奥多摩.巳ノ戸尾根から石尾根.鷹ノ巣山X.石尾根を下る ・・日原林道南面の尾根Top

   鷹ノ巣山から将門馬場に出るも漂う濃霧が強すぎ.取付きの先が全く分からず.樽沢尾根から東日原への下降を諦めj氷川へ
     東日原から巳ノ戸尾根.鷹ノ巣尾根.稲村尾根を経て鷹ノ巣山へ―濃霧で樽沢尾根を諦め石尾根を末端へ下る  2015年08月22日.松村

    旧巳ノ戸の部落から入り巳ノ戸尾根を綴り鷹ノ巣尾根・・「武蔵日原」の絵地図.寺屋敷と岩稜の展望台
    お伊勢山.稲村尾根からヒルメシクイノタワを経て鷹ノ巣山に立ち石尾根を下り氷川へ

     日原川左岸.旧道寄りの中日原集落
   東日原バス停より集落を見下ろす.7:56
    日原川対岸の河原はタル沢尾根の末端

      8月22日(土)曇後濃霧.御前中一時晴れ間あり
    jr御徒町4:49=4:52神田5:00=5:55立川6:04=6:34青梅:35=7:18奥多摩:27.西東京バス=7:51東日原bs.

     都心では盆を過ぎても猛暑日が続いている。前線が薄れ.何時も午後になると雷鳴が轟き.狭い東京の何処かで大雨.洪水注意報が発令されていた。
   不安定な天候の中.鳥島沖に台風16号が接近.北日本は北東の風を呼び込んでいる。その曇天を狙い奥多摩に入る。

     暑さに対する疲労を考え.東日原を起点に巳ノ戸尾根から鷹ノ巣山に立ち.タル沢尾根を下り周回するルートを考えていた。
   2年前の2月.榧ノ木山ノボリ尾根から鷹ノ巣山に立ち.このルートを下る予定でいたがヒルメシクイノクワからの北側の雪斜面の地形が呑み込めなかった。

     アイゼンを持参せず氷化して諦める。又樽沢尾根自体は安定し.モノレール起動もあり楽な筈だったが.今回では3度目の挑戦になる。
   ただ今回は尾根に入りながら濃霧で動けなくなり.尾根沿いに多く付いている筈の印さえ.見付けられず.戻り.迂回して石尾根を下った。

     今回はよい機会に恵まれるも.滴る汗に体力の消耗が激しく.一歩.一歩が重く圧し体の動きを鈍くさせていた。
   その上タル沢尾根の下りでは午後の凄い濃霧の壁に隔てられていた。地形が全く呑み込めないばかりか.立木すら分らなくなる。

     一度下るも真近な尾根が起きる所さえ呑み込めず諦めめざる得なかった。登り返し.無難な石尾根を末端に下っている。
   この下山の選定は四季の味わい噛みしめるには違った意味でよい下山になってもいた。

    樽沢尾根末端
   バス停広場より今回の下山ルート?

    旧道と4度目の樽沢尾根
     日原の集落からタル沢尾根末端に下るには旧日原道から日原川無妙橋を渡り.右岸にでると旧日原道にでる。又タル沢尾根には旧樽沢道が綴られていた。
   地元学マップによると旧日原道(日原古道)は現在の日原街道の対岸に位置し.「日原開拓時の600年ほど前から昭和20年頃まで使用されている。
   道幅が狭く.地形は殆どが断崖絶壁を通り.眼下には日原が小さく見下ろされていた。」・・後略.

     又樽沢尾根には現在モノレール軌道が設置されている。その新設が却って.旧タル沢道として通う人が減り,荒れ始めていると最近聞いている。
   この樽沢尾根には昨年3月に下る積りで入山していたが残雪に埋まる,倉戸山南西尾根のトレースに魅せられ.急遽変更し今回に至っている。
   ただ今度も頂から軌道まで下れば.末端まで如何にか下れたものの.現地に入り先が見定められぬ濃霧に遭遇.尾根に乗りながら頂へと諦め戻っていた。

    7:51東日原bs一8:20取付き分岐一8:38旧巳ノ戸.廃村一9:06巳ノ戸尾根東端一10:09岩尾根一10:36八丁山一11:21お伊勢山.

     東日原行,路線バスの乗客は5.6人が立ち.川乗谷バス停で2/3ほどが降りている。倉沢谷バス停では1名が下車.残りは終点東日原へ。
   分散されたハイカーは鷹ノ巣山へはその1/4ほどが入山した。又巳ノ戸尾根に入るのは私独りだけになる。
   連日の猛暑から考えると曇天に覆われ.20℃台の楽なコースに思われた。初めは一片の蒼空を仰ぎ足を運んでいる。

    稲村岩と八丁山
   中日原地区.8:03

     日原に入ると日原街道から常に見上げる風景。朝モヤの湧き上がる雰囲気に登行欲を掻き立てられ.目的の山へと足を向けさせていた。
   今回は鷹ノ巣山に登るため.日原の中央左下の取付き看板「稲村岩を経て鷹ノ巣山方面登山口」から日原川左岸の河原に降りている。

     鷹ノ巣尾根と巳ノ戸尾根
   石灰岩の露岩した稲村岩

     稲村尾根の末端に稲村岩が立ち.そこを境に日原川右岸の支流,鷹ノ巣谷と巳ノ戸沢とを分け.日原川本流は右前方へ遡っている。
   鷹ノ巣谷出合を飛び石伝いに渡れば左端がネズミサス右岸尾根の取付きになる。数年前に初雪のこの北尾根を詰めている。

   呆けるが図形がよいバナド岩から撮影・・2012.05.05/10:30
    横篶尾根から長沢脊稜を綴り.七蹴山から秩父大平山を越え峠ノ尾根から浦山.川俣に下った折

   日原川左岸へ降り.鷹ノ巣沢沿いの杉の植林帯に入る.8:05

   日原川巳ノ戸橋.8:09

    鷹ノ巣沢出合
     昔.巳ノ戸の集落(3〜4軒)に通じる橋が架かり.その直ぐ近くに大きな淵があった。洪水の度に埋まり.今はその面影はない。
   左岸からさほど離れていない下流側.大岩のたもとに.古ミノト橋が架けられ.巳ノ戸の集落の入口になっていたようだ。
   又鷹ノ巣山より流れ下る鷹ノ巣沢の出合には大きな淵があり.水車を回して村人達がここでアワやヒエをついたと云われている。

     今回は巳ノ戸橋.「オタビショノ下」では.天祖のたて岩さんが秩父の妙見山に旅に出るとき.ここで身仕度をしたという。巳
   ノ戸に通じる橋. ここで日原川を右岸に渡り,巳ノ戸沢左岸沿いの巳ノ戸林道を遡る。
   そして巳ノ戸橋から10分ほどに最初の道標「←鷹ノ巣山.日原→」があり.その裏側から登山道を分け.巳ノ戸尾根へと山腹道に入っている。

     植林帯を綴る確り踏み固められた山道は大きくジグザグに切っている。九十九折れの最初に.左手から入る作業道は小伐採帯へ続いていた。
   右手に分かれる枝道は巳ノ戸尾根の北側の末端に回り込む踏み跡は荒れた水源巡視路の水平古道になる。

    水平古道
     朽ちかけた林班界標があり.左上には断崖が数百m続き.鹿柵にでて滝入ノ峰を望むと大きなツガの木が現れる。
   800m付近では何処も悪場だらけでルートは探るのに苦労しているようだ。右上の大岩の割れ目から灌木が生え.そこを目指して右に斜上し,
   1050mの岩場は左の巻道へ。巳ノ戸尾根に出たら八丁山を往復とある。

    旧巳ノ戸の部落
   巳ノ戸部落跡の廃墟風景.8:37

   石積みに小屋の廃材が残る

    巳ノ戸
     巳ノ戸へは以外に多い蜘蛛の巣を切っている。分岐より18分の登りで.旧巳ノ戸の集落,廃屋跡にでる。
   古い石積みがあり.トタン板.木材に生活用品のナヘや瓶゙等が散乱した雑草の被う小平地. 民家跡にでる。

     奥多摩の町誌に「巳ノ戸」は集落としての記載はなく.この辺の家号の1つで.古い地図には「巳ノ戸」(岡部姓)との表記があった。
   何十年か前に2.3軒の家屋があった模様。

     「巳ノ戸」は「水ノ戸」を意味し.豊富な水のでる所と云われ.山奥の隠し沢として,巳ノ戸谷では山葵畑が作られ.生活の糧になっていたようだ。
   同じ語源と思われる地名では小諸の北側の浅間辺りにある「水ノ登山」。八ケ岳山麓の「美濃戸」が連想されている。

   落葉松にブナの森.9:04

     この廃墟から先は2つのルートに分かれ.右上(東)の方にも.はっきりした踏み跡が登っていた。下調べでは左方がよいとあるが?
   又廃墟を突っ切っている小径は左手(西)へ進み.その上のお墓の横から高みを目指している。
   道形は怪しくなるが振り返ると廃墟脇に炭焼き跡が見下ろされた。

     斜上する踏み跡が緩めば山腹を右手に北上し尾根筋に直上した。尾根筋の真近にでて.尾根東端の切り開かれた所で稲村岩が見下ろされ.
   少し戻れば燕岩も確認できる。廃墟地から東の踏み跡を辿れば直上する模様。

     又少し近道し北側の展望を見過ごし.そのまま巳ノ戸尾根南面の山腹道をトラバース気味に進み.植林帯を斜上しても尾根上に乗ることができる。
   尾根に乗ると仄かに向いの谷風を受けている。肌に触れる弱い朝風が心地よい。

    巳ノ戸尾根(八丁尾根)と燕岩とカロラー谷
   巳ノ戸尾根東端の小さな切り開きより.9:06

     燕岩の懸崖. 滝谷ノ峰(タワ尾根ノ頭)1710mから南東に延び.尾根筋が小川谷出合に没するのがタワ尾根の末端に当たる。
   その背後には台地に大きく喰い込むカロラー谷が口を大きく空け.カロラー谷を取り囲むよう板形尾根と横篶尾根が屏風の如く尖き出していた。
   この長沢脊梁は秩父大平山のルートとして.横篶尾根から一度だけ歩んだことがある。

     尾根筋を綴る鹿棚と竹櫛.9;17

     尾根沿いは890m付近になり,右手に鹿棚が現れ,尾根筋は雑木帯に覆われた。
   右手に連なる古い鉄条網の鹿棚は丁寧に補修され.その鹿棚を支えるハリガネが雑木の立木に直接結ばれてもいる。
   それは立木の成長に合わせ.ハリガネが食い込み.幹を竹節のような形に変形させていた。

     稲村尾根は尾根筋の左側は植林帯に覆われが全く望めぬが,右手は雑木林からは時折梢越えにタワ尾根が並行するよう望まれた。
   見詰めれば大きな尾根. ただ枝木の絡みが多く.小さな切り開きも少なく.よく分からない尾根。

   歩行できる藪ならぬ尾根上の岩塊

    寺屋敷
   再び杉の植林帯・・小高い平地へ

     尾根筋だけに自然林が覆い.大岩のあるゴロ岩帯を左から巻き込むと尾根筋は傾斜が落ち再び植林帯に入っている。
   オアシス的雰囲気のある台地状の小平地。ここは杉の高木に被われ.下草の茂みもなく.真夏の陽射しを深く受け入れていた。

     閑散として間伐の手入れも丁寧な所だった。低地の丘陵とは異にし.高みの尾根上で同じような長閑な風景を見られた。
   この尾根は癒しの美林とも云えようか。尾根伝いはふっくらした地形を抱いてもいる。

   植林と雑木林・・林相の境.9:46

     左側が植林帯で.その境の尾根筋を歩む。尾根を被う雑木帯の梢越しに時折タワ尾根が並ぶよう姿を現している。
   雑木が続く尾根筋はこの後尾根全体が雑木林に覆われた。

   八丁山のツメにある岩稜帯.10:09

     1220mですっきりした露岩が飛び出す岩稜帯が姿を現わすと層雲の切れ目から木洩れ日を受け.直接陽射し浴びるようなる。
   ここだけは真夏の強い陽射しに戻されていた。ルートは左寄りを取る。脆い岩だがスタンス.ホールドは大きく多い。

     強い陽射しに一瞬.木蔭が恋しくなるほどだった。ここからは日当たりを背に受けての展望が開かれている。
   ただ中々理屈通り眺められなかった。それが振る返るとちょっとした方向の違いから驚くほど優れた展望に恵まれた。

     八丁山の岩場手前から左正面に鷹ノ巣山を望み.更に左手に広く奥多摩東北部の山並の展望が開かれた。
   1/2万5千地形図「武蔵日原」の幅員の左下から右上へ斜上して見上げる山並みが目の前に広がりを見せ.ほぼ地形図通りの全図を眺めるられた。
   「武蔵日原」の地形図がその間々.立体的な絵図として眺められている。当たり前のことが不思議な図形として出現されていた。

     広く展望が開かれる・・巳ノ戸尾根からの鷹ノ巣山
   露岩帯を越えての展望.10:15

     ヒルメシクイノタワ稲村岩尾根と左奥は石尾根・・展望岩稜は1220〜1240m
   露岩帯を登ってきた前方は大きく円錐形を描く山容の鷹ノ巣山が見上げられる。鷹ノ巣山に重なる手前のピークがヒルメシクイノタワ. まだまだ遠い高い山。
   左下から登っているのが稲村尾根。右斜め下からは鷹ノ巣尾根が登り.枠外に八丁山が聳える。

     川苔山から大ダワを経て大仁田山
   右景・・岩場上部.東面より

     川海苔山鋸尾根から続く大ダワと登って大仁田山1224.5m・・平石尾根.花折戸尾根が右手に構えていた。
   蕎麦粒山鳥屋戸尾根から続くのは笙ノ岩山登り尾根と神庭尾根。
   横篶尾根1184m点・・日原川対岸は石尾根のカラ沢ノ頭からのネズミサス尾根に並ぶ北尾根になる。

    長沢脊稜からの川苔山
   中景・・滝入ノ峰トボウ尾根

     中央の背は蕎麦粒山鳥屋戸尾根と日向沢ノ峰.棒ノ折山(棒ノ嶺).
   中央に横たわるのが小川谷を隔て横篶尾根の下半が望め.茶屋尾根. 直ぐ裏の円丸い起伏の尾根は滝入ノ峰からの見通尾根。
   左下がタワ尾根末端の燕岩になる。

    滝入ノ峰と川苔山
   中景アップ
    蕎麦粒山鳥屋戸尾根・・松岩ノ頭.笙ノ岩山神庭尾根と登り尾根
    横篶尾根.滝入ノ峰1310.0mと背は支尾根の見通尾根

    三ッドッケ(天目山)と滝入ノ峰
   左景・・手前はタワ尾根の末端・燕岩
    カロー川谷流域

    長沢脊稜とタワ尾根
   左景の左・・七蹴山.三ッドッケ.蕎麦粒山に至る
    タワ尾根越えの長沢脊稜
    七蹴山七蹴尾根.大栗山大栗尾根.板形ノ頭板形尾根.横篶尾根・・右景のアップが巳ノ戸尾根東端から望んだ絶景

     露岩混ざりの痩せ尾根
   八丁山の登り.10:25

   10:28

    稲村岩と八丁山
   日原街道から振り返る・・2013.05.26/17:35
    狩倉山,タル沢尾根.カラ沢にネズミサス尾根。左中央に聳えるのが稲村岩尾根末端の稲村岩。右上が八丁山.

    八丁山
   木彫りの手製山名標がある.10:36

     岩稜帯から離れ痩せ尾根の急斜面に入ると久し振り蝉の賑やかな鳴声を聞く。都心でも遅れ気味で.近くの公園ではミンミン蝉が今鳴きだしている。
   間を空けず八丁山(巳ノ戸山)1280mにでた。山頂はブナに覆われる以外は広い平坦地。アセビが茂り.木蔭で休むにはよいが眺望の利かぬ頂だった。

     八丁山は北側の孫惣谷称で.巳ノ戸山は南東一帯(巳ノ戸部落)からの呼び名になってもいる。
   字名の「字八丁」は今は巳ノ戸谷一帯の流域を呼んでいるが.実際は孫惣谷側の地名がこちらへ移ったものらしい。
   「郡村誌」に記した間違いから八丁山の名が生まれ.地図の1276m独標の突起は八町山と呼ぶようになった。

    天祖山の尾根
   八丁山を下り直ぐ現れた天祖山の尾根.10:56
    日原川沿いに没する赤石尾根と大ブナ尾根. 主尾根裏側の右手に白く刻まれた山肌は石灰岩採石場になる。

   倒木と枝絡む斜面.10:55

   起伏激しい痩せ尾根にぶち当たる.10:59

   藪絡みはない背稜.11:01

     岩稜を終え八丁山を乗り越すとその先も起伏激しい痩せ尾根の岩稜帯が続く。両サイドに切れ落ちる絶壁は抉られ壮絶極める断崖帯。
   特に大幡窪の切れ込みが激しく.足場から抉られるよう足下から見下ろされた。岩盤を攀じる岩登りとは異にする藪山ならでの高度感は抜群だった。
   藪絡みがないだけ楽だがポリシー的には私の好きな部類に入っている。

    雲取山と天祖山
   日原川大雲取谷を見上げて.11:02

     樹林の梢越しに右手に姿を現した天祖山.奥から二軒小屋セド尾根. 尾根に乗るのは東京都下.第2の標高を誇る芋ノ木ドッケ1946m。
   二軒小屋セド尾根の手前が赤石尾根(樽平尾根).大ブナ尾根。

     足元の谷間は巳ノ戸谷. 日原川の支流で日蔭名栗山を源頭に北東へ流れて途中に忌山(いみやま)滝がある。
   又写真の背側の谷間は日原川の1つ下流側にある巳ノ戸沢でヒルメシクイノタワを源としている。巳ノ戸尾根を隔てているが「谷」と「沢」と紛らわしい。

    手前の小コブ1300m圏
   美しい灌木の痩せ尾根.11:15

    お伊勢山
   11:21

     お伊勢山の山名の由来は伊勢神宮への木材奉納の所以があるとか。山頂1338mは狭く裏側の一番大きな木の根元に古い山名標が置かれていた。
   格別に社.祠などが祀られこともなく.細尾根に続き隆起した1つ。お伊勢山からほぼ下り一辺倒で.ヒルメシクイノタワとの間の鞍部.鞘口ノクビレにでた。

     旧巳ノ戸の部落から入り巳ノ戸尾根を綴り鷹ノ巣尾根へ・・「武蔵日原」の絵地図.寺屋敷と岩稜の展望台
     お伊勢山.稲村岩尾根からヒルマシクイノタワを経て鷹ノ巣山に立ち石尾根を下り氷川