北信の漸く辿り着いた上信国境の岳.岩菅山・・北信の山々Top

   現地に入り目指してから4度目の挑戦で頂に立つ
     草津温泉を起点に高天ケ原スキー場からゲレンデを繋ぎ.念願の岩菅山―寺子屋山からホッキリを越えてアライタ沢を下降
                               2016年05月18〜20日.L見城m立松.鈴木.松村.(滝島)
    高天ケ原からゲレンデを抜け.寺子屋山を越えホッキリ・・中猿の軍団とカッコウ
    岩菅山から雑魚川.「聖平の上」へ下山

     岩菅山々稜は北信の鳥甲山と志賀高原の間に位置し.高井郡山にある標高2295.0m峰で日本二百名山の1つ。
   峰続きの北東の方角に岩菅山より一段と高い裏岩菅山2341mがある。志賀高原の最高峰で私は未踏.

     今回で岩菅山の挑戦は4度目になる。2009年6月に鳥甲山に立ち.翌日にも登る積りでいたが上流側の「聖平」と間違え.自然歩道に入り諦めている。
   その後4年の月日が経ち.4月の連休前半に.今日は新雪の岩菅山に挑んでいた。入山日が丁度,志賀草津高原ルートの年越しの除雪日にあたり開通された。

     ただ夜半に再び豪雪に見舞われる。取付きどころか草津温泉止りの登山規制で.岩菅山の登山口にも届かなかった。
   地元のK先輩は連休の通行止めは初めてとのこと。

     更に翌々年8月に鳥海山々行の準備を終え.出発直前に夏の局地的集中豪雨に遭う予報がでた。麓は洪水に見舞われ現実のものに。
   鳥海山々行は運よく避けられ.急遽岩菅山に変更している。この時も草津の岩菅山に変更するも火山警報はレベル2に格上げられ.
   規制から山越えしての取付きまでも行けず。三度も草津に出向き諦めている。

     今回は如何しても登らねばならなかった。連休から幾度となく山行日の変更を繰り返し.5月の連休と云うのに雪不足になっていた。
   雪白き山容から遠ざかってしまったが.如何にしても登ねばと残雪の山を度外視し.岩菅山に強いファイトを燃やしていた。

     今年度は上信越地方の雪解けは早く.上信越全域に云えることだが年越しの残雪は殆ど失い.ここにきて急速に残雪は失われていた。
   奥利根流域も今年は既に異常の姿で地肌を現していた。ここは私にとって欲を出さず.まずに登らなければと。岩菅山は遠のくのみだった。

   八ツ場ダムの本体工事始まる.13:41

   5月18日(水)快晴後曇
     jr御徒町8:44=9:03東上線池袋急.森林公園行:19=10:05若葉.見城.鈴木.松村10時集合=9:13鶴ケ島IC¥2170=渋川伊香保IC
     =黒岩嬢.妹さん邸12:00=13:00ダム展望台.25℃.蕎麦13:45=14:30スパックス草津.

     東上線池袋駅,急行ホームに立つと東松山駅ホームで転落事故があり.15分ほどの遅れを告げていた。10時の集合に遅れること5分.若葉駅に着く。
   又昼頃には別件で脱線事故が中板橋と大山の間で起こり.車内に非常通報が鳴り響き.車体の転落は免れ.怪我人は幸いでなかった。18日中終日運休

     滝島先輩は奥さんが腰を痛め.遅れて1泊参加の予定だったがそれも我々の食料を買出しを済せ日帰りで北軽から帰宅.感謝に絶えない思いをしている。
   それ故現地で逢うことさえできなかった。山行メンバーは見城先輩に鈴木.私と後輩の立松君の4名に。
   滝島さんの欠員は最初から企画したメンバーでもあり.4度目にして参加できず.残念で形だけの参加になってしまった。

     予定では車2台を使用.発哺温泉からゴンドラリフトで入山.下山は聖平と決めていた。それが地元の先輩と共にガイドをする後輩が音頭を取り決行したが
   下調べを怠り.山開き前の点検日でゴンドラは運行されず。他の山でもよいと云いだすほどずさんでだった。下山は大分遅れてしまっている。
   反省会に参加する筈の滝さんは準備しただけで.会えずに帰宅した。任したのが悪いとは云わないが残念な山行で終えている。

     知らずして一ノ瀬に車を手配し発哺温泉に戻っている。そこで初めて修理中の係員から運行していないことを知らされた。
   現地のメンバーが何故確認を取らなかったかは分からない。ましてガイドをしている。仕方なく再び高天ケ原まで戻り.高天ケ原マンモススキー場から取付いた。

     草津ゲートの開門8時に発つも.トラブルで入山時間にロスを生じさせている。そしてコースの変更は更に登山時間を費やすことになる。
   下山後に北軽へ移動するための集合は午後4時の筈が6時を過ぎている。日没前までに着けばと焦る気持に.待つ仲間がいる。
   運と云うか因縁も恐ろしい。1つのミスなり疎かが.余分な労力なり変更を余儀なくされ.滝さんとも会えず.悪い思いを残すことになった。

   草津6Fベランダより.14:47

    失われた残雪と登頂
     昨夜は草津のとんかつ店「とん香」の定休日.勘違いし出掛けるも食を摂ることはできなかった。
   小さなトラブル続き.その上志賀を抜ける国道沿いは.まだ5月だと云うのに全くと云うほど残雪は見られなくなっている。
   仄かにある筈の雪塊りさえ見当たらず.探すのに苦労する状態になっていた。念の為軽アイゼンを持参するも不要に。

     上越国境地域全体の年越しの残雪量は例年の半分.5m以下に落ちている。
   奥利根系のダムの貯水量の不足は下流の大消費地.都民にとって.大変な水不足に陥るかも知れない。5月の連休で今年は残雪量は皆無に近かった。
   数年前は反対に吹雪で入山できぬことがあった。常に残雪の岳を狙い望んでいたものの.今は頂に立ちさえすればよいと云う発想だけが残されていた。

     ただ4回目になると心構えは今までとは異なり.山に出掛ける前の緊張感というか.何か締まりのないものを持つようなる。
   惰性ではないが意欲と云うより湧き上がる気持ちは薄れ.計画は雑になり.朝の遅い出発は尚更.歩みだすまでマンネリ化を歪めなかった。
   ずさんな張を失う山行になる。それでも頂に踏めだけだけでも.私にとって長年の因縁の山を1つ終えた気がしている。

    遠望の北アルプス
   発哺温泉ゴンドラリフト前.9:00
    左肩が笠ケ岳.重なる剣ノ峰. 中央が坊寺山1839.5m

     麓から歩かなければならぬ状況に陥った。昨年見城先輩と立松君が岩菅山に登ったらしい。志賀本山への変更を語るが無視している。
   それよりガイドとして春のゴンドラ修理で不通と.下調べしていないことの方が大変なこと。私を含め誰も.それを問う者はいなかった。
   だらけているのは確か。

    東館山
   高天ケ原マンモスのゲレンデ口より.9:27

    5月19日(木)快晴後曇
      スパックス草津7:40=セブンイレブンに立松と合流7:50=志賀草津道路=8:50発哺温泉⇔一ノ瀬作業道ゲート. =9:15高天ケ原マンモス:25
      一10:00小:20一10:41ゲレンデ上部.登山口:50一11:00寺小屋山一11:12金山沢ノ頭一11:35小:45一12:54のっきり13:00.

     下山後の便として聖平左岸道のPに車を1台置き.発哺温泉まで戻っている。
   途中で高天ケ原から8人前後の中高年グループが登り始めるのを見て.不思議に思えたが.後に同じコースを歩くことになるとは。

     ゴンドラを利用できないことを知り.再びこの高天ケ原ゲレンデまで戻っている。私達も同じコースを歩む。高天ケ原マンモスから東館山スキー場上部を
   横切るコースに変更し.寺小屋スキー場へ。リフトを見上げながら暑い陽射しをもろに受け.2つのゲレンデを歩き越えている。

    西館山1765m
   ゲレンデを振り返る.9:51

     遠方は左より北アルプスから離れ戸隠山.高妻山と乙妻山. 妙高山を挟み残雪被る雨飾山と火打山.その手前の陰山が斑尾山。
   向かいが西館山スキー場. 中央に奥志賀公園線が走り.写真の右端が一ノ瀬のスキー場方面にになる。

    ゲレンデ
     高天ケ原マンモスのゲレンデの足元にはまだ下草も疎らで.土色の土壌部分が多く占めている。
   それでも振り返り遠目の斜面を望むならゲレンデは緑の絨毯に敷き占められた如く見下ろされた。背は広い台地に聳える頚城の山塊で.
   湧き上がるモヤを縫い.大空に壁のよう連ね望まれている。左遥か遠方には雪を被るアルプス連山.そのモヤを抜き姿を現していた。

     朝方の陽差しに照らされた頭上は紺碧に蒼空に澄んだ空と空気。陽は昇るにつれ気温を上昇させている。強い陽射しに変わり.
   遠方は早くもモヤが湧き始めている。停滞前線が太平洋上に大きなコブのような形で南下し.1ケ月振りに連続4日間の好天に恵まれていた。

     既にゲレンデは下草の照り返しが始まり.仄かな流れの風にすがるよう助けられている。よき響きを持つカッコウの鳴き声がゲレンデの奥から風下に下りてきた。
   汗が垂れ,見詰めるリフトに諦めもつくが.目の前にあれば気になるもの。傾斜が急になるにつれ.ゲレンデを大きくジグザグに切るようなる。

    猿の青年群団
     ゲレンデの中程で3才を過ぎた中猿たちだろう。ゲレンデを群団を組み.統制取れた隊列で.斜め下に横切って行く。数える頭は20頭余り.
   家族単位の群としてのまとまりでなく.統一された中猿の姿のみが見られた。それなりに何か理由があるのだろうか?

     昔卒業してから2年目の頃.45年ほど前になるが槍ヶ岳から高瀬川へ下った折.晩秋の山を下りる猿の大軍団と遭遇した。
   トップに立つ先鋭の鋭い目に見詰められ.大猿と云うより締まったガッチリした体格を持つ賢そうな猿。猿頭だろう。群の中程には親子猿が遊びながら下っている。

     長い列の道中は長いが.その列の末端にも強敵の猿が見守っている。4.50頭と云ったところ。
   その時ばかりはその統制力に驚き.暫く並行してはその成り行きを見守っていた。

     岩菅山登頂から3年ほど経った2019年2月24日の朝方.テレビ朝日のニュースチャンネルで高天ケ原での野猿騒動を大々的に報道していた。
   スキーシーズン真っ只中の高天ケ原で野猿20頭ほどが大暴れ.宿や車に侵入し食料を漁り.我がもの顔で集落を歩き回っている。
   日光軍団と同じ姿.不注意があれば必ず襲われると。対策が取れず悩み.如何したらよいのか分からないらしい。前回見た猿の軍団だろうか?

     今年の春先に奥多摩むかし道から「城」の旧集落に入る折.25頭近い雌鹿のみが列をなす群と遭っている。子鹿はいなかった。
   何故そのような行動を取るのか疑問を持ち.奥多摩ビジターセンターに問い合わせたが理由は分からなかった。
   後に秩父にでた折.バスの運転手から.その中に角のない雄鹿が必ず1頭か.2頭いる筈と教えられた。猿と種類は異なっても何か共通点があるのだろうか?

     ゲレンデと云う道ならぬ道を東館山山頂に登り詰めている。単純なゲレンデ歩きのためか.以外と馬力がいた。
   又ゲレンデは見た目の斜面と異なり.急斜面に思えるのは昨日の深酒が残っているためだろうか。

    志賀高原
   東館山スキー場より.10:04
    南方を望む・・横尾山.裏志賀山と志賀山. 遠く四阿山と笠ケ岳. 並ぶ剣ノ峰.箱ノ峰.離れて三沢山

     東館山へ直進し.高山植物園を抜け.南面に開かれる東館山スキー場上部を横切る。
   何度か眺めたことのある北面からの志賀高原。来る度に想い出す展望だが.近くからその山容を望んでも.眺めだけだと忘れてしまうことも多い。

     歩むなり,何か体験せねば眺めているだけでは直ぐ忘れてしまう風景だった。入山すれば特徴ある山容を見付け.そこを繋げれば忘れぬ風景になる。
   ただ起伏の激しく重なる山並でも.時と共に忘れてしまことがある。まずは自ら体験し.汗を掻き登らなければ。この年なら尚更だろう。
   ・・下る1950m鞍部.分岐から大沼池に至る登山道は崩落のため改修されず廃道化されていた。

    初めて真向かいに望んだ裏岩菅山と岩菅山
   東館山南東肩より.10:19

    寺小屋峰2125.0m
   東館山スキー場東端より.10:20

   鞍部を越え寺小屋スキー場へ.10:20
    東館山と寺小屋峰手前の1998m圏コブとの鞍部

    裏岩菅山1241mと岩菅山2295.0m
   寺小屋山スキー場にて.10:33
    左遠方は鳥甲山連山

     緩やかな幅広い台地の寺小屋山スキー場に入ると展望は北側の北信の山々に限られる。雑魚川支流のアライタ沢から扇状に広大に開かれた
   流域は岩菅山連山を取り囲む西北面流域になる。ゲレンテの平坦地から見渡す風景に何か違和感を持っていた。
   武右衛門沢.フクイ沢に本流が扇状に広がり.対岸には目指す岩菅山が整い過ぎた姿で目立ち聳えている。

     ここに立つにはゴンドラ.リフトを何本も乗り継がねば届かぬ地点だった。滑降の醍醐味を素晴らしく味わえるだろう。
   麓まで一気に滑り込むことができるのだろう。山スキーを止めて大分経つ。もうその醍醐味も忘れかけている。
   例にはならぬが距離としては昔.白馬八方尾根から信濃四谷駅までスキー1本で下ったことがあるが。

    金山沢ノ頭
   足元にあった三角形の赤い標識板.11:12

    赤石山分岐
   上越国境赤石山への分岐の道標群

    登山道へ
     寺小屋山スキー場は上部に至ると次第に尾根幅を狭め.リフト終点脇に「岩菅山・赤石山登山口」の道標が立ち,登山道に入る。
   階段から熊笹を切り.まずは赤石山分岐点へ。ほぼ平坦だが細かい起伏の根曲がりの径に熊笹が被さり.仄かな残雪を踏むようなる。
   残雪とは云えぬ量.それでもあったことにホッとする自分がいた。

     深いツガ類の針葉樹林帯を縫い.小さな「ここは寺小屋山々頂,2125m」の山名板が古い標柱に打ち止められていた。
   それを見て.直ぐ金山沢ノ頭にでる。共に狭い頂で灌木に覆われ展望はない。

     分岐山頂の右脇に古く読めぬ道標が立ち.足元には褪せ焼けた三角形の赤い標識板が地面に置かれている。これははっきり読み取れた。
   「30のうちの28.寺小屋山⇔赤石山」とあり.30が県境の赤石山になっているようだった。

     左手には「←東館山山頂1.8km.高天ケ原リフト2km. ノッキリ2.8km.岩菅山山頂3.1km→」と「赤石山2.5km.横手山山頂8.6km↓」と
   新しい道標あった。赤石山への分岐.上越国境を東進すれば野反湖から白砂山にでる。又反対の西へ進めは志賀山.鉢山から熊の湯に至る。

    信州と越後.上州の境界尾根
   11:14

    国境尾根
     直進して金山沢ノ頭を抜けると急に前方の視界が開かれる。岩菅山が鋭く天を突き飛び出している。
   頂稜にでると典型的な地形を示す志賀高原の丘陵状の高原台地が大きく開かれていた。

     右手に主尾根が延び.魚野川の中流流域で.私が歩む尾根筋に並行するかのよう大きく回り込んでいる。
   上越国境の大展望が開かれ.ガスが切れれば谷川.武尊連峰が遠望できる。写真中央の遥か彼方の小さな尖ッ突きが白砂山。
   白肌を覗かしているが余りにも遠方に望まれ.肉眼で如何にが見定められた。又信州と上州.越後とを隔てる三境の頂にもなっている。

     3年前の10月.東側の奥利根「水源の森」から裏側の上州武尊山に登り.霞む谷川連峰を望んでいた。
   今回はこの長い藪山の上信.上越国境尾根を目と目で結び.仄かな昔の谷川連峰を想い浮かべ忍んでいた。その先に上州を隔てる飛騨山脈がある。

    岩菅山主尾根
   左景.11:47

     寺小屋峰を越えたばかりだが.視界は点々と開かれ高原台地が大きく開け.その頂点に岩菅山の主稜が望まれる。穏やかな尾根に伝いに.
   熊笹の3つの小コブを越え.岩菅山の手前の大きなコブ2200m圏コブを越すとノッキリにでる。西側のアライタ沢から雑魚川沿いの聖平へ下る分岐地点がある。
   ここを過ぎれば岩菅山をピストンし下ることになった。

    中津川左俣千沢流域
   中景.右後方を振り返る.11:49

    中津川右俣魚野川流域
   右景.11:16
    横手山の山頂ヒュッテが見上げられる。手前が金山沢ノ頭からの尾根。2027m峰を越え.国境尾根の2100m圏.赤石山へ。

    三角錐に描かれた岩菅山
   岳を望み小休止.11:42

     今年一番の強い陽射しを浴びている。湿気はなく助かるが汗は流れるよう垂れ.タオルで汗を拭き拭きの姿が続く。
   汗をぬぐっても湧き上がる汗は夏山のようだった。雲湧く蒼空は連休明けのシーズンオフというところか。まだ擦れ違うハイカーとも会わず.
   仲間の会話も少なくなった。静かな山旅を味わっている。

     1本取った小径の向かいには太いナナカマドが何本も茂り.その間を縫うよう目指す岩菅山が見上げられた。
   場所により微妙に変わる岩菅山の山容はこの1本取った所からは綺麗に整った円錐形の独立峰の如く鋭く聳えている。

   主尾根の起伏を越え.11:48
    ウグイスも啼く長閑な高原山稜

    真近になった岩菅山
   2200m圏コブより下ればノッキリに

    獣跡
     展望が開かれた尾根筋は熊笹の茂りが目立ち.痩せ尾根と小広い尾根が交互に交わる.小コブを1つ.2つと越えている。
   土壌は灌木絡むぬかんだ台地になり.時には水溜りも見られるようなった。この数日好天が続いているがぬかるむ土壌は残雪の名残か?
   以外と長い木洩れ日の灌木帯に入るとぬかるんだ足場を創り.そこを避けては進んで行く。

     そのぬかるむ土壌に獣の痕跡を見る。初めは鹿の足跡.ヒヅメの先が丸み掛かったカモシカもいた。その次はツメが数あるが少々小さな足跡に見える。
   「大きさから熊ではないだろう!」と互いに語り.ホッとしていた。そして大きな確りした指を覗かす熊の足跡を見付ける。全員で熊だと断言した。

     先を考えるが誰も鈴は持参していなかった。ガイドと称する彼も.よく語るわりに熊避けのスプレーは持参せず。
   笛を見付け.前方の見えぬ先.窪み状の谷間や.やや広く見渡しのよい小鞍部に出れば.腹一杯に笛を吹く。そして漸くノッキリにでた。
   この先はガラ場の岩稜帯が山頂まで続いている。ホッと安心する所にでている。

    のっきり分岐
   最後の急登を表す道標図.12:54

     ちなみに「乗越」とは世界山岳百科事典(1971 山と溪谷社)によれば.以下のように説明されている。【「のっこし(古語)」 尾根を
   一方から他方に乗り越す所を言う。峠と同じようであるが.道の有無は二義的なもので.行けば越せるというような程度の所にもこの名がある。

     穂高の飛騨乗越など一例。通例山嶺中の鞍部を言う。越した向こう側の国村名を冠して呼ぶのが普通。
   乗越は丹沢ではオッコシ.ブッシュ。岩菅山でノッキリ.ノリコシ。

   小広い台地にベンチ2つ

     雑魚川に下る聖平への下山路分岐にでる。獣達の足跡の次ぎ現れたのが刺すブヨ. 2つのベンチがあり.小さなブヨが人にまとわり添い絡みだしてきた。
   避ける間もなく立松君はブヨの塊に襲われ.私の近くにも戻ってきた。まだ追ってくる様子で.早々に発つことにした。
   後は岩菅山までピストンするのみ。最後の胸突き八丁を登りさえすれば天空の頂に立つ。

     高天ケ原からゲレンデを抜け.寺子屋山を越えホッキリ・・中猿の軍団とカッコウ
     岩菅山から雑魚川(上)聖平