西上州周辺・・西上州と東信州の山々

      2005年10月. 秩父.両神山の湯
      2007年06月. 東武池袋=高麗S邸=日向大谷⇔白滝小屋―両神神社―両神山.=薬師ノ湯=西武飯能.マイカー・・両神山ルート図
      2008年04月. 西武秩父=金山沢出合落合橋.杣道―両神山八丁尾根―落合橋・・大鹿野温泉と西沢渓谷.マイカー

      2009年04月. まだ芽吹き前の丁須ノ頭から烏帽子岳を経て大遠見峠・・裏妙義国民宿舎から周回
      2010年12月. 下仁田を基地に木枯らし吹く鹿岳.四ッ又山と内山峠から荒船山ピストン・・忘年会山行
      2011年12月. 肌寒い北風の大山北尾根に難渋した天丸山ピストンと快晴無風のシラケ山.烏帽子岳・・忘年会山行

      2013年07月. 北方稜線大猫山.馬場島からオリンピック道路.北軽ICからR254号.下仁田.若葉・・下山街道ルート

   国民宿舎から裏妙義山を周回. 西上州裏妙義山・・丁須ノ頭・赤岩・烏帽子岳
     まだ芽吹き前の丁須ノ頭から烏帽子岳を経て大遠見峠.中木川林道・・山ビルのいる谷急沢.
2009年04月18日.L松村m見城.滝島.鈴木

      山行山域
   今年も職場現役を続けることを決めた見城先輩から3月下旬に山へ行こうと誘いがきた。
     この時期.雪のない山稜に泊りがけで出掛けるには何処がよいか? 滝島先輩.同期鈴木は日帰りを望んでいる。

   西上州は昔から東京からの距離的な関係で登山の対象として考えることはなかったが.先日集めていた雑誌のメモを探っているうち.
     西上州妙義の山が飛び込んできた。昔はここまでの交通費を考えると如何しても八ケ岳に目が向いてしまっていた。

   新宿から甲府まで学割を利用すると駅弁が買えた時代だった。日帰り山行では上越国境の谷川岳方面は夜行2泊の日帰り山行が多く.
     金欠での効率を考えると私には北信とは違い.中途半端な山域と考え.訪れる切っ掛けもなかったようだ。

   無論奥多摩.大菩薩.御坂道志山地と最近登り始めた山々は高校の始め頃から幾つかは登っていたが
     最近東京近郊の山々を目指し始めた最近までは殆ど目をも向けぬ.知らぬ山域だった。その西上州裏妙義山に出向く。
     往路はjr横川駅に集合し.裏妙義山の丁須ノ頭から烏帽子岳を目指し復路は同期鈴木のマイカーに便上している。

      妙義山
   妙義山は赤城山.榛名山と共に上毛三山の1つに数えられ.日本三奇勝(四国小豆島の寒霞渓.九州大分の耶馬渓.)を名乗る奇岩.奇峰の山。
     また妙義山は鏑川と神流川に挟まれた西上州の北側に位置し.名称は各々の山の総称だった。

   妙義山塊は南側の表妙義と中木川を隔て北側の裏妙義に分けられている。
     表妙義白雲山は桜満開を迎え.裾は混雑が予想されていた。それ故裏妙義.丁須ノ頭より大遠見峠の稜を綴ることにした。

      地質
   妙義の地質は時代的には更新世前期〜鮮新世. 数10万年前〜数100万年前の古い溶岩,火砕岩,火砕流などの堆積物で,年月が経つにつれ
     土地全体の隆起と下刻侵食が進み.又侵食されなくとも岩石の風化が進んだ山となる。
     火山の原型を留め穂高岳など同様「超火山」と呼ばれている地質でアメリカのバイアスカルデラを代表とするコールドロンの残骸のある山。

   同じコールドロンの残骸のある山は荒船山.石鎚山などで耶馬渓や奥耶馬渓も含まれる。
     岩石の表面は凸凹や小さな穴が目立ち.全体的にがガサガサした感じがを抱かせていた。

     4月18日(sut).曇後晴
       jr上野高崎線5:43=7:27高崎信越本線:30=8:02終点横川.T氏S氏と合流・・変貌する信越本線

      改札口.8:06
   迎えて頂いたjr信越線の終点横川駅

      アプローチ
   自宅からjr上野駅まで歩み高崎線2番始発の列車で高崎へ。乗り換えで偶然K氏と合流.懐かしくなった信越本線に乗る。
     車内は学生で満ちる雰囲気の通学専用列車. 朝早くから車内は若いエネゲッシュな力でみなぎっている。
     この溢れるような満員列車も3つ.4つと駅を過ぎると吐き出さられるよう少なくなり.車内の乗客は数える人しか居なくなった。

   天気は晴天を予想している。帯状高気圧が近ずきつつあるも望む先は重い雲に覆われていた。
     車窓から望む妙義の奇峰群は朝霧漂う霞みの中に沈み.時折鋭峰の頭を覗かしている。今日はあの峰に立つ。

    赤岩を越え
       jr横川=8:15裏妙義国民宿舎:30一8:55小9:05一10:00小:10一10:30籠沢ノコル:40一10:50丁須ノ頭11:05
       一11:45赤岩トラバース一12:00赤岩.烏帽子岩の鞍部13:15.

    中木川籠沢口
   裏妙義国民宿舎前.9:01

   チロリアンシューズでよいかと電話のあったK氏も,T氏も谷急山(やきゅう)をピストンすると生き込んでいた。
     大地が暖かくなれば霞は切れ.綴る鋭峰と岩壁に視界が開かれるだろう。左岸沿いに妙義湖々畔を抜けると裏妙義国民宿舎前にでる。
     下山してから入浴する伝え.車を停めさせて頂いている。

   宿舎裏に軍艦岩がどっしり構えている。丁須ノ頭からの御殿支稜末端にあり.その先に籠沢のコルがあり.その頂を目指す。
     宿舎脇より籠沢に入ると若葉も燃える河原の森が広がりを見せていた。

    現れだした奇岩.奇搭群
    
    木戸を過ぎると大岩が転がり.聳える奇峰が現われる.9:23

      籠沢の小径
   雨上がりの青葉が清々しく程好い落葉のクッションは歩みを停めさせるほど心地よい。
     1ヶ月振りの山になる。若葉が木々に茂り始め.吸う空気も春の軽やかな兆しを嗅ぎ漂わしている。

      ヨシアブラ
   河原の茂みに1輪のヨシアブラがあった。草木の全く判らぬ私にK氏が教授する。50cm程の真っ直ぐ伸びた棘だけの茎。
     先端は大きな芽を膨らましている。誰でも一度見れば忘れられぬ形をしていた。タラの芽と同じ天婦羅にすると美味しいそうだ。
     一度試食できればよいのだが。

   谷間は次第に狭ばみ人より大きな石コロを幾つも絡み綴るようなる。大岩の積み重なれた沢状の山径. 踏まれているが薄い径。ブッシュが以外と多い。
     赤丸で示されたマーキングは思いのほか確り示され道標も整備されている。ただ枯れ藪に阻まれ悩む場所もある。

   奇岩.奇搭は形を変え現われる.10:28

   烏帽子沢を左へ分け二俣を右に入ると熊笹帯の河原状の斜面にでてコルへの径を失った。
     トップを歩むSは確りした径だが細くなり藪の中にに消えていた。後から歩む私の踏み跡は確りしているが。
     「ある筈だ!」と声を掛ける。でも無いものはなかった。この下でマーキングが2つに別れていた。旧ルートへ入ってしまったようだ。

    籠沢ノコル
   コルにでるツメのルンゼ.10:48

   山径というより踏み跡を探っての登り.ツメのルンゼ状の鎖場を越えれば籠沢のコルにでる。
     樹海が切れ明るい空を仰ぐと小さな鞍部にでた。南東は御殿岩稜で右支尾根も奇岩を連ねている。
     向かいは「あさお吊橋」からの尾根コースをも分けていた。

      丁須ノ頭
      
      頭の左下遠方に御殿が聳える赤岩寄りの下の写真コブから.11:25

   丁須ノ頭の南壁は籠沢源流にダイレクトに落ちている。そこを避けるよう時計と逆回りに半円以上を巻き込むと裏側から肩にでる。
     丁須ノ頭ツメの地形を調べてこなかった私にとっては驚きの巻き径が現れ詰めている。

   肩は支尾根のコルから御岳へ綴る主稜を乗り越えている。そして再び籠沢源流を覗むと西側にでた。
     横川鍵沢コースと合わさる鍵沢のコルにでている。左上には足元からの続く岩盤の上に丁須ノ頭が圧し聳える。
     丁須ノ頭はその北側から大きな岩盤の急斜面を鎖で登ればその基部にでた。

   薄陽が射し始め.モヤも時折薄れるが展望は今一つ。
     昨年秋に登った浅間隠山の遠望どころか浅間山.隣りに聳え構える表妙義の山陰さえ望めずにいた。裾のモヤは治まるも天上は雲の中だった。

    南西方面を臨む.霞む烏帽子岩と赤岩
  
頂線ルート図
    無名峰1057m.11:13

      頂稜
   西側の低い雑木に被われた無名峰1057mからは妙義.浅間の絶景がここでも望める筈だった。以外にガスは濃い。
     これから歩む頂の稜. 赤岩と烏帽子岩の奇峰が霞に頭だけを浮き上がらせ.墨絵の如く幻想的に望められた。

    丁須ノ頭の肩より遡った籠沢を覗く
   右のコブが赤岩への稜

    チムニー下降
   懸垂口.11:28

     ロープを頼りに岩溝を下降

      チムニー
   痩せ尾根の岩稜を進むと赤岩手前のコブ裏でチムニーにでる。立木混じりの岩稜は直ぐ最大のポイント.20mのチムニー。
     霞で深い谷はよく判らぬが鎖が真っ直ぐ落ち.半ば下がハング気味になっている。焦らなければ下れる場所である。
     時間は掛かるもゆっくり下れればよかった。小さなホールドは途中に少なくなるが上部は狭く体を反対の壁に添えば楽に下りられた。

    赤岩下のトラバース
   赤岩東面基部の桟橋と鎖.12:05

   赤岩南面に大きな1枚岩が落ちている。その基部に長い桟道とそれを繋げる鎖のトラバースがあった。
     上を向くと壁はややハング気味.確り固定され安心感はあるものの.やはり気持ちのよいものではない。
     足元がスパッと切れ落ちている。雨天ならばやらしい場所になろう。ここを越えれば今回の山行の難問は越すことになる。

    霞む表妙義山西面の稜と支尾根
  
    赤岩基部より烏帽子沢からの表妙義.(白雲山.天狗岳.相馬岳とバラ尾根から東岳.中之岳,).12:05

   烏帽子岩を臨み.12:11

   K先輩が腹が減ったと嘆きだす。早朝から体を動かし正午近くになっていた。
     広い場所を求め赤岩と烏帽子岩の鞍部.通称見晴と呼ばれている鞍部に陣取った。

   名称どうりここだけは藪もなく閉ざすもが何もない。眺望のよい所だがただ浅間山の雄大な山容は望められなかった。
     周りは朝方からまだ強い霞みに閉ざされている。足元も霞み.裾を回り込む信越自動車道の車の煌めきだけが反射し光輝いている。
     1012年02月の信越道からの妙義山

    大遠見峠を下る
      12:00赤岩.烏帽子岩の鞍部.大13:15一14:20大黒乗越沢,大遠見沢出合:35一15:05女道登山口
      一15:40国民宿舎.風呂16:20.
      赤岩直下南端.13:28
     細い陽溜まり溢れる見晴の尾根径だが? 一本取り昼食を摂る.

    足元は並木沢へ抉り鋭く落ちる側壁と裾を横切る.信越道が望まれる。

      大休止
   柔らかい陽射しを浴び.登山道を塞いでコンロを並べる。入山者の少ない山懐に居る。通う人もあるまいと。(単独者1名の通過あり)
     献立はカレーライス.直ぐ食べられる白飯が購入できず。コンロは3つあり.湯を沸かせば簡単のようだが実際は難問が続出する。

   まずコッヘルが小さ過ぎること。大きいものも持参したが不要と車に置いて来たのが失敗だった。
     初めてのこと.容器と加熱ご飯の容量に目測を間違え. 湯20分×2で飯を作る。更にレトルトカレーがある。

   ただこのメンバーは誰もが愚痴るより諦める方が早い。
     湯が沸けば飯のできる前にスープを飲み。主食のカレーもできた順に.終えればコーヒーと。小豆に動くSの食事は最後となる。

   今回は要領が悪かった。ただここには怠け者はいない。言葉は多いが直ぐ反応する者ばかりである。
     誰が一番器用かと問えば全員が咄嗟に手を上げるであろう。反省せねばと言えば頷き.芯があるのを我慢して食べてくれる仲間達である。
     焦ることはない。ゆっくり時間を使えばよい。それでも急かす仲間達.腹が減っては戦ができぬと。

   コーヒーを注ぐに漏斗がないと言えばT氏ヘットボトルを切り工夫するが.ゴボゴボと入れ過ぎ.脇から声がでる。湯を小さい食器に入れ替える。
     誰かが声を掛け.その都度頷く仲間がいる。コーヒーにはビスケットと言えばビスもでる。

     裏妙義核心の稜
   

   風穴尾根ノ頭より烏帽子岩,赤岩.丁須ノ頭(右真中の岩.虫メガネでT岩が覗ける).御殿.13:52
     三方境から谷急山に掛けての1/12.500地図を用意してきたものの.もう谷急山はP2へ行くことさえ暗黙に諦めていた。

   烏帽子岩の小峰を越えトラバースすれば風穴尾根ノ頭へでる。振り返ると最後の眺望となる岩峰群が臨まれた。
     まだ烏帽子岩.赤岩.丁須ノ頭の稜は霞が取れずにいた。暖かくなり春の霞に包まれる。

   ひと風吹けばモヤは飛び.鋭利な峰々の詳細が判る筈だが。暖かい陽射しはあるものの木々はまだ春の装いから遠ざかっている。
     低い峰だが風通しよい岩峰は直接季節風を受け.一度荒れれば直接烈風を受ける山だった。

    後半は長閑な散策へ
   P5.P6と谷急山.13:59

   風穴尾根ノ頭から杉に植林帯を抜ければ三方境へ。
     国民宿舎少し上流側から入る巡視路と入山川へ下る並木沢コースが横切っている。その先は踏み跡らしき外れた小径になっていた。

   穏やかになった尾根上は東側に檜の植林帯を迎え.右の雑木帯との境を造っていた。
     T氏に言わせるとせいぜい50年.檜は杉と違い育ちが遅いと。幹30cm位の檜

   そう云えば昨年の春.三頭山笹尾根で50年目を迎える杉の伐採を見ている。この倍近くはあった。
     木こりはそれでも環境が悪く育ちが悪いと嘆いていた。

   下ってそれ程立たず若葉が現われだす.14:14

      三方境
   その境に三方境があった。確りした道標はここ三方境で切れていた。右の西側は並木沢を下り入山川へ。
     殆どの人達はここから左に折れ.中木川へと風穴尾根南側沿いの中腹を絡める巡視道を使っている。

   南への頂稜は歩む人が少ないようだ。径は大遠見峠まで踏み跡を探るようなる。我々は大遠見峠.女道を下りたいと思っていた。
     昔碓氷には鉄砲と出女を取り締まるために関所があった頃.婦人用の間道として利用されたらしく.女道と呼ばれていた。

      大遠見峠
   更に進むと大遠見峠へでる。起伏の少ない平坦な窪地というより幅広い尾根の緩やかに流れる平原状にでた。
     分岐に女道を示す小さな古い木片があった。左へ折れ更に穏やかになる尾根を下っている。

   最上部に咲くアカヤシオツツジ

   やや青葉らしくなる.14:20

    山はまだ初春の風景
   緩やかな尾根を下る.14:26

     右手の大遠見沢を隔てる真南に延びる支尾根を回り込むよう尾根の窪地に入り込む。
   径らしくないが赤ペンキのマーキングは明瞭だった。

   春の陽溜まりを歩む.14:25







     落葉積もる女道


 
表妙義山を背に.14:2

   穏やかな窪地の斜面底は落葉の吹き溜まり水芯はない。足元をも潜らす深い落葉が径を失わしている。
     緩やかな傾斜に奇声を上げ何処でも歩める谷間だった。好む所を気侭に下ればよかった。足元から落葉が波となり.歩けば崩れ溝を作る。
     そして周りの落葉ができたばかりの溝を埋めていく。やや下ると視野一杯に新芽が吹きだしている。若葉が谷間を被い始めていた。

   20分ほど前までの頂稜はまだ枝々は芽を硬く閉ざし冬の兆しを残していた。それが歩み下るほど新緑の若葉が枝々に増し.
     谷間全体に緑が広がりだす。如何に頂稜は風が強いか.それに比べ東山腹を遮る防風林の役目を担っていた。
     ここは入山コースとは丸っきり違った谷を構成していた。遊ぶ心で爽快な下る径が続いている。

   被うようなった若葉

    谷急沢二俣
   大黒乗越沢,大遠見沢出合の岩盤で.14:46

      リンゴ
   先に河原を見て大黒乗越沢と大遠見沢の出合にでて1本.春走りの清流を見渡している。
     青葉が煌き水は冷たく長くは手を浸けられずにいる。それほど冷たい。

   皆がよい気分になる中.齧る1個のリンゴが悪かった。昨日購入した大きなリンゴに酢が入っていた。
     タオルで拭き取った綺麗なリンゴを割って唖然とする。誰が見ても古いリンゴ。色は焦り酢が入り食べられるものではない。
     昨日買ったのは本当の話である。仲間は信ずるだろうか? 値切ったと茶化され.私も騙されていた。

    谷急沢右岸
   この径は向いで途切れ本流へ下る.14:53

   谷急沢本流の沢沿いの径は荒れていた。ゴーロを隠す厚く被る落葉が曲者である。流心を見ては沢沿いの荒れた径を探し探し下る。
     右岸左岸と綴り.時折古い赤ペンキのマーキングがあり助かっている。谷急沢を渡り返し下り.右の尾根を越えれば林道にでる。

   落葉下に見えぬ岩がある.14:57

      ヤマビル
   途切れた径も落葉に埋まり見えぬ径が続く。T氏.Sが先を探り落葉を転がして行く。K氏がその落葉の裏に付くヒルを見付けた。
     5cm程のミミズのような痩せたヒルだった。動くヒルにゾッとする私。急に谷歩きに恐ろしさが増してきた。深い落葉の下に湿ったヒルの巣があった。

   下りの場合は登りより注意を要する。ミスすれば時間をロスする。4人の目は林道へと先を探る。
     そして右岸に埋まる巻き道を見付け小尾根(大黒乗越南から東へ延びる支尾根末端コブ手前)を越えた。中木川林道の女道登山口にでる。

    中木川本流
   右岸を走る中木川林道.妙義荒船線.15:38

   女道登山口.中木川本流にでてホッとし.未舗装の林道にでる。まず足元を見詰め.ズボンの裾を捲くり.ヒルがいないことを確かめた。
     今年は東丹沢に通い下山してからの慣習になっている。

   取付き口に藤岡女子高校生2名の慰霊碑があった。この先の星穴沢橋が表妙義星穴新道口で既に廃道化している。
     星穴岳は登山禁止の看板あり.整備が追い付かず危険で廃道とされていた。

   何時ものことだが山を下りると1つの山を終えた歓びと終えた安堵で程好い疲労を帯びる。その実感は林道にでてジワジワと現われた。
     疲れた足を引き摺るもその調和に心を和ませ.又新たな登行をも呼び起こしている。

   林道の谷間にはまだ午後の陽射しを斜めに受けている。枝木を隠し始めた緑深まる林道は日毎に若草色を増す。
     川沿いの流れに被う青葉の柔らかい色合いが心を癒し見る目を楽しましていた。

   入山時の籠沢ノコルと御殿
    15:40国民宿舎.風呂16:20=横川「峠の釜めし本店=17:15松井田妙義IC=東松山IC=18:45東武東上線若葉:57
    =19:39池袋=20:00jr御徒町.

   国民宿舎で体を流す。ややモっちりした透明な柔らかい湯,静かに湯船に手足を伸ばした。ゆっくり大の字に浸かれる贅沢さ。
     入湯料¥500.まとめてT氏が支払う。今綴りながら支払っていなかったことを思いだ出していた。

   湯上りを待つ間もなく信州大の学生達が湯殿に流れ込んできた。朝方擦れ違った野球部の部員達.
     ただ合宿だろうか? 遠征か? 何故信州から来たのだろう。ドッと入浴し聞く間もなく上がっていた。

   横川駅前の「峠の釜めし」本店にて.17:08

      横川
   6時まで入浴はできるものの日帰り風呂の欠点で食堂は終わっていた。jr横川駅前「峠の釜めし」本店へ出向く。
     木道造りの小さな古い店だった。国道沿いには大きなセンターがあるが我々にはこちらの方が似合ってる。

   「御握り」から「釜めし」に変わって昨年で50年になるそうだ。
     今日は碓氷文化鉄道村が10周年記念で入場無料.朝から駅前は混み会っていた。ビールを追加した。
     昨日我が家の夕食は炊き込みご飯.朝もその弁当を持参。誰が頼んだか「峠の釜めし」が私の前にも並ぶ。

   横川でK氏と別れ上信越自動車道へ。
     今日は土曜日.今月初めからETC使用で土.日の高速代が都外は一律¥1000になっている。それ故都境の東松山で下りた。
     そして何時ものコース.東上線若葉まで送って頂いた。便利な車に感謝.今回も池袋にでる。

      感謝
   OBになってから40年経ち.妙義の難場に仲間達の誤解があったと思われる。登ればどういうことのない山である。
     朝方の強いモヤは和らぐも霞み続けた山だった。終えて楽しかったと仲間達の顔が笑っていた。日帰りに変え全員で登れたことに感謝する。

   横川でK氏と別れた後.電話が入る。今列車の車窓から妙義山を見ている。楽しく終えて感謝と。
     もう数え切れぬほど一緒に山に出向いた先輩から.初めて間を空けず電話を頂いた。私は素晴らしい仲間を持っている。私こそ仲間達に感謝している。

   6月上旬.残雪あるうちに北信濃鳥甲山への2泊山行が決定。百名山を狙う広島の竹永氏も参加か?
     長い間の願望が1つ叶いそうだ。又計画を練るのに忙しくなる。

   Suicaは先月14日より首都圏エリアが拡大し信越本線高崎=横川間が利用可となる。

   高速道路有効活用・機能強化に関する法案・・平成22年(2010年)度までの2年間に導入する「生活対策」と
     「高速道路の有効活用・機能強化」の目的で約10年間継続する法律。

   炊事用水は2.000cc+1.000cc+500ccを携帯し2.500cc使用
   maxifresh.汗の匂いをカットするナノテクロジー肌着黒.ゴールドウィーン@2.900

     山の経歴.経過Top