| 御坂山地の北面を繋ぐ.狭い間隔の市界尾根群・・笛吹市.大月市.富士河口湖町 清八山.刈置山.大沢山.ボッコノ頭 清八山から幾つもの境界尾根を細かく綴り.刈置山を経て女坂峠―大沢山からボッコノ頭を経て摺針峠へ.狩屋野川林道と新田 都留市の宝鉱山チチョ沢の巡視路から21号鉄塔を経て清八山 清八山から女坂峠.摺針峠を経て狩屋野川林道.新田とjr笹子・・短い市界尾根群 境界尾根(笛吹市と大月市) 7号鉄塔と霞む刈置山に建つ6号鉄塔.12:42清八山から大沢山.ボッコノ頭へと境界尾根を綴り.狩屋野川林道へ・・女坂峠.摺針峠 12:43清八山一13:05八丁山分岐一13:36(7号鉄塔分岐)一13:51刈置山一14:08女坂峠一14:28大沢山:40一15:13ボッコノ頭 一15:55摺針峠16:10一17:04林道ゲート起点.新田一17:58jr笹子. 清八山の分岐の戻り.八丁山への短い境界尾根(大月市と富士河口湖町)を辿り.右手の対岸に笛吹市との境界尾根を望みながら歩む。 以前歩いた大沢山の逆コースで綴っている。手前が奥野沢川の源流々域で大月市の管轄下に入る。 ここから大沢山までの尾根沿いの山径は.やや荒れ気味だが新たに確りした道標が幾つも設けられていた。 以前,大沢北東尾根からこの各境界尾根を抜け.角研尾根から笹子駅へ下り周回している。 5年ほどの違いだが主尾根沿いの整備は大分進んでいた。東山梨変電所からの都留線の巡視路も登山道として昇格し整備されていた。 境界尾根(大月市と富士河口湖町) 八丁山分岐まで.12:55 賑やかな各種の雑木に覆われる.13:00 八丁山の分岐.13:05八丁山分岐は笛吹市と大月市.富士河口湖町とパズルのような3つの境界尾根が合わさる分岐。5年前の師走に訪れた時は小さく足元に 八丁山分岐と示されていた木片が.これほどまでに立派な道標に建て直されているとは思いもよらなかった。 この先にある7号鉄塔分岐.刈置山にも.足元に示された小さな板切れだった。ここも見劣らぬ立派な道標に立て変えられている。 ここからは雑木の灌木帯に少し荒れた山径になる。それだけ又荒らされぬ静かな山域になっていた。 境界尾根(笛吹市と大月市の境界尾根) 分岐から痩せた境界尾根.13:06 黒木の茂る尾根.13:19人気の薄い自然に任されているような少し荒れ気味の尾根筋を歩む。 ここは北側の奥野沢の源流地帯は殆どが伐採され.落葉松の若木帯になっていた。疎林になり. 奥野沢下流の変電所周辺の展望が開け.明るい尾根を創っている。又1531m峰の西側は昭和63年2月に山火事にあった所。 本社ケ丸北面の尾根末端 奥野沢川沿いに建つ東山梨変電所.13:16左下に大きく白く反射して見下ろされるのが東山梨変電所。そこを中心に西群馬幹線.葛野川線と2つの巨大鉄塔の送電線があり. 繋がれている。左中は大沢山北東尾根に建つ西群馬幹線213号鉄塔と999m点峰。 右端は葛野川線32号鉄塔. 1つ置いて手前が終盤の33号鉄塔. 間の西群馬幹線220号鉄塔と接続し.境界尾根越えをして 大幡川に降り三ッ峠山へ。又右端の3基は本社ケ丸の東峰北尾根に乗っている。背は角研山北尾根. 東山梨変電所周辺 左側アップ.右上が追分と笹子町黒野田地区西群馬幹線と御坂線.都留線 写真から見る西群馬幹線ルートは左上の213号鉄塔から裾の214号.217号.216号と218号(重なる).215号.219号へ。 綴ればジグザグに折れている。この西群馬幹線は群馬変電所から上州の県界尾根を綴り.奥秩父.大菩薩山稜と長く綴られてきた送電線の鉄塔。 この先今朝の入山した大幡川に架かり.三ッ峠山や御正体山の山腹を通り.丹沢から足柄の新富士変電所と結ばれている。 馴染み深い山々を幾つも通り抜けている送電線になる。 大きな中央鉄塔の左脇にある小さな鉄塔は御坂線と都留線の併用鉄塔。1列に手前に並ぶ4基の鉄塔が見下ろされた。 取付きは変電所の下流側にある。併用線は刈置山北東尾根を6本の鉄塔で繋ぎ.境界尾根を越えた金川の河原左岸に建つ10号鉄塔で分割された。 郡内に入る都留線と国中に延びる御坂線とが東西に分かれている。 そして金川を遡り.詰めた鞍部に先程麓から詰めてきた21号鉄塔がある。入山は鞍部反対側の大幡川を詰めてきた。 清々しい色彩の雑木林.13:29送電線の展望を1本づつ綴り愉しんだ後.15分ほどで併用7号鉄塔の分岐にでる。以前はなかったと思う道標がここにもあった。 石塔に赤帽黒の境界プラがある。又年季の入った白いL字鋼の送電線標柱があるが「7」しか読みとれなかった。 左手に直進し少し入ると南西方に眺めがよい円頂の台地肩に建つ鉄塔を見ている。先ほど清八山から望んだ7号鉄塔で. 以前訪れた時は足元に金川が見下ろされ.都留線と御坂線の分岐送電線を見下ろしていた。ただ富士河口湖町側はガス濃く.今回は諦めている。 乱立する落葉松林.13:44落葉松林の刈置山 刈置山からの巡視路コース.13:51真新しい登山道と道標 刈置山1448m点の周辺は新たに整地され.6号から7号鉄塔への尾根筋は巡視路と兼ねた登山道で.丁寧に手が加えられていた。 黒プラ階段はフルに利用され.細尾根にはロープが張られた道標も新たに造られている。 6号鉄塔が建つ刈置山の頂は土盛りがなされ.以前訪れた時の土台だった鉄塔の石積みは隠れて分からなくなっていた。 又鉄塔基部周りの樹林は時期的にも盛夏であることを考えると茂みの成長が早いのか.遠望されていた展望は得られなくなっている。 以前は女坂峠から急な痩せ尾根を登り詰め.開けると直接,刈置山に出ていた。このルートは西側に迂回し頂に直接でぬ新たな山道に変え築かれていた。 ただ見方によっては立派な道標が立てられ.落葉松林に囲まれた素晴らしいコースになっている。又.縦走するコースは頂を外れることになる。 巡視路は確りした登山道として改修され.新たに刈置山北東尾根伝いに直接登れ.御坂線と都留線都の併用鉄塔巡視路と登山道を兼ねるコースが開通した。 道標に「送電線巡視路.笹子駅まで約2時間」と示されていた。都留線1号鉄塔は変電所々内に建てられている。そこを結ぶ尾根コース。 それでも厳しい女坂峠への下り坂を見上げている.14:04見た目は如何ということないが女坂峠を目に前にして.滑り易い急斜面を下る。以前は逆コースを取って気にもしていなかった。 枝,曲根とホールドは多いが危なかしい所もあり.以外と長く.途中で停まっては不安定で滑りぬかるむ斜面を下っている。途中でストックを畳んでいた。 女坂峠 立派な石積みが残されている.14:08女坂峠 道志には2つの女坂峠がある。もう1つは精進湖北側の頂稜.三方分山と五湖山との鞍部にある女坂峠。 この峠は阿難坂峠(あなんざか)と称していたが.方言で女のことをオナンと云うことからアナンがオンナになり.女坂の字をあてるようなる。中道往還. ここ女坂峠越えには奥野沢側に細い踏み跡があった。金川側は刈置沢トーギ沢沿いに下り刈置く沢林道から藤野木に降り結ばれている。 「日本山岳案内」によると奥野沢と金川の間に逓信省の地下ケーブルが埋葬され.電柱が立ち.コンクリート造りのケーブル中継所もあったとされている。 峠の北寄りの北東から南西方向に石垣が続き.「地下線」.「逓信省」と刻印された標石にコンクリートの石塊が残されていた。 ここでも少し手が入っているようだった。 地下ケーブル施設の土留め用に設置されたもので.一部区間で見られる石垣に沿った道形は.その下にケーブルが埋設されていた。 ただこれらの旧構築物が何のために使われたかの真相は今だ不明になっている。 大沢山 ナラ.ミズナラなどの自然林に囲まれている.14:28大沢山 前回訪れたと云っても5年前の師走. 逆コースで冬木林に覆われた笹子川南岸尾根を綴り.本社ケ丸から角研山北尾根を下り,笹子に戻っていた。 当時は西風が強く頭上は一日中常に旋風が舞い.午後に黒野田林道を横断して漸く治まっていた。斜陽したお坊三山を見納めし下った覚えがある。 今回はガスで霞む緑覆う台地。今にも降りだしそうな空模様だが却って.季節それぞれの味わいの深さを抱かせていた。 日の長さが更に奥山へと私を導いている。初めてになる区間の境界尾根に.ここから一歩を踏み込む。 ボッコノ頭 ![]() 1397mコブとボッコノ頭. 下って摺針峠. 大洞山(摺置山.オキノ山)と霞むカヤノキビラノ頭を擁する山波へ。 1397mコブを過ぎたボッコノ頭は深い森の中にあった。1445.9mの三角点峰. 放徊するガスが幻想的な世界を創っている。 頂で直角に右に折れ.下れば摺針峠にでる。越えた先が大洞山1402.6m。更に笹子峠へと続く.霞むカヤノキビラノ頭(三境)が遠望された。 4年前に雲母山から中尾根を下っている。今回は摺針峠の北側に延びる尾根の山腹を狩屋野川に下る予定でいた。手前は1370m圏峰. 1397mコブとボッコノ頭 ボッコノ頭をアップ・・大沢山の西尾根鞍部手前で.14:461397m点 左は赤松,右はブナに落葉松林と境を歩む.15:04赤松 赤松林に入る。赤松は明るい場所を好み.不毛の地でも耐えられる先駆植物で.最終的には子孫を残すことはできない内陸性二葉松の植物。 よく似た松に黒松(雄松)を比べると葉は細く柔らかさを持ち.触れても黒松ほど痛くない。 成長すると樹皮が鱗状に剥がれ落ちるのは.共に同じ性質で雌松と呼ばれることもある。 先週.テレビのクイズ番組「和風.総本舗」の映像を見て.赤松の太い50〜60cmの幹に包丁らしき刃?が宿題にでて. 日本古来の何を作るかとう問題があった。ややヤニが付く木材から「経木」が映像に飛び出してきた。 赤松は経木の材料になっている。なるほど.私が子供の頃は買物を頼まれると肉類.惣菜等を買えば.納豆なども同様に 経木に包まれ.包装紙として使用されていた。今では高価な包装材になるのだろう。 林層のはっきりした尾根伝い.15:11この辺の北面はブナの中木帯。 南側が切り開かれ明るく.大らかな尾根がまたまたよい。薄日との関係か.見逃せぬ風景になっていた。 ボッコノ頭 向山(むこうやま)山頂1445.9m.15:18道標の手前が大沢山からのコース.右手に折れれば摺針峠に下る。ミズナラが主体の自然林が快い。陽が出たとしても透さぬ陰る森を創っている。 ただ僅かに下ると西側は残念ながら広大な落葉松の若木帯に変わっていた。 正面奥は防火帯のような西尾根に当たり.作業道を下れば金川沿いの三ッ星バス停にでて.先は新田にでる。登り1時間45分. 尾根から屋敷入沢に入り.直ぐ上の摺針峠から下る山道と金山沢橋で合わさり.金川対岸の三ッ星へ。バス停の上流側対岸にカムイみさかスキー場がある。 15:23境界尾根(笛吹市と甲州市) 摺針峠手前で左手前方を望む三境(カヤノキビラノ頭)から西北西に延びる境界尾根・・小さなコブの後,無名の最高峰1487mがあり.更に先がヤナギ平。 見えぬ奥が雲母山. 右手前は大洞山の南西尾根を下れば1272m点を経て.同様三ッ星にでている。 規模は小さいが珍しくスズタケが現れる.15:41摺針峠 旧峠路.15:55摺針峠は三ッ星側の雑木林が美しい所で.真新しい道標が立てられ,山名標,保安林等と賑やかな標柱に囲まれていた。 何もない,あっても足元に小さな道標が1つあるだけの峠と思い込んでいた。それが真新しいものを含め.その多さに驚かされた。 笹子追分から藤野木三ッ星へ越える峠路で.道標には「↓笹子駅約2時間.←ボッコノ頭約1時間.↑御坂町三ッ星約1時間. 大洞山約20分→」とあり.峠越えのコースも示されていた。 女坂峠と同様に甲州街道と鎌倉往還を結ぶ峠路に当たり.金川沿いの集落と笹子川沿いの集落を結び.頻繁に往来があったという。 ただ高度からみて摺針峠の方が越え易かったようだ。 笹子川南岸に連なる山並の遠望 摺針峠の下り取付きで.16:06摺針峠から北側の東尾根に回り込み.狩屋野川に下る所で樹林が途切れた所にでる。綴ってきた主尾根に当たる北面の山並みが望まれた。 御坂山地最東部の境界尾根(大月市と都留市)・・鶴ケ鳥屋山.角研山.本社ケ丸の各北北支尾根と手前が大沢山北東尾根。 並行する2つの送電線 左遠方に大きな採石場が望められるのが高川山。鶴ケ鳥屋山と角研山北尾根に.本社ケ丸の東峰北尾根と真近で望めていた山並みが遠のき, 更なる展望に恵まれた。角研山北尾根に建つ30号鉄塔を越え.葛野川線が下中央右の終番鉄塔と繋がっている。 そして右手中央の西群馬幹線220号鉄塔と結合されていた。 右上の鉄塔が頂稜にでる手前の西群馬幹線221号鉄塔で.222号で境界尾根を越え.朝方の入山口.宝鉱山跡に降りている。 大幡川けいごや橋から仰いだ送電線は東山梨変電所から東丹沢の新富士変電所と結ばれている。左下の大沢山北東尾根に建つのは. 大菩薩を越えてきた西群馬幹線213号鉄塔。手前が狩屋野川になり.大沢山北東尾根を越えれば奥野沢川流域にでる。 西方からの大沢山と1355mコブ 摺針峠の狩屋野川寄りにでて.16:09 狩屋野川右俣.ミチノボリ沢への下山口.16:10笹子川の新田へ下山 摺針峠からは大洞山1402.6mの南東肩1350m圏に北上する主稜があり.その右山腹道を巻き込むよう 並行し北側に延びるのが私の下山道。又この下る斜面下にはリニア実験線が潜っている。 神戸.側子地区を流れる支流を渡る時.顔を出しただけのリニア路線は摺針峠下を潜り.鎌倉往還の黒駒に至るまで.ほぼ一直線に描き潜っている。 傾斜のあるやや荒れ気味の水平登山道を100m程歩み.東南東に派生する尾根筋の一段降りた南側に延びる山腹を回り込むと下る斜面は強い。 二重山稜的な地形の1250m付近では明るさを増した檜の植林帯に入る。 ここから南東方面に扇状に広がる枝尾根に入ると更なる裾へと膨らみを増,深い植林に覆われ.急に薄暗い森に入る。 山陰に木陰の茂みが重なり.そこに刻まれた作業道は更に改修され.大きくジグザグに切りながらミチノボリ沢に向かい下りていた。 更に暗さを増す檜の植林帯をジグザグに下る.16:24右俣のミチノボリ沢 河原に降り立った大堰堤上.16:30そして1100m付近で河原を挟む河川丘陵にでてる。そして疎林で刈払われた大堰堤の上にでる。 そのまま下れば堰堤の左脇にでて.直ぐ狩屋野川林道の終点が現れた。道幅3mを超す広い林道は地形図「笹子」に表示されている黒線にあたる。 路面は簡易舗装されているがその上の土壌に.枝木.石コロが積み重なり.踏み込む足元は長い道中.優しいクッションになっていた。 これから先.jr笹子駅まで1時間半の林道.国道歩きが待っている。 林道支線との合流地点 右下は狩屋野川を下り新田に至る.16:48左岸の大洞川カヤノキ平沢への林道分岐 土砂に岩石に間伐で殆ど簡易舗装の見られなかった林道の路面は高度1005m付近で一部草付きに変わっている。 更にミチノボリ沢とボッコ平沢との二俣.分岐にでると859m地点でカヤノキビラノ頭を源とするカヤノキ平沢沿いの林道と合わさる。 ここからは鹿柵など林道沿いに手が加えられるようなった。 左岸沿いの狩屋野川林道からは右手に大沢山北東尾根の展望が目一杯開かれる。尾根筋が一直線の傾斜で落ちる画像が飛び出してきた。 尾根の末端は追分まで延びていた。ただ奥側に望めるべき本社ケ丸は濃いガスに覆われ.朧に失われた姿の薄暗さだけが目に焼き付いていた。 午前中は枝木に触れれば雨露に触れ.衣服を濡らし続けていた。太めの枝はストックで叩いては通っている。 午後になり雨雫は治まるも.まだ樹葉の濡れた台地を潜り抜けている。それらを象徴したような瑞々しい風景が今だ続いていた。 林道ゲートと起点,郡内側の新田に下りる.17:04摺針峠越えについて.新田に入る手前の林道ゲートには「関係者以外立入禁止」の標示があった。 県道を左折すれば「矢立の杉」を経て.笹子峠1090m越えで甲斐大和・日影にでる。右は新田・追分からjr笹子駅へ。 お坊山東峰南尾根 新田の集落より.17:11笹子川を隔て対岸の尾根群 中ノ頭中尾根を下った時から4年が経ち.同じコースで新田を抜けている。真向かいに望むのは昨年11月に下山したお坊山東峰南尾根。 上部を横切っているのは南東尾根だろう。左側がトクモリ南尾根.各南支尾根と枝尾根に建つ鉄塔群は公団の笹子線。 この一画像だけ見ていても.よく通い続けた尾根が描き出されていた。歩み続けてきた尾根が並行するよう並び,笹子川に没している。 新田を抜ければこの先正面の甲州街道の追分に入り.jr笹子駅にでる。落盤事故に遭い.熊に遭遇した時も.この街道を歩んでいた。 17:58jr笹子18:08=19:03高尾.特快¥1944 19:04=20:00お茶ノ水. 甲州街道.追分にでて.街並の左手に「油屋酒屋」店があるのがあるのに気が付く。看板から見て油屋と酒屋を兼ねるようなったのだろう。 笹子駅までは道中は何度となく通い続けているが酒屋はないと思っていた。それが偶然目に入り.あったと思うと缶ビールを購入していた。 手に持つが駅まではまだかなりの距離。中途半端な購入で持ち続けることになる。そして黒野田地区に入る頃には栓を開けていた。 その分又汗になる。貨物車が通過.そして特急が通過. 次に乗る列車が私が乗車する鈍行列車。見慣れた時間帯.身仕度を整えると電車が入線した。 梅雨明け 漸く太平洋高気圧が張り出し.東南アジアまで6000km延びていた停滞前線は途切れ.梅雨明けになる。 北関東や関東周辺の山並では曇っているが.気象庁は28日午後11時.「関東甲信地方は梅雨明けしたとみられる」と発表,翌29日に東北地方も梅雨明け。 ただ今年は「梅雨明け十日」とはいかず.広く夏空になったのは翌30日まで。31日には関東を中心に雨が降り.8月に入っても予報では変わりやすい天気に。 峠越え 大幡川は想定していた通り.二俣までの林道を使えば楽なルートだった。狩屋野川は地形図「笹子」に表示されている林道が奥深く源流に入り込み. その後の山径も.確りしたコースを綴っている。峠越えの道標さえ立てられていた。女坂峠の奥野沢側の取付きにも細い踏み跡が綴られている。 こちらの方が難度は高いようだ。次回.周辺を綴るようなことがあれば下山に選ぶルートになる。 地形図「笹子」.「河口湖東部」.zzz154大幡川チョ沢源流図・・スカパ登山靴.35.216歩 水1300cc.お茶漬け弁当箱.サンドイッチ.ミニトマト 都留市の宝鉱山チチョ沢の巡視路から21号鉄塔を経て清八山 清八山から女坂峠.摺針峠を経て狩屋野川林道.新田とjr笹子・・短い市界尾根群 |