谷川岳.西黒尾根Top                              .
谷川.西黒尾根X

リーダーとして遅い出発.山中誰も居ず

積雪少のない取付き

国鉄新土合駅

            西黒尾根.森林限界  .   .
         天候(雨.晴.雪)に富んだ西黒尾根 s43年(1968年)12月14〜15日
            L松村進sL田沼栄一(4)m山田雅一(3)桧垣いく子.沼津久美子(2)中沢康(1)田中正幸(41卒)

     12月14日. 上野22:12=
       15日. 2:45土合3:15一3:30山ノ家9:45一12:10(1500mコブ):20一13:05.アイゼン使用:20一14:00トマノ耳
          一14:10肩ノ小屋:55一16:05アイゼン脱用:30一17:40山ノ家18:25一18:25土合19:24=21:34上野.
      新土合駅
   活気に満ちた夜行列車は新清水トンネル内に我々を降ろし.越後へと抜けて行く。
     大きな筒に線路を敷いたような新土合下り線駅.幾度となく聞きはしていたが踏み入れるのは初めてだった。

   上り線は今までと同様に旧線ホームを残し.土合の地上駅からループ線のトンネルを潜り.今までの地上の湯檜曽駅に結ばれている。
     進行方向右の車窓から見下ろすと.ここを通る線路が眺められる。

   下り線の新線が開通し,湯檜曽駅と共に新清水トンネルを潜る新たな土合駅と新地下駅で結ばれる。
     この下り線の開通は湯檜曽と土合に.日本に初めてトンネル駅をもたらした。

   相変わらず谷川に向かう登山者は多い。我々は長い階段を彼等の間に挟まるよう地上の改札口へ登る。
     寒気の漂う坑内は登山者達の足音に断ち消され.響く足音が妙なリズムを取っている。
     階段を詰めると強い風の塊が落ちてきた。

   新土合駅は長い階段を登らなければ外へ出られず.これ程延々続いているとは思わなかった。
     4百何階段目で外へでる。闇夜の郷は小雨を降らし.地上に出るまで大地に積雪を全く見ることはなかった。

   変わったと云えば駅前も大いに変わる。
     新しい西欧風の駅舎に広々した広場.前には舗装道路が走り.昔の面影は見当たらず,全てを変えてしまっていた。
     馴染みの旧土合駅を想い.改めて侘しさを感じ憂鬱な気を押さえ.国鉄山ノ家へ向う。

   単線であった上越線.旧土合駅は昨年までは地上の駅ホームだったが.複線化に伴い新しく全長13.500mの新清水トンネルが掘裂された。
     昭和42年(1967年)のトンネル開通と同時.従来の線路を上り線専用とし.下り線は地下にホームが誕生する。

   国鉄初の地下駅になる。上り線にある従来の駅舎を改装
     駅舎への連絡階段は地下ホームから高度差143m.486段で.地上改札に出られる。



                    森林限界を抜け雪稜の西黒
      土合.山の家
   ガラス窓に雨が叩き夜明けを待ち仮眠するも田中先輩に起こされる。明るい日差しを浴び唖然と飛び起きた。
     早速.土間で朝食を済まし谷川岳西黒尾根へと旧道を歩む。

   遅い入山の為か他の登山者とは殆ど接せず.
     途中.下山して来た2.3のパーティに会っただけで.駅構内での混雑が嘘のようだった。
     多くの登山者は冬の冷雨に遭い.諦めたのだろうか? 

   駅周辺に残雪が積もっていれば尾根の登りにかなり苦しいアルバイトを覚悟せねばならなかった。ただ全く雪の姿を見ず。
     旧道に入っても裸土が被うのみ.斑な雪塊さえ見られなかった。


   , 西黒尾根

  

      西黒の想い
   天気の回復した今.高度を上げると湯檜曽川の対岸に白毛門を始めとして.左手奥に朝日岳・七ッ小屋山と雲は切れ頂が望まれる。
     懐かしい山々が1つ.2つと現れてきた。

   この潤葉樹林に被われた西黒尾根の落葉径を私は今までに何度か訪れている。
     無我夢中で登った高校時代.マチガ沢を遡行し南東稜を捩っている。

   雪積もる谷川岳を初めて知ったのは田中先輩に連れられてである。紺碧の空と眩い処女雪に迎えられ.驚嘆し蓬峠まで縦走していた。
     そして登攀の凱歌を喜び降りた径.風雪に喘ぎ表層雪崩に脅かされた径でもある。
     今更のように懐かしい気持を起こさせていた。

  

   森林限界.アイゼンを付ける

   谷川岳西黒尾根の雪線は森林限界だった。
     急に被い始めた白銀の世界は.まるで天地を隔てる境の如く純白に輝き.一変した姿で我々を迎えている。

   岳への雄大な登行は散歩をも思わせ.真っ蒼なキャンパスに乳白色の大きな岳を浮き出させた双耳峰を仰ぐ。
     アイゼンで踏み締めての雪稜.西黒尾根を詰める。

    山田君をトップに
  

   高度が上がるにつれガスが被いだすと今までの晴天が嘘のよう雪粒まで舞い降りた。
     気温を急激に落とし視界は閉ざされる。もうマチガ沢も覗めなくなり.時期相応に頂から肩ノ小屋へ逃げ込んでいる。


    オキノ耳を背に
   一時の晴れ間

  

  

  

    この天候は頂直前で崩れる
  

  

     頂稜へのツメ
    急にガスが流れ.視界は閉ざされる

            谷川岳山頂
  
ガスに包まれた山頂. 右写真はマタと田中先輩.沼津嬢に桧垣嬢.そして中沢君.                         ,

   この肩ノ小屋は谷川岳では馴染みの小屋だった。
     毎年谷川岳に訪れては寄っている。1番奥の薄暗い角隅に陣取りコンロを点す。

      再び西黒尾根
   2時55分.アイゼンを締め直し小屋をでる。
     相変わらず灰色のガスが横切り.硬さを増す革手袋から冷たい感触が手に伝わってきた。

   大きくトラバースして往路を戻る。一時の晴れ間と吹雪く尾根。天候は著しく変わっている。
     早朝の降雨が登山者を遠ざけたのか.今朝の山は静さを保ち擦れ違う人も殆どいなかった。

   歩む体に暖かさを取り戻し.ツァッケも快く利く。時折.薄氷の割れる響きが快い。
     氷化し始めた雪稜を難なく過ぎ靴底も踊りだしていた。

   森林限界から里に降りる。
     小鳥が枝に停まるよう.小さな雪の結晶が樹林を縫い.柔らかな曲線を描き枝々に停まる。
     雪粒の舞うその風情に感傷が走り.お伽の国の出口に径は開かれていた。

   日は既に冬の早い帳を下ろし始めている。
     向かいの白毛門の天空に1つ.2つと星が輝き.旧道に出て満天の星に変わった。

   天気といい人といい変化にとんだ山行だった。
     下山し終わってみれば.田中先輩の誕生日山行として祝うこともできた。
     上越国境周辺全体地形図.山行表

        誕生日山行
                                41年度OB.田中正幸
   初めて谷川に登ったのは1年生で新人養成合宿が終わった6月であった。

   その前後は土砂降りであったが.翌日の天候の素晴らしさは谷川岳を私の胸に焼きつけた。
     それ以来幾度となく登ったが.特に12月の誕生日前後の山行は雪のトレーニングを兼ね.毎年楽しい山行となってしまった。

   今日も現役の同道を得て.OBには少しショッパイ山行を楽しく行くことができた。
     メンバーは顔を見ていても楽しくなる松村.田沼。前回の谷川岳で岩上でストッピングをした特殊技術を持つ山田。
     巻機山行で大いに飲み且つ食べた中沢。(高度)成長著しい2年女子の沼津.桧垣の6人。

   しかし.夜明けの土合は冷雨に暗く.雑煮を食べる手前もあり.土合山の家へ逃げ込む。
     早速フトンに入り仮眠(但し現役は熟睡)。窓を射す朝日に.ネボけている現役をそっとゆり起し出発。

   白毛門,笠ケ岳のモルゲンロートを横目に高度を稼ぐ。雪は少なくアイゼンを付けたのは大分上部であった。
     雪は少なくとも霧氷と蒼空は心を引きつけて止まない。

   山頂は時間的にも遅く我々のみであった。小屋に入ってゴージャスな昼食をとるうちに,外界は吹雪となる。
     しかし2年女子の体重でラッセルされた道を快適に下る。鉄塔の辺りで夕闇に包まれてしまった。

   これは山登りより温泉に入り.一杯飲もう等と考えていた現役の為.出発が遅れた事に起因するが.
     遭難の一因ともなるので反省会で追及する積りである。

   とは云え楽しい山登りをする事が出来.現役諸君に感謝すると同時に.
     諸君も合宿以外にこのような各自の山を持つと.楽しい山行を味わえるのではなかろうか・・と思う。

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