間を空けず訪れた河口湖湖畔の山々
   高曇から更にモヤ強くなる岩峰.十二ケ岳から金山.鬼ケ岳―藪絡む節刀ケ岳北尾根から芦川へ下降

    大石プチペンション村から淵坂峠を越え毛無山東尾根
    十二ケ岳.節刀ケ岳北尾根から中芦川.新井原・・夜景の甲府盆地を下りjr中央東線石和駅

                                霞む御坂毛無山
    11:44
    鬼ケ岳南尾根に乗る雪頭ケ岳                  左の支尾根鞍部をアップ.先が西湖西の根場地区

     十二ケ岳の頂からは西湖方面の展望が開かれていた。雪頭ケ岳から南方に延びる支尾根の1334.9m三角点峰と
   鞍部越しには天子側の山並が望まれ.主稜の県界尾根は大きく左に回り込んでいた。
   精進湖.本栖湖を巻き込み.その頂点が静岡県との県境に跨る天子山塊の最高峰。毛無山が霞み望まれた。

     「甲斐国志」にも迷されている雪頭ケ岳は現在の鬼ケ岳に当たるのではないか?
   節刀ケ岳と同じ当て字で同音で読み.節刀ケ岳はセッチュウガダケで絶頂ケ岳からきたのではと推測されている。
   根場から集落移転したのが西湖西.根場民宿になる。

     雪頭ケ岳は樹葉に閉ざされ展望は望めぬがその南側は草付きの素晴らしい絶景地。根場の人々により山道が開かれている。
   東入川にでる山道は地形図には記載されていない割りには利用されているよいうだ。

    寄生火山と西湖南・・富士山麓の大室山1468m
   雪頭ケ岳から南西に延びる支尾根と桑留尾(くらるび)地区
    湖畔対岸が西湖南地区.湖畔を右に回り込めば西湖西.根場民宿に至る

    富嶽と二ツ山と大室山
   西湖いやしの里根場より
    町会旅行で.2014.9/30

    芦和田災害
     1966年(s41年)9月未明.台風26号の集中豪雨により.集落は土石流に襲われ死者94名をだし集落は壊滅した。
   対岸青木ケ原末端に集団移転している。平成の大合併で河口湖町.足和田村.勝山村が合併し富士河口湖町になる。

     それを契機に根場集落の復元の展示事業が進み.2006年にオープン。「西湖いやしの里根場旧渡辺家住宅主屋」として
   登録有形文化財に登録されている。


    十二ケ岳.節刀ケ岳.鬼ケ岳
   ・・2012.11.19/13:30
    一昨年登った釈迦ケ岳より中芦川の対岸を望む

     芦川の谷間の右下流が上芦川の集落. 芦川を隔てた右端奥が王岳1.623m
   交通の便が悪く.始発の中央線に乗らない限りどう考えても入山は10時になる。私には遠いい山々が連なる。

    十二ケ岳から節刀ケ岳
      11:43十二ケ岳.大:50一12:38大淵谷三河原橋分岐一12:47金山一13:00節刀ケ岳.

   十二ケ岳西北面の稜.12:19

   十二ケ岳肩と頭をだした富嶽.12:29

    十二ケ岳
   ロープの張られた頂.北面の岩場

     金山へ・・2本のロープを利用して十二ケ岳の頂から急下降する。ここは以外と長く切れ落ちた岩場が続いていた。
   上部で少し気張る。梯子で越え,振り返ると十二ケ岳の鋭峰がどっしり構え.頂から溝のような所が岩場になっていた。

   急に長閑になった金山への径.12:34

    芦川北側山稜の東端
   平坦になった疎林の隙間から.12:38
    神座山1474.4mと1521.9m峰.釈迦ケ岳1641m.その右奥が陰る本社ケ丸

     金山1686m点で西方に延びる鬼ケ岳・鍵掛峠への境界尾根を分けると小笹に被われ尾根幅も広がり.
   落葉松の美林に恵まれた。その中を落葉を蹴る小径を綴っている。打って変わった長閑さに気の安らぐ山道が綴られていた。

     右手の疎林の間からは支稜の神座山・黒駒釈迦ケ岳が霞みと重なり.墨絵の如く望まれた。
   一昨年は御坂黒岳南北稜を縦断し.昨年は西隣りの北側に並行している日尻山北尾根を訪れている。

     そして釈迦ケ岳の頂からは節刀ケ岳北尾根がおぼろに霞み.大きな映像で望まれていた。
   やはり霞み濃く全体像は分からなかったが北尾根が深く芦川の河原に落ち込む姿を印象的に覚えている。
   そして今は反対側の節刀ケ岳から望もうとしていた。

   左手が大石プチペンションへの分岐とスズタケ

     スズタケが次第に背丈を増し.大石プチペンションへ下る大淵谷沿いの登山道の分岐にでる。
   峠を足元から見ると枯れスズタケのジャングルのようだった。径脇だけに真新しい若葉のスズタケを見ている。

     大石峠越えは今こそ芦川側から通う人は少なくないが中世の管道.若彦路では鳥坂峠から上芦川を経て大石峠越えをしていた。
   南面の峠路は大淵谷へ下っていた。峠路としてはこの峠と朝方訪れ.登ってきた東尾根の淵坂峠越えがある。

    金山1686m
   (大淵谷ノ頭.中節刀).金山の分岐.12:47

     金山は河口湖町.足和田町.芦川村の三境に辺り.御坂山塊主稜の節刀ケ岳と鬼ケ岳との間にある穏やかな山。
   金山から南東に延びる支稜は十二ケ岳・毛無山を経て河口湖畔まで延びる尾根で.朝方このコースを逆行し歩んできた。

     頂の1本の立木に幾つもの「道標」に「境界見出標」.「火の用心」.「青いトタンみ墨で全」? に赤テープまで掲げられていた。
   ここは下草が芝のよう生い茂げり.樹林に囲まれた長閑な平坦地.午後になると通う人もいなくなる。
   右に折れるとここからは緩やかな防火帯のような頂稜が綴られている。

   節刀ケ岳への主稜へ・・クガイソウ.12:48

    毛無山と十二ケ岳
   節刀ケ岳への分岐より左景.13:00
    十二ケ岳は総称で鋸岳とも呼ばれ.12のコブを越えてきた。尾根末端の湖畔は河口湖大石・・遠く黒岳南稜末端と三ッ峠山府戸尾根

     節刀ケ岳への縦走路の分岐. 振り返ると先程越えてきた毛無山から十二ケ岳に掛かた鋸状の山稜が望まれれた。
   東尾根は急激な傾斜を湖畔の大石に落とし.その先に河口湖がおぼろに望まれる。登り始めた時は雲量0の快晴だった。
   何時の間にか層雲に覆われ霞みは強まるばかり.薄暗く今にも雨粒が落ちて来そうな雰囲気をかもちだしていた。

     遠望・・今回の入山から丸4年の年月が経ち.河口湖の遥か遠方にある今倉山稜と都留二十六夜山との鞍部から
   驚くことに十二ケ岳が遠望された。峰々を越え君臨するが如く望まれた時は深い感銘を受けていた。

     ハカゲ山を見詰めていた折.鹿留山.右肩奥には倉見山,並ぶ三ッ峠山と以外と遠近感が乏しい山並が続き.更に右奥遠方の河口湖々畔に
   聳える十二ケ岳が望まれた。曇天だったが以外と視界が利き.登っているという考えが十二ケ岳を導き出したのだろう。

    鬼ケ岳南西面・・鬼ケ岳北尾根と王岳
   同上・・分岐より右景.13:00
    霞む王岳との鞍部が鍵掛峠

     明るくなる筈の西側は更に暗くなっていた。金山から連なる鬼ケ岳北尾根.その裏側に見えぬ鍵掛峠。
   峠路は西湖西部の根湯と北側は芦川の鴬宿を結んでいる。左手前が金山.

     三角錐の形をした王岳.その右奥が飯田釈迦ケ岳のようだ。芦川南側山稜になる。
   するとその北側裾野が芦川下流域になるのだろう。より低山になるがアプローチの深い山々が連なり眺められている。

     鬼ケ岳北東面・・西湖いやしの里根場から見上げる県界尾根
   根場より右上景・・2014.09.30/9:46

    横沢ノ頭1465mと王岳
   根場より左上景
    「いやしの里根場」から見上げると王岳1623mが望まれる。西入川沿いの林道を辿ると登山口があり.1時間半ほどで登り着く。

    節刀ケ岳1736.6m
    13:00
   低い灌木に喬木が数本立つ寂しい頂. 山頂は南側が切り開かれ.大きく剥ぎだされている三角点峰.

      節刀ケ岳北尾根を下降
    13:00節刀ケ岳一13:23石抗一13:29(2つの石抗)一13:50(1510m分岐,大)14:15一14:23左自然林.植林
    一14:39自然林一15:02河原一15:15林道一15:34尾根末端取付き地点:50一16:08対岸赤松と赤い祠一16:29新井原bs17:07

     主稜の分岐から望むと節刀ケ岳の頂は全体的に灌木に被われ.その頂には数本の喬木林が伸びている。
   頂を見上げると不思議な風景に思え.遠くから眺めると童話にでてくる風景のような大人しく見える頂だった。
   露岩のゴロゴロする狭い平頂で.北側は自然林.南側は大石峠から続く殆どがモミの植林帯になっている。

     他にハイカーが居なくとも雑然とした露岩の頂は長く留まっている場所ではなかった。以前.釈迦ケ岳から望んだ山容とは
   全く想像しがたい違った姿を現していた。その上.蠅だけが群がるよう襲ってきた。停まっているだけでも群がる蠅に防御のしようがない。
   何故こんなに多くいるのだろうか? 持参したビールを呑む積りでいたが素通りし諦め北尾根に入る。

     節刀ケ岳北尾根
    
    尾根筋に点々とコンクリート抗が続く.13:20             石杭にコンクリート杭が並ぶ.13:29

     山頂の「火事注意」の看板裏から北尾根に取付く。ツツジの枝の絡む獣道のような藪トンネルを潜ると北尾根に踏み跡が綴られていた。
   ほぼ真北に磁石を片手に歩む。周りは薄暗くなり.灌木の張り出す枝葉が顔を襲ってくる。冬木はすっきりした尾根だろう。
   今は樹葉の絡み多い踏み跡が続いていた。

      13:55
    横倒れのブナ.13:31

     ほぼ北上し一コブ越した。下るルートの場合は尾根のひと方向しか思えぬことが多いが1546m点は小さな盛り上がりを見ていた。
   ここから北西と北北東に2つの尾根を派生させてをり.末端は中芦川入沢の出合.芦川に没している。
   左.北西の尾根を取り.落葉で柔らくめり込む急斜面を下る。途中で大石が現れ右に巻き.更に下ると一時の緩斜面にでた。


    1510m地点.14:07
     13:34

     1490m地点,ここで左手(西側)に目を向けると樹林帯を縫うように.やや広い台地状の尾根が延びている。
   そこはブナなどに覆われている緩い傾斜で.尾根筋の部分だけが開かれた道形を創っていた。
   地図を読むとその林相豊かな先端に.北側に下れる尾根が延びている。

    大休止
     ここは北側に延びる小尾根の分岐点でもあり.三方に大石が露岩していた。小枝が散乱する小平地.ここで漸く1本取った。
   以外と疎林で視界が広がる場所.蠅が寄ってくるも北方は数匹止まり.ホッとさせている。
   枯葉の大地の腰を降ろし.常道となったサンドイッチをツマミに漸くビールを口にした。

     ここは右手前方(北側)に1本の尾根を延ばしていた。手前の取付きには大岩に土砂が半分被っている。
   ビールを呑みながら二方を少し歩み探索した。左手は下調べしてきた踏み跡が綴られ.他方には踏み跡らしきものは見られなかった。
   下るルートを改めて考える。思考は赤テープに踏み跡を求め下るか.それとも短くとも一直線に北へ延びる枝尾根を下るかだった。

     北尾根
    
    取付きの巨岩.14:13

     缶ビール1本で良い気分になったのか見た目に誘われた。ここで考えたルートは地形図上の節刀ケ岳の頂から一直線に結ばれた尾根だった。
   2時15分.西方に折れずして節刀ケ岳北西尾根と北尾根の間にある1500m圏地点から北に延びる尾根に入る。
   塞ぐ大岩の左を巻き.真直ぐ急斜面の自然林を目指す。片手に軍手をはめ立木を支えに降りている。

   北へ林層の境を下る.14:23

     北側から北東に下った尾根は10分ほどで尾根の分岐を迎え.自然林と中林帯の植林の境にでている。
   更に真っ直ぐ北側の尾根を取っている。急下降する傾斜は変わらず.右手の植林帯は大きく窪みだし少し湾曲を現わしていた。
   そして選んだ林相の境は次第に尾根らしくなってきた。

   白樺林.14:39 

     岳樺の大木混ざる緑深い尾根は次第に傾斜も落ち付き.2時45分に松ぼっくりが一面散らばる台地にでる。
   細尾根になり北北東へ。この辺は白樺の中林が混ざる若草色の色彩が見事な森をなしている。
   高い空間の上に木漏れの樹葉が被さり.明るさが尾根筋全体をを包みだし心地よい。

     更に傾斜は緩むと周りは枝打ちされた枝葉が散乱し歩き難くなる。次第に尾根らしさが再び失われ.緩やかな起伏になり.
   扇状の斜面は綺麗に枝打ちされ.手の入り立派な赤松林帯に変わっていた。そして檜の植林帯に入り.右手に唐沢を臨むようなった。

    中芦川入沢右岸支流
   
   褪せた赤テープと唐沢.15:02

     1500m地点付近から踏み跡の薄い尾根を選び.自然林に浸りながら林層を選び歩んできた。距離も短い尾根だった。
   最後に唐沢の小石混ざる沢底に入る。この地点には古い赤テープがちじれ.唐沢の縁々した沢底に残されていた。

   15:04

     ここは北西尾根末端が落ち込む中芦川入沢右岸支流. 北西尾根末端を回り込む沢の1140m付近。
   唐沢沿いには踏み跡らしからぬ踏み跡があった。テープはその作業道の名残りかも?

     唐沢は緩やかに右側に回り込み.踏み跡は両岸を見比べて選び.緩斜面の薄い窪地気味に添うよう歩む。
   分からぬ所はそれ程気を使わず.沢底などを適当に自分の歩き易い所を下ればよかった。

   右岸に現れた林道終点.15:16

     そして沢底に入り16分ほどで対岸に1090m付近で林道の終点にでる。綺麗に整地された裸土の道.
   ここまでの沢沿いは唐沢だったが出合となる奥側の小沢は僅かながらも流水があり.林道は右岸沿いに綴られていた。
   ここは中芦川入沢左俣の右岸道。

     地形図「河口湖西部」には破線路が1200m圏まで記されていたが破線以前の踏み跡ルート。
   点々とマーキングはあるが踏み跡程度になっていた。はっきりしたのは林道にでてからで.破線路上の1090m付近になる。

    鬼ケ岳北尾根
   手前が低くなった節刀ケ岳北西尾根.15:32
    水ノ沢山1134mと中芦川山の肩1167m

     中流は少し沢筋から離れ,再び沢沿いに戻ると昨年完成されたばかりの真新しい堰堤2基が連なり築かれていた。
   河原が広がり.再び狭まった下流で中芦川入沢の左岸に渡る少し手前で.左手に長く延びてきた北西尾根が背丈を低くし没していた。

     河原からは以外にも左遠方に鬼ケ岳から延びる北尾根の中間のコブが望まれた。
   節刀ケ岳北西尾根の末端の高さが崩れた所. 中芦川入沢を隔て.尾根越しに鬼ケ岳北尾根が延びている。

   左手が北西尾根(中芦川入沢右岸尾根)の末端取付き.15:34
    中芦川入沢左俣の取付きで直ぐ先が二俣

     右岸沿いに林道を歩み続け.車幅ほどの手摺のないコンクリート橋を渡れば直ぐ左手に北西尾根末端の取付き踏み跡を見る。
   テープ類の印はなかった。平坦になった大地.まだまだ若葉が周りを若草色に燃えさせていた。尾根末端を回り込むと
   中芦川入沢左岸沿いの芦川オートキャンプ場からの簡易舗装の中芦川入沢沿いの林道を合わせ.そこで最後に1本を取っている。

     陽は出ぬが明るい日差し下.元は畑の石垣に腰を降ろしサンドイッチを口に運ぶ。下ってきた尾根の距離は短かった。
   好かったのかどうか分からぬ間々.急にルートを変更し.節刀ケ岳から一直線に下ってきた。別に理由があった訳でもなかった。
   不調であった訳でもないが朝からペースがでず.足は以外と進まぬ状態だった。

    蠅
     草付きの私の周りには蛾の幼虫だろう。色彩豊かな虫肌を見せ青虫ではないが毛虫.芋虫に類する虫が這う。
   そう云えば毛無山東尾根に入り.前回の奥多摩タワ尾根と同様に蠅が煩く飛び舞って回いた。気を悪くしたのは当然だった。

     十二ケ岳でも多く.節刀ケ岳では休むのも諦めている。北尾根に入り1546m分岐では我慢できるほど少なくなっていた。
   それが芦川側に下り.ここでは蠅に変わり幼虫が私の周りを這い回っている。集落に入っても蠅の飛ぶ姿は見られなくなった。

      滝戸山と名所山群                     名所山(トヤンハチ)と春日山
     中芦川より.15:54
    中芦川入沢(節刀沢)出合付近より              中芦川地区から間が黒坂峠

     中芦川入沢.入沢大橋を渡り返し.再び右岸沿いを歩む。
   芦川に繋がる出合に近づくと谷間が広がり.北側山稜の山々が見上げられるよなる。

     宿が営業していれば明日は鳥坂峠から挑んだ山々だった。黒坂峠.右左口峠.
   大峠.桜峠を越え身延線の芦川駅まで歩む積りでいた。その為.若彦路と中道往還を結ぶ藪尾根を選んでいる。

   下ってきた山並を振り返る.16:10

  下山後のアプローチ
    6:29富士急平和観光バス(笛吹市からの受託運行)新井原bs.石和温泉行¥870. 17:07
    =17:58jr石和温泉¥2210. 18:15=19:40高尾中央特快:48=20:39お茶ノ水.

   「すずらんの里」.16:08

     富士川水系の芦川の街道に出たのが16時.前のバス停鴬宿から最終バスは16時55分発.まだ1時間ある。
   芦川沿いの街道を遡ることにした。役所前から農協支所を抜け.芦川中学校から「すずらんの里」に寄るが客は誰もいなかった。

     天狗山を北側に回り込んだ所で.対岸に.今にも崩れそうに支えている赤松の這う大木を見ている。
   その脇に朱色に塗られた小さな祠が祀られていた。

    滝戸山と新井原
   中芦川地区
    河原が広がり新井原に入る。芦川源流ツメは府駒岳と黒岳の中間を流れ.日向坂峠(どんべい峠)に至る。

    新井原
     30分歩き残り30分. すずらんの群生地(5/下旬〜6/中旬)は入口から片道10分掛かり.
   ここは時間切れ見学を諦めている。ビールを購入,河原から対岸の北側山稜の山々を望みつつ路線バスを待つ。

     ここは又,金掘山1608mの北尾根の末端にあたる.バス停から右折すると支流の沢妻川沿いの林道に入り.
   河原状の所を抜けて林道を右に分けると北尾根の取付きがある。今は若彦隧道の開通により.
   入山はjr石和温泉経由で入るより.河口湖から入る方が便利になっていた。

    新井原はs27年上芦川から独立した新しい集落。その為神社は上芦川とお寺は中芦川と共有している。
   その後平成の大合併で再び笛吹市芦川村に戻っていた。

    春日山1158m・・右に下って鳥坂峠
   芦川新井原バス停.16:56〜17:09
    芦川に橋が架かる所が新井原バス停.道路を挟んだ所に酒屋「丸山亭」がある。

     復路はjr石和温泉行.栄和路線バスに乗り.バスは貸切り状態。日曜日は地元の人が乗らず.私だけだと運転手は語っていた。
   バスは県道芦川.八代線を通り.まだ新緑豊かな鳥坂隧道を潜る。旧道の隧道口はコンクリートで閉ざされている。
   又「若彦路」の古道の鳥坂峠越えは由緒ある峠だが今は通う人も稀で北側は酷く荒廃しているらしい。

    燕
     路線バスが鳥坂隧道を抜けると甲府盆地の南側を遠巻きし.御坂道近くまで廻ってjr石和温泉駅に直接停車した。
   列車が入線する間に駅舎と並ぶ観光協会事務所前で燕のしゃくり上げるよう飛翔する姿を見ている。
   又奥側のトイレの軒下に燕の巣が幾つもあった。

     近頃燕を見る機会が少なくなっている。私の住む東京の下町.下谷はお寺さんが多いことで知られていたが年毎に少なくなる燕.
   今年は我が住まい前の路上でも燕返に急旋回する燕の姿は一度しか見定められなかった。
   お寺が多いせいか営巣も多い筈だが年毎に燕は見られなくなっている。高速のSAでも最近余り見られなくなっている。

     それに変わり池ノ端と隅田川の間に位置するせいか.カラス.鳩に変わり.東北大地震後は隣のビルに海猫が住み付ていている。
   鴎ではなく.猫の啼き声に似た海猫は小さな群れをなしていた。陽が大分昇ってから常に鳴き声を真近で聞くようなった。
   我が町の海猫

     列車の便は丁度通勤時間帯に入り.30分置きに入線し.待つ間も乗車した。
   中央東線の車窓からはピラミダルな節刀ケ岳を見付け.特徴ある頭を見せていた。改めて見ると忘れることのない輪郭を示していた。
   列車から望み.分かる山々が次第に多くなってきた。列車は日没前に甲府盆地を横切り笹子に入る。日は大分長くなり曇空の中.19時帳が落ちた。

    運賃比較表と運行時間
     当日の入山までのアプローチの仕方を追ってみると往路の高速バスは体も楽で運賃も易く優しい。
   その上朝の分刻みの時刻表の正確さにはビックリさせられていた。
   復路は別コースを取り.高速バスは夕刻の時間帯になり.渋滞を考慮し避けている。

     上芦川に入るにはjr石和温泉からの路線バスがあるものの.山手線外側からは始発でも一列車遅くなり.
   上芦川には10時15分着になる。それではタクシーと思うも利用は中々使いずらかった。河口湖からの富士急大石プリペンション線が延び.
   直接入れるよう昔と変わっていた。その便に乗ると7時21分に芦川農産物直売所に入れる。

     復路はjr高尾で京王線に乗り換えても.ほぼ同時間に新宿駅に到着するが直通は神田まで出られるので便利。
   乗り換えると¥190の差.6分遅れで新宿駅に到着する。ただ新宿以遠は循環区間の料金が加わる。

     下山時刻が遅くなった場合はjr石和温泉ではなく.富士急河口湖にでる選択もある。
   芦川農産物直売所から若彦坂隧道を潜る富士急の最終バスは遅く19時8分発.

   6/9日.日曜日
    jr御徒町始発4:46=神田=高尾=富士急大月=7:44河口湖
    大江戸線新御徒町5:25=新宿西口=京王高速バス=富士急河口湖

    上芦川富士急山梨バス=河口湖18:24=大月=高尾=20:53新宿
    上芦川富士急平和観光バス=jr石和温泉18:07=高尾特快19:48=20:30新宿
    上芦川富士急平和観光バス= 々 =高尾京王線19:45=北野=20:36新宿
¥2.560
¥210+¥1.700=¥1.910

¥520+¥1110+¥1280=¥2.910
¥870+¥2210=¥3080
¥870+¥1.280+¥350=¥2.500
   茶500cc+水800ccで300cc残る
   地形図「河口湖西部」.山と高原08「富士山.御坂.愛鷹」
   名所山周辺zzz3.左右口峠周辺zzz4.桜峠周辺zzz5.毛無山東尾根zzz6.節刀岳北尾根zzz7. スカパ登山靴・・28.761歩

   子供夫婦がスリーピース八ケ岳トライラルに参加.20/351位と292/位

    大石プチペンション村から淵坂峠を越え毛無山東尾根
    十二ケ岳.節刀ケ岳北尾根から中芦川.新井原・・夜景の甲府盆地を下りjr中央東線石和駅