魚野川大源太川流域

大源太川本谷流域
  s44年(1969)05月. 大源太川北沢,現地で荒天中止
  s48年(1973)09月. 大源太川ヤスケ沢遡行一登川丸沢
  s49年(1974)05月. 大源太川北沢遡行一登川丸沢
  上越国境周辺全体地形図

大源太川足拍子川流域
  s48年(1973)07月. 足拍子川本谷右俣遡行一アラ沢
  s49年(1974)04月. 足拍子川本谷雪上訓練  
.雪塊の越後.足拍子岳


藪とフランクフルトの世界と昼寝


7月でも大きな雪塊に被われた深い谷
             飯士山c1より.s45.05
            
荒沢山,足拍子岳. 背峰は万太郎山.武能岳
         残雪多き越後足拍子岳
            大源太川足拍子川本谷の右俣を遡行.アラ沢を下る s48年(1973年)07月. m松村進.大川崇夫
      残雪の谷
   春の越後足拍子岳の谷間は様々な変化を伴い,我々の行く先々を限りなく魅了させられている。
     厚い残雪に覆われた谷間は春になると共に豊富な残雪を谷底に落しデブリを築き.雪塊は割れフランクフルト.ブリッジと渓相を変えている。

   深緑に被い茂る灌木と残雪.そして滝。高度が低いにも関わらず夏とは云え不思議な魅力をこの谷は備えていた。
     包容力ある残雪は低い山々にも深みを与え.我々に四季の壮厳な神秘の自然を植え付けられていた。

   夏の煩い藪山に深みを与えている。そして残雪は幽谷剣悪たる谷を埋め尽くしていた。
     藪と残雪.そこに春から続くこの谷の原点がある。

     足拍子川地形図

                              魚野川上流
大源太川本流
    s48年09月ヤスケ沢. s49年05月北沢





大源太川足拍子川
Bs,流寄りは今回の野宿
Ts.下流寄りはs49年04月.雪上訓練の折のBc





×地点の枝沢詰りはs49年04月.雪上訓練地点
  現役の雪上訓練に参加












足拍子岳ウォッ地図


  枠.拡大地形図        .  

  

     初日.上野(急)=越後湯沢.タ=足拍子川に入り800m一二俣b
   二日目,.二俣b一右俣本谷一足拍子岳一荒沢山一アラ沢一中里林道一越後湯沢=上野

     アプローチは越後湯沢駅からタクシーで国道17号から県道268号に入り,岩原駅北側のガードを潜った地点から左へ大源太林道に入る。
   そして二俣で足拍子川右岸沿いを遡り.右に小沢を分ける地点まで入る。そしてコマノカミ沢出合付近で野宿した。

信玄の廊下     . 
      足拍子川本谷
   私の想像通り.本谷を刻む足拍子岳は他の岳とは異なる雰囲気をかもち出していた。
     まだ人馴れしていない渓谷は荒れ果てた自然その間々の姿を秘めている。

   上越背稜からは前衛的に見られがちな山々.山自体も距離的な大きさには乏しい。
     だが深みに於いてはそれ程単純な渓相で答えることはできなかった。

   ベラボウに広がる足拍子の岩壁が大スラブを築き.重い威圧的な漂いがこの2000mにも満たない山々にはある。
     ここには秀美を誇る独峰はない。雪崩に磨かれた1枚岩は巨大な重壁を築き.
     今尚.高度900mの地点に巨大な残雪が口を開け.帯びをなしていた。

   私と大川はこの渓相を驚きと圧倒のみで受け止め.大高巻きせねばならなかった。
     私の心は湧いている。知る人ぞ知る山渓に異様な山塊が在ったことを。


   本谷の夏の残雪とクレパス

   中流.デブリに埋まる谷
    足拍子川本谷右俣遡行―足拍子岳―荒沢岳―アラ沢―中里林道

      残雪
   果てしない右岸の高巻きが延々と続き.私も彼もあごを出し始めていた。
     それは巻き始めたら終わりのない藪の巻き込みが繰り返され.入れば行くのみでどうすることもできないでいた。
     トラバースは足元絶壁下.100mにも及び腕力のみの馬力を強いられていた。谷へ降りるべきポイントもなく藪を漕ぐ。

   セナゴウチ手前沢手前.飽きに飽き.とうとう沢底に降りる。
     両刀相まるあごの出る胸壁に.7月とは考えられぬ残雪が我々の遡行を拒んでいた。

   1時間に数百mとわけの分からぬ時間が見る間に経ち.その登行を楽します。
     この短い渓谷に考えを越えた自然の遊びが広がっていた。

   大高巻きに続く大雪渓.フランクフルトからクレパスの顔,そこを越える私と彼。
     スノーブリジは幾つも越えた。ルートを考え壁にぶち当たり.それを越す喜びがある。

   盛夏なのに鳥肌を立て焚火で暖みを取り.雪渓の寒気に耐え疲れを忘れ遡る。
     曇天が谷底.全てを冷蔵庫に変えていた。
     .

休息の二人
      .  

    上部の雪塊の谷
  
      雪渓を終え     .
   

      頂の窓
   最後の雪渓を詰め,狭まった両岸を挟んで.裾野の田園風景が見下ろされる。
     ここはチムニー状のルンゼをバック・アンド・ニーで攀じ終えた所だった。

   素晴らしい絶壁の窓.垂直に切り立った数百mの壁.
     ここは陽さえ差し込まない谷底だが眼下には雪渓の帯びが続き.遥か彼方に素晴らしい田園の園が望まれた。

   冷たい程鋭く描かれた絶壁の直線に.谷は雪渓と云ういかにも岩と溶け込み易いものを付けている。
     鋭い岩と雪との空間に柔らかく溶け込む媒介を含み望まれた。


    
      田園
   遠方に広がるのが旭原の園.
     暖かい陽差しに包まれた畦道を車が走るのが足元に見下ろされた。

   のどかな谷間にキラキラ車体を反射させ.鳴らした警笛をコダマさせている。それは空気の層を滑り抜け伝わってくる。よい響きだ。
     憩いの場.それは藪から漸く池塘へと開放された歓びと似ているかも知れない。
     藪から逃がれ谷底を下り.荒々しい残雪の塊を越え.岩峰の上に立っている。そこから緑の絨毯に敷き占められた田園の園が望まれた。

   この一場面の描写がこの足拍子の岩山を代表しているように思われた。
     初めて私が足拍子岳を見た日.それから幾年か隔てて秋.夏.春と毎年訪れるようなった。
     そしてこれからも越後.魚野川.その一支流に足を向けることだろう。


    荒沢岳への頂稜

    荒沢を下る

    秋,矢場ノ頭より足拍子岳と湯沢の町
    下りは荒沢岳の頂稜からアラ沢に回り込み.中里林道(土樽駅前から中里スキー場に至る。4.1km)にでる。


    
    タカマタギ.1040m峰から荒沢,足拍子岳を望む

     足拍子山群
   谷川岳の主稜線の蓬峠の北に端を発し.西進しシシゴヤの頭(1472.6m),コマノカミの頭(1464m).クロガネの頭(1380m)と連ねている。
   主峰足拍子岳(1408m)からは北に向きを変え.荒沢山(1320.7m).柄沢山(934m)を経て.最後はちょうど岩原スキー場の正面で.
   大源太川と魚野川に吸いこまれる山稜で構成されている。

     主峰の足拍子岳は烏帽子頭のようにひょこっと山頂部分だけとんがった特異な形で.怪峰の名がふさわしい。
   山域の南西面は魚野川流域で足拍子岳南尾根が落ち込む辺りからは上越線と関越高速がこの山域を周りこむように北進している。

     北東面は大源太川の支流の足拍子川流域で.荒沢山〜足拍子岳にかけての左岸に幾つもスラブを落としている。
   また.この足拍子川にはコマノカミ沢.フトコギ沢という2本の急なルンゼがほぼ平行し.クロガネの頭に切れこみ.こちらも興味深い。

   以下.この山域を
     @足拍子川左岸.Aクロガネの頭北面.B魚野川右岸と主稜線の3つに分けられる。

   なおアプローチは
     @.Aは,越後湯沢駅から車で15分あまりの旭原集落が起点となる。
    ここから,足拍子川沿いに林道が伸び.無雪期なら経木ノ沢出合手前まで車で入れる。
    積雪期は旭原から歩くがスキー利用も手だ。Bは土樽駅からすぐ。

    足拍子川左岸
   コマノカミ沢出合から本谷に入渓し遡行する。順に前手沢,前衛スラブ,風穴沢.風穴スラブ.ホソドの沢の順に支流を分ける。
     ただし.風穴沢先からホソドの沢にかけては「謙信の廊下」と呼ばれるゴルジュ帯で右側から大きく巻くことになる。
     本流ほその後.足拍子岳の北西直下のコル.コイドに突き上げるが特に問題になるところはない。

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