半世紀振りの秩父金峰山. 懐かしい旧表参道とこれまた懐かしいクリスタルラインを通り.秩父大弛峠へ・・奥秩父の主峰

  アコウ土場から旧表参道に廻り込み.金峰山へ五丈岩を直上し大弛峠に至るコース。
     荒川を渡渉し金峰山旧表参道に入り.鶏冠岩.奇岩.隻手廻り岩を越え五丈岩に立つ。締めはこれまた懐かしい大弛峠へ 2018年09月23日.松村

    荒川を渡渉し旧表参道と2100m圏の大岩・・デマンドタクシー
    隻手廻し岩.五丈岩から金峰山・・下りは大弛峠

   北奥千丈ケ岳から連なる大鳥山鳥ノ尾根
   クリスタルラインから川上牧丘林道へ.7:47
    正面は 大久保山南東尾根・・再び柳平へ琴川沿いに遡る

     古くから信仰の山でもあり.10代の後半に初めてこの山域に入り.当時は幾度となく金峰山周辺を登り返していた。
   時が経ち忘れられた山域になってしまったが昨年は北奥千丈ケ岳から石楠花新道を訪れ.大ダワから徳和に下りたのを切っ掛けに.
   先々月は国師岳から鳥ノ尾根を下り.もう一つの金峰山の参拝道を綴り.窪平の金桜神社脇に下りている。

     その道中から金峰山を望み.頂から南方に派生する表参道の尾根を見て.気を高ぶらさせていた。昔金峰山へ集中登山したルートの1つでもある。
   昇仙峡の金桜神社からの表参道. その一部分だが荒川の上流部から取付き.表参道と合せ金峰山五丈岩を目指すことにした。

     入山のアプローチは昇仙峡からではなく.東口の御岳道・・前回の下山した鳥ノ尾根からの杣口.金桜神社に至る尾根。
   今回はこの琴川沿いの金柵神社を塩山駅発のデマンドタクシーにお願いし繋ぎ.終点の大弛峠に至る林道から表参道に入る。

    アコウ平
   1940m圏.ミラーポストには「アコウの土場(とば)」とある.8:40
     9月23日(日)晴後曇
   jr御徒町.京浜東北線¥1944. 4:49=4:53神田5:00=6:13高尾:14=7:22塩山.デマンドタクシー¥1000=柳平.¥800=8:40アコウ平.

     今までと同様にデマンドタクシーを利用し県道219号線(クリスタルライン)を通り.乙女湖にでて.川上牧丘林道から荒川流域を目指す。
   山行前は連日降雨に見舞われ。昨日漸く秋霖前線が伊豆諸島に南下.その合間の晴天を狙い山に入る。
   東京では午前中.小雨が残るも甲府市では2日続きの晴れ間をみ.一日の間を開け減水した荒川を楽に渡渉し.初秋の登山日和に迎えられた。

     高尾付近では小雨に見舞われたものの小仏トンネルを抜けると雨雲は途切れ.四方津を過ぎてからは西方に青空が見え始めていた。
   敬老の日,三連休の中日で16名がデマンドに乗車。柳平では林道の規制から小型車に分乗し.途中のアコウ平で降りたのは私一人だけだった。

     「大弛峠までに6km」の表示を過ぎ.アコウ沢橋を渡った50m先にある空地のアコウ平に下車した。車4台が駐車していた。釣師が多いらしいP8台.
   この広場下部に奥千丈林用軌道跡がある。過ってそこから牽道で引き上げ.木材をトラックで搬送していたと思われる。

   シラベの森.8:41
   8:40アコウ平一9:10荒川渡渉地点一10:06御室小屋跡一「ネズコの森」一11:30鶏冠岩.

     1960年4月にRHC入部.5月より翌年に掛け.2年間続けて金峰山を中心に新人養成合宿の集中登山している。
   水晶峠コース.梓川コース.川端下コース(女子)の3隊に分け金峰山を目指し.下山は金山から木賊峠.黒平を経て猫坂を下り昇仙峡の金桜神社に至る。

     この水晶コースは平安時代から山岳信仰の対象として開かれ.「甲斐国史」によると江戸時代には参拝のための参道が甲州側.信州側合わせて.
   9本が設けられていた。その中で昇仙峡の金桜神社から金峰山奥社への御岳道は表参道と呼ばれている。
   今回の入山アプローチとして東口の参道を持つ川上牧丘線の里宮.杣口の金桜神社前を通るルートを取っていた。

     表参道は甲府から弥三郎岳〜金桜神社〜黒平〜金峰山へと山岳信仰の道が開かれていた。
   又以前下山したコースは3日目に富士見平から金山峠一金山平一大野山林道一木賊峠一池ノ平林道一黒平一奥御岳林道から金櫻神社bsに降りている。

     現在の地形図「金峰山」には破線と林道として残されをり今は歩むハイカーも少なく.一部で廃道化が進んでいる。
   金桜神社からコースは奥御岳林道.マウントピア黒平を経て甲府市民いこいの里.甲府市森林浴広場を北上し水晶峠.御室小屋跡地から五丈岩肩に至る。

     私は長い道中を割愛し.デマンドタクシーを利用. ほぼ杣口からの表参道を綴り入山した。
   東口の参道は窪平から琴川沿いに遡り.杣口の金桜神社を参し.更に琴川を遡り柳平から荒川を越している。・・県道219号線(クリスタルライン)
   そして第2林道の大弛峠手前にある荒川脇のアコウ平に至り.ここを登山口とし.昇仙峡からの表参道と合わさせ.金峰山を目指すことにした。

   古い林班境界標柱.8:51
   「46年度人工造成地.2林班を小班,シラベ.」牧丘営林区,

     アコウ平から北側の斜面を荒川に向かい高度にして50mほど下ると川沿いの左岸山腹に回り込み.旧森林軌道跡地にでる。
   南西に向かうシラベの水平道は昔の間々のレールが残されていると聞くも.既に軌道は取り外されていた。枕木は残されている。
   牧丘営林区の林班境界標柱を見て.そのまた直ぐ先でも同じ林班境界標柱を見ている。昭和46年植林とある。すると樹齢は約50年を過ぎている。

   森林鉄道の軌道跡.8:53
    よく見ると枕木が埋まる残痕は残されている。

    剣ケ峰2053m
   右後方は御堂川出合に至る山道の分岐.8:58

     軌道跡の作業道で明るい南側に回り込む所. 右手の立木に「金峰山」の道標を見て.右後方へと山道を分け入れている。
   右手正面に大幡尾根が見えると分岐にでて.この右下が御堂川の出合になり河原に降りて渡渉し対岸にでた。

   荒川本流.左岸沿いを下る.9:00

     降り立った所がこの場面. 50mほど下流に下ると川幅が広がり補助ロープが渡されていた。渡渉地点.
   その又下流脇が御堂川出合になる。胸までのバカを履く年配者2人と渡渉地点で鉢合わせしている。

   1800m・・右岸への渡渉地点.9:10

     渡渉を思案している処で対岸から声を掛けられた。沢音に隔てられよく聞き取れなかったがここが一番よいルートだと語り渡ってきた。
   膝下の渡渉。云われれば靴を脱ぐだけで.探す時間的なロスもカバーできる。素直に従った。ここはもう一日晴天が続けば飛び石伝いに渡れよう。

     胸までのバカ姿だが竿を持たず釣師ではなかった。茸狩り.間々大き目のビク籠には既に2/3ほど茸で埋め尽くされていた。
   まだ狩始めてそれほど時間が経っていないらしい。一度戻り今度は下流に入り狩りをすると微笑んでいる。
   又この二俣.本流左岸側の台地には広場とは言えぬが小さなテントが2張り設けられ.炊事している様子が伺えた。樹林絡みの茂みの中にある。

   左側が御堂川の出合.9:23

     渡渉した右岸地点の左側が御堂川出合,その左岸から分岐する右の枝沢脇から山道に入る。
   暫く進むと伏流した苔むしる草付きの河原になり.伏流し左岸の小径に小さなケルンがあった。

     テープを確認せずここで左の山道に入り.幅広い枝沢の中央に回り込んでいる。そこはルートが一部錯綜し.誰もが悩む箇所になっていた。
   失敗した。伏流して時折踏み跡を見付けるも細かな凸凹の起伏が多く.歩き難き沢沿いの植林帯を綴る。

     本来は左岸の確りした踏み跡を忠実に進めば.枝沢の源頭にでて.古い案内板から左へ回り込めばよかった。
   「K・K分岐」(kurobera-kinnpu)と合わさり.水晶峠からの旧表参道と合わさる。その先がケイオウ谷と三薙沢との出合.
   100m伏流し中間の小尾根に乗るのが先へのルート。

   窪み状の河原は自然林のジャングル.9:45

     暫くして沢底らしくなり.何本もの立木にピンクのテープが長く垂らされた所にでる。
   ここは右上に登ってから小尾根を詰め中間尾根に入るようだった。そのままケイオウ谷側に入ってしまっている。
   恐らく「K・K分岐」地点の先の河原に三薙沢の出合を沢沿いに横断し.その折旧表参道をも横切りケイオウ谷に入ってしまったのだろう。

   9:43

   ケイオウ谷.9:51

     広い平坦な台地状にでて.樹幹の切れ目から谷間を左に隔てた所で.上流に主稜らしき峰が蒼空に突き上げていた。
   浅い小広い台地の尾根.右に乗り越えれば.先は三薙沢になるのだろう?

     東方斜め下流に幾らか下るよう戻ると.向かいの河原には再び立木に幾つもの赤テープが付き見ている。
   そして綴られた赤テープの方向に従うと表参道らしき.確りした踏み跡にでた。
   「よし!」と尾根伝いに進むと東裏側から御室小屋跡にでる。開けた足元には小屋の残骸が高く積まれていた。

   三薙沢.9:54

     怪しいルート,上流側にも枝沢中央に幾つの小さなケルンが立ち.これでもかと云うほど多くのピンクテープが付けられていた。
   点々とテープの後を追うと右前方の浅い尾根に乗り.確りした踏み跡の合流点にでる。表参道の古い道標「御室小屋」が足元にあった。

    表参道の尾根に乗る
   旧表参道の古い道標

    御室小屋跡
   10:06

    御室小屋
     信仰登山の修行の場で,過って修験者が宿泊した御室小屋。江戸時代に幾つもの参道が造られ.その1つの昇仙峡,金桜神社からの表参道。
   御室の地は甲斐側からの参道が集まり.程よい宿泊所になっていた。番所が作られ登拝者はここで参銭(入山料)を取っていた記録が残されている。
   昇仙峡の金桜神社から入山すればこの辺りが一泊目のテント場になる。

     小屋の背後には金峰山の神体である五丈岩がはっきりと見取れ.全国からの山伏はこの地に集っている。
   6月15日を峰入りの初日として修行を始めたと伝えられていた。尚明治期に山菜狩りに入った人の失火で? 御室小屋は焼失したらしい。

   東側小屋裏ヘチに祀られていた石碑

   綺麗に整頓された小屋の残骸

   林相風景1・・ネズコの森.10:11
    小屋跡周辺は山梨の森林100選に選ばれたている「ネズコ林」(クロベ)の原生林

   クロベ混ざりの林相風景2・・10:13

   林相風景3・・ケイオウ谷への分岐.10:25
    正面の確りした踏み跡はケイオウ谷へ降りている。道標に従い右に折れれば急登で金峰山への岩場に入る


   アルミ製の第一梯子.10:30
    御室小屋跡を過ぎると梯子を登り一枚岩のスラブ.岩場の基部にでる.

    鶏冠岩
   階段上の鶏冠岩で展望が開かれる.10:31

   1枚スラブは約15度.ケイオウ谷側が切れ落ちている.10:34

    スラブ
     鶏冠岩の外傾した一枚岩.10m程のスラブにがっちりした鎖が付けられていた。ただ問題は苔蒸した濡れた斜面。靴底のフリクションは0になる。
   前日朝方には降雨も治り日差しが照り付けているものの完全に乾いていなかった。鎖を頼りに乗ると体の移動と共に滑ることこの上もない。
   傾斜が増し不安を掻き立てられてられた。省がなく外側へ.鎖を頼りに乾いている外側の岩肌に回り込む。

     スラブから上流を見上げると隻手廻り岩を真近に見て.並ぶよう五丈岩が小さくそそり立ち望まれた。ややガスが舞っているようだ。
   スラブを越え又見下ろす下流側は曇りがちに.その上に富嶽が漠然とした姿を示している。既に南アルプス方面は前線の下に隠されていた。
   そしてスラブ下.足元からスパッと抉れ落ちたるケイオウ谷は高度感抜群に落ちている。対岸は大幡尾根.

    大幡山と金峰山
   屹立する尾根上の奇岩群
    右上にこけしの頭のような隻手廻し岩と霞む五丈岩が遠望された

   足元はケイオウ谷
    スラブからケイオウ谷の下流を振り返ると先程より大分接近し前線が北上し始めていた。富嶽は半ば雲の中を行き来している。

    奇岩・巨岩が並ぶ
   手前の奇岩はスラブを抜けている.10:40

     奇岩の基部下までは確りした踏み跡が付いている。斜上して岩上に立つと遠望された隻手廻り岩が真近に迫り.
   急斜面の頂点に立っている。又ケイオウ谷を隔て国境稜線へと1つのラインを築くのが大幡尾根。

   ルートは左下の茂みを巻いている.10:45

     ここ奇岩から基部に戻り.左下にケイオウ谷側(左手側)へ一旦20mほど降り.トラバース気味に進んだ後.右手の三薙沢側に回り込む。
   アズマシャクナゲの群落が密度を増す中を押し進んでいる。2ケ所の梯子を経て急登で越えれば隻手廻し岩の基部にでた。

   前者に追いつき抉れた足場を覗き込む

   奇岩上からの展望.10:43

     右手に三薙沢.左手はケイオウ谷によって出来た痩せた岩稜には幾つもの奇岩を抱き頂点を突き上げる。
   先は弁慶の隻手廻し岩に並ぶ五丈岩。

     荒川を渡渉し旧表参道と2100m圏の大岩・・デマンドタクシー
     隻手廻し岩.五丈岩から金峰山・・下りは大弛峠