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初冬の那須.白水沢


日中も常に日陰を通す陰惨な沢を遡行


                  旭岳の坊主沼から望む三本槍
            初冬の那須.日陰の谷. 阿武隈川支流.白水沢左俣遡行
                s47年(1972年)11月04〜05日.L松村進.m見城寿雄

   月を新たにして.見城先輩と那須連峰の北側に位置する甲子山の東側に広がる阿武隈川支流の白水沢左俣に入る。
     阿武隈川本流出合には甲子温泉があり.河原の橋下で野宿し,一日中日陰の沢底を持つ白水沢を遡行する。

    11月04日曇. 上野「津軽1」19:35=22:25白河:55,タ=23:25奥甲子温泉一23:55bs
       05日晴. bs10:50一11:45二股12:10一14:20尾根一16:15新甲子bs福島バス:20=17:45白河18:22,男鹿1=0:58上野.

   北温泉⇔阿武隈川支流白水沢左俣左沢

     白河駅からタクシーに乗り甲子温泉で下車.新館と旧館の間を抜けて甲子山への登山道へ。
     阿武隈川を渡ると猿ケ鼻尾根に取り付く所で右下に堰堤を見る。ここで本谷と別れ.白水沢出合その脇で野宿した。


                               衣紋ノ滝
               入渓.早々20mの滝.左壁を        
       初冬の沢
   すっかり樹葉を落とし寒む寒むした裸林は既に紅葉美に染められた賛歌も華麗な美称もなくなっていた。
     谷間は陽を閉ざし冬走りを思わし通う人もいなそうな閑散とした谷になっていた。
     ここは今まで思いもしなかった陽射しも届かぬ.一日中陽を透さぬ沢底の虚しさだけが漂っている。

   澄み切った蒼さを増す割に侘しさが風と共にこの陰た地形の裸林の肩を撫で回している。
     高峰は冬走りの霧氷を木々に掲げると共に陰り気味の霧が徨徊し始めていた。

   遡行中.天気はと尋ねられたら.頭上は雲1つない晴天だといおう。
     沢を挟む尾根筋は一段と高く,何時も陽が当たるも沢底は閉ざされている。
     肌寒く濡れる肌.稀に浴びる陽差しに恋しく嬉しくもあった。


    1本.沢底はとうとうツメにでるまで陽が射さず

   一ノ沢出合.25mの滝

                 白水沢二俣.二ノ沢出合

                            二条30mの滝と四段35mの滝の出合
   左俣.二条15m×2の滝

    左沢滝口

         

   身が凍る程の沢の水
     洗う食器に振るえ.滝を攀じりシャワーを浴びては震えながら黙々登るのみ。

   身が振るえる沢の風は無音にたなびき鳥の囀る声さえ聞こえなかった。
     遡行終わりまでとうとう陽の妖精を見ることもなく.陽が陰っている。「静かだなー!」と先輩が語る。


                    阿武隈川支流白水沢左俣
     
    HP「すうじい」氏より

     那須周辺地形図 甲子山ウォッ地図

    以後.甲子岳南面の甲子トンネルを潜る
     2014年09月にOB親睦会が五色温泉「宗川旅館」で催された。その帰路.会津下郷駅手前のT字信号で国道121号を分け
   .左折して甲子道路(かし).R289号に入っている。阿賀川旭橋を渡り.観音川を遡ると那須連峰西麓の下郷町に掛かると
   長閑な起伏の丘陵が続いていた。

     車の往来は殆どなくなり.贅沢な国道が延々と続いていた。政治道路と呟く中.甲子峠への旧道を左に分け甲子トンネルを潜っている。
   そして甲子山1549mの北側鞍部との間を抜け谷間は阿武隈川にでた。

     この北側が直ぐ甲子温泉は1972年11月に.この河原で見城先輩と野宿し白水沢左俣遡行している。
   滝の規模より一日中.日陰に覆われた陰惨な谷を想い出していた。

     続く安心坂隧道から幾つもの隧道を潜り新甲子にでて,更に西面に比べ緩やかになった那須連峰東麓の牧歌的な伸びやかな高原を下る。
   街並に入り東北高速道を横切り国道4号線.陸羽街道を右折すれば直ぐ白河ICが現れる。

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