・・jr藤野駅北面の絵地図 ・・奥多摩.三頭山笹尾根

    生藤山から醍醐丸へ連なる笹尾根に連行山が聳え.その東寄りのコブに鎌沢地区から突き上げているのが鎌沢尾根。
  更に鎌川尾根の東方に緩急の高まりを見せる尾根は地元では山麓の草木地区の名を取って草木尾根と呼ばれている。
  これらの尾根を登り切ると「関東ふれあい道」の笹尾根に突き当たる。今回は鎌沢尾根から笹尾根(鶏冠尾根)に乗り.連行山の北尾根を下る

   2008年02月. 高尾山稲荷山尾根から雪残る陣馬山―鶏冠尾根から生籐山三国峠を経て甘草水分岐を下り井戸の集落へ・・笹尾根縦走1
   2012年08月. 鎌沢入口bsから鎌沢尾根を経て連行峰―万六尾根から万六ノ頭北東尾根を下り檜原街道.笹平bs
   2014年03月. 和田から草木尾根を越え醍醐丸―旧醍醐峠から残雪に覆われた市道山.臼杵山グミ尾根から荷田子峠・・初めての戸倉山地
   2023年08月. 南郷から熊倉沢西沢.北尾根と繋げ.猛暑の笹尾根を三国山.生藤山.醍醐丸.高岩山と綴り.メシモリ岩山南東尾根から上案下・陣馬高原下bs

    鎌沢入口バス停から鎌連行峰鎌沢尾根を詰め鶏冠尾根.連行峰の万六尾根を下る
  陣馬街道.藤野佐野川の鎌沢付近から鶏冠尾根に突き上げる南支尾根.連行峰鎌沢尾根を詰め.笹尾根に乗り.背稜の逆側.北側の万六尾根を下る
     連行山鎌沢尾根から連行山万六尾根の万六ノ頭北東尾根と繋ぎ.小坂志林道に下り南秋川笹平橋・・来週の北アの猛暑トレーイング.
                                                    2012年08月16日.単独
    鎌川入口バス停から連行峰鎌沢尾根・・佐野川地区と茶畑
    笹尾根.万六尾根から万六ノ頭北東尾根

     ルートは南秋川笹平を拠点とし.湯場ノ尾根から万六ノ頭南東尾根と短い距離を周回する筈だったが連行峰が近いこともあり.急遽桂川側から入る。
   沢井川の支流,藤野町佐野川から鎌沢尾根を詰め.笹尾根連行峰を横切り.万六尾根を下る形を取っている。
   桂川から南秋川へ抜けるルートとして.猛暑の為.出来るだけ短いルートを選んでもいた。

     再び山登りを始めた数年前に高尾山から三頭山笹尾根を繋げ.迷い森沢林道を下り.檜原街道を東方へと綴っている。
   時間があった街道歩きは万六ノ頭・吊尾根を正面に暫し見つつ東進し.出畑にでた覚えがある。この万六尾根を今回の下山に選んでいる。

    藤野神社大祭
   jr藤野駅前広場にて.7:24

    鎌沢尾根
     鶏冠尾根に聳える連行峰付近からは南方に2つの並行する南支尾根を派生させている。
   連行峰の東よりのコブに鎌沢地区から突き上げているのが鎌沢尾根。
   その又東方に緩急の高まりを見せる支尾根が草木地区から鎌沢尾根に並行して登る草木尾根。今回は少しでも短距離と鎌沢尾根を詰めていた。

     8月16日(木)快晴後晴
      jr御徒町¥1.110. 5:21=神田普通5:35=6:52高尾甲府行7:04=7:17藤野和田行¥240. 8:10=8:25鎌沢入口bs.

    勘違いしたバス時刻表
     jr藤野駅7時23分発.和田行バスに間に合わせるため自宅をでる。藤野駅に着いたのが7時17分。
   数人が藤野駅に下車しているがハイカーは皆,バスに乗り換え「やまなみ温泉」方面に出掛けている。駅前に残さてたのは私1人,
   バス停にはバスが1台.ズッと停められた間々だっいる。行先を示すゲージもまだ出されていず。

     待つこと6分.7時23分を過ぎても路線バスの運転手は現れず。別の運転手に尋ねると.そのうち来るだろうと心細い。
   時間だけが進み過ぎて行く。乗車するバス停とは別のバス乗り場に注意書が貼られていた。
   「7/23〜8/31まで土.日曜運転と同じになり7時台は運行しません」。ホームページで調べてきた筈だが気が付かず。。

     慌てて藤野タクシーに電話する。繋がるも受話器には誰もでず.2度.3度掛けるも返答はなかった。歩くことを考え地図を広げると1時間強.
   眩い陽射しが頭上から照り付け.既に道路の照り返しは強い。8時10分発の今日の始発を待つことにした。

    大祭
     駅前の広場にはお盆を兼ねて.藤野神社大祭が昨日から今日.明日に掛け催されている。
   表道志の山並みを背にテントがL字に張られ.右脇には山車が飾られていた。盆踊りに夜店.山車による渡御があるそうだ。

     駅前の掲示板には地元の大祭が70年以上の時を経て.牧野八幡神社の祭典が復活したとポスターで知らせていた。
   牧野地区は南藤野.やまなみ温泉付近. 70年振りの復活.誰もが初めてのことで.大祭を催すのは大変なことだっただろう。
   駅舎左斜め角に小さなコンビニあり.

    鎌沢尾根末端
   足元の鎌沢入口バス停から
    旧佐野川往還では八幡神社が茂みの中に見下ろされ.直ぐ先が鎌沢入口三差路になる。下って左佐野川と右和田へ。・・下の絵図

     右側が和田へ続く県道521号.正面バス停に「生藤山桜のプロムナード・茶畑の景観入口」と書かれた大きな看板があった。
   脇に「三国山生藤山」の道標があり.従えば町道八幡登里線を下って佐野川峠から字副尾根に乗るようなる。

    鎌沢尾根から連行峰
      8:25鎌沢入口bs一8:30佐野川出合一8:35茶畑一9:07(440と78地点)一(445と85地点)一9:28(641mコブ)
      一9:43看板一10:18笹尾根縦走路一10:33連行峰:45.

     遅い始発のバスの乗客は6人. 3人パーティは陣馬登山口で下車。鎌沢入口には私1人が降りる。残る夫婦はその先和田へ。
   下車した鎌沢入口バス停からは目の前に鎌沢尾根に取付くルートが真向かいに望まれ.正面の対岸を横切る林道には小さな茶畑があった。
   ここからの沢井川下流沿いの展望は優れている。路線バスで綴ってきた谷間が見下ろされていた。

     その上部の斜面は雑木と植林と2つの林層を構え.違った山肌の境を示している。その境に踏み跡が綴られていた。
   今回は地形図を持たず.漠然とした考えだが現地に入ってからルートを探り.尾根末端から登ることだけを考えていた。

    鎌沢尾根末端裾
   棚引く2本の八幡神社祭旗
    藤野佐野川と八幡橋0 正面の家屋の右側から茶畑

     バス停脇の「三国山.生籐山」の道標に従い.町道八幡登里線から河原に下る。下りた所が佐野川に入る連行川の出合.
   出合の直ぐ手前に八幡橋があり渡り.左手に八幡神社を見送ると八幡橋に繋がるよう次のつのさき橋がある。

     渡るとここは既に鎌沢尾根の左尾根末端にだった。道路沿いに進めば五法木橋(ごぼうぎ)から南側の裾を回り.鎌沢の集落に入る。
   佐野川峠経由で三国山.生籐山に入る登山口。又途中からは右手に鎌沢尾根の中腹から入るルートも開かれている。
   ・・山間の傾斜地にある段々茶畑や土蔵のある街並みの景観は生業の歴史が評価され.平成21年に佐野川地区全域が「日本の里100選」に選ばれている。


  国土地理院web地図より

     「陣馬街道」は明治30年代からの呼称で古くは「佐野川往還(案下往還)」「」八王子街道」「案下道」などと云われた甲州街道の裏街道である。
   往還は上野原宿から大越峠.下岩.倉子峠を経て上恩方村上.高溜.狐塚.横川に出て甲州街道八王子宿の追分めで役30〜32kmである。

     今.この絵図を見下ろす鎌沢入口バス停に立っている。これから八幡神社に参拝して.鎌沢入口三差路の右手に当る和田側の茶畑から
   連行峰を目指し鎌沢尾根に取り付く。

    鷹取山と沢井川流域
   この先上部の陣馬の茶畑より入山.8:35

     沢井川左岸の一ノ尾根沿いを綴る県道521号線.左端下は鎌沢入口バス停・・鎌沢は手前右手下に流れる支流。
   津野崎橋を渡った所で右前方に民家を2軒見て.右手をU字に戻る形で簡易舗装の坂道を登っている。
   茶畑の縁の縁沿いを辿ると尾根を横断する林道は宮幡橋から鎌沢の集落へと繋がれている。

     反対に右に入れば鎌沢林道の末端を巻き.林道標識から右に折れれば陣馬街道の終点.和田にでる。
   直進すれば栃本林道を進み栃基川にでられた。古橋を渡り山道を南下すれば鎌沢尾根に乗ることもできる。

     先ほどバス停から望んだ上部の茶畑が目の前に現れた。
   谷間を振り返ると佐野川の谷間の遥か先に表道志の山々が狭い谷間を切り.以外と長い山並を持ち望まれる。
   今年3月に.初めて表道志の北面の尾根に入っている。その矢平山から倉岳山に連なる前道志の山並が中央に見定められていた。

     中央東線の車窓からは常に見上げられた桂川対岸の前道志の山並・・高柄山.倉岳山.高畑山へと。
   母の実家が伊那にあったので.幼かった蒸気機関車の時代から通い始め.何度もアルプスに通い続けていたが.知らずに見過ごしていた山並だった。
   一番知っていなければならいない山並だが東京近郊の山に登り始めたのが2012年3月に矢平山北西尾根を詰めたことで知る山名だった。

    北丹沢の境界尾根と.三国山字副尾根・・間は道志の山並み
   背は表道志の山並
    鷹取山の手前鞍部はクラコ峠. 越えれば棡原藤野線と結ばれている。
    上流には石楯尾神社.軍刀利神社があり.共に三国山・生藤山の登山口

    鷹取山
     三国山字副尾根・・中央が鷹取山472.4m。先程通った路線バスの上河原バス停に下車.少し戻り電柱「沢井527」から沢井川に向かい.
   板橋先の小黒山橋を渡れば山道になり.辿れば鷹取山にでる。「鷹取山15分」の表示を見る。ここまでは地形図のは線路とうり。

     頂からは生藤山から陣馬山が望まれる。烽火台跡の木柱が立ち.過っての鐘撞堂跡でもあった北条氏の動向を上野原鶴島の御前山.
   大月の岩殿山に伝達され.鷹取山は武田氏の情報拠点だった。

     左手(南)に綴り下れば小淵小学校からjr藤野駅へ。右側へ登れば鞍部のくらご峠を越え.野沢峠,倉子峠から佐野川峠へ。
   上岩の石楯尾神社からの径と合わさり.更に井戸.軍刃利神社からの径を合わせると笹尾根の三国山に至る。

     くらご峠は甲州街道裏街道が通り.東の八王子宿追分で街道と分かれのち.くらご峠を経て上野原四方で再び街道にと合わさる主要道。
   又くらご峠から三国山への尾根は地元では字副尾根と呼ばれ.途中庚申塔の三差路には佐野川道と桧原御嶽道を指す古い道標があった。
   字副尾根の末端は藤野丘陵に入り.桂川の沢井川出合に没している。

    藤野丘陵
     藤野駅の直ぐ北側に低い尾根が横たわっている。この尾根は鷹取山472.4mから派生し小渕山350m.岩戸山377mと結ばれていた。
   藤野町の「藤野」とはこの尾根に「縁にある野」を意味し.小渕山やその麓の小渕地区の「小渕」とは「尾根の縁にある所」の尾縁が
   転訛したと云われている。これとは別に藤野について.「富士を望む野」.「藤の咲く野」を語源とする説もある。・・jr藤野の北面,連行峰までの絵図

    鎌沢尾根
   尾根に乗る・・jr藤野の北面,連行峰までの絵図

     茶畑の上部から薄い踏み跡になる。よく見定めなければ判らぬ踏み跡,初めてピンクのテープを見てルートと判断した。
   尾根上にでるまでの間は道しるべのピンクテープと伐採後の根元に記されたピンクの授光代のマーキングだらけの斜面が続く。

     それでいて殆ど踏み跡は見当たらなかった。堅い土壌の斜面を適当に立木を除けつつ登っている。
   見上げるような斜面.根這いの少ない.樹間を切り開いたやや広い間隔の登り.掴む支の少ない這うような登りが続いていた。
   そして傾斜が落ちれば尾根上にでる。

    641m点
   赤帽白柱が数多く現れだす.9:06

     尾根に立つと主尾根幅が広がり.これまたゆったりした丘のような台地になる。
   陽射しは殆ど木漏れに遮られ.風はなく蒸す暑さ。昨夜の晩酌が汗となり.皮膚から噴き出している。

     赤帽白柱の所で左前方から鎌沢の集落から斜上する作業道が合わさった。ここは「静かな尾根歩き」の著者,松浦康隆氏が選んだルート。
   尾根の途中から入るが眺望は先程の茶畑と同様によい筈だった。ただ背景の山々は道志ではなく丹沢の山域になる。

     尾根筋に赤帽K抗と赤帽白柱が目立ち始めている。
   組の標柱のある所は異なるナンバーだが低い赤帽K抗には新たに立てられた白柱と合わせ.同じナンバーが付け加えられていた。
   今まで赤帽K抗は境界標抗と思っていたが水源関係の標抗と兼ねているのだろう。

     ここは又蜘蛛の巣の宝庫だった。真夏の低山はシーズンオフになっている。その所以か。
   初鼻から目線に掛かる大きな蜘蛛の巣を切っての登りが続く。手に顔にまとわり付き.取り除くのに苦労した。
   余りにも多く.手を抜くと顔面に吸い付き.顔に手にとまとわり付き.タオルで拭き取る以外はどうしようもない状態が続いていた。

   強い陽射しを遮る小径

     「水源の森林」と書かれた赤帽白柱が古いものと合わせて2本. 幾度も見て目立ち対比として書き留めてみた。
   「437と75」. 30m程離れ「440と78」と共に登るほど老番になるが経路の起点が異なるためだろうか?

    641mコブ
   1本取る.9:28
    尾根筋は北東に向くようなる

    左側は雑木林に被われる
   水源保全の土地契約者の看板
    左側の左連行沢沿いから2つの作業道が合わさる

     起伏がなくなり一度緩んだ690m地点には神奈川県「水源の森づくり」契約地(水源協定林)と看板が立てられていた。
   そして再び登り始めると赤帽103にでて.左後方から確りした作業道が再び合わさっていた。
   この道は鎌沢浄水所の先.左連行沢からのルートになる。

     「ピー!」と甲高い啼き声が下の方から聞こえてきた。一声だが鹿と判る叫び声.仲間を呼んでいるのか?
   久し振りに聞いたようにも思えた。山に入る毎,聞いているようにも思えるが前回は何処で出会っのだろう。咄嗟には頭に浮かばなかった。

    樹間を透し望む陣馬山
   笹尾根と一ノ尾根を隔て.9:48

    陣馬山
     右手が檜の植林帯で左側が雑木林.その境を綴るが眺望は樹葉に覆い被され全く得られなかった。
   植林帯の隙間からここぞとばかり.右手に望まれた樹間の窓.その以外な高さに陣馬山が望まれる。

     その先は漸く檜林を抜け.尾根全体が自然林に覆われた。見上げると最後の急登を越す。
   左前方に笹尾根が樹間を透し見え隠れさせている。落葉松混じりの小ブナを抜けた。
   そこは尾根半ばまで.それほどでもなかった蜘蛛の巣が樹間が狭まると同時に再び現れ絡み始めている。

   最後の急登を終えると熊笹が多くなる
    笹尾根へ
     周りを被う雑木に緑の下草が茂り.敷き占められた大地. 雑草に変わり背丈は変わらぬものの小笹が被いだしていた。

    笹尾根
   関東ふれあいの道.縦走路
    テープのマーキングがあり.鎌沢尾根を詰めると左の道標裏からでる

    笹尾根
     正面の樹林の隙間から蒼空が望め.次第にその領域を広げ都県境界の笹尾根.鶏冠尾根にでる。
   「←醍醐丸,和田 生籐山.三国→ 関東ふれあいの道.環境省」とある道標の裏に飛び出した。
   左端に立つ丸く古い標柱は読み取れぬが「火事にご注意 森林国営保険」とある。

     この鎌沢尾根は顕著な枝尾根もなく.迷うことのない1本筋の尾根。右に折れれば草木尾根取付きから醍醐丸へと続く。左に折れ15分ほど.
   主尾根を辿れば連行峰にでる。途中には石を刳り貫いた四方形の道標に「関東ふれあい道 ←上川乗.7k 陣馬高原7.0k→」とあった。

   笹尾根縦走路.左に折れ連行峰への径.10:30

     2008年02月に再び山を登り始めている。
   田中先輩がヒマラヤ・トレーイングとして高尾山から陣馬山間を舞台にしていると知り.まずは勧められ笹尾根を歩んでいる。
   4年前は2つ玉低気圧の通過直後で雪面も踏んでいるが高尾山から歩みでは殆ど熊笹は見られなかった。

     2月と云う時期でもあるが「笹尾根」の尾根名に恥じるほど衰退してしまったと云われている。
   それが根だけを残し.夏の時期を迎え.小さな小さな低い熊笹が仄かに地面を這い.山径の両脇を埋めていた。
   帯をなし逞しく領分を広げている笹原の姿が見られたのはこの上もなく嬉しかった。

    連行峰
   道標裏側が万六尾根.柏木野へ道
    「関東ふれあいの道」.「三国峠みち」のジャンクションピーク

     万六尾根を挟むようT字路の分岐.賑やかに道標が幾つも林のよう立つ連行峰にでる。
   狭いコブの割に道標や標識類が多く.北側は柏木野への支尾根道を分ける分岐でもある。
   前回は春の新雪を踏み.冬木に被われ北面は一面の銀世界だった。尾根上の小コブに連行峰を知り,越えている。

     1010m圏峰は連行峰と通称呼ばれているがこの主尾根の南面にある地名が佐野川小字連行(れんぎょ)で
   そこに連行沢が流れていることもあり.山名は後から付けられている。一方山岳修験の場を意味する「練行」が転じたとする説もある。
   ここで擦れ違ったハイカーに「連行峰」の呼び方を尋ねられ.知る限りの由来を伝えている。

     鎌沢入口バス停から連行峰鎌沢尾根・・佐野川地区と茶畑
     笹尾根万六尾根から万六ノ頭北東尾