巳ノ戸沢から入渓. 榧ノ木尾根の山腹道から入奥沢二俣を横切り.「奥」集落へ
    鷹ノ巣山の東肩で遅い昼食後.水根山北西尾根に乗り.入奥沢中腹道から奥沢林道へ。「奥集落」.近道・峰谷林道を経て峰谷へ

   巳ノ戸谷林道から大畑窪左岸尾根を経て鷹ノ巣山
   水根山榧ノ木尾根から入奥沢中腹道.奥沢林道.「奥」近道.峰谷林道・・おごり興奮する野猿の集団

    鷹ノ巣山
   防火帯の東肩.ここで昼食.13:33
    石尾根水根山1620mとの鞍部

      12:45鷹ノ巣山一12:57水根山との鞍部.大13:35.⇔ 一13:55戻り一14:11石尾根.榧ノ木山分岐一14:10入奥沢山腹道入口
      一14:59入奥沢一15:55奥沢林道一16:00奥沢集落一16:24三沢橋.峰谷林道一16:41峰谷bs.
    昼食
     鷹ノ巣山の頂に着くと賑わう若いハイカー達の威勢は治まらず.草付きの頂斜面を点々とグループが陣取り語り合う.長閑な風景が眺められた。
   昼食には少し遅くなってしまったものの.私は頂の三角点標石を確認して素通りし.東肩に降りている。水根山との鞍部.
   広い防火帯の中央草付きにコンロを点け.大休止した。風は弱く.まだ薄日は幾らか残されている。

     今回はアルミパックの鍋焼きうどん. 牛肉のこま切れを加えれば後は待つばかり。今回は深鍋で汁も多く美味かった。食後のデザートは蜜柑.
   食べ終えれば座っている場所の日差しも遠のき.足元には入奥沢源流が鷹ノ巣山の両脇一杯に大きく扇状に広がりを見せている。
   榧ノ木尾根から山腹道へと入り込み.カタサメ沢右岸尾根を乗り越えれば奥沢二俣にでる。大きく窪む中央を見上て.あの辺だろうと思いを巡らしていた。

    石尾根.水根山と防火帯
   鞍部より右が水根山榧ノ木尾根.13:36

    足の硬直
     立ち上がろうとして.体が硬くなり.ピノキオが固まる動作になる。カッケに掛かったような無作法になり.又痛さが足の節々に伝わるよう起きた。
   立った途端の肉離れ. 言葉の通り.肉を引き裂く痛さ。筋を痛めている。立たず.ゴロ付きもできぬ不安定な姿勢は動くことができぬ痛さ。

     ジッと我慢し時が経つのを待つのみ。暫く続き.そしてあっちこっちの下半身が痛み.そして流れるよう消え去った。
   偶に何回目かの山行で一度は起きる肉離れ.今回はややきつかった。

     巳ノ戸沢から稲村岩尾根に突き上げるぬかるんだ草付きの斜面で.大分消耗してしまったようだ。主尾根にでてから頂までの登山道の登りが辛かった。
   その疲労が休むことで一気に起きたらしい。入山前の自宅でのふくらぎを解すトレーイングが却って疲労を呼び悪かったのかも?
   この2週間.朝に晩に行っていたトレーニング. 踵を浮かせ体重を踵に乗せ.ゆっくり上下させる運動を続けていた。その疲労かも?

     腿を解すと云われたが却ってシコリを残している。知らずして下半身のバランスを崩していた。何もせぬ方がよかったようだ。
   労わらなければ.まだ後半が残されている。そっと立ち.ジッとしていると痛みは足先へ抜けてゆく。本当に抜ける感じで一辺に消えてゆく。

    石尾根山腹道分岐
   石尾根と榧ノ木尾根との分岐.14:00

     今回も石尾根を綴り.鷹ノ巣山の南面山腹道と合わさる分岐に戻っている。
   ここは又.カタサメ沢右半尾根のツメに当り.この尾根はその後中腹を横切り.入奥沢中腹道に入っていた。

    対岸.浅間尾根の入奥沢側
   榧ノ木尾根より.14:01

    榧ノ木尾根
   1651mの小コブ付近の落葉松林の森.14:03

    小平地
     石尾根から痩せた榧ノ木尾根を過ぎるとホッとさせる小平地にでる。幾らか傾斜を持つ緩やかな台地。
   榧ノ木山への下りでは手前に小コブから平坦な脇道が綴られている。二重山稜的な小コブがあり.再び痩せ尾根を辿れば.
   ここ小平地にでて.癒される長閑な森を創っている。ここは私の好む愛でる場所でもある。

     冬に春に積雪期と景色に溶け込み.落ち付き.気持の休められる森だった。榧ノ木尾根を登降し.この小平地に寄るのは4度目になる。
   2012年4月.残雪がチラホラ残っていた。今回は風景に溶け込む落葉松林の平原を下っている。

     そして翌13年の2月にはノボリ尾根から新雪にトレースを刻んでいた。又昨年は3月は残雪に埋まる雪原を蹴りながら女ノ湯にでてもいた。
   通る都度,同じ場所でもフト違った雰囲気を持たせてくれる小平原。私の惹かれる憩いの森になっている。
   一歩踏み止まっていれば.心が揺さぶられ酔わさせられる場所になる。

    榧ノ木尾根の分岐
   欠けた右腕木の先が入奥沢中腹道.14:10
    「←石尾根.倉戸山.熱海→」の道標と切り落とされた腕木

    尾根上の分岐
     水根山から榧ノ木山に至る榧ノ木尾根に乗る登山道は現在2コースが閉ざされている。コースとして通う人が少なく荒廃気味の尾根。
   入奥沢へ入る山道とノボリ尾根を下る2つの尾根の分岐は道標の腕木が切り落とされ閉ざされていた。

     これから訪れる入奥沢山腹道は分岐の道標「管理番号33-080」.1490mで腕木が落とされ.更にロープが張られ閉鎖されている。
   この榧ノ木尾根の直ぐ下(南側)200m弱の所には反対側の水根川沿いに下る林道の分岐があり.小河内ダム下の水根に下りている。
   もう1つの閉ざされたコースは榧ノ木から南西に延びるノボリ尾根。七ッ石山と同様に雨降りから猟師が盛んに通ったと云われていた。

     ここも道標の腕木も落とされ.下る途中にはブナの巨木群が被う憩いの場があり.栂山への支尾根を分け.峰谷川へと尾根末端を落としている。
   急激に没する尾根末端がポイントで.立木の間隔は広く.支えるものが少なく.傾斜は抉るよう落ちていた。

    奥沢を横切る入奥沢の山腹道が横切る
   鷹ノ巣山の頂より・・2017.03.11/11:35
    残雪が少ない背の榧ノ木尾根を急遽諦め.石尾根の将門馬場樽沢尾根に変更し.3度目にして本尾根を下っている。その折撮影.

     背は榧ノ木尾根ノボリ尾根と栂ノ山. 右下に斜めに延びるのがカタサメ沢左岸尾根で.段違いの下が右岸尾根。ツメは水根山になる。
   右上は峰谷川対岸の赤指尾根末端981m点コブのようだ。奥沢二俣の西裾. 写真で見下ろす浅間尾根末端の二俣に掛かる尾根.
   その裏側が「奥」の集落で.都下最高地にある集落。

     左中段の尾根は水根山(盗人ッ坂ノ峯)カタサメ沢右岸尾根で.「盗ッ人坂」とも呼ばれていた。
   尾根上部を横断し中央下の支尾根に乗り.入奥沢中腹道に入る。奥沢は横切り.浅間尾根の山腹を巻き奥集落に向かっている。

    入奥沢山腹道
   山腹道に入り直ぐ.14:11

    破線路
     地形図「奥多摩湖」の図幅には左上に破線路が表示され.水根山から延びる南西の支尾根に乗ると.その先では破線路と異なっている。
   西にジグザグを切って高度1240mまで下り.北東に進路を変え.急な山腹の水平道を北上し入奥沢に向かう。
   そして路肩は石積みになりヒヤマゴ沢の右岸山腹を回り込むと入奥沢本流を横切る。

     入奥沢中腹道から三ノ木戸に抜ける古道で.「盗ッ人坂」と呼ばれ.奥集落から入奥沢を横切って.水根山の南面頸部に至る破線路。
   「奥多摩」田島勝太郎著の挿入図には水根山から奥多摩湖方面の径路は.奥集落への入奥沢中腹道だけが描かれてをり.
   かってはよく利用された「奥」と結ぶ交易の道があったらしい。水根山は別名に「盗人ッ坂ノ峯」と呼ばれている。

     後に造られた作業道は通う人が疎らになり廃道化する気配が伺えたが新道の作業道は尾根を乗り越し.その間々西枝尾根を綴っている。
   入奥沢本流までは歩き易い道に改修されていた。ただ道標類はない。またテープ類も数えるほどだった。
   又入奥沢は奥集落から入った所の沢という意味になる。

    入奥沢右俣源流
   妬け始めた樹葉.14:16

    入奥沢の紅葉
     入奥沢の沢底を辿るための榧ノ木尾根の尾根筋はまだ紅葉の真っ盛りになるのはもう少し先のようだ。
   縦走路を分けロープを跨ぐと真新しい落葉が積り.足元は見ずらいが歩き易い長閑な道の下りになっている。

     入奥沢右俣の源流を横切る緩やかな斜面が続き.ブナ.ミズナラに始まる雑木林の源頭は既に色鮮やな紅葉美に飾り立てられていた。
   立木の樹葉はそれぞれの色彩を放し.透ける樹葉と陽光とが戯れ.尾根越えする所までは散策的な作業道は更に飾り立てられ歩き易い経路。
   又大分作業道の改修がされている。

     強く透ける所では明るい黄葉に満ち.一歩深みの樹林が満る明るく陽光を透す所では紅色美が目立つ。
   更に陰になりがちになれば緑色の配色にも変りがでて.秋も深まると共に日差しが差すか..差さぬかで.色彩の豊かさを変えるだけでない。

     色合いの混ざり合いが伺え.立体感までもが変えられていた。歩む先々の尾根や谷合を埋め尽くす紅葉に包まれ.鮮やか過ぎる色彩に.
   探る楽しみがも増えている。繊細に映る異なる感覚が目でも楽しめる。

    カタサメ沢右岸尾根
   14:21

    カタサメ沢右岸尾根
     水根山直下の榧ノ木尾根から南西に派生すろのがカタサメ沢左岸尾根. 入奥沢とカタサメ沢との奥沢二俣に没している。
   峰谷からの逆ルートではバス停から1kmほどで左に峰谷林道を分け.更に奥沢林道を1.2km進むと左にUターンする所に着く。
   ここから入奥沢右岸の山道を160mほど進めばカタサメ沢出合にでて.落差10m.段の滝が目の前に現れ右側の斜面を登っている。

     堰堤を過ぎて対岸に渡り.慎重に斜上して尾根末端に立ち.露岩の急な痩せ尾根から大ツガが林立しブナと饗宴して.
   地形は広がりを見せている。1300mで枯笹が現れ.一旦すっきりした尾根筋になった後,踏み跡を拾い入奥沢中腹道にでる。
   峰谷から45分.出合から1時間45分. カタサメ沢左岸尾根から榧ノ木山直下のノボリ尾根にでるには2時間10分

   南西尾根1480m圏からの西尾根.14:23

    1480m圏からの西尾根
   L字に右に折れる地点.14:30
    西枝尾根上にある地図にない作業道

     水根山から南西に延びる尾根を横切る1480m圏点から地形図の破線路と異なり.其のまま西側の支尾根をジグザグに高度1240mまで下る。
   右手にツガの大木を見て.緩やかに下る斜面。そこで直角に右手(北東)へトラバースして.入奥沢左岸道の水平歩道に入る。
   そこから右に折れて先を見詰めるも.何処と云うポイントはないが確りした山道に変わり綴られていた。

    ヒヤマゴ沢
   このルートでは貴重な赤テープ

     水平道を進むと路肩は石積みになり.薄暗く涸れたヒヤマゴ沢を横切る。その先は少し分かりずらくなった。
   同じような露岩が疎らに散る対岸へ。見ずらいがこちらと同高度近く.やや遠めに探ると石積みに踏み跡が見付けられた。
   似たような場所でもあり.分かったら渡る前に見定めておくこと。

     対岸の作業道に入ると再び石積みが路肩に現れ.入奥沢本流が真近に迫り.落葉の敷き占められた.分かりずらい斜面にでている。
   そう云えば今回のルートは赤テープ.リボンのマーキングが少ない山域だった。程よいポイントのみ印され.登山道を除き.好ましい状態で維持されていた。

    入奥沢左岸道
   路肩は石積みの径.14:53

   河原が近ずくと落葉の斜面に.14:56

     入奥沢の河原が近ずくと何とも言えぬ.息を秘める素晴らしい枯葉の斜面が続く。
   落葉の敷き占められた斜面には疎林が広がり.一筋の薄い踏み跡を追うよう綴っている。向かう先は入奥沢本流にでる。
   流心までの傾斜は強く.構える枯葉の斜面は色鮮やかに真新しい落葉を乗せ.両岸を飾り立てていた。

     静けさを示すように落葉を踏みしめる音. 軽くサラサラ落ちる枯葉の擦れる音が響き渡り.聞きながら渡るのも乙なもの。
   陰る谷間に目を潜め.語る相手もなく静けさだけが漂うよう満ちている。時は3時ジャストに.小さな入奥沢の本流を右岸に渡っている。
   本流を駆け落ちる飛竜が流心を踊らさせていた。その沢音だけが耳に付き.風がなければ山鳥の啼りも聞こえない。

    入奥沢本流
   入奥沢左岸側.14:58

   入奥沢の本流を右岸に渡る.14:59

   渡って右岸側の立派な石積み

     入奥沢本流1150m点を渡る。上流側に石積みの堰堤を幾つも見る。沢幅は狭い露岩帯。飛び石伝いに右岸に渡った。
   入奥沢とは「奥」の集落から入った所の沢と云う意味。地形図には流水線のない狭い沢.ただ山葵田のあった時代は水量が豊富だったのだろうか。
   その当時から比べると時期もあるが如何にも水量は少ないよう思われる。

    入奥沢右岸道
   落葉の曳き占められた斜面.15:11

     本流を渡った入奥沢右岸道はやや下り気味に水平を維持し.沢底からの高度感は見る見る深めている。
   山径は40〜50cm幅.足元の左岸を見下ろすと抉る高度感はキツイ。ただ足場は確りして安心感をもたらしていた。

     泥濘崩れる泥道ならぬ.落葉の被さりもある山径.滑る不安を募らせる所でもあり.
   安心感は調子に乗るとトチることになる。集落が近ずくほど.注意が肝心だった。

   小さな雑木帯を潜り.15:11

    ワサビ沢
   確りした石積みのある2つ目の枝沢.15:28
    石積みと手前に短い桟橋が続く

     2本目の支沢にでる。短い桟橋を渡り石積み道を通ると短い植林帯を抜け.浅間尾根から南西に延びる杉の枝尾根に乗っている。
   僅かに尾根上を下ると右手から合わさる山径に折れた。山径は作業道に変わり.更に確りした山道に変わっている。
   そして山側に幾つもの枝道を分けていた。途切れた植林帯に再び入ると綴られた作業道に.間伐材の丸太が疎らに塊り転がってもいた。

    入奥沢を隔て榧ノ木山
   入奥沢右岸の作業道より.15:47
    榧ノ木山尾根に立つ榧ノ木山.頂の右手前がノボリ尾根.ブナの巨木林が茂る。右奥は戸倉山へ続く榧ノ木山尾根の後半部.

     大空も黄昏始め.霞む高みを失った山道からは榧ノ木山が対岸に大きく見上げられる。小さな足場のような山頂とは全く違った感情が
   もたらせていた。左手の高みが水根山からの榧ノ木尾根. 倉戸山へは右手手前の尾根裏を連ねている。
   右下へ尾根が延びてノボリ尾根.枠外から急に高度を落としていた。その手前が「奥」集落に没する西南西尾根になる。

    奥沢林道終点
   作業道より見下ろす.15:45

     トラロープが固定された横に連なる岩盤のヘチを横切ると足元に奥沢林道の終点が見下ろされた。
   見ての距離.何処でも下りられるが並行する作業道を歩む。2ケ所で「多摩川水源森林隊」の看板を見て.
   林道が左に大きく曲り込む所で降りている。丁度小沢横切る左岸で.高度はないが数mの藪絡みに引っ掛けられている。

    丘陵の南側.日当たりに建つ「奥」の集落
   集落の西端.三沢橋への近道口より.16:02
    奥沢右岸の丘陵にある「奥」. 背は榧ノ木山西南西尾根末端と入奥沢

    「奥」と「峰」
     奥沢林道を下ると鷹ノ巣山避難小屋へと浅間尾根の登山口を右手に分けている。ここは既に「奥」の山上集落.
   「奥」の集落は山中深く鷹ノ巣山の懐に抱かれた所にある.日当たりのよい南面のひな壇形式の丘陵にどの住居もまとまり建てられていた。
   明るく開放的で敷地もあり.長閑さえ感じるような山岳集落に思える。

     「奥」からは峰谷川で隔てた.赤指尾根の東面を横切る峰線作業道に「峰」・「下り」の集落があり.ここ「奥」から遠望されている。
   過って逆側の「峰」を訪れた時は狭い敷地の急斜面を抉るよう家屋が軒を並べ.猪柵下は転げ落ちる深谷で.よく造られたと感服する集落だった。
   見比べている訳でもないが「峰」から眺めると「奥」の集落の方が解放感溢れる開かれた台地に思えた。

     以前NHKのドキメンタルで.東京都で最も高い山上集落として紹介され,空からの撮影が多かった記憶を持っている。
   都下で最も標高の高い集落がここ「奥」900m前後と峰谷川対岸の「峰」1000m前後の山上集落だった。

     共に集落を結ぶ奥沢林道.或いは峰林道は峰谷林道を経て.中流の「峰谷」の集落と結ばれ.
   更に下れば奥多摩湖湖畔の青梅街道に至る。所謂.舗装に変った林道は山上集落の生活道にもなっている。

    対岸の「峰」の集落
   対岸高所にある山上集落.16:03
    峰谷川右岸の山腹にへばり付く「峰」の集落が見下ろされる・・「奥」より

    文教場(小学校)
     奥多摩の西に位置する旧小河内村の峰谷地域には「峰」.「奥」.「下り」の集落があり.峰谷川に沿い広がっている。
   中央上.峰谷川を隔て対岸に見える丘陵台地は昔.文教場のあった一番広い「峰」の中心地にあった。

     ここには「奥」の集落から子供達が毎日.谷間を隔てられた先の高所台地まで通学していたことになる。大正時代の初めまで.
   「峰」.「奥」.「下り」の集落を合わせた地域の文教場があった。それが手狭になり.その後「奥」集落にも造られている。

    奥沢林道の近道
   民家の軒下を潜っている.16:13

     「奥」からの下山・・奥沢林道は大きく集落を東側に回り込むので林道から分れ.西縁に縦に連なる家屋を結ぶ近道を選ぶ。
   地図入りの案内板が3ケ所あり。

    栂ノ山尾根
     雑貨品が軒下に並ぶ民家の横を通り.小径を下り続けると涸れた小沢を渡り.再び左から下りてきた奥沢林道の起点にでて.
   右手からの峰谷林道と,峰谷川,三沢橋で合わさり.峰谷川右岸道へと続き下りいる。栂ノ山尾根の末端取付きが三沢橋。
   私は渡らず.その間々100mほど直進してから「留浦70」の電柱から右折している。そして白い橋を渡り左岸道を峰谷バス停へと下っている。

     栂ノ山尾根は左前方にガレ落ちた地形が迫り.進路を東方に変えて露岩の細尾根を登り.南東に変えると岩屑の急登になる。
   間伐材が放置された急な尾根筋になり.右後方から支尾根が合わさっている。950m.・・ノボリ尾根まで1時間55分.厳しい取付きのようだ。

    勝気な野猿
     峰谷バス停に着いたのが4時40分を過ぎていた。バス停.5時5分発. バス停までの時間が分からず.
   三沢橋から左岸道にある見学コースを諦める。峰谷林道を道なりに下っている。その道中で.4景を描く野猿たちの小群れに出偶わしている。

     初めは路肩の先脇の電柱から降りてきた野猿2匹と目が合った。アンパンを齧りながら下る私を見ていたのだろう威嚇してきた。
   「コラー!」と怒鳴る。とんでもない奴だ。威嚇しアンパンを盗もうと狙っていた。

     対岸では猿どうしの喧嘩が始まった。甲高く奇声をあげ叫び.河原を忙しく走り追いかけている。その先の吊橋では猿が綱渡りをしていた。
   この橋を渡ると「下りのカヤ」があり.大きさを謡うのではなく奥多摩では名高い「雨降滝」があるらしい。
   下流に「雨降り」バス停があったがその因果関係は分からなかった。

     一番煩いのが最後の猿. 2匹が右手の電柱を片手で抱きながら私を威嚇した。パンが目的なのは分かっている。
   野猿が手を差し出すよう招いている。それも2匹が揃って同じ仕草をしている。頭にきて.再び大声で「コラー!」と大声で怒鳴った。
   すると周り全ての猿たちは大人しくなる。そしておごり興奮するバラバラの野猿たちの集団地を抜けている。

    峰谷の集落
     峰林道と合わさると黄昏漂う峰谷バス停にでる。もう日没を真近に迎えていた。まだバスの発車まで20分近くあり.ビールの買出しに出向く。
   バス停は峰谷の集落の一番上の北側にあり.ビールのある雑貨屋は以前確か購入したことのある奥多摩湖側の南端にあった。

     過って.雲取山を越え赤指尾根を下り.峰谷の集落の南側端にある雑貨屋でビールを購入.峰谷橋まで歩んでいる。
   距離としては次のバス停まで一ケ所分になるが.あった筈と出向くも雑貨屋はシャッターで閉ざされていた。

     斜め前の峰谷渓流釣りセンターで.ビールを購入できた。親子連れが大釣りしマスを捌いている。
   小学校下級生の男の子と女の子.「自分で釣り上げたか?」と聞くと頷いた。それを見て又喜ぶ父親がいた。

     「峰谷」は旧小河内村で唯一.ダム建設に伴う移転をしなかった地区で神社等は古くからのものが残されている。
   ただ過疎化は進み陸の孤島化してもいた。路線バスの往来は日に3便になってしまっている。

    17:41峰谷bs18:05=17:41jr奥多摩18:05=18:48青梅.快速=立川.特快19:29=19:56お茶ノ水.

     バス停に戻ると運転手はまだ時間があると煙草を吸っている。紫煙が周りを染め始めた紅葉を背に.弧を描き緩やかに昇る。
   運転手は紅葉の時期を迎え.この2日間.山に入るハイカーが多く.又事故も多いと聞く。最終バスは私を含め4人のハイカーと年配の旅人が乗車した。
   黄昏に包まれた谷間は帳を迎え.日はが落ちた。発車時間が過ぎ路線バスはライトを路面に照り付け.暗闇の谷間を湖畔へと降りて行く。

     湖畔にでて煌々と煌めく照明を受けているのが赤い峰谷橋。闇夜に浮び上り.スポットライトを浴びる如く.飾り建てられていた。
   青梅街道にでて.車の往来はやや多くなってきた。先月は小室川の中川桟道の崩壊で早めに下山した。
   久し振り昼間のこの湖畔道を通っている。今回と同じ一番前.フロントガラス前に陣取り.移りゆく夜景を楽しみながらjr奥多摩駅にでた。

     今回は巳ノ戸林道.入奥沢中腹道を綴り.共に色彩豊かな重なり合う黄葉美は繊細な色合いで愛でる心地よさに酔わされていた。
   特に巳ノ戸林道は三段石垣手前の伐採地から丸裸の落葉の斜面。入奥沢中腹道ではやはり本流を中心とした山域になろう。

     怒涛の如く押し寄せる黄葉美の山域とは異なり.東京近郊である奥多摩地区はあくまでも雑木の繊細な色彩に飾り立てられていた。
   晩秋の小陣陣まりした箱庭的美とでも云えるかもしれない山々。それでもその中に入れば.深みを持つ山になる。

     一つの山域でも山それぞれに異なる秋の香りがあり.姿がある。山域が異なれば又違った林層の秋が楽しめられる。
   今回は奥多摩湖に集まる都の水道林水源地帯を幾つか回っている。そして少なからず.紅葉美の違い.美しさが又山へと私を導きだしていた。

   地形図「武蔵日原」「奥多摩湖」.zzz111巳ノ戸尾根.鷹ノ巣尾根.zzz120入奥沢山腹道.奥沢林道.zzz121峰谷林道と峰林道
   スカパ登山靴.28.379歩・・距離の割,途中で下半身の激しい痛みを初めて感じていた。
   10/30日.秋田駒ケ岳.岩手山初冠雪. 11/01日.那須朝日岳初冠雪. 11/11日.草津白根山.鹿沢初冠雪

    巳ノ戸谷林道から大畑窪左岸尾根を経て鷹ノ巣山
    水根山榧ノ木尾根から入奥沢中腹道.奥沢林道.「奥」近道.峰谷林道・・おごり興奮する猿の集団