登りとは逆に白霧が湧き.暖かい日差しに包まれ背稜を駆け降り.「水源の森キャンプ場」へ戻る
     幸運にもガスが切れ上州武尊山の頂に陽光が差す。期待していなかった展望だけに.喜び満ちる下山に変る。・・宝川温泉

    「水源の森」から濃霧の上州武尊山ピストン
    日当たりの復路とゆけむり街道」・・字の如く浸かった宝川温泉

    中ノ岳
   山頂肩.剣ケ峰の分岐から.12:16
    下山
     11:45上州武尊山12:25一12:30三ッ池一13:10鎖場一13:50セビオス岳東側の小湿原.大14:30一15:00避難小屋
     一15:48田代湿原一「水源の森」野営場.

     頂ではパノラマまではいかない眺望だったが雲の合間から隣の岳を望めるだけで気持ちは十分だった。頂での展望は初めから諦めていた。
   それが乱気流が舞い起きる頂に立ち.激しい旋風の渦から展望が開かれている。その渦の中に立ち会ったのは我々4名だけだった。
   今年に入り.このメンバーの山行は5月の岩菅岳に続き.8月の剣岳北方稜線も荒天続きで.頂を踏めぬ山行が続いていた。

     今回は荒天でも決行する積りでいた。それが頂に立つのみならず.少しは周りの眺望を味わう機会を頂いている。
   天気は見る見る回復するも頂で40分も待ち.身には長く感じられている。風が強くコンロは難しく.後20〜30分が待てないでいた。
   下る足は軽やかになる。ぬかるんだ尾根筋を考えると少し気が落ち気味になるが予想を越えた展望に浮き足立っていた。

    中ノ岳と家ノ串山
   背稜の中央が三ッ池
    右上のガスの中が川場剣ケ峰. 左側が大沢竹ノ沢流域で.右手が川場谷側になる

   カッパで通すのも久振り

    川場谷源流
   12:45
    左手が川場尾根.右手が高手新道の尾根になる.

     二重山稜を抜け.尾根の南面山腹を横切るよう下る。熊笹が足元のみならず川場谷の源流を埋め尽くしている。
   40年前の12月に見城先輩もメンバーに加わり.ここを詰める筈だっが遡行は挫折している。
   下流の造林小屋に宿り.時間は十分あると考えていた。だが入渓すると氷柱に覆われ.氷床の世界が早くもでき上がり冬季の世界に走っていた。

    中ノ岳と三ッ池
   尾根沿いと思えぬ尾根の肩.12:30

   漸くカッパを脱ぐ.12:36

     「笹清水」と呼ばれる水場と「凰池」と呼ばれる窪地が我々を迎えてくれた。7月中旬まで残雪があるという。
   蒼空が眩く.広がり始めていた。上着のカッパは脱ぐが足元は泥んこ径。

    尾瀬・・笠ケ岳と仏至仏山
   セビオス岳東肩の小湿原で

     半ば乾きだした草付きを見付け昼食を摂る。
   ここは東北から東面の展望に優れている。ガスが切れた積雲の間を抜け.時折尾瀬から日光方面の山々が頭を覗かせてきた。
   又尾瀬・笠ケ岳の西方沿いには魚沼の山々も高曇に変わり.遠望できるようなる。

     昼食の食材は海苔弁当にサンマの缶詰,秋ナスの漬物にシジミの味噌汁.食後はリンゴでコーヒーを。字で繋げるとへんてこな食事内容になった。
   風を受けることなく時間を気もせず.ゆとりとした気分で背を伸ばしている。

    大休止した草地より越後三山
   左景.13:56
    越後沢岳と重なる中ノ岳
    ススヶ峰1942.0mから西へ派出する尾根.又手前は笠ケ岳の西へ派出する尾根.

    尾瀬笠ケ岳.至仏山と雲被る燧ヶ岳
   中景
    左手には平ケ岳.越後三山方面
    笠ケ岳の真下辺り.西山西麓が「水源の森」になる.

    至仏山から鳩待峠
   中景アップ・・まだ燧ヶ岳は雲の中

    奥白根山
   飛んで右景

    奥白根山と錫ケ岳山
   南東方面
    オオシラビソの樹冠越に片品川左岸の山々・・万太郎山と金精山は重なった頂になる。

   再び泥濘の径を.15:04
    泥濘径に珍しい丸太

   再びブナの森に戻る.15:28

   小ブナ林の先が田代湿原.15:31

   ブナに絡む紅に染まる蔓の樹葉を見付ける

   見上げる三原色のブナ

     
    田代湿原分岐で小休止

   田代湿原.15:48
     「水源の森」直ぐ南側の台地にある田代湿原. 朝方は濃霧に覆われ手前の湿原しか臨めなかった。

   奥利根「水源の森」にて
    2つの炎を見詰め夕食.11日17:50 

     キャンプ生活にも今回は皆満足していた。幕営地に戻り寄せ鍋を食を摂る。否や茸を入れて闇鍋か?
   1つの山を終え.テントを抜けだし釜と焚火を囲む。燃料も薪も十分ある。燃え上がる炎も贅沢.薪の燃える音を聞きながら食べては語り.癒しの時を過ごす。

     昨夜は小雨が降る中の炊事だった。明日登らなければ明後日はないと。迷い径はないが泥径の泥濘を如何克服するか考えていた。
   それも霧雨で済んでホッとしている。御褒美か.頂に立つと晴れ間を見せ.気持ちの転換にはベストの条件を付けてくれていた。

     今夜は星空の下での炊事. 明るい内から上弦の月が昇っている。
   帳と共に雲は消え.快晴の夜空の三日月は更にはっきりした月光を放している。長い焚火を囲んでいる間に牛首山の肩に月は落ちた。

     頭上に星が1つ.2つと輝き.炎を見詰めながら酒を酌み交わしている。その間にも星の数は増え.満点の夜空を迎えた。
   星座に重なり合う星数.久し振り流星の夜空を仰ぐ。

     見城先輩は上機嫌になり酒を呑め呑めと誘い続けている。今夜は限りのない.無礼講の呑み方だ。
   先々月城ケ島で釣ってきたカタクチイワシも摘みに加え.キャンプ生活の贅沢な山行を満喫した。・・消灯20:40

    背は牛首山
    
     朝早い朝食風景.12日6:41
    朝食
     清々しい朝を迎える。澄み切った大気が更に森の樹葉を艶やかく染めている。
   雨男が多いのか皮肉なもので.今年のこの仲間達のバターンは意に反し.山を下りる日に限り.常に好天に恵まれていた。

     爽やかな朝日を浴び外での食事は清々しい。今朝はパンを主食で,滝さんはバイト先から卵を持参してオムレツを作る。
   パンとハムに焦げ目を入れ.大き目のレタスで包むのが又良かった。放ばる食パンは質素な食事だが美味い。

     食に煩い先輩から温かい内に食事を摂ってもらう。炊事用具の多種多彩さが質素でも.炊事の贅沢さを味わいさせている。
   幕営撤収の最後まにコーヒーが用意されていたのも嬉しかった。

   「水源の森」キャンプ場

   10月12日(土)快晴
      「水源の森」野営場8:15=8:50宝川温泉10:40=長井食堂=12:00渋川「やなぎやラーメン」:35=新塚農産.漬物=12:50渋川IC
      =13:40抜戸西ETC=14:00若葉解散.急行:09=14:52jr池袋.

      高山平から北へ延びる尾根上に牛首山1638.0mがあり.幕営地の肩からこの3日間,我々を見守ってくれていた。
   昨日はその左裾から入山し.田代湿原から左に巻き込むよう登り.高山平を経て武尊山に登っている。

     左側の溝がマキバノ沢になる。牛首山東面は朝方の柔らかい陽射しを浴びている。山肌は繊細な色合いを織り華麗姿に変えている。
   ここから照葉峡までは正に今の時期. 紅葉の頂点を迎え飾りたてられている。

    
    野営地より出発前.7:36

    奥利根ゆけむり街道を更に進む
     木ノ根沢源流出合の河原台地.「水源の森」から右岸沿いに下ると直ぐ雑木の渓流になり.美しさを誇る谷間が構成されていた。
   「奥利根ゆけむり街道」はここからは武尊山の北面の裾を東西に横断するよう延びている。

     又北斜面は渓谷近くで.笠ケ岳の西尾根と共に尾根末端は急峻の壁を創り谷へ落している。
   又木ノ根沢の沢床は岩盤状で滝多く流心はうねり.雑木の絡みもあって.渓谷ならではの美渓を創られていた。
   右岸の車窓から望む照葉峡は今が紅葉の真っ盛り.連休の明日.明後日は紅葉狩の人々で溢れるだろう。

   落葉前

     咲倉沢を右岸に渡り.湯ノ小屋沢と沢名が変わると右後方に笠ケ岳登山口の林道を分けている。
   この辺りから急に緑が多くなった。今年は秋の渓谷美を一遍に見るのはなさそうだ。下流は時期的にまだ紅葉は早い。
   下流が紅葉で満ちる頃.上流では葉が落ち裸林になるのだろう。

     湯ノ小屋沢出合はT字路で正面は洞元湖. 右手前方の高みみ奈良俣ダムの堤頂が城壁を築き見上げられる。
   何時見ても.顎の突き上げる巨大なダムだった。木ノ根沢の途中で見た取水堰堤は送水管でならまた湖に落している。

     左折し洞元湖左岸の湖畔を綴る街道を抜けると利根川は狭まり宝線峡の渓谷へと更に繋がれる。
   左手の山間には武尊山西面から派出する各尾根の中腹に水上の名が付くスキー場の各ゾーンが見上げられた。その数は以外に多い。
   怪我でスキーを諦め25年近くなる。今でも山スキーに憧れるがこの歳.無理と考え.私はとぼとぼ野原歩きを楽しんでいる。

     広域観光案内によると「ゆけむり街道」は群馬県の北部に位置する利根郡と沼田市からなる一大森林空間に広がっている。
   素朴な風情の里山と四季折々の自然.そして170の源泉からこんこんと湧く温泉を訪れる観光周遊ルートとある。
   当然帰路は風呂にゆっくり浸かることになった。

     日帰り温泉から少し奮発して宝川温泉に寄る。藤原湖が近づくと宝川温泉の看板を見て.藤原湖の手前で奥利根橋で右岸に渡っている。
   宝川出合を左手に見て.宝川左岸沿いの林道を遡る。この辺はまだ紅葉の「こ」の字も染まらぬ.樹葉は緑一色の世界だった。

     9時の開湯までの間.宝川林道を散策しようと考えていたが旅館横の林道ゲートが閉ざされていた。
   林道の終点は宝川上流の林業試験地観測地までで.徒歩1時間半から2時間。朝日岳への登山口になる。崩落のため起点から通行止.

    宝川温泉
     車を降りて初めて見た谷間は温泉街の姿を現している。それが宝川温泉「汪泉閣」一軒が経営していると聞き驚く私。
   と云うことは宝川入口からは専用道路のようなものだった。2車線の確りした舗装道路が付けられている。
   9時の開湯を待ち.早々に露天風呂に浸かる。

     4つの井戸から湧き上がる源泉は4つで.混浴露天風呂と内湯を持ち.その1つ.1つはかなり大きな掛け流し湯。
   説明を受け.まず右岸に渡り.「小宝の湯」に浸かる。無色無臭の優しい湯だった。渓谷は緑豊かな樹林に被われ.瀬々らぎの音が心地よい。

     頭上にはカシ科の大木が湯船を被うよう枝を伸ばしている。時折風が舞い.その都度何枚かの葉が舞い.大きなドングリを落とす。
   湯底を指で探るとドングリを見付けた。鈴木が私の手元に投げ.ポトンと落ちた。湯底を探るとその数は以外に多い。

     対岸にパンツ1枚で移動して「摩訶の湯」へ。2段に造られた巨石をフルに利用した露天風呂に浸かる。
   湯船に並ぶ巨石には綺麗な溝が付けられていた。尋ねると熊避けの柵溝のようだ。昔偶に熊が湯船に入りに来たとか?

     溝に敷き板を張り.侵入を閉ざしていたらしい。ただ中央近くに壁ができる為.熊もゆったり温泉に浸かることができる。
   内湯しか石鹸を使えないと聞き.三度目は内風呂に入る。茹ること長時間浸かっていた。そして露天風呂の醍醐味を味う。

     宝川温泉の由来は一級河川の宝川は古く江戸時代から銅が採れ.昭和の初めまで銅山として採掘を行っていた。
   大正時代に湯治湯として宿泊施設を造り.現在の発展は昭和20年代後半になる。ダム工事により道路が建設され.電気が通るようなった。

     30年には2年の大工事で現在の本館が建てられ.旅館としての形が整い.次々と施設が造られた。
   ・・日帰り風呂¥1.500.最近は外国人にも人気が出て.1割を越すと云う。

     湯後は利根川沿いに国道17号線を南下し.渋川で蕎麦と考えていたが昼休みに入り.中華で昼食を摂り.見城さんと別れ渋川ICに戻る。
   復路は強い陽射しを受け.クーラーが利く車内。連休の真ん中.渋滞もなく真新しく造られた抜戸西ETCに降り東武若葉で解散した。
   皆さん.ありがとうございました。

   地図.山と高原「谷川岳.苗場山.武尊山」・・スカパ登山靴
   10月12日・・東京は観測史上初めて真夏日を更新. 13日には初冠雪を岩手山.北アルプスと本州で記録する。
   今年世界文化遺産になった富士山は19日初冠雪・・昨年より27日遅く.平年より19日遅い。

    「水源の森」から濃霧の上州武尊山ピストン
    日当たりの復路とゆけむり街道」・・字の如く浸かった宝川温泉