鷹ノ巣尾根から防火帯の石尾根を下る
     将門馬場からタル沢尾根を下るも強い濃霧強で.先が見定められず断念.戻り石尾根を末端.氷川へ下る

    旧巳ノ戸の部落から入り巳ノ戸尾根を綴り鷹ノ巣尾根
    お伊勢山.稲村岩尾根からヒルマシクイノタワを経て鷹ノ巣山.将門馬場で濃霧強く石尾根を下る ・・樽沢尾根は諦める

   ヒルメシクイノタワにでて鷹ノ巣山から石尾根を下る
   鷹ノ巣尾根の鞘口ノビレ・・お伊勢山の南鞍部.11:40

    お伊勢山から鷹ノ巣山を経て将門馬場石尾根
      お伊勢山11:21一11:43鞘口ノビレ一12:44ヒルメシクイノタワ一13:25鷹ノ巣山:45一14:07戸倉山への南側道分岐一14:43カラ沢ノ頭
      一15:00将門馬場:45⇔タル沢尾根. 一17:27林道小中沢線一17:32羽黒三田神社表参道口一18:00jr奥多摩.

     お伊勢山から南下るとヒルメシクイノタワとの間に大らかに広がる鞍部.鞘口ノビレにでる。樹林に覆われた木洩れ日の尾根筋に開かれた小平地。
   中央に祀られた箱形は昭和59年03月巳ノ戸谷で遭難した慰霊碑。遭難碑の脇には朽ち果てた古い道標が年輪を刻むよう斜めに傾き.如何にか留まっている。

     道標には左(西側)方面は「巳ノ戸ノ大クビレ,鷹ノ巣山」。右(東側)方面は「日原(バス停)」とあり.柱には「鞘口ノクビレ」とある。
   そして左奥に「多摩区分47/44」の林班界標柱が立てられていた。

   新旧山道に分岐・・「巳ノ戸ノ大クビレ」とある朽ち果てた道標.11:44
    近くに鉄骨や空き缶が散乱していた茶屋があったのか?

    旧林道
     日原の集落から巳ノ戸沢の主に左岸を遡る巳ノ戸林道は鞘口ノビレの左下から合わさり.鞍部から石尾根上の巳ノ戸ノ大クビレと結ばれている。
   現在は鞘口ノビレから先は大崩壊が進み廃道化し.取付きに東京都水道局の「通行禁止」の立札が示され.崩壊が激しく荒れた廃道になっている。
   巳ノ戸ノ大クビレは石尾根の鷹ノ巣山のその西側にある日陰名栗峰との鞍部にあり.直ぐ下に鷹ノ巣山避難小屋がある。

     巳ノ戸沢側の林道は崩れながらも踏み跡が残されているとのこと。20数年前までは正規の作業道が鷹ノ巣尾根と交差する形で通っていた。
   1983年版の「山と高原」地図には記載されている。過って日原集落から鷹ノ巣山石尾根を目指す際のルートは2つあり.
   現在残っている稲村岩尾根の他に巳ノ戸沢沿いをそのまま遡る「巳ノ戸林道」があった。

     又石尾根から青梅街道へと繋がるルートは浅間尾根を下り.奥・峰谷の集落を経て.街道の峰谷橋で結ばれている。
   街道から左に折れた下流は奥多摩(氷川)へ.中央は小河内峠越えで浅間尾根.或いは笹尾根を越え甲州街道へと.
   上流側は旧青梅街道から大菩薩嶺越え.甲府に至っている。

    巳ノ戸沢側のツメ
   右岸を主に巳ノ戸林道が綴れている

   鞍部から南側の鷹ノ巣尾根へ.11:43

   登るにつれ扇状に広がる.12:12

    スズタケ
     鞘口ノビレから登り返し,鷹ノ巣尾根を南下すると次第に幅広い斜面に変わり.伸びやかな尾根はブナ,カエデが多くなる。
   尾根の形状は失いつつあり.そして斜面を被っている筈のスズタケは全く見られなくなっていた。予想は外れ,スズタケは絶滅している。

     斜面は下生えもなく見通しがよくなっていた。
   まだ時期的には夏.真っ盛りの筈が気持ほどの枯節が地上から細く10cmほど見られるだけで.枯タケの姿さえ消え伏せていた。

   鷹ノ巣尾根上部の振り返る二重山稜.12:22

     そこは無意味な斜面が一面に広がり.高度を上げ.左手から起きる起伏との二重山稜になるも,スズタケらしき地層は見られなかった。
   況してこの辺はスズタケが背丈を越したと云われている。枯れた残骸すら見当たらなかった。

     2001年6月にここを歩んだハイカーの紀行文にによると枯スズタケの密度濃く.更に青葉のはっきりしたスズタケが茂り.
   踏み跡も分からぬほど密生していた。又立派なブナが多かったとも記されていた。

    稲村尾根の北側の草付き側壁
   ヒルメシクイノタワへの急登.12:28
    冬期には壮大な北側の雪壁になる斜面

   12:39

    ヒルメシクイノタワの北壁
     二重山稜が1本となり.平坦な突き上げの1480m付近から右寄りに南南東に向きを変えると苔むしるヒルメシクイノタワの北側を被う土壁を直登した。

     積雪期には雪壁になり下りが難しく.鞘口窪のツメに入り込んでしまう恐れがある。又右に回り過ぎると二重山稜の東外の谷間.巳ノ戸沢源流に入る。
   視界の良し悪しで左右されるだろう。一昨年2月にヒルメシクイノタワを下った時.稲村岩尾根以外にトレースは全く見当たらなかった。
   今回のタル沢尾根の状況と同様.視界はあることが下れる最低条件になっている。

    稲村岩尾根・ヒルメシクイノタワ
   「44/42」林班界標が立つ.12:44

     道標.13:17
     ヒルメシクイノタワの古い山名標と頂への途中で「45/44」林班界標柱

     ヒルメシクイノタワは稲村尾根上にある1562m点の細長い台地。詰めた向かいは鷹ノ巣谷。隔てる対岸はネズミサス尾根で
   木枝に閉ざされた植林とのモザイク模様が描かれた尾根。台地には真新しい「44/42」林班界標柱に.
   これ又古いガッチリした鉄柱の道標が立てられていた。ここは3度目の通過.今回はTの字にぶつかるよう詰めてきた。


   ミズナラの森.13:17

     ヒルメシクイノタワから頂まで高度にして170m. 前回は2度とも積雪の中だった。登山道に入り.最後の登りは積雪期に比べると
   傾斜は緩やかに思えた。登り易い確りした登山道で,途中に古い東京水道局の「45/44」林班界標柱を見る。

     これもコースの印として申し分ない。鷹ノ巣山の頂脇にでて.左脇に再び真新しい水道水源林の「45/41」林班界標柱を見定めると
   南面が切り開かれ.目の前に広大な頂の草原台地が現れた。

    鷹ノ巣山南面の展望と蠅
   ・・2015年08月X.13:26

     北側の自然林を抜け.鷹ノ巣山にでる。無雪期の2012年秋に現役と雲取山に登って以来3年振りになる。
   そして何故か今回も同じ石尾根を末端まで歩む。遅い昼下がりの登頂,先客は単独と2人パ-ティの2組だった。

     南斜面に開かれた草付きで.霞む展望に見とれながら長閑に憩いの場を楽しむ。
   遠方の展望は薄く悪い。奥多摩三山が如何にか見得るが天候は崩れ気味,雲の流れも怪しくなっていた。

     天候に係らず蠅が多かった。鷹ノ巣山ではこの時期に初めて訪れたが.人が居る所には何処にも煩い蠅がいた。
   特にこの処歩んでいる日原川流域は更に多い。それも群をなし蚊柱でなく蠅柱とでも言えるほど囲まれ.食物をザックから出すともなると群がってくる。
   時として食事は諦めざる得ないことも多い。

     休む場所を工夫すれば幾らか解消できるが.人の居る所には必ず蠅は寄ってきた。増して今回は大アブもいた。紫煙を煙幕にして我慢するも.
   蠅と異なり.タオルで払うも終えれば戻ってくる。人数に合わせて蠅は分散するのだろうか? 又は何処かに潜み現れるのか?

    榧ノ木山ノボリ尾根
   峰谷川入奥沢.13:28

    入奥沢源流
   榧ノ木尾根と浅間尾根に挟まれた入奥沢.13:29
    榧ノ木尾根から入奥沢中腹道が谷間に横切っている

    振り返る鷹ノ巣山
   水根山付近の防火帯より.14:00

     鷹ノ巣山東面の石尾根を下り.幅広い防火帯を歩む。城山・カラ沢ノ頭と緩やかな起伏を越え.将門馬場へと歩を進めている。
   南面に照りつけていた薄日は途切れるも.モヤを切り.時々現れる木洩れ日が変化を与え.薄く明暗の景色を何度も創っている。
   明るい光がスポットライトの如く照り付けると更に神秘さを漂わしていた。

   南側の山腹道分岐.14:07

    道標の想い

     「石尾根縦走路.←鷹ノ巣山.鷹ノ巣避難小屋.六ッ石山.奥多摩駅→」と「戸倉山.水根.熱海→」の道標が立つ分岐にでる。
   右に折れれば榧ノ木尾根に入る。前回.この道標は雪原に半ば埋まり.真っ白い大地に道標だけが頭を突き出していた。
   ここで「戸倉山」を指す道標に魅了され.「女の湯」へのコースを思い.樽沢尾根の下降を諦め榧ノ木尾根に変更していた。

     奥多摩湖までラッセルする方に野心が惹かれていた。計画通り実行せねばと将門馬場に向かうも.我慢できずに戻っている。
   優柔不断と云われても.当時は長くトレースしたかったからだろう。

   防火帯を綴る.14:13

    城山1523m付近
   14:38

    将門馬場
   登山道と少し外れている.15:00

    将門馬場
     14時43分.北尾根に侵入禁止のロープで囲まれるカラ沢ノ頭に立つ。3年前にネズミサス右岸尾根から詰めた頂。
   立木には古い「六ッ石方面」の道標が打ち付けられ.脇に「61/40」林班界標柱が立てられていた。
   ここから一気に急下降し.尾根筋が緩むと石尾根の縦走路は将門馬場の南側を巻く形を取っている。

     将門馬場の手前から縦走路を分け.頂を目指している。左手に分かれるとやや浅い踏み跡を辿り.ほぼ平坦なブナと落葉松の森に入っている。
   遠くにやや高みを見付けると中央が仄かに高い将門馬場の平頂.1455mにでた。霞みが舞い.唯の駄々広い頂は薄暗い台地に変わっていた。

     古い「保安林」の黄色い菱型標柱があり.立木には幾つものテープ類が巻かれ..小さな手製の山名標があった。
   平坦過ぎる頂部分は何処にあるのか分からぬほど広い落葉松の森の中。踏み跡を外すと頂は見付けずらかった。

     まだ稲村尾根のツメを登っていた時は左手に日原川に没する3つの北尾根にガスが巻き込むよう湧き上がるのを見ていた。
   そして午後になりその頂稜を綴ると濃いガスの塊は石尾根の尾根筋を南北に分ける接線を創っていた。

     明るく照りつける台地にガスが舞い.下る道中は交互に日当たりを映していた防火帯。そして次第に陰りが多くなる将門馬場に立つ。
   ここから樽沢尾根を東日原に向かい下ることになる。衣類は汗で絞るほど濡れているが体は火照っていた。

    タル沢尾根
   途中で見つけたマーキング

   この後.全く視界が閉ざされる.15:39

    樽沢尾根・・退敗
     北東に下る樽沢尾根を磁石で確認し,目指すと直ぐ取付けを示す赤テープの立木を見付けている。2時間の行程.意気揚々と下るのみ。
   確りした尾根にモノレール軌道がある。迷えば軌道を探れば如何でもなると考えていた。まず尾根らしくなれば大丈夫だろう?

     更に雲下に薄暗さが増すと林立する立木が尾根を被い.ガスの粒子の塊りが彷徊し.見定めるものが失われてきた。
   先を当てにする目印が見付けられなくなる。次第に一律に広がる落葉松の森は閉ざされてしまっている。
   足元の傾く斜面は見定められるものの.マーキング類は全く分からず。視界は見えて2m弱.凄い霧粒の中にいた。暫くして漸く見付けた赤いテープ。

     まだ尾根筋は見定められず.先の踏み跡は分からないでいる。様子を見ようと暫く待つも.ガスの流れは止まり回復する兆しはなかった。
   登りなら如何でもなる尾根.下りは今回枝尾根に入り込む確率が高過ぎていた。
   増して未知のルート。真夏の覆い被さる樹葉に閉ざされるのでなく.ガスに閉ざされている。

     これだけ確りした尾根でも,ガスが濃過ぎて,睨めているだけで何もすることはできなかった。写真の展望より薄暗く濃い。
   濃霧でポイントとなる地形が読み取れず。漸く3枚目になる赤テープを見付けたが.次に導いてくれる赤テープを探るのが大変だった。
   まだ尾根筋も分らぬ間々.下るのを諦め頂に戻りことにした。戻りは高みを目指せば何処でもよかった。

    将門馬場から石尾根へ
   縦走路への踏み跡径.15:10
    将門馬場に戻り.尾根上を南東に下ると縦走路と合流する

     頂に戻っても時折薄暗いガスが流れ込み.息でその明暗を示している。尾根伝いの南面は概して高曇の日差しが戻されていた。
   石尾根の北面を覆うガス,下山を考える。予定の樽沢尾根は2時間のルート.この先何処へ下るも長い時間を費やす。
   一番近いのは六ッ石山を越え水根へ.奥多摩湖にでるコース。

    石尾根筋も深くガスに包まれる
   六ッ石山分岐への道.16:00
    一時雨粒が降りだすのではないかと.

     先程鷹ノ巣山の山頂で相談を受け.初めて登ったハイカー2人に勧めたコース。そこを下るにはメンツでもないが屈せず.他のコースを考えていた。
   六ッ石山分岐手前でトレイランナーに追い越され.結局.奥多摩駅まで下ることにした。

     防火帯は湧き上がるガスが更に周りに変化を加えていた。この時だけの色々な風情を創り出し楽しく下っている。
   体は入山の時より順調だった。私は時間を考慮し走るよう大地を蹴っている。早足ならぬ駆け足で石尾根を駈け下りた。

   尾根筋は次第に明るみに.16:07

   高度が下がるにに従い明るさが蘇る.16:14

    防火帯
     尾根上に長く延びる防火帯は時折北側からガスが迫り.大地に彷徊する霧粒が緑深い樹林や草付きに.幾らか湿気を帯びさせている。
   既に暦では残暑だが四季それぞれに気を癒す防火帯. 山の色合いが.今は夏の緑深いトンネルの道を潜っている。

     長閑で散策的気分で下れば一番よい。ただ今は全力で石尾根を駆け下りていた。灰色のガスが舞えば山は陰り.
   黒木の茂みに中では帳近くを思わせる。時折明るさが戻り.ホッとさせるも.雨が降りそうな雰囲気.そこを一気に下る。

   16:48

     三ノ木戸林道(さぬきど)を経て奥多摩へでる分岐を右に分け,前回と同様絹笠へ。
   ゴロ石の防火帯から林道の小径に入り.粘土状の滑り易い窪溝底を下る尾根の末端にルートを取っている。
   大分薄暗くなった。日没は18時20分.まだ1時間半近くあるが周りは所々で薄暗く陰りを見せていた。

   17:03

     桟橋を渡り小尾根筋にでて.左前方に奥多摩工業の工場群を見下ろすと里近くを知る。
   登山道は更に細い小径に変わり.小細工が多くなる。そして下草を分ける小径に入れば小中沢林道にでた。

    林道小中沢線
   上が三ノ木戸への旧むかし道.17:12

    最後に踏ん張る
     前回は鷹ノ巣山からここ林道小中沢線まで3時間半を費やしている。現役合宿にOBが参加.遅れた者がいての時間。
   今回は巳ノ戸尾根から登り.途中の樽沢尾根から下山できなかったが.将門馬場からは2時間を切っていた。
   ホットとすると同時.もう少し山登りに繋がる自信になればと思っている。道中2人のトレイランナーと擦れ違っていた。

     簡易舗装の狭い林道を左折し下ると直ぐ支線の不老線が左手から合わさり.道幅も広がり.林道伝えに急カーブでUターンし.道なりに進む。
   そして前回と同じく農指の集落に入ってからは.左手の「奥多摩駅」の道標に従い近道した。

     林道の向かいには水場があり.流水に漏斗が置かれ.受け溜めの水槽と脇に別のバケツが置かれていた。
   こう暑いと下山には嬉しい贈りものだった。浴びるよう洗顔し.それから丁寧に拭いた。潤う飲水は幾らか甘味を含み.ペットに詰め替える。
   茶500cc+ポカリ500ccが今日の飲料水.後一口で終える処だった。

    道租神
   右の道が羽黒三田神社表参道口.17:37

     農指の集落に入り.林道をカットして左の枝尾根の近道に入り.羽黒三田神社の裏山から表に回り.本殿で参拝して正門の鳥居を抜けた。
   前回は石階段から左折し再び林道の坂道を下っている。今回は林道をそのまま横切り.表参道からむかし道に入り青梅街道.南氷川に下りることにした。

     ほんの少しの距離だが表参道口に並ぶ仏石達とも出会うこともできる。古社羽黒三田神社の神明門前の坂が羽黒坂。
   平将門の子孫である豪族.三田氏が崇拝した神々.羽黒権現と穴沢天神が祀られている。


       90度変えた同じ道標.17:38

    下山
     むかし道に突き当たった表参道口脇に道標があり.左裏側に回り込む道が「jr奥多摩駅」と繋がれている。
   南氷川へ急坂を下る道. 右手に奥多摩の街並を見下ろし.旧奥多摩水沢貨物線の橋桁を潜ると住宅地に入る。

     この地区奥端のお寺さんの参道階段で着替えを済ました。半袖.半ズボンのすっきりした顔達に戻り.汗でビショビショ濡れた衣類とも解放されている。
   後はビールを呑むのみ。青梅街道にでた左角の「ヤマザキ」で缶ビールと目と合ったアイスキャンデー「ガリガリ君」を購入.18時ジャスト.明るい内にjr奥多摩駅に着く。

     ホームに入線していた列車は一車両に2.3人程のガラガラだった。着替えた衣類はもう汗で幾らか湿っている。冷房が利き過ぎか.やや肌寒い。
   それでも喉の潤いを求め.車内で一気に呑み干している。

     18:00jr奥多摩:05=18:47青梅:57=19:25立川=20:05お茶の水.
   中野付近でjr連続放火火事があり.又立川駅構内では線路に人が入り.中央線.青梅線は混乱.青梅線は直通運転を中止へ。

   地形図「武蔵日原」「奥多摩湖」.zzz111巳ノ戸尾根.鷹ノ巣尾根.zzz112タル沢尾根. スカパ登山靴・・・33.561歩

     翌日23日.台風16号の影響で北東風は更に気温を落とし.夜半は秋風を感じるようなり.9月半ばの陽気で過ごし易くなる。
   左足首にやや不安が残るも.歩いた行程からみれば.まだまだ大丈夫のようだ。続けてもう一度歩む必要を感じていた。

     東日原から巳ノ戸尾根.鷹ノ巣尾根
     お伊勢山.稲村岩尾根からヒルマシクイノタワを経て鷹ノ巣山.将門馬場で濃霧強く石尾根を下る ・・樽沢尾根は諦める