家形ヒュッテ修理Top                               .
s42家形ヒュッテ修理.U

春合宿に備え県営山小屋修理
                       家形ヒュッテ.正面に集まった後輩達
                   左端が玄関.正面が管理人室.2階が南に向きコの字の高床.その上の窓は明かり窓

       家形ヒュッテ修理U.
s42年(1967年)11月06〜10日
         L松村進.sL大川崇夫(3).m高橋雅之(2).新崎啓一.関根利章.斎藤吉男.大塚栄.伊藤雅子.沼津久美子.豊永真琴(1)

            春合宿使用のため山小屋修理及び蒔作り
            家形山一兵子間偵察

玄関横.南面角より       ,
左の窓枠がストーブのある1階土間        ,
       家形ヒュッテの現状
    後藤氏と電話連絡によると慶応大学体育会の山小屋が.吾妻町管理の名目で建てられる事が決定する。
      その為家形ヒュッテは必要度が薄くなり.急のことだが明年壊して新しく避難小屋を再建するとのこと。
      地元福島大.教育大.高校等などがその間々残すよう交渉中。だが無駄骨らしく.その為修理の必要はなしと。

    もし修理するなら屋根のペンキ塗り程度とし.余り積極的に希望していなかった。
      明春.利用の件はまだ使用可とのこと.
      又薪の使用許可も.営林署員が一緒に入山し.見積ってくれるとのこと。10月20日


           今日はのんびり1本
                  スカイライン沿い.ヒュッテへの小径
    11月06日上野22:40=
     
,, 7日.5:47福島6:37.福島交通往¥240=7:13信夫高湯.髭ノ湯.朝食8:15一9:13(25番):22一10:16小:22
           一16:16水呑場:32一12:25家形ヒュッテ.
     
,, 8日.山小屋修理
      
,,9日.h10:05⇔10:47一切経山11:00一11:22家形山越え,大12:50一14:05引き返す一14:50h
      10日.h11:00一12:20小:30一13:10ヒゲの湯.風呂16:05\240=16:50福島17:26学.往.\2070急.\300=21:41上野.

        信夫高湯―水呑場―賽ノ河原―湯ノ平―硯石―追分―家形ヒュッテ
     
家形への径
   高湯温泉「しげの湯」で後藤氏と朝食を兼ね打ち合わせを済ませ歩きだす。
     後藤氏は言葉を選び語るが慶応の山小屋は下準備も進み.実行は確定的になる。

   ただ家形ヒュッテはまだ譲歩の余地があり.解体は建立の件の後に伸びる可能性も含んでいた。
     又薪作り用の伐採林は既に営林署員が入山し,赤く印されているとのこと。.

   落葉の埋まる登り径.真夏のような陽差しが照り付ける。乾いた空気に済んだ空.汗が滲み太陽が煌いていた。

   途中までであるがヒュッテまで新しい標識が備えられていた。丸いトタンの標識に赤と黄色が描かれナンバーが記されている。
     道端の枝木に掛かる標盤はヒュッテまで丁度100番になり.更にヒュッテから吾妻小屋まで新たに100番の綴りが整備されていた。
     シラビソの森に入り小屋が見えダッシュする。

     吾妻連峰東北部地形図.山行表.山行表

    小屋裏庭で.左の窓が流しと裏口

    ボロボロのマット焼却とサツマイモ焼き
     昨年は南広場で毛布等を焼却

    屋根の点検と毛布の消毒
     屋根上の煙突奥の裸柱が裏庭にある大きな立木

     
小屋修理
   昼食後.山小屋修理に取り掛かる。内容はマットの焼却.毛布の消毒及び椅子の増設を行った。
     樹葉の落ちる潅木に毛布を広げ充分に日干しさせる。一方小屋の裏では古いマットを焼却した。

   今回のヒュッテ山行は小屋修理より偵察と小屋の状況を把握するのが目的で.する事なす事にのんびりした姿が伺えた。
     営林署に頼んでおいた伐採用のシラビソ林も小屋裏に赤ペンキで幾つも印されている。

   明日は薪造りだ。ワラを燃やし芋を焼き.オデンが十分の煮込まれた頃.吾妻の森に帳が落ちる。
     谷間には闇が迫り小屋には灯りが点いた。


           炊事の一時
         夕べの漂う土間
      お化け話
   小屋を修理した事で後輩.特に一年生はヒュッテに対する愛着が生まれ.ヒュッテや周りの事を知りたがる。
     大川と話を合わせ小屋の不思議な話を作りだしていた。それも出来るだけリアルに。薪は十分作れた。ストーブに皆が集まりだす。  

   煙筒を掃除した者は誰だ。窓は誰が掃除したか。古いマットは。
     それぞれに固定観念を与え.不安感を注り.お化けの由来を話しだす。大川はその都度,頷く役目を負い.話は深まり膨れだし始めていた。

   柱に大きな傷跡をを見付けては.その由来を話す。誰もが真剣になり立つ者がいなくなった。
     大川も笑わず真剣に目座わしを示している。まして昔の雪崩の件に触れると返す言葉もなくなった。

   薪を足しながら先を考える。薪はよく燃えた。風が吹いてきた。小屋が軋みだし雰囲気は絶好調になる。 
     山では1つの理屈が通れば全てそれが支配する。一人で外へ出る者は居なくなった。


                立木を倒し薪作り
                 薪割り.倒木した枝木を落す
      11月08日快晴 修理
   9時起床.暖かい陽射しが小屋の南窓からいっぱいに差し込んだ。こんなにのんびり起きるたのは初めてだろう。
     窓から朝の強い陽が飛び込み.まどろむ気分が快い。窓に射し込む陽が妖精のように踊っている。

      薪作り
   小屋横の斜面には薪用にシラビソの木が間切りよく,赤ペンキで示されている。今年営林署から伐採の許可がでた墨付きの印。
     伐採後の処理を考え.ヒュッテ南広場からやや上方「西側)の樹林から選ぶ。
     幹直径40cm前後.太さの割りに生木は背丈だった。その生木を鉈で叩き切る。薪作りは思いのほか労力を費やした。

   根から50〜60cm上.山側からくの字に鉈を入れた。
     最後の一太刀は「倒すぞ!」の掛け声と共に.皆が散り,立木は谷側にドサッと落ちるよう倒れる。下草が揺れるとその都度,奇声が上がった。

   何本も倒しては薪に変えられた。
     時間的に鉈が足りぬが効率よく作業は進み.鋸を持つ者もいる。薪はドンドン増え.薪棚と春期用の薪は床下に蓄える。


     偵察を兼ね一切経山へ
    強風に身を寄せる仲間と富士
ガス舞う一切経山      ,
後輩と伊藤.沼津.豊永.桧垣,関根.斉藤.私.高橋      ,
      11月10日.東吾妻偵察.諦める。

   東吾妻までピストンの予定を荒れ模様の為.中止する。
     烈風でお鉢回りは出来なかったが三年目にして初めて吾妻小富士を望んだ。一切経の山行は常に荒れていた。
     眼下に火口湖が現れると一年生より歓声が上がる。神秘的な湖水が陽に反射し煌めいていた。

   強風を受け這い付くばかりに登った一切経の頂で.ガスを切り望まれた吾妻小富士。
     荒れ狂う早春にまた登るようなる。今年は混同パーティを編成し,女子を含め全員をヒュッテまで来させようと思っている。
     その事を含め小屋修理には1年生を1人でも多く.半強制で参加させていた。

   白濁のブルーに染まった五色沼。家形山の肩から望むと不気味な衝動に掻き立てられた。
     晩秋の淋しさを時と共に流しているようだった。


    一切経.五色沼に下りて

      兵子手前まで偵察
   家形山北面の少し離れた.帯びのよう広がる草原状の地点から春期縦走の為,偵察を行う。
     前もって用意しておいた赤布を30枚程.殆ど夏径通り兵子鞍部手前まで行った。

   例年のルートより少し東面に偏ったが.あえて難しいルートではなく冬期ルートとして楽になるルートを選んでいる。
     一年生は肩車や.木登りで赤布を枝に付け.結構楽しんでいるようだ。春にはこの赤旗も頭だけしか出ず.半分は雪に埋まるだろう。
     偵察としての時期は早いが.1年生の教育には十分役に立つ。

   又昨年度のルートは藪で如何しようにも手が出せなかった。改めて積雪の凄さと無雪期の森.偵察の難しさを知る。
     帰路.みぞれが凍ったような冷たい雪が降りだした。


                         家形ヒュッテ修理
          玄関脇裏側から
       ヒュッテ・ビバーク
   新雪が3.4cm積ったので.一夜にして裸林の密生している森も銀世界になった。
     昨日.ビバークしたいと云う1年男子を止めさせ.それならヒュッテでシュラフを使わず寝ろと云いつける。
     1人ずつ.一部屋.一隅を与えヒュッテビバークを自分で考え.行動させた。

   朝早く明け方からストーブには薪が加えられていた。
     余りの寒さに起こされたのだろう。くすぶる薪も真赤に燃え上がり.ストーブを囲む1年生。彼等はもう楽しそうに語らい合い笑い掛けていた。

   寒さに耐え切れずマットを持ち出した斎藤. ゴザを被り夜を明かした関根
     薪用の這松.枝木に身を縮め寝ていた大塚. 新崎は毛布を持ち出したと言っていた。
     さぞかし身を縮めブルブル振るえながら朝を待ち続けのだろう。誰一人として.ここまで背負って来たシュラフは使わなかった。

       11月09日.
下山
      新雪
   8時起床.外は銀世界。サラサラの粉雪が強風に舞っている。一夜にして森は新雪に被われた。
     雪が音を吸収し静まり返っている。新雪が明るく輝き全てを埋め尽くしていた。
     寒い筈である。これで根雪になる。後輩達は今季初めての雪にはしゃぎだしていた。

   小屋前の広場は適程に潜る雪面に朝の陽射しを浴び.粉雪が舞い煌いている。森からは妖精が現われたかのよう.雪はキラメキ踊りだしていた。
     靴底の快い感触と歓喜の声.新雪を踏みトレースが森を抜けて行く。楽しい下山になった。

   スカイライン沿えの尾根径. 雪も溶け泥道に強い陽差しを受ける。
     変化に富んだ晩秋を楽しみ下山.「しげの湯」で報告がてら風呂を浴び,帰京した。

      山小屋
                                            日吉 博
   古いきたない山小屋です。真中に鉄錆でかためられたようなストーブがあります。
     真新しいブリキのエントツが真直,上に伸びていますが,あまり役立つとは小屋へ入る誰もが感じていないようです。
   一見すると,非常に立派なストーブに見えます。けれど,エントツそのものは立派なのですが,ストーブ本体がいかにも古過ぎるのです。
     悲しい事に,我らが必死になって取り付けたエントツは,あまり役に立っていないのです。

   薪をくべると煙が小屋中に広がります。
     エントツから出る煙よりも,ストーブの継ぎ目,火口,錆口など,そこら中の穴から吐き出される方が多いのです。
   でも,誰もそのストーブに文句をつける者はありません。
     その小屋が貴重であり,すごく楽しく,家族的な雰囲気をそのストーブが作ってくれるからです。
   おまけに,そのストーブが以外と小屋の中を暖かくしてくれるからです。
     煙の中で悪戦苦闘はするけれども,スキーツァーで濡れたものを乾かすには,なくてはならないものだからです。

   小屋の中で人の集まる所はきまってストーブの周りになります。
     薪をくべながら,けむそうに目をぱちくりさせながらも,その周りで暖かそうな所へと集まります。
     薄暗いローソクの下で,いかつく連中は,いかにも山男のようにして写してくれます。

   春合宿の時には他の大学のパーティと一諸になる時があります。
     そうすると決ってストーブの周りを占領してしまうのは我らパーティです。
   しかたなしに他の大学の者は,咳を連発しながらも上の部で必死になって眠ろうとします。
     煙は常に天井の所で溜まっています。窓を開けない限り,そこで眠るのは不可能です。

   後から考えれば,非常に愉快なマンガのように見えますが,「自分らが修理したのだから自分らの小屋だ。」
     と思っている我らにとっては,当然の事のように頑張っていたに過ぎないのです。
   又,すぐ寒くなってしまうのだから,少しでも長く暖かい所にいたい,しゃべっていたい,と残っているに過ぎないのです。
     しかし,上の者はあまりにも可愛そうです。しわがれた声で文句を云われれば,しぶしぶ眠りに行かざるを得ません。
     自分の家で他人にしかられているような気持で眠ります。

   眠ると云っても,非常にきたならしく見える毛布の中に入るので安眠など望む方が間違っています。
     おもけに,下に敷いてあるマットはほこりだらけの上に,ふき込んだ雪や,雨漏りなどのため各所のしみがついています。
     でも,慣れないスキーヤーのため,横になると以外と心地良いベットに早変わりしてしまいます。

   朝もたいていストーブに火をつけるのは我らの方です。常にストーブにかじりついているみたいですが,
     飯をストーブの周りで食べるのがとてもむずかしいのです。
   農家のイロリのような感じなのです。しかし,火をつける時には必ずすごい煙をあげます。
     そのためか明け方のうたた寝などと,のんびりした気分からすぐ締めされます。
     もうもうと吐出される煙の中で練るなど異人でなくて誰が出来得よう? と云わんばかりです。

   僕はそんなストーブのあるこの小屋が好きなのです。勝定気侭に過ごせる,このぼろの山小屋がとても懐かしく感じるのです。

                                       「峠」4号より.s43.01