家形ヒュッテ ・・吾妻連峰東北部地形図

  s41年11月修理T.共同管理
  s42年11月修理U.兵子偵察
  s43年10月.修理V.簡易平面図
            吾妻家形ヒュッテとRHC

  s44年以降・・

s41年03月.春期ツァー合宿T.荒れて日没を迎えた五色温泉
s42年03月.春期ツァー合宿U.五色温泉からヒュッテを経て東大嶺縦走
s43年03月.春期ツァー合宿V.混合パーティで一切経山
s44年03月.春期ツァー合宿W.東吾妻と家形山女子パーティ
s46年03月.吾妻惣八郎平をさ迷いヒュッテに届かず野宿
s41年家形ヒュッテ修理.T

共同管理


春合宿に備え県の補助で大修理
大掛かりな人海戦略
      , 一切経山   .
                     s41年(1966年).第一回家形ヒュッテ修理

   春期ツァー合宿に備え家形ヒュッテの修理を行う。
     以前は家形ヒュッテにも小屋番が常住していたが.スカイラインの開通と数年前にカンチャン落しの雪崩で番人が死亡.その後は無人に。
     小屋は荒れに荒れ.今は荒廃の一途を辿っている。

   ヒュッテの所有者は福島県であるが管理は高湯温泉組合が行い.組合長の後藤氏に委託されている。
     その為,信夫高湯「ヒゲノ家」の後藤氏と協議の末.後藤氏とRCCとの共同管理を行うことになった。
     その手始めに合宿準備を兼ね山小屋修理を行う。

    10月30日〜01日. 家形ヒュッテ偵察.m竹永.日吉

    11月11日〜14日. cL西村.L竹永.根岸.滝島,狐崎,日吉(3)
                  m松村.鈴木,大川.野中.松本(2).山田.高橋.赤嶺.高畑.水頭.池田.高木(1)

    11月11日晴.    上野(学¥810)22:40=
       12日曇後晴. 5:47福島6:35.福島交通¥120+40=7:11高湯ト.8:15=8:35不動沢
                  一回ボッカ.9:00一9:56沢10:08一10:42五色温泉分岐一10:45家形ヒュッテ
                  二回ボッカ.H.11:09⇔11:55スカイライン12:20. 一13:00犀ノ河原:18一13:00小:50一14:25h
       13日曇後雨. 小屋修理.
       14日雨.    H.8:45一10:55高湯(¥120+40)12:55=13:30福島15:20=19:42上野

       22日〜26日. 続家形ヒュッテ修理.L竹永m日吉.割田(3).三浦(2).加茂,岡本(1).田中.長谷川(4)
            5日. 高湯.ヒゲの湯泊.田中.竹永
     ボッカ
   第一回目の修理. 高湯.ヒゲの湯の後藤氏の庭先に積まれたヒュッテ修理用の木材.資材をトラックに積み込み.吾妻スカイラインを飛ばす。
     明るい陽射しに照らされ.荷台の乗り心地はこの上なく楽しい。滑るタイヤに車はスピードを増し.樹海を切って岩礫帯へ登って行く。

   ちょうど高湯とヒュッテの半端地点でトラックは停まり.ボッカの身になる。
     総勢18名が各々に木材や材料等を背負い.ある者はベニヤを丸め.ある者は角材を背負っている。

   女子に至ってはザック2つを背負うハッスル振り.僕は大川と組んで長い木材の運搬を担った。
     泥徑に足を取られがちだが.どうやら2往復で初日のボッカは済んでいる。

   営利本意の山小屋とは似つかわぬ素朴な.古い風雪に耐えてきたよさが滲み込んだ山小屋。
     シラビソの森の小高い小平地にヒュッテがデンと構えている。ヒュッテを一回りすると春合宿の時より.ヒュッテはずっと大きく感じられた。

   積雪があるとないとでは又違った装いや違いを起こさせていた。初めて雪に埋もれるヒュッテを見る第一印象は頼もしさが先に立つ。
     況して初めての1泊ツァー.初めてのヒュッテ。森の中にヒュッテを見付けた驚き。森も山も.雪面を切るテールの動きさえ驚きの世界だった。

   そして無雪期に初めて入る。それも修理に為.雪山の時と同じような静けさが漂う森にぽつんとあった。
     陽溜まりと森の香り.樹葉は既に落ち始めていた。ヒュッテの全体を見ると如何にも大きい。
     雪の斜面にしか思われなかったヒュッテの周りの空地は以外と広い広場として臨まれる。
     吾妻連峰東北部地形図.山行表



             スカイラインからの遠望.一切経山
      修理
   衛生.板壁.屋根.食当と4班に分かれ二日目から本格的な修理が始まる。
     汲み取りの後始末の為.小屋の裏に大きな穴を掘る者も居れば.マットを燃やす者もいる。
     そして小屋の中から外からカナズチの音が響き.屋根ではペンキを塗っている。

   僕は室内から板壁の修理に回り.即席の梯子を作って外壁に取り組んだ。
     腐りかけた木材を取り外し.コールタールの厚いボールを敷いて.背負い上げた6尺程の長い板を丁寧にその上に並べ打ちをする。
     又時には内装に回り.ベニヤを張ったり窓の敷居を直しもした。

   ただ山登りとは異なり.小屋修理という違った作業を一日中していると.食べる事だけに明け暮れした。
     夢中になり直す山小屋.ほっと一休みするとオヤツになり食事になる。長いようで短い一日はあっと言う間に過ぎた。

   総勢18名の食事は賑やかで楽しい。
     オヤツ.昼食は殆ど外で摂るが.その支度をしている女性軍は朝食から夕飯まで炊事に追われている。
     朝食が終われば10時.昼食で3時と.そして6時には夕食と。

      愛着
   自分で修理する小屋ほど愛着を感じ.山小屋生活に嫌悪を持つ者はいなかった。
     まして合宿を後に控え.一緒に修理した仲間とストーブを囲んでいる時ほど.心が安らぎ小屋への哀愁に浸り込むようなる。

   煙い小屋ほど楽しくもあった。
     二階の毛布に潜り込み.煙さに涙を堪えている姿は尚更小屋だと云う実感が沸いてくる。
     それでいて「煙いぞ!」と怒鳴ってしまうのだ。掛け合う事自体が.山小屋なのかも知れない。

   修理後.高湯(ヒゲの家)で温泉に浸かり.気持のワクワクする中.帰京した。
     そして1週間後.新たに第二回山小屋修理が11月22〜26日に掛け行われる。・・L竹永.他7名で決行.
     今回の修理で休憩料を取れるまでになる。春には合宿もある。

                                            山の経歴.経過Top