| 小沢川を遡り幡野入口から前道志北面の2つの支尾根と幡野山.鈴ケ尾山.大桑山に立つ。 ・・前道志山地Top 鈴ケ尾山北西尾根から桑山北東尾根(西寄り尾根)1から津成へ下る。最後のご褒美は山を下りて桂川曙橋からの展望 jr猿橋から幡野山・640m圏峰・730m圏峰・鈴ケ尾山北西尾根を詰め.突坂山・鈴懸峠から大桑山北尾根を下降.津成から太田.鳥沢 2013年03月05日.松村 jr猿橋から幡野入口にでて鈴ケ尾山北西尾根を詰め大桑山・・旧仙元神社 大桑山北尾根(西側)から津成.太田に下り曙橋とjr鳥沢 表道志西部・・大桑山から鈴ケ尾山北西尾根 百蔵山々頂より.2008.12.21/12:08小沢川二俣.幡野沢と幡野川を分水する尾根 前道志 道志山地には昨年の同じ頃に初めて入山。前道志の中央北面の尾根. 矢平岳北西尾根と倉岳山北東尾根を梁川から周回した。 jr猿橋駅から鳥沢駅に掛けての南面の前道志には九鬼山・大桑山・高畑山の主尾根から僅かに北に外れた所に寂峰の鈴ケ尾山が聳えている。 今回はその西側に連なる鈴ケ尾山北西尾根を猿橋から綴り.小沢川を遡り.幡野沢の出合から取付いている。 そして大桑山北面に没する北尾根の1つを選び.jr鳥沢駅への下山のアプローチには新桂川橋梁を渡る左の街道を選んでいた。 4年ほど前だったと思うが月刊誌「山と渓谷」の藪山特集で.鈴ケ尾山北西尾根の記事が小さく紹介されていた。 その1/3ページほどの文章がPCに残されていた。改めて見付け.入山はこの北西尾根を選び.大桑山の3本ある北支尾根の西寄りを下ることにした。 北信のRHC親睦会から戻り.真近な道志の山並みを歩む。ただ.まだ漠然とし過ぎて分からぬことが多くあり. 山域を広げ知ろうと4月に掛け三回に分け.綴ることにした。前道志から秋山二六夜山.そして前道志から猿焼山西尾根方面へと。 先ずは前衛として前道志の大桑山を起点に北面の支尾根を選んでいる。 2回目は中道志と呼べるのか? 穴路峠と寺下峠挟む形で秋山二十六夜山を越える。 3回目は前道志の高畑山を越え.朝日川左俣大平沢流域から桂川へ。猿焼山北尾根から西尾根を下る積りでいる。 ただ西尾根に掛かる時間帯が分からず。下調べを含め.行程は現地で決めると云う.雑さが残されているが.勧めてみることにした。 大同山と百蔵山 jr猿橋駅舎南口の網柵より.7:28800.1m峰.大同山.百蔵山.コタラ山 2008年の師走にこの写真の右.名勝猿橋から桂川左岸に回り込み.左手の葛野川橋下から百蔵山を往復している。 3月05日(火).快晴 jr御徒町¥1450. 5:10=5:14神田:24=6:40高尾:42=7:15猿橋. jr猿橋駅からこの数年.葛野川流域の山々を尋ね.幾度となく下車・乗車を繰り変えしている。 ただ今まではどの山行も猿橋駅北口が起点で南口からの乗降はなく.今回が初めてだった。駅前の高みからは葛野川流域が見下ろされていた。 南口正面の急斜面にはjr東日本が分譲した「パラトラびゅう桂台」を結ぶモノレール軌道があり見られた。日本初の磁気ベルト式自動運転モノレール 又数年前に百蔵山に登り.頂からここの広大な分譲台地を見下ろしていた。・・jr猿橋駅と分譲地 南大菩薩連嶺の東面源流の山々 中央高速道.葛野川橋越え猿橋より葛野川出合. 中央がセーメーバン南東尾根 セーメーバンから南方に延び.笹平から左側の岩殿山に落ちる尾根 小沢川沿いに遡り幡野沢出合へ 7:15猿橋駅南口一7:57小沢川田畑橋一8:00鈴ケ尾山北西尾根取付き. 今朝.猿橋駅南口に下車したのはハイカーどころか.乗客は私独りだった。早速駅前を左に折れ.大椿寺を右に見ると道路はY字に二又に分かれ下っている。 左手の県道は桂川の右岸沿いを並行して走る旧道の梁川猿橋線。下山した折.藤崎でこの街道に再び出合うことになる。 左のフェンス側からは駅前沿線に続く甲州街道沿いの街並みが見下ろされた。天空は雲1つない紺碧の蒼空が今日一日の好天を約束させていた。 朝日を浴び明るく照り付ける百蔵山・扇山の山肌は南面を向き.まだ幾らか朝の赤味をい抱き.大きな裾野では桂川の河川丘陵に広く開かれる。 左後方は葛野川の河口を渡る中央高速道の葛野川鉄橋.ここも又赤く目つ橋。その上を広く取り囲むよう南大菩薩の楢ノ木尾根の山並みが ひときは大きく望まれた。その下に前衛として構えているのがセイメイバンの尾根.裾野は左右に広がりを見せ.前衛としてよい絵を描いていた。 扇山 小沢川の高みから振り返す裾の富浜地区とjr上-大線鉄塔群・・鞍部は宮谷分岐. その奥は現在呼ばれているコタラ山849mの頭 今年初めての山行が正面に見上げる扇山だった。扇山裏側の浅川から曽倉山西尾根入り.扇山からは北側の地獄沢の枝尾根を下り出合に戻っている。 北面はまだ冷気が漂う山陰の残雪に覆われ寒かったが.陽気に恵まれでば今日のよう晴れ渡りすこぶるよかった。扇沢を振り替えつつ登っている。 頂から百蔵山への間の頂稜には宮谷や山谷地区から幾つもの峠路が作られている。古道と旧峠は浅川を経て東は表街道の上野原へ。 西方は葛野川沿いから上流は秩父へ.下流は甲府への古道が結ばれている。その古道を散策するため再び地獄谷へ戻っていた。 鈴ケ尾山北西尾根 朝日小沢猿橋線.田中の集落の手前で.7:383つのコブ・・ アンテナが建つ730m圏峰.640m圏峰.幡野山597m 道路の二又から左に街道を分けて右一車線の狭い道路に入り.道なりに右にカーブすると正面には以外に高さを保つ猿橋城山548mが仰がれる。 城山の位置を見ると麓からでもよく見える大桑山の肩.猿橋中継無線所の隣りを綴る尾根は北面に3つの支尾根を分け派生させている。 その西支尾根の脇に長く延びる北西尾根の末端にあるのが猿橋城山。又今回はその北尾根の西支尾根から津成を目指し下っている。 道なりに進むとT字路の県道509号.朝日小沢猿橋線のT字路に突き当たる。この角にある小倉バス停を右折した。 大沢川左岸の道を遡ると左手に火の見櫓を見て.その下に広がる小沢川沿いの丘段地を回り込み.道路伝いに緩やかに遡って行く。 右手に御嶽神社をやや高みに見上げた。沢筋は近づいては離れ.前方正面にはこれから登る鈴ケ尾山北西尾根が小さな起伏で望まれた。 3つのコブが乳房の形で綺麗に並び聳えている。 小沢川中流からの扇山 やや高みの田中の集落付近より.7:42桂川流域沿いは猿橋地区. 鞍部の奥に開かれているのは権現尾根 緩く小沢川沿いの車道を登ると知らずして以外と高台に入り.振り返ると城山を肩に秀麗たる扇山の姿が描かれていた。 それにしても大きく望める扇山。 道筋右手に照光寺を見守ると田中入口バス停を過ぎ.小沢地区と幡野集落への分岐が幡野入口バス停にでる。 右俣に本線を分ける二俣にでて小沢川に架かる田幡橋を渡り.左俣に入り直進すれば幡野の集落へ。その直ぐ右手に細い舗装道路に入っている。 5m程の幡野沢に架かる短い永久橋を左岸に渡ると正面奥に民家が現れ.左手からは土道が合わさった。 ここが鈴ケ尾山北西尾根の下端の取付き地点になる。 鈴ケ尾山北西尾根・・上半 九鬼山の手前からの展望・・2013.09.20/10:47九鬼山北尾根の紺場休場を過ぎて.小沢川を隔てての展望。 幡野山597m・640m圏峰・アンテナが建つ730m圏峰・鈴ケ尾山・突坂山・大桑山。右奥が高畑山.左中央は扇山. 鈴ケ尾山北西尾根尾の背は大桑山で.3つの北尾根と北西尾根を持っている。 鈴ケ尾山北西尾根・・下半 九鬼山東尾根870m圏から・・同12:12背は権現山稜と扇山.右奥が笹尾根 足元の谷間には朝日小沢川の集落が栄え. 左俣の幡野川を分ける中間尾根が鈴ケ尾北西尾根末端の取付き地点。 鈴ケ尾山北西尾根末端から見下ろされる。重なるよう被る山は高畑山北西尾根の末端に乗る猿橋城山。 鈴ケ尾山北西尾根の末端・・幡野山と640m圏峰 朝日小沢から見上げる・・.2013.09.20/15:49右奥が九鬼山東尾根で南東に下る810m圏コブ付近の北尾根を下りてきた。 小沢川左俣の幡野川と合流すると朝日小沢猿橋線が.沢沿いに緩やかに蛇行し綴られていた。漆原バス停を通過する。 ここは札金峠越えの峠路が登っている。時折下ってきた道を振り返っては九鬼山を始め東尾根の頂稜を見上げていた。 空はまだ朝方のままの雲1つない紺碧の蒼空に覆われ染められていた。 幡野山と九鬼山東尾根 幡野入口バス停前から鈴ケ尾山北西尾根末端.7:54今回は小沢川の二俣尾根を登る。 手前が本流の小沢川,右手奥のガードレールが二俣に架かる田幡橋.中央の茂みの下のガードレール横から幡野沢を渡ると小橋。 杉林の右上に高く聳えるのが九鬼山。その高い蒼空には下弦月が昇っている。 ここまでの路線バスは富士急山梨バスの朝日小沢線. 猿橋営業所(甲州街道沿いの駅舎北口より徒歩20分弱)で.7時25分始発のバスがある。 何台かバスが停っていた営業所は先ほど猿橋駅から出た所で柵下に見下ろしていた。今回は時間的な余裕があり.駅からの徒歩を選んでいる。 田中入口バス停付近で.復路の始発の路線バスと擦れ違う。通勤.通学の乗客で車内は間々埋まっていた。 又道路も猿橋駅までは朝のラッシュ帯に入っている。地元住民の送り車の往来は極めて多い。・・バスは4月〜10月間運行. 鈴ケ尾山北西尾根 8:00鈴ケ尾山北西尾根取付き一8:10仙元神社一9:30共同アンテナ730m圏峰:50一10:25鈴ケ尾山一10:49突坂峠 一鈴懸峠.縦走路一11:35大桑山. 鈴ケ尾山は表道志大桑山から九鬼山に連なる主稜線の少し北側に離れた支尾根に聳える寂峰。別称.大秋日山. 鈴ケ尾山は北西に支尾根を派生させ.桂川の支流小沢川と枝沢の幡野沢との分水嶺を成しているのが鈴ケ尾山北西尾根になる。 鈴ケ尾山の裏側(南側)のタワミにある鈴ケ音峠は小沢川の源流にある幡谷川のツメに当っていた。 北西尾根を挟み間違い易いが同名の沢があり.主稜を東進すれば突坂峠を経て前道志大桑山に立つ。 旧仙元神社 尾根末端に建つ新旧2つの仙元神社.8:03幅広い土道 幡野沢出合の少し先で小さな永久橋を渡り.北西尾根末端の土道に入るとこの道は杉の森の中を綴り緩やかに登っている。 直ぐ獣害用フェンスがあっつた。扉を開閉すると奥に古く朽たる仙元神社が左.植林地の小広い草地に建てられていた。 以前は一隅に5.6人が仮泊できそうな籠堂があり.傍にしつられたトヨを引き水が勢いよく流れていたらしい。「中央線を歩く」藤井寿夫著. 又,社の裏側には2つの古い石碑があり.その直ぐ先に.ここより真新しい社が建立されていた。 神社の背奥には落雷か? 根元の幹が大きく空洞化された黒ずむ神木が祀られていた。 この左奥から小径に入ると緩やかだった傾斜も増し.本格的な登りになる。先は杉林から尾根全体が自然林に林層を変えている。 鈴ケ尾山北西尾根 藪径になったような最初の尾根筋時折.日は差しだすがまだ陰り気味. だが歩む暖かみが暑さを呼び.体の動きを重く鈍くさせている。 その都度ジャケット.羽毛のチョッキから普段のチョッキと更にウィンドブレーカーに着替え.気分を変えては山に向かっている。 道志山地の最西端の山並末端 小沢川を隔てて対岸.8:20九鬼山北尾根にあたる山々・・馬立山・沢井沢ノ頭・御前岩・神楽山 御前岩の右肩の小さなコブが雁ケ腹摺山 楢ノ木尾根泣坂ノ頭と大峰 神楽山の肩に望む・・左下は小沢の集落権現尾根 辿ってきた谷間を見下ろす.8:35百蔵山と扇山間には幾つもの小さな峠が眺められている。宮谷と浅川を結ぶ旧峠路が幾つも南北に綴られていた。 峠越えの先.浅川峠越えは旧甲州街道を経て上野原へ。浅川を下り葛野川からは武州の西原峠や丹波への松姫峠越えの古道へと繋がれる。 その後方に横たわるのが権現尾根.左端が三森と麻生山で裏側が鶴川流域になる。 右手に構えるのは猿橋城山. 戦国時代には烽火台があり.この末端の山から綴る尾根の頂が.今回の目的の1つとして目指す大桑山。 小沢川下流と田中の集落 幡野山手前の急登より.谷間に広がる田中の集落手前が北西尾根末端,杉林に自然林.檜の樹林帯 明るい朝の日差しが枝々を透し.雑木をに包み込まれる大地は明るさが取り戻されている。木洩れ日に覆われ心地よさそうな集落が見下ろされる。 人は贅沢だ。ホッとするも汗を掻き始めていた。梢越えに馬立山から神楽山に連なる山並を望み.麓は山村の奥深さを示している。 東面の緩やかな明るい台地がよい。登りながら時折振り返ると樹林に閉ざされてはその光景が見え隠れさせていた。 傾斜が増し急登の斜面を喘ぎ.振り返ると綴ってきた尾根末端の先に.谷間の丘陵を埋まる集落がミニチア絵の如く見下ろされた。 桂川沿いの広い河川段丘は家屋に埋め尽くされ.家屋の連なる延長線に大沢川の谷間があり.左岸の日当たりのよい丘陵に集落が開かれている。 そして見上げる桂川の上空には堂々とした百蔵山と扇山が頭をもたげていた。 陽が高くなると共に.より濃くなった蒼空.8:36幡野山597m 雑木と赤松の小広い平頂.8:45蒼空は朝方より更に深さを増し.雲1つない晴天に恵まれる。気象官泣かせの日毎に変わる天気が続いていた。 転がっている墓石を見ると幡野山にでる。 北側の山陰に残る昨夜の新雪.9:00予報では昨夜の猿橋付近は18時頃には降雨に.21時には小雪に変わる予報がでていた。降雪があると慌てて入山した尾根。 今9時になる。仄かに昨日の新雪が北側の尾根斜面に積もらしていた。 九鬼山970.0m東尾根 640m圏峰より明け方.東京をでるも明るくなり始めた西空はどんよりした薄雲に覆われれいる。層雲は薄く.所々で蒼空が途切れだしていた。 列車が小仏トンネルを潜ると天候が変わることも多い。今回もその薄い層雲は消え.今は好天の蒼空が全ての天空を占めている。 白く煌めき望めるのは枝々に遮られた逆光の陽射しのみになった。 幡野山の頂を登り返すと南西方面に九鬼山の雄姿が望められるようなる。時折樹間を切り.小沢の集落も見下ろされている。 ただ尾根の左側は檜.松の植林に覆われ.幡野の集落はここ北西尾根からは一度も見定められなかった。 太陽の丸みが漏れる.9:18新雪 730m圏峰を前にして北面の尾根はまだ日差しの望めぬ山蔭の尾根だった。日が陰るとやはり北斜面は薄暗く肌寒い。 東京近郊の初春らしき新雪が薄っすら乗る尾根道.凍った大地はまだ硬い。急登の斜面になると滑り易かった。 硬く跳ね返る土壌に踏み込みができず.靴の硬い反応が返ってきた。薄く乗る落葉が更に滑り易くしていた。 急斜面は方角にもよるが日が陰り.昨夜の新雪が結晶の粒を1つずつ大地に乗せ.凍える斜面が今だ広がりを見せている。 思う以上に回りは冷え込んでいるようだった。まだ溶けずにそのままの雪粒の結晶の姿が綺麗に残されてもいた。 よく見ると1つずつ形を変え整然と六角形の結晶が創られている。降雪から何時間も経ち.そのままの姿が見られること自体が不思議に思う。 雪の結晶 過って聞いた話によると大気の温度が−15℃前後になり.湿度が飽和状態を超すと極細かい塵などが核となる。 空気中の水の分子の気体(酸素1に水素3)が等しく結合し氷の粒になる。結合の角度が120度となり.六角形が創られる。 手掘りの道標分岐.9:24山陰と表の空間 この山陰の寒気漂う雪の結晶が散りばめられた台地からから何分も掛からずして.表尾根の右手の山腹へ回り込む. 植林と自然林の林相の境をトラバースすると植林縁を綴る斜面にでる。深い植林帯の山陰には薄暗くしていた。 そこから出ると730m圏峰の西肩になる。 乗っ越した西肩は急に木洩れ日の陽だまりにで.陽射しを浴びた。極端に変わり過ぎるほどの山表の斜面にでている。 温室のぬくごもりの如く.風もない。サンサンと照り付ける暖さ。土壌も乾き切っている。ホッと一息する気持。 今が一番の日陰との寒暖差が強い境の所にいた。 山陰側から回り込んだ感じで田野倉尾根に合わさると開放的な明るさに急変している。全てが違った世界から抜けて来た感じで暖かい。 屁理屈なしで本当に驚き信じられぬ所を綱渡りしてきたようだ。誰かに話しても信じてもろえるだろうか? 西側に派生する痩せ尾根の肩に「←幡野入口バス停」と木彫りで丁寧に作られた道標が立ち,その裏側から尾根に乗っている。 注訳として「右折.巻いた尾根筋は不明瞭」と擦れた黒マジックで書き加えられていた。今通ったルートのことだろう。 道標「←幡野入口バス停」を見て考える。幡野の集落は尾根筋の反対側の谷間にあたる。道標通り進めばこの西尾根の末端は 小沢にでて県道を下り.朝方の幡野入口まで歩かなければならない。小沢の集落は幡野より大きく.勿論バス停もあり近い。 知る人ぞ知る道標ではない筈だが.道標の意図がはっきりせぬ.分かりずらい道標だった。 平で細長い730m圏峰 左上に共同アンテナあり.9:50ここから左に折れ.枝尾根を高度差40mほどを詰めれば雑木に囲まれた730m圏峰の細長い平頂にでる。 ここは手前側にNHKのCATV用共同アンテナが建てられていた。 この裏方に当たる大桑山の裾へ続く山並が望められる処で大休止した。3種類のサンドイッチから卵サンドを選び口にした。 妻特製のサンドイッチも久し振り. 美味いが最近はまだ休むと肌寒く.コンロを持参する方が多い。 低山ハイキング 低山になるほど林道や集落は多く.殆どの尾根や枝尾根は自由に歩き回ることができる。登山道に踏み跡・ 経路もあれば巡視路.作業道も多い。そこを自分で選び歩む楽しさ。最近では更に東京から近い山域にも増していた。 日帰り圏ならば殆ど無難に済ませることができるだろう。時間さえあれば如何にかなる山。考えながら登ること自体が楽しい。 表道志も昨年から歩んでいる。放浪的に行程を直ぐ変える私には相性のよい山域かも知れない。 大桑山と鈴ケ尾山 漸く望めた大桑山と鈴ケ尾山北西尾根上部下ると再び南西に九鬼山が見上げられ.この辺は倒木が多くなる。 次のコブの730m圏峰は左から尾根が合わさり.初めて大桑山が姿を現わしている。まだまだ遠くに見える頂だ。 途中で大岩が2つ尾根筋を塞いでいた。間を難なく越え抜ければ鈴ケ尾山も真近だった。 鈴ケ尾山833.9m 大秋日山.右の鞍部が鈴ケ音峠.9:55峠先が朝日山.岩殿山.ブドウ岩ノ頭 鈴ケ音峠 細長い平頂の反対側. これから登る南面に大桑山と鈴ケ尾山が肩を並べ大きな山容で望まれた。 大桑山の左肩に見えるのは巨大な猿橋の無線中継所 鈴ケ尾山の右方の鞍部が桐木差山854mとに挟まれた鈴ケ音峠。大沢本幡野川と大平川のツメに当たり. 大沢と朝日馬場とを結ばれている峠道。鈴ケ音峠の名称は南側に位置する朝日馬場では小沢峠と呼ばれ. 朝日小沢では鈴懸峠と呼び別名.俗名が多い。林道も鈴懸峠線と鈴ケ音峠線とどちらが正式名なのかは確認できなかった。 鈴ケ尾山は主稜から北側に外れていることになる。この裏側の主尾根伝いに綴れば九鬼山.高畑山を結ぶ主稜にでられる。 鈴ケ尾山の頂から東にへ下れば突坂峠から前道志の主稜.大桑山へ。今回のルート. 表道志主稜と富士山 右後方に振り返る.10:00手前は鹿留山と杓子山 730m圏峰から右に折れ.細長い平尾根へ。 鈴ケ尾山への登りで.右後方に純白に煌めく富嶽が顔をだし.ここからは時折見え隠れする富嶽が冬木の絡み越えに望まれた。 鈴ケ尾山 頂とは思えぬ長い平頂になる・・別名「大秋日山.麦的山」.10:23九鬼山.大桑山.倉岳山等を結ぶ表道志の主稜から僅か北に外れた所に寂峰の鈴ケ尾山が現れた。 雑木のなおやかな林層を見るにつけ.素通りするには勿体ない場所に思える。 展望は得られぬが雑木に囲まれる日溜まりの細長い平頂。尾根筋は疎林でスズタケの切れる台地。昼寝をするには良い所かも知れない。 鈴ケ尾山からは幅広い平尾根の落葉道が続き.南東から東側へと尾根筋を変えている。この地点で南西から入り込むのが市界尾根。 大桑山から九鬼山へ延びる主尾根になる。ここは小コブで気が付かない程の緩やかな起伏の浅い主稜になっていた。 正確にはこのコブ手前の緩いタルミが道志の主稜になる市界尾根。鞍部の手前で右に折れ南西に下れば直ぐ.突坂峠に立ち寄らず鈴ケ音峠に至る。 (鈴ケ音峠.小沢峠)は最近と鈴懸峠と呼ばれているようだ。鈴ケ音峠間とを繋ぐ鈴懸林道はこの主稜の南側を回り込んでいた。 大桑山と突坂山 平頂の鈴ケ尾山から下りに入り.10:44中央の残雪は鈴懸林道. 865m圏峰の尾根の末端が鈴懸峠 雑木の平尾根を過ぎ.急下降すると正面に自然林に囲まれた突坂山865mの小コブが現れる。 梢越えに見下ろすと白く落ちる蛇行する帯は残り雪に埋まる鈴懸林道になる。 左上には大桑山.その左肩には猿橋無線中継所が建つのを認めれ.緩やかな森の中に質素にただずむ突坂峠にでた。 鈴懸林道 鈴懸峠林道は大月市の県道509号終点. 朝日小沢から都留市の大平に跨る切り通しの鈴ヶ音峠を乗越し.県道35号側へと続く林道。 県道35号.曽雌バス停から更に続き.工事中の今倉山北側を回り込むと菅野盛里線へと繋がっている。 朝日馬場から朝日川大平川右岸沿いを遡り.ブリティシュガーデンクラブの西側を巻き.登るよう進むと鈴ケ音峠と鈴懸峠に分れる。 鈴懸峠へは境界尾根越えして.大桑山の北側から回り込み.高畑山北尾根を隔て.津成沢の源流に入り込んでいる。 この裸土の北側に延びる林道は猿橋無線中継所脇を通り.大桑山北尾根の取付き地点を回り込み終わっているピストン林道。 突坂峠(とっさか) 10:48今は見捨てられた旧昔の峠越え. 突坂峠はまさしく林道の手前50mほ余りを下った鞍部にあり.大樹の根元には古い馬頭観世音像の小さな石仏が傾き祭られていた。 峠からは北麓幡野から南麓の大平へ峠越えをする古道がある。峠からは右に折れれば旧道は大方細道をたどって.鈴ケ音峠にでられる。 又,左方は山腹を絡む径はやがて沢沿いになっていた。幡野集落と結んでいるが今は廃道化している。 突坂峠先の2つに分かれる林道鈴懸線を右に取れば下りついて大平川沿いになり.禾生・都留方面行のバスが通う石船神社前にでる。 左手はNTTの電波塔が望め.脇を抜けると大桑山の山腹を横切る林道にでる。 道志山地の主稜の山々 大桑山付近で.11:32右上が赤鞍ケ岳.直ぐ下が棚ノ入山. 朝日山.岩殿山.岩戸ノ峰 中央には霞む甲相尾根の大室山 林道を横断し突坂山を乗っ越し.大桑山の登りに入る。振り返ると富嶽が望め.右手には主格の道志の山々が漸く連なら眺められた。 急登を堪え.左に巻き込めば以外に狭い小さな大桑山の小さな頂に立つ。 jr猿橋から幡野入口にでて鈴ケ尾山北西尾根を詰め大桑山・・旧仙元神社 大桑山北尾根(西側から津成.太田に下り曙橋とjr鳥沢 |