| 南八ヶ岳地形図.山行表 . 鉱泉廻りの八ヶ岳山行 赤岳鉱泉と唐沢鉱泉 横岳より赤岳の主稜 |
| 二期上の先輩達と再び八ヶ岳の頂稜に乗る 山の湯を訪ね赤岳・唐沢鉱泉を綴る・・赤岳から北上し横岳.硫黄岳.天狗岳. 2007年10月05~07日. m池田.見城.鈴木.松村 池田.田中.見城先輩達のグループは先月の涸沢山行を荒天で断念しる。誘われる間々.別行動で参加したのが同期の大川.鈴木と私。 改めて八ヶ岳山行を企画したいと連絡が入り.同期鈴木と穂高山行に続き参加する。鈴木とは今年4回目の山行。 美濃戸山荘から赤岳鉱泉に宿り.赤岳地蔵尾根を登り.2日目は夏沢鉱泉泊りで直接下山するとのこと。 余りにも単純過ぎる下山で.先輩グループと分かれ別行動を取ることにした。 鈴木と共に中山峠経由でゆっくり西側の尾根を回り込み.周辺の風景を愉しみながら唐沢鉱泉へ下る計画を立てる。 入山前日,田中先輩がトレーニング中に過労捻挫を起こし.参加不能に。残念ながらメンバーは4名に変わる。 又行程も変更し全員で赤岳鉱泉から赤岳を目指し.2日目は硫黄岳山荘泊りで.中山峠から唐沢鉱泉へ下ることにした。 美濃戸口―赤岳鉱泉―赤岳―硫黄岳山荘―天狗岳―唐沢鉱泉 10月05日.jr新宿=茅野=美濃戸口―赤岳鉱泉h 06日.h1―赤岳―横岳―硫黄岳山荘h 07日.h2―天狗岳―唐沢鉱泉=jr茅野=新宿 美濃戸から赤岳鉱泉―赤岳から北上し硫黄山荘 硫黄岳から天狗岳―中山峠から唐沢鉱泉 10月05日.晴 jr新宿8:00「あずさ21号」回数券特急指定往復¥8300.=10:17茅野:20.¥900.=11:10美濃戸口:20 一12:15美濃戸山荘:40一13:20堰堤:30一14:30赤岳鉱泉h1. 朝方新宿駅から見城先輩と鈴木に私が「あずさ21号」に飛び乗り.jr茅野駅でI先輩と合流し.赤岳を目指した。 池田先輩は6年前に茅野に移住している。山岳ガイドを職にし.NPO法人山の自然学クラブ指導員でもある。 日本山岳ガイド協会認定ガイド.その他肩書きは多い。2年前に日比谷で山岳写真展を開き.その折お会いして以来になる。 前夜降った雨も治まり.うららかな陽射しを浴びている。予定では美濃戸山荘まで先輩の奥さんの協力を得て,入山する予定でいた。 路線バスに変わり.茅野駅から立場川を渡り.迂回しながら原村・三井の森を経て.柳川沿いの美濃戸口に廻り込む。 この路線沿いには朝方.点々と地元岡谷南部高校のランナーが走っていた。バスは追い越せど現れるランナー達。 今日は原村まで強歩大会が行われている。又路肩のビニールハウスには既にシクラメンが鮮やかに花を咲かせ.収穫の時期を迎えていた。 柳川北沢沿いの小径にでて.11:54柳沢左俣 終点.美濃戸口からはジャリ道は二手に分かれ.右手は御小屋山尾根から阿弥陀岳へ。途中の御小屋山(御柱山)は最近知ったことだが 諏訪神社の御柱祭の御神木を伐りだす山らしい。左の砂利道から柳川を渡って角木場を過ぎれば美濃戸にでる。 林道を歩むこと1時間. 柳河左俣の北沢に入る。一昨年に南沢から赤岳へ向かった山道を右に分けている。 早いもので田中先輩の誘いを受け.立教学院八ヶ岳環境ボランティアに参加.その折は赤岳の清掃を担っている。 街道を清掃する幼い子供達に赤岳山頂の塵を見せたいと要望から山頂清掃登山に急遽変わり.焦ったのは私。 当時は何十年振りの山登りだった。登山靴を新調し南沢から入山し.業者小屋の手前でもうバテている。 腿に痙攣を起こし肉離れを起こしていた。それが赤岳.頂からの展望に酔い.再び山に登る切っ掛けにもなっていた。 今は確りした足取りに戻り,昔の山仲間達と共に.山に出掛けられるようなった。その切っ掛けを作ってくれたのが田中先輩だった。 今回参加できなかったことが非常に残念.昔に戻れぬものの.この歳で先輩に見て頂きたいほど山男に戻っていた? 道幅2mと狭い林道はジャリに変わるも綺麗に整備されていた。赤い屋根の発電小屋を右に見下ろすと堰堤広場にでる。 山側の道は増水時の避難道になっている。沢沿いに進むとK先輩が美味いと言う「くりだけ」を幾つも見付けていた。 出会った茸狩りの人に言わせると今年の茸は不作で少ないと嘆いていが。 路肩で拾う「きのこ」. 先輩はビニール袋に既に10房程持っていた。さすが群馬の山奥育ち。 堰堤から左岸に渡ると小道となり南沢のような広いゴーロ帯もなく.1時間ほどで横岳大同心・小同心を正面に見る赤岳鉱泉に着く。 沢沿いを右岸.左岸と移るり遡る.13:52赤岳鉱泉 連休2日前の館は意外に空いている。それでも個室を取り.3時を待ちで沸く一番風呂に飛び込む。 源泉は10度と温く待たされることこと15分. 薄暗い檜の板張りの小さい湯殿に風舟が又よかった。 玄関右奥に位置し.黒澄んだ板張りに裸電球。湯治湯とは異なる小さな山小屋の古きよさを抱かす湯だった。 湯殿は4人が入るには程好い大きさで動くこともできず満杯になる。脇の更衣棚に衣類を放り込み.浸かると勿体無い程の湯が溢れた。 初湯に仲間4人が2人ずつ.膝を丸めるよう体を縮め湯舟に浸かっている。安堵に溜息が漏れた。これもよい山の湯だった。 来館以来.焼酎を空け.風呂に入ればビールを呑み.晩飯の料理のステーキには赤ワインを注文する。館ではただ呑んでばかりいた。 Sのマッサージに酔うK先輩。私はバンテリングを持参し.今度は山用のフリース類を買い揃えている。徐々に山の道具も集まりだしている。 夕食後.館前にテントを張った若夫婦の訪問を受ける。初めてテントを購入したと云う。今日は一張だけだった。 先ずは入山の祝福から始まり.山の話で盛り上がった。 夜半.赤岳鉱泉玄関前の狭い空間の頭上高くに満天の星が煌いた。 ただ鋭く覆い被さる大同心.小同心の頂稜の壁底が東面の眺めを塞ぎ,反対の西側は館に挟まれ.狭い空間から見上げ仰ぐ夜空。 その狭められた隙間から散りばめられた星空の間を縫い.流星が幾つも走っている。狭すぎ流れる星は最後まで見届けられず。 通年営業宿泊¥8500.個室5000.朝食はカマスの干物と生卵. テント代1人¥1000は高いかも。 10月06日高雲後晴. 一時ガスの中となり.風は頂稜にでて一日中風強し 赤岳鉱泉一赤岳 赤岳鉱泉6:45一7:25行者小屋:35一8:10中山分岐:20一9:20赤岳文三郎尾根. 美濃戸中山への分岐に出て1本.7:16 中山分岐より大同心.小同心午後右手から頂稜を回り込み.横岳脇で1本取っている 硫黄岳と北沢ツメ.7:17ジョウゴ沢の下流左岸に昨日宿った赤岳鉱泉がある 赤岳鉱泉から行者小屋へ繋ぐ谷間のトラバース道はしっとりした森の中に小径が綴られていた。北沢から中山乗越を越え南沢に向かう。 行者小屋まで柳川源流を横切る山道。扇状に広がる樹林帯を綴っては中山尾根を越した。 ゴーロ帯もなく緩やかな起伏の散策的な小径が続いている。前日の降雨も山径はぬかるませることもなく. 雨水を吸い込んだ大地にスパッツの必要もなかった。周りは朝方の程好い湿気を漂わしていた。 行者小屋よりS氏と阿弥陀岳の頭.7:28 地蔵尾根から文三郎尾根に変更・・行者小屋を見下ろす.7:58懐かしい山稜・・中岳と阿弥陀岳 阿弥陀岳の左は南稜のコブ.8:12阿弥陀岳南稜と吊尾根 文三郎を詰めたコルより.8:451966年4月に南稜を下ったコブ.立場山との鞍部で雪面を縦堀し幕営していた。 残雪多く無音に途切れる寒さの中.小淵沢の煌く街並みが見下ろされてもいた。・・阿弥陀岳南稜 文三郎の径 赤岳へは業者小屋から地蔵尾根を左に分け.地蔵尾根の登山道を変更し文三郎の径を選んでいる。 ガスが切れ阿弥陀岳の背稜にでると山肌は朝陽に照らされ.緑深い色彩に幾らか黄葉味が混ざり始めていた。 中岳から赤岳に掛けての頂稜は真っ蒼な秋空の深みに埋め尽くされ天空に屏風のよう聳え.朝方の明るい山肌の側壁をを存分に見せ占めていた。 私達はその秋空を目指しコルへと文三郎の登山道を登って行く。 ツァー登山者と赤岳最後のツメで擦れ違う.9:14樹林帯を抜けると喬木から灌木帯に変わり.ガレ場から岩場にでる。ハシゴ.鎖場が連続し馬力のみを必要とした。 喘ぎ登る一歩.一歩。登る一歩に頂が近ずいてくる。 御小屋尾根を下る擦れ違ったツァーガイドが私に話し掛けてきた。阿弥陀岳南稜に最近フィクス用のピンが打ち込まれた模様と。 最近思うに昔登った所と云うだけではないが危険防止のためと称し.安易に鎖を張るのがよいとは限らない。勘違いしていることが多い。 若い時春先にラッセルした尾根.場所はP3のガリーは最近手近な難路に登山者が多く集まるようなり.安全の為と整備する所が多くなっている。 過保護か? 難路が難路でなくなる。何でも山の安全第一主義か? 度を越す時代になると何処も安心感をもたらしてしまう。 夏と残雪期を混同し入山するハイカーが増えているのだろう。それこそ危険になるのだが。谷川岳にしても然り. 赤岳一硫黄岳山荘 9:20赤岳:40一10:05赤岳展望荘:45一11:30三又峰:40一12:00横岳:50一13:30硫黄岳山荘h2. 柳川流域 赤岳山頂から見下ろす北沢と南沢を分ける美濃戸中山尾根.10:35中山尾根の上部鞍部が中山峠で.南北に隔てられた北沢・南沢の源流は左手前に行者小屋.右奥に赤岳鉱泉をも見下ろしていた。 県界尾根と奥秩父連山 千曲川と須玉川の分水稜.10:36甲武信岳と国師ヶ岳.金峰山. 窪みに出ている突起が三国山 赤岳山頂 御座山から続く霞む両神山.直下の逆三角形は神流川ダム. 中央が武州街道で十国峠に至る。直ぐ右がブドウ峠. 中央右は三宝山.甲武信岳と手前コブの小川山. そして国師ヶ岳.金峰山へと連ねる。 頂稜に立つと南佐久を一望する広大な裾野が突然開かれる。一昨年清掃ハイクの時は何十年振りにこの眺望を仰いでいた。 以前何度も頂に立ち.天候に合わせて見続けてきた佐久の田園風景。何度眺めても同じ景色ではなく.気持ちを振るし踊らさせられていた。 幾らか霞むもガスは切れ視界が広がる。一昨年の清掃の集中地.清里を探し清泉寮を探す。 赤岳の頂は風強くなるも強い陽射しを浴びている。南峰に赤嶽神社が祀られ.一等三角点標石がある。 北峰には昔と変わらぬ頂上小屋脇で1本取っている。道標脇にはキレット小屋休業の案内が付け加えられていた。 富士が雲海の上に顔をだし.奥秩父の山並みには小さくとも五丈岩がはっきり確認され.奥の大きな岳は甲武信ケ岳か? 左手の峠越しに独立峰的な両神山が連ねている。ガスは更に切れ.妙義山の左奥に赤城の山々や志賀の山並も望ましていた。 K先輩は浅間山を見付け.2週間前に登り.荒天で苦労した話を独り語りだしていた。 西上州の山々 杣添尾根より奥秩父と南佐久の山腰を上げると共に雲の中になる。冷たいガスが流れ込み.頂はガスに包まれる。赤岳を越えると蓼科側の強い風に体はあおられた。 高気圧が南下.その前兆の一時の荒れ。その中に我々は巻き込まれれている。 赤岳展望荘 頂から20分ほど下り昼食を兼ね赤岳展望荘で休息.すると風は更に強くうねりだしていた。 池田先輩がスープを作るとコンロを点けるも間々ならず.小屋でカレー@800を注文しその場を収めている。 その間に美濃戸から電話が入り.小屋番が今日の宿泊者に対応していた。聞くことなく聞こえる声は更に大きくなる。 今回は月曜が体育の日.三連休で既に今日の収容人数は超えていた。後何人泊められるか? 美濃戸口からのようだ。 無理に食堂を開放すると睡眠時間が遅くなり暖房もないと。断るも又電話が入る。多分それでも泊りたいと云う要望だろう。 昨夜の展望荘は0℃。と聞く。今晩ここに何名かが震えながら泊まるらしい。又飛び入りする登山者は居ないのだろうか? 他人事ながら不安が募る。宿泊者のみの利用できる五右衛門風呂があり.期間限定:無料とのこと。トイレは水洗になった。 地蔵ノ頭地蔵尾根 地蔵の頭.11:37外の烈風は治まらぬものの明るさは取り戻していた。地蔵の頭で左手から文三郎道を合わせ.三叉峰で右から海ノ口に下る杣添尾根を合わせている。 その奥が横岳の主峰の奥ノ院.痩せた岩稜の起伏を越えてゆく。 赤岳と中岳・阿弥陀岳 三又峰から本峰を望む.11:59赤岳と阿弥陀吊り尾根を越え権現岳と南ア北岳.甲斐駒ヶ岳.千丈岳 阿弥陀岳北西尾根 ![]() 小同心から美濃戸中山と柳川北沢.13:09真下右寄りに昨日お世話になった赤岳鉱泉がある 横岳より赤岳の頂稜と右は吊り尾根の中岳.その間には権現山と中岳の背に旭岳.先の鞍部には赤岳展望荘が建ち.手前右に落ちるのが業者小屋に繋がる地蔵尾根 横岳奥の院より大同心と北沢源流.12:16右上が硫黄岳の爆裂火口でその手前の鞍部に今日宿る硫黄岳山荘が建つ。ここから何となく見届けられた。 背は夏沢峠越えの北八ケ岳.篔冠山・根石岳からの西尾根へ。 横岳でのコーヒータイム.12:39横岳 一時.上カッパを被り外にでtれいる。ガズは次第に落ち着くも風強し。三又峰(さんじゃほう)より横岳へ荒々しい岩峰の稜が続いていた。 幾つか頭峰を越え痩せた細尾根の横岳へ。この下には小同心.大同心があり.更に下には昨夜世話になった赤岳鉱泉がある。 風の為ペースはやや落ちるも.北沢の渓谷を取り囲む山々と尾根.又佐久に延びる眺望を見詰めれば見る目を更に楽します。 展望荘では震えながら点けたコンロ。横岳でガスは途切れ,陽が射しだしている。広い視界に恵まれた頂で改めてコンロを点ける。 「こぼすな!」.「熱い!」.「もっと蒸らせ!」と懐かしい言葉が交わり.又この言葉の響きが懐かしく心地よい。 昔は先輩に怒鳴られてばかりいた。それが反対に.互いに.語る言葉にもなり.同じような歳になっている。 K先輩が大同心の頭に立ちたいと云えば,怒る池田先輩。彼は一応ガイドと自称する。 時間があり度胸試しにはよいと私は茶化す。もう目の前に今日の泊場.硫黄岳山荘は真近だった。 今回は宿泊予約が遅かったらしい。夏沢鉱泉をオーレン小屋に変更するも予約で満杯。手前の硫黄岳小屋に宿ることにした。 秘めたと私は心で呟いた。下山してからの裾野の宿より.山上の方が気も晴れ晴れして心地よい。 その上惰性で下山することになる。そうなれば別コースを選ばねは別れると云った意味が硫黄岳小屋に決まり.漸く分かったようだ。 横岳の下りと硫黄岳 大ダルミに建つ硫黄岳山荘.13:14 山荘玄関前テラスにて.14:16丸味を帯びた横岳北面を背に 硫黄岳山荘 I先輩のガイド関係で顔が利き個室は無料になり有り難い。昔の間々の古い小屋であっちこっちで軋む廊下や床。その小屋が増築された。 小屋全体と比べると桁違いに立派なトイレ。小屋の割りにペースもゆとりがあり.驚くことに水洗のオシュレットだった。 何かアンバランスを感じるのは私だけだろうか。増築した入口中央の梁に祝上飾りが飾られている。 遠く佐久側を越えた両神山の手前には白く大きな逆三角形の獲たいの知れない大きなコンクリートらしき物体が.山荘の玄関前からよく見渡せられた。 私がこの逆三角形を尋ねたのが小屋主の浦野岳孝氏だった。硫黄岳山荘.根石山荘.夏沢鉱泉を所有する主で立教経学部出身の46歳. 私の後輩になる。幹椅子を勧められストーブを囲み語りだしている。 あの白い物体は神流川の上野揚水ダムで.彼もわざわざ見学に出掛けたとのこと。ブドウ峠を挟み扇状に広がる奥に見定め. とてつもなく異様な大きさで望まれた。その後西上州の山々にも出向き足元から逆にその時は見上げることになった。 雷親父 過って今の主人の父,栄作さんが落雷で打たれた話を誰かに聞いたか? 本で読んだのかは定かでないが知っていた。 硫黄岳石室を改築する折.硫黄岳東斜面の北沢からワイヤーで.木材を引き上げる場所で落雷を受けている。 大音響と地響き.爆弾が破裂するような何が何だか判らなかった。雨宿りしていたエンジンシートに落ちた。 棟梁と兄さんか? 弟さん。3人とも無事だったが足には酷い火傷を被い.後で雷親父と渾名が付いたらしい。 42年程前の出来事だが.その頃私も前穂岳北尾根で仲間と凄い雷光を受け落ちる中にいた。 足元には落ちなかったものの.天から地から落雷の林に立ち.体の両脇を雷光がジグザグに切り抜け.怖い経験をさせてられた覚えがある。 九死に一生がその後親父さんに幸運をもたらし.念願だった温泉付き山小屋を経営することができた。 今の主人は三代目にあたる。山小屋三軒を経営し管理.運営する日々に追われている。 小さな末娘さんと今日.山荘に登ってこられた。とても温和な方で池田先輩と懇意にしているらしい。 昨春に先輩がシュノケルツァーを企画した時も浦野氏から援助を受けている。 夕方には私の名指した日本酒「真澄」の熱燗が大きなヤカンで差し入れして頂いた。 後で知ったことだが旨い酒. 少しは購入せねばと追加すると又ご馳走になっている。そして又呑む酒。 食後.テノール歌手.絹川文仁氏と山の歌を語らう。最低温度-2℃. 宿泊¥8400.個室¥3000.アミノバイタル.夕食魚のクリーム煮.朝食ホッケの甘露煮等五目に納豆 味噌汁の味噌は大豆から味噌まで自家製 美濃戸から赤岳鉱泉―赤岳から北上し硫黄山荘 硫黄岳から天狗岳 |