| 東日原バス停前の対岸に聳える石尾根の北支尾根群・・ 稲村岩尾根からその残る1つ樽沢尾根を下る 稲村岩尾根から積雪少ない榧ノ木尾根を変更し樽沢尾根 東日原から周回・・鷹ノ巣山から水根山榧ノ木尾根コースを諦め.石尾尾根から将門馬場樽沢尾根を下る 東日原より稲村岩尾根から鷹ノ巣尾根 石尾根.将門馬場から樽沢尾根・・モノレール軌道・目指すこと3度目にして下山 タル沢尾根のツメ 北東面を下り直ぐ現れたタル尾根.13:42鷹ノ巣山〜樽沢尾根 11:34鷹ノ巣山12:15一13:07涸沢ノ頭一13:18将門馬場:40一13:54(1297mコブ)一14:14鹿柵現れる 一14:49(916mコブ)一15::05大岩下:10一15:18旧日原右岸道一16:04無妙橋一16:17東日原bs. 樽沢尾根 将門馬場を源にカラ沢とタル沢に隔てられ.東日原バス停前の東端に没するのが樽沢尾根。この尾根は私にとっては不運の尾根だった。 12年04月.ネズミサス尾根から鷹ノ巣山にでて.石尾根の楢沢尾根の取付きに一度向うも.途中で残雪の榧ノ木尾根に魅了され水根山に戻っている。 楢沢尾根は呆気なく下山できるとふと気付き.榧ノ木尾根から広がる雪尾根に入りたく奥多摩湖へ抜けていた。 一昨年8月には再び巳ノ戸尾根から鷹ノ巣尾根詰め.樽沢尾根を周回する予定で出向いている。現地.将門馬場から北尾根を下りだしたものの. 2.3m先が臨めぬ濃霧に遭い.暫く居たが諦め石尾根に戻っている。吸い込まれそうな厚い濃霧の壁に襲われていた。 立木のマーキングも分からぬ状況に陥り.途中まで下るも尾根筋に入る最初の所が掴めず.諦め石尾根を登り返している。 今回は榧ノ木尾根・大麦尾根を下山路に選んでいたが残雪が殆どなく.逆に樽沢尾根を下ることにした。 偵察 前回は北東の樽沢尾根へ.磁石で確認しながら落葉松の森を抜けると直ぐ赤テープのマーキングが現れた。 ただその先は濃霧が流れ込み.地形が分からずマーキングを探し回るも時間ばかり費やし,先のマーキンクは全く見付けることはできなくなった。 尾根筋が分からず.足元に傾く斜面も見定められず。視界は2.3mの範囲。漸くして一つは見付けるも.赤テープの先が又分からず諦めている。 今回はひと休みする前に.北東方に10数m進めば尾根が起き上がっているのが分かり.同じ場所で.これほど簡単なルートもなかった。 それが分からなかったと云うことは余ほどの濃霧。諦めて正解だった。小コブまで進めれば難渋しながら下っても苦労だけが残されたことだろう。 以前,これも若い時だが東北吾妻山浄土平でホアイトアウトに遭い.全く動けなくなったことがある。暫く様子を伺うも変化はなかった。 頭が上げられぬ烈風の中.歩数で距離.方向を見出し.闇が迫る前に5人パーティを率いていた。偵察隊がこの時のため立てた赤旗を見付け. 安とし感激したことがある。その時の悲壮な体験は今でも忘れることはない。 狩倉山山ノ神尾根 右手.タル沢を隔て.13:48ストックを1本に変え,心地よい気分で北尾根に入る。大葉の落葉は風に吹き飛ばされたのか.足元には優しい枯れた針葉樹の尾根筋が続く。 本来なら尾根の半ば辺りまで残雪を踏むことができればトレースが築かれ.もっと深みのある楽しい山行になっただろう。 一時痩せ尾根になり.尾根を挟む谷間の両岸は雪面に覆われるも.尾根筋は疎らに残るのみ。 右手の展望は乱立する落葉松林を透し望まれた山ノ神尾根。西側の斜面は一面に雪白き山肌を現わしていた。 1370m圏コブ手前の鞍部で雪面を踏むも.直ぐ疎らになり消え伏せている。 狩倉山と石尾根 1370m圏コブより右後方のワサビ窪を望む.13:54小松チタワ・・大堀から狩倉山を巻く登山道が通っている 1290m点コブ 2つ目の植林に被われたコブ.越えると広場にでる。13:58 爽快そのものの勇み足で下る.14:03 老樹のブナの巨大倒木.14:07 ミズナラに白樺の大木を点々と見付ける.14:10 鹿棚の最上部端.14:14大白樺の立つ尾根を過ぎると直ぐ尾根筋の右側は膨らみを持ち.ワイドな広がりを見せてきた。 植林との林層の境でもあり.モノレール軌道がその縁をぐるりと回り込むよう設けられていた。又赤テープが綴られ棚扉を見る。 鹿柵は一度離れここからは見えぬが軌道と併行してをり.急坂の樹冠越に連なり見えた山々は倉沢谷を囲む山並の頭達だろう。 1170m付近で鹿棚が尾根に近ずき.モノレール軌道も併行して綴られ.ここからは尾根筋を下るようなる。 棚角に扉があるが鹿柵の左脇を抜けて下っている。尾根筋の西側縁は切れ落ち.その間を進む。随所で針金と鉄条網に交わり. 見ずらく注意を要した。作業小屋手前の急斜面は狭く.鹿柵に寄り過ぎるため.針金と鉄条網に引っ掛からぬよう気を配っている。 作業小屋977m.14:31滝谷ノ峰タワ尾根と滝入ノ峰 間がカロー谷.14:40手前が涸沢尾根 作業小屋を過ぎ急斜面に入ると一時.左遠方にカロー谷が見渡せた。綺麗に整った谷間の先の都県界尾根が見上げられた。 手前には涸沢尾根が同じような斜面を構え並行している。北面の山肌は何処を見渡しても.もう雪白さを見ることはなかった。 3つ目のコブ916m点 カラ沢尾根と頂を振り返る.14:49なだらかで幅広くなった尾根筋. 倒れたモノレールの「100m」標識を見ると軌道は前方方向の右下に離れ.軌道は作られた基地と繋がれていた。 広い山腹の空地に車庫も設けられている。私は見下ろしただけでその間々尾根筋を直下した。 再び現れだした鹿柵とも離れるとアセビに被われた。そのジャングルのような916m点の小さなコブを越えている。 尾根沿いに変わって現れた軌道も再び右手の谷間に降りるのを見て.主尾根の右手に赤く目立つテープ見ると更に幅広くなった主尾根を下って行く。 大岩上880m 15:10右主尾根,ここでも稲村岩尾根と同じ赤帽黒坑の境界坑がある. 大岩下から右側を巻いて下りている. 大岩 916m点で主尾根は2つに分かれている。地形図「武蔵日原」を読むと北東に延びるのが主尾根になり.地面には「ブロット6」の看板が転がっていた。 近くに5m四方のネット張りになっている所があるようだ。植生の保護観察の区分と思われる。左脇には登降用の固定ロープが張られていた。 又北西に延びる急斜面の枝尾根には幾つものテープ類に,右脇にはロープが張られ.一見すると左の小尾根に入るよう示されていた。 一度,左肩に降りてみるが.下り始めは楽だが如何見ても下れそうな尾根。枝が2.3本横に並べられていれば分かり易いのだが? 1本のストックを畳み本尾根を固定ロープを頼りに下るも.その先はスパッと切れ落ちていた。何のためのロープか? 巻き道を探すと大岩の左肩に回り込み.左側のロープを頼りにトラバースして.本尾根の大岩下に下りる形で再び尾根に戻っている。 大岩が現れないと思っていたが.崖下へ降りて.初めて大岩の西側を巻いたことに気が付きガッテンがゆく。二俣上からは大岩の存在を見分けられなかった。 大らかな灌木の小.中木帯尾根.15:17滝入ノ峰倉沢見通尾根と鳥屋戸尾根笙ノ岩山 ![]() 日原川対岸の尾根 滝入峰見通し尾根1170m圏から南方に延びる支尾根(トボウ尾根)に乗る1014m点コブ。 この尾根の末端には日原トンネルが潜り.その脇には石灰採石場の大露岩地がある。その日原川対岸に旧日原道が綴られている。 大岩を過ぎると尾根幅が広がり.ゆったりした灌木の小.中木帯を潜るよう抜けていた。 右上に倉沢谷を隔て滝入ノ峰と笙ノ岩山が見上げられた。尾根筋正面には時折.横篶尾根末端の採石場が更にはっきり見下ろされている。 日原の集落群 尾根筋の左前方を見下ろす.15:20左足元の尾根縁から鋭く落ちるのがカラ沢の出合へ。日原川と合流し,隔てられた対岸は横篶尾根の末端台地で日原の集落が広くが開かれていた。 集落を頭上から見下ろすと以外と広い範囲, 東日原東端から中日原に掛けて.左岸沿いの台地は家屋で敷き占められた河川段丘が現れる。 少し足元を停めジッと見詰めていると軒下を綴る日原街道が大きくカーブを描き.目で追うと写真中央に目指すバス停広場を見付けられた。 少し中央上部に見られる大きな建物は旧日原小学校の体育館のようだ。以前カロー谷から小川谷左岸中腹道を経て体育館脇に下りている。 露岩混ざりの痩せ尾根 15:28ここから先は一変し.露岩混ざりの荒れた痩せ尾根を見せていた。ストック1本と右手でバランスを取り下ってゆく。段違いの急斜面, 抜ければ尾根筋の右側から伐採地が広がり.尾根の西端は切れ落ちた崖のため.伐採地の縁を下るようなる。倒木に凸凹の斜面は歩き難し。 危険はないが足を上げ頑張って跨ぎ下るしかなかった。 そこを過ぎれば直ぐ.ブルーシートが放置された径路(旧日原道)が尾根を横切る所にでた。そして尾根末端にでたと知る。 痩せ尾根で振り返る.15:36 末端近く尾根東寄りの伐採帯.15:41 T字の作業道にでる.15:48左手はカラ沢尾根へ旧道で.河原へ下るには右手に回り込む。 旧日原道へ 尾根末端の急激に突き落ちる地点に旧道が横切っている。左にカラ沢への旧道を分け.右に折れ落葉に埋まる踏み跡を綴る。 ただ落葉の多く積り過ぎる旧道の斜面は足首を庇う高靴の登山靴を履いても.深い落葉に埋まり.深いトラバースは通りずらかった。 抜ければ樽沢道との分岐にでる。 河原が見下ろされている。漠然とし過ぎるが楢沢の旧道を無視し.突き当りの上流側を河原へ向かい斜め下に直下した。 右岸沿いの河原には旧日原道が綴られているのは分かっていた。 樽沢道との間.左側をほぼ一直線に尾根末端を目指し.無妙橋下流側50mほど手前.最初のワイド辺に下り立っている。 樽沢旧道の横道.15:49集落からの尾根取付き・・松浦本によると「日原橋(無妙橋)の吊橋を右岸に渡り下流に100mほど進み. 右斜面の木留めの作業道に入る。「安全道路」の看板に赤テープが垂れさがっている。作業道を南東に進み,高度を上げて分岐にでられた。 3本の小さなプラステック抗に「カラ沢入口」と記されていた。直進すればタル沢古道.右に折れ樽沢尾根の360mに乗る。 越えれば「カラ沢へ」とある。逆ルートだが直接河原に下り.無妙橋下流側に降りていた。 私は尾根を横切る旧道にでて.正面のストーンと落ちる土壁を避け.右回りに迂回し下っている。 余りにも深い落葉に.埋まる踏み跡を探り大回りするより.直接河原へ下りた方が早いと体が動いていた。 旧日原道 日原川右岸沿い.16:03樽沢尾根 樽沢尾根はモノレール軌道と鹿柵と絡みが続き.蛇足気味な所もあり.気を削ぐところもあった。 ただ変化に富む地形と林層の違いが面白い行程を創りだしている。尾根筋は全体的にはほぼストーンと一本通し。 主尾根は何処も赤帽黒坑の境界坑と赤いテープがあり.尾根に乗れば迷う心配はなかった。 露岩の痩せ尾根の下りでも不安を抱く所はなく.細かな湾曲に起伏を合わせ.雑木にも変化をもたらせ. 却って好奇心を掻き立てている。最後に洒落にならぬ数分の藪漕ぎも経験した。 この辺で廃道と云えば旧日原道がある。右岸道は今.日原トンネルの倉沢口側の「奥工」まで続いているのだろうか? 上流への右岸作業道は? 又沢沿いから入る楢沢古道は如何になっているのだろうか? 提案するような疑問は考えれば幾らでもでてきた。 無妙橋 右上は日原川の吊橋「無妙橋」.16:04吊橋からこの旧道右岸道を100mほど下ると樽沢古道に合わさる 「無妙橋」は平成20年03月に改修された吊橋。現在の橋名は「日原橋」. 地元の人は「大橋」(おはし).或いは旧「無妙橋」と呼んでいる。 当時の日原橋は少し上流側に架かり.正式名は「日原橋」(にっぱらはし)。風土誌では2代目の日原みちの橋を「渡末橋」と呼ぶとある古文書がある。 旧日原左岸道 左岸沿いにある桟橋とガラ場.16:08早くも黄昏れの東日原の集落 東日原東端にて集落を見上げる.16:16集落へ入る所からは左上を遠く見上げると中日原にある稲村岩が見上げられる。 左端は鷹ノ巣尾根.その下が朝方取り付いた稲村岩尾根の末端の稲村岩。裏側のコルへ登山道が綴られていた。 日原川の旧左岸道を上流へ,東日原の集落に向う。高みに入ると2ケ所でポールで組んだ板張りの桟橋を渡っている。 間にはガラ場はあるが人家はなく.人の往来は少ないようだ。最低限の手入れがなされ修理は行われていた。 東日原の集落が全望し見上げられる所にでる。右脇の階段から生活の匂いを嗅ぐようなった。家屋で敷き占められた軒下の細い階段を 登り.詰めれば日原街道にでる。斜め右前がバス停「東日原」.そしてバスがUターンするための広場台地脇にでた。 樽沢尾根末端 右上が大岩.16:21東日原の集落東端下部より振り返る 日原集落の東端から振り返ると樽沢尾根の末端が斜陽した薄日に照らされ望まれた。見上げる頂点が大岩になる。 尾根中間は緩やかに下る灌木の小・中木帯。そして左端の露岩帯から痩せ尾根の急斜面が続き.最後は深い落葉が積もる斜面で終え.旧道にでている。 16:17東日原bs:17=16:42jr奥多摩.ホリディ快速おくたま6号:54=18:31お茶ノ水. 集落を綴る石段から街道にでると目の前に路線バスの車体を見上げられた。エンジン音が轟き.一度締めた扉が再び開かれ出発直前に迎えられた。 ジャスト,乗合バスに乗る。車内は空いている。又jr奥多摩駅では入線していた「ホリディー快速」に迎いられていた。 ホリディ快速は次の御嶽駅ホームに入線した。南面の日の出山北尾根と築瀬尾根に挟まれた伐採地は植林され.漸く緑の幼木が見られる季節になった。 数年前までは植林されたものの目を凝らし見詰めていた斜面でもある。最初に植えられた区画とは既におぼろながら区別のできる緑の斜面。 チョッとした樹葉の緑でも裸土とは異なり.違いをはっきり示していた。青梅に入ると沿線は白梅に変わり桜の花がちらほら咲き始めている。 地形図「武蔵日原」「奥多摩湖」.zzzタル沢尾根.ハングワ皮登山靴・・25639歩 東日原より稲村岩尾根から鷹ノ巣尾根 石尾根.将門馬場から樽沢尾根・・モノレール軌道・目指すこと3度目にして下山 |