笹子峠の境を越した御坂山地北東部. 大幡八丁峠から摺針峠.金川.大幡川.笹子川源流へと各々の市界尾根を繋ぐ ・・笹子峠に繋がる尾根群

   大幡八丁峠から大幡山.北上して今までは逆側からの入山しかなかった清八山から刈置山.女坂峠.大沢山.ボッコノ頭.摺針峠へと繋ぐ
     宝鉱山跡から都留線の巡視路を詰め.新山梨変電所の1号鉄塔を見定め.女坂峠・摺針峠を越え狩屋野川へ 2016年07月29日.松村

    都留市の宝鉱山チョ沢の巡視路から都留線21号鉄塔を経て清八山・・都留線鉄塔の中間尾根
    清八山から女坂峠.摺針峠を経て狩屋野川林道.新田

     昨年の2月.jr初狩駅から大幡峠にでて高川山西・東尾根を細長く縦走し.末端にでて大月駅に下りていた。
   その大幡峠の南面を横切るのが大幡川。大幡川左岸よりは本社ケ丸から連なる御坂山地の北側の最北東端の尾根伝いになっている。
   又右岸沿いの山麓は三ッ峠山の裾野に当たる。

     この渓谷の上流の送電線都留線鉄塔が連なる中間尾根を詰め.複雑に絡む幾つもの市界尾根を綴り.女坂峠.摺針峠と越えて.
   狩屋野川の林道を下りる。梅雨真った中の重い雨雲の下.湿り気たっぷりの大気に包まれた市界尾根だった。

     御坂山地の北面端は大菩薩山稜の南方に当たり.清八山.大沢山.キャノキビラノ頭を擁する主尾根は都留市.大月市.富士河口湖町.笛吹市.
   甲州市との境界尾根を構成し.絡み合う境界尾根群はこの山地の骨格をなしていた。又主尾根上からは随所で秀麗たる富士が望める筈だったが.
   昨夜から雨雲が残り.展望は得られなず。ただ都心部と異なり.猛暑はやや避けられ気持ち助けられていた。

   都留市駅からタクシーで宝鉱山跡.大幡川けいごや橋.8:07
    南北に上空を超高圧の送電線西群馬幹線が跨る

    7月28日.低曇
      jr御徒町¥1490 5:11=5:17東京:22=八王子.松本行6:33=7:19大月.富士急¥460 :22=7:37都留市.タクシー¥3030.
      =8:07宝鉱山.けいごや橋:10.

     4時45分.夜明けとともに自宅をでる。今朝はビルの谷間もドス黒い雨雲に覆われ.何時降りだしても可笑しくない空模様。
   気象庁は今日か明日に.梅雨明けになると予報をだしている。ただその気配は微塵たりとも感じられなかった。

     列車が小仏トンネルを潜ると更に周りは薄暗さを増し.上野原を過ぎてからは真近になった表道志の山並はガスに覆われ望められず。
   車窓に流れる山麓の風景は灰色掛った薄いベールの朝モヤに覆われていた。

     以外と高い所に架かるjr新桂川橋梁からは蛇行する桂川の河原を見下ろされ.鮎釣りの太公望が瀬や瀞を狙い点々と立ち込み.
   初夏の風物詩を作っていた。彼等にとってはこの薄暗さが絶好の釣り日和になっている。よい釣果が得られるだろう。

    富士急行
     jr大月駅で富士急行線に乗り換える。今日はまだ電車の車内では一人のハイカーとも出会わさず.乗り換えても私独り。
   富士山をイメージしたと云う.木製床の車両は優しい雰囲気をかもちだしている。富士吉田駅が富士駅に改名され折.この車両に乗車した覚えがある。
   この種の板床の車両は古く.私が幼い頃.両国に建つ中学校へ.国鉄総武線を利用し通学していた。大塚から錦糸町間に都電が走っていた時代だった。

     その後12年経ちRHCに入部.木曽御嶽山に出掛けた山行では塩尻駅始発の中央西線に乗り換え.この種の始発の列車に乗り込んでいる。
   初冬の寒い朝で冷え込みも酷かった。その車両は常磐線を卒業し廻ってきた車両。茶褐色の板床で角ばった箱のような車体。
   動くまでが冷蔵庫に居るよう寒く.震えながら車内で待っていた覚えがある。

     今朝.乗車している車両は明るく広々した車内だが通勤者は少かった。通学列車の如く大勢の高校生が陣取り乗り込んでいる。
   異なる制服の高校生達が賑やかに語り合っていると思えば.慎ましく内緒話をしている女の子.大人しい子もいる。
   私一人が一列に並ぶ座席の中央部に坐り.何か違和感を感じていた。都留市駅に着き.早めに降りて何かホッとした気を起こさせていた。

     もう何度も通っている富士急行線だが都留市に初めて下車した。ホームに降りて以外と小さな駅舎だと驚く。
   富士急路線のこの辺では地図を読んでも一番大きな街並の中を通っている。駅舎もそれなりの大きさがあると思っていた。

     列車がホームから去り.踏切を渡ると今まで通っていた禾生.赤坂.谷村町等の構内と変わらぬ雰囲気で.同じ構造を持つ駅舎と駅前広場があった。
   改札口をでる。当然.大きな駅でタクシーの予約する必要はないと自分なりに考えていた。

     スイカカードのトラブルで1台しかないタクシーに乗り遅れる。駅員に断り.タクシーを停めている。
   「1台しかないのか?」と言葉を続けると近くで直ぐ戻るとのこと。「駅前で待ってて下さい!」と云い車は過ぎ去った。

   左上が本社ケ丸.8:15
    東山梨変電所から鶴ケ鳥屋山への市界尾根(都留市・大月市)を越えてきた西群馬幹線の鉄塔群

     駅舎から北側の県道40号に入り.県道705号.高畑谷村停車場線へ左折して.大幡川沿いの丘陵を遡る。ほぼ一直線の道路.
   急に道幅が狭まると丘陵の谷間に入り.右岸に渡り返して本社川を渡ると直ぐ路線バスの終点.宝鉱山跡にでる。

     行き止まりの広場がバス停.その奥の短い細道の先に「けいごや橋」があり.渡れば林道のゲートにでた。タクシーはそこまで入っている。
   富士急山梨バスの都留市発・・平日の路線バスは9時40分発から5本.休日は12時55分発からともう1本多い。

     宝鉱山跡は過っては足尾銅山と同様に宝鉱山から流出した毒廃水の影響で.「鉱毒川」と蔑称されたのが大幡川。
   北岸に接するのが本社ケ丸から鶴ケ鳥屋山. 高川山へ連なる境界尾根になり.御坂山地の最東端に位置している。

     宝川の下流流域は甲府に抜ける甲州街道があり.幾つもの古道が繋がっている。昨年の年明けにこれらの峠路を越え.
   笹子川側から高川山西尾根.東尾根へと綴り.jr大月駅にでている。大幡川の上流はチョ沢と沢名を変え.今は清らかな渓流に戻されていた。
   又沢沿いは新山梨変電所から郡内に向け.送電線都留線が降りている。

     この送電線は御坂線との併用鉄塔を持ち.刈置山を越えた7号の分線鉄塔で.西側の甲府盆地に延びる御坂線と
   東側の郡内側に延びる都留線を分けている。送電線都留線は金川を遡り.大幡山から大幡川チョ沢を下り都留市へと。
   この沢沿いの支尾根を利用して市界尾根に乗り.西方へ延々と綴り.摺針峠まで歩む。

   河原沿いの森の中を綴る林道.8:39

    大幡川チョ沢を詰め大幡山から清八山
      けいごや橋8:12一8:32三ッ峠山北口登山口一8:50チョ沢右岸へ一9:13再び林道に上がる一9:45大幡川二俣一10:04(25号鉄塔)
      一10:57(23号鉄塔)一11:25(21号鉄塔)鞍部昼食.12:00⇔11:37大幡山. 一12:20大幡八丁峠一12:43清八山:50.

     「けいごや橋」を渡ってタクシーを降りたが.その手前で右に分けたのが林道「黒野田線」.笹子へ続く総延長14.5kmの林道。
   本社川を渡り.笹子川の奥野沢川沿いに抜けている。今回私が歩むのはその更に先の狩屋野川林道 から国道20号の追分に降りている。

    送電線
     けいごや橋を右岸に渡ると頭上高くに北側から境界尾根(大月市と都留市)を越えてきた送電線西群馬幹線の225号.224号鉄塔が跨るのが仰がれる。
   又西側を遡るチョ沢の源頭に当たる境界尾根(都留市と富士河口湖町)から越えてきた都留線はが沢沿いを下り.ここ頭上で西群馬幹線と交差している。

     今回はこの送電線都留線の巡視路沿いに大幡山を詰め.清八山から東山梨変電所を起点とする1号鉄塔を確認し.
   女坂峠からは大沢山へと登り返している。そして摺針峠越えを狩屋野川沿いへ初めて下る積りでいる。

     道幅2m程の簡易舗装の林道に入ると直ぐ正面左脇に車が2台ほど置ける空地があり.1台が既に駐車していた。その正面高みにL字鋼の
   巡視路標柱が見上げられたが.全体に赤錆で崩れ掛かり.文字は全く分からなかった。恐らく「226号鉄塔に至いる」鉄塔巡視路だろう。

   三ッ峠山の北登山口.8:38

    林道
     林道の取付きは立派な石垣が擁壁を築き.更に覆い被さる樹林の茂みは薄暗さを増させ.じめじめした感じを抱かさせている。
   昨日は雨が降らなかったとタクシーの運転手からの話だが山では小雨が降っていた模様。枝葉に雨粒が乗り.猛暑とは思えぬほどの瑞々しさを現わしている。
   今朝の林道周辺は梅雨明けと云うにも係らず.陰る空と露雫で.若葉萌える青々しい色彩を満たしていた。

     程よい林道歩きの感触に慕っている間に林道の左側やや高みに菱形標識「保安林」に.赤帽の長い杭と林班界標柱を見付けている。
   脇道があると聞いていた旧径路だろう。乗った旧道は不明瞭な山径が続き.足元のクッションは深く.林道をU字に横切るも.余り近道の効果はなかった。

     一度林道を横切ると本流右岸沿いに確りした支線が綴られていた。入ってみると大きな堰堤にぶち当たり戻っている。
   更に林道を忠実に辿れば左手に幾つのも道標.看板と石祠が祀られている三ッ峠山北口登山口にでた。

     鷹ノ巣山に至る熟練者向きの登山道で.途中で幾つもの滝と巡り合い頂まで6km.3時間のルート。
   三ッ峠山は幼い頃に登っているがまだ主尾根伝いの縦走路か.表参道しか入山していなかった。

     8:53
   チョ沢本流を左岸の渡り.坂上から見て中央右に踏み跡あり.            その脇に立つ木片.

    魚止まり滝
     登山道を左に分け.林道から再び本流左岸の脇道に入ると魚も登れぬ高い大きな堰堤に突き当たる。初めはここが魚止まり滝と思うも,
   上流側の堰堤との間には自然に構成された「ねじれの滝」が樹間を透し望まられた。手前の堰が大きくやや見衰えした。

     本流チョ沢を左岸に渡るにはコンクリートの土管が埋まる道路を過ぎればよかった。沢としての形成はない。
   土道に変わりU字状に曲る場所. その登り坂に差し掛かると左脇の足元に白い坑と2つの半赤で塗られた木片が並んで示されている。
   「県道57と58」と記され.脇に確りした小径が綴られていた。

    チョ沢の旧道
   チョ沢の左岸沿いに入り3つ目の堰堤.8:58

     本流のチョ沢左岸に移り.直ぐ左岸の旧道に入ってみる。確り踏み込まれた小径は川辺の変化に富み.入り江あり.ヘチあり.荒場と続く。
   露岩混ざりの所はねじれ.丸太構造の2つの堰堤を左岸から越すと再び少し変形した堰堤にでる。ここは高巻きができなかった。
   堰上にでるには兎も角.左岸の露岩混ざりの側壁を捩るしかなかった。ストックを畳み攀じ上がる。

   堰手前の左岸を高巻き直登.9:07

    攀じる
     短いが急斜面の壁に捩るよう刻まれた薄い踏み跡は以外と高みを持っていた。ほどよい立木の根元は岩角とホールドは豊富。
   ただ1ケ所,体を反転しながら攀じ上がれぬ所に出偶わし足場を変え登っている。ここには中途半端なザイルがあり.
   又鋼ロープが立木に固定され.短く切断されていた。その切れた硬く残るロープ数本の端がズボンの布に掛かったらしい。

     勢いよく踏ん張ると同時.右下のズボンのポケット付近が触れ裂け切れた。何か鈍い音がした気がした。
   ここは下半身に壁と隙間を空ける場所がなく.まずはこの場から離れなければと直登し摺り上がっている。出た所が先程の林道だった。
   ズボンはL字に目立つ大きさで裂かれていた。着替えの短パンは持参したものの.山中ではポケットの中を空にし.この間々行動することにする。

    チョ沢対岸の大幡山
   堰から登り出た所の林道.9:13

     左岸沿いの林道をここから10分ほど歩み.写真の右手から左に回り込むと正面の尾根裏は広い扇状の伐採植林地が開かれている。
   そこは大らかに広がる山腹斜面. 林道が大きく蛇行して切れ.「平成27年度,保安林改良.事業施行地」とあり.小さな苗木が植林されていた。

   幼樹の植林帯上部から望む2基の都留線鉄塔.9:27

     林道が鋭くUターンする毎に.横切る踏み跡を探すとその都度現れ.伐採地跡の上部にでた。左手のチョ沢沿いに現れた鉄塔の頭は
   都留線の27号鉄塔だろう。そうすると右上に何となく.茂みに存在が分かるのが26号鉄塔になる。
   その脇がチョ沢二俣. この先.林道上部の坂道は所々で簡易舗装されていたが二俣で終えていた。

   林道終点から荒れた雑木帯を下ると二俣にでる.9:40

     舗装された路面が途切れ草付きになり.更に同じ2mほどの道幅が途切れるとその先は山道に変わっている。
   灌木絡みの薄暗い茂みを下れば.対等に緩やかな流れを持つ大幡川の二俣1100m地点にでた。

   大幡川二俣.右俣がヤナ沢.9:49

     本流のチョ沢の二俣.右俣がヤナ沢で.沢沿いを遡れば草付の大幡八丁峠にでる。
   峠までは地形図「河口湖東部」には破線路として示されている。都留線の巡視路は二俣の間にある小尾根を選んでいた。

     二俣の対岸に丸太橋で渡ると正面の立木の幹に赤ペンキで右に矢印があり.幅広い緩斜面を辿ると都留線巡視路と大幡八丁峠への分岐にでる。
   左手に折れば.西側から南西に進路を変え.L字鋼の巡視路標柱「←26号.↑25号へ」が1145mに立ち.26号鉄塔は左側の沢を越した所にある。

    二俣中間尾根・・・・都留線鉄塔群
   小尾根の中間尾根を詰める.10:04
    急にピンクのテープが多くなり.河原状の山腹から小尾根をジグザグに登っている。

    本社ケ丸の南東尾根1161m峰
   25号鉄塔基部より谷間を見下し振り返る.10:14
    都留線26号と27号.28号鉄塔に離れて29号鉄塔・・

     右手から水流のある小沢を飛び石伝いに渡り.更に緩斜面の石ゴロ混ざりの涸沢付近から道形が分かりずらく.ピンクのテープを目印に進む。
   本流と離れた小尾根沿いをジグザグに踏み跡を辿れば25号鉄塔基部にでた。ここは以外と高度感があった。
   基部から振り返り見下ろすと左山腹に先ほどの林道が綴られ.左下の窪んだ台地には.今横切ってきた緩い伐採跡地跡の植林帯になる。

    
    24号鉄塔.10:28                    25号鉄塔と上大幡野地区.10:28

     小尾根上は灌木も途切れ.明るく直上し見上げられたのが24号鉄塔。
   見下ろしているのが基部を通過したばかりの25号鉄塔。鉄塔の原型の違いが翼も変えていた。24号は改修された真新しい鉄塔。

     24号鉄塔はガイシが棒状になっている。これは両側の鉄塔がこの鉄塔より高い位置にある為.或いは上部の鉄塔が高過ぎるための措置。
   垂直ガイシが上がってしまうのを防ぐ為.下から引っ張る形を取っている。

   再び桟橋を渡り尾根に乗る.10:45

     枝尾根から右に回り込むよう24号基部1260mを10時34分通過する。頭上を仰ぐと空を背に鉄塔の幾何学的な図形が描き出されていた。
   24号鉄塔を過ぎ.山側の山腹に移り手摺の付いた桟道の木橋を渡る。床板は傾き.濡れ苔たる板は滑り勝ち.気を付けて遇われず抜ける。
   過ぎると尾根らしくなった。

   尾根にでて巡視路用の黒いプラ階段.10:52

    大幡川流域
   都留線鉄塔の連なる帯.10:57

     左方の尾根は本社ケ丸からの南東尾根で.1161m点峰を越えて.本社川出合に没している。右手の三ッ峠山東稜は桂川と大幡川の合流点まで延びる。
   大幡川の谷間を綴ってきた送電線都留線の鉄塔群は綺麗に沢筋を連なり.下流の桂川との出合でも共にし.都留市の広い市街地に降りている。
   桂川を少し遡れば谷村町に至り.新笹子変電所から綴ってきた都留線は鹿留発電所で終着し繋がれていた。

     再び木橋を過ぎると完全に小尾根に乗り..巡視路の黒プラ階段が現れて.23号鉄塔基部.1370mに至っている。
   再び一直線に並ぶ送電線が見下ろされた。中央下に鉄塔の頭がでている所が.左側の尾根を回り込んできた24号鉄塔。

     25号鉄塔からは直線上に登り.26号は右寄りの小尾根を登っている。又末端を横切る送電線は入山時.
   けいごや橋を渡った所にあったL字鋼標柱の先.西群馬幹線226号鉄塔だろう。500KVの超巨大な鉄塔になる。

    ヤナ沢ノ頭
   右上が大幡八丁峠.11:04
    鞍部に建つ21号と22号鉄塔

     22号鉄塔への巡視路を右手に分け.山腹を絡み21号が建つ主尾根にでる。右上の緩やかなコブがヤナ沢ノ頭1500m圏。右に下った鞍部が大幡八丁峠。
   この南北に延びる主尾根の市町界尾根は.戦前の第一次登山ブーム時代は笹子駅から三ッ峠山への人気の縦走コースだったらしい。

     松浦本の資料によると「登山案内並びハイキングコース上巻」横井春野著.昭和10年には「三ッ峠―八丁鷹巣山―大幡八丁峠―本社ケ丸」の
   「縦走は関東を代表する」「行楽気分でゆける興味深いコース」として紹介されていた。

     私が初めて三ッ峠山に訪れたのが第二次登山ブームの時代の終わり.昭和38年の中学生の頃. 師走に国鉄笹子駅から八丁峠越えをし.
   三ッ峠山まで縦走する積りだった。ただ大雪に遇い.峠越えした所で諦め戻っている。
   翌4月に再び出向き.同級生達と念願の三ッ峠山に立ち.府戸尾根から河口湖を見下ろしていた。

     その頃の道中の記憶は殆ど飛んでいる。それに比べ豪雪で引き返し.笹子駅待合室での記憶の方が鮮明だった。
   待合室のダルマストーブを独占し.メザシを焼き.もうもうと充満する煙に蒸せるた覚えがある。トラブル遇っての想い出だろう。当時は週末になると
   幾つもの山岳列車が組み込まれ.夜行は臨時の臨時列車がでた時代だった。それらに乗車し.日光・大菩薩・丹沢へと出向いていた。

    御坂主稜に延びる境界尾根(笛吹市と富士河口湖町)・・2つの八丁山を望む
   足元は都留市と富士河口湖町との境界尾根.11:25
    金川を登ってきた新笹子変電所からの都留線18号.19号.20号鉄塔

     「日本山岳案内」では地形図「河口湖東部」の1580m点を八丁巣鷹山。その左下に延びる尾根に1510m圏が2つある。
   18号鉄塔に近いコブを八丁山としている。金川を登り詰め.この尾根を越えてきたのは18号.19号.20号鉄塔。

    都留線
     都留線は東山梨変電所から橋本変電所までの154KVの送電線。過って大正12年に運転開始した甲信幹線の一部。
   平成4年に東山梨変電場が開設したのに伴い.山梨変電所(甲府市)までが甲信幹線に変わっている。
   山梨変電所から東山梨変電所が御坂線に分割され.東山梨変電所から橋本変電所が都留線に系統の分割点になる。

     東山梨変電所から御坂線10号鉄塔までは都留線との併用鉄塔で.都留線は10号鉄塔から分割して.金川を遡り橋本変電所と結ばれている。
   2つの境界尾根(都留市と富士河口湖町.笛吹市)を越えて来た金川流域に入る18号〜20号鉄塔。撮影した尾根鞍部に21号鉄塔が建つ。

    大幡山
   21号鉄塔から大幡山をピストン.11:37

   
    峠に建つ21号鉄塔基部.その落葉松の森で昼食を摂る.11:44

     展望のない大幡山をピストンして鉄塔脇の落葉松林で昼食を摂る。今回は愛妻弁当箱にお茶漬けセットを用意されていた。
   具もさることながら調味のミョウガにチソ.山葵が舌に絶妙な味を伝え.食欲をそそり美味い。更にミョウガの縦割りが歯ごたえの良さを与えていた。

    境界尾根
   落葉松からブナ林へ.12:00

     三っ峠山北稜(境界尾根)は清八山まで続く自然林に覆われ.昔は三ッ峠山への夜行日帰りコースの花形尾根だった。
   今は通う人の少なく.静けさが保されていら。又今朝は盛夏のチョ沢を抜け主尾根に乗るも.蒸し暑い緑濃い樹葉とは異にしている。
   雨露の瑞々しさを感じ.見た目も優しい.癒しの山径を創っていた。

    ヤナ沢ノ頭山
   頂と云うより点の山.12:15

    大幡八丁峠
   (宝八丁峠)1485mにて.12:20

     草付きの大幡八丁峠は鎌倉往還の藤野木新田と道志みちの郡内宝村・大幡を結ぶ旧峠道にあった。現在は西側から清八林道が上がっている。
   道標には「←清八山.↑高畑経由都留市街.→三ッ峠山」」とT字路が印されているのみ。左手に50mも茂みを漕げば清八林道にでる。

     林道と峠とは肩の位置とも云わぬ距離で隔てられていた。西側に下ると三ッ峠登山口と結ばれ.林道の入山規制はないようだ。
   峠上で1台の車がテーブルを広げ.夫婦でキャンプしていた。今回は誰とも会わない筈の山行だがここで2人の会話を耳にしていた。

    御坂山地の主稜と清八山
   本社ケ丸より
   幾つも重なる市界尾根・・2011.12.30/11:30

     背稜は左手は大らかに延びる三ッ峠山(御鷹巣山・茶臼山)。手前の小さなコブが大幡山。
   手前を横切るのは都留市と富士河口町との境界尾根。鞍部を越える小さな鉄塔群は峠越えの金沢にある10号併架鉄塔から分かれた送電線都留線。
   大幡川の中間尾根を下りている。離れて右手.清八山の背に重なるのが御坂山地の主稜黒岳と釈迦ケ岳。本社ケ丸に立ち振り返る。

    大幡山・・上部が茶臼山1513m
   清八山(巣鷹山)の山頂から.12:43

     更に北上し左手に八丁山・女坂峠へと道標のない山径を分け.鞍部にあるフェンスで囲まれた第二電電の無線中継塔の跡地にでる。
   この分岐から清八山をピストンした。眺望のよい露岩の峰で.「秀麗冨嶽十二景の12番目」の山頂との標示がある。
   好展望が得られる筈だが今回は雨雲が垂れ込み.おぼろに霞むだけで展望は得られなかった。

     先ほど登り詰めた大幡山と鞍部を横切る送電線都留線鉄塔がおぼろに点々と見下される。
   チョ沢の中間尾根に乗る19号と20号鉄塔。都留市と富士河口町の境界尾根鞍部に建ち.鞍部の立木裏の白味の点が21号鉄塔の頭になる。

     都留市の宝鉱山チョ沢の巡視路から21号鉄塔を経て清八山・・都留線鉄塔の中間尾根
     清八山から女坂峠.摺針峠を経て狩屋野川林道.新田