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岩菅山に立ち雑魚川へ のっきりから岩菅山をピストンしアライタ沢へ―「聖平の上」から雑魚川左岸道にでて.車を回収・・おもちゃ王国「暁け湯」に寄り北軽へ 高天ケ原からゲレンデを抜け.寺子屋山を経てノッキリ 岩菅山から雑魚川アライタ沢.(上)聖平・・2つ目の聖平・ブヨへ・・4度目で頂に立つ.2度目の聖平.ブヨ 岩菅山々頂で「ガンバレ節」をが 鳴る仲間.13:33四阿山.取手山の展望 ついに岩菅山の頂に足が着く。 初めて岩菅山を目指してから既に7年が経ている。鳥甲山へのアプローチでは翌日登る予定の岩菅山は目指すも取付き地点の錯覚から 山麓を回り込み.雑魚川を遡っていた。3年前は冬山装備を揃え.白銀煌めく頂を目指したがアプローチの志賀草津道路で吹雪に遭遇し. 通行止で岩菅山の取付きまでも行けずいた。 里山の散策に変わり.草津の里山.石尊山へ。その頂からは純白に飾り立てられた岩菅山を見詰めていた。何とも言いようのない眺めだった。 一昨年は豪雪でなく火山噴火で再びアプローチで諦め.芳ノ平湿原からやはりジッと構える岩菅山を一種の遠いい願望を抱き望んでいた。 今はその頂に同じ仲間達と立っている。登ったというよりは消化したという感はぬぐえなかった。 又苗場山々行では斜め前に対時しながらガス濃く望めず。白砂山々行では地蔵山の登りで.日当りよく残雪に煌めく岩菅山を遠目に見てもいた。 題目通り.コース選定でなく4度目に成し遂げた岳として登頂できた。先輩の音頭で久し振り「ガンバレ節」をが鳴る。 2つの石社と1つの石碑 一等三角点標.「岩菅山」と山名標が立つ5月19日午後曇後高曇 12:54のっきり一13:16小:25一岩菅山14:00一14:20ホッキリ一14:40小:50一15:15アライタ沢木橋:25一16:10一ノ瀬P =17:30軽井沢のおもちゃ王国「暁の湯」=18:10北軽沢別荘. 岩菅山は広い平頂で標高2295.0m.一等三角点標石と2つの大きな石祠が少し離れ祀られていた。 展望はよく.東館山から登り詰めた道中の山並を綴り見ることができる。暑さの為か遠望は霞み気味.志賀高原から遥か遠方は霞む白根山に浅間山。 以前はよく眺めていた方向でもあるが.現実に何度が山懐に踏み込むと違った連想なり.興味が湧くのは当たりまえかも知れない。 ここからは又.白砂山へ続く上越国境稜線が延々と白砂山まで綴られている。更なる先はおぼろ過ぎていた。 頂から北方の眺望は北側へ1分ほど歩めは.裏岩菅山を中心に取り囲むよう鳥甲山や苗場山が眺められている。 誘っても来ぬ仲間達.一人露岩した小石に座り.360度の大パノラマを楽しむ。ただ日本海は望めず。 避難小屋 小屋は頂からガレた北東部の陰にあり.寄ってみる。平屋の石造りで室内は中央に土間が走り.左右から木床が挟む構造で.中央にストーブがある。 薪はない。又整頓され.こまごま備品が置かれている。宿泊には便利で.水場は裏側の植林帯にあり.北側斜面はまだ残雪で占められていた。20名収容. トイレは別棟で吉沢へストレートに落ち.スリルある場所にある。見定めていないが昔の北岳小屋や栂海山荘と同じスタイルになろう。 使用した後輩は尻が冷たかったと語っている。 大正8年.麓の有志によって山頂に24平方メートルほどの石室が建てられた。 近年.原型は残され.屋根は張り変えられ.確りした土台は避難小屋として.綺麗に使われいた。最近は喜ばしいことに.どの避難小屋も清潔感がある。 上信・上越国境稜線 ![]() 東館山から登ってきた山並を見下ろす.13:21 志賀高原 右景.アライタ沢源流々域.13:35魚野川源流々域 左景.13:23上信国境沿いの遥か南方を望む 13:22裏岩菅方面・・北西側から右回りに白砂山までの展望.吊尾根より 大らかに広がる雑魚川流域 左→右1.岩菅山北面からの展望.13:52鳥甲山と裏岩菅山 右2.霞む左奥が黒姫山.13:49台倉山1852.9m.遠見山1832m.鳥甲山2037.6m 冬季オリンピック滑降コースの予定地だった裏岩菅山 1889年冬季長野オリンピックのアルペンスキーのコースを開設するプランとして.裏岩菅山の雑魚川へ落ちる1000m近い標高差の斜面が予定されていた。 ただ志賀高原は国立公園内で数少ない手つかずの山域だった。1972年札幌オリンピックでは恵庭山の頂が広範囲で伐採され.それは酷く非難されている。 その破壊の前例もあり.自然保護を訴え.現存する白馬八方尾根に変わったことで.岩菅山から魚野川流域の原生林は見事に残され. 千古斧鉞(ふえつ)の入らざる深い森の眺めは開発されず.以後志賀高原の自然保護に結びついている。 過ってこの山は岩巣護山と云われていた。それは幕府に献上する鷹の子.つまり巣を管理する巣守衆がいたからといわれる。 関東近辺では奥多摩の鷹ノ巣山にあたる。鷹がいれば当然山は険しく岩場があり.山脈の東側(魚野川側)は玄武岩質の安山岩の岩壁などが露出し. 険しい山並が創られていた。その尾根沿いに雑魚川出合の切明まで今は点線国道の登山道が綴られている。 裏岩菅山と烏帽子岳2230.4m三角点峰.2030m圏峰 右3烏帽子の頂.遥か先が苗場山 2030m圏峰と1626m点峰 右4.魚野川桂ノ沢佐武流山 右5.中津川流域左の日陰山奥が越後三山の中ノ岳 のっきり分岐点から聖平上の登山口へ下山 ノッキリへ下る登山道.14:03半端ではないブヨ のっきりから岩菅山の頂に掛けてはブヨが多い。これから夏に掛けて虫除けスプレーで効果がでるほど多い。 細かな小ブヨだが纏わり付き.刺すというより食いを強く感じる痛さ。違和感を肌に感じるとブヨが食らいついていた。 蚊の痛さとは異なり.刺す痛さでなく.皮膚を噛み切りるブヨは.時には数日痛みが続くこともある。8月上旬に訪れたハイカーは下山して 2週間痒み悩まされたとある。越後に類するブヨは越中でも同様だが関東・奥多摩方面のブヨ.小バエとは異にしている。 頂からガレた急岩稜斜面を20分ほど下ってノッキリに戻っている。ここまで来るとブヨ騒動も途切れるよう納まっていた。 直進すれば入山してきた金山沢ノ頭からの登山道になる。右手に折れ小尾根の北側を巻くよう横切り.アライタ沢沿いに下りられる。 ノッキリを過ぎるまではブヨに手を抜けなかった。そして下るに連れブヨ騒動も途切れるよう納まっている。 程よいスピードで30分ほど下って右手を見上げれば岩菅山の山容も大分高さを増し.ホッとし見上げられるようなった。 倒木更新 太いナナカマドを何本も見て.尾根幅が広がると森らしくなる。「根上がり」前で立松君が立ち止り.「倒木更新」について説く。 切株の更新と同じで.笹などの下草の陰になりがちな針葉樹の新芽は太陽光を浴びられず.成長できぬものが多い。 倒木を土台として.新しい芽が出るようなると日照不足が緩和し.又倒木自身が養分の供給源となり.倒木表面の苔が又水分の供給をも担っている。 古木が朽れた後の「根上がり」には空洞が生まれ.そこは目立つ形が臨まれた。今私を囲む巨木林は各々に根上りした空洞を持ち構えている。 続いて岳樺の見事な巨木群が目の前に現れる。白樺の寿命は数十年.その違いを立松君が滔々と語っていた。 巨木帯を過ぎるとコースの中間点で.指導標を右脇に見るようなった。のっきりと同じような絵図が地面に置かれていた。 この先は木段の連続する階段径が造られている。歩き易い間隔の木段もあるにはあるが.贅沢を云えぬ飽きる階段が続いている。 それも半端ではなかった。ストックのお陰で膝が笑うまではならずに済んだが馬鹿らしくなるほどの木段が続く。それだけ手も加わっている。 最後の木段に「1366」の数字がマジック黒で丸太の端に記されていた。階段の数を示しているのだろう? 昨年見城,立松組が下って.登るのは嫌だと嘆いたコース。展望もなく足元の木段を見詰めつつ下るしかなかった。 アライタ沢左俣の木橋より.15:16木段を終えるとアライタ沢左俣の木橋にでる。ロープウェイ.リフトの架かる下るコースが変更され.水分は不足気味になっていた。 十分足りると思われた飲水500ccでは不足気味.暑い陽射しも加わり.喉の乾いたところでアライタ沢にでた。潤う流心が流れ込んでいる。 程よい冷たさで美味い水に出合う。一息つき火照った顔をも洗っている。次は下まで降りられるだろう。「ご苦労さん!」と呼びたい贅沢な1本取る。 アライタ沢は一ノ瀬地区の水源として保護されてをり.用水路が敷かれていた。その為,左岸沿いに遡る山道は看板で「通行止」を示している。 アライタ沢右岸山腹道 上条用水路沿いの水平歩道.15:28左岸に渡り.引水堤と本流との間を通り.再び右俣の武右衛門沢をスチール橋で左岸に渡ると本流は右下に離れ.本流の左岸山腹を綴るようなる。 ここからは上条用水路が山側に設けられ.その脇の水平歩道を進む。今は水路としての活用より.中に送水管のホースを通し.代用していた。 水路の水量の調整や手入れが大変で.その手間を省くことができる。 岩菅山の西尾根と白樺林帯 用水路,水平歩道より.15:34水平歩道の灌木が切れる場所は何処も.アライタ沢の対岸に広がる白樺林の斜面を臨むようなる。 まだ枝々に裸林で樹葉は見られぬものの.冬木の間々の白樺林は沢沿いの一段高い山腹を帯状に連ね.1つの林帯とし占められている。 見上げると日当たりよく照り付けられた白樺林は黄色い枯草のような淡白い色合いを放っている。 その帯状の明るく煌く斜面を前に.構える岩菅山からの尾根に聳える立つ岩菅山の頂が最後の雄姿を現していた。 左手の水路と並行して綴る水平歩道を北進し.一度西側に回り込む所で.水路の対岸に湧水がある。大きな石積みの下から湧きだしている。 脇の石積みにはメモ紙のように小さく「低清水」とあった。チョロチロの水.先ほど飲んだばかりで.コップを出してまで飲む気はしなかった。 この先が小三郎小屋跡分岐点になる。左に折れれば上条用水路に沿いに一ノ瀬スキー場にでる。 作業道を分けて.右の登山道に入ると「一ノ瀬(聖平に上)」の道標に導かれ.雑魚川沿いの登山口に降り立った。 「聖平」は「聖平の上」と「上」を加え.以前寄った時とは地名が変えられていた。やはり混ぎらしかったのか? 熊笹の絡む木段の広い登山歩道を下る。この木段は段幅が長過ぎ歩調が合わず歩き難し.出来るだけ脇を下っている。 造った人のことを考えると人は贅沢だ。黙っていると愚痴のよう誰かが「自分の体に歩幅が違い過ぎる!」と 一言云わねばならないようだった。それでも頼りながら雑魚川の右岸作業道に降りている。 若葉の清々しい下山 ブナ茂る裾から聖平上へ.15:46小三郎小屋跡から雑魚川.聖平上への径。 「聖平の上」登山口には正面左側には立派な3本の木柱が立ち「ここは一ノ瀬(聖平の上)です」.「岩菅山登山道入口」.「標高1535m」とある。 2つの聖平 雑魚川左岸には同名を持つ2つの聖平がある。2009年06月.鳥甲山を登り終え.屋敷温泉から引き続き岩菅山に登ろうと「聖平」にでている。 当時は奥志賀公園線の焼額山の奥志賀ゴンドラ前から雑魚川左岸の作業道に入り.支流のアライタ沢を渡る手前の「聖平」にでていた。 今回下山した「聖平の上」は本流沿いのひとカーブ下流側の地点に当る。「上信越自然歩道」の絵地図と「聖平」の地名標だけがあった。 アライタ沢左岸道を辿り小尾根から現在の登山道に合わさるコース。沢を渡らず沢沿いを直進すれば旧登山道でるらしい。 迷い,遊歩道に入り戻っている。そして下流側直ぐカーブ下で.同名の「聖平」と「岩菅登山道入口」の道標を見付けていた。対岸はプリンス東館付近. 今は「聖平の上」とあり.一ノ瀬の端にある作業道のゲートも閉ざされていた。そこに今朝.1台の車が停車している。 現在は発哺温泉からゴンドラリフトを利用して東館山経由で登るか.麓からなら高天ケ原スキー場から歩き始めるのが一般的らしい。 「聖平上」は下山コースとして今でも利用されている。ただ上条用水路を経て一ノ瀬スキー場に下るのコースを取る方が多い。 と云うことは左岸道の閉鎖は常道になっているのだろう。簡易舗装された作業道は車が擦れ違えるほど広い道幅を持っていた。 新緑に満ち溢れ.一ノ瀬側の作業道にはゲートに1台の超大型雪上車が野ざらしの間々置かれていた。以前は屋敷野から詰めている。 今年の岩菅山開山祭(6月第一日曜日)のチラシには「夏山シーズンの到来.シーズン中の安全を願う神事の執り行われます。 東館山ゴンドラリフトに乗車し.まだ雪の残る寺小屋峰などを経由して登ることができます」 2016.03.28.とあった。残雪は臨めず.既に0になっている。 発哺温泉でもう1台を回収し.2台の車に別れて奥志賀公園線にでて.志賀草津道路から万座ハイウェーへ。¥1050. 更に鬼押ハイウェーを登り.北軽井沢へ。どこも既に一度は通過したルート。 ホテルグリーンプラザ軽井沢のおもちゃ王国敷地内にある日帰り風呂「暁の湯」タオル付き¥1230で汗を流し.北井沢へ。 地下1600mから湧きく70℃の泉.ナトリウム硫酸塩.塩化物.炭酸水素温泉.かけ流し. 立松君の配慮で入浴するも.待つ人の身を考えると残念ながら時間が少し少な過ぎた。慌ただしく湯に浸かり.北軽に至る。 コリミネ?・・ 北軽井沢の森 北軽の別荘中庭.9:1718時過ぎ北軽に入り.早速黒岩嬢と立松夫婦を交え.焼肉パーティを催す。黒岩嬢もこの為にわざわざ矢木沢から出向いて頂いた。 滝島先輩は暫く待っていたようだが遅くなるのを知り.日帰りで帰宅した。会うだけでもと思っていたが買出しをもして頂き. お礼の言いようもなかった。 別荘の裏道 別荘正面道.9:285月20日(金)曇 北軽11:00=12:40黒岩邸=13:10駒寄IC=13:40高浜SA.花月ラーメン14:00=14:05鶴ケ島IC =東上線若葉.快14:17=15:00池袋. 左足首への負担を考え.今回初めて一日中.ストックを使用してみた。下山して2日目.少々違和感があるものの足首に痛みは関せず。 この間々よい方向に進めばよいが。 日焼けした肌 山行は月に2度程のペースで以前から綴っている。今回は藪山が多い中.久し振りに北信濃岩菅山の登山道を歩んできた。 木洩れ日も少ない頂稜は強い陽射しを浴びている。その上.今年一番の身に堪える暑さ。カラッとして真夏の陽射しのようだった。 袖を捲り上げた両腕は真っ赤に焼け.腫れている。藪の中の木洩れ日とは異なる世界を歩んできた。 帰路は北軽から長野街道.羽根尾にでて.吾妻川沿いに往路を下り.矢木原の黒岩邸にでる。そして駒寄PAから関越道に入り.鶴ケ島ICに戻った。 山と高原09「志賀高原」.zzz148岩菅山・・初めてストックを使用する。スカパ登山靴22.419歩. モンベル.オールウェザー.ストームクルザー上下・・表地.ゴアテックスブレン.GORE.Cバッカーテクノロジー3層.サンセットオレンジ 5/12日.ジケット257g.¥19500. パンツ191g.¥14800・・水道橋さかいやスポーツ 高天ケ原から寺子屋山を経てノッキリ 岩菅山から雑魚川アライタ沢.(上)聖平・・4度目で頂に立つ.2度目の聖平.ブヨ |