大岳山周辺.鋸林道・・秋川流域周辺案内図 奥多摩.奥秩父東部概念図.山行表

     海沢谷・・大岳山北面
   2009年12月. 海沢谷園地から滝巡りし大岳山北石尾根―鍋割山鍋割尾根から御岳山裏参道・大楢峠へ周遊
   2025年10月. j氷川発電所から棚澤城山西尾根.北尾根..松ノ木尾根と越え.越沢.寸庭.夕陽向ヒノ尾根.石積沢両岸尾根.丹三郎尾根へと下り古里

     養沢川・・大岳山東面
   1985年11月. jr御嶽=ケーブル―御岳山―七代ノ滝―上養沢bs=国鉄武蔵五日市・・子供達と
   2025年10月. 大岳鍾乳洞からサルギ尾根に乗り.背稜から鍋割尾根から鳩ノ巣城山北尾根を下りjr鳩ノ巣へ

     馬頭刈尾根の上半は2015年.下半は2019年に登り繋いでいる。
   2015年12月. 大岳鍾乳洞から大滝を見て大岳山御坂尾根―馬頭刈尾根・西側の916m点峰北東尾根を経て三ッ合鍾乳洞・・十里木
   2019年12月. 西沢入林道から東側の916m点峰(鶴脚山)北東尾根―馬頭刈山泉沢尾根をアタゴ山へ下り.秋川左岸歩道と青木平・・乙津.荷田子.十里木

     神戸川流域(赤井沢)・・大岳山南西面の支尾根
   2018年03月. 神戸岩入口からトバノ岩山クレド沢右岸尾根―町界尾根の大ダワ.鞘口山を経て.クロノ尾山中尾根からクロノ尾沢右岸尾根を下降・・周回
   2022年09月. 橋詰bsから山ビコ尾根を乗り九竜尾根と合流し.江戸小屋尾根を詰め鞘口山.膝の故障からクロノ尾山中尾根を下り神戸へ

    神戸川.赤井沢
     北秋川の支流に神戸川がある。神戸川沿いの鋸山林道をたどると.狭峡な地形となり.
   前方に右が高さ100m.左が高さ80mも岩門が.「中が開きかけたような岩の扉」のように相対して聳えている。

     奇勝の神戸岩であり.東京都の天然記念物に指定されている。岩門の間に視線を向けると.延長線上に大岳山の大嶽神社が位置することから
   「神の入口と見立てて「神域の戸岩」となり.更に「」神戸岩」として定着した。

  養沢川大岳沢ササシバノ沢を取り囲む2つの尾根. 大岳山御坂尾根.北東尾根.南尾根.馬頭刈尾根から泉沢尾根を上半.下半との2度に分け縦走する。
     上半は養沢神社.大岳鍾乳洞.大滝を経て大岳山御坂尾根.南尾根―馬頭刈尾根.西側916m峰北東支尾根から三ッ合鍾乳洞に回り込む下山
                                                2015年12月18日.松村
    大岳鍾乳洞入口から大岳山御坂尾根・・養沢神社のトチノキの切り株と大岳大滝
    南尾根から馬頭刈尾根.東側の916m点峰から戻る・・2つの916m点峰
    西側の916m点峰北東尾根下り.末端の430m圏から三ッ合鍾乳洞・・十里木

     5年振りに大岳山に立つ。今までは北側の多摩川沿いばかりから入山していた。今朝は南側の北秋川側から養沢川を取り囲む尾根から入る。
   御坂尾根.大岳山.南尾根.馬頭刈尾根.西側916m峰から北東支尾根へと繋ぐ。

     養沢川は30年ほど前の秋.年少だった小学生を含む3人の子供達と黄葉に染まる枯葉を蹴り.御岳山に立ち.七代の滝から上養沢に下りている。
   バスが来るまで.夕陽を浴びなながら養沢川の縁で晩秋の山里を眺め.自然の素晴らしさを肌で味わさせていた。
   今でもよく憶えている。そして初めてjr五日市線に乗り帰宅した。

     今回前半の馬頭刈尾根山行は大岳鍾乳洞から御坂尾根を登り.大岳山から三合鍾乳洞へ。そしてバス路線を馬頭刈山の裾の沿いに十里木に下りている。
   馬頭刈尾根の下半は西側の916m峰に立ち.馬頭刈尾根から泉沢尾根の末端にへと大分飛ぶが1209年の師走には綴り終えている。

    第一弾.馬頭刈尾根の上半ルート
     今朝登る大岳山御坂尾根は突き上げると町村境尾根の登山道にでて最短距離で大岳山にでている。地形的には大岳沢左岸尾根.
   取付き附近では大岳大滝に寄っている。又取付きに大岳鍾乳洞を通ることから.下りは三ッ合鍾乳洞がある尾根を絡めた尾根を選んでいる。
   御坂尾根の北側には上大岩山や大岩山を擁するサルギ尾根が併行して延び.その尾根越しに御岳山.日の出山を源とする御岳沢流域が広がる大地。

     下山は大岳山の南面にある馬頭刈尾根を綴っている。途中からあきる野市と檜原村との境尾根とし.南東へ長く連なる幾つもの小コブを越え.
   尾根末端は北秋川とその支流の養沢川出合に没している。又尾根末端の南面に位置する秋川の対岸には万六ノ頭.市道山.
   臼杵山と戸倉三山が聳えていた。その周辺山域には昨年の豪雪が切っ掛けとなり.初めて戸倉三山にトレースを残している。

     当時下山の折は荷田子峠から馬頭刈尾根末端部を始め.養沢川流域の都道210号沿いの集落を綴り.今までとは違った観点から秋川を見下ろしていた。
   馬頭刈尾根の末端は扇状に広がり.幾つもの支尾根を養沢川出合付近に落としていた。養沢の概念を掴み真近になったことで更に.
   今回は下山後は都道・十里木御嶽停車場線を三ッ合鍾乳洞入口から養沢・神谷・怒田畑・軍道と抜け.十里木地区まで集落を縫い歩き綴ることにした。

    養沢神社
   二俣前の養沢神社・・大岳鍾乳洞入口bs.7:30
   養沢川の御岳沢と大岳沢との二俣に鎮座している。大岳鍾乳洞入口バス停があり.本殿の左脇がサルギ尾根の登山口.350m

    12月18日(金).快晴
      jr御徒町.¥1050. 5:11=5:16東京:23=6:19立川.青梅線:25=6:38拝島.直通五日市線:39=7:01武蔵五日市
      西東京バス上養沢行.\480. 7:04=7:28大岳鍾乳洞入口bs.

     前日は本格的な冬将軍が到来し.裏日本側は東北から九州に掛け.里でも一気に各地で初雪をもたらした。
   活発なエルニーニョ現象の影響で今年は遅い初雪だがもう少しの辛抱。遅れているスキー場は各地でオープンしている。

     始発の路線バスに合わせるよう.まだ夜明け前の東京の下町・春日通りをjr御徒町駅まで歩む。
   街路樹は枝々を揺さぶらせ.風を切る音を聞いていた。又電車の扉が開く都度,冷たい北風が車内に忍び込む季節が又やってきた。
   予報では表日本は冬型の晴天に恵まれる。

     武蔵五日市駅発.上養沢行路線バスに.最後に乗り込んできたのはハイカー1人。疎ら乗客は街を離れるにつれ降り.十里木手前で2人だけになる。
   彼はサルギ尾根を登り御岳山で忘年会を催すと云い残している。養沢神社の境内裏の竹藪の墓地が取付きで.「愉しんで下さい!」と伝え別れた。

     ザルギ尾根は養沢川と御岳沢を隔てる明るい尾根で.神社から上高岩山を経て芥場峠(鍋割山分岐)へと町村境尾根に突き上げる。
   昔は大岳神社への登拝路の1つだった。その南側に位置するのがこれから私が訪れる御坂尾根。並行して綴られている劇傾斜の尾根だった。

    対の狛龍
   拝殿を見詰めている狛龍.1985年(s60年)4月吉日

     養沢神社はあきる野市で一番山奥にある神社たそうだ。鳥居を潜るとまず大きな龍像が対をなし.本殿に背を向いている姿に驚かされた。
   鳥居を潜り改めて振り返ると2つの龍像は左手が吽形・・滝壷から駆け登る雌龍。右手が口を開いた阿形.
   ・・岩上の雷雲(稲妻)を呼ぶ雄龍を見上げている。

     その奥に拝殿があり.その前の対の狛犬は鳥居に向い平常通り構えている。山での安全をお願いし参拝する。
   更に拝殿の右脇には稲荷社がある。狛狐が対をなし祀られていた。下写真.

   今月上旬に伐採されたばかりのトチノキの切り株
   小さな鳥居の裏側にザルギ尾根の登山口がある。後に取付いた時には道標も付け加えられていた。

     養沢神社の境内には立派なトチノキの巨樹が鎮座していた。トチノキは高さ32m.幹周26m.樹齢400年.東京都一のトチノキ。
   このトチノキを見聞に訪れたが境内を見渡すも.この巨樹を見付けられなかった。
   突き出して天を仰ぐも臨むべき巨樹がない。つと足元を見て改めて切り株となったトチノキを知る。それは広い境内のほぼ中央にあった。

     2010年.衰弱した巨樹に応対するため専門家による大型クレーン2台を使い処方が行われた。ただ枝を切り落とし過ぎたとの声を聞く。
   2015年12月2日に枯死と認定され.倒れる危険性があると伐採された。その日は今日から2週間前とのこと。

   奥が上養沢の集落と御岳線

    養沢鍾乳洞
     養沢神社の手前左俣の大岳沢を分け.右俣上養沢は御岳山の懐へと綴られている。徒歩20分ほどで右手に枝沢の養沢にでる。
   更に20分ほど養沢を遡るとあきる野市境界手前の養沢鍾乳洞(閉鎖)にでる。金比羅尾根に乗れば日の出山に立つ。
   30年前の1985年晩秋には年少組の小学生の子供達と御岳山を南北に横断し.七代ノ滝から上養沢バス停まで降りている。

     都道201号線は次第に山里らしくなり.養沢川の二俣の台地に養沢神社が建立されていた。右俣の養沢川御岳線)は御岳山の懐に入っている。
   登山道(点線都道)の頂点は御岳山であり.「関東ふれあいの道6」(杉の木陰のみち)が付けられている。

     サルギ尾根は養沢神社裏から北西に立ち上がり.左俣の大岳沢と養沢川を隔てる尾根。大岳沢沿いに遡れば砕石所を抜け.大岳鍾乳洞を過ぎ.
   奥の二俣にでる。大岳山と右俣の鍋割沢から突き上げるのが御坂尾根。「大岳の大滝」があり.左俣沿いに登山道に入れば馬頭刈尾根にでる。

    大岳山御坂尾根
      7:28大岳鍾乳洞入口7bs:36⇔養沢神社 一7:53砕石大岳工場トンネル一8:19大岳林道終点8:40⇔8:31大滝
      一8:572つ目の木橋に戻る一9:05御坂尾根に乗る一9:56自然林境一10:30岩一10:43縦走路一10:51大岳神社一11:13大岳山.

     養沢神社を拝殿してから二俣に戻り.左俣大岳沢の右岸沿いのコンクリートで舗装された林道大岳線に入る。
   体は冷え少し肌寒い。樹冠を透し仰ぐと紺碧は風もなく雲1つない晴天に恵まれた。

   工場内の石切り場でトンネルを抜けるシェルター.7:35
    エスクスミマキ砕石大岳工場

     林道を歩いていると電灯線より高圧の電線が林道沿いに連ねているのに気が付く。不可思議に思われたがその疑問は砕石場を横切り直ぐ分かった。
   舗装は途切れ砂利混ざりのダートになるとエスクシュミマキ砕石大岳工場の事務所にでて.広大な砕石場にぶつかっている。
   まだ山陰の谷間は薄暗く作業所前で.周りは静けさが保たれていた。ただ事務所だけは煌々と灯りが点り.人の出入りも多い。

     その砕石場はシェルターで2つに分かれ.右手に入る採石場へは巨大なキャタピラ跡が路面に刻まれていた。事業内容は解体.環境.建材(砕石製造とある。)
   左のシェルターから上流へと潜ると再び舗装した林道が沢沿いに.綴られ復活していた。左岸道の右山腹はサルギ尾根が並行して聳えている。

    大岳林道終点
   御坂尾根末端と右俣の鍋割沢.8:19

    林道大岳線
     この林道は「関東ふれあいの道5」(鍾乳洞と滝の道)でもあり.林道終点から馬頭刈尾根の1066m点の東脇にサカサシバノ沢沿いに
   直接登っている。林道に入ると25分ほどで大岳キャンプ場を過ぎ.左手に大岳鍾乳洞口を見ている。
   鍾乳洞は標高520mにあり.全長約300m.奥行102.6m.1961年10月発見され62年開業.東京都の天然記念物に指定されている。

     坑内には石筍殿.乳華殿.ビーナス殿等があり.七色に輝く乳華や発達した鍾乳石などで造る神秘的な世界を覗き込むことができるらしい。
   左岸から見ると坑道口は鉄扉で閉ざされていた。この200m先に大岳キャンプ場がある。ただ水場を見ただけでも錆び施設も劣り.
   過っての華やかさは欠けていた。

     その後,滑沢橋を渡ると谷間は狭まり.交互に沢を渡り返している。初めての渓谷は先に何があるか想像するだけでも楽しい。
   その先で「小滝のプレート」があった。沢沿いに並行して連なるサルギ尾根の高岩山から落ちる小滝のようだ。小滝橋からは涸れて目立たぬ看板だった。
   鍾乳洞から15分ほど歩むと林道終点.大岳沢の二俣にでる。

    大岳の大滝
   大岳沢左俣奥の大滝に寄り道して戻る.8:31

    大滝
     林道終点の広場には「←大滝0.3キロ.馬頭刈尾根1.9キロ」の道標に「密猟」.「山火事注意」.「熊注意」等と看板が立ち.先は山道に変わっている。
   大岳沢の木橋を右岸に渡り登山道に入ると更に「大滝0.1キロ.馬頭刈尾根1.7キロ」の道標があった。
   左手から障子岩沢と鈴ケ尾沢が合わさり流れ込んでいる。右に巻き込むと正面に「大岳の大滝」が見上げられた。

     林道終点にはPあり.登ってきた1台の車は滝マニアさん。自ら紹介し.大滝を撮りにきたと笑う顔が素敵な青年だった。
   飛龍する二段30mの豪快な大滝は私のカメラには納め切れず。輪切りに撮って.御坂尾根に登るため出合に戻ることにした。
   彼は三脚を立て.露出を計り色々準備に忙しいく.「ゆっくり撮ってください!」と伝え別れている。

    大岳山御坂尾根・北東尾根・南尾根
   午後.馬頭刈尾根を通り大岳沢へ下る分岐にでる.13:00

     大岳の大滝を鑑賞した後.登山道を少し戻り.御坂尾根末端の大岳沢を左岸に渡ッた尾根筋から登っている。
   右下下角に落ちる尾根が大岳山御坂尾根。隔てる手前の谷間が大岳沢.右下の二俣の右俣は右寄りのの谷間で.鍋割沢.

    御坂尾根の末端
   大岳沢二俣の左俣が大岳沢.右俣は鍋割沢.8:48

     養沢川の左俣が大岳沢に当たり.その左俣はサカサシバノ沢で馬頭刈尾根方面へ。「関東ふれあいの道」.
   両俣に挟まれているのが大岳山御坂尾根. 又サカサシバノ沢出合の直ぐ上に大滝があり.左岸の支流井戸ノ沢は御坂尾根の左岸尾根にも当たる。

    御坂尾根末端
   末端に乗り大岳沢二俣を見下ろす.9:05

    尾根末端
     滝を見学し林道終点にザックをデポしたので取りに戻り.改めて大岳沢を飛び石伝いに渡渉し.
   尾根末端の藪絡む薄暗い台地に乗る。2つ目の木橋まで戻り.左岸に渡って馬頭刈尾根への登山道を左に分けている。

     私は尾根末端を探ろうと再び右岸縁に戻っていた。対岸の立木に鳥箱が付けられているのを見て.飛び石伝いに渡渉.再び左岸に移っている。
   そして鳥箱の横を通り抜け踏み跡なき斜面を直登した。喘ぐ間もなく鍋割沢と大岳沢を分ける中間尾根に乗る。
   尾根末端を見下ろすと朝方の陰りを残す薄暗さは綺麗に対等する三角形の陰を尾根は描き突き上げていた。一言でいえば距離より急登の尾根。

   750m付近.アゼビが茂る大岩の間を抜けている。平坦地

   檜の植林帯のザレた急登.9:30

     左後方から踏み跡を合わせせ植林帯を縫うよう登り.高度を稼ぐと尾根筋は丁度朝日を浴び始めた所にでる。
   木漏れ日に恵まれ,タイミングよく檜の植林帯との南面に広がる自然林の境を詰めるようなった。この尾根筋はほぼ直線に延び.
   踏み跡もジグザグではなく直登している。即ち途切れのない急斜面が続く。尾根が短い分.ダイレクトに延びていた。

   植林帯上限.自然林との接線.9:56

     急登が一度緩んで露岩が少し現れ.更に喘ぎの登りになった。920m圏で林層が変わり植林帯を抜けている。自然林に入り
   更に明るくなった空。966m点を過ぎると急登を終え.サカサシバノ沢の左岸の支流.井戸ノ沢の源頭を.左に回り込み南東からの主尾根に乗る。

   喬木と雑木林に囲まれる尾根.10:04
    この先.護摩壇下の尾根に乗り換える

    馬頭刈尾根
   左方の梢越えの井戸ノ沢の源流.10:08

     中央左下が大岳沢奥の二俣左俣で.馬頭刈尾根1030m圏コブから北へ延びる尾根。サカサシバノ沢と鈴ケ尾沢を隔てる尾根を眺めている。
   馬頭刈尾根への登山道はサカサシバノ沢を遡り.奥の二俣で中間尾根を詰めている。ここでは馬頭刈尾根の南東部を望んでいた。

   1035mコブにて.淡い色合いの落葉と一昨日の淡い新雪.10:11

    護摩壇の手前南端の岩
   一時.岩稜帯に入る.10:24
    1060m付近では露岩の痩せ尾根に変わり.塞ぐ露岩を抜ける

    護摩壇
   スラブ状の護摩壇岩は南側から北側に回り込み登っている.10:30

     「奥多摩」宮内敏雄著には「弘方大師が修業された護摩壇岩」と紹介されている。登りの途中にあると云う石祠.
   或いは大岳山は修験者の修験道として開かれ.その後は登山ブームに乗るも今は廃道となっている。

   護摩壇岩に沿って少し北側に回り込む
    藪が切れ登り易い処を狙い尾根を詰める

   護摩壇岩裏にでて登山道に突き当たる

     大岳山と鍋割山とを繋ぐ北東(町村境)尾根の南山腹道. 御坂尾根の1150m圏で.尾根を横切る登山道にでる。
   直進の上部は岩壁で端だてられている。左に折れれば大嶽神社から大岳山に立つ。右は鍋割山を経て御岳山方面へ下る。

     護摩壇岩を過ぎると急に踏み跡は薄れ.登り易い所をたどり.右手に延びる尾根にでる。
   そして尾根上の岩を縫いながら藪を漕ぎ.鍋割山から大岳山へと続く縦走路に飛び出した。

   左上の崖縁に旧旧大岳山荘がある.10:32
    大岳山荘は2008年03月閉鎖

   登山道を左の折れての鉄階段.10:43
    大岳神社への山径・・木段の先に擁壁をトラバースし残置ロープあり

    登山道
     介場峠から丁度山腹を巻く登山道の尖ッ突きにでている。登山道は更に右側に回り込む所だった。
   大岳山の頂から250mほど離れた北東方の1260m圏コブが御坂尾根の頭。
   介場峠から大岳山へは左に折れ登山道に入り.この大岳山北東尾根の尖ッ突きを越え巻いている。

     御坂尾根の取付きからここ登山道までは1時間40分ほど費やしていた。ここは又3つの市町村の境界線上で.
   あきる野市と檜原村の境界尾根を詰め.T字の向かいが多摩川側の奥多摩町になる。

     登ってきた尾根を振り返るとすっきりした感じにも見られるがそれ程楽なルートでもなかった。
   ただ距離は短く.下る場合は先程の岩場を南側にルートを取るのさえ忘れなければ一直線に下山できる。
   この取付きから大岳山へは左に折れ登山道に入ると前方に木段が見下ろされ.その先には岩場があり残置ロープも設けられていた。

   御坂尾根取付き地点から見下ろす

    左のコブと大怒田山1054m
   大岳沢を隔て馬頭刈尾根.10:47

     この地点からもう少し登った所で.左手の茂みの隙間からは更に下流側が広く開かれていた。
   その隙間からは八王子方面の市街地が遠望される。その遥か先は霞むのが都心の風景になる。
   今まで大岳山の山行だけは常に好天に恵まれていた。常にここから都心の高層ビルを望んでいる。

    大嶽神社
   大岳山東肩に鎮座する大嶽神社.10:51
   大岳神社は古くから農業の神として.また火災や盗難の守護守として山岳信仰の対象になり.徳川幕府の江戸城守護の祈願が行われていた。

     大嶽神社
     この山に鎮守する大嶽神社は大嶽金峰山蔵王権現と号し.これに対し御岳の「奥にある大きなもの」.
   すなわち「大」岳であり.これが大岳山の語意になる。檜原村には30部落.15の神社があり.
   北秋川白倉のバス停脇には合掌仏に大きな庚申塔.大嶽神社入口の石柱がある。

     その奥の白倉旧家.吉野邸内にある大嶽神社は里宮として.鳥居から大嶽神社山の参道が築かれている。
   午後には大岳山越えをし馬頭刈尾根に入るが1066m点の南側から登る山道がそれに当たっている。

     クロノ尾山中尾根の末端,神戸川(かんの)二俣.その右俣赤井沢沿いの鋸林道に入って直ぐ.林道の起点前には神戸岩がある。
   全長60m.幅4m.高さ90mの壁。大嶽への参道沿いにあり.神域への扉と云う意味で神戸と云われていた。

     又神戸川沿いに神戸春日神社があり.天保年間は春日官と云い.後に春日大明神と云われ.大嶽神社の社領のため.
   当時は大嶽神社の末社であったらしい。現在.檜原村では大嶽神社と春日神社のみが御祭礼の際に神輿の渡御が行われている。

    大岳山山頂
   二等三角点標石1266.5m.基準点名は「大岳」.11:41

     大岳山の頂は北面の枝々の絡みが特に多い。それでも空の蒼さはに勝るものはなかった。
   『武蔵通志』には「武蔵の鍋冠山と称し海路の目標となす」とあり.江戸湾からも鍋をかぶったような特色ある山容を確認できるとある。
   大岳山は山頂付近の特徴的な山容は遠方から固定し易いく.江戸湾の漁民らの目印とされていたらしい。

     それを知ってから何度か厳冬のタコ.フグ墨イカ等の船釣りに東京湾へ出向いているが確認するにまで至っていなかった。
   船頭に尋ねるも.今は見付ける処か.地形が呑み込めぬほどになっている。又鍋の蓋を伏せたように見えることから
   「鍋割山」.「鍋塚山」と呼ばれていた。

     現在.鍋割山と呼ばれているのは頂から直線距離にして.北北東約1.7kmに位置するところに鍋割山1084mがある。
   7.8年前に鍋割山の頂で.学生時代の仲間達と酒席を設け.忘年会山行をしたことがある。北尾根を下り.青梅で改めでご苦労さん会を催していた。

     大岳鍾乳洞入口から大岳山御坂尾根・・養沢神社のトチノキに切り株と大岳大滝
     南尾根から馬頭刈尾根.東側の916m点峰から戻る・・2つの916m点峰
     西側の916m点峰北東尾根を下り末端の430n圏から三ッ合鍾乳洞