| 上成木地区から.松ノ木沢を取り囲む峠路のある尾根を綴り.榎峠へ・・旧伏木峠.松ノ木峠.伏木峠から白岩沢の榎峠 井戸沢沿いの林道から旧伏木峠にでて.旧鎌倉街道から松ノ木峠―松ノ木林道からは地形図の赤点を求め伏木峠の源流へ.越えて白岩沢へ下る 平溝林道からバラクボ沢右岸尾根.高水山の西肩 高水山カヤノ沢左岸尾根と上成木地区 峠路・旧伏木峠.松ノ木峠.伏木峠.榎峠・・ジグザクルートと地形図の赤点 上成木地区 高水山の北東山麓に広がる上成木地区は青梅の奥地であることも知らず.今まで高水山三山へのアプローチとして考えることはなかった。 青梅線沿線の二俣.川井.御岳から三山への入山.下山を繰り返していた。「上成木」と云えば上成木大丹波線しか浮かばぬ状態が続いていた。 高水山の表参道が上成木地区を起点としていると知ったのも最近で.無知過ぎていた。今回は上成木地区に入ることをメーンに考える。 バラクボ沢左岸尾根を詰め.高水山北東.カヤノ沢左岸尾根を下り.東北面に位置する名栗との境でもある上成木へ初めて訪れる。 成木の背稜・都県界尾根を含めた山域になり.低山の藪絡む峠路を多く持っている。飯能・青梅間は幾つも古道で結ばれている。 今回は高水山を越え.北面のカヤノ沢左岸尾根を下り.上成木地区に入る。旧峠路は少しでも知りたいと後半は旧伏木峠周辺の峠路を周回する形を取り. コースとしては少し捻くれた形を取り.再び軍畑に戻っている。 出典:おくたまの昔話,第3集・奥多摩民話の会編著によると「源頼朝公の重臣であった畠山重忠公は秩父.畠山の地を治めておりました。 頼朝公に召されて幕府の開かれた地・鎌倉に出向く時.重忠公はいつも鎌倉道といわれた街道を通っておりました。街道といっても秩父からは山伏峠を越え. 名栗を通り小沢(こさわ)峠.松の木峠.榎峠を越え軍畑に出て.柚木から馬引沢(まひきざわ)峠に向かうという険しい道でした。」 ・・ブログ「晴れのち山・・時々妄想」氏より. 旧伏木峠への峠路 旧伏木林道の起点ゲート.12:33右手に井戸沢が見下ろされ進むと思う間もなく.呆気なく伏木林道の終点にでている。 伏木林道から峠越を繰り返しjr軍畑へ 11:59林道ゲート12:33―12:54旧伏木峠―13:24(39号鉄塔)―13:26松の木峠―13:46松ノ木林道―14:21造林小屋 ―14:39伏木峠―14:58白岩上ノ橋―16:53平溝橋―15:40jr軍畑. 直ぐ路肩が崩れ.短過ぎる伏木林道の終点.12:37昼食を摂っていた所から歩いて数分の距離.先は作業道が続く。 旧伏木峠へ井戸川を遡る山道になり最初は少々荒れるも確りした踏み跡が綴られている。黄色のプラ杭(若番)が続く。 何重にも補修され腐った木材.丸太が残されている橋.12:40木橋は苔が生え.沢全体をも苔で埋め尽くされている。見る限る三度の補修が行われ.木橋は腐るも浅場。その奥は3つの木橋を越えている。 水音がなくなると左の涸れ沢沿いを詰めてい行く左岸の尾根末端から落ちる枝尾根には作業道が右後方から入り込むも閉鎖されていた。 又峠路は流れの消えた沢沿いは水流で抉れ溝にもなっている。 旧伏木峠 小さな峠の裏側から振り返る小さな石祠.12:54旧伏木峠 井戸沢を詰めた永栗ノ峰北東尾根の550m圏(なちゃぎり林道が尾根の東肩により直角に北側に曲がる地点)から東方へ支尾根を延ばしている。 大指山455mとの間にある小さな鞍部455mが旧伏木峠。大指山を擁する尾根の北枝尾根と合わさるT字の鞍部。 向いの松木沢側は対照的に谷間は壁のよう抉り落ちていた。 旧峠には3本の大木に囲また根元に小さな石祠が祀られ,祠の真向かいにも大木で塞がれ.木の育ちがよいのか狭い範囲に囲まれ守られている。 古道に入ってから陽射しも遠ざかり.低山で短い距離に係わらず.薄暗い苔毟る深みある山懐を見せつけていた。 突き当たる旧峠から右前方への山道は伏木峠にでる山道で.少し覗き込んで見た。荒れ手付かずも更に道は確りしているよう思えた。 右手に折れ,なちゃぎり林道から下る支尾根筋の南山腹を巻よう進み.3本の木橋を渡ると3本目で源頭部を越え伏木峠に至る。 造林地の白い大きな看板があり.直進すると軍畑方面と右上の高水山方面の道を分けている。今回は後に大回りして峠の裏側から立つ積もりでいる。 旧峠から左に折れれ尾根伝いに進めば大指山へ。正面の南側は崖縁.背の北側の井戸沢を下れば登ってきた成木七丁目に戻る。 伏木峠への道を右に分け.私は左へ旧鎌倉道の道を選び松ノ木峠へ回り込む。そして松ノ木沢林道を遡り.伏木峠に戻る形を取っている。 左の折れる出だしは通行止めだった。右脇の踏み跡を選んだため.少し松ノ木沢源流に入り込み.藪絡みがきついが尾根を直上し山道に戻っている。 470m圏峰と新伏木峠 旧伏木峠から松ノ木沢を隔てた南面の新伏木峠を見上げる伏木峠へは藪のある荒れた山道だが植林に入ると確りした道になる。木橋は崩壊するも楽に渡れるらしい。 旧峠から逆に松ノ木峠に出てから松ノ木沢源流を巻いている大指山455m 井戸沢右岸尾根の頭に立つ。地元の呼称はない.13:06道形は明瞭になり.50mほど登ると檜に囲まれた大指山455mにでる。植林の中の頂に展望はない。 越えると檜林の穏やかな山道が続き.コブを2つ越えている。手前のコブも大指山とも呼ばれ.道は確りしていた。 道中ズッと松ノ木峠を越え松ノ木通りに降り県道にでるまで展望はなかった。若番の黄プラ杭あり. 尾根筋を塞ぐ大モミの木根元には固定ロープが設けられていた。雑木に変わり.急坂を下ると下草が茂る鉄塔基部にでた。 新所沢線39号鉄塔基部.13:242週間前に平溝尾根末端の31号鉄塔に立った時と同様に.今朝の取付きの高み二俣からも伏木峠.東側の尾根の36号鉄塔までは見上げられている。 その先は尾根陰になり遠望できなかった。その基部に立つも樹海は開かれるが展望はなく.見上げられ頭上は猛暑の空。 鉄塔番号は標示されていなかった。登山詳細図「奥多摩東編」の「89」は誤字のようで間違っている。 段違いの基部から東北東に下ると直ぐ小鞍部があり松ノ木峠にでる。ここには色褪せた古いプラの巡視路標柱に「39号」と記されていた。 松ノ木峠 石碑の裏側.立木に「松ノ木峠380m」とある.13:27松ノ木峠は上成木の大指(秩父側)と北小曽木の堂渕(青梅側)とを結ぶ旧鎌倉街道の峠路。 昭和56年に新松ノ木トンネルが開通し.現在は通う人も寂れ.峠には4基の馬頭観音像がただずむ。 4基の苔むした石仏・・右端より 隅角方形型の馬頭観音で塔身は約25cm.「・安政亥午年(1858年)馬頭世八月吉日」と彫られている。 次の石仏は自然石を舟形に加工し千手観音を陽刻したのもで.「千時元禄十一年(1698年)三人七日願主」と陰刻されていた。 青梅市内にある116基の中でも最古の馬頭観世音。 その隣の馬頭観音は山伏角型で正面には「馬頭観世音」.右側面には「天保六末年九月吉祥日」(1835年).左側には「武州多摩郡上成木 木村大沢入」と陰彫されていた。一番左側には猿田彦大神(道案内の神様)祭る駒形の石塔で.左側には「天保二兎卯六月吉日(1831年)」と 彫されている。奥多摩地方では猿田彦の刻像塔は珍しく.檜原村の白倉に文化11年(1814年)ある塔があるだけのようだ。 ![]() 東側の高みから峠を見下ろしている。 右向かいには古く大きな黄色い四角プラ柱「↑39・40号→に至る」が立ち.松ノ木トンネル寄りの山道を下れば成木街道の新大指橋にでる。 私の背の高みの踏み跡から北側の松ノ木山を越えれば梨ノ木峠から成木川高士戸バス停にでられる。 直ぐ東に折れれば青梅市の成木五丁目から八丁目にかけての間に尾根が一本通っている「ノボリオイゾネ」と云い.夕倉山方面へ至る尾根。 次第に藪絡みになるが稲詰峠から滝成,或いは南側の岩井にでられ.又372m点コブ付近には青梅線47・48号の巡視路標柱がある。 綴れば久道・北曽木へ。又松ノ木峠は北曽木と交流のある生活道だった。 向いの斜面は39号鉄塔から旧伏木峠へ。私が下ってきた旧鎌倉道になり.左の石碑群脇からは松ノ木通りに下る巡視路が綴られている。 この先は後沢から松ノ木林道を詰め.大回りになるが「・・地形図の赤点」を求め.ここ松ノ木峠から旧峠で分かれた新伏木峠へ出向く。 後沢へ下る鉄塔巡視路を下る鉄塔巡視路のルートで松ノ木通りに降りている。 鉄塔巡視路標柱は途中と取付き地点の2ケ所に新しい黄色いL字プラの標柱「39号に至る」が立てられていた。 松ノ木川左岸尾根510m圏コブ 松ノ木通り・松ノ木トンネル南詰.13:45松ノ木通りに降りて,見上げられた尾根は旧伏木峠から今綴ってきたコブ。右上奥に39号鉄塔があり.下って松ノ木峠。 右下の沢沿いに回り込んで.松ノ木トンネル口に降りてきた。手前の電柱から分線し電灯線が林道の終点とへ延びている。 松ノ木林道口とトンネル南詰口.13:46トンネルの北詰から見ると坑道の先は成木七丁目の新大指橋にでる。松ノ木峠の古道は右(東)側の小尾根伝いに刻まれ結ばれている。 トンネルを覗き込むと先に小さな半円が明るく刻まれている。そこ坑道口に新大指橋が架かっている。 松ノ木林道の起点はトンネル口と並び.鎖で閉ざされたゲートが掛る簡易舗装されたピストン林道。 私の背の南方に松ノ木通りを下れば都道183号線.下畑軍畑線の佐藤塚に突き当たる。右に折れればjr軍畑駅にでる。 松ノ木林道 松ノ木沢左岸道を振り返る破線路と赤点 1/25000地形図「武蔵御岳」には記されていないが電子地形図25000には松ノ木沢の最初の堰堤から右岸の小沢を遡り. 425m点コブの西鞍部に至る破線路が記されている。更に源流左俣の小沢を遡り伏木峠に至る破線路が記されていた。 その作業道の上部に・・地形図に示された赤点の造林小屋がある。 今は掘っ立て小屋として残されているがウェブ地図でもアップすれとはっきりした一軒家の形で残されていた。 そこを目指し.旧鎌倉街道から伏木峠へ戻る形で林道を遡っている。 裸土の5m手前で.30m先が林道終点.13:59終点手前南面の小沢の作業道を詰める 松ノ木沢を隔て中央の茂みの切れ目に薄い踏み跡を見付けている。周りは猛烈に密る薮。林道終点まで沢沿いを探すも藪の切れた所は コンクリートの側壁が続き.その下に降りるのを諦めている。踏み跡を戻りながら探り探り見付けた薄い踏み跡だった。 対岸の小沢を詰める左岸寄りに作業道があるらしい。対岸に踏み跡らしきものがあれば嬉しいが。 なければ右岸の本流沿いを上流側に横切らねばならず.藪に閉ざされば短い距離でも大変な労力を要す。頭上の造林小屋を目指した。 松ノ木沢の藪下の流心明るく浅い流心の沢沿いに思えるが現実的には物凄く絡む藪沢の中。立てぬ高さの藪枝の空間に源流の小沢が流れていた。 そこを掻き分け対岸に渡渉している。不足の水を汲むも膝を折り.片膝は浮石に着けた姿勢でいる。 他人から見れば何にしているかと馬鹿々々しくなるだろう。そこで写真を撮った。狭く暗い沢合にフラッツシュが焚かれ.明るい陽刺しの如く映されている。 立派な松ノ木沢沿いの右岸道.14:10沢から這い上がと確りした松ノ木沢右岸道に突き当たり.年季の入った下草も生えぬほど綺麗に手入れされた作業道にでる。 大分この作業道は下流まの堰堤までは繋がれているものと思われる。ホッとし右に折れると小沢を越えた小沢左岸の作業道とT字に合わさった。 作業道のT字路ここは大きな看板とテープで印されていた。下流側に立派な木橋が架かっているのを見ると林道の終点辺りから作業道が造られているようだ。 上流側も確りした踏み跡.造林小屋に繋がれている。 小沢の木橋確りした木橋で小沢を左岸に渡り.小沢沿いに遡る。左方に広がる河原から中間尾根に乗ると.アッと云う間に台地に建つ造林小屋にでる。 道中は手入れがされているもののプラ杭.・テープ等のマーキング類は見られなかった。 松ノ木沢右俣の河原から中間尾根を詰めてきた 広い台地の縁に建つ赤点の造林小屋.14:21大岩の転がる小広い丘陵のような台地が突然開かれる。大岩が点在する広場は又.枝打ちされた枝木が散らばる台地。 伏木峠から東方に延びる尾根の台地に造林小屋があり.明るく長閑な風景にも思えた。ウェブ地図上の赤点・・410m圏の平坦地. 小屋の窓越から旧伏木峠から登った455m点コブ 小屋から見上げる伏木峠 伏木峠への作業道・・台地の右上に建つ造林小屋伏木峠・・四又路 看板の裏から明瞭な作業道が登っている.14:39「多摩森林育成事業・松ノ木都行造成地」の白看板裏から伏木峠にでる。 道標には「←白岩・軍畑. ↑高水山,成木七丁目→」とあり.旧伏木峠を経て伏木橋を渡り七丁目にでている。標柱には「伏木峠」と記されていた。 伏木峠は成木七丁目畑に通じる生活道だった。その間に並行する踏み跡は東尾根(松ノ木沢右岸尾根)に綴られている。所謂五差路の峠道. 又白岩御坂は高水山白岩部落からの参道で.成木側が「表」となり,裏は軍畑側からの道を指す。白岩御坂の中間に位置するのが永栗ノ峰。605m. 今回は初めての山域になり廻り道をしている。左上の山道は永栗ノ峰605mに詰める登山道。 峠から1本南側の小沢を遡るコースは廃道で通行止「白岩(しらいわ).軍畑」方面に進む。 白岩の集落から雷電山 白岩・県道からの車道終点からの眺め.14:49 下畑軍畑線.白岩上ノ橋で都道と合流.14:58県道口・・白岩地蔵尊.石碑の道標を過ぎる。左上の高台にある大泉院と榎峠へ抜けられると後日知る。 榎峠のちょっと先. 向かいは青梅丘陵ハイキングコース登山口.軍畑駅から25分.15:06榎峠の県道東側手前にある道標に従い登山道に入りと直ぐ切通しになり.榎峠開削工事記念碑(明治33年)が脇にある。 正面もう少し後ろに下がれば榎峠旧道の切通しと石碑が見られ.手前の新道と合わせて見られる。だから如何と言う言葉でもないが。 尾根伝いに平溝橋からの踏み跡と合わせ.右に折れると雷電山に導かされる。頂は植林に被われ展望はない。 榎峠から北北西に延びる尾根を400mほど詰めれば新所沢線の35号鉄塔基部にでられる。 ここ基部からは榎峠の分水嶺が判り易く.尾根を詰めれば永栗ノ峰南東尾根450mにでる。その上の500mが見晴広場. 平溝橋を渡る分岐より.16:56左手が平溝通り.右が都道・下畑軍畑線と朝方一番最初に仰いた34号鉄塔 平溝川に流れ込む県道右脇に流れる清流は強い陽射しに照られれ.煌く川面には踊る陽光が放しされている。 よく見るとその煌きの中の流水に逆らうよう小さなヤマベが群れをなしていた。今年はまだ鶴川のヤマベ釣大会は延期され.鮒釣りの釣果も出ないでいる。 帰宅すると次は区釣連の会合にと江戸川のテナガエビ釣りが待っている。山と共に頑張らなければ。 平溝橋にでて振り返ると朝方.台地から見上げた新所沢線34号鉄塔が平溝通りの分岐から望まれた。その背は永栗ノ峰南東尾根の末端になる。 不動三尊(右)と地蔵さん.15:1低山の散策は1時間で1本の尾根を登り下りできる短さをだが.以外と山懐は深く.今までの里山歩きとは違った感覚を植え付けられている。 旧道・作業道を求め歩けば街道沿いだけでなく.違った味わいで自ら探る藪山にコースを知る楽しさも味わっていた。 平日で駅前の売店は閉まられているだろうと考え鉄橋.奥沢橋梁を前にして,通り掛かりの人に酒屋を尋ねるも皆無。 丁度その方の自宅前で洗顔をお願いした。猛暑に斜陽する陽射しはまだ強い。両手で浴びるよう洗わして頂いた。 5月の山行に続き今日も30℃を超す暑さ。肩のリハビリには丁度よかったかも。取り合えず今回も早々に下山した。 気象庁は7日午前.東海・関東甲信・北陸・東北南部で梅雨入りしたとみられると発表。平年より1日早い。 jr軍畑15:49=16:00青梅:08=16:39立川:40=17:14新宿=大江戸線. 今回の概念図 地形図「武蔵御岳」「原市場」.zzz159バラクボ沢右岸尾根.カヤノ沢左岸尾根.伏木峠周辺.県道・奥多摩詳細図東編. 緑茶500cc.麦茶500cc.昼食はお茶漬け.サンドイッチ.バナナ.冷え小豆.豆トマト袋. 平溝林道からバラクボ沢右岸尾根.高水山の西肩 高水山カヤノ沢左岸尾根と上成木地区 峠路は旧伏木峠.松ノ木峠.伏木峠.榎峠・・ジグザクルートと地形図の赤点 |