醍醐道.勝負から醍醐林道の上流を目指し.三ッ沢左岸道を綴り.再びメシモリ岩山から中谷山尾根を乗り越える
     三ッ沢林道起点の旧左岸道から三ッ沢の中間尾根を詰め.中谷山尾根の720m圏コブに立ちメシモリ岩山

    椚沢林道から椚ノ沢南尾根と本郷山北東尾根
    醍醐から三ッ沢左岸道を経て二俣中間尾根・・地主と工事人
    中谷山尾根720m圏コブからメシモリ岩山南東尾根

   醍醐川
   醍醐川の左岸道の対岸のオニナクボ出合にでた付近から撮影

     管理人と別れて対岸の醍醐道に移ると早くも木段作りを始めている。
   私が本郷山から降りてきた醍醐川対岸の木段を修理中だった。私は対岸の醍醐道から林道に変わり本流沿いに遡る。

    醍醐林道の起点
   ゲートは開けられ醍醐道から醍醐林道へ.11:35

     ニニク沢林道を左に分ける所で大型トラック2台に追い越され通過した。醍醐林道側のゲートを開閉している折.
   工事中で街道を歩かぬよう注意を受ける。初めてお会いする運転手.親方らしき人まで加わった。

     営林署から通行させぬよう言われていると。「すみません!」と謝ってもラチが上がらない。
   トラックが通過した時も早めに避けてる。感謝されるどころか説教された。そこにランナーが悠然と通り過ぎた。何かが可笑しい?

   三ノ沢林道の起点で.醍醐林道側の残土を除去作業中

     ニニク沢林道と醍醐林道の分岐点の標高点で.「366m→361m」に訂正. 初めて気圧は下げ始めていた。天候は申し分ないが。
   又彼等の作業現場が三ノ沢橋の入口になるとは。偶然にしても運の悪さが続いている。唖然としているがしかしょうがない。

   三ッ沢橋を渡り大休止・・三ノ沢林道から起点の醍醐林道を振り返る.11:49

     目の前が工事現場に? 丁度正午前で.三ッ沢口で「昼食を摂りながら先を考える!」と伝え別れたが.偶然にも同じ場所で.
   残土の運搬作業が始まった。
   彼等から云えば目の上のタンコブ。私から思えば見張られている。捨て言葉がなかっただけでも.気持助かっていた。

    醍醐林道側
   三ッ沢橋手前の起点角のガードレールの左下は左岸道の取付き地点.12:01
    Tの字起点の橋.上流側角の醍醐川左岸に付く桟橋遊歩道の分岐点.この狭い間を降りている。

     右岸道の取付きは又.醍醐林道のガード角. 真横でブルを動かしている。目と目が会わぬようブルが背中を向けたところで.
   左下の藪の中へ潜り込むことにした。折角.山に入った気分が台無しになるが.私の方が分が悪い。間を見て無言で通り過ぎるしかなかった。

    三ノ沢右岸と目線上は三ノ沢林道
   先月通った対岸の林道の側壁は抉り落ちた崩落現場
   醍醐川左岸の旧遊歩道を遡る。

     木製の杭が見切れボサが酷い旧遊歩道に一歩入り込む。すると直ぐ左側が開かれ.眩い日差しを受ける対岸には
   三ノ沢林道の大崩落地が見上げられた。手前ノ沢底には落下した林道からの巨大なコックリートの側壁が横たわっている。

     先月椚沢林道から高茶山北西尾根を経て三ノ沢林道を下った折.起点近くで林道の路面は抉り落ち.コックリートの擁壁の半分以上が
   三ノ沢に崩落していた。その現場を今回は対岸から見上げている。林道縁には赤テープのロープが長く張られ.危険を知らしている。
   その上から見下ろして.次回は三ノ沢左岸道から中谷山尾根を越える山行と決めている。台風後の障害物を狙っての山行.

     旧遊歩道
   崩落した桟橋.12:05
    街道と並行する旧遊歩道の醍醐川左岸沿いの崩落現場

    過ってあった昭和の時代の遊歩道
   桟道の骨組みの一部が残されている

    本流に架かる桟橋
   醍醐川に架かるがっちりした手摺のある木橋.12:09

     旧遊歩道を進み三ッ沢の出合を左に見て.本流の左岸を少し進み.手摺のある木橋を渡り三ノ沢の左岸道に入る。
   ここまでは短いながら藪絡みの足場の悪い山道だった。それでいて醍醐林道から激壁では直下することはできなかった。

   桟橋を渡って本流の左岸道を振り返る
    木棚の旧遊歩道の頭上には醍醐林道が横切っている。右上が醍醐川の下流で.右下が三ッ沢。中央の立木の右裏が出合.

    三ッ沢左岸道
   対岸の高みには三ッ沢林道が横切っている.12:11
    旧遊歩道は思いの外.道幅があり.以外と藪絡みが避けられ助かっている。

   左岸道は時には藪絡みもある.12:12

   左岸を綴る.一度沢底に降りている.12:16

    三ッ沢三俣
   394m・・左岸道から三俣を見下ろす.12:18
    中央に白帯が塗られた立木は左俣と本流の間にあり.タイヤがある所が右俣になる。

     三俣の内,左俣は中谷山尾根の本郷山と高茶山との鞍部に突き上げる沢で.右俣は醍醐林道を530m圏で横切り.笹尾根の東の山腹が源をなす。
   又右俣の右岸沿いには確りした踏み跡(旧遊歩道?)が認められた。電子国土Webには大きな堰堤の先に3つの堰堤が記されていた。

     取付きからここまでの状況が全く分からず.時間が掛かれば戻るより.右俣沿いに詰め林道にでるか..或いは2つ目の堰を越えて.
   沢沿いが無理ならば奥の二俣との間の中間尾根を詰め街道に避難する積りでいる。

    婆あころがし
     三俣の私が立つ背側が「婆あころがし」とされる崖になる。この上には和田峠へ向かう醍醐林道が横切り.谷までは相当深い。
   老齢になると醍醐川の谷底にころがし落としたされる.姥捨て山の伝説が残されていた。

     あくまでの伝説でババア地名は多い。民俗学的に考えると,この山域の山村集落では古代から女性の神格化がされてをり.
   このような山名や地名から発生したものでなはなく.「ババア。ババ」は「婆」ではなく.「馬場(ババ)」からの転化と考えられている。

    三俣は中央の本流へ
   一度左岸に登っててから沢底に降りている.12:22

     この調子ならば本流奥の二俣まで楽に進めるかも.殆ど障害となる所はなかった。よく手入れされ.延々と続くロープに守られている。
   まずは三俣の河原に降りる。正面と右俣沿いは土壁に遮られ無理.少し戻り河原が広がる所でズリ降りている。

     本流を更に進むには左岸の角に踏み跡を見付けている。以前は突き出しの右側に確りした木段があったようだ。
   今は見る陰もない。ただ直ぐ沢底に降りるはめになった。沢底を右に左へと飛び石伝いに遡る。

   再び左岸を高巻く.12:24

   スラブ状のガラ場を横切る.12:29

     そして左岸の山腹に回り込みスラブ状のガラ場を横切り.高巻きし.左岸沿いが激斜面になると作業道は右岸に移っている。
   この地点では二俣まで十分行ける期待を膨らませていた。

   右手を高巻く.12:31

   飛び石伝いに右岸の作業道に移る.12:32

   左岸は高みの側壁.12:39
    道中は道標がない反面.改修されたロープ類が数多く認められる.

    三ノ沢中間尾根
   420m圏の三ノ沢二俣.12:43

     正面がサネツボと高岩沢の中間尾根で.その間の激斜面の壁となる尾根を直登する。二俣には古く褪せた黄色い円形のプラ杭が残されていた。
   台風19号の爪痕は殆ど途切れなく沢沿いに見られるも.人が通れるよう改修されていた。源流に広大な植林帯を構え.
   それを考えての改修と思われる。又途切れのなく作業道に張られロープは緩む足場にボサも多く.触れぬようロープとの境が危険を示していた。

     それ故..二俣までは如何にか進めねばと考えていたが楽に抜けている。二俣まで水に浸からず.
   石伝いに何度も渡渉を繰り返しただけで終えていた。水深が深くならぬように3日間の晴れ間を入れての入山。
   地形的以外には蛇が多く生息し.夏場は藪蚊に悩まされるとのこと。

   右俣の高岩沢口.12:47
    高岩沢の源流はメシモリ岩山から醍醐丸に至る頂稜の水を集めている

   左俣のサネツボ口.12:45
    本流は450mの堰堤で行き止まり.サネツボは高茶山と720m圏峰の鞍部に突き上げる。

    中谷山尾根の720m圏峰北東尾根の末端
   水を補給して倒木の右脇.末端から取付く.12:53
    三ノ沢の二俣・・サネツボと高岩沢の三ノ沢中間尾根

   取付きは藪絡みの劇登.12:51

     サネツボ側の末端から取り付く目印はない。尾根に乗れば藪とも逃れるがそこまでは踏み跡は見られなかった。
   ストックを束ね掴み.右に左に這い上がる。下藪が煩く絡み足場も悪く.崩れては滑る。

   562m圏で尾根に乗る.13:12
    緩やかな斜面に変わると共に藪も薄れ.右前方に伐採地を見ている

   何とも歩き易くなった尾根を見下ろす.13:16

   下草が茂りだす.13:17

    高茶山北西尾根
   左手にサネツボを隔て高茶山を仰ぐ.13:26

   高岩沢側から明るい陽射しを受けていた.13:28

   ここからは雑木もあるが植林との林相の境に入る.13:28

    綺麗に枝打ちされた中木林帯
   主に高岩沢側が広く植林に覆われる.13:31

   サネツボ側から尾根を越す灌木林.13:37

   尾根筋は笹薮混ざる雑木帯へ.13:41

     右真横まで大きな林道の支線が尾根に乗っている。上部にも下草に覆われた支線が綴られ.ここが終点に。
   尾根筋はここから確りした踏み跡に変わり.中谷山尾根までもう迷うことはあるまい。

   大人2人で如何にか囲める巨樹.13:43
    手前にはモミの大木があり.この辺りから踏み跡らしくなる

   ツメ近しと長閑な尾根の風景.13:46

   源流の二重山稜的な地形に.14:01

     過ってあったと思われる私製のテープ類は取り除かれている。中間尾根の前半は両手を使い這い上がり.
   後半では尾根が穏やかになると.尾根筋に向かい幾つもの作業道が交わっている。はっきりした作業道は少ないが.
   よく見るとあるはあるは。作業道は全て無視し.上へ上へと登れば迷うことはなかった。

    720m圏コブ
   中谷山尾根に乗る.14:06

     720m圏コブ北東尾根の頂に立ち振り返る。左前方が三ッ沢二俣からの支尾根で登ってきた中間尾根方向。
   頂稜へは右に回り込んでいる。正面に霞み望められたのが高茶山。

     頂の立木に巻かれた赤テープには「←メシモリ岩山・本宮山.要倉山→」と書かれていた。ただシモリ岩山方向は三ッ沢方面を指している。
   北側の高岩沢側か植林の流域になり.南面は明るい台地が開かれている。ただ朧が強くなり真近からも霞みだしていた。

    椚ノ沢南尾根と本郷山北東尾根
    醍醐から三ッ沢左岸道を経て二俣中間尾根・・地主と工事人
    中谷山尾根720m圏コブからメシモリ岩山南東尾根