| 前道志大桑山の3つの北支尾根 大桑山の伐採地跡から鈴懸林道を経て一番西寄りの北尾根を下り.津成の集落から太田・久保を経て.新桂川橋梁下を渡りjr鳥沢駅 jr猿橋から幡野入口にでて鈴ケ尾山北西尾根を詰め大桑山 頂で1本.大桑山北尾根(西側)から津成・・太田の春日神社.新桂川橋梁下の曙橋からjr鳥沢 大桑山の北尾根群 jr桂川曙橋.対岸の川原道から振り返る.16:14本文ラストにここらな眺められた前道志の全景写真あり・・倉岳山3つの北支尾根・高畑山北尾根・大桑山3つの北支尾根 大桑山北尾根 2013年03月. jr猿橋から幡野沢出合を経て鈴ケ尾山北西尾根―大桑山北尾根(西側)から藤崎.西進し新桂川橋梁下の曙橋(下り)・・1 2016年01月. 旧道伊良原から大桑山北西尾根を綴る。・・猿橋城山を経て幡野神社から大桑山(登り)・・2 2016年01月. 大桑山北東尾根から津成沢に下り.林道を経て県道津成・・旧道小篠「イトシバ」からjr鳥沢(下り)・・3 2016年01月. 猿橋城山を経て幡野神社から大桑山北西尾根を経て大桑山北東尾根を下降・・県道513号を経て」jr鳥沢・・ 大桑山々頂 以外とみすぼらしい小さな山頂.11:37大桑山 大桑山980mは表道志高畑山の手前(西側)にあり.南面は赤松と檜林に囲まれ.北側は藪絡みで極めて狭い平頂にでる。 眺望は全く得られなかった。中央東線の車窓から遠望すると無線通信所の左上に見上げられる小さな頂。 小さな頂で展望はないが.幾つもの支尾根を持つ頂きで.北面の伐採地からの桂川流域の展望に優れている。 直線の短い頂稜を分け.左脇の藪床の切れ目から北面の谷間に抜ければ伐採地跡の急斜面から壮大な大展望が開かれた。 藪枝絡みを抜けた瞬間に明るい伐採台地にでた。足元には桂川の丘陵に街並みが絵地図の如く点々と広がりを見せている。 この日当たりのよい伐採地の中程で昼食を摂っている。背には大菩薩.権現山.笹尾根と南面に広大な展望が開かれた。 11:35大桑山一11:53鹿棚:55一12:50鈴懸林道.東側北尾根取付き地点⇔林道偵察.13:02. 溝のような伐採跡地 大桑山北尾根取付きから数mは展望はない被さる大木の植林で薄暗い小さな頂の大桑山。直進する高畑山への縦走路を分け.左手の薮に入り,大桑山の北面の取付きにでる。 大桑山,頂から北東へ延びる尾根の踏み跡を下ると伐採帯から再びNTT電波塔からの鈴懸林道にでられる。 今までの縦走路とは丸っきり異なり.踏み跡と云うよりも,荒れ果てた倒木.枝打ちされた枝木が転がる地点を通り抜けている。 ただ短い。めくらしのような短な藪壁.ちょっとした荒場を抜けると樹林は途切れ.緞帳が落ちるが如く扉が開かれた。 扇状に開かれた雄大な伐採台地が足元に横たわっていた。 連なる大菩薩連嶺と百蔵山 頂直下の伐採地.11:53一瞬に開かれた桂川北面の展望。中央が大桑山北西尾根のツメに当たり.更なる河原は猿橋の景勝地になる。 大菩薩連嶺と百蔵山間・・裾の河川丘陵は猿橋と寺向地区。 正面が朝方見上げて登りだした神楽山方面.裾は大沢川になる。手前中央は猿橋城山. 大桑山々頂直下の北東肩から伐採地跡に入る。広々したスケールの桂川の流れ.その河川丘陵に広がる街並が点々と繋がり見下ろされた。 河川を囲む山々は遠く近くに山並を幾重にも重ね構えている。手前足元に連なる裾野の山々は里山として.これから下る尾根筋にもなっていた。 左手が九鬼山から続く神楽山。正面は大桑山から北西へ猿橋城山へ続く尾根がうねり.急激に高度を下げ真下を横切っている。 頂から切り開かれた所には大きく殴り書きで「これから先地拵作業中です。通行と注意」「頭上注意,足元注意」と河野林業の大きな看板があった。 北東側に延びる尾根の左手は頂を覆う檜林からの切り開き.展望よい伐採帯が広がり.幅広い尾根筋の右手は檜林と林相を変えていた。 ここを境に今日一番明るく眺望を楽しめる場所になっていた。 西方の桂川沿いの北岸を望む 高川山.大幡川・笹子川方面三ッ峠山.本社ケ丸.肩に鶴ケ鳥屋山. 御坂山地北部の山々.笹子雁ケ腹摺山。その上に遠く白銀をまとう白峰三山の頂稜が頭をもたげている。 下段中央が独立峰的に望める高川山。高川山を挟むよう横切るのが九鬼山から札金峠を越えた馬立山。 手前が鈴懸林道脇に建つのは無線中継所で.右下が鈴ケ尾山南西尾根のアンテナの建つ730m圏峰と640m圏峰 大桑山の手前左にNTTの電波塔があり.鈴懸林道が東方へ横切るよう山腹を横切っている。直下する踏み跡があり。 菊花山から九鬼山へ延びる山稜 左半分アップ.背は三ッ峠山.本社ケ丸中央は鈴懸林道沿いにある猿倉中継無線所。その裏側の鈴ケ尾山北西尾根を登ってきた。 大菩薩.雁ケ腹摺山を遠望 更に上写真右下をアップ.大桑山から直線状の展望足元は大桑山北面の伐採地跡から登ってきた北西尾根を見下ろしている。尾根末端は右手の枠外の猿橋城山。 小沢川を隔てた向かいは九鬼山北尾根の末端支尾根になる神楽山。山蔭に隠れるのが菊花山。大月市街地の向かいの里山が岩殿山。 尾根を北上し浅利川左岸尾根を詰めれば大垈山に突き当たり.更に登れば姥子山を経て雁ケ腹摺山に至る。 大桑山から望む取付き付近のアプローチ。右中央が桂川の丘陵でて.右上奥が葛野川出合になり. 手前が入山した前道志を横切る小沢川。左下が田中地区になる。 遠望した逢坂峠 真北に望む百蔵山・扇山の吊尾根アップ大休止 扇山北側のこの広い高台の伐採地で.今日2回目の大休止を取る。 柔らかい昼下がりの日差しがサンサンと照り付けている斜面. 昨夜の雨,降雪にも係らず土壌は既に乾き切っていた。 ジッとしていると肌寒く.ウィンドブレーカーの上にジャケットを被る。風は気にならぬが煙草を吸うと紫煙は東から西へ真横に流れてゆく。 展望 前回は倉岳山北東尾根を下り.北面を見詰め.初めて眺める山並に感激させられていた。今回は樹林の遮りもなく.東西に開かれた 桂川の明るい河川台地が広がりを見せていた。車窓から眺めるともなく眺めていた風景を含めての景色。それに殆どが山名すら知らない 山々はまだまだ多い。それでも同じ山並でも方向により見た目の違いから.即答できぬ山が幾つか知るようになっていた。 ジッと見詰めていれば一度登った山の周辺が分かると嬉しさが湧きてくるのも不思議だった。 それに控えまだ踏み込んだことのない山域は如何しても関心は薄くなる。帰宅して調べるも.はっきりせぬ山々も多い。 西側の扇山北尾根 下山ルートの太田の集落と新桂川橋梁・・右脇がjr鳥沢駅太田地区と曙橋を渡り.桂川対岸は寺向地区. 中央裾野付近の低山は太田山549mか? 酒 まずは久し振りビールを呑みながらハムサンドを食べての展望。菓子箱から持参した甘納豆にチョコ.干し果物を摘まみ,口に運ぶ。 近頃は頂でアルコールを摂るのが当たり前になってしまっていた。前回はワインを1本持ち.その前はウィスキーと。 前回の上信湯ノ丸山行では日本酒を缶コーヒーの口がネジ式のものに入れ替え.お燗すると美味いと解説するガイドがいた。 雪山では昼食時.必ずコンロを使用している。成る程と思うがガイドと名乗るは悪い後輩がで酒になると常に登場していた。 私も同類だろう。呑んべいの私は下山して酒屋を探し.呑む癖がついていた。諦めても探し当てる能力は今だ持っている。 大桑山3つの北尾根 12:36対岸は寺向.鳥沢地区 一段低い所に林道が横切り.正面が中尾根.左手に並行する尾根が西側の北尾根。右端の緑濃いのは東側の北東尾根。 鳥沢周辺の桂川流域 音速 桂川の谷間から正午を知らせるチャイムの音が風に乗り流れてきた。重なることのない一斉の音色は広い範囲とは云え. 1つの電波から流れているようだった。今までに谷を隔ててズレて聞く.サイレンは時折耳にしている。 昨年今頃.矢平山から倉岳山へ山上漫歩を楽しんでいる。その折,桂川側と秋山川側から正午のサイレンが大分ズレて響き聞こえてきた。 北風が吹き付けて.風上と風下から同時に尾根に伝わってきた。行政管轄の違いで最初からズレていたのか.音速の違いかは分からないでいた? ズレると云えば音速の遅いこと。ここで休んでいる間にも新桂川橋梁を渡る列車の轟音を暫し耳にしている。 桂川の河川沿いには集落が点々と群がっている。そこを繋ぐ線路.その上空には鳶が1羽気流に乗り.ゆるりと旋回していた。 模型電車のような中央東線の列車は陽光に反射し.煌めき長い車両を繋げ.走らせている。 まるでシオラマの世界. その列車が鉄橋を渡るのが見下ろされた。長い新桂川橋梁に入線し.轟音を撒き散らかしている。 見ている目と耳で聞く音とは大分ズレを起きている。その違いは2度目.上りの特急「あずさ」が通過した時に気が付いた。 鉄橋の中程に通過した頃.轟音がここまで伝わり聞こえてきた。渡り終えてもその響きは途切れず続いている。 轟音はここからだと大分間を開けて.音速に乗り聞こえている。その差の違いは目の前で見聞すると歴然としていた。 今回の山行は時間が余り過ぎるほどある。 大桑山から北東の尾根に入り.各尾根の取付き付近を少し歩んでみることにした。 途切れた鈴懸林道東端末端 ![]() 北尾根中央と東側北尾根間 鈴懸林道 大桑山から北東尾根を林道へ下ると丁度中頃に林道850m地点に下る分岐がある。そこには幾つものマーキングが示されていた。 休場から分岐ルートを左に分け.北東の尾根をそのまま下り.林道下降地点から少し上流側.津成沢源流側の鈴懸林道を歩んでみた。 下降地点から20mも進まずして背丈を越すススキに被われた。先が見えぬススキの藪.強引に少し入り込むが馬鹿らしくなった。 谷縁を隔てると更に先まで見える。左に短くカーブする地点で白いガードレールが部分的に望め.その先に石垣造りの林道があることを示している。 確認はできなかったが林道の直ぐ先で途切れていると思われる。ススキの終わりが林道の終点だろう。 大桑山北尾根 大桑山から北方に延びる支尾根は共に津成に下りるため3つの北尾根で構成されている。 一番東側の北尾根は大桑山から北東延び.林道手前で先の2つの尾根を分け.向きを北に変え.748m峰を通る尾根。 又大桑沢と津成沢の合流点が尾根末端になる。距離は短いが複雑な地形でルートフャンテングを強いられるらしい。 正確には大桑山から直接延びる北東尾根。標高点のない中間の北尾根は760m圏で西の尾根を分けている。 顕著な峰もなく450m付近から末端は尾根を3つに分け津成に消えている。 又尾根はクラヤミ沢と大桑沢とを隔てていた。3つの北尾根の中では倒木や藪は少ない尾根。 一番西側の尾根は563m点を通りクラヤミ沢の左岸沿いを北上し.尾根末端付近では窪地が入り込み地形が混み合っている。 藪の手強い所を抜けて津成林道にでている。今回下るルートになる。 西側の尾根の更に西側に津成の先.大津橋の手前で左に入り込む太田沢林道ルートがある。最後の急斜面が難路だが鈴懸林道にでている。 その間々大桑山に上がる踏み跡を綴り.15分ほどで748m点尾根と合流し.更に15分ほどで頂に至る。 頂から登り.偵察含み3時間25分.下り1時間半 林道先端から戻り.今度は東側の北尾根の下降地点850m付近から尾根を下ることにした。 檜の樹林帯の中.尾根幅は広く傾斜は増し.踏み跡は薄い。高度にして80m程下り.正面に748m圏峰を確認して戻っている。 途中の大木に赤テープが2本幹に巻かれているのを見る。やはり下半の複雑な地形にポイントがあるようだ。 上部は尾根沿いを下る一本径.鼻水がでる。冷たい北風が吹き抜けていた。 西側.中間北尾根 鈴懸林道850m取り付き地点.13:35右下が津成川右俣と北東尾根.この尾根の下.760m地点が西側北尾根と中間尾根の分岐。 大桑山北尾根 13:41鈴懸林道.中間.西側北尾根下降地点一14:07(760m地点分岐):20一14:26旧道 一14:43(520m圏地点)一14:50露岩地点一15:05赤テープ一15:36津成の鹿棚一15:19藤崎バス停. 林道伝いに西方に進路を取る。西側の林道は下草が綺麗に刈り払われていた。 西側に向かう1つ先の尾根のカーブする尖っ突きの850m地点は他の東側2つの北尾根の下降地点になっている。 下る目の前に恩賜林石柱がある空地. 先にも続いて恩賜林石柱とピンクのテープがセットされていた。 又「平成24年度.保安林整備事業施行地」と真新しい山梨県の標識が立てられている。 東側の北(東)尾根748m峰 西側.中間の北尾根取付き地点より末端の浅いコブは中間尾根末端の428m峰 鈴ケ尾山北西尾根上部 鈴ケ尾山とアンテナの建つ730m峰.13:49奥の綺麗な三角錐の形は九鬼山北・東尾根。中段は先程登ってきた鈴ケ尾山からの背稜。 手前が猿橋無線中継所からの尾根で北西に延び.猿橋の城山に繋がれている。 遠方は笹子川源流の山並 伐採地に降りる小尾根より.13:56三ッ峠山から手前に離れ本社ケ丸.笹子雁ケ腹摺山.お坊山.滝子山と囲み.南大菩薩連稜の大谷ケ丸.破魔射場丸.大蔵高丸と続く。 中間の独立峰的な山は高川山。手前で笹子川と桂川が合流している。 手前から右方に延びるのが九鬼山北尾根で.馬立山.沢井沢ノ頭.御前岩.神楽山と連なる。 760m地点の尾根分岐まで北西から北寄りの尾根筋を歩む。ここも右が檜林.左側は自然林で伐採され,獣害用フェンスが続いている。 頂の肩から日差しを煌々と浴びる確りした踏み跡径だった。日はまだ高い。風が途切れば3月上旬とは思えぬ暖かさに恵まれていた。 大桑山北面 760m圏地点の伐採された雑木帯跡分岐から仰ぐ.14:07大桑山肩から続く林道の境と伐採地跡 760m中間尾根取付き地点 北側の檜林に入り.14:07「右.津成.左563」と書かれた立木の道標は分からなかった。西にルートを取り檜林に覆われた急斜面を下る。 途中で踏み跡を見失い.戻ればよいものの.消えてしまいそうな薄い踏み跡が残されていた。それを追っている。 その踏み跡も薄れてゆく。地形図を読むと尾根状にでる前に.クラヤミ沢沿いへ下る踏み跡に入ってしまったようだ。 少し戻ると左上に尾根が起きているのが臨められた。そこで向かい尾根の山腹をトラバースする。倒木に枝打ちされた荒れた斜面が続く。 900m圏付近・・北西尾根との分岐と思われる.14:26.西の折れ急坂を下り.クラヤミ沢の谷間に下る古い作業道 乗った地点から振りかえる.14:34尾根の左側をトラバースし西側の北尾根に乗っている 西寄りの北尾根と746m圏峰 大桑沢とクラヤミ沢に隔てられた北尾根に乗る680m圏地点 520m付近.恩石標255の分岐.14:43下側から見上げた写真. 右手にはクラヤミ沢へ各尾根を横断する古いが確りした踏み跡が残されていた。 左手にも確りした大桑沢に下れる踏み跡あり.下からの取付きには立木にビニール袋が結ばれているとのこと? 私は尾根筋を下る。この先直ぐ露岩帯は大岩の間を抜けている。 大桑沢に下る分岐の印.15:06小コブを2つ.3つ越えると歩き易い平尾根に変わり下っている。紅葉の時期には素晴らしい所だろう。 尾根上はズッと自然林に覆われる明るい尾根。尾根末端は3つの支尾根に分かれ.最初に左へ分かれる490m付近でやや急な下りになる。 下り終えると尾根はワインドに左へ広がりを見せていた。 太田山549m 490m付近のワインドな尾根伝いに.15:11霞む扇山 麓近くになりシノザサが茂りだしている.15:12斑に冬木の広がる丘陵のような斜面の先に.太田山549mが緩やかな曲線を描き望まれる。 真西に広がる山. そして正面には樹林の絡みの中に扇山の輪郭だけが望まれた。 再び尾根らしくなると右に3本目の尾根と合わさっている。この尾根は右尾根とその間の枝沢沿いに下る2つのルートがあるらしい。 私はそのまま真っ直ぐ北側に向い中間の尾根を取っている。 津成の集落脇にある鹿棚口.15:16シシザサが現れたと思う間もなく藪らしくなる。そして密度ある藪を漕ぐようなるも距離としてはたかが知れていた。 直ぐ鹿棚に突き当たり開閉して左に折れ.左足元に石塔を見ると集落の屋根が真下に見下ろされ.民家の軒下にでている。 西の北尾根と中間の北尾根に挟まれた小さな津成の集落に降りた。 津成の集落.15:20民家の裏から玄関前を通らして頂き車道にでる。 右に折れ一車線の舗装された里道沿いに緩やかに200mほど下るとT字路の県道513号.梁川猿橋線に突き当たる。 T字路の正面は津成「つどいの家」前でて.ここが藤崎のバス停だった。この路線は富士急山梨バスの大月.四季の丘. 桂台線の終点.藤崎バス停になる。傍に火の見櫓あり.4月から10月の間だけ運行されている。 大桑山北東尾根 左景.県道クラヤミ沢出合付近から左後方を見上げる.15:31大桑山と猿橋中継無線所 右景.同大桑山西寄りの北尾根と猿橋城山に落ちる北西尾根 百蔵山 太田地区に入り.15:35太田の春日神社 県道513号線.梁川猿橋線沿いで下山アプローチ 15:19藤崎バス停一新太子橋脇一15:39春日神社.子供公園16:00一16:13曙橋一16:32jr鳥沢 jr鳥沢駅¥1280. 16:40=17:15高尾.快速:32=18:31神田. 朝方の道路分岐,左方に入ると県道にでている。jr鳥沢駅へ出るには左右どちらのを回っても.ほぼ同じ距離になっていた。 どちらかに方向を選び一瞬悩む。右折すれば旧道に立つ市指定天然記念物「イトヒバ」前を通り見聞でき.そこは高畑山北尾根の 取付き地点にもなっている。ただ桂川対岸の甲州街道は西側から辿ったことがないのでで.jr中央東線の新桂川橋梁下を渡る方を選んでいる。 藤崎バス停前を左折すると直ぐ左後方から太田林道が合わさり.太子橋(大津橋?)を渡ると.道なりに右に大きくカーブした。 そして右前方に梁川方面にへ向う真新しい桁違いに立派な真新しい新太子橋にでる。新バイパスの一部分のようだ。 左手の猿橋方面は橋桁から20mも行かずして道路先は壁で埋まり.ツメはまだ土壁で閉ざされていた。先へのルートはまだ手付かずの丘。 地元の人の話では新太子橋は一昨年に完成したがこちら側の土地の買収はまだ済んでいないとボヤいている。 背は権現山陵の百蔵山と逢坂峠 太田の集落.16:00里道歩き 県道伝いに左に緩やかにカープすると太田の集落に入り.右手に公民館と.その脇には壮厳に構えるを持つ春日神社が祭られていた。 まだ時間は早い。境内に入り参拝し.公民館脇の子供公園で一休みした。東屋があり.テーブルにサックを広げ.テルモスの湯で豆スープを飲む。 そして最後のツナサンドを食べた。弱い斜陽する夕日を浴びる。野球のできそうな広場に私一人がいた。 再びバスの路線路に戻り富浜中学校を過ぎる。その左先に岡バス停があった。直ぐ右角が空地で. そこを折れ細い下り坂を抜けると先程の新道に出たのだろう。バイパスの一部分にでていた。 更に西方へ新桂川橋方面に延びる新道は大きくU字にカーブしていた。その間の民家を縫い.急坂を下ると再び新道にでている。 422m三角点峰と鳥沢地区 大桑山北東尾根・・2016.01.07/13:33左下はjr新桂川橋梁と重なる曙橋より. 渡り中央がjr鳥沢駅・ホーム jr新桂川橋と大桑山北東尾根末端のコブ jr新桂川橋の右脇に架かる曙橋を渡る.16:13巨大な鉄橋が見えてきた。新道を少し下り.ガードレールの切れ目から裸土の歩道を右に折れ.桂川の河原に下りている。 畑の土手斜面から民家前を抜け.桂川沿いの里道にでる。視界が利くので鉄橋に向かいできるだけ.近い道を選べばよい。 自然と河原沿いの久保に下りられた。久保からは新桂川橋梁下に架かる曙橋を渡り.右岸の高台にでればjr鳥沢駅にでる。 駅からタクシーの場合は歩きとは逆に国道を猿橋方向へいい加減走り.寺向手前で左折して戻る形て曙橋を渡り 対岸の山裾をめぐる県道に入る。大月から通ってくる路線バスの終点は藤崎バス停とあり. 同名の集落は先ほど通り過ぎているので注意を要する。第三者から考えれば名は「津成」とすべきと思うが。 倉岳山3つの北尾根・高畑山北尾根・大桑山3つの北尾根 ![]() 曙橋を前に桂川沿いの河原道に降り.綴ってきた前道志を振り返る。 道志山地に初めて入ったのが昨年の3月.梁川から矢平北西尾根を詰め.倉岳山の北東尾根を下り残雪を浅いトレースを踏んでいる。 今回は下山してから月末には秋山二十六夜山を周回し.翌月には高畑山北尾根を横切る形でサイマル山・猿焼山を越え西尾根を下りていた。 何処もハイカーと出会いこともなく.特に中道志は更なる人寂しさに溢れ.コースも少し荒れていた。一度里に降りる嬉しさも味わっている。 大桑山.3つの北尾根 右景アップ・・桂川曙橋より.16:14左側に構えるのは高畑山北尾根. 大桑山は3つの北尾根を持ち.左の尾根は748m点コブを擁する大桑山北東尾根で 津成沢に没している。中間の北尾根は530m圏コブを擁する尾根で末端は左端に聳える428m点コブに回り込む。 又西側に寄るのが563m点コブを擁する右側の北尾根で.一番短く尾根から右へ西側の北尾根を延ば. 3つの北尾根は共に津成地区に落ちている。今回下ったのは中間の左側の北東尾根。右上の小コブに見えるのが猿橋無線中継所. 夕陽 下って来た大桑山北尾根の末端から離れ.桂川の橋上からは3つの北尾根が夕日を浴び.はっきりした姿で望められた。 斜陽した日差しを受け.やや風はあるも暖かい。今日も擦れ違うハイカーとも会わず.山を一人占めし贅沢な旅を味わっている。 夕陽までもが優しく歓迎してくれているようだった。 高畑山.倉岳山への表道志の山肌が赤味を持ち.斜陽した日差しを浴びている。 昨年の今頃は倉岳山の頂からこの鉄橋を見下ろしていた。又曙橋上から百蔵山も見事な姿の雄姿を見せ付けていた。 曙橋を渡りT字路を右折.丁度擦れ違った地元の方にjr鳥沢駅への道を教わっている。正面の白いガードレールがある 急坂から階段歩道を大きくジグザグに切り.詰めた所にJRの架橋記念碑があり中央東線の本線横にでられた。 旧中央線が運行されていた頃この辺は多くのトンネルを持ち.甲州街道沿いに綴られていた。そして笹子川沿いに入るとスイッチバックが現れる。 新線に切り替わったのが1968年(s43)10月だった。丁度山へ憧れた全盛期の頃だった。それから随分月日が経っている。 後は道なりに線路脇沿いを鳥沢駅に向かい.真新しく改修られたばかりの跨線歩橋で北側の甲州街道へ真っ直ぐ向う。 そして甲州街道.コンビニのある横断用信号の所を右折すれば.100mほどで右に折れると「jr鳥沢駅」の道標を見た。 今回を含め3連続で道志の山々を歩む。その起点になったのが今回下り終えた古い木造のjr鳥沢駅。 猿橋駅を含め降りた乗客はいなかった。次回はこの前道志の裏側の秋山二十六夜山を目指す。 続く2つの山行も朝方早かったせいか私独りがホームに降り立ってていた。 注・・地形図 大桑山北尾根は1/2万5千ノ地図の丁度4枚.「大月」「都留」「大室山」「上野原」の図幅の4ッ角を合わせた所の地形に合わさっている。 その上「大月」と「都留」はまだ昔の間々のサイズ.重なる部分もなく.接線が地形図縁になり.地形図を見るのに苦労した。 私はPCから取り活用した。 地形図「大月」「都留」「大室山」「上野原」.山と高原07「高尾.陣馬」. 大桑山北尾根zzz2. ハングワ皮登山靴・・27587歩 jr猿橋から幡野入口にでて鈴ケ尾山北西尾根を詰め大桑山 頂で昼食..大桑山北尾根(西側)から津成.・・太田の春日神社.新桂川橋梁下の曙橋からjr鳥沢).桂川流域の大展望. |