鹿と犬  ・・鳥獣と昆虫等の世界Top


  2008年03月. 迷いと猟師・・大羽根山への道

     三頭山笹尾根の笹ヶタワ峰を過ぎると山道は益々狭くなる。ただ確りした平坦な山道で距離を稼いでいた。
   程好いペースで歩んでいると猟犬の甲高く吠え声を聞き.何故ここ笹尾根に? 主稜にいるのかが判らなかった。
   登山道脇で突然.吠える猟犬と鉄砲を持つ猟師が飛び出してきた。コースを間違いたのは私。縦走路から外れ.大羽根山へと歩んでいた。

     分岐で「笹尾根」の道標が反対の登ってくるハイカーに呼んだらしい。猟師は中年としてはやや若い.赤い派手な服装の2人組。
   1人は鉄砲を脇に抱え.もう1人は私の見ている手前の立木に鉄砲を寄り掛ける。語る間は抑えている為か.唸る猟犬は大人しくなった。
   ただ脇に置いた鉄砲は弾は入っていないと思うが.私の方が近く.傍に置いてあるだけでも怖かった。

     谷間で鹿を追い1頭仕留めたと。大楢沢の谷間である。それを聞き.反対側の森沢へ下ることにした。
   羽根山は東方と北方に支尾根を延ばしている。東尾根.即ち笹ケタワノ峰北東尾根を下る。末端まで辿れば630m圏コブから檜原街道にでられる。
   それが大失態だった。大羽根山は笹尾根上にあると勘違いし.猟師の行動から又変更している。

     億劫がらず地図を見れば何ともないことだった。何処でも下りられると云う安易な気持が自信過剰をもたらしたのだろう。
   悩み.「又来なければならないなら下山しよう!」。切っ掛けがなければ滅多に歩けぬ藪山だ。迷いの諦めより屁理屈が勝っている。
   何故か不思議なことに藪尾根に高揚し下山を決意した。猟をしている大樽沢とは反対側.森沢を降りる。

     手で支えながら枝木を掴むようなる。そして小さなカラ沢の底にでる。程好い沢底歩きに瀬々らぎの音色を聞きだすと細い枝沢は岩と曲根・
   枝木に塞がれ.倒木が多く絡む沢底伝いの下りは困難になる。運よく対岸.右岸に昔の踏み跡を見いだした。
   背を丸めての踏み跡・獣道に入り込む。枝が弓になり跳ねて体を叩く。ただバラ科の枝が少ないだけ助かっている。

     目の前に獣用の仕掛けを見てびっくり。踏み跡脇ではあるが藪の真ん中で出くわすのは初めて。
   綴るうち谷底脇にバラック小屋を見付けるが途中で又踏み跡は消えていた。もう何十年も使われぬ廃屋のようだった。
     少し下流側で森沢本流の流心が聞こえだし..二俣下の660m付近で森沢林道にでている。


  2008年10月. 放浪と食する鹿と植生再生地・・丹沢山.山頂の「みやま山荘

     ホンシュウジカ・・塔ケ岳北側の竜ノ馬場より
   幅広い尾根の中央に植生保護柵が鹿の移動を防いでいる。長さもさるものの.今日一日の道中では目に余る広さで点々と設けられていた。
   笹や樹皮の食害は酷く.これほど鹿柵を見ていると鹿柵が丹沢の山肌全体を覆っているようにも思える。

     このところ,山に登れば保護柵があり,奥多摩や雲取山.奥白根でも当たり前のよう目にしている。
   特に奥多摩.丹沢は鹿の繁殖が著しく目に余るもほど多い。街に近い為か.この勢いは驚異と思われるほど年月を掛け設けられていた。

     柵脇を歩むと逆円錐形に置かれた,白い網が点々と設置されていた。落ちる樹木の種子を採取し.麓で苗木に育て,再び同じ場所に戻すと言う。
   地面に落ちた種子は鹿に食べられるか.傷が多く育ちが弱いとのこと。時間の掛かた植生作業が続けられている。

     ホンシュウジカは草食性の動物で基本的に植物なら何でも食べ.一日に一頭あたり3〜5kgの草を食べる大食漢。
   昭和40年代に密猟などで激減したことで.個体保護が発布された。繁殖力強い鹿は急激に繁殖させることになった。
   一方過っての造林政策が生んだ針葉樹の森は今や陽光を遮り.増え過ぎた鹿は餌場を求めて麓の生活圏への移動を余議なくされだしている。

     放浪と食する鹿
     小屋の寝床の頭上に大きなアミガラスの窓があり.闇に包まれ何も見えぬ外とを隔てていた。窓越しには左下に煌く街の灯りがおぼろに望められた。
   外に出てみる。消灯後は目の前の通路沿い天井にランプが細く点されていた。室内の輪郭が穂のかに判る程度。
   シャツにズボンを穿き.ジャンバーを引っ掛け外にでる。途中で小屋の主人に出会った。「鹿に注意!」「心配はない!」と言葉を掛けられた。

     真っ暗で何も見えぬ外.新月で厚い霧がススダケの頂を包んでいる。丹沢山は以外と星空を見上げられる所が少ないらしい。
   音色が一切途切れる。小屋から何歩かの歩みが別の次元に移されたように変わる。昔.阿弥陀岳南稜で雪洞を掘り外に出た時.風もなく沈黙の
   無の世界に遇った。恐ろしく静かで周りの淡雪に音が吸い込まれた世界.月もでず星の輝きと小淵沢の街の明かりだけが煌めいていた。

     聞く間もなく.闇の霧の中から「キーン!」「キーン!」と鋭い鹿の叫びを聞く。鳴笛のような鹿の啼き声が鋭く響いている。
   それも直ぐ脇である。私に対する警告の高い声だった。闇で視覚.聴覚を失い遠近感も測ることもできない暗さ。直ぐ真近で鋭く啼き叫ぶ。
   エレキを向けると目が光り.今度は右脇からも叫んだ。ずり下がると方向を変え他にも鹿がいる。頂の笹を乱食する鹿。何時ものことのようだ。

     山頂を遠巻きに回ると樹間を縫い町田の灯が小屋の窓と同じ方向に煌いている。小さなダイヤの煌きが面をなし.谷間を埋め光々と輝く。
   向きを変え頂の反対側は御殿場.松田の灯が見下ろされた。ただ絡む藪を通してだが。


  2009年12月. 長沢脊稜で出遭った猟師・・曲ケ谷北峰を越えて

     北峰を越えて猟師に出会う。朝方に.棒杭尾根から倉沢谷右俣の長尾谷を下って.鹿を追い上げたところで鹿1頭を仕留めている。
   10時半とのこと.私が居た曲ヶ谷北峰の手前では銃弾の発射音は聞き取れなかった。
   当たりどころが悪かったらしい。腿辺のよい所だけを解体しザックに背負っていると。

     鳶が上空を舞い始めている。それを見た猟師は発泡するとオレンジ色の上着や帽子を鳶は探し見付けて近寄ってくるとう。
   信じがたい話だった。目的は獲物の残骸にあり.食べ物ン関しては直ぐ.学習するとのこと。銃を持つ猟師に集まるのは食い付けると言え.
   本当のことかと驚き.共に自然界の凄さを改めて悟らさせらされている。

     5.6年前に静岡県巴川へヤマベ釣りの試釣に出向いた折.鵜が群がり.20cmもある鯉や鮒を粗食していた。鵜が呑み込める限度が20cm前後.
   呑み飲めぬ魚は吐かれ傷だらけになるも.強い鮒の元気に泳ぐ姿を暫し見ていた。
   そして河川を1本ずつ群れで襲う鵜.その都度小魚は壊滅状態に陥り殆どが死の川に化けている。

     又巴川の中流は禁鳥区域に指定されてをり.判っている鵜達はその一線に留まり.翼を休めている。
   鵜の群れはそれを習慣として知り.凄い密度で留まり.境界を離れれる鵜は一羽もいなかった。そこでは人が近づいても動かずにいた。
   長い間の慣習が鵜にも自覚させ.安全な場所だと覚えさせているのだろう。

     猟師は蕎麦粒山では秩父側に下りて.鹿を見付けたものの追い掛けたが機敏すぎ逃げられたと。鹿が挫けば捕れたと思うと語っている。
   私はこの話は調子が良すぎる言葉だと思い黙っていた。入山を聞かれ川井から入ったと答えると驚いている。8時に入山したと伝え.
   鳥屋戸尾根の下山を問う。君なら十分日没前に下りられる。飽きたら塩地谷へ下れと。ただ脇径が多く注意するよう忠告を受けていた。


  2011年06月. 子鹿と猟犬・・御坂黒岳北稜のツメ手前で

     言葉数少ない先輩が傾斜が鈍り.「いいブナの森だ!」と言葉をだす。ここは山梨森林百選に選ばれた霧舞う癒しの森.
   起伏を失った大らかな尾根伝いに大ブナ混ざりのブナ林.灰色にかすれたガスの漂いが絵になっていた。
   トップを歩む先輩が「犬がいる!」と叫ぶ。前方に猟犬がいると私にははっきり判らぬが白き塊が蠢いているのが判る。

     それからそれ程ただずして目の前のブナの木陰から目前に子鹿が飛び出した。後には猟犬が追っている。「キィー.キー」と奇声を上げ叫び逃げる鹿。
   やや大きな子鹿。そこを悠然と追い駆ける白い成犬がいた。目で見て.その追う立場の猟犬と追われる鹿の動作が余裕の違いを現わしていた。
   メンタルな映像のシーンが映し出され.その光景が描き出され.先輩によると先程叫んだ時.やはり鹿を追っていたと云う。

     そして「犬がいる!」の声で一時.追うのを諦めたらしい。ただもう追う鹿との間隔はないと云えるほど近づいていた。
   谷間で待ちかまえる猟師の所に着く前に,鹿は捕まえられる余裕を持っていた。見なくともよいものを見てしまった気がした。
   全国的には鹿の頭数が多いのは確かである。机上の考えと現実に目の前で見詰める姿は考えを異にした。


  2011年12月. 猟師・・西上州.塩ノ沢峠を横切る旧県道脇

     昨日とは異なりゆっくり宿を発ち烏帽子岳をピストンする。風もなく穏やかな登山日和.快晴の蒼空に恵まれた。
   今日も登山者は私達だけのようだった。旧道をそのまま塩乃沢峠に向い.タルの沢の林道口を左手に見て.更に遡ると天狗岩登山口にでる。
   共に駐車した猟師の車は4台。その内の1台が一緒に登山口Pに並んで駐車した。

     1人はここから散弾銃を肩に担ぎ.山で待ち伏せすると云う。3人は峠から追い込む計画のようだ。猟を聞くと猪に熊,鹿と何でも。
   主は鹿が多いとのこと。私達が烏帽子岳まで行くと伝えうと「天狗岩の手前だから大丈夫!」,「撃たないから!」と言葉が返ってきた。
   今日は本当にこの後は誰とも擦れ違うこともなく.里に下り..K先輩と池袋による。東京で酒を交わすのは山帰りでは初めて。


  2012年10月. とんでもない猟師の発砲・・現役と雲取山石尾根ピストン.巻き道出合で

     雲取山の頂に立ち.登った往道の石尾根を戻っている。先ほど頂にいたハイカー達を追い付き越しつつ下る。
   小雲取山を越え雲取山荘への巻き道にさし掛かった。このコースは東京都内で唯一残された亜熱帯地帯の樹林が茂っている。
   風雨が直接山腹に当たり.苔類に倒木の多い原生林が広がり.ハイカーの往来は少なくヒカリゴケが育つ場所でもある。

     巻き道は左後方から合わさり.過ぎる辺りで日原川側の谷間から.4発のライフル銃の発射音が響いてきた。
   猟師は1人のようだ。そして間を開け.やや大きくなった発射音を更に続けて3発を耳にした。

     発射音の聞こえた谷間を見下ろし.大鹿が私達の真近を走り去るのを見る。上に向け発砲したようだ。縦走路には大勢のハイカーがいた。
   獲物の鹿が見える範囲は樹林帯の上.狭い。そこで撃つ度胸と云うか.無鉄砲さには恐ろしさを感じさせられていた。昨日小屋に泊まった猟師だろう。

     テント撤収から出発まで1時間を費やす。その間に偽金次郎の天幕を我々も撤収している。待つ方が長い。
   そしてヘリポートに猟師が現れた。我々が設営したテントはヘリポートの脇だった。この猟師はここの現場監督のようだ。
   今日はヘリを着陸させると人夫に伝えている。毎日.暇をみては猟をするタイプだろう。余りにも恐れるが.助言する者はいないのだろうか?


  2013年06月. 続いて交互に横切った中鹿と猿・・夕暮れの大菩薩連稜.真木小金沢線で

     林道を繋ぐ下山路・・諦め取付きに戻り.林道奈良子線を桑西へ向かい歩む。殆ど登りはないが林道は桑西とは反対側を北上していた。
   林道は目的地から遠ざかる長い距離になる。そして又Uターンして真木小金沢線と繋がれ.延々と下らなければならなかった。
   林道下りの計算及び下るルートの選定はしていなかった。

     今度は日没が気に掛かりだす。7時までに桑西へ着かねばけじめが付かぬと時折走る。疲れては歩み又走る。
   カーブ部分は傾斜もあり走っても楽だが先に費やす時間が分からぬ間々.20分ほどで真木橋にでた。
   その林道の道中で鹿1頭が私に目も向けず走り去る。間を開けず野猿2匹.更に鹿2頭が私の前で一度停まり.慌てて横切る。


  2015年10月. 丸川峠の夜行鹿・・丸川峠「丸川荘」前にて

     エンマ御殿から泉水谷・大黒茂谷・大室川流域の水源林巡視路を回る途中で「丸川荘」に宿る。
   日没が迫り鹿の鳴き声が時折遠くから聞こえてきた。小屋番に言わせると丸川峠の鹿は近頃.人の食物に関心を持ち始め.
   ハイカーが多く集まる日は鹿も峠に集まるらしい。食べ物の甘味に興味を示し,.残飯や残り汁等の仄かな甘味を求め集まると云う。

     流れ星・・軽い羽毛を着て.夜半外にでと風もなく,外の方が暖かい。山荘は平日は閉鎖され人気が全くなく.予約で週末に入山するようだ。
   外は星空が素晴らしく煌き.明日の晴天に確信をもたらせていた。小屋から離れれば直ぐ草原台地にでる。

    オリオン座流星群
     目が冴え.3時頃外にでると10時頃には雌鹿が警戒し.真近で甲高く鳴いていたが.その鋭い叫び声も治まり.夜空を覆う満天の星に迎えられた。
   ダイヤモンドの輝きのよう散りばめられた夜空を仰ぐ。玄関前頭上左上に煌めくオリオン座がひときは3つ星を輝やせ望まれた。
   久し振り流れ星も見る。もしかしてオリオン座流星群の一欠けらか?


  2016年03月. 雌鹿の大群団・・橋詰の城山南尾根で大群団と出合い.の小中沢・中流を取り囲む尾根を周回

     静かな城山の南尾根歩き。最初の1本を取ると.直ぐ尾根上部で.何にかがざわめくのを感じていた。
   小尾根に乗り.登る上部を見上げると右上前方の高みの茂みに数頭の鹿が姿を現し.尾根を横切る仕草が伺えた。
   見惚れていると1頭.2頭とゆっくり近づき.列が7.8頭になったところで.私に気が付いたのか? 急に私が詰めようとする支尾根を横切るのを諦める。

     そして先頭から5.6頭目がトップと入れ替わり.逆側に右手斜め前方の窪溝に進むべき方向へ変えている。
   私の右やや離れた窪地沿いの急斜面の植林を縫い途中から途切れるよう新たな列を作り駆け落ちて来た。後の鹿がそれに従い.加速する。

     裏側にいた見えぬ鹿は更に20頭を超えている。全てが雌の成鹿のようだ。数え切れず.25頭位で数は諦めている。群をなし驚異の数になる。
   最後の残された先頭の3頭の鹿は.同じ下降地点まで忠実に戻り.燻ぶるよう後を追い駆けている。
   機敏に列を崩さず.統制が取れ.駆け下りる姿。それはフと昔の西部劇映画の騎兵隊の統制されたシーンに似た姿を想い出させていた。

     終わってみれば何もなかったような静けさに戻されていた。今までの経験では多くても.5.6頭の鹿の群れを見て.驚ろかせられるのが常だった。
   数が多過ぎる。況して30頭を超える野生の雌鹿の群を一度に初めて見た。見るのも.移動する姿も.統制のある動きだった。

     奥多摩観光協会の鹿に関してよく知るガイドによると子鹿が混ざることはあるものの.雄鹿は1頭も含まない筈。
   平均10頭前後の纏まりで移動することが多く.25頭以上とは珍しい。写真があれば欲しいとのこと。
   数えるのも間々ならず.写真を撮る間も忘れ見詰めていた。

     3年前から鹿の猟期中でも捕獲すれば奨励金がでるようなった。昨年4月の調査で鹿は249万頭。除外したエゾシカは6年前で
   59万頭と推定されている。猟師や捕食者が少なくなった環境では.鹿は1年で2割程度増えると云われている。
   ニホンジカやイノシシを10年後に半減させる目標を環境省は立てているのだが。

     2ケ月後.信越の高天ケ原から岩菅山に登った折.高天ケ原マンモスのゲレンデで同じような猿の群団を見かけていた。
   族.群としてのまとまりでなく.統一された中猿の姿のみの群れ。数える頭は20頭余りに及んでいた。同じような生態系の何か.行動があるのだろうか?


  2016年06月. 鹿の全白骨体 ・・ツバノ尾根の取付き地点の間違いから日原川本流を探索し遊ぶ

     日原川をコの字に回り込むとヤケト尾根の取り付きの吊橋にでる。流心に深く浸かっての下りになるが瀞が続き.更に右側にカーブすると
   778m峰にぶち当る。その直ぐ下流がヤケトの吊橋で.そこまでの間に幾つもの淵を通り抜けると右岸の大きな岩の割れ目から
   こんこんと清水が湧きだしていた。その冷たさは年間を通して変わることなく.地中深くから湧き出したものと思われる。

     白骨・・白い岩石に覆われた下流側左岸の河原. 流水で削り取られた岩盤のやや高みに.一頭の砕かれた白骨が間々現存した形で見付る。
   骨はやや長方形にバラバラに置かれ.頭と脚の部分は見当たらぬが.やや離れて脊骨らしきものがある。大きさから見て恐らく鹿ではあるまいか?

     鹿の骨か? 私独自の考えだが一昨年の2月に甲信地方を襲った豪雪で谷間に落ちた残存か?
   それとも餓鬼の被害か。そして骨は肉付きの間々.他の獣に持ち去られたのかも。丹沢の雨山沢でも以前.鹿の白骨を見付けている。

     当時桟橋はあっちこっちで崩壊していた。その中.流れ込んできたとは塊から見てあり得ない。その後も豪雨等あっただろうがよく残されていた。
   ここには過っての古い作業道が部分的に残されているが.見付けた人は少ないと思われる。


  2018年11月. 中堅の鹿2頭・3頭と擦れ違う・・バラジマ林道と

     林道に入ると直ぐ立木群の一角に透明テープが何重にも立木の幹を被うように巻かれていた。この作業は今まで鹿害用と思っていた。
   つい最近.「けもの道の歩き方」千松信也著の猟師の本を読み.「熊剥ぎ」の行為そのものは知っていたものの針葉樹の木の皮を剥ぎ.
   その下の甘い樹液を舐めていることを知る。剥がされ枯木にならぬよう.熊の嫌がビニールテープを1本.1本の木に巻き付けられていた。

     左に瀬々らぎを聞いての渓谷は小滝が連続し小釜も多く魚群は濃そうに思えた。その時.中堅の鹿2頭が前方に現れ.
   目が会ってから驚き.跳ね上げるよう横切っている。「キィー・キィー」と威嚇する声を放し跳ねあがるよう飛び去った。
   威嚇する啼き声が谷間四方に響き.大分遠のいてからも啼き声を聞いている。

     又高指山東尾根を下りてからは別荘地から県道にでる少し手前の里道で.大鹿3頭が目の前に現れた。左下の里から別荘地の一角を横切る。
   目が会った途端.今回は無言で.いない筈の人がいたと跳ね上がるよう飛び去った。一瞬のできごとだった。
   里を走り回ってるためかだろう。鹿も慣れたもので驚きは薄かったようだ。

     久し振り今日は5頭の野鹿と対面した。多く出会ったのは1年振りになろうか? 山域にもよるがこれほど長く鹿と出会わなかったことも珍しい。
   昨年偶然にも道志で同名のバラジマノ沢ノ頭を背に菅野盛里林道を横切った折.出会って以来になる。

     今まで色々な形て出会っている。大人しく草を蝕む親子鹿,. 猟犬に追われる小鹿は発砲に驚き稜線に飛び出してきた鹿。
   夜間に鹿群れに威嚇されたこともある。一昨年だったか日原川上流の川底で.全形を残した間々の白骨死体に見付けてもいた。


  2020年11月. 猟犬を見失った猟師・・鳥首峠から滝入ノ頭付近で

     滝入ノ頭を乗り越えると派手な赤いチョッキを着た一人の若い猟師に出会う。最初の言葉は「犬を見たか! 笛音を聞いたか!」と尋ねられた。
   猟犬に逸れてしまったらしい。獲物を狙い目指す猟犬を追う猟師. 何方が逸れたのか? 猟銃を右手に持ち早足で血相を変え降りてきた。

     ここでは鹿がメーンで猪も時には捕ると語る。前回猪に襲われケガをした猟犬と遭っている。その言葉を交わしていると途方にくれていた。
   地元の方らしく.逸れれば.自宅に戻るだろうから大丈夫。今回はここで中断して自宅に返ることを勧めている。互いに気お付けてと別れた。


  2022年10月. 鹿の残骸・・大丹波林道にて農夫の話

     沈砂池を過ぎて通り過ぎる車を待つも.抜かぬ農夫の車に停められた。「何処へ行くのか! 」.「槙ノ尾山南尾根に乗る。」と答えると.
   道がないので無理とのこと。承知で登るとも。この押し問答の途中でワサビ田を持つ農夫だと気が付いた。

     数年前に雁掛林道に出向いた折.お会いしたの農夫。天気はよいが今日.ハイカーは私を除けば0だろう。
   登山道でも擦違う人はいない筈。獅子口小屋コースで登るよう勧められていた。

     彼もその時のことを知ったのか.言葉が変わってきた。逆に私が尋ねる間を持つ。殆ど使わなくなった作業道は途中で消えているそうだ。
   通う人は猟師のみ.先日猟師が鹿を撃ち.一人の為内臓をその場で処理したとのこと。そして翌日も通うことになった現場.
   残した内臓類は奇麗になくなっていた。鳥が食べる話はよく聞くが.熊に間違いないだろうとのこと。

     鈴はあるかと念を押されている。当然のことだが覚悟を決める必要があった。見通しの利く手前では大声を出すよう気を配ることにした。
   気を付けての言葉を頂き別れる。・・当日.植林帯に入る所で大きな熊の足跡を見付けている。


  2025年09月. 高茶山肩.700m圏東尾根の竹林混ざり450m圏で.大鹿4頭

     大きな蜘蛛の巣が幾つも張りめくされた所を過ぎ.左下の谷間に下る月の輪熊の尻姿を見付けおさまったとかと熊騒動から戻り.
   再び静寂さに戻された処で.今度は前方から鋭い大鹿の短い悲鳴の声を聞く。威嚇する鋭い鳴き声だ。

     すると鹿が左前方の竹林混ざりから尾根上に姿を現し留まっている。大鹿の三頭絡み.更に尾根の左下方面からも奇声を耳にする。4
   その声を追うよう3頭が駆け下る。アッと云う間の出来事で駆け降りていた。鹿の群れは4頭だったようだ。


   番犬・猟犬と私独り

     山の集落に入る朝方は常に思うことだが番犬のいる家屋前を通るにはビクビクさせられている。我が家にもポインター系の雑種犬にチワワを飼い
   老衰で亡くしている。それ故ある程度の飼う経験がある筈だが.その場に立つと.その都度覚悟を決めさせられる決心が必要になった。
   漠然と吠える犬に.突進してくる勢いの犬がいる。又途切れなく延々と鳴き続ける犬にも閉口させられている。

     過って腰掛集落から権現山北尾根に取付いていた時は谷間を越え山陰に入り.姿が見えなくなっても鳴き続ける犬がいた。
   猟犬にしても然り.日本では躾されぬ.我儘な猟犬が多過ぎる。飼い主は何を考え猟に出ているのだろう。


     2010年12月・・小路沢ノ頭北尾根から笹子雁ケ腹摺山を綴る。その折は甲斐大和駅裏側の日川を跨ぐ橋の先が関所になっていた。
   道路を挟む両側の民家の庭先から番犬が3頭.一斉にけたましく吠えだした。まだ人通りもなく静まり返っている。
   鎖に繋がれているのを確認するも.一人ゆえ尚更恐る恐る息を堪え忍ぶよう最初はゆっくりと速足で駆け抜けている。

     2012年08月・・万六尾根から万六ノ頭北東尾根を下ると林道に2軒の家屋があった。右手の庭先から一匹の大型飼犬が私が降りる前に
   早くも感づかれたのか激しく吠えだした。放し飼えうえ,けたたましさを増し.如何したら降りられるか思案していると。
   隣りの婦人が犬を宥めに降して下さった。独りだったらと考えると恐ろし過ぎる。礼を述べ.その会話から「休みませんか!」と庭先に誘われていた。

     2011年01月・・尾名手川を取り囲む尾根を登り終えて阿寺沢集落を抜ける。その折.川沿いのヘチに猟犬用の大きく細長い犬小屋があった。
   吠えること.吠えること脇を通るので犬小屋にいるとはいえビビる。数頭いる立派な小屋は大きさから見て.共同で飼育しているようだった。

     番犬と違い猟犬が何故人に吠えるのか.不思議である。猟を躾.他人には吠える。冬場は山ではハンターと暫し出偶わし猟犬が追う声も聞く。
   考えてみると傍に私が居る時は猟師は犬を抑えているようだった。洋犬は人に向かい絶対吠えないと聞くが躾か.和犬との違いは飼い主は?

     2020年02月・・黒山南西尾根から成木.都県界尾根を下る。その.出だしの間野黒指の道を登り始めて直ぐ脇を抜ける民家から飼い犬が吠え出した。
   煩く吠える声.私の姿が見えなくなる山上にでるまで吠え続いている。朝方の余りにも静か過ぎる漂いに.集落を抜ける坂道は軒を並べている。
   犬の吠える煩さだけが響き渡り.気に掛かるも周りに我慢してもらうしかなかった。・・まだまだあるが。

     欧州では躾せぬ猟犬がいるとはありえないと云われているが。本当に時折だが躾された猟犬にでると安心させられた。
   過って寺山西尾根の猟場で出会った猟師の私に対する対応.無線の装備もよかった。又怪我した猟犬には関心させられている。