46年振りの山. 鳳凰小屋から以前はラッセルし雪山に挑んだ鳳凰三山を逆逆縦走で周回
      頂稜を越え.中道の尾根から小武武川林道を下り.韮崎駅で別れる。ひとつの山を終え大菩薩嶺は諦める。

    6.12.新緑のドンドコ沢を遡り.鳳凰小屋へ
    6.13.鳳凰三山の絶景と中道コース・・美人の小屋番.青木小屋=大月で途中下山

    朝焼けの鳳凰小屋
   赤枝沢ノ頭と地蔵岳・・中2階左角に宿る.5:21

    6月13日曇・・薬師岳からの中道の尾根を周遊

      鳳凰小屋5:40一6:25賽ノ河原:55⇔6:40地蔵岳. 一7:35鳳凰小屋分岐一7:45小:55一8:10観音岳:20一8:40薬師岳.大9:15
      一9:45御座岩手前:55一10:25(膝痛):35一11:20旧道:25一12:00小:05一12:10造林小屋
      一12:15小武川林道.堰堤(丸沢第四床固).大13:15一13:50青木鉱泉P.

     夜半から夜明けに掛け鳳凰小屋の頭上に幾つのも星座が煌き.樹冠を透し仰ぐ新月が夜空を飾り立てていた。
   私にはこの素晴らしい星空が好天が逃げて行くよう思えた。起床4時半.朝食は5時半が5時に。

   灌木帯を縫い賽ノ河原へ.6:00

     天候は早くから崩れることを予想していた。朝方.頂稜には白雲が湧き.地蔵の肩からは隙間を縫うよう蒼空が望められている。
   まだ明るい陽射しを浴びているが.それも刻一刻と燻りだしている。シラビソの森を抜け最後の急登を詰める。
   砂礫帯のザレ場に足が取らがちになる頃.には朝の陽光は閉ざされた。賽ノ河原にでてからはガスが湧き始めている。

    ラストスパート
   見えてきた地蔵岳.6:02

     吹さらしの賽ノ河原には幾つもの子授け地蔵で祀られている。その数は多い。今も増えていると言う。
   我々が登って来た登山道を同じように背負い運んできたのだろう。目の前にはそれらの地蔵さんが祀られるよう脇には地蔵のオペリクスが聳えている。

   賽ノ河原.
   賽ノ河原に祀られた子授け地蔵.6:23

    鳳凰三山地蔵岳
    
    地蔵岳オペリクスにはまだ朝霧が湧く.6:34

    南アルプス北部の山々
  
    煌く白峰三山と北岳小太郎尾根に並ぶ千丈ヶ岳.手前は早川尾根乗る高嶺                    地蔵岳より.6:34

    早川尾根
  
   千丈ヶ岳の雄大さに甲斐駒の高さとアサヨ峰に続く早川の尾根. 左側の谷間が野呂川.右側が雲の湧き出した尾白川と大武川

    オペリクス
     肌寒い向かい風を受けよどむ岳.花崗岩の積み重なる頂は疲れを打ち消すかのよう残雪被る岳々の懐かしい眺望に恵まれた。
   見渡す限り連なる山々は何処も昔.歩んだ記憶が残されている。飽きることのない山稜に目を綴れば1つ1つの山波の記憶を蘇させていた。

     霞みおぼろに見える乗鞍岳は広い裾野を構えていた。八ヶ岳連峰からの南連山は全て雲の中に隠されている。
   甲府盆地も.山並も.富嶽も眺められずにいる。梅雨前線の雲堰だろう大きな前線の帯が太平洋沿岸から内陸に迫っている。

    甲斐の国.早川尾根の古道
     昔.大武川沿いを遡り峠を越える古道の径は北岳への最短ルートだった。
   s34年08月の台風7号に.9月には伊勢湾台風が遭遇し地滑りや落石.出水で山岳地帯の地形を一変させ.甲斐の国に甚大な被害をもたらしている。
   大武川は仙水峠へ抜ける古道は支流赤薙沢からの広河原峠への登山道で.尾白川本谷に付けられた登山道でもあり壊滅状態にされていた。

     その後は整備されず.今は何処も登攀用具を持たねば越えられぬ.又藪に閉ざされた峠路になている
   その伊勢湾台風は関東地方をももろに直撃していた。東京下町の我が家の工場も浸水し.機械類のモーターを外していた光景を覚えている。
   私が小学生下級生の頃だった。

    オペリクスから北岳
   鞍部が賽ノ河原.6:34

    白峰三山
   6:40
   過って個人山行・秋合宿.或いは女子二年強化・男子強化と白根を起点に塩見岳にも出向いた山並

   地蔵岳を振り返る.8:06

    薬師岳と観音岳
   7:01 

    白根三山・・北岳池山吊尾根と大樺沢雪渓
   左景・・広河原からの野呂川大樺沢雪渓.7:07
    吊尾根には深沢下降地点から野呂川へ下っている。右尾根は北岳白根御池の尾根

     次第に近ずきだした北岳に白根御池の尾根が真向かいに見下ろされた。扇状に広がり野呂川に尾根末端を落している。
   RHCに入部し.中秋の白根三山に入った初めての尾根。1年の合宿だったと思う。吊橋から取付き.突き上げる尾根を登るのに苦労していた。

     この尾根の頂点.北岳には高校時代に初めて入ったアルプスで.大樺沢雪渓を下りていた。
   先ほど高校生パーティと擦れ違ったが.当時は高校生の入山が珍しがれ.どの山小屋でも何処から来たか尋問のよう些細に尋ねられている。
   そして食事など色々言葉を掛けられ.お世話をして頂いた覚えがある。両俣小屋でが五右衛門風呂に浸かった覚えもあった。

     余談だが荒天で北岳小屋で缶詰めになり.三山を諦め雪渓を下った折.バットレス滑落事故の救助に携わることになった。
   このパーティのリーダーは凄かった。何も知らぬ私と友を指導し必死に覚えさせられ.タンカーを作り.出合までザイルで降ろしている。
   救助隊が現れほっとした覚えがある。

     そして現役4年になってからの女子二年強化合宿では私がリーダーとして.この雪渓上部でキャンプして雪上訓練等をして三山を越えている。
   ここから見る大樺沢雪渓はバットレスから長く延びるも末端は出合から随分高く見える。今年は残雪が少ないようにも思えた。

    北岳白根御池尾根
   右景・・観音の頂稜にでて1本.7:44
    広がる白根の稜.右奥は仙丈ケ岳

     観音岳.薬師岳へと野呂川沿いの山々を望みながら歩んでいる。44年前の春山々行と違い逆縦走を取っている。
   当時のサブリーダーが今日共に登ってきた滝島氏。夜叉神峠にでて烈風を受けながら体を支え望んだ山々だった。
   雪多き峰々は圧巻する展望で君臨していた。その姿が私の脳裏に蘇る。

     無人の山小屋は何処も吹き込んだ残雪に埋め尽くされ.小屋中に天幕を張るのにも苦労した。
   又小窓を通し望めた夕陽の北岳は印象的に覚えている。大きな谷間を隔て.額にはめられぬ景色が広がっていた。

    観音岳
     8:13
    観音岳でガナるガンバレ節. 右奥から顔を出しているのが鈴木

    ガンバレ節
     観音岳の頂.大岩に立ちガンバレ節をガナる。飯豊山々行以来か? 先月の谷川岳は頂でガス濃く舞い,我鳴るのを諦めていた。
   最近山より街でガナる方が多い。クラブの周年行事以外でも何故か総会で常にガナる先輩がいた。見城氏である。
   腹一杯に力を込め.発する声は全てを超越し.体の隅々まで伝わっていた。

     この怒声は先ほど擦れ違った高校生パーティにも届いている筈である。
   彼等にしてみれば中年.否や老年が気負い奇声を上げていると思うであろう。それでも良いとガナる。

   シラネシャクナゲ.8:11

     稜線の片隅にひと株のシラネシャクナゲが開花したいた。まだ頂線に隠れるよう咲く姿。見城氏が珍しいシャクナゲだと指を指す。
   シャクナゲは樹葉を広げ大分群生しているもののまだまだ早い。高山植物の小さな花達が競うのはまだ先のようだ。

    近ずいた薬師岳
   花崗岩質の白い砂礫.8:21

     薬師岳に立つ。ここからは大樺沢雪渓を挟み.鳳凰より更に大きく翼を広げた池山御池の吊り尾根が近づきだしている。
   御池尾根からの入山の次の年..鈴木を含め同期達とリーダー養成合宿に参加.御池尾根から塩見岳へ縦走した尾根を見る。
   桁違いの大きさを持つ尾根末端が目に前に横たわっていた。末端を覗き込むも.顎のでる高度感があり.よく登ったものだと改めて感心させられていた。

  

     カールに一層雪多き白さを示しているのは間ノ岳。中白根からの頂稜が雪稜をまとい.大きな窪みを越えて農鳥の2つの頂も認められた。
   隣りの低い頂は広河内岳だろう。ガスが谷間から昇り湧きだす中.霞むことなく白峰の雄峰として望まれていた。

     その間に遠く煌いているのは塩見岳。陽に時折照らされていた岳も眺められなくなった。
   左端奥におぼろに望めるのが荒川の山々。その先は霞む雲堰に覆われている。幸運にも陽は射さぬも前線は留まっていた。
   素晴らしい展望を顧み.再びわくわくする感動を惹き起こさせていた。

    薬師岳コーヒーブレイク
   白い砂礫が広がる頂.9:00

    茶会
     最後の薬師岳に立ち.後は中道の径を選ぶのみ。頂稜を離れれば視界は樹林に被われ.全く失われるだろう。
   長いコーヒータイムを取った。見城氏がコンロを点け.コーヒーと聞くと豆に動きだす滝島氏。各々のカップを回収し.漏斗がでると鈴木氏の番となる。
   コーヒーが立てる間に見城氏が完成された漏斗の経緯を竹永氏に説明していた。

     私はこの時ばかりは見守っているだけだった。それぞれの分担が決まっているよう皆が指先を動かしている。
   茶菓子は広島産「もみじまんじゅう」が付く。前回の苗場山より上品な味。宮島の「藤い屋」とあり.やや土産のランクを上げたようだ。
   具は色々凝ったものが並び高そうだが私には庵が一番口に合っている。ゆっくりした時間を過ごす。

    小屋番の美人
     若い女の子が一人.岩の尖突きに立ち北岳にカメラを構えていた。岳を撮る姿.格好が絵になっていた。
   滝島氏が「写真を撮ってあげましょう!」と親切心をだす。すると「何時も来ていので!」と柔らかく断られた。

     彼女は薬師岳小屋のブログに毎日乗せる写真を撮っていた。反対に撮られ「各々の顔をブログに乗せてよいか?」と尋ねられる。
   今日13日のブログに乗せるそうだ。反対に質問され.答える仲間達がいた。

     
6/13日のブログ.「立教大OBのおじさま達です。ちゃんとブログに載せましたよー。笑
   皆さん今日は45年ぶりの鳳凰山ということです。また来て下さいね☆ 」。写真はやや遠く小さく判らぬ画像になっていた。

    中道の径
   1本取り1分も歩まぬうち御座岩にでる.9:52

     薬師岳を後にする。直ぐ針葉樹林帯に入る。ぬかるむ残雪が山肌を覆い.窪地を埋める残雪に雪径が綴られ足を潜らしている。
   ずり落ちる急斜面を雪屑と共に下る。青木鉱泉まで高度差1700mの尾根を下りている。最初は急な樹海の残雪の中を綴っていた。

     中道の径はまだ雪に埋もれたシャクナゲの群生地を過ぎ.針葉樹林帯を過ぎると岳樺の森に変わっている。
   そしてブナから更に落葉松の長い植林帯が続いていた。下るにつれ林相は変わり.最後は新緑の瑞々し大地に覆われた。
   時折淡く舞う霧粒のブロックが流れてきた。すると又若葉の違った色合いが絡み合い.癒される新緑の奥豊かさを味わされている。

    中道の尾根中半
   緩やかな下りで苔と新緑の溢れる森へ.10:37

    若葉が目に沁みる
   ダケカンバの林径.10:41

   最後の1本.10:44

     途中の立木2本

     中道の尾根後半
   長い落葉松の植林帯を抜け小武川林道る.10:58

     今日は最後の下りで鈴木氏が膝痛を起こす。彼は長い山行中でも弱音を吐くことはない。ただ下山となるとよくサホーターを嵌めている。
   今回はやや痛そうだ。後腿が突っ張り苦しそう。再び漢方「芍薬甘草湯」が登場した。林道を前にしてゆっくり歩む。
   平坦地にでればこの痛みは常に治まっている。林道にでて元の歩みに戻り安心させられた。

    林道,中道の登山口
   丸沢第四床固堰堤で.12:23

    うどん
     山を下り林道にでた所.真向かいに堰堤があった。丸沢第四床固と云う立派なでかい堰堤がある。その上で少し遅い昼食を摂る。
   幅広い堰のコンクリートの床台に円陣を組み.コンロを点ける。昨日すったもんだしたうどんである。

     生うどんに生油げ.傷みを考え結飯を諦め.うどんにするか意見がまとわらず2点,3点した。そしてもつだろうと今日に至る。
   火を通せば大丈夫。もしも腹を壊せば宿の夕膳がパーとなる。

     ザックからコンロを出すとその疑問は一瞬にして吹き飛んだ。手際よく調理が始まる。
   頼んでおいた竹永氏の具は蒲鉾のみ。広島からわざわざ連絡してきたことを考えると情けない。もう少し色々なものを持参すると思っていた。

     又滝島氏も頭から野菜を加える考えがなかったらしい。畑には沢山の新鮮な具が育っている。
   その上私には生卵も要らないと連絡がきた。強い出汁だけで誰もが愚痴をこぼすも.腹は減り箸を持てば皆無口になる。

   滝島氏自慢の庭に生えるジョウダンツツジの枝で作った自前の箸.12:45
    この箸を見てから何年経つだろうか? 自前の精神が素晴らしい。

     「下山の森からは若い自分には感じなかった新しい感動を得る。
   44年前と同じ山なのに.今の私にはなぜもこう景色が輝き神々しく感じるのだろうか!」・・下山後の滝島氏談

    小武川支線林道から青木鉱泉Pへ
     13:24

    13:50青木鉱泉P=韮崎IC=勝沼IC=15:20jr塩山:34=16:40大月.ホリデー快速「河口湖2号」:35=18:04新宿,

     林道にでてカジカの合唱を耳にし.早い時間に青木鉱泉へ下山した。もう少しゆっくり留まっていたかったが.他のメンバーは明日も大菩薩嶺に登る。
   それに備え裂石でゆっくり温泉に浸かることを望んでいた。私はjr塩山駅までの足を頼む。
   韮崎からでは東京まで立ち席になるだろう。往路を戻り広域農道から韮崎ICへ。

   メンバー
     同期生
   薬師岳にて                    地蔵岳にて

     鈴木は私と同期
    餓鬼大将の見城先輩と               地蔵岳にて

    旧大日影トンネル
     中央本線の沿線途中で勝沼ぶどう郷駅を過ぎた所で.車窓から右手前方に架線のないトンネルを見付けた。
   中央本線の旧線で本線と並ぶトンネル口がある。最近何度も通っている線路だが知らないでいた。
   旧大日影トンネルは市に譲渡し.今は観光用の遊歩道になっている。

     又深沢川を挟んだ先の深沢トンネルは勝沼トンネルワインカーヴとしてぶどう酒の保存に利用されている。
   本線は北側を並行するよう深沢川を潜り1本のトンネルとして.上下線2本が新たに造られていた。

     旧大日影トンネルは深沢口よりに延長330mに湧水排水の為の開渠水路が線路の間にある珍しいトンネル。笹子トンネルも
   レンガは英国人の技師の下.牛奥の工場で造られ.レンガの摘み方は一段毎に縦と横を交互に使う英国式。
   全長1.367.80m.起工1897年(m30年).貫通1902年.開通1903年.電化1931年.複線化で廃線1997年.2005年旧勝沼町に無償譲渡される。

     帰宅して鳳凰小屋から持参した湧水で水割りを呑んでいると今日.小惑星「イトカワ」に軟着陸した衛星「ハヤブサ」がオーストラリヤ大陸に帰還した。
   本体は燃え尽きたが採取箱を回収した。世界大航海時代が来報したとテレビに映像が流されている。
   凄い技術に判らぬ間々.気は踊されていた。微粒子が少しでも残存されていればよいが。

    14日大菩薩嶺ピストン
   ガスの大菩薩嶺手前で・・6.14/11:13
   大菩薩嶺コース・・裂石.雲峰荘h=丸川峠分岐P一丸川峠一大菩薩嶺一上日川峠一丸川峠分岐P=jr青梅&東武若葉.

    6月14日曇
      福ちゃん荘⇔大菩薩嶺m見城.竹永.滝島.(一昨年K氏と牛寝通りを下り.福ちゃん荘にPあることを知る。)

     「登山口までS氏の送迎車で大名旅行も.かくなるものかと贅沢を味わう。大菩薩の散策は霧のたちこめる登山道を出発。
   1時間程で峠に到着.嶺まで笹原散歩を楽しむ。残りの間食を食べ尽くし.ヤシオツツシジ満開の中を下山した。

     旅館の好意で再び露天風呂に入り.何とも爽やか。奥多摩ダムが右手から消えるとやがてjr青梅駅。
   再開を約し.15時過ぎ別れる。稜での展望なし.」・・滝島氏談
   東京は雨.関東甲信越は梅雨入り.16日に東日本も入梅になる。写真は滝島と松村

     6.12.新緑のドンドコ沢を遡る
     6.13.鳳凰三山の絶景と中道コース・・美人の小屋番.青木小屋=大月で途中下山