探索の失敗から林道遅能戸線の終点から大回りして.林道金山線の起点に戻る
     山里の散策へ。金山線の起点から再び西奥山集落を抜け.葛籠峠を越え日影沢から日影.更に丘陵を下る・・畑倉.七保.神宮橋bs

    西奥山から土沢右岸尾根.ムジナ御前
    ムジナ御前西尾根から葛籠峠越え・・日影.畑倉.神宮橋

    ムジナ御前
   929m圏峰.10:51

    林道遅能戸線
      10:50ムジナ御前一11:18遅能戸線終点⇔780m橋,大12:00.一12:48橋倉林道起点一13:00遅能戸bs.

     929m圏峰を過ぎ.「四五」標石から伐採鞍部を目の前にして.北西の稜に乗るところ.やや可笑しいと感ずるも
   そのまま下ってしまっている。西尾根は更に南に向かい.檜の植林帯を抜け中村川に下っていた。正しいルートは北西尾根になる。

     登る筈が下ってしまった。植林帯は途中で右側に鹿害除きの白い帯が檜に巻かれていた。そのブロックを過ぎ.赤テープのマーキングを見ている。
   そして尾根末端は北側の沢沿いに入り.荒地には赤テープが程よい間隔で点々と付けられていた。足の向くまま下ると
   呆気なく中村川の川底へ降りている。右岸の台地に建つ立派は貯水場.左脇を降りている。

   林道遅能戸線終点.11:15

     中村川上流の最後の建物. 下った河原は標高750m付近の舗装が途切れた林道遅能尾線の終点地点だった。
   この先如何するかは河原で昼食を摂りながら考えることにした。上流側は道幅も狭まりダートの作業道が繋がり綴られている。
   昼食のポイントを求め上流へ遡る。

    中村川流域上流側
   左側が裸土の作業道.750m付近.11:21

    中村川
     ちょっと渋い林道が綴られている。河原を横切る道伝いの雰囲気もよく.ピクニック気分に慕り遡る。
   山道になり小橋で右岸に渡り.更なる小橋が現れている。手前で気持ちのよい所を見付け.中央左に見える水溝台で昼食を摂る。
   石台にあれもこれもとザックから食物を取りだし.食卓の形を取っている。

     今回は妻の手弁当. 保温箱にはご飯を.惣菜の小ケースにはシャケの切身に小ハンバーグ.ナスとジャガイモ炒め.ゆで卵と贅沢なおかずが詰められている。
   スープは止めて.和食に合わせほうじ茶を見付け.テルモスの湯を注げば.食事は出来上がる。久し振りの弁当は美味かった。食後のコーヒーも旨い。

     林道の更なる先の河原沿いには作業道が緩やかに綴られ.流れる風はジッとしていると肌寒く.ジャンバーを羽織っている。
   それでも今日は暖かい。今年は大陸からの寒波が大波のよう定期的に関東地方を襲い.明日から一桁の気温に戻ると云う。

     気象庁は3月20日.「異常気象レポート」を発表. 今世紀末に3.5度上昇すると報告した。短時間に強く降る雨が増加し梅雨は長くなる。
   原因は自然変動に加え.温室効果に又排出量の増加による。長期的な気温上昇が重なるためと分析している。

     世界各地で100名以上が犠牲になる大雨や熱波,寒波などが多数発生し.日本でも台風や前線などによる大雨.洪水.
   土砂災害などの被害が多く発生し.又夏の高温に起因する酷暑害についても取り上げていた。・・2005年以来の発表.

   林道を下る.12:00

     谷間上部はもう小川の渓相に変わり.水量は乏しい。それでも谷幅は以外と広く感じられている。
   下流を見渡すと索漠とした風景が広がっている。先ほど下った西尾根は檜に満ちる植林に覆われ望まれている。
   この先は林道終点まで戻り.中村川沿いに綴る林道遅能戸線を下ることにした。

    林道遅能戸線
     林道遅能戸線の起点,終点は賑岡町大字西奥山.延長3.314m.幅員3.0〜4.0m.
   下ってみると以外に多い集落に.綴る道は生活道の感じを抱かせ.全線が舗装されている県営林道。

     遅能戸集落手前には「民有地林道.山梨県」を示す真新し林道標識が立てられていた。
   又林道を下ると中村集落下流に林道分線があり.村営橋倉線が端倉峠を越え.真木川上真木地区と結ばれている。

    中村川中流の森林帯
   植林の王国.12:24

    解禁日
     程よく右岸沿いを下ると堰堤下で竿をだす釣人が見下ろされた。3間の竿を振り.時折誘い続けていた。
   釣人にとって,この堰がドン詰りり.この奥上流は水量が少な過ぎていた。先程広場に停めてあった車は彼のものだろう。
   手幅より小さい12〜13cmのヤマメは以外に多く釣れるが放流し手元は少ないと語っていた。

     更に200mほど下ると若者が林道から流心のカーブする対岸の深みに長竿をだしている。彼の仲間だと水箱から3匹のヤマメを見せて頂いた。
   今月解禁したばかりの渓流釣り.以外と釣人が多いと聞くも,今日はこの2人だけのようだった。釣果も甚だしく寂しい。

    西側からの720m圏峰
   林道より.12:26
    中村川から見上げる,朝方登った土沢右岸尾根末端

     中村川を綴る林道沿いを下ると点々と家屋が多くなり.主に右岸の狭い丘陵に家屋を構えている。
   渓流沿いは扇方に広がる谷間で形成され.全体に明るく.又民家の多さから見ると林道というより生活道路のようだった。

    末端のコブ
     中村の上流側の集落に入り.左手頭上に西面からの720m圏峰が望まれた。朝方登った土沢右岸尾根末端のコブ.
   反対の東面から登っている。見るからに整然とした山肌は檜の植林地。この整い過ぎた姿には感服させられる凄さをもっている。
   アップでこの美林の1本を覗き込んでも凛々しい姿。ここまで育てるには熟練と年季を要する大変な仕事道が伺えられる。

    土沢右岸尾根
   中村川側より.12:28

     中村の集落の中心部に入り.左後方をを見上げている。真蒼な天空に白雲が悠然と浮かびださせ.
   その境に土沢右岸尾根の稜が連なり望まれた。諦めた稜.この風景を見ても谷間は広く感じられた。

   遅能戸林道起点

    720m圏峰の東尾根
   朝方綴った裏側から見る尾根.12:53
    自然林と植林帯の境が伺える

     中村の集落から離れると再び谷間は狭まると中村川支流の戸沢が合わさり.中村川の流れからも離れだしていた。
   そして右手から支線の村営林道橋倉線が入ってくる。Y字の道角口が林道の起点になり.標識と脇に林道の抗があった。
   その脇角が路線バスのロータリー空地.終点西奥山のバス停。T字路だが正確には四つ角.左手に細い道があり.先は行き止まりになっている。

     林道橋倉線の終点は橋倉鉱泉。延長1.767m.ダート0.幅員3.6〜4.0m.
   鉱泉の先は市道になり.花咲山を控える橋倉峠(端倉峠)を越え.上真木で林道真木小金沢線と結ばれている。
   一昨年.猛暑トレーイングとして.端倉峠から花咲山を越え.浅利の集落に下りている。

    葛籠峠の右手.西面から望む高丸
   西奥山より.13:00

     分線点を過ぎると直ぐ,右手に549mのコブの南側を回り込み.西奥山の集落南に繋がる車道を分けている。
   林道は真っ直ぐ北側の丘陵台地を回り込んでいた。その台地は春になれば水田の広がる風景になる。

     林道を愉しく下ってきた。変化に富んだ渓谷に.そこに住む人々。ちょっとした会話が心に豊かな気持ちをもたらしている。
   そして周りの山々は何度か歩み.山名だけでも知り尽くしていた。その溝を埋めるよう.初めての林道を綴っている。再挑戦か.南東尾根か?

     吹切尾根の主尾根もよい。まだ終わらぬ山行に先を読む贅沢さ。諦めて谷間に降りたのに.もうその気になっている。
   ここまで下ると朝方出発した西奥山の集落も真近に迫っているた。

   葛籠峠取付き地点.13:09

    葛籠峠越え
      13:00遅能戸バス停一13:09取付き一13:35奥山林道一13:55葛籠峠:10一14:39日影.最奥一14:50日陰bs
      一15:24神宮橋bs.

     遅能尾バス停.Y字路を左側から集落に戻り.再びタッチする形で.朝方の右側の金山線に入り込む。朝方とは異なる昼下がりの
   明るい温もりを感じては林道を歩んでいる。大きな矢貝商事の建物先で朝方確認したコンクリートの階段を登り.葛籠峠へ。
   幅は狭いが以外と長い階段が続く。ドンドン高度を稼ぐのは朝方とは違い.人の力による。

   竹林上限の接線.13:21

    竹林
     その上の台地は一面の竹林. 深く落葉に埋まり.両手で合わせねば届かぬほどの太い竹林が育っている。
   地床は枯葉がうず高く積み重なり.笹などの下草はない。何故こんなにも多く.竹床が落葉で被われているのか分からなかった。

     枯葉に加え.通う人が疎ら過ぎ.初めからルートは分からなかった。頭上の斜面を見上げても.縁横は落葉に深く埋り踏み跡は見られず。
   考え留まっていても先に進めない。地形図の黒線は尾根に出るまでのトラバースが大変に思われた。竹林は広い範囲で広がっていた。
   意を決し竹藪に立ち向かい.そのまま直上して林道にでることにした。黒線どころか踏み跡も分からない斜面。

     地床は以外にすっきりした急斜面.両手で掴めるものを求め攀じ登る。吹き込んだ落葉が絨毯を創り.足元から崩れ落ちる落葉と奮闘する。
   落葉の流された斜面は靴先に硬い反応が返ってきた。そこに乗せれば滑り台になる。掴むものがなければ大地に体重を乗せ.又攀じる。

   右手にタイヤの残骸を見る.13:28

    720m圏コブ東尾根
   末端の植林帯の山肌.13:30

     竹林との林層の境は以外に長かった。その先は雑木の自然林が続く。やや楽になるも両手は塞がれたままの登りが続く。
   途中で右手にタイヤが枝に引っ掛かり.林道近いと知るも.それからの先も長かった。

     朝方の植林帯の藪とはガラッと変わる藪斜面が続いている。そして竹藪の落葉斜面を抜けると何もない赤土の裸斜面に変わっていた。
   小さな足場に平坦な凸凹もなく.ストレートな急傾斜.全ての落葉が竹藪に落されている。林道までの距離の長い斜面の落葉は全て失われていた。

     一息入れ,谷間を覗き込む。落ちる斜面は足元から抉るよう落ちている。仰ぐと対岸には朝方の尾根末端の720m圏峰が望まれた。
   朝方喘ぎ詰めた藪の植林帯が覆い被さるよう目の前に広がりを見せている。

    奥山林道
   右奥が葛籠峠.13:35

    村営林道奥山線
     更に詰めるとタイヤ2本が転がっていた。不法投棄だろう。バックミラーの背がちょこんと見えると息も上がり.
   大きくなりだすと林道にでた。左に折れる林道は金山へ下りている。途中で富士山景勝地を通るとアンテナの施設を過ぎ.
   金山鉱泉「森屋荘」があるY字路から林道金山線にでられる。

     金山本沢橋を渡り.下れば朝方の土沢右岸尾根の取付きを右に見て.遅能戸バス停に戻る形を取っている。
   右に折れると林道は直ぐ葛籠峠越えをし.大沢川沿いに下り東奥山と結ばれている。通年通行可.ダートなし.地勢図「大月」の黒線ルート.

     ただ私が峠越えに選んだ葛籠峠へのルートは取付きの階段は確りしているものの.その間々竹林の中を詰め,直線的に林道にでている。
   階段の先の踏み跡らしき所は深い落葉に埋まり.初めから全く見定められずにいた。当然薄い踏み跡もない。

     前回葛籠峠に立った時は西奥山へ下る峠路を見てもいた。探ると細い崩れそうな山腹道を確認している。
   帰宅して右に回り込み.沢を渡るルートがあることを知るが踏み跡は分からず済していた。
   又平成6年修正地勢図「大月」にはこのルートは黒線で表示されていた。

     現実的には点線ルートだろう。登るより下るルートとして選んだ方が分かり易く楽なコースと思われる。
   ただ「甲斐の山山」を読むとはっきりした道とある。その場のルートで下調べを疎かにし.述べたに過ぎないかも知れない。
   探し続けるより急な斜面を喘ぎながら登る方が早かった。馬力はいるが楽しく登っている。

    花咲山
   登ってきた西奥山の集落を見下ろす.13:37
    集落上は吹切尾根大丸ノ峰からの東尾根末端

     林道にでて再び重い高曇に覆われだしていた。急に薄暗さが増し.広い台地にでるも侘しさが漂い始めていた。
   遠望する対岸の山々にも陰りが見え始めている。

    葛籠峠と高ノ丸肩の深城線5号鉄塔
   林道から南東面を見上げる.13:39

    奥道志主稜の山並
   南西方向.13:40

     右中は吹切尾根の大丸南峰と大丸ノ峰・・手前が浅利川.先が中村川になる。
   左手前から花咲山. 重なる高川山西尾根.今倉山と御正体山.更に右の大きく見えるのは鹿留山。

    花咲山に重なる高川山西尾根と鶴ケ鳥屋山
   浅利川端倉沢流域.13:41
   端倉峠に乗るのは三ッ峠山

    葛籠峠(つづら)
   平坦な峠の東端より振り返る.14:04
    別名に天神峠.トヅラ峠

   峠の東端の日影への下降地点.14:05

    葛籠峠
     昨年の1月に.晴明盤東尾根から岩殿山へ向かい.峠正面のススキが茂る手前に降り立っている。
   そして右奥から再び南下し縦走していた。その登り口に鉄塔標柱があり.右に細い小径が綴られていた。

     そこが遅能戸の里にでるルートになるのかも知れない。
   葛籠峠は峠自体は広い平坦な台地で開かれていた。その東側端で.下りの偵察も兼ね1本取っている。

     薄日が差すが人の気配はなかった。何処となく黄昏の陰りが掛かり始めている。静かに夕暮れを迎えようとしていた。
   休んでいる間に.軽乗用車が金山側から登ってきたが途中でUターンし.直ぐ戻っている。

   檜の植林帯

     日影沢の取付きにはバックミラーの脇にある黄色いテープの立木が印となり.奥に踏み跡らしきものがある。
   ここが取付きだろう。檜の植林帯に入ると踏み跡は薄い。薄暗い急斜面で目が慣れていない訳でもなさそうだ。

     地形図を読むと破線があり.最初は本流の左岸高台を綴るが後は沢底を下っている。
   ルートとしてここが取付きとして.間違いはあるまい。谷底を覗き込むと上流は穏やかな沢相に思えた。
   突進するのみ。ツメだけは支えが必要だったが直ぐ楽な斜面に変わっている。

   ツメの深く抉られた枝沢.14:16

   踏み跡が崩れガレている.14:21

     源流部は左に支流が大きく抉るよう入り込み.巻く所には赤テープのマーキングがあった。その後も間を空けることなく
   印だけが点々と示されていた。本流に戻る手前でガレ落ちる斜面にでた。沢底より上部を巻いた方がよさそうだった。
   選ぶと踏み跡がある。

     右岸に目を向け沢沿いの植林帯を進むと.先は青テープも混ざる.はっきりした山径に変わっていた。
   更に綴ると暫くして.何の印か分からぬほど.テープ類が沢底に氾濫するようあった。
   少し右下の左岸上には飲料水用の放水路の径があり.貯水タンクを対岸に見て日影地区に降りている。

   日影最奥の家屋.14:39

     堰堤で下る先は行き止っていた。右岸に家屋を見て番犬が吠える中.鹿棚の扉を開け.日影地区最奥の家屋前にでる。
   日影沢に入る初めて流域.日影にでる。

     葛野川左岸からは岩殿.畑倉.小和田地区は何度となく遠くから眺めていた風景だが奥に位置する日影は地名しか知らぬ地区だった。
   日影は2012年1月に遠く小和田から晴明盤南東尾根を登る道中で.笹平を背に谷間に集まる集落を見留めている。
   又近場では昨年の1月.晴明盤から尾根を南下した折は葛籠峠の登りで.広く開かれた丘陵の手前にある集落を足元から覗き込んでいた。

    日影を前に晴明盤南東尾根南面
   左景.右奥は権現山稜.14:46

    晴明盤南東尾根
     日影の集落に入り.綴る生活道からは大沢川を隔て.並行に延びる晴明盤南東尾根をつぶさに観察することができた。
   斜陽した薄日を浴び.里山の長閑な風景に思える。裏山として幾つもの山道が綴られているのだろう。
   東尾根と合わさる灰焼場のツメまでは殆どが平坦な尾根.細かな起伏が波打ち綴られていた。

    百蔵山西面
   右景.日影地区から真東に望む.14:50
    葛野山と重なる800.1m峰に907m峰と百蔵山. 左中腹のガラ場は長ぞうり沢で下流に葛野川左岸古道が横切っている。

    百蔵山
     又歩む路面の正面に葛野川を隔てた大洞山.百蔵山がここからは独立峰として大きく君臨して望まれた。
   広い台地に飛び出した向い正面に雲天の大空に百蔵山が堂々たる姿で競り上がり.強調するかのよう聳えていた。
   今まで四方から見詰めていた同山の中でも.一番立派で眺めもよい。

     6.7年前に再び大菩薩に登りだした初めは牛寝通りを経て百蔵山を訪れている。その折は百蔵山の登山道を踏んでいる。
   頂からの展望がよいと市営グランドから周回した。そのコースが目の前に手に取るよう望まれた。又左肩下の崩壊地下には
   葛野川左岸古道が綴られ.浅川と葛野を結んでいる。崩壊地の下流は残雪期に横断し難渋した所でもある。

     路肩の庭先に蛇口を見付け.家主に洗顔を問うと断られた。念を押し.「洗顔を!」と繰り返すと。「どうぞ!」と勧められた。
   何か勘違いしたらしい。山を下りての洗顔はビールにも勝るものがある。すっきりした顔立ちになったような気がした。
   この辺は私の目には立派な真新しい家並みのみが軒を並べていた。

   広場のような二俣の日影バス停.14:52
    背の鞍部が葛籠峠

     日影から終点の日影バス停を過ぎ.葛野川左岸の大沢川沿いを下り.国道から上畑倉・下畑倉へと下る。
   左側の通りから山を下りてきた。振る返ると大きく窪む葛籠峠が望まれる。次のバスまで1時間弱待ち.歩くことにした。
   里の道はゆっくり大股で歩むに限る。飽きる間もなく展望を楽しみながら下ると.広場のような道幅が広がりY字路の日影バス停に着く。

    晴明盤東尾根と宮地山
   R139にでて.15:24

    国道139号
     日影バス停から日影入口で国道に入ると緩やかな下り坂も終え.葛野川右岸沿いに大きくカーブして広い河段丘稜を南下した。
   国道139号の上流側は昨年11月に松姫バイパスが開通し.即大月と丹波の青梅街道とが結ばれ.路線バスの上和田線が延びている。

     今歩んでいる葛野川下流の国道139号線は岩殿山の東南を回り込むバス路線でjr大月駅に直接結ばれていた。
   葛野川の丘陵を下り.河川沿いに畑倉地区に入ると久保小学校前を通り.道筋は住宅地から商店が多くなってきた。

     右手にカーブする角にガソリンスタンドがあり.フト思うにその真上にJRの送電線が架かっていた。
   jr上野原変電所からjr大月変電所に送電されるjr上-大送電線。大洞岩の北側を通り.葛野川を渡って71号鉄塔に架かる。

     この先は頭上を越え72号鉄塔に至り.岩殿山鞍部に建つ77号鉄塔を乗り越え.更に大月駅前の変電所と結ばれている。
   よく見上げると高圧送電線がガソリンスタンドの真上を通過していた。送電線がスタントを゙跨げるとは思ってもいなかった。

     路線バスが来るまで15分.日影から戻ってくるバスと行き違う。 稚児落しを源とする中倉沢川の脇神宮橋bsでバスを待つことにした。
   川縁の雑貨食料店は閉じている。自動販売機は飲料水と煙草のみ。アルコール類はなかった。
   大福は列車用に残し.干柿をほうばりバスを持つ。

      15:16神宮橋bs:40=15:57jr大月16:33=17:16高尾:16=18:28お茶ノ水.

     時刻に1分遅れのバスが着く。乗客は0だった。岩殿山の登山口を脇に見て.岩殿上bsを過ぎると丸山公園から桂川大月橋を渡った。
   昨年1月に晴明盤東尾根から入り.丸山公園に下りている。歩んだコースをバスに揺られ.大回りして大月駅前広場にでている。

     バスを降りて見た風景は運悪く上りの普通列車が今発車した。待つこと50分弱で特急が10分後に入線する。
   もう乗ってもよい歳になっている。ただタクシーの利用はこの頃多くなっている。我慢してビールで誤魔化す。
   次の列車は一番都合の悪い列車だった。高尾で乗り換え.更に特急2本待ち.特快にホリデー号をも待つ。それでも19時過ぎに帰宅できた。

   地勢図「大月」.山と高原08「大菩薩嶺」.zzz82左岸尾根上半.zzz84左岸尾根下半.革登山靴ハングワ・・18.484歩
   軽アイゼン.羽毛のチョッキ.テルモス600cc.茶500cc.昼弁当

     2015年03月14日に「jr北陸新幹線」と「上野東京ライン」が開業.
   北陸新幹線・・従来の長野新幹線(東京駅=長野駅間)から上越妙高駅.金沢駅間の延伸路線が進み.長野新幹線は北陸新幹線に統一され開業。

   上野東京ライン・・宇都宮線.高崎線.常磐線から東京駅.品川駅に結ばれ.東海道線と相互直通運転として開業する。
     東海道線から上野駅へダイレクトアクセツが可能になる。御徒町駅.秋葉原駅.神田駅は素通りする。
     我が町の御徒町駅脇の東側.留置線は長い期間を掛け改良された。

     西奥山から土沢右岸尾根929m圏峰
     929m圏峰西尾根から葛籠峠越え・・日影.畑倉.神宮橋