春の爺ヶ岳東尾根.その2. 爺岳の頂とその後の鹿島部落.鹿島館 

                                春の爺ヶ岳東尾根1.鹿島〜爺ヶ岳北峰
                                春の爺岳東尾根2.山頂とその後
    東尾根を越え爺ケ岳の頂に立つ
       ジャンクション12:55一13:30主峰14:30

  爺ヶ岳中峰2669m

    雪原状の爺ヶ岳中峰

  目指す鹿島ケ槍岳

  布引山

    鳴沢岳と岩小屋沢岳
   右奥が立山連峰.右端が別山

    針ノ木岳.小スバリ岳とスバリ岳. 赤沢岳から連なり鳴沢岳.岩小屋沢岳. 下の広い雪面の三角点が丸山
    右上が立山と一段低く真砂岳

    籠川側の雪庇
   爺.籠川側に被る

    針ノ木岳.赤沢岳.岩小屋沢岳
   中峰より望む.手前が棒小屋沢乗越.遠望は針ノ木岳

    蓮華岳と針ノ木岳.スバリ岳
   籠川谷を隔て針ノ木カールがでかい

      爺ヶ岳 
   1時半.主峰に立つ。
     威容な迫力でそそり立つ双耳峰. 鹿島槍の白稜の輝きを受け.冷池小屋の赤い小さな屋根が覗まれる。
     前方籠川谷側には爺南峰.棒小屋.針ノ木.蓮華と南方の峰々が手に取るよう眺められている。
     そして真近な南峰にはダイナミッツクな大きな雪庇を南面に向け築き張り出していた。

   そして向かいの立山連山には立山のカールに豊な雪山を乗せ.煌き輝く雪山に剣岳の各谷.リッジがはっきり定められ横たわっている。
     風もなく強い陽差しにシャツ1枚の姿。頂稜を跨ぎアルプスの屋根に今居座り続けている。
     広い稜にぽっんと彼と並び座り込む。風の音もなければ何の音も聞こえなかった。静かな時の流れだけが過ぎて行く。

   鹿島槍の頂稜は諦め.1時間半程留った。遅い出発でも焦って登る必要もなかった。
     槍の往復は今のベースなら日没には戻れるだろう。緊張の一時は遭った方が良いかも知れないが.互い呑み過ぎている。
     ゆっくり岳に腰を降ろした。戻れば.又呑むことになろう。

   東京に帰れば.今の卒業式にもでず山に居座っている姿を状見て.それだけでも山を甘く看るなと怒られるだろう。
     それでいて祝いと云う言い言葉に溺れ.山行事態も計画を変更し.安易に走っていた。
     ただ僕はこれを契機に冬山の北アへ。社会人としてまず後立の山々を目指すことになる。

      更に雪山へ
   下りで改めて.針ノ木谷のスケールの大きさ深さを知るようになった。
     雪多きカール.針ノ木峠へは度の様に登ろうか? 淡雪の大斜面.その上に霞む槍ケ岳が印象的だった。

   北アの積雪期,後立の雲上に初めて立つも.何かが欠け落ちていた。
     満喫し頂に満足するも.冷静に考えると何かが残されていた。好天と惰性の為か。
     今は分からぬがその後.数年.正月を後立で山々で過ごすことになる。

      立山連山と剣岳.毛勝山
        頂で彼と
      富士ノ折立.真砂岳.別山.剣御前と剣岳. 雲が切れ毛勝山
      岩小屋沢岳北西尾根に中央が黒部別山
      右仙人山へのガンドウ尾根. 下が黒部川十字峡.

      2人だけの山行
   時間を気にする必要は初めからなかった。今もそうだが明日も又,同じだろう。
     裾野から2人だけのトレースが作られでき上がっている。学生最後の自由な時間が流されていた。

   昨日は連荘でウイスキーを空にした。何時寝たか分からぬ余裕も春山にはある?
     ただ呑んべいな2人.酒がなくなれば下山する。下る.それは間違いはあるまい。


    下降.Bcへ
      13:30主峰14:30一15:10小20一15:45bc

    爺本峰から見た東尾根
   末端が鹿島川

   ジャンクションから東尾根下部を下る
   ジャンクション2411m地点.白沢天狗尾根との分岐部

   鹿島槍ヶ岳を顧みる

   爺ケ岳北峰冷尾根を背に

   東尾根末端
     3月27日.停滞bc3

      呑べい
   鹿島まで足を伸ばす予定だったが停滞とする。
     昨夜のウイスキーのせか食欲があるような.ないような状況になっている。それでも今日一日で随分食べた。

   酒があれば,ただ呑むだけの馬鹿がいる。相手がいて.雪さえあれば良いそうだ。
     彼に云わせると.だから2人で山へ入ったとか。何本持って来たか忘れたが酒はまだまだ残っている。ただ日本酒が欲しい?

      雪洞シート
   Shは2人用としては広くL字型に掘った。
     入口には明大の雪洞入口専用ナイロン製シートを使用した。大きく非常に関心させられる代物だった。

   何故,もっと前に我がクラブでもこのようなシートの工夫を考えられなかったのだろうか。発想さえなかった。
     登山用品店でも見た覚えはない。便利さはこの上もなくよい。クラブとしても見聞する価値は十分にある。
     作る価値はある。ただ.そこまでRHCは進化してよいのだろうか?

    bc3―鹿島部落
    霧雨と濃霧の徹収
     3月30日.雨 1840m地点bc3. 6:40一7:10小:15一8:45小:55一9:30鹿島館

      雨の下山
   薄日は雨に変わった。
     鹿島発.8時10分のバスに乗り遅れまいと出たものの.ワッパ使用の下山は以外と時間を費やした。
     気侭な道中.気も変わりも早く.のんびり雨の中を降りて行く。

   最後まで駆け下りてもバスに間に合わないだろう。無駄と云う言葉に彼は直ぐ反応した。考える前に1本取る。雨だと。
     日に2本しかないバスは夕方まで鹿島で待たねばならなかった。

    下山.鹿島へ

    最後の1本
     3月30日. 9:30鹿島館16:50=信濃大町=松本.「第11アルプス」23:48
      
,31日. =5: 新宿

      鹿島館・・水風呂
   鹿島館に飛び込み風呂を焚いてもらう。
     汗と下山は雨でびしょびしょに濡れた体.気の早い僕等に与えられたのは水風呂だった。
     真水の湯殿に浸かり.ガタガタ震えた。冷水を沸かす時間の間隔が分からず。女将の返事を待たずに飛び込んだ。

   互いに頓馬な2人。炬燵に潜り込み.互いに誘ったことに愚痴をこぼす。
     本当に冷たい湯殿.雨の叩くガラス窓が一層身を縮込まらさせている。

      炬燵
   二階の炬燵に潜り込みながら.残されていた古いマンガや雑誌を読み返し.暇な時間を過ごす。
     外は相変わらずのシトシト雨,止みそうもなかった。留まることなく.午後になってもシンシンしとしと降り注いでいる。
     粗を探すでもなく部屋を見回し.天井を見ては又炬燵に潜り込む。後から思えは贅沢な時間だった。


      鹿島館の玄関前にて
    入山時に庭先は一面の雪で被われていた。

   明日から2人とも新入社員. こんなに.のんびりして良いのだろうか? 最後だからと寝転ぶ。
     それでいて.することもない。時間だけが.ゆっくり流れていた。

   明大が何時も世話になっている「鹿島館」. 学生最後の僕等は世話になった。
     そして夕方「鹿島館」をでる。食事までご馳走になり.1人200円しか受け取らず。何度も頭を下げている。



                     里より爺ヶ岳と鹿島ヶ岳
      里へ
   雨から小雪に変わった。鹿島の部落を離れる。
     もう大町郊外は4日前.斑に積っていた雪も.その白きベールは綺麗に剥き落されていた。

   車窓から覗む雪解けの田圃には畔道が現れている。
     もう春がくる。そして明日から共に社会人として旅立つことになる。帰京して.又2人で呑んだ酒。
     馬鹿か若いのか? 金もないのに。

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    鹿島槍と爺岳中峰
  

    爺ケ岳中峰
   東尾根1766.3m三角点峰
    ジャンクションから東尾根と白沢天狗尾根

       今回の山行
    念願となっていた長塩との山行が漸く実を結ぶことになった。
      実際.一緒に山の懐にさえ入れば.場所は何処でもよかった。

    鹿島鑓東尾根,爺ヶ岳東尾根.八ヶ岳と候補地はあがっている。
      だが春の北アは私自身.入ったことがなく後立と的を定め.彼も入山のない爺,東尾根に入る。

    荷は雪洞で一杯やろうと.目的が頂よりキャンプに重点が置かれていた。
      それ故,2人の荷はかなりの重みを増した。何しろ彼は1日.1本は空ける豪酒である。
      ドライフルーツは間食として優れている。高価だが雪山ではもっと使用べものだった。


    2004年2月.スライドフイルムが出てきた。1000枚近くのネガがある。如何にか画像を保存するか悩み.初めてソフト画像として使用。

      籠川.鹿島川周辺ルート略図 s45年正月の爺ヶ岳南尾根

     春の爺ヶ岳東尾根1.鹿島〜爺ヶ岳北峰

     春の爺岳東尾根2.山頂とその後