き輝きに満ち変わっている。

      朝食
   朝がきた。食事を済まし頂を目指す。
     殆どの登山者が宿の朝食を摂る中,我が家族は,コンロにおでんを煮付け,生卵にハムを炒める。
   子供は好きなものをザックから取り出し3品,4品と増して行く。
     水も十分持ってきた。十分な睡眠と食欲が先を左右する, 皆,よく食べた。

山頂,火口を背に  ,
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       子供達

   良く寝,良く食べたせいか,八合は長かったが,アッと云う間に着く。八合八尺で一本取った。
     全員すこぶる元気。
   子供がザックから出した菓子袋,皆気圧で大きく膨らんでいた。
     自分で詰めた間食を見て,驚き笑いだす子供達。

   自衛隊の野営登山班に出隅した。休んで間食を摂っていると「良いな」と声が掛かる。
     又,子供にも「頑張って」とも。
     子供達も元気に「はい」と返事を返している。我ながら嬉しい一事だった。

   弟,二人が交互にバテ出すが最後の鳥居が見えてきた。
     傾斜が落ち,その先に頂がある。
   最後の最後に走り出す弟達, 相変わらず子供達のエネルギーは凄い。
     何時も感心するが,子供は体の何処かに秘める力を何時も蓄えている。


   向いより風を受けると頂に出た。
     半地下の大きな山小屋が軒を連ね,軒下には土産が並べられている。
   そこを過ぎると火口壁が覗まれ,山頂全体が望まれた。
     火口から這い上がる風が冷たく心地良い。

   風を避け軽食を摂る。ザックからは魔法の如く食糧が出てきた。
     ここまで来ると自分で背負って来た食物を自慢げに取り出した。
   自分が背負った食物を勧めてくる。
     「ありがとう」と真佐子から受け取ると,今度は隆史,博史から誘いが掛かった。

     子供達には個人装備以外,間食と水を持たしている。

  御殿場への下り

 



     大砂走
  早いので須走を止め,御殿場への大砂走を下る事にする。
    妻がこの頃良く話す,大感激した大砂走を。

  私にとっても初めてである。
    雪の富士は4,5回通ったと思うが,無雪期,初めての富士であり,登るとは思っていなかった。

   最後に来たのは三合目までだが,ハレー彗星を家族で探索した。
     凄い星群で子供が雪の中,震えながら天を仰いでいたのを覚えている。
     明け方の愛犬「サム」の喜びよう。一面の雪に,はしゃぎ回っていた。

   大砂走, 足が痛い痛いと言いながら子供は,わざと転ぶよう走る。
     走る勢いは止めるのとができず,落ちるよう走る。
   停まる時は何時も転び回る。いかに砂埃になろうと関係なく奇声を上げ落ちて行く。
     広大に続く砂走りの裾野は延々と続いた。

      茶屋
   下の茶屋,水を求める。一杯50円,洗面器に1/3水が入っている。
     洗面器4つを並べ,右端より順番に洗った。
   初めの洗面器は直ぐ砂まみれになる。濁る洗面器に次の者が嫌がるが仕方がない。
     順次4つの洗面器に顔を漬ける。漸く皆,理解できたようだ。スッキリした顔になってきた。

   顔を洗った茶屋で時計を忘れる。ロスする事30分,その間,バスは出てしまった。新二合目で一時間,待っ嵌めになる。

御殿場口,昼食  ,
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      銭湯
   御殿場, 駅前派出所で銭湯を尋ね,ニンジン湯に漬かる。
     2つある銭湯は小陣まりした綺麗と云われる方を選んだ。

   開店したばかりの一番湯に飛び込んだ。
     待つ事15分,女将が,まだ掃除をしている。それを待ち入り込んだ。
     玄関から脱衣所には泥まみれの足跡が残ってる。


     帰路, 数年後は俊雄を三人で連れて登頂させるよう約束させた。
     大丈夫と胸を張る子供達,

  夏休み,俊雄の作品, No3,
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 夏,三回,平成元年08月04〜05日, 三度目,俊雄を連れ

                       m,父,真佐子14歳,隆史,博史13歳,俊雄9歳,


     スバル五合目〜御殿場新二合目,

    8月04日, 竹町6:30=新宿7:45=10:07新五合目;30一六合目11:10一12:18七合目:33一15:10白雲荘h,
                                                                     消燈17:30,
出発前の新五合目,台風と台風の間を縫って登る  ,
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      山へ
   食糧は子供の好む物を一品ずつ選ばせ,行動に合わせ組み立てた。
     私の嗜好は相変わらず朝の生卵と酒である。
   水は空を考え,1.8リッター酒パックに水を入れ,水筒とし各人に持たせた。   
     それ故,炊事にも十分余裕ができた。

   後は,はしゃぎ回る俊雄を皆で監視する事である。
     姉弟三人で末っ子を登頂させる予定であったが,又もや私も行く嵌めになった。
     これは妻からの要望ではない,子供からの希望である。

      白雲荘
   前回より宿を上に求めた為,日没と共に混み始め,団体も入り寝床は鮨詰め状態になる。
     久し振りにテントで寝たような混乱の中,夜中の騒々しさは富士特有のようだった。
     小屋で頭,足を交互にして寝るとは。

  七合八尺,小屋にて
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   8月05日,小雨後曇,午後晴,風強し,  起床4:00,日の出4:50,


    H5:00一7:45山頂8:00一9:00昼食一大砂走12:50一新二合目13:25=御殿場16:3
       =新宿=19:15竹町,
       父,新宿で別れRHC同窓会へ,

      朝の神秘
   ご来光, 小屋から素晴らしい雲のパノラマが広がった。
     景色ではなく自然のエネルギーが雲と云う形で眼の前いっぱいに湧き上がった。

   闇の埋もれる雲海に陽は差し,雲の表面を白味が帯び輝き出した。
     陽の流れる狭い空間の上は,一面黒雲で被われている。
   闇雲, その空間を通し陽が天へと差し出した。
     そして闇雲はピンクに染まらず,夕暮れを思わす濃い紅雲に映された。
   眼下は白光を放ち空は紅に染まる。不気味な否な色彩を雲に投げ掛けていた。

   陽の一点が神々しく旋律を帯び放された。はしゃぐいでいた子供達も息を停め無言で拝むよう見守った。
     もう直ぐ荒れるだろう。下るまでもつように。
  
富士山頂,噴火口を背に  ,

      富士山
   皆,頑張り頂に立つ。俊雄は見るなと云うも,上を見つつよく踏ん張った。
     風は強いが思いの他,天気は持った。頂で雲上の雲も切れ蒼空が広がっている。晴れるのか?

   鉢を覗み岩陰を探しサンドイッチを放ばった。私は早速ビールを呑む。
     正月,一瞬見た観測所を前に一気に呑んだ。味より気分の美味さが先にある。



      下山
   山頂,御殿場口、驚く事に郵便職員が,富士の記念切手を売っていた。
     俊雄にテレホンカードを与える。

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   風強い中,明日の駅伝に備え自衛隊ヘリの騒音がけたたましい。  
     下る随所で自衛隊員が配置され準備に群がっていた。

  残雪に喜ぶ俊雄

  


     烈風
  下るにつれ風は強まり残雪の大きさに俊雄は目を見張る。
    休むとトコトコ残雪に向かい歩き出す。好奇心旺盛だ。
    飛ばされてはと慌てて近寄るが小さな手,いっぱいに雪氷を握りだす。

  八合目,横殴りの列風が体を襲う,体温を奪い,涙が出てきた。
    頬はこう張り,ちり紙が真横を走っ行く。雨雫も飛び出した。
    ふら付く俊雄のベルトを掴み掴み,下降した。

御殿場口,七合半,風を避けラーメンを作る  ,


      昼食
   風を避け岩陰で昼食を摂るも大変だ。ラーメンを作る。
     コンロの火は付けても付けても消え,ザックの壁でようやく暖かみを摂ることができた。
   燃え上がる炎に暖かいスープ,
     振えている体に子供達も気は落ち付いていた。

      荒れる大砂走, 
   強風で砂が飛んでくる。頭を上げると待っていたとばかり襲ってくる。
     体にバリバリお音を立て当たる。頬を打つ。
   頭は上げられず,風に背を向け息つくも,目は開けられなかった。
     半目で瞑るよう足だけが,前へ進んで行く。ガスも湧き出した。

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   その中,子供達は喚起を上げ,転がるよう落ちて行く。
     足を止めるには転ぶしかない。転びに転び,走りに走った。

   転んで起き上がる時の痛さ。それは転んだ痛さではなく,烈風が待ちに待ち襲う痛さ。
     砂のような礫石が団子をなし体を襲う。体に当たり,けたたましい音を立てた。バリバリと。
     砂の雨,痛さを痛感させられた。逃げる場所がない。地面を見詰め下るのみ。

      茶屋
   下の茶屋,前回同様,洗面器を並べ順番に洗いだす。
     洗面器には今回も1/3の水が入っている。
     年の順で最後の俊雄はぶつぶつ言っている。が、洗い終わるとすっきりした顔になった。

      御殿場,ニンジン湯
   下山の行程が決まっているよに御殿場,ニンジン湯に漬かる。
     今年も3時をもって1番湯に飛び込んだ。

   土間で綺麗に足の砂を落とした積もりだが,やはりかなり残ってしまった。
     何も言わぬ女将に申し訳ないが,快く漬かる事ができた。湯殿の湯が溢れ出す。
     今回は他にも客が居る。石鹸を頭に付けるのを見て,シャンプーを差し出してくれた。

   3時半,早めの御殿場発ロマンスカーに変更,運転席前,一列の席を取る事ができた。
     何時もの事だが子供の活力は素晴らしい。車内を走り回る,底知れぬ力を持っている。

      新宿,同窓会
   子供と新宿駅で別れ同窓会に出る。和田の段取りで大川,田沼も集まった。
     山帰りで嫌われたものの風呂に入り着替えをして来た。仲間は皆,直ぐ理解してくれているが。
     一席設けてくれた店は,高そうで肉も美味かった。予算は任している。後もあると?

   誰が見ても山仕度,東京の真中,新宿のクラブにザックを持ち込んだ。良い顔するはずがないが,仲間も店も良かった。
     やな顔せず隣に座る女の子,彼の叔父が経営する店に全部頼み込んだらしい。
     山も友も素晴らしい。楽しい一時を過ごした。


     翌8月06日, 富士登山駅伝,荒天で五合五尺で折り返しとなる。

     66年01月, 二日,御殿場⇔登頂,
     68年01月, 御殿場⇔五合五勺,
     71年11月, 御殿場, ピッケル1本持ち
     74年04月, 御殿場,
     84年07月, スバル五合目⇔八合七勺,
     85年08月, スバル一頂一御殿場,
     86年03月, 御殿場, ハレー彗星探索とスキー,
     89年08月, スバル一頂一御殿場,

                                                                 山径,夏富士T,U,V,
                                                                 山径Top,