冬富士Uその2 アイスバーンで羽ばたくスキー板 冬富士U.その1.三合目ベースキャンプとアタック 冬富士U.その2.スキー |
午後のどでかい斜面 |
| アイスバーン.スキー 今回はスキーを担いできた。ベースの周りで自由に滑ろうと。 ベースの斜面は右手.双子山の方まで滑れる格好のゲレンデになっていた。 転倒 まして午後ともなるとアイスバーンになり面白い。転ぶスリルも又格別に味わえる。 止めるにはエッジに全体重を乗せ.テールを谷へ確実に平行に持っていく。勿論.膝は深いくの字を取る。 すると氷を砕きながらバリバリと5〜6m落ちて停まった。 長いテールが跳ねながらも唸り.激しい振動を下半身に伝える。エッジが氷を切り削り落し.膝はバカになるほど笑っている。 削られた氷雫は目を開けられぬほど体に浴び.それに堪えるとスキーは停まる。そして膝はガタガタ笑うが.心地は十二分に私を楽します。 だが失敗すると大変なこととなる。飛ばされたうえ頭から10m以上落ち.板が外れれば尚更悲惨が待っている。 バラバラになった体はアイスバーンに叩かれ.擦れる力は桁違いの威力を持ち.スキーも体もあったものではない。 転んだ地点から遥か彼方に飛ばされ落された。体は傷だらけとなり.1回の失敗がスキー板もオーバーズボンも見るからにボロボロにした。 ただ意外なことも気付く。転落し止めるには以外とスキーが良いことを。スピードがある場合は尚更である。 スキー以外では止められないであろう。歩行中の転倒ではピッケルが威力を発揮するが.スピードが有れば皆無に等しい。 登攀中の転落はスピードが殺せねば確実に麓底まで落される。アイスバーンの面白さと怖さは紙一重かも知れない。 滑る楽しさと転落した時のスリル。一度.白馬八方で経験したがここでは桁違いの度胸がいた。 又もや遭難 転落.上から降りて来た登山者がスキーを履いている我々に救援を頼まれる。 何処でどう落ちたか分からず.ここから三合目まで停まらぬ硬い斜面が伸びている。 悲壮な青白い顔で願うも.快い返事を出すこと自体ができなかった。 もし滑落地点が分かっていても.捜査するにはとて兎もない広さがあり.冬山装備に変え.下山し森林を探すには時間がなさ過ぎる。 もう帳も直ぐだった。先輩の相談する以前の問題であった。 丁寧に断る。彼等には時間の間隔を考える余裕は今ないだろう。友を助けたいと願う言葉に.彼等の顔を見られぬ後ろめたさが残された。 もう滑り興ずる訳けにもいかず.我々もテントに戻る。 我々が独占した大斜面のスキー。もう奇声も出ず者も居ず.山はもとの静けさを取り戻されていた。 宝永火口とスキー 矢倉山から重なり明神ケ岳.金時山. 右は神山. 元旦. 晴.風強し. Bc7:10⇔10:15宝永山. 一12:00. 日の出 昭和44年元旦.ご来光を仰ぐ。 周りの薄暗さも束の間.いち早く頂をオレンジ色に染め.次第にその光はここベースキャンプに降りてきた。 天空は蒼さを増し太平洋の彼方.水平線に陽光が昇る。 次第に大きく丸みを帯び.白光は焼き付くような陽光となり.我々の体を差し顔を照らしだす。差す寒さに体は振えている。 早速.新津.根岸.両氏と田沼がアタックの準備に取り掛かる。今日は宝永火口までだ。私はベースに残りスキーでもしようと思っている。 陽が完全にその姿を現す頃.富士の駄々広い雪面は,ピンクに染まりだした。鮮やかな不気味な色彩。 そして雪表とは云え.私のブルーの影が長く伸びていた。 四合目へ 右奥.山中湖 宝永山の斜面ある一線 今日はスキーを背負って昨日のルートを途中まで登っている。雲の中.ある一線を引いて下界は晴れ渡る。 ベースを形作っている赤と黄色のテントの遥か彼方に山中糊が望まれた。 陽に照らされた湖畔の長閑さが別の世界のように見下ろされている。 今日もアイスバーンの斜面.膝を深く使えば心地良い滑降が待っている。バリバリと雪を削り蹴る滑降にスキーの醍醐味がある。 宝永火口へのアタック隊を待って共にベースに戻っている。 風の時刻 午後になると時刻を知らせるように.定期的に物凄い強風がここベースキャンプに行き通う。 ここベースは雪上とは云え.風と共にジャリのような礫石の小粒がテントを叩く。夏場と同様に裾から舞い上がった小粒が竜巻の如くテントを襲う。 初日は慣れず.この物凄い暴風に驚かされた。今にもテントを引き裂くばかりに唸る風圧をも伴っている。 その都度.テントを飛ばされないよう30分程.ポールを押さえるのが日課になっていた。今日も相変わらず暴れ回っている。 一昨年の五合目と同じ風が吹き荒れている。ずっと下まで雪と氷の世界。それでも礫石は襲ってきた。 途中下山 下山 |
, 御殿場口. |
| 1月02日.快晴.bc10:05一11:00二合目=11:40御殿場. 下山 うららかな下山日和.雪煙を吹き上げる富士を背に中山.新津.根岸各氏を残し山を降りる。 私と田沼は又.明後日には信州の雪を踏むことになる。戸狩での冬合宿が待っている。 下界に下りる。冬の陽差しを浴び雲上から下りる。 海岸沿いを走る相模の海から裾野を越え,丘の上に立つ箱根の山を正面に仰いだ。澄み切った眺望が続く。 僕等はは腐れ掻けた新雪を踏み締め.太郎坊へと下山を楽しんでいる。 冨山.田中.松村.田沼.(下山).他のメンバーは翌日下山. アタックにより左耳第2度凍傷. 夜半から変形.分泌液出るも原因はあくまで自信過剰にあった。 2年前.八ケ岳阿弥陀南稜で同じ経験をしている。この時も同じ過信しきゆしていた。 私一人,気持良く行動するも.持参した目出帽を被らなかった。痛みはないが後で変形を恐れた。帰京後.誰にも云えず無言で過ごす。 卒業後に「赤レンガ」を含め次第に預かりだした装備. 冬用ビニロン6人天.冬用ナイロン3人天.11mm麻縄40m.11mmナイロン40m.アイスバイル.背負子.スコップ.ナタ.雑貨 2008.12.30.山中湖平野.2000年代に入り雪線の上昇が見られる。異常気象温暖化か? 冬富士U.その1.三合目ベースキャンプとアタック 冬富士U.その2.スキー |