那須連峰と甲子連山・・那須連峰と周辺地形図 1963年06月.梅雨の茶臼岳南下.温泉神社へ・・那須ロープェー 1972年10月.紅葉の裏那須へ・・湯元から茶臼岳・峰ノ茶屋跡避難小屋―三本槍ヶ岳・大峠・三斗小屋・沼原湿原・板室温泉・・月ノ輪熊の遭遇 1972年11月.甲子山.阿武隈川白水沢左俣 2006年06月.沼原より若葉燃える南那須・・同期会山行 2014年09月.「五色温泉」の帰路.大内宿から那須連峰を横断・・甲子岳南面を潜る甲子トンネル.マイカー・・OB親睦会 秋の裏那須と若葉の南那須・・1972年10月・2006年06月. s47年(1972年)10月. m松村.大川 華麗なる紅葉の裏那須 秋燃える山と月ノ輪熊の遭遇・・動けなくなった大川と私. 華麗な紅葉の三斗小屋とブナ森から沼原湿原を歩む。・・会津中街道 |
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, 三本槍 |
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那須山地は奥羽山脈の南端に位置し広い裾野を持つ成層火山で最高峰は三本槍ヶ岳1917m 主峰である茶臼岳は活火山で1960年代の高校時代初頭に初めて東北本線に乗り夜行で訪れている。 今回は同期大川と避難小屋を利用し秋たけなわの茶臼岳北部を尋ねる。 表那須の索伐とした紅葉と三斗小屋付近の華麗なる紅葉に出会い.熊とも遭遇した。 湯元―茶臼岳―三本槍ヶ岳―大峠―三斗小屋―沼原湿原―板室温泉 1日目.上野=黒磯バ=湯元―茶臼岳―峰の茶屋跡避難小屋hc 2日目. 避難小屋h―峰の茶屋―朝日岳―三本槍ヶ岳―大峠―三斗小屋―沼原湿原―板室温泉バ=黒磯=上野 那須ロープウェイ下 左.武蔵工大の高校生と朝日を浴び初日は尾根を越え.峰の茶屋跡の避難小屋で野宿。 寝床を一諸に共にしたした武蔵工大の高校生と翌日は剣ケ峰の頂稜にでる。 朝日岳での一服ロープウェイの小径を登り.汗ばむ心地は天高く休んでいても快い。 風もなく紺碧の空の下.一枚ずつ衣類を脱いで立つ頂。 中秋の暑いほどの陽差しに体は暖かさがほてっていた。 |
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北那須,三本槍への峰々 |
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| 三斗小屋を尾根筋から見下ろし.朝日岳を越えて山道を西側に取る。 静かな尾根径が続いていた。熊見曽根から隠居倉へ下る尾根を分け.北温泉への分岐に入りと通う人もいなくなる。 |
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, 大峠へ |
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| 月の輪熊に出愚わす。 三本槍ケ岳を越え大峠へと尾根筋の潅木混ざりの小径を歩んでいた。 秋の明るい陽差しを浴びながらのんびり下り返す折.眼の前に黒い獣が突然現れる。 せいぜい10mか.15m先をツキノワグマが突然.尾根を横切る。唖然と立ち止まる大川と私。 体が固まり動かず.逃げることもできず.眼は据わってしまっていた。 ゆっくりした動作で目の前を黒い大きな物体が横切った。私より大きな熊は姿を消し大分達っているが動けずにいる2人。 目の前が真っ暗になり.何も分からなくなる。熊か? 互いに確認し頷く大川.彼もまだ言葉がでずにいる。 ほっとするも気はまだ整理が利かず焦っていた。言葉もでず.留まっている息は荒く.漸く激しく鼓動も治まった。 先に行くにも悠著した。 暫らく何も言わず.まだ互いに黙っていた。まして先頭に出る者はいず.互いに譲り合う。 真近で見え過ぎた熊.ジャンケンで先を決めるも.又何時現れるか不安が募る。 三斗小屋への径 大峠の下り散策の径 三斗小屋の台地.山に囲まれ澄んだ空に一段と紅葉の鮮やかさが冴えていた。 山上とは違った森の中の繊細に映る錦秋美。樹葉の華麗なキラメキが光り.葉の一枚々の色合い豊かさ。 紅や黄金に染まり.その重なり合いが奥深さが秋色美の美しさを彩り立てていた。 日ノ出平の中腹から望む沼原池.2006年06月沼原調整池→深山湖(下池)→那珂川本流 三斗小屋から沼ッ原への森の径.しっとりした足にも優しい.歩き易い山径がその森を綴っている。 華麗なる紅葉から一変し.黄葉一色のブナの森に変わる。ブナは大きな実を落とし落葉が径を被い.心をも優しく和まさせていた。 艶やかな紅色の森を潜って来た後のブナの小径はまた違った秋の味わいを感じさせていた。 この山径は歴史的には元禄年間に幕府の出資で会津藩が「会津中街道」として開かされ.参勤交代に4度通った街道でもある。 その後は脇街道から人も通らぬ廃道となり.今は登山道とし利用されている。三斗小屋が宿場跡と誰が思うだろうか? 沼ッ原.急に開けた湿原に立木は衰え.明るさを増していた。葦が茂げススキが群がり棚引いている。 広々した湿原の木道の先に沼原があった。我が国.最大の揚水発電所とのこと。 湿原の南側には昭和44年に発電用の上池として造られた。 その調整池を抜け板室温泉のバス停まで以外と長い最後のアスファルト道路を下った。 会津中街道 江戸時代の会津西街道の代替街道として.整備された街道。 1683年(天和3年)の日光大地震により.鬼怒川の支流.男鹿川が土砂で堰止められ五十里湖が造られている。 それまでの会津西街道は水没し通行不能になり.会津藩主により整備された新しい街道。 氏家宿から矢板宿.根室宿を経て那須山中の三斗小屋宿.大峠越しの城ノ内.松川宿などを経て会津に至ている。 しかし西街道は再整備されたが.次第に使われなくなり.脇街道から1704年(元禄17年)には通行困難になっている。 会津藩.越後藩の各藩主が2代.参勤交代で通行していた。 秋の裏那須と若葉の南那須Top 同期会山行Top 若葉燃える南那須.南月山
沼原―姥ヶ平―牛ヶ首―日の出平―沼原 10日曇.御徒町7:20=那須IC.那須街道=広谷地.矢板那須線=板室街道=乙女ノ滝=沼原11:00⇔姥ヶ原.―13:00湿原1514m:40 ―牛ヶ首14:15―14:40日の出平15:00―16:50沼原=湯本.「グランドホテル愛寿」 11日雨.h9:00=12:20御徒町.421k 姥ヶ平 ![]() 入山して1本目.軽やかな笑い顔々 下山時.同じ姥ヶ平での最後の1本同期会 O.W.Tと6月上旬に大弛峠より金峰山周辺に登り.梓山に宿り雁坂トンネルを抜ける計画を立てていた。 宇都宮のSがRHC総会に出席.それが切っ掛けで同期男子全員での山行話しが進み.場所は那須に変更する。 Sは飯能の先の高麗より始発で参加した。Wは大宮から新幹線でOと落ち合い.私とS.Tは沼原で彼等と合流する形を取る。 昨日.関東甲信と東北南部が梅雨入りした。シトシト雨降るも,翌10日は予報では晴天が約束されていた。 同期会は1969年08月の越後八海山以来.松本嬢は欠席するが37年振りの山行になる。 沼原 板室を抜け沼原へと高度に上がると共鳴するかのよう「しぐらし」の賑やかな声を聞く。もう春蝉が鳴いている。 新緑の被われた沼原への道.車は唸り高度を上げ登って行く。 1972年11月.Oと裏那須を周り大峠から下った昔の街道である。バス停を求め板室までアスファルト道路を歩かされていた。 沼原Pは蛸焼き屋の出店が出るほど車で満杯.歩き始めたのが11時.遅い入山になる。ここに居る人達は笹竹採りの人が多い。 熊避けの鈴を鳴らし.その1人に山登りより山菜を採らぬかと誘われている。 裏那須 裾の緩斜面は曲笹が多い。山肌は若葉で清々しい樹葉で溢れ,遅い山桜が一輪の花を残し咲き終えていた。 高度を上げるに連れ.今度は山ツツジが咲き揃い.次第にその数を増し点々と咲き競っている。 Tは前日の定期診断も無事終え.難病のなか20数年振りの山に挑む。Sも長年.山とは離れ.今回は久し振りの山だそうだ。 Oがトップで順調に1本取った。 ヒョウタン池より茶臼岳.鉄山 整然と歩む同期太い白樺の幹が先を被い.程好い湿りの土道が心地よい。 登りの時間が遅く.反って擦れ違う登山者もいなかった。山のマナーはよくなっている。径筋に小さいゴミも見受けられず。 足元には小さなイワカガミが程好い間隔で競うよう咲いている。 ハクサンシャクナゲも群がり始めている。葉の艶がよければ花弁も大きく艶やかで.葉皮の厚みにも育ちのよさが伺える。 光沢よく薄ピンクの花ビラが群がり.その淡白さが以外と確りした色合いを示し咲き競っている。 登っている谷間を隔てて.那須から続く流石山の尾根が大きく望まれた。 面白いコースだと大川は云うものの向かいは眺める以上に遠いい。尾根1つ先でも遠いい山のようだ。裾野は南会津になる。 足元の沢沿いに残雪が見受けられた。まだある残雪に関心しつつ.白樺から岳樺が絡む広い湿原にでた。 噴煙を上げる茶臼岳を背に受けてのヒョウタン池は残雪に半ば湖畔を埋めていた。 最後に詰めるガレ場と南会津の山々 裏那須の登り見上げると久し振りに見る茶臼岳は異様な大きさで見上げられている。表那須とは又違った荒々し岩峰を構え聳えている。 腰を下ろしての大休止.若葉の香りと大きな空.空気も美味い。各々が適当な枯れ草の上に坐り.食と摂る。 牛ヶ首と茶臼岳南面ガレを登ると牛ヶ首に立つ。尾根筋には這松が茂り.ここだけは憩う人が多かった。 風に乗り.強い硫黄の刺激が流れれ鼻にくる。那須の高原は霞が掛かり.肌寒く風だけが強かった。 下山を迎えた日の出平南月山への頂稜の径,穏やかな起伏はミネサクラの宝庫とOが説明するも.時期は既に遅く過ぎていた。 地元のOは何回か.この尾根の満開のミネサクラを観賞している。その素晴らしさも今はサクランボの実に変わっていた。 朝日岳以北ではミネサクラがまだ一面に咲いているらしい。 下山 沼原を目指す日の出平にでて.齧るトマトが美味かった。 ここで時間切れになる。もう1時間あれば南月山越えができるが諦める。肩より沼原の貯水池を望み山を下りた。 大峠から続く流石山の尾根 枯草と若葉の山腹径 頂稜近くまで熊笹が被う明るい下山径曲根の径は雨でも降れば苦労しそうなコース.溜池での蛙の産卵と横切る蛇を見る。 新緑に綴られた径は何処までも清々しく.青葉の樹林が重なり合う山腹径を下る。 1514m地点の湿原で大休止 先々週も那須に来たO 定年を迎えたS 新幹線で山に出勤したW 相変わらず笑い顔が徳をしているT程好い疲労に酔いながら山を下りる。 大川はカエデとモミジの違いが分からないでいたようだ? 入山の時の話が下山しても続いている。 60になろうとする同期5名。この後は湯本に戻ると露天風呂と酒宴が待っている。 湯本新那須「グランドホテル愛寿」.透明単純温泉.森林浴効果のある露天風呂.宿代@¥10.000 高層天気図10日9時.11日9時 秋の裏那須と若葉の南那須Top 山の経歴.経過To |