| 白峰三山Top . 白峰三山U.二女強化合宿 大空に舞う鷹 1人の後輩に3人の先輩.強くなれ! 野呂川林道.広河原バスの運行経緯 広河原への白凰渓谷 . |
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| 盛夏の白峰三山大樺沢雪渓より s42年(1967年)07月27〜31日. L松村進.sL野中輝子(3).m関美枝子(2).保坂多恵子(4) 女子強化合宿 初日.大樺沢雪渓を遡り雪線で幕営する。午後から雪上訓練を行い.雪渓による恐怖感を取り除けるよう努める。 更に女子だけで後輩を連れて行けるリーダーになるべく.体力に対する自信を持つよう.女子としては初めて体力の限界を悟らせた。 2日目.キャンプサイドで雷雨の中.水汲みに1時間費した。飲料水の大切さと確保する考えを植え付ける。 又北岳を含め3000m級の山々に囲まれた白峰山を突破したことで.改めて山の雄大さを知り.日本の屋根を満喫している。 ペースに乗り.あっという間に農鳥岳に出てしまったが.大門沢の下りでは捻挫にも屈せず合宿を終えた。 頑張り通した根性.忍耐には合宿として.かなり達成できたと考えている。 顧て二年生1人でよく頑張ってくれている。街に戻り再び山に向かう時.精神面で大いに成長したと気ずくだろう。 関嬢の次回の山行が楽しみになる。 広河原―北岳―間ノ岳―農鳥岳―奈良田
7月27日.新宿20:27=23:37甲府 甲府駅前 20時27分新宿発.甲府止まり鈍行は空いていた。 何時もならこの列車を横で見て.23時45分発の最終列車に乗るものの.今回はどうせ待つなら甲府で待とうと早発ちした。 山梨交通ビルに待つこと5時間,東京とは違い.真夏でも夜中は涼しいと云うより肌寒かった。 隙間をよじり忍び込む冷気に身を縮め.うつろな瞼に悶えるうち漸く夜が明ける。山交ビルを出ると街は何処となく白びを帯びてきた。 7月28日.快晴午後ガス強し |
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, 雪解けの大樺沢 |
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| 甲府駅4:28=6:10広河原7:08一7:50小8:00一8:45小9:00一9:50小10:05一2股一10:45雪渓直下11:25一12:00左岸c1 直通バス 今年から広河原まで直接バスが入れるようなった。 ザックは別のトラックに詰み込まれ.鮨詰めのバスに暖かさが増していた。 野呂川林道 野呂川林道(芦安=広河原間)は芦安を起点にとして御勅使川(みだい)を遡り.夜叉神峠トンネルから北に折れ.刈安尾根をこれまた 観音トンネルを抜けている。そこからのルートは野呂川左岸を遡り.北上し広河原に至るスーパー林道。 鷹ノ巣山の山頂を北東に入って.深沢の深谷を大門沢(おおかど)の合流点下方で渡っている。(御池吊尾根登山口). そして鳳凰三山西面の沢と尾根をトンネルと橋で結び1500m〜1600mの等高線沿いに野呂川広河原にでている。 山梨交通.広河原バスの運行経緯 1952年.s27年07月.野呂川林道は山梨県が戦前企画したもので戦後直ぐに着工された。 1960年.s35年12月.アカヌケ沢左岸まで完成。まだ1/5万地形図には記入されていないが.既に白峰へは夜叉神峠越えをしないですむ。 もし第二期工事として大樺沢出合下1K付近に高さ150m以上のダムが構築されると, 満水時は北沢出合付近まで一大湖が出現する事になり.白峰へは舟で渡る事になるかも。 1962年.s37年野呂川林道として開通。同地域一帯は「白凰渓谷」と名付けられ.南アルプス北部の登山口は韮崎から芦安に移る。 1963年.s38年07月.広河原=芦安間警察ジープ. 芦安=甲府間バス.(千丈ヶ岳〜北岳大樺沢.バットレス遭難救助) 野呂川林道と電源開発道路(山梨県電気局の私道)を県道に編入し二ケ年計画で定期.大型バスの乗り入れ循環道路とする。 そして林野庁.建設省に道路拡張・避難所を申請.新設工事に着手した。 甲府=芦安間バス.芦安=広河原間.山交マイクロバスと芦安村の各鉱泉旅館の小型4輪トラックで運行。¥300. 甲府=夜叉神峠間直通バス. 1965年.s40年10月.甲府=芦安間バス.芦安=広河原間.山交小型4輪トラック予約乗車。(御池尾根より白峰三山) 1966年.s41年10月.甲府=芦安間バス.荷代含¥195. 芦安=深沢下降点間.山交小型4輪トラック¥300.(吊尾根より白峰〜塩見岳) 甲府=深沢出合間は前もって予約しておけばマイクロバス(夜叉神荘)が可能。@400 1967年.s42年07月.甲府=広河原間.直通バス. 夜叉神峠まで大型バス使用,ただし広河原=芦安間はマイクロバス。荷はトラック.(大樺沢より白峰三山) 1970年.s45年頃より.自然保護の高まりで開発が一時凍結されるなどの経緯がある。 1979年.s54年11月.芦安村と長野県長谷村を結ぶ延長57km(山梨県分34km)が完成。 1980年.s55年06月竣工.スーパーアルプス林道が開通する。 芦安林道が編入され.広河原=北沢峠間の移管を受け幅員4.6mに拡張された。57.6km この林道は国立公園内を通過する為,環境庁の強い要請に基づき広河原以奥のマイカー乗り入れを規制し. 村営のマイクロバスを運行する。 1986年.特定森林地域開発林道として「南アルプス林道」と名称を改める。 2000年03月.芦安.釜無川水系御勅使川岩魚釣り.マイカー 2001年03〜08年03月間.芦安.御勅使川で岩魚渓流釣り 2001年03月.芦安,釜無川水系御勅使川岩魚釣り.マイカー 2003年04月.釜無川水系御勅使川村は周辺4町と2村が合併し南アルプス市に。 2004年03月.芦安.釜無川水系御勅使川岩魚釣り.マイカー 2004年.夜叉神峠から先.通年マイカーの通行禁止.芦安に駐車場ができ.山交バスで広河原へ。 広河原=北沢峠=仙流荘前間は南アルプス林道バス.広河原=北沢峠間は南アルプス市営バス 北沢峠=戸台口間は伊那市営バスの各マイクロバスが運行.夏〜秋の間.自然保護の為.広河原=歌宿間は5月から。 現在の北沢峠ウォッ地図 山梨県早川から野呂川沿いを広河原に通じる野呂川林道も奈良田から先はマイカーが通年通行禁止となった。 JR身延線身延駅から奈良田までの山交ターンコーチバスが7/1〜10/31間.広河原まで延長運行を行う。 2005年03月.芦安,釜無川水系御勅使川岩魚釣り.マイカー 2006年03月.芦安,釜無川水系御勅使川岩魚釣り.マイカー 2007年03月.芦安,釜無川水系御勅使川岩魚釣り.マイカー 2008年03月.芦安,釜無川水系御勅使川岩魚釣り.マイカー 2008年04月.南アルプス林道と県道南アルプス公園線はマイカー規制を継続.1人¥100の協力金を運賃に上乗せし徴収。 マイカー規制の費用と環境保全の費用とする。6/25〜11/09間. 強引な山行 つい三日前まで.家の事情で男子二年強化,飯豊山行に参加出来なかったのを押し切り入山した。 女子と男子の差こそあれ.合宿となると大変である。それも二年強化は女子にとって最も大切な山行だった。 僕には8月1日朝までに東京に居なければならない事情がある。姉の婚礼がある。 他にリーダーは居ず.彼女こと関嬢は如何しても山へ行きたいと言い続けていた。 それ故,僕が駆り出される嵌めになる。停滞日のない無謀な山行だが彼女なら成し遂げられそうだ。 強引な山行が彼女を虐めることにもなるかも知れない。彼女に期待した。 広河原―大樺沢.雪線 |
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大樺沢と深緑 |
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| 大樺沢,二股直ぐ上より雪渓はツメまで埋っていた。 5年前,何も分らなかった僕が遭難者を救助した雪渓である。当時は梅雨明けし.今回と同じような強い陽差しを浴びていた。 足元の雪片も臨むと一層煌めいている。 雪渓と蒸す暑さ, 蹴る雪片にスノーカップはどっしりした重い感じを抱かさせている。 この雪渓は森が深いせいか.北アのアルペン的なものとは,また違った雰囲気をか持ちだしていた。 まだ体が山と馴染まぬ入山のアフローチ.汗が垂れボッカの身.蒸す程の暑さになる。二年生.1人だが頑張って貰いたい。 大樺沢雪渓 二俣雪渓の登行 強い陽差しも雪渓に入り込むと.急に汗の掻き方が変わりだした。 汗を掻くものの踏ん張る雪上から冷気がガスのよう湧き上がり.足元を冷やす。蹴るステップに雪塵が舞い.高度は見る見る上がって行く。 同期の野中嬢がトップを切り.関嬢が追うように付いて行く。荷は重い。 4人分の食糧を持ち.キスには黒ずんだ大きなナベを付けている。女子には重過ぎる入山。彼女は歯を食い縛り頑張っていた。 大雪渓の登行 |
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| 設営 キャンプサイドはちょうど二俣とツメ中間地点.左岸の雪線に天張った。 スコップを持ち石を掘り出して.ゴツゴツした岩の露出した斜面を整地する。ただ硬くなかなか捗らない。 適当と云うかとうとう. トト子先輩.リャンビン.ノッポの三姫一トラが.傾いた間々の天幕に陣取った。 湧き上がるモヤが陽を閉ざす |
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上部ツメで雪上訓練 |
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| 雪渓 雪渓上部に天張り雪上訓練を催す。湧き上がるガスがテントを被うと同時に.谷間は一杯ガスに包まれた。 風呂板を外した時.湯殿から湧き上がる湯気の勢いだ。雪面は濛々と蒸気を沸き上がらせ.カスは益々濃く.視界はおぼろになる。 グリセードか? |
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奇声を上げる女子3名尻セードする乙女達. 右より保坂先輩.関.野中 |
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| 雪上訓練 程々に切り上げ声を掛けようと思うも,トト子さん.野中.関嬢の訓練に対する真剣さと.興じる笑い顔で言葉が詰まり切みになった。 関が20m程先でストッピングをやりながら落ちてきた。彼女に恐怖心が出て控え目だが止めだすだろうと思うも.又登っては滑ることを繰り返す。 夏雪に惹かれ戯れているようだ。彼女達に応え.炊事までの時間のある限り.ストッピングとグリセードを経験させる。 好奇心が一番の経験と鍛錬になる。停まれば尻セードで奇声を上げる3人娘。 それ故尻セードをしながら天幕に戻ったのは既に谷間は帳も落ち.周りは薄暗くなっていた。 天幕設営12:10〜12:45.雪上訓練14:00〜16:00.消燈19:20 s39年07月.仙丈ヶ岳〜北岳(大樺沢) 大樺沢―北岳稜線小屋 |
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, 八ッ本歯ノ頭にて.バック間ノ岳 |
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| 7月29日.晴後曇一時雷雨 起床3:00 大樺沢雪線Ts1. 1.5:05一5:45小6:00一7:02小:17一鞍部一8:10小:25一9:10北岳小屋分岐:20⇔10:05北岳11:30 一11:45.分岐一12:25北岳稜線小屋c2. 鷹 3時45分幕営地をでる。1本目で水を補給.八本歯鞍部より御池の尾根上にでる。 尾根に立ち寝転ぶと.青空に1羽の鷹が両羽を悠然と広げ.ゆっくり気流に乗り旋回していた。 ビビたりとも動かぬ翼.上昇気流に乗り.グライダーの如く大きく翼を広げている。 よく落ちないものだ。青空と白く湧く入道雲が絵になっている。真夏の陽差しを受け風もなく.のどかな風景に見えた。 その鷹が目の前で急に翼を納め.一瞬停まり落ちるよう落下した。否や降下した。 凄い速さで弾丸のよう落ちる。まばたきすれば見失うスピードで。 何だろうと見詰める間もなく茂みを潜り.地上の接線に触れたよう直ぐ舞い上がった。野鼠を引っ掛けていた。 両足でがっちり掴んだ鼠が動めいている。獲物を見付けると一瞬ホバリングし.矢のような落下した。あっと言う間の一瞬だった。 関嬢の力 農鳥岳まで足を伸ばせると思っていたものの傾斜が増すにつれ.ペースはガタガタ落ちる。 僕は一瞬.荷を軽くし充分休みを取り.楽にしてやろうか考えたが.彼女の積極的な態度.バテたものの口元はピッシリ閉めていた。 昨日は入山とばかり食糧を殆ど背負わしている。それにも答えてくれた彼女。 その場の楽か.否や前日の行動に自信を持ち.彼女自身が己を知るのはバテる関.今しかない。 一度自分の限界を味わえさせねばと黙って見守ることにした。周りでシゴキの声が聞えた。 世間では今.シゴキ事件が三番沙汰になっている。関.頑張れ.トト子さんが「ガンバレ!」と励ます。 分岐より空身で北岳ピストン.ふらふらの千鳥足で登って行く。励ます先輩と僕.ゆっくり這うように頂に立つ。 苦労したわりに山は厳しかった。ガスに包まれた北岳の山頂. 南ア3000mの大パノラマもなければ目の前の視界もない。 ごろっと寝転んでしまった彼女。ゆっくり時間を与え.今日は北岳稜線泊りにした。消燈19:40 北岳白根小屋尾根 ![]() 池山吊り尾根に現れたご来光 北岳を望む北岳稜線小屋北岳稜線小屋―農鳥岳―大門沢小屋 |
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![]() 中白峰.間ノ岳 |
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中白峰を越え 間ノ岳7月30日.曇 起床3:00 北岳稜線小屋Ts2. 5:05一5:45小:55一7:00間ノ岳:15一8:05農鳥小屋:35一9:20小:30一10:10農鳥岳直下:50 一11:03山頂:20一12:20小:30一13:30大門沢出合:45一14:30大門沢小屋c3. 清々しい関嬢 曇りとは云え視界も良く.朝の清々しさにペースも増した。吊り尾根に掛かる朝日を受けてパッキングを済まし. 散歩を思わすパノラマの縦走路を歩む。初めて予定タイムを縮め間ノ岳.そして農鳥岳に達した。 乗越へ関は昨日の事がまるで嘘のよう.気も晴々した顔を覗かしていた。 トト子さんも何か言葉を掛けるとホホ・・と笑い。僕も漸く嬉しくなってきた。 野中嬢 西農鳥の登りで関を追うよう野中が崩れだす。 昨日.一昨日とバテ続きの関の手前.同輩とは云え野中を庇う事は出来なかった。 荷はそれ程背負っていないが水の飲み過ぎたようだ。胃がガブガブし吐き気を催し,また水を飲みたがる。 ポリタンを彼女に渡さないよう言って.1本取った。 頂は7月下旬の為か何処も人が多く.農鳥でも例外ではなかった。 大門沢の下り.足を少し挫いた関の荷を私物だけにし.快調に2時半.大門沢小屋前に天張る。 大門沢小屋―奈良田 |
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, 農鳥遠望 |
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| 7月31日晴 大門小屋c3, 6:15一7:15小:35一7:55大8:45一9:35小;45一10:30奈良田11:55 =14:30身延14:48=16:10甲府:34:=19:39新宿. のびのび沢を下る。 昼食は素麺を流し.蕎麦にして瀬々らぎの中で昼食。渓谷で下山の凱歌に酔い.幾つも吊橋を渡り.奈良田の里にでる。 霞の中の霞む富士 |
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大門沢を下る |
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| 新宿 新宿「山の音」に誘い.再び下山の凱歌を歓び皆で乾杯する。嬉しそうな関嬢は下山の喜びに慕っている。 彼女はもう自分の考えで.後輩を引っ張って行けるだろう。自信を持ってもらいたい。彼女にしてみてば僕は強引に思えた筈だ。 僕は「ご苦労さん!」しか何も言えなかった。トト子さん.野中と話す笑い顔が頬えましい。 女子強化について 二年女子強化は参加者が1名の為.初めは個人山行的ムードで押し勧める積りりでいた。 実際山に入ると彼女の負けん気な気持が伴ない.女子部員を育てねばと強化合宿として.男子並の行動を取る。 その為.肉体的及び下級生1人という精神的圧迫感は,かなり身に沁みたと思われる。 これから彼女の活躍に期待すると共に.先輩トト子さんの協力には感謝の念に堪えない。 南アルプス北部地形図U.山行表 |