| 南八ヶ岳地形図,山行表 赤岳県界尾根Top , 八ヶ岳赤岳横断.県界尾根U 20年振り変わる八ケ岳の裾野 星が煌いく中.人工衛星が山を横切る 中岳より赤岳を見上げる斜めの径は文三郎道 |
| 夏休み最後に八ヶ岳.赤岳県界尾根を横断 s61年(1986年)08月23〜24日. m私.真佐子10歳.隆史9歳 子供と再び岳へ 1週間前は子供達と共に日光イロハ坂を歩ていた。東京からの日光白根山歩き旅はひと時中断し.信州の岩稜帯.八ヶ岳へ向う。 山は7月の富士山行以来になる。宿泊山行として末っ子の俊雄はまだ幼な過ぎた。博史は同日.上野消防少年団で再び日光へ出向いている。 それ故.メンバーは私と真佐子.隆史の3人で宿は山小屋とした。 富士山と同じく食糧は豊富に揃える。山歩きにも慣れ始め.食べたい趣好品は全て持たせることにした。 以外にも子供達の菓子類は少ない。列車内のみの菓子を持ち.後は酒の摘み類に変わっている。 私が好むものを子供が選び.妻は贅沢過ぎると嘆いていた。 美濃戸口―行者小屋―赤岳県界尾根―野辺山 8月23日曇. 竹町5:58=6:39国鉄新宿:40,「あずさ51号」=9:11茅野:40=美濃戸口,農場で牛乳6:53 一12:24昼食:51一14:40行者小屋(高度2354m)h,\3300×3・・6400歩(隆史) 入山は河原から森へ入る早い朝 久し振りの夜明けの自宅.竹町から薄曇の中.子供達と元気に家をでる。笑い顔で出掛ける子供を送る末っ子.俊雄と妻。 ザックを背負う真佐子.隆史の勇ましい姿。息揚々と溢れるばかりの笑いを浮かべている。 私も背負子を背負い.仕事も忘れ清々しい思いで歩みだす。朝早い故.アスファルトに響く靴音も心地よい。 間一髪 中央快速が新宿の駅ホームに入る。 扉が開くと共に.中央本線のホームから発車のベルが鳴りだした。慌てに慌て3人が周りも気にせず走りだす。 隣りのホームには階段を一度降り返し.地下道から又登らねばならない。ベルが鳴り続けることを祈り走る。 ザックを揺らせ喘ぎホームに立つ。まだ鳴っている。一番近い扉にひがみ付き全員.乗った所で扉は閉ざされた。 運が良いのか.ため息と共にどっと汗がでた。予定より一列車.早く乗れたが心臓には悪い。席が空いていて幸いした。 |
結飯と冷奴の昼食 |
| 裾野 全てが余りにも変わっていた。 降りた茅野駅南口は大改修が行われ.後一年で駅舎や駅前広場が全面的に変わると云う。 茅野駅南口.角前の雑貨食料店は昔の高校時代からあった。明日の奴用豆腐を買い.早々に駅を後にする。 八ヶ岳山麓原村はペンションで埋まり,バスの路線沿いにもかなりの別荘が建つようなった。 その間を縫い終点美濃戸口へ。バスを降りて初めて懐かしき景色を顧みる。 入山 柳川南沢 やがてガレ状の河原は山小屋へと続く行者小屋 美濃戸口で高原牛乳を飲み歩みだす。あがらぬ行程も.マアーマアーのペースで南沢右岸の小径を遡る。 トップに真佐子が立ち,隆史も周りを見る余裕があった。私は豆腐と生卵の入ったビニール袋を持ち.後から付いて行く。 15年振りの八ヶ岳.最後の山行は天狗尾根から県界尾根を下りている。丁度20年振りになる。 そして今回は幕営ではなく初めての小屋泊まり。もう夏のシーズンも終わり.静かな谷間の山小屋は個室が当てられていた。 トンチか? 宿泊料は子供も大人も同じとのこと,交渉でビールでもジュースで譲ることになり.ビールを頼む。 子供はジュースを貰い.ビールを2本買ってきた。 トンチのような値段となる。ジュースの2倍以上の値段を取られ.子供は喜んでいる。 初めて山で買った酒.それもビール.沢水に冷やされ旨かった。 もう値段の関係ない。何もの云うことのない快さが体を伝わっくる。真佐子.隆史もジュースを飲みながら私の顔を見詰めていた。 余ほど旨そうに見えたのか.互いに自然と笑いだす。陽が射し出し外のテーブルを独占し,立て続けに2本呑む。 行者小屋 だれた姿の親子 汗を掻き.寒いと私のジャンバーを着る 間食から長い炊事が始まる 夕飯,カレーとスープ又食べる外での夕飯 八ケ岳主峰の峰々に囲まれ外で夕食を摂る。 夏休みも終わりに近かずき登山者も疎ら,風もなく夕暮れの柔らかい陽差しに照らされる。 各々がザックから食糧を大事そうにテーブル一杯に広げた。自分で背負って来たものが愛しいようだ。 何度かの山行で炊事.水汲みの分担も分かってきた。 米を砥いだ飯盒の後は好きなものから炊事が始まった。贅沢な食事に贅沢な景色 子供との山行は何時もそうだが料理を一品多くしている。 睡眠と食事が一番の活力源になり,皆よく食べる。今日もテーブル一杯にお皿を並べ,摘みながら食べている。 まず初めに沢水に浸けておいた豆腐をビールとジュースの摘みにし,後は子供に任す。 飯を炊く以外は,何から料理しようが時間は充分あった。 明日挑む赤岳はが夕陽に染まり仰がれた。その岳の姿に真佐子も隆史も圧巻されている。 富士山や多摩とも違い,深い山の懐にいる。静かな岳に。 日光の話がでる。 今歩いている東京から日光への歩き旅はまだ中禅寺湖付近で,山へは届かずにいる。 雪の季節を考えると今年中に完走できぬかも知れぬ。 s60年11月.上野より歩き始め8月13日現在.例幣使街道から杉並木を抜け神橋から中禅寺湖。後は戦場ヶ原より白根の山が残されていた。 シェルエットは者小屋より大同心.小同心.横岳 |
明け方の行者小屋 |
| 人工衛星 明け方4時.まだ外は暗い。山小屋の横で真佐子と一週間前に打ち上げたばかりの国産測量衛星を仰ぐ。 西の空から東へ.農場の原っぱから,赤岳と横岳の間を幻のような光を放ち飛行してゆく。 山々に囲まれた渓谷の奥.小屋の頭上には星空が煌いていた。綴るよう淡い光を放ち軌道に乗り.一線を引き過ぎ去った。 夜明けの月 日の出30分前.4時半に起床 阿弥陀山頂に月が上がリ.冴す妙光で岳を照らしている。 闇の岳が青白い光りを帯び,明け方の霞を吸いだすよう白味を帯びてきた。 山小屋のある赤岳西面はまだ薄暗い谷間だが隔てる阿弥陀岳は見る見る白味から焼けた岳肌へ移り染められた。 山は起きだした。ここは山陰の谷間で日の出を見ることはできぬが素晴らしい夜明けを迎える。 日の出の明るさと阿弥陀岳に乗る月とが互いに岳を映すよう同居した空を描きだしていた。 明け方の炊事 土間にコンロを持ち込み.分担して楽しく朝の食事を作る。コンロのゴーゴーと云う快い響きが土間に伝わった。 今朝もテーブル一杯に食物が並べられてゆく。 小渕沢で買出した生卵もある。1/3の豆腐を使い玉葱とジャガイモで味噌汁もできた。海苔にお新香もある。 慣例のおでんもできた。山小屋の倍以上の料理が並ぶ。三人で食べられるか? 皆よく食べよく動く。 地蔵尾根 ![]() |
地蔵尾根のツメ,横岳.硫黄岳を仰ぐ |
濃戸中山と峰ノ松目 頂稜に出て,昨日遡った南沢の森と山小屋 頂稜と遠く霞む富士8月24日晴後曇.霧. 起床4:30 行者小屋h6:16一8:00赤岳:50一10:56小天狗山,昼食11:58一15:00野辺山:19,臨時列車=16:00小淵沢:19,「あずさ16号」 =18: 新宿=御徒町一19:00竹町 赤岳へ 短い樹林を抜けると急登のガラ場となり.登るにつれお世話になった行者小屋が小さく見下ろされた。 足元の森に囲まれた河原に.赤い屋根の小さな小さな山小屋が望まれる。 赤岳山頂 硫黄岳と双耳の天狗岳.遠く蓼科山 権現岳と南アルプス連峰主峰赤岳 朝の柔らかい陽差しを受けた岩屑の地蔵尾根を登り.鎖を抜けると頂稜にでる。 向かいに南佐久の裾野が広大に広がり.岩稜にでて子供達を喜ばす。 目は輝き好奇と驚きの満足感に満ちている。素晴らしい眺望だ。肩ノ小屋.展望荘から一気に頂に立つ。 頂からの眺望は素晴らしかった。 北アを除き.乗鞍.御嶽.中央アルプスと山波が開かれ.南アを抜けると富士は秀麗さを誇り裾野を広げている。 北八は森の絨毯に包まれていた。 子供達はこの感動を早く母に伝えたいと赤岳頂上小屋に飛び込んだ。 電話を借り.大きな声で感情を剥き出しにし話し掛けている。 目の煌めきが何時もの異なり.短い言葉にも母にはっきり分かる歓びを伝えていた。 電話を切るも束の間.四方からガスが湧きだし視界は0になる。頂は大きな雲の中に入リ込む。 八ヶ岳横断,小海線野辺山へ 県界尾根より赤岳を望む |
森林帯.大天 |
| 赤岳県界尾根 ここから長い鎖場を降り,延々と続く熊笹の尾根を下る。 遥か彼方に千曲川の流れが望まれ,佐久の広い裾野が広がりを見せている。 飽きる程歩き続けた。幾つかの起伏を越え,下れば下る程,裾野は広がっている。 街道沿いの町並は次第に絵地図の如く輪郭を現わし,尾根径は延々と続く。 牧場 里が近ずきだし.熊笹の尾根を突っ切ると樹海は開け.突然牧場にでる。 のどやかな丘に牧草が棚引き.放牧した牛が群れをなしていた。里道を避け.その牧場を一直線に突っ切る。 放牧地は意外と凸凹が多く歩きずらい。重い足取りに却って時間をロスする。 東大付属自然園を抜け.里道を小海線.野辺山駅へ向っていた。・・・南八ヶ岳地形図 |
長い下りの裾野に出て遠く南アルプスを望む ,![]() 鳳凰三山.間ノ岳と北岳.アサヨと栗沢岳.甲斐駒と重なる千丈ケ岳と鋸岳 |
| 小海線 野辺山駅はJR最高地点にある。線路を渡りホームに上がると「JR駅.最高地点」と木柱が立てられていた。 真佐子も隆史も下山の歓びと安途に浸っている。私も気の向く間々.空いた座席に寝転んだ。 ラッシュ 次の駅.清里でドット観光客が雪崩れ込みラッシュなみになる。清里は昔.立教の清泉寮があるだけの,何にもない所だった。 清里はこの2.3年ペンションが増え,若い女性の人気になっている。 奇声を上げ,入ってきた女性群で車内はラッシなみに押し込んできた。座っていても圧迫感が強く,人の波で蒸しだしてもいた。 私だけでなく真佐子.隆史も.この威圧感に嘆き黙り込んでしまっていた。 山の経歴,経過Top |