| ゆけむり街道を綴り.再び奥利根の晩秋の「水源の森」を起点にを田代湿原から.上州武尊を山ピストン 2013年10月10〜12日 L松村.m見城.滝島.鈴木 「水源の森」から濃霧の上州武尊山・・突然ガスは途切れ頂から望む至仏山 日当たりの復路.翌日は更に奥利根へとゆけむり街道へ 上州武尊山は上州片品村沼田市.みなかみ町.川場村の4市町村に跨る独立峰で.古くから山岳信仰の山として崇められてきた。 又武尊山の裾野を取り囲む街道を繋ぐ道路は現在「ゆけむり街道」として親しまれていた。 昔は金精峠や尾瀬口として武尊山の表側の街道として.沼田駅から路線バスに揺られ.沼田街道を通るのが常だった。 2010年10月.会津浅草岳からの帰路.三国街道から猿ケ京に入り.「ゆけむり街道」を綴って.奥利根「水源の森」に寄っている。 今回はその逆ルートで入山し.中秋のブナの森に囲まれた「水源の森」にベースキャンプを設け.上州武尊山の頂を目指す。時期も丁度同じ頃だった。 1974年12月に木賊から薄根川川場谷遡行している。尾根まで登れず.氷雪に閉ざされ.造林小屋で野宿し中退していた。それ以来の本峰登山になる。 奥利根「水源の森」キャンプ場.14:13曇天の山 前日9日の午前中に台風24号は温帯低気圧に変わり.10日は本州一帯は移動性高気圧に覆われ,晴れ間が多くなる。 暖かい南風は全国的に9月上旬〜中旬並みの気温になり.西日本では真夏日も多かった。 前線が本州南岸を抜けるも日本海には高気圧帯が残り.下層は南風の暖湿気が流入している。 朝方出発時.自宅前では下層に積雲が南風に乗り.上層は北よりの筋雲が共に強く流れているのを見上げている。 台風後の好天は長続きしなかった。関越道を取り囲む山々は層雲に覆われ.山々の頂を望むこともできなくなっている。 沼田のスーパーで買い出しを済ませ.道の駅で昼食を摂るまではよかった。「奥利根ゆけむり街道」に入ると完全に雨雲に覆われた。 奥利根ゆけむり街道 川場尾根.背嶺(花咲)峠の隧道を抜け.武尊山の南面の裾を横切ると幡谷にでる。そして大きくUターンし沼田街道に入る。 片品(鎌田)で金精峠への街道を右に分けている。左前方には武尊山が眺められる筈だがもう低い雨雲に覆われ望められず。 又この辺は針葉樹が多いこともあり.紅葉は疎ら過ぎていた。車は戸倉から坤六峠へ一気の登り詰めている。 鳩待峠への分岐, 看板には「車の規制は15日まで」と記されていた。人気の尾瀬も連休を過ぎれば終わりを迎える。休まず「水源の森」へ。 ジグザグにハンドルを切ると雑木林に囲まれ.山肌は次第に赤.黄葉の賑やかさが増し.細久保沢を渡れば.出合の「水源の森」にでる。 今回はここにベースキャンプを設け.上州武尊山をピストンする。 焚火用釜を囲みキャンプが始まる10月10日(木).曇後霧雨 jr御徒町¥160+5¥00. 7:26=7:55池袋東上線急行8:00=8:42若葉.全員集合9:06=T邸=9:31鶴ケ島IC =10:30沼田IC=スーパー「ベイシヤ」.買い出し11:10=道の駅「川場田園フラザ」.昼食12:10=13:05坤六峠(こんろく) =13:35奥利根「水源の森」キャンプ場. 沼田ICを降り。「ゆけむり街道」を綴り上州武尊山の裏側に当たる目的のキャンプ地「水源の森」にでる。 キャンプ場から望む武尊山は位置からして南西に聳えている筈だがここからは牛首山の山腹に阻まれている。 その上まだ昼下りだが層雲は厚さを増し.周りを薄暗くさせていた。 それでも明るい台地. この先直ぐ下流には照葉峡があり.今旬の紅葉美が渓谷を絨毯の如く被いを飾り立てている。 陽さえ射していれば自然林の混合黄葉が煌めき.樹葉の一枚.一枚に新たなうぶきを与え.鮮やかさ錦絵の紅葉を増させることだろう。 ただ天空は更にどんより落ち始めていた。 ここ「水源の森」は標高1400m. 西山(1898m三角点峰)西麓周辺に広がるブナの森林帯。 林野庁が選定したブナの森にあり.木ノ根沢源流の細久保沢.左ノ又沢.右ノ又沢.マキバ沢の各出合が絡まっていた。 流水は利根川水系湯ノ小屋沢木ノ根沢で奈良俣ダム直下にあり利根川に合流している。 緩やかな河原状の台地が広く開かれ,ブナの森には幾つもの遊歩道があり,整備されていた。駐車場に天幕使用可.無料.無人 新緑.黄葉の景勝地. 5/下旬〜11/上旬.紅葉は10/上旬〜11/下旬が見頃。 昨年7月から周遊道路は一方通行になる。又下流は直ぐ雑木の渓谷になり.色彩豊かな樹葉が覆い照葉峡の絶景を創っている。 その沢沿いに走る県道水上片品線は別名「ゆけむり街道」。 霧雨.日没前にシート掛けテント口へ移動 ![]() シート下に釜と照明器を並べる 天幕は夏に馬場島で使用した5人天.30年前のテントだが確りしている。今回は前回は馬場島のキャンプ. 反省から雨シートとブルーシートを共に大き目のものを使用した。そして幕営には雨を覚悟して設定場所も考慮している。 最近は山と山生活を主に.滝さんが炊事道具を多く持ち込み。テント生活を楽しく盛り上げている。 アルコール類も考慮.ビールに焼酎.ウィスキーに地酒「谷川岳」を購入。ビールは半ダースほど残る程度に呑み続けることになる。 水は細久保沢の流水を使用し.野営地は平日を狙ったせいか.予想通りまだガラガラだった。 トイレは水洗で新たに身体障害者用の立派な棟が造られ.全てが綺麗に保たれている。 万全を規して雨に備え設営後.炊事ができるようブルーシートを少し天幕口にずらした。 予想通り帳と共に暖かい霧雨が舞い始め.夜半から翌日昼頃まで降り続くようなった。ただ降っても小雨で助かっている。 夜半サラサラ降る弱雨に混ざり.枝木からの雨雫がホツンボツンと途切れなくシートを叩いていた。・・19時消燈 10月11日(金)霧雨後晴 「水源の森」キャンプ場7:05⇔木ノ根橋ゲート.=7:15一7:35森林浴駐車場一8:03田代湿原分岐.登山口一8:30小:40 一9:45カッパ一9:14高山平.武尊避難小屋一10:15森林限界一10:25小:35一10:47鎖場一11:25三ッ池一11:10中ノ岳南側分岐 一11:45上州武尊山12:25 ヒメカイウ園P.田代湿原登山口5時20分起床, 昨夜の残りオデンに餅を各2つ入れ.朝食を摂る。朝方はモヤが舞い.時折霧雨が舞っている。 コース上には泥径があると聞き.今回の山行のポイントはこのぬかるみの距離にある。これ以上降らぬことを祈り.天幕を後にした。 途中まで車が入り.周遊道路口がある左岸のタキガ沢出合まで向かうがゲートは閉ざされた間々だった。 後に車が入れると聞くも.開く時間が分からず.野営地まで戻り.改めて徒歩で登ることにした。 入山はブナ覆う町村界尾根へ.8:19管理棟横から「森林沿いのみち」に入る。左ノ又沢,右ノ又沢を渡り.マキバノ沢を飛石伝えに越え.ブナの森を南北に横断すると 周遊道路の「森林浴P」に突き当たる。左折して砂利道の道路を暫く進むと次の「ヒメカイウ園P」にでた。車でここまで入る予定でいた。 道標に「田代湿原」とあり.ここから武尊山登山口の小径に入る。ブナの森は傾斜が増し一気に尾根上にでる。 この小径は武尊自然観察遊歩道と結ばれ武尊牧場にでている。又「こもれびのみち」とあるが気にせぬほどの霧雨が舞っていた。 巨樹の群生する森へ.8:51ブナ林 尾根を詰めた正面の向い・南側に広がる台地が田代湿原になる。樹間の隙間から眺められるものの.濃いガスに閉ざされていた。 右手に尾根伝いに入れば直ぐ湿原への分岐に着く。立派過ぎるほどの登山口の看板が立てられていた。 大きな木製の標板には熊の絵が漠然と描かれ.武尊山登山口とある。湿原の由来を示してもよいほど大きな看板だった。 登る町村界尾根は中ノ岳まではみなかみ町と片品村の境をなし.その先頂までは川場村との境界尾根になる。 又,高山平にある武尊避難小屋までは田代湿原・花咲湿原・武尊牧場を結ぶ.武尊自然観察遊歩道が尾根の東山腹に開かれていた。 登ってきた道も下草は刈払われていた。道幅は2mほどと広く確りした径. 大地は落葉や苔に敷き占められ.足に優しく.心の解される径になる。 白霧が流れ淀んでいる。忍び込む霧粒が巨樹の森を神秘的な造形に変え.神々の宿る大地を創っている。 誰も言葉を発する必要はなかった。黙々と歩んでいるのではなく.何かを感じ.それに慕っているよう思えた。 玉原高原と異にするブナの巨木帯 尾根幅の狭さと東面端に位置し.脇には湿原があり.陽射しを十分に浴びる樹林帯はその先に雑木混ざるブナの林相を構成していた。 オオシラビソの森に変わる.9:05ブナの森からオオシラビソの樹林帯に入ると又違った雰囲気をかもちだしていた。周りは少し荒れ様相をなし密林が暗さを増幅させている。 山径はずっと確りしているものの高度1700m付近から重なり合う落葉に.根の絡みも多く山懐深い森に導かれてゆく。 露払いが多くなった。そして覚悟はしていたがぬかるみ径が現れだす。 ブナが何本も絡む.9:30避難小屋 尾根筋の左後方に建つ武尊避難小屋にでる。9:14. 地面から続く三角形の屋根型の小さな木造平屋。扉が壊れ掛かり老朽化が進んでいた。 戸口の左角の土間にストーブがあり.正面が高床で収容は7.8人ほど。地味だが少人数で宿る価値はある。ただ水場はない。 又積雪期は積雪に埋まり利用できないのでは? 左脇には林野庁と水上町の土地使用の借用契約内容が書かれた珍しい看板が立てられていた。 「国有林51林班区.避難小屋敷21u.水上町長腰越孝夫と」とある。 避難小屋から10mほどで武尊牧場方面に至る分岐にでる。武尊牧場へ中20分ほど下ると今登ってきた尾根の南側山腹へ入り, 田代湿原に結ばれている。又三合平の分岐からは一度東股駐車場に下り.草倉沢沿いに遡り.セミネ沢を横切ると花咲湿原にでられる。 花咲湿原の西隣が田代湿原になり.この一連のコースは前記した武尊自然観察遊歩道として整備されていた。 又夏期はアブに大分悩まされるらしい。 悪路 分岐から急に山径は悪くなる。小径に変わり,泥径の泥濘が行く先々を塞いでいる。又山径は確りしているものの笹藪の密る径になった。 スパッツを付けても泥溜りに足を突っ込むこともできず.長靴が一番よいようだ。 スパッツなしが2名いる。ズボンの裾口は泥まみれ.露払いも酷くなる。又鎖場手前でカッパの上下を着た。 蒸す暑さは内側に汗を掻き.私はラストを歩んでいる。文句を言うと露払いしているトップに怒られそうだ。 鎖場.10:47中ノ岳2144mの手前の急斜面. 岩盤が大きく露岩した鎖場にでる。岩溝沿いに登るが錆びが手に付き.鎖は最小限触れるよう気を遣う。 3ケ所ほどあっただろうか。その鎖場を越えるとツァーの団体と出偶わした。我々と同じ中高年の軍団だった。 最近ツァーも女性の方が多くなっている。長い列で聞くと19名+2名と云う。2名の意味はその後2人の単独行者が付いている。 小径で径を譲るも,中々先に進めなかった。森林限界まではまだ距離がある。 団体さんが離れ.一番ホッとしたのはトップの滝島さん。露払いがなくなったと喜んでいる。 中ノ岳南側分岐.11:10中ノ岳2144mの南側をトラバースする斜面は7月上旬まで雪田が残っているらしい。中ノ岳の南側で.前武尊からの登山道と合わさる。 この川場尾根を下れば前武尊2039.7mから大沢沿いの「スノーバル・オグナほたか」スキー場に至る分岐があり.又川場谷へも下りられる。 頂へのコースは登山道が分け入る毎に.泥濘の径は少なくなるようだった。 ここから仰ぐ空はまだ一面のガスの中.明るさが幾らか増し.白霧の白さも増してきた。この直ぐ先が森林限界になる。 日本武尊を祀った像.11:37森林限界を過ぎるも熊笹の斜面だけを足元に見つめ.眺望は全く望めなかった。再び天空を仰ぎ.足元の谷間を見下ろすも, 谷間は一面に覆う白霧の漂いを見下ろすのみ。起伏さえ望めぬ灰色一色の世界が広がっている。本来なら素晴らしい展望が描かれている筈だが。 見上げる山肩に昔からの山岳信仰が盛んだった日本武尊の像が祀られていた。 何処の登山道にも1対以上の像が祀られ.麓には東征の証の神社がそれぞれの里に建立されているようだった。 上州武尊山(沖武尊) 待つ間に雨雲は流れ明るくなった山頂.11:53上州武尊山は4つの保護石に囲まれた一等三角点標石のある。標高は2157.96m.基準点は「武尊山」. 脇には御嶽山神社の石柱あった。 百名山を狙う大阪の青年に撮影を請う お日様 武尊山2158.0mの頂に立ち驚くというか.奇跡か.足を一歩頂に踏み込んだ。次の瞬間を待つように.薄暗かった雲覆う頂に薄日が差しだした。 その薄日を通す白霧は直ぐ頂全体を覆い.明るい台地に変えている。更に白霧の流れは早くなる。 そして白霧の切れ目から一点の陽光から陽射しは膨らみを持ち.頂を照り付けだしている。 狭い頂の肩に足裏が触れ.明るさが増したと思う間に風が起き.ひと流れの風の終りに.被っていたガスの塊は失われ.陽が頂を射し始めている。 照り付ける陽射しが頂の台地を覆い.人影ができる。そして周りを囲むガスも切れだした。 西側の一部に霧塊りの流れができ切れる。そしてその隙間を縫い緑の山並みが見渡らせるようなった。 鹿俣山が姿を現し.北側に延びる尾根のガスを取り除き始めている。ガスの流れを見る限り.ここでは激しい乱気流を起こしいる。 山の姿を見せては再びガスの気団に隠され.次第に望める山の領分を広げだしていた。 頂に立つまでは薄暗い頂での昼食を諦めていた。頂に立ち.直ぐピストンして.風のない台地に戻る積りでいた。 それが頂で雲の流れを見続けている。被っていた雲は霧の塊りに変え.早い旋風が幾つも起こし乱気流は雲塊を壊している。 今までの気団を変え.新たな風の群がりがこの頂で競い合っている。 その間に陽が射しだした。もう少し待てば眺望が開かれる筈だ。頂に留まっていると山は天気の回復の兆しを現わした。 後30分も待たずに四方の展望は開かれるだろう。 山に入り.隣のコブも分からぬ天候から雲の切れ目に鹿俣山.前武尊を眺め見る。 主峰の剣ケ峰はまだ見えぬが.歓喜を上げる一瞬がきた。一時ガスに覆われるも.ここでも雲の切れ目は大きくなっている。 裾野の山並を点々と見下ろすようなった。 山名標 小広い平地の頂に大きな山名標が立てられていた。ローマ字の振り仮名が「ホタカサン」.八ッ峰の総称, 山名の由来は日本武尊の東征の故事によるものとされてをり.ホタカと呼ばれていたところ.日本武尊と結びついている。 山名に日本武尊の「武尊」の字をあてるようになったのは書物によると江戸時代と考えられていた。 山麓に点在する約30の神社の名が「武尊」表記となったのは明治以降のことのようだ。 日本武尊伝説は近世になってホタカ山の修験者が語り.始めたものと推測されているようだった。 鹿俣山1636.7m ガスの切れた隙間より剣ケ峰山から連ねる稜線(沖武尊,前武尊が火口壁で.その下が爆裂火口)。かなり規模の大きな火口と思われる。 現在は川場谷の源流? になっている。 ガスの切れた瞬間雲の先が越後谷川連峰方面 鹿俣山から玉原越を越えには関東一と云われるブナの森と玉原高原がある。 尾根は尼ケ禿山で支尾根を分け.南南東へ延びる尾根末端が迦葉山。 又武尊山を源とする片品渓谷には国の天然記念物に指定されている浸食されたV字形の岩盤を持つ吹割れの滝がある。 吹き降ろす山風は強いが中々雲切れず 巻機山.下津沢山.越後三山方面重なる笠ケ岳と至仏山 待つも中々燧ヶ岳は現れず笠ケ岳の左寄り雲の中が平ケ岳と越後三山 展望0の頂からどんどん眺望が広がった。後30分留まっていたかった。 時間はまだ十分あった。ただ頂は風強くコンロが使えず.一言いえば「腹が減った!」と先輩に怒鳴られそうだった。 それでも既に40分ほど頂に留まっている。ガスが切れただけ儲けもんと頂を後にした。 「水源の森」から濃霧の上州武尊山・・突然ガスは途切れ頂から望む至仏山 日当たりの復路.翌日は更に奥利根へとゆけむり街道へ |