北信州と東信州の山々
 北信州
   頚城山塊
    1966年08月. 妙高,火打山を横断し白馬三山へ・・女子合宿
   戸隠連峰
    2009年10月. 荒天で諦めた戸隠岳と秋空の高妻山
    2015年05月. 長野中条「新津邸」と奥裾花自然園.高瀬川左岸道
 奥信濃
   関田山脈
    1962~2009年,戸狩スキー場,五荷民宿21番荘・・スキー技術山行
    2015年02月. 戸狩「新メーブルハイム」と鬼ブナの森・・OB親睦会
   千曲川対岸
    1970年01月. 野沢.中尾の宿
   岩菅山
    2016年05月. 高天ケ原スキー場からアライタ沢源流を周回し聖平上へ
 上信国境
    西上州周辺Top
   ・・上信越国境周辺と北.東信濃から浅間山周辺
 奥信越
   苗場山
    2007年07月. 三国街道祓川.和田小屋から苗場山
    2015年06月. 奥信濃.小赤沢から苗場山・・途中下山
   鳥甲山
    2009年06月. 草津の里山石尊山と鳥甲山・・上信越自然歩道 
   白砂山
    2012年06月. ハンノキ沢を囲む尾根を周回―堂岩山から白砂山ピストン
 東信州
   上信国境と四阿山周辺Top・・草津温泉と北軽沢を起点に

 奥秩父山脈
   金峰山を中心に西部周辺の山々Top

夏合宿Ⅱ. 妙高連峰・白馬三山と朝日岳
                        夏合宿Top 飛騨山脈Top

素朴な信濃路と北アルプス北部
ある反乱と女子パーティ.の途中下山

松代地震
ビバーク調査1.2

変貌する信越本線

            陽炎に揺れる妙高岳 .
                北信の山.妙高と白馬三山
                   s41年(1966年)08月02日~14日
                                          夏合宿Ⅱ.1.燕温泉から妙高連峰を越え
                                          夏合宿Ⅱ.2.猿倉から白馬三山
                                          夏合宿Ⅱ.3.白馬乗鞍岳から小糸川.アケビ平
      女子夏合宿
   合宿が増え強制参加を原則としている今日.行けそうで行き難いアルプスを中心とした中部地方全域を夏合宿に決定した。
     しかし.アルプスルも人の多い本峰を出来るだけ避け.静かな前衛の山を主として.各々のパーティが2種類の異なった山域を歩き.
     その相違を感じ取り.後半は全パーティが北アルプスに入るよう計画が練られた。

   分散縦走形式を取り.我々学生の時間的特権を利用し.日数的には男子20日.女子12日間に至る.今までにない長期なものとなる。
     男子3.女子2パーティ.で4コース3とし.女子パーティは中部を横断するべく妙高連峰.北アルプス白馬岳周辺で行われた。西村記

      Aパーティー 
      B  〃 
      C  〃 
      D  〃 
      E  〃 

      A・Bパーティ
L割田. 妙高山一白馬三山一朝日岳
L狐崎.       〃
L西村. 光岳一聖岳一三俣岳一薬師岳
L根岸. 苗場一野反湖一唐松岳一剣岳
L竹永. 越百山一木曾駒一針ノ木岳一立山

燕温泉―妙高山―火打山―小谷温泉=信濃四谷
白馬鑓ヶ岳―白馬岳―白馬大池―蓮華温泉―七本かつら(雪倉.朝日岳を断念,途中下山,)=集中地アケビ平

L割田秀人(3).sL松村進.m野中輝子(2).関美枝子.大高淑子.加茂京子(1)
L狐崎雄二.sL保坂多恵子(3).m鈴木輝雄.松本弘美(2).池田千鶴子.岡本あき子.高木泉(1)


8月02日
3日
4日

5日
6日
7日
8日
9日
10日
11日
12日
13日
14日
上野=
田口=燕温泉―妙高山―長助ノ池c
c02.停滞
c03―高谷池⇔火打山.―真川c
c04―乙見山峠―小谷温泉c
c05=信濃四谷=猿倉―三次郎沢枝沢c
c06―白馬鑓ヶ岳―白馬岳c
c07―白馬大池c.野宿.(雪倉岳.朝日岳を断念途中下山)
c08⇔白馬乗鞍岳.―蓮華温泉c.野宿
c09,停滞
c10―七本カヅラ=湯川内―集中地アケビ平bc1.2
c11,
c12―湯川内=糸魚川=新宿
     8月02日.上野(蜜70%)信越本線22:58=

   変貌する信越本線. 碓氷峠がアプト式から電化に
     信越本線の横川=軽井沢間は通称「碓氷線」と呼ばれ.日本一の急勾配があったことから鉄道技術の粋が集められている。

   アプト式に変わって粘着方式による高性能電気機関車を開発し.s36年に碓氷峠の新線工事が着工。
     ルートは新設.あるいは一部変更と複線化している。

   s38年にアプト式は廃止され.アプト線を一部改修してs41(1966)年夏に複線化工事が完成
   
s40年12月.上野=長野=戸狩・・戸狩スキー冬合宿Ⅰ
   
s41年08月.往路上野=田口・・妙高.白馬.夏合Ⅱ
   
s41年09月.上野.信越北陸本線=富山・・剣岳東面の尾根と谷
   
s41年12月.上野=長野=戸狩・・戸狩スキー冬合宿Ⅱ
   
s42年04月.複路八千穂=小諸=上野・・新人養成合宿Ⅲ偵察で北八.春の森と湖
   
s42年08月.往路上野.信越北陸本線=富山・・立山.南沢岳.大喰岳
     その後
   高度経済成長により碓氷線の線路容量は更に限界に近づき.再度輸送力増強が急務となる。 
     重連の機関車から電車に変わるも,「全電動車方式」はs43年に量産決定され.10月から急行「妙高」「信州」に投入された。
   
s43年01月.往路上野=小諸=松原湖・・北八.冬の森と湖
   
s44年01月.上野=長野=戸狩・・戸狩スキー冬合宿Ⅳ
   s44年07月.上野.信越北陸本線=富山・・剣岳早月尾根
   
s45年01月.複路野沢=上野・・野沢,中尾の宿
   
s47年02月.上野=上田・・菅平.根子岳ツァー
   s50年10月28日早朝.新線で最大の脱線転落事故が起きる。
     アプト式鉄道に始まる信越本線碓氷峠は急勾配への挑戦であると同時.熊ノ平の土砂災害など度重なる災害.事故との戦いでもあり。
     国鉄は莫大な資金と技術力を投入して.輸送力増強を行ってきたのが信越本線.碓氷線。

   s62年04月.国鉄分割民営化によりjr東日本旅客鉄道へ
   
h21年04月.往路jr上野=終点横川・・奇岩を越える裏妙義山
     途切れた信越本線
   

 
               ギヤーの付いた車輪 
     jr横川駅向かいが碓氷峠. 裏妙義山から下山し信越本線のレール止めを撮影.右は滝島氏撮影.2009.04

     信越本線
   1989年に高崎~軽井沢間がミニ新幹線として着工されたが長野オリンピックの開催が決定し.1997年フル規格として長野新幹線が開通する。
     又北陸新幹線として長野駅以遠の延長を含め.形態は異周波数の電源を突き合わせた形になっていた。

   開業と同時に並行在来線にあたる歴史的に重要な信越本線は膨大な維持費に苦慮し碓氷線を第三セクター鉄道などに転換されることなく.
     「昭和」の年号と共にh元年(1997年)09月に廃止された。
     長野新幹線の開業により信越本線は横川~篠ノ井間が途切れ.二つの区間に分割され直通の形態は失われた。

   代替交通機関としては「JRバス関東」による碓氷線の運行が始まり.軽井沢~篠ノ井間はJR東日本から移管され「しなの鉄道」として開業。
     運転系統としては.しなの鉄道線は軽井沢~篠ノ井~信越本線長野間を運行する。

   碓氷線の廃線で残された碓氷線鉄道施設は近代化遺産として.国重要文化財に指定された。
     又駅に近接してテーマパーク「碓氷峠鉄道文化むら」が開園. 2009年04月.奇峰の裏妙義山の往路JR上野=横川.

   鉄道の三大勾配は信越線の碓氷峠.奥羽線の板谷峠.山陽線の瀬野八を指す。碓氷峠は上信国境で車でも難路.「峠の釜めし」でも知られ.
     長野新幹線の開通とともに廃線に。板谷峠は奥羽山脈.吾妻連峰を四駅連続のスイッチバックで越えた難所。
     こちらは「峠の力餅」だが.こちらも山形新幹線で昔の面影はない。

   また瀬野八とは山陽本線の瀬野と八本松間にある大山峠のことだが.名たる山脈があるわけでもなく広島市の郊外区間で.
     「西の箱根」との異名を持っている。それぞれの区間では特別の補助機関車が投入され連結されていた。

      妙高山
   妙高山は日本百名山.頚城三山
     頸城山塊は関川以西.姫川以東の信州と越後との境に連なる山域の総称で主要な火打山.妙高山.新潟焼山は「頸城三山」と呼ばれている。
     北信五岳とは信州北信地方から越後にまたがり長野盆地から望める飯縄山.戸隠山.黒姫山.妙高山.斑尾山の5つの独立峰の総称。

   又越後富士とも称されている名山。
     越後南西部に位置する標高2454mの複式火山で活火山に指定され.上信越高原国立公園に属する信仰の山。

    燕温泉→笹ヶ峰
   妙高山の概念図
     8月03日.小雨後曇.燕温泉へ.7:30田口8:30.川中島バス¥70+35=9:05燕温泉

   松代地震の為.信越本線田口駅に遅れること45分.列車は長野を過ぎると小刻みに停まったている。
     駅舎前発の乗合バスは駅前の大通りを真直ぐ進み.関川から離れ左手に曲がり気味に丘陵を登って行く。
     車窓から広々した裾野が広がり.どんよりした重い雨雲が丘陵を覆い.今にも雨が降りだすような空模様なっている。

   人通りの少ない赤倉の軒下を潜ると赤倉のスキー場のゲレンデが目の前に広く現われた。
     景色はオフのせいか.それとも重い雨雲のに覆われている為か.活気を失った侘しい温泉街の中をを抜けた。

    高度を上げ闇見峠を越えると景色は一変する。右手に深い谷間がはびこみ.乗合バスはその樹海を切り抜けて行く。
     そして夏場には目立たぬ関温泉の家並が狭い台地に軒並を寄せ合せていた。小陣まりとした集落を創り上げている。
     スキーのメッカと云われる温泉にしては.オフのせいか余りにも寂く.吾妻五色温泉に似てか? 懐かしくも思われた。

      松代地震
   松代群発地震は長野県埴科群松代町付近で1965年(s40年)08月から約5年半もの間続いた世界的にも稀な長期間にわたる群発地震。
     震源地は皆神山付近.最大の地震はM5.4。当日03日は松代で震度5.長野では4.

   燕温泉―妙高山―長助ノ池1.2.
  妙高山から火打山

  妙高山頂

  山頂より目差す白馬岳
鈴木がトップで2パーティの列     ,
     燕温泉一長助ノ池c1.2
       燕温泉9:20一10:00小:13一10:55胸突八丁一11:55小11:05一11:36大12:25一13:14小:25
       一13:50天狗平14:36一15:25小:39一17:05妙高山:25一18:55長助ノ池c1.2

      崩れた天気
   赤倉を抜け.終点のバス停,.温泉の玄関口から燕本道り入らず.登山道は街の南側を回り込み北地獄谷左岸の高みを詰めている。
     降りた途端.気にしていた雨がポツリポツリと落ちてきた。街並から外れると雨は本降りとなり.視界は閉ざされガスに包まれる。

   その為.ゴーロ状の沢径は一層視野を狭め.胸突八丁に掛かった時はモヤで数m先も見えなくなっている。
     乳白色のモヤに吸い込まれてしまいそうだった。初めての女子パーティ.ペースは上がらず幾度も足止めさせられている。

      松代地震
   霧雨が落ち付くと八丁の急斜面に差し掛かった所で地震に出遭う。丁度手は岩を攀じる岩場で地震は起きている。
     急に足元が揺らぎ.急斜面の壁は眼面に揺れ.一瞬眼と岩肌のピントが合わなくなり.分からなくなっていた。
     視界は全体が黒い壁に被われたように見えた。何が何だか分からなかった。

   揺れが終わり視力のボケが収まって.初めて地震だと知る。
     間近過ぎる急な壁径に.足元と眼前からの揺れが連動せず.頭の中では発想できなぬ現象に導いかれていたようだ。
     この所.松代の群発地震が暫し起きている。山で出遇わすとは。


     池塘がある天狗の庭

      天狗平天幕地
   午後を回り天狗平にでる。今までの濃霧で覆っていた岳からガスが谷間へ降り始めると.嘘のよう霧粒は消え.切れ目を広げるよう陽が射しだした。
     今日の予定した幕営地.天狗平に着く。整理体操まで済み寛ぐが水場がなく.新鮮な清い水を手に入れることはできなかった。

   湿原の池塘を利用することは先輩に無視されている。水探しに50分も費やし時間をロスする。
     8月に入ると天狗平には残雪や湧水はなく.水を求め.予想に反し再び遅い出発をせねばならなかった。
     もうザックを背負うこと自体が一年女子には気力を失わしていた。況して女子パーティである。リーダーは何を考えているいるのだろうか?

   ペースは更に落ちる。幕営を中止し.再びの登行は男子でも気力が極端に落ち込ぬだろう。目的地は何処? 
     コンロの数も十分あり.沸騰させるだけの灯油も入山日.十分過ぎるほど担いできた。何時,目的地に着く着くのだろうか?
     だらだら山道を惰性で登り詰め.鎖場にでる。足踏みする時間だけが過ぎ.先の時間が読めなくなっていた。

     妙高山
   漸く頂直下にでた。ここは典型的な外輪山を築き,奥の山々はまだかなりの残雪が望まれる。
     そして頂はまだ明るい陽差しを浴びていた。焼山.火打山が手に取るよう間近に迫り.目指す北アルプスも姫川を隔て遠望できている。

   頂付近,残雪はあるも.当てにしていた水も得られず。水を作らず今度は長助ノ池に向い下りだす。
     リーダーはここでも何を考えているのだろうか? このペースで下れるだろうか? 女子一年生の崩れゆく姿が目の前に浮んでいる。
     雪解け水にを煮沸消毒すれば水はあるが?

      長助池へ
   先頭に立つ私に.ただ進めと言葉を云うのみ。如何するのか聞くも無視されている。サブとしてリーダーに従うしかなかった。
     岳樺の大樹を潜り.急斜面は根元に足を取られ.上手くペースも上げられぬ間々.メンバーの疲労は甚だしく悪くなる。

   特に一年生は歩く限界に近づいていた。目的のテント場が使えず山越えをしている。それも初日の入山日に。
     山慣れ以前に整理体操も終え.気が抜け落ち,女子には悲惨な行動となった。その上.道が悪い。曲根の急斜面に枝.岩を掴んでの下りが続く。

   私と鈴木は先の幕営地.長助ノ池に下る。設営の準備をする為だった。ぼんぼん下る。
     どんどん下るが全然高度が下がらないよう思えた。先はまだまだ長い。
     そして漸く沢沿いに辿り着き腰を降ろしたら.今度は帳が気に掛かりだす。休む間もなく.更に急ぎ長助池に下る。

   湿地帯の整地に時間を費やし.漸く幕営を終えた時.黄昏は帳を迎え.日はとっぷり落ちた。
     焦る気に時間だけがドンドン過ぎて行く。迎えに行かねばと。

      夜径
   一行に出会った時.泣き崩れるばかりの下級生の顔が.幾つもエレキの光に現れた。無言の彼女達.
     ふらふらの足取りで.げっそり疲労を増している。長い実働に下る径も急で険しかった。

   掛け声や励ましの声もなかった。ただ誰もが黙々と先に釣られるよう歩んでいる。
     特に一年大高は捻挫を起こし.出会った時は一歩も動こうとしなかった。初日の行動としては女子でなくとも余りにも酷過ぎる。

   彼女達をなだめ焦らず歩かせるしかない。夜径に根が這いの上り勾配はややキツい。
     彼女達のエレキは惰性の如く空に動き回り.照明が足元に定まっていなかった。鈴木と最後を受け持ち.ゆっくり焦らず歩かせるしかない。

   大高は私が背負うこととする。ザックは鈴木に任せる。先輩達は誰も意見を述べず.沈黙を守り続け.鈴木と独断行動をとることにした。
     根の張った闇の下り径. 背負った身.自分のヘッドライトは役立たず.鈴木のエレキに照らされ導かれ長助池へ下る。

   急な根曲りの折は段違いの浮く径で.一歩一歩に2人の体重が掛かり.膝を重く折る。
     その重さときたら,背負いずらさも加わって.持ち上げるのに甚だく力がいた。余分な思考も考えず馬力のみがいた。
     この下りで3時間半を費やしていた。
                                            全員到着20:30.消燈23:00
                                            全行動時間9:35.実働時間6:52
   オホーツク海低気圧が南下した為.前線が太平洋沿岸に横たわり雲多くなる。
     8時頃,寒冷前線の通過で1時間程.小雨に見舞われた。
     又天狗平に出るまでの北側の谷は.暖かい大地にオホーツク海高気圧の冷たい風が吹き込み.霧一面に発生する。

     07:00. 曇
     08:00. 田口.雨
     09:00. 一時ガス切れ雨上がる.Wは雲1つない青空
     12:25. 濃霧.15m前後
     13:25. 濃霧,胸突き八丁
     13:50. 霧.天狗平


      8月04日快晴.完全停滞
   , 妙高山を振り返る

   静かな湿原で憩う

      完全停滞
   2日目にして停滞日を取る。起床7:00.消燈18:00
     昨日の長い一日が終わりよく寝むった。目覚めは皆すこぶる良い。又昼寝も心地よかった。回復は食べて寝るに限る。

   沢の水が午前中は止まり.午後になると流れ出すことから残り少ない残雪が溶水していると思われる。
     8月中旬には枯れる恐れがあり.

   日本海にある高気圧が5ミリバールほど成長し.太平洋岸の前線は弱まる。
     前線の影響はなくなり晴天に.地域的には北高南低の気圧配置になっており.北風が吹き付けていた。

   長助ノ池は三方山に囲まれている為.弱い東(谷)風が吹き.昼間は風力0に近い。
     ただ気掛かりはマリアナ諸島を北進中の熱低が台風10号に成長。


      長助ノ池一高谷池⇔火打山.一笹ノ峰牧場3
黒沢ヒュッテへ.        .
   8月05日晴.起床1:50
      長助ノ池Ts2. 4:00一4:50小5:00一5:45黒沢池6:00一6:55高谷池7:23⇔8:31小:35一8:52火打山9:20.
       一10:08高谷池10:50一11:47小12:00一12:40黒沢13:00一13:33笹ヶ峰14:46一15:16真川c3
.

                         黒沢湿原
       黒沢池の湿原
      朝の湿原
   4時.明け方のエレキを頼りに最高峰,火打山に向かう。
     次第にモルゲンロードに照らされ.かろやかな色合いを現わす主峰と山肌.又外輪山も浮き上がらし始めていた。

   足元の湿原は今だ闇に包まれ間々.暗いと云うより暗黙さを漂わしている。
     そして時間の流れに同調し.刻一刻と闇の窪地は消え.白みを帯びた池塘が水面にも.渋いきらめきを取り戻し始めていた。

   それらの光は四方へ飛び散った。闇の草原は緑の草地へと移り変わろうとしていた。柔らかい明るみが漂いだしている。
     湿原一杯に明るさがみなぎると.水面にも朝陽を迎えるようなる。


   大倉乗越を越すと穏やかな赤土の下りになった。昼なを日照りを遮る樹林が窪地の山道を濡らし滑り易い。
     黒沢ヒュッテから火打山をピストンした。黒沢池を左手に分け北側を横切り.這松帯から小コブの茶臼山2017mを越える。

   頚城山塊はコースの選び方によって.東北を思わす山並を縮少したような緩やかな起伏の山並が続きく。
     湿原あり.お花畑に残雪があり.登るにつれ山は大らかさを増していた。

        火打山.後は焼山
                      黒沢上部より.         ,
    火打山
    火打直下の草原
     火打山の大きなケルンの脇にあるは三等三角点標石.標高は2461.77m.基準点は「火打山」.

   樹林帯を抜け高谷池にでると正面に火打山を見ながら小さな丘を越す。するとお花畑にでて.まもなく天狗の庭にでた。 
     この高層台地からは天狗の庭が更にはび込むよう広がり.南面には緩やかな傾斜の大斜面が広がっている。
     反面北側は比対称山稜を築いていた。その西隣りの火打岳2461.2mが雄大な高みを持ち望まれた。

   回想に更けながら歩いていると.見ているもの全てが東北の山々に似てくるのも面白い。
     南八幡平.千寿ヶ原に似た黒沢池.高谷池の高谷。火打は女目池から覗む秋田駒に.そして妙高が岩手山の地獄谷へと。

   紺碧の天空が仰がれた北アルプスはここから見る限り.まだまだ多くの残雪を抱き.見事なまでの鋭峰を築き聳え.早く来いと我々を呼んでいた。
     右手の尾根に取り付き.這松を掻き分けながら登るとガラ場にでた。ここから頂はもう直ぐだった。
     頂上直下.素晴らしいお花畑に囲まれ陽射しは強い。1本取り飲むカルピスも旨かった。

   火打山は又.新潟唯一の活火山と云われる焼山を従い.その先遠く彼方に海岸線が望まれた。平野は糸魚川の白洲地帯のようだ。
     集中地.アケビ平は糸魚川の何処の辺になろうか?

   火打山.山頂より焼山が頭をだす

   小糸川を隔てた白馬三岳

                   黒沢
             火打ピストン.黒沢への戻り妙高山

  黒沢→真川

    笹ケ峰.真川の河原に幕営

      真川Tsへ
   高谷池からの下りは稜線沿いに降りた。早速ボッカの身になり黒沢へ下る。
     黒沢岳を巻くと富士見平にでて.樹間から戸隠.黒姫山が頭を覗きだす。山径は十二曲りの急なジグザクの下りになる。る
   滑り易い落葉が付く石ころの径。気を付け慌てず.急ぐと水音が聞こえて丸木橋にでた。突如として真川の河原にでた。
     オオスズメバチがブンブン唸っている。平坦なトチ.ブナの林道を抜けると広大な芝の原が広がりを見せていた。

   車道.笹ノ峰牧場. 国民休暇村は莫大な数のテントが張られていた。夏のシーズンでも,よくもこんなに人が集まると感心する程多い。
     林間学校らしいグループが幾つも見られた。我々は休暇村から西側に少し離れ.木々の密集する真川の河原に天張った。

                                       全行動時間10:46.実働時間7:23
      悩み・・自覚
   夕食後.リーダー2人は何処かへ出掛けて行った。その間に同期.鈴木.松本.野中に先輩保坂嬢を交え.先の行程を考える。
     コースではない。如何に一年生を登らせるか。全てが荷を含め.1年生の御前立てだけで山を越えてきた。

   当の1年生は入部から女子勧誘と云う飾られた言葉に乗せられてきた。嫌なら部を辞めなければよいと執行部は軽く考えている。
     それ故云わなければ何も出来ない一年生が生まれている。

   トト子さんは意外と冷静に言葉を選び語りだす。彼女は常にきつく感情的な人だと聞かされていた。
     私は女子パーティに無関心だったのは確かである。それが参加させた理由らしい。4年生からの指図で.初めて女子パーティに加わっている。

   この山行で初めて男子上級生の甘えとエゴが強く出ているのに気が付く。男子パーティでは通じないから.女子パーティのリーダーになるでは困る。
   1つの山を終えようとしているのに顧みることなく.「済んだことだ!」と終わらす訳には行かなかった。

   再び白馬の山に入る。言葉でなく行動で示せば皆付いてくる。自分に自信がないなら.後輩を利用すればよいでは先は進まない。
     全てが惰性と如何にかなるという安易な考えは,一年生にとって不安でたまらない筈である。

   明日から皆で行動を変えるようにした。今まで以上に言葉を掛け.1人.1人に自覚を持たらせることにした。
     今まで以上に時間は掛かるだろう。皆で我慢し自分のことは自分でする。自分の役割を覚え考えてもらう。

   当たり前のことだが気持ちを変えさせるのは大変だ。焦らず.連れて行ってもらうのではなく.共にで登ろうと。
     「がんばれ!」一年生。掛け声も多く掛けるよう心掛ける。絶対返す言葉が戻ると信じ。

     星空になる。頭上は無数の星群が煌めき.幾つも幾つも流れ星が落ちて来た。

   12時の天気図ではオホーツク海高気圧が等圧線を緩め.日本海の移動性高気圧も衰える。
     満州から日本海に気圧の谷が走っている。そして日本海にも前線が東西へ延びだしていた。
     北方の低気圧と南方の台風にちょうど挟まれ.本土を気圧の峰が延びている。雲量も少なく今日も晴天が続く。


     06:25. 晴.微風.ウロコ雲一面に覆う
     07:25. 快晴.雲量3.巻雲.高谷池
     08:25. 快晴.雲量1.薄曇

     16:50. 快晴.雲量1.中層雲が現れる

      笹ヶ峰―乙見山峠―小谷温泉4
    笹ヶ峰.真川→小谷温泉

   8月06日快晴.起床3:00.
     真川Ts3. 4:58一5:37小:45一6:30飯場:40一7:22小:35一7:38(引き返す)
     一7:50新橋一8:22沢:34一9:15大:55一10:17乙見山峠一10:55沢11:05一12:09小:20一12:33小谷温泉c4

   昨日のコース選定の間違いから渡渉せねばならなくなった。だが真川の渡渉を断念する。
     そして杉野沢橋を渡り.真川沿いの対岸飯場にでる。目で見える対岸まで迂回するのに1時間半強費やした。

   広葉樹の巨樹が林道に陰を落とし.束の間の通過に安らぐも.強い陽射しが路上に照り付けている。
     僕はこの道を集中地でのスタンツを考えつつ歩む。

   飯場から15分程して右手に折れ.赤尾岳の小径に入いる。
     裾野を巻く藪径は再び林道を抜けていた。真新しい人気のない杉野沢林道に至る。

   まだよく踏み固められていない林道はカリマ沢を渡って行き止まり.道脇には工事用機材が点々と置かれていた。
     先に進めぬ道.仕方なくまた戻り.ニグロ川に下る小径を探し当てている。

   沢沿いのブナ樹林.源流を離れジグザグのつづら径が続いていた。
     低地に入り尚更うだるような暑さ。ペースは上がらず.だるさばかり増し.テントの荷が骨の粋までよく食い込んだ。
     這うようなペースで1時間. 立ち踏みし立った間々.荷を背負う心境が続いている。

撤収.真川対岸   
    小谷温泉へ
   日陰に寄り添う乙見山峠

      乙見山峠
   思っていたより狭い峠. 乙見山峠を横切る林道は樹林に囲まれていた。北側から覆い被さるブナ林は山をトラバースする突起のようだった。
     細い一本径を塞ぎ大休止した。飯盒から食器に別けた米の上に干ダラの片を乗せ.水を掛ければできあがる。
     干タラだけでは塩っぱく食べられたものではないが.定番の水掛けは早く粗末なご馳走だが以外に美味かった。

   ジヅザグをグングン下ると松尾川の沢音が近づき.やがて対岸は平坦な山腹道になる。
     土砂に押し流されたような右岸の小径.不意に林道は妙高小谷林道に変わり道幅も広くなった。

   雨飾山登山道を右に分けると中谷川下流にへばり付く小谷の温泉群が見えだしている。
     近そうに見えた小谷の宿は以外と渋とく.見えてからの林道は長く.ウネリも長かった。

      小谷の湯
   小谷温泉は雨飾山を源流とし姫川に流れ,ここ中谷川上流の急峻な地形に立地している。
     「山田旅館」と「栃の樹亭」の2軒の宿があり雨飾山南麓にある。信玄の隠し湯として愛される山峡の秘湯.
     400年を超す歴史を持つ古い湯治湯として親しまれていた。小谷温泉山田旅館前に川中島バスのバス停ある。

      山田旅館
   木造3階建ての山田旅館の主は我が大学の先輩でもあ.今日入山以来,初めて風呂に浸かさせて頂いた。それも温泉に。
     湯気が立ち込める高い天井の浴殿は広い。又湯気と薄く暗さが丁度よい塩梅を抱かさせ古の風情を漂わさせている。

   湯殿に深く沈み込む。淡い少し混ざりのあるような透明度.見た目より柔らかい湯だった。
     泉質はナトリウム炭酸塩泉で疲労回復に効果があるそうだ。1つの山越えを終えた。明日は又白馬の山に挑む。
                                         全行程時間7:35.実働時間5:32.

   谷が深い為.ラジオ感度悪く電波入らず。北部は昨日同様に低気圧帯に入っている。
     太平洋方面は台風12の為.小笠原高気圧は完全に退くと思われるが.勢力は留めていた。
     天気配置はその間々崩れず晴天が続く模様。


   ここで2パーティを総括するリーダーが狐崎先輩より割田先輩に交代か? ここでもサブの僕と保坂嬢には無言で伝わっている。
     2週間も何のための準備会だったのだろう。翌日に全メンバーに伝言することもなく.リーダー2人のみが知る行動が始まった。
     入山以来パーティは同一行動を取っている。


      小谷温泉
   昔.ドイツで開かれた温泉博覧会に内務省より日本を代表する四大温泉(別府・登別・草津・小谷)の一つとして出湯されている。
     現在は江戸時代に建築された本館をはじめ.七棟が有形文化財の指定を受けていた。2010.08.

   1995年7月11~12日.長野県北安曇郡小谷村をはじめとする長野県北部地域に豪雨が発生した。
     同地域では約1年後の1996年6月24~26日にも大規模な被害をもたらした。
     雨飾山流域は上流土砂で崩壊.中谷川全体が土石流に被われた。

     夏合宿Ⅱ.1.燕温泉から妙高山群を越え
     夏合宿Ⅱ.2.猿倉から白馬三山
     夏合宿Ⅱ.3.白馬乗鞍岳から下山.アケビ平