| 室床川から高芝山越えをし竹森川へ・・重川と支流竹森川流域Top 高芝山から1362m点コブを経て西群馬幹線180号鉄塔尾根―巡視路から1100m点南西尾根を経て平沢集落へ ・・竹森川沿いの「座禅草のみち」を散策しjr塩山駅に戻る。 重川大菩薩峠登山口から室床川中間尾根・・西群馬幹線の老番鉄塔群を望む 高芝山の巡視路.南西尾根から旧林道を経て平沢・・若番の鉄塔群と座禅草の道からjr塩山の道 高芝山と182号鉄塔 ハンゼノ頭からの展望・・2014.11.21/8:58笠取山から南に延びる境界尾根の柳沢ノ頭から連ねる高芝山。高芝山西尾根に建つのは西群馬幹線182号鉄塔。 背は郡内と国中との境をなす山稜で手前の長い尾根が重川左岸尾根。送電線は重川左岸尾根を越え大菩薩山稜を南下している。 冨嶽と御坂山地 高芝山から南方面.10:43富嶽を頂点に御坂山地の三ッ峠山が大きな山容を現わし.山麓正面に小さく突き出ているのが黒岳か? 御坂最北端の日川沿いの山々も望まれる。手前の山稜は日川尾根から源次郎岳を越える恩若ノ峰と裏側の南西尾根。 恩若ノ峰を下れば塩山へ。以前南西尾根を下りjr勝沼ぶどう郷駅にでている。 樹林を分けて小倉山954.8mが見下ろされ.手前の鞍部には林道北条線が横切っている。裾野は栗生野. 若草色に広がる塩山盆地の上部は塩山桃源郷. 下流の山腹斜面にはフルーツラインが横切っている。 jr勝沼ぶどう郷駅に5.6年前に徳並沢ノ頭から境沢ノ頭に回り込み直接下山する為.フルーツラインを横切っていた。 山越えは極端に岩稜へ 頂からは南西の岩稜帯を下る.10:481480m付近の尾根分岐 西斜面の分岐点.要注意.左下が北西の支尾根.10:56左の立木に赤テープが目立つのが南西の支尾根 分岐・・高芝山からの下りは黄色いテープのマーキングに変わり.暫くは痩せ尾根の岩稜帯が続き.根土の急斜面も合わせドンと落ちていた。 1510m圏で地形図にない小さなコブを越えると1480m付近で.ポイントの分かりずらい所にでる。ここは北西の支尾根でなく南西の支尾根に乗っている。 色々な褪せたテープに.立木には手製の小さな細長い道標が掛かっていた。ただ古く木片に書かれた字は失われ読めなかった。 それ自体が目立たぬ板切れになっている。初めは北西の支尾根に入り.主尾根でないと気が付いたが前知識がないと間違い易い。 進む方向の幹に巻かれた大き目の赤テープが以外と目に付いた。南西の支尾根に入ってからも1435m圏に.地形図にない小さな尖っ突きを越えている。 岩稜帯を終え振り返り.11:03前方の樹林の区切れる所で岩稜帯は終わり.竹森川側は切れ落ちた尾根斜面にでている。 前方右手の樹林が切り開かれると竹森川右岸に続く鉄塔群が望まれる。 滑沢山1291.7mと主尾根 背は笛吹川を隔てた小樽山方面.111:10竹森川対岸の滑沢山1291.7mが乗る稜に繋がる5つの177号〜181号鉄塔群。 手前2つの鉄塔が西群馬幹線の鉄塔尾根の末端の二又に建つ180号鉄塔とその手前がややL字に送電線を延ばす181号鉄塔。 奥の3つの鉄塔は竹森沢を隔てた対岸に延びる177号.178号.179号鉄塔。179号鉄塔基部を右折すれば滑沢山にでる。 左の笛吹川下流の丘陵台地は牧丘.恵林寺方面。 滑沢山と坂脇峠から鈴庫山の稜 右上が乾徳山.黒金山.11:12180号.181号鉄塔・・坂脇峠には鈴庫山林道が横切っているが竹森口側は通行止の処置がなされている。 峠からの右(北方)の尾根は詰めると鈴庫山に至る。 鞍部に乗る182号鉄塔鞍部手前の小さな窪地に巡視路標柱があり.西尾根の1310m地点で合わさる 大菩薩嶺と日川尾根 182号鉄塔基部より左手を振り返り.11:161330m明るい主尾根鞍部より背は小金沢連嶺(小金沢山と牛奥ノ雁ケ腹摺山) 1435m圏の小さな尖っ突きを越えると小鞍部の右下に竹森林道が見下ろされ.その先の1330m鞍部には182号の巨大鉄塔が建つ。 181号鉄塔にはトラバースしてここから巡視路を通るか.主尾根の1362m点コブを経て.支尾根から西尾根に入っている。 林道 柳沢峠が起点の竹森林道は高芝山の北西面に回り込むと法面の崩壊拡大の恐れがあるため通行止になっていた。 又県営鈴庫山林道と接続されているものの鈴庫山林道も坂脇峠手前で崩壊し.やはり通行止になる。そして共に改修どころか開通未定とのこと。 2年前坂脇峠から鈴庫山を経て.柳沢ノ頭.高芝山.小倉山とバテイケーに南下する企画を立てたが.前日のタクシー予約は林道が通行止めで中止した。 又当林道は塩山平沢から塩山滑川を結ぶ山梨県営分で.終点からは山梨市営に変わり綴られていた。 境界は山梨市と甲州市との境界尾根上にあり.赤岩御殿.二ケ引ノ頭を下った後のゲートで.境界点になっていた。2014年11月.柳沢峠より. 大菩薩嶺.熊沢山.小金沢山.牛奥ノ雁ケ腹摺山.手前に砥山 同基部より・・天狗沢.11:19天狗沢の中間尾根に乗る183号鉄塔と先程登ってきた室床川右岸尾根に乗る184号鉄塔。 1362m点コブ 左手の支尾根へ.11:30主尾根に乗り振り返る分岐.右前方から下ってきた。左前方の肩から左側へ西尾根に乗る。 鞍部から巡視路を通らず1362m点コブを経て.主尾根と離れ右手(西側)の支尾根を下っている。 そしてトラバースしてきた鉄塔巡視路はL字巡視路標柱1310mがある分岐で合わさっていた。 尾根筋と異なり竹森川側の踏み跡は薄い。西へ支尾根を下れば伐採地にでて.坂脇峠方面の展望が開かれる。 高芝山 伐採地より.11:36右手の主尾根から回り込み西支尾根に乗り.伐採地に立って鞍部に建つ182号鉄塔を振り返る。 坂脇峠から鈴庫山への稜線 同・・次の181号鉄塔.11:35西尾根筋の1362m峰から少し北側に外れて建つ鉄塔。 鈴庫山から180号鉄塔を見下ろす ・・2014.11.21/9:32柳沢峠から笛吹川左岸の県界尾根と藤谷ノ頭市界尾根を綴り.三富へ下りた時の鈴庫山々頂からの展望。 先端の小倉山954.8mと竹森川沿いの塩山平沢集落・・鉄塔の裏から作業道を綴り平沢の集落へ下りている。 巡視路階段 180号鉄塔への巡視路を下る.11:56右前方の181号鉄塔の基部脇に立ち寄る。基部1230mは尾根筋の右脇にある窪地に建てられていた。 巨大鉄塔は地盤さえ確りしていれば窪地でも変わらぬ普通の状態で見上げられた。 向きを南西に変えた後は地形が広がり.巡視路を追うことになる。保安林のプレート1110mを見て.巡視路がなくなれば西へ赤テープを追い. 1100m圏コブを過ぎると右前方下の180号鉄塔の基部1080mにでる。基部は草地だが周りは樹林に覆われ展望はなかった。 180号鉄塔基部西側左側が天狗沢.右側が竹森川 1100m圏コブ南東尾根 180号鉄塔からは南東の支尾根でなく.西へ向かって鈴庫山林道のヘアピンカーブに下り立つとある。気を付け下った積りが基部から 西側の樹林帯に入ると地形が広がり.進路が分かりずらくなった。西北西に入らず.少し南寄りに下ると尾根らしくなった。 西南西寄りの支尾根を下ると更に尾根筋は南寄りになり.西側に進んで入るが竹森川と並行するようなる。 そして枝尾根らしき下りに入ってしまったようだ。 少し右後方から見下ろす竹森川・・平沢.玉造地区 右手は笛吹川左岸流域の乾徳山道満尾根上部から撮影・・2012.09.16/11:59背は最菩薩山稜で中央の尾根は竹森川右岸尾根。塩山盆地に飛んで塩ノ山・・その左肩奥がjr塩山駅 奥に霞む背稜は恩若ノ峰南西尾根と甲州高尾山の尾根。更に南方は日川沿いから御坂山地北限に入っている。 沢沿いは座禅草のみち 竹森川沿いに県道207号.平沢千野線.12:07視界の閉ざされた杉林の植林帯の中を下っている。里から程よい距離を保った所で正午を知らせる鐘の音色が.座禅草の里から聞こえてきた。 まだちょっと遅れただけと思うが林道に至る距離は縮まなかった。 尾根筋を忠実に下って行くと左側の樹林の切れ目から竹森川下流の展望が開かれる。 それは下るルートが可笑しいことを意味していた。里の風景を見ただけで林道が遠ざかることを知る。高山は扇山(恵林寺山)を示す。 ここから山麓が真近に見下ろされるも.探り下る道中は以外と変化に富み.まだまだ遠いいアプローチに感じられた。傾斜はきつくなる。 最初のやや幅広い作業道 横断し直下を繰り返す.12:09再び樹林を潜ると里にでるまで周辺の展望は閉ざされる。そして竹森川の河原に下りるまでの間に3つの異なる雰囲気を持つ林道を横切っている。 最初の林道は高度960m付近だと思われた。尾根が突きでる微妙な尾根筋から山肌が窪み.ひら斜面に変わりつつある地点で. ここには確り踏み固められた林道が谷間の斜面を水平に横切っていた。 山腹を巻く林道は古くからの年輪に刻まれた.使い慣れた感じを抱かせる平坦な古道として横切っていた。 道幅広く.又尾根幅も広く.まだ陽射しを透す傾斜をもっていた。平坦な地形に並行し.私が横切るには.踏み跡の縁を崩しながら直下した。 2つ目のやや狭い確りした作業道 12:2010分強で,倒木混ざりの起伏の少ない急斜面にたどり着く。今度は日射しの閉ざされた薄暗い.道幅も狭まった水平歩道にでている。 ここは最近開かれたと思われるも.時が経つにつれ大分前に造られた林道のようだった。水平歩道が綴られりも.足元も見定められぬほどになっている。 やや狭まった窪溝を下り.斜め下に降りて.谷間から離れ右に起きる尾根を綴った。 すると尾根筋は左岸に比べ如何にも大らかな斜面が続き.緩やかな尾根台地が広がりを示していた。 尾根上を上がと云うより扇状の広がりに合わせ.斜めに下ると周りの明るさが増してきた。 向かいの窪みが谷筋らしくなる.12:23雑然とした幅広い台地状にでる。 3つ目は閉鎖された広い林道に? 何故か? ロングの荷台を持つ超大型トレーラー.12:31放置トラック 890m付近の駄々広い平坦地にでて.そのにはジャリの敷かれたような.スズタケが疎らに茂る所に出偶わした。 以前に整地したことがありそうな長めの幅広い広場。なんでだろうと周りを見渡すと目の前に超大型のトラックの残骸がトレーラーは崩れ姿を現わしす。 それも突然.あってはならない場所に放置されていた。 荷台は伸び茂る枝木に被われ隠されている。想像できな場所に大型トラックがあり.近寄ると更に巨大な超ロングの荷台を持つ姿が現れた。 トラックの大きさを考えると2車線以上の余裕のある道幅を必要とされた林道が.以前綴られていたのだろう。 広い空地から続く道らしき跡を探る。漠然と広がる平地の帯が延び.先を示す道形が示されているも.先は分からないでいる。 左端に頭を出すトラック.12:32一度偵察も兼ね帯状に延びる林道? 右手に入り進むが登り気味になり,戻っている。何故このように巨大なトラックが放置されているのだろうか? その上大分前から分る道形がないほど廃道化が進んでいた。生い茂る道幅は狭まり.放置された車が何故ここにあり.ここまで来たのか? 理由が分からなでいる。自然に戻る回復力の脅威か? 写真を見れば林道にも思えるが? トラックがあることで間違いないと思うが確信を持って云う言葉以上に.林道は荒廃していた。 青葉の茎 素晴らしい青々としてスズタケ群.12:36青いスズタケ 幅広い林道らしき所は自然に淘汰され失われている。恐らく林道を横切っていたのだろう。 杉林の下は一面の枯スズタケに覆われた。背丈は2m弱.丁度私の背丈が笹丈で丘全体を覆い.他の下草類は弾かれていた。 右手の少し高みに寄り.密になる笹薮を漕ぎ下る。するとそれ程間を間を開けずして.左側の尾根縁に笹原が疎らになっている所が見下ろされた。 近寄ると周りは青々としたスズタケに覆われ.強く逞しい色の茎.最近では見たことのない,若々しいスズタケの藪絡みになっていた。 どちらかと云うと都県界尾根越しや奥多摩.相模に掛けて.枯スズタケに覆われている所を多く見るが.これほど若いスズタケの藪は最近見ずにいる。 70年周期の衰退期とも云われている。笹の確りした茎と青々い色.共に見詰めているとホッとした気を起こさせる。 12:38残置トラックの地点から右手の緩やかな尾根に一度回り込み.更に左側の緩やかに落ちる沢沿いの斜面を下ると大地のスズタケも失われた。 所々に点々と割れたビンや金属片が見られ.落とし物や斜面の状況から見て.この辺に道が築かれていたかも。 もう竹森川の河原は近い筈である。最下位にあった林道付近は改修されなくとも.もう少し分かり易すく.見渡せてもよい筈だった。 住居なり.共同耕地があった名残りか.不可思議過ぎる場所から里に下りている。 二俣地点 小さな河川に降りる.12:42大きく窪んだ谷間に流れる小沢を見付け,右岸沿いに入り込む。降りた所が小さな沢.本流との枝沢二俣地点, 薄い踏み跡が渡ってをり.左右からの沢筋を挟み下流に下りている。ここは昼尚.陽射しも透さぬ薄暗い流域になっていた。 もう少し沢底が広がれば座禅草の群生地になっていたかも分らない。 否,規模は小さくとも育ってよさそうな場所。現実に竹森川下流左岸の2つ下の枝沢の湯原地区には座禅草の公園と群生地がある。 沢沿いの広い林道 右岸の幅広い作業道.12:50平沢の里 沢沿いを更に下ると流心の太さは変わらぬものの.次第に沢幅は広くなり.焚き火に使った一斗缶が放置されていた。 更に沢幅は広がりを見せ.右岸の高みに2m弱の幅を持つ山道が現れる。放置されたままの山道は心地よい杉の高木林の中に綴られていた。 そして突然,それ程間を開けず.竹森川の小沢は突き当たる。塩山平沢の河原に下り立った。 竹森川の河原はこの辺では2つの流心を持ち.中間の土地は畑として活用されていた。そこを跨ぎ右岸沿いの舗装道路へ.里道にでる。 地形図「川浦」の右下と「柳沢」の左下に重なる塩山平沢の県道終点で.その先の捩じれたT字路地点にでた。 この角地には民家が軒を並べていた。山を下りて恥ずかしいながら.今私が立っている場所を地元の人に尋ねている。 地図を見てもらも分からぬ場所だった。 漠然とだが道路東側の竹森川の流心が2つに分かれている所の左岸には.944.2m三角点のコブが聳えている。 その南側を流れる小沢を綴る地点が路線バス玉宮線の終点。下流から延びる甲州市営林道.上橋平沢線として描かれていた。 上条峠を越し.青梅街道.塩山下田原に下りている。ここから400mほど下った所が起点にだった。 又944.2mコブの北側に延びる林道は地形図の黒線で表示されてをり.今回最後に下った小沢右岸がこの林道だろう。竹森川にでる。 塩山平沢 竹森川の河原にでる.12:57河原正面に見上げられたのが179号と179号鉄塔 平沢捩じれT字路 塩山平沢に下りる。暗い谷間を抜け急に明るくなった竹森川の河原からは.対岸に予定していた尾根が横切り.先程の鉄塔から続く.178号・ 179号鉄塔が見上げられた。少し上流側を飛び石伝いに渡り.流心が2つに分かれた河原の間を抜けている。 照り返された路面は眩い陽射しに変り.ここは丁度県道207号と林道鈴庫山線との接点付近らしい。 捩じれた逆トの字路で向かいの角.民家で場所を尋ねている。上流は鈴庫山林道. 下流は平沢先野線が延び.玉宮入口までが「座禅草のみち」になる。西側は地形図の黒線.簡易舗装で法泉寺に回っていると云う。 3つ角には甲州市のデマンドバスの標識があたが.バス停はなかった。民家とも離れ.西側に回り込んだため玉宮バス停とも離れて進んでいる。 路線バス玉宮線の終点「玉宮」までの交通の便は悪い。日3便.7:20.12:35.18:45。終便は大分後になる。それではと「座禅草の里」を歩む。 「座禅草のみち」 竹森川の谷間を貫く県道207号線は「座禅草のみち」と呼ばれ.古書には「玉宮道」の名で呼ばれ.沿線には馬頭観音と並んで, 地蔵菩薩の分身として.江戸時代に盛んに造立された六地蔵が多く祭られている。この道をjr塩山駅まで辿ることにした。 又福生里地区の山裾には里道が幾つもめぐらされている。 ここは南面の斜面で日当たりがよく.葡萄栽培に適し.富士が見えることから別荘地にも選ばれていた。 1362m点コブの北西鉄塔尾根 西側の高みの簡易舗装道より.13:15平沢から西側の山寄りの高み里道を南下する。谷側のバス路線に沿い家並が列をなし.その頭上に下山してきた尾根筋が望まれた。 見た目より遠く感じられるのは少し藪を漕いだせいだろうか? 山々は既に盛夏の暑苦しい灼けた緑の色合いを示している。 薄日が時折差せば照り返しは強い。 平沢付近は西側のやや細い生活道の方が高見台となり.竹森川を隔て下ってきた山並が広く望まれた。 帽子のツバを背に向けて下って来たルートを探る。概して180号鉄塔を見上げると直ぐ脇に下るべき鈴庫山林道のヘアピンカーブの擁壁が望まれた。 余りにも近く.見てガックリする場所にあった。 180号鉄塔基部からの下る取付きに気を使い過ぎ.気持ち南寄りの西南西尾根から南西尾根に入ってしまったのだろう。 尾根末端に建つ180号鉄塔脇の法面は林道鈴庫山線の高度1000m付近がUターン地点になり.主尾根1362m点コブからの林道取付き地点。 181号鉄塔は基部を通過し.182号鉄塔は1330m鞍部にある。今回は180号鉄塔の手前.1100m圏コブの南西尾根を下っていた。 里へ下山した河原との高度差もそれほどなかった。その割に尾根筋に時間を費やし.低地なりの変化に富んだ地形を創っている。 又3つの作業道の横断はそれそれ異にした考えを示す道形を造り.下るには変化を付けていた。 ザゼンソウ 湯原バス停近く.竹森川左岸に座禅草の公園と群生地がある。ザゼンソウはサトイモ科の多年草. 山梨県の比較的標高の低い同地に群生地を形成するのは珍しく.柳沢峠方面から延びた尾根の北斜面にある杉の植林地に育つ。 日当たりの悪い沢の底部辺り.直射日光が殆ど当たらぬ所で.甲府盆地の他の所では溶雪する雪が根雪となり. 自ら発する熱で周りの雪を溶かし.開花する育成条件をつくるには適しているらしい。 現在3000株が自生し.1975年12月に山梨県の自然記念物に指定され.1995年12月には旧塩山市の天然記念物に指定された。 開花はおおむね2月中旬から4月上旬まで.又群生地から徒歩20分ほどで小倉山にでる。 扇山(恵林寺山) 福生里バス停付近より竹森川沿いの集落を結び「座禅草のみち」を選ぶ 昼食 遅くなった昼食を摂る場所を探しながらバス路線.「座禅草のみち」を歩む。日は陰るもまだ時折雲を切るよう暑い陽射しが戻っている。 日陰を求め,座れる場所を求め下るが.程よい場所はなかなか見つからなかった。 福生野バス停手前で.山側に小さな森を見付けていたが休まなかったことを今は残念に思っている。葡萄畑と竹森川が開けた所で1本取った。 坂道の右脇は石垣で囲まれた葡萄畑があり.足をブラブラさせながら.目の前の展望を楽しみながら食事を摂ることにした。 保冷剤を入れた保冷用の袋には冷やし中華のセットを持参した。麺に具を乗せスープを浸し.間を開けで口に運べば酢と辛子の利いた 中華ソバができ上がる。慌てず暫く置いておく方が麺にスープの味が浸み込み美味い。暑さもあり口当たりがよく.アッと云う間に平らげる。 その間.日曜日のせいか.私の前を通う人は誰もいなかった。又車の往来も疎らで数えるほど。 福生野の呼び名については地元では「ふこおり」とルビが振られている。又バス停もそのようなっている。 ただ国土地理院の地形図には「ふくおり」と表示されていた。 高森院の正門脇に並ぶ馬頭観音と大きな地蔵さん「竹森」の地名は古書に「高森」.「高もりの禰宜」とあり.高森院があることから「高森」であったと云う説がある。 食後のデザートとトマトに塩粒を振り掛け齧り街道を下る。甘味があり艶もよいせいか美味い。手までがベタベテしてきた。 右手に並ぶ民家の庭先に蛇口を見付け.洗顔をお願いし.奥さんは「どうぞ! どうぞ!」と優しい声で勧めて頂いた。 「飲めますか?」と又問うと「水筒はないですか?」と尋ねられた。「ありますが生水の方が美味しいので!」と答えている。 思いの外,冷たく美味い水。日が陰るも照り返しの暑さもあり.ザブザブ顔を洗い.浸たる心地よさ。 洗顔を終えて直ぐ.道路の左向いに高森院,満霊寺が建立されていた。正門の左脇には馬頭観音とお地蔵さんが並び祀られている。 この「座禅草のみち」の道中は馬頭観音が多く祀られ.江戸時代には多くの仏像が造られていたといわれている。 玉宮簡易郵便局を過ぎると見事な突き上げ屋根の民家が街道を挟み時折見受けられる。この辺の伝統ある家造りなのだろうか。 JAフルーツ山梨から玉宮小学校へ。正門前の横断歩道にはこの街道唯一の信号があり.校庭にはかなりの数の岩石が標本として陳列されている。 重川左岸尾根と御坂山地 集落を抜けての展望.14:22玉宮線からjr塩山駅 「座禅草のみち」を抜け.玉宮口の三差路を左折すれば青梅街道にでる。そこでjr塩山駅に下るべき路線バスのバス停を尋ねる。 地元軽トラの運転手は斜め前にバス停があると指を指す。この玉宮線は一日3便の7時20分.12時35分.18時45分湯原発しか運行されていず。 又このバス停を利用するには3時間半ほど待たねばならなかった。初めて入村した私が地元の人に説いている。 後のバスルートは大菩薩峠線だけになるが重川新千野橋東詰バス停に回り込むには運行時刻表が分からず。 直進して少しでも塩山駅に着いた方がよいと勧められた。成る程と納得し.朝方の路線バスの道中を想い出して進むことにした。 千野橋を渡り直ぐ.三差路の交差点に着く。この角に駐在所があったのは憶えているが無人だった。 間を空けず右脇にセブンイレブンを見付け.冷たく旨いと思い新製品の炭酸に甘味が増す缶ビールを購入.私には合わず少々ガックリするがしょうがない。 日川尾根を登り返す西群馬幹線 再び一時の強い陽射しを浴び.14:28続く変形四差路の「上赤尾」交差点に入る。直進と直角に右折する道路.そこを右斜め先へと塩山駅前にでる。 ここは朝方バスの車窓からは三差路に見えた。ここで斜めに入るところ直角に右折し.大失敗をやらかした。 大回りして「町屋」にでてしまっている。そして駅に向かうガードを見て.更に右折してしまった。 出た所が仲沢ガード北で.駅への道を大きく西側に巻いてしまっていた。雑に街道を下った方が良かったかも。 そこからはガード沿い正面に恩若ノ峰南西尾根を眺めながら駅まで戻ることにした。素直に尋ねていれば今.擦れ違った列車に乗車できた筈。 8分遅れで3時13分.閑散とした北口広場に着く。又「赤尾」と名の付く地区は広く.線路を挟んだ塩山駅の南側も赤尾地区になっている。 こfれは捜し歩くうち.気が付いた。 恩若ノ峰と南西尾根 日曜でも閑散とした塩山駅北口広場.15:1315:10jr塩山:43=16:12大月.快速:16=三鷹.ホリデー快速あきかわ.17:35=17:59お茶ノ水. 本来は一度竹森川を渡り.右岸の尾根の防火帯を歩む予定でいたが.その間々「座禅草のみち」を探索し.jr塩山に至ることにした。 ルートに迷えば探りのルート.五感を活かし自ら前進するのが面白い。ただ距離の短さは充実感と反比例させ.長ければ 再び出向く先へと意欲を生むことになる。ただ変更したと云うより中途半端な山行になった。 地形図「大菩薩嶺」.「柳沢峠」.「塩山」.zzz151「滑沢山」.「竹森山」・・スカパ登山靴27.146歩 お茶500cc.ポカリ500cc.冷やし中華.サンドイッチ. 大菩薩峠登山口から室床川中間尾根・・西群馬幹線の老番鉄塔群を望む 高芝山の巡視路.南西尾根から旧林道を経て平沢・・若番の鉄塔群・座禅草の道からjr塩山の道 |