読売新道3・・上廊下の二俣.奥黒部ヒュッテから黒部川を下り黒四ダムへ
     奥黒部ヒュッテから幾つもの大掛かりな桟橋を架け渡り.懐かしい平ノ渡しへ―黒部川左岸道から黒四ダム

    新穂高温泉一鏡平一三俣蓮華岳一水晶小屋
    水晶小屋一読売新道一奥黒部ヒュッテ
    奥黒部ヒュッテ一平渡し一黒四ダム・・大桟橋と余りにも変貌し過ぎた左岸のダムサイド

   奥黒部ヒュッテ前広場で.8月22日15:30

      奥黒部ヒュッテ
   上廊下と東沢谷の出合の河原のキャンプ場は読売新道末端にある奥黒部ヒュッテはブナの香り漂う澄んだ森の中。
     木洩れ日の高木が山苔を育て.苔は大地をつかさどる樹林や岩にたっぷり湿り気を含ませている。
     ヒュッテの庭先には清水が流れ込み.汗を掻き苦労して下りて来た我々に素晴らしいオアシスを与えてくれている。

   小屋番と最初に会ったのは玄関前だった。脇の倒木に腰を降ろし煙草を吸いながら,近ずく選挙の解説をラジオを通し聞きながら迎えられた。
     30日は衆議院選挙. 言葉数の少ない人のようだ。今.風呂を沸かしていが単独者2名が先に着き.順番は3番目.まだ時間が掛かると。

   缶ビール500cc.@800を購入し.木漏れのベンチで互に無事の下山を祝杯を上げた。喉通しはこの上もなくよい。
     高木を通り抜ける風と緑濃い森を抜ける大気に枝の葉を微かに揺れ動かしている。又森深く心に染み付く空気が美味い。ビールと共に一杯吸い込む。

   玄関から右奥の突き当たりの右側に風呂場がある。湯船は1人入れば一杯になる大きさ。
     それに比べ湯殿のは広い。5倍はあり.色ずむ隅の方も綺麗に掃除されている。

   左腿を下山途中でぶつけている。腫れぬよう左足を上げての無作法な入浴になった。
     全身で浸かろうと考えたが明日を思い我慢する。それでも体を沈めると何とも言えぬ心地よさが伝わってきた。疲れがドッと抜けていく。

   部屋は2階.「針ノ木」と名指ざされた部屋に通された。6人部屋に3人.布団も山小屋と言うより民宿に近く.ゆとりがあり贅沢さがある。
     窓を開けた方向は玄関の丁度上. 土間から直ぐ階段をコの字に登ったことになる。又山から登山者が下りて来た。
     今日はウィスキーを含みながら登山者を迎える側に回っていた。結局10人が宿る。5室.個室なし40名. 2食付¥8800

   宿泊する1人は今日上廊下を遡行する筈だったクライマーだった。増水で小屋に停滞(4人p)し.明日の機を待っている。(2人p)。
     上廊下を遡り薬師沢小屋にでる。昨晩,今朝と岩魚釣行にでて各々30匹程釣り上げ.戻り小屋に譲ったらしい。
     その岩魚が夕食にでると思っていた。

   予約の折.室堂連絡所の人が食事は即席を作らず.岩魚が食膳にでると話してくれていた。
     今日は小屋番の機嫌が悪いらしい。食膳の写真を撮るよう妻に勧められたが諦める。
     岩魚釣りの餌はイクラ。何処でも面白いほど釣れるらしい。30分ひと淵で5.6匹.ダム上の為漁業権なく入渓料はなし。

    8月23日快晴. 奥黒部ヒュッテ一黒四ダム
      奥黒部ヒュッテh3. 6:55一7:35小:50一8:35小:45一9:00針ノ木谷.船着場10:20.
      →黒部湖地形図 黒部川流域概念図

    奥黒部ヒュッテから東沢出合上流側の丸太橋
     東沢出合出合.6:57

   平ノ渡場,10時20分発の渡し船に間に合うよう余裕を持ち2時間のところ7時に小屋をでている。
     東沢出合の河原には丸太橋が架かり.渡ると黒部川の右岸沿いの桟橋の径を綴る。

    幾つも続く桟橋や長い丸太階段
   枝沢を大きく迂回させる桟橋.7:19

   南沢尾根の西に延びる各支尾根を挟む枝沢が湖岸に幾つも入り.右岸道行く先々に変化をもたらしていた。
     各支流は黒部川へ厳しい高度を持ち没している。その都度.出合に架かる丸太道を高巻くことになる。
     桟道.丸太橋のアスレッチのような桟橋が続いている。

     黒部湖最上部.7:58

   30分程歩いて黒部湖末端にでる。水平歩道なるもその先にも大きく構えた桟道が構えている。7:53
     ジグザクに造られた丸太の階段と桟道は登ったと思うも高い階段を同じ高度まで降りることになる。
     丸太の間からは波立つ白い河原に流れるコバルトブルーの清流が清々しく覗き込めた。

   南沢岳に繋がる南沢尾根

   岩盤に造れた桟道.8:50

   又桟道の始まる丸太柱の足元に「小島・・」と名前が小さく記してあるのに気付く。
     この芸術的な造形物を造った頭(かしら)の印だろう。殆どの丸太橋は新しく今年造り直したもののようだ。

   場所によっては古い丸太橋の残骸がその下に埋まり.或いは剥き崩れた所をそのまま重ねて造られている桟橋もあった。
     桟橋の図面は誰が描くのだろうか? 殆どが毎年のように雪崩で崩れている。以前の形を考慮して頭で作るのだろうか?
     どう工作したらよいか図面を描き.作品のよう造られている。規模が大きいだけに想像するだけでも.この上もなく面白い。

      山彦
   越中沢岳の支尾根.木逸山から東へ落ちる尾根末端は緩やかに扇状に広がり.急激に黒部湖左岸に落ちている。
     側壁のような対岸からの距離はまだ狭い。右岸の水平道.桟道を抜けた所で1本取る。
     足下深くには緩やかに蛇行するコバリトブルーの湖水が覗き込める。

   対岸に向かい先輩が子供じみ「ヤホー!」と叫ぶ。間が空き.谷間全体に「ヤホー!」と山彦となり.こだました。
     対角に跳ね返った言葉が幾つも重なり反響して谷底を詰めては間を空け1つ言葉として返ってきた。
     同じ音量で「ヤホー!」と叫ぶ声が谷一杯に響く。やや上流の方が谷幅が狭く感じられたが.谷全体からコダマしたのは確かだった。

   この右岸の桟橋道は下廊下と全く異なっている。・・1966年08月下旬下山
     下廊下は径幅0.8〜1mで欅平まで左岸の岩壁を反コの字に掘り込んだ上下のない完全な水平歩道に近い。

   谷底までの高度感は強く.脆い岩場もあり.岸壁高くに刻み造られている。
     又平から左岸の黒部湖々畔径は危険はないが2つの大きな入江があった。そこは時間を費やしている。

    平上流.黒部川右岸の径
   後半は穏やかな湖畔径に.平〜黒四ダム地形図・・9:18

   待つこと1時間半.ブナに囲まれた平ノ渡場に着く。この湖畔右岸の径は何故か? 野鳥のさえずりも虫の啼き声も聞こえずにいた。
     それは昨日下った読売新道でも.森に囲まれた奥黒部ヒュッテの周りでも聞くことはなかった。

   静か過ぎる森.又それもよい。自分の踏み締める枯葉の足音だけを聞く。径脇にリスが大きな松の実を齧った跡を見ている。
     山鳥とは違い綺麗に片付けた跡だけが残されていた。

    樹間から針ノ木谷出合を臨む
   高巻き径より.8:56

   渡船まで充分時間があり.渡場先の高台に上がり雄大な黒部湖を臨む。
     黒部湖を回る遊覧船が針ノ木谷出合でUターンし.ゆっくり戻って行く。結構乗客は多い。船上からは森の中の私達は見えないだろう。
     改めて天空を見上げると樹冠を縫い雲1つない蒼空が広がり.対岸の尾根を越え立山の頭がチラッと望まれた。

    現在の平ノ渡場.(針ノ木谷側船着場)
     10:15
    平ノ渡場着9:31・・針ノ木谷側発は6:20.
10:20.12:20.16:20.17:20.(6/20〜10/31)

     旧平ノ渡場
    

   幾つかある下降禁止口・・確りしたコンクリート階段.直ぐ右にもあり.現在は写真に隠れた右脇(上写真)の階段を利用していた。9:28
     旧平ノ渡場は下流側100m程にあり.1967年08月に現役3年の時の夏合宿で.内蔵ノ助平から南沢出合へ抜ける折.平から渡っていた。

   その時利用したのが左側の確りしたコンクリート階段だった。
     当日は食料不足で平ノ小屋主人から渡場の番犬に預かった1匹の小さなイワナを失敬し.6人で漁った覚えがある。

   平から17時10分発の船に乗り.針ノ木谷出合までは湖岸の淵の径を歩んでいる。
     今はここも丸太造りの大高巻きの径が造られていた。
     昔の渡り場と異なり今は丸太の安易な丸太だけの階段になっていた。仮の渡場にも思える。

      平ノ渡し一黒部ダム
       9:00針ノ木谷.船着場10:20=10:35平船着場一11:20小:30一12:45ダンボ沢入江最奥.大14:00
       一14:50ダムサイド脇15:05一15:20黒部ダム15:35.(行動時間8時間25分).
      平ノ渡し
   見る限りゆっくり走り止まっているような渡し船。じれったくなる動きで渡し船が近づいてきた。
     航行中.昨日はルァーで岩魚1匹を釣り上げていた。奥黒部ヒュッテで聞いての話だがまさか乗客を乗せ釣りをしているのでは?

   10時20分ジャストに9人が乗船. 再びゆっくり我々を乗せ水面を切り左岸へUターンした。
     右舷のトモからミヨシの下流を望むと赤沢岳西尾根が大きな尾根を湖水へ落としている。あの下に関電のトンネルがあり.扇沢へ潜り抜けている。

   船頭は平ノ小屋の主人は関電より委託され.小屋から望遠鏡で対岸の船着場に人影を見付ければ出船するという。
     舵を握る船頭が居なくなったと思ったら左舷より竿をだし.目の前で25cm程のニジマスを仕留めている。
     往路は4匹.どれもちっぽけだと言う。それで動かぬ理由が分かった。

   職業釣り師としてこの地に小屋を設けた祖父から3代目.血の繋がりは強いようだ。
     先月の鳥甲山に続き竿を持参しなかったことが悔やまれる。持参するだけであってよいのでは?

    中ノ谷入江最奥のガラ場を横断
   左岸の深い入江.11:16

      左岸の径
   対岸に渡り今度は左岸の湖岸の小径を歩む。
     中ノ谷の出合では対岸の入江が見えるも.そこまでが40分程掛かる遠いい巻き径だった。入江沿いに上流を遡る。

   小さな起伏に大きな桟道が1つあった。入江の向かいが中々近づかず時間ばかり費やし.入り江の対岸にでている。
     漸く入江出合の河原を渡り.丸太階段を登っている。それからが又入江入口までが長い。やっと湖畔の下り径に辿り着いた。

   その先御山谷出合までの湖畔の径は蛇行も少なく捗る距離。
     後の入江は歩き易い径は重くなった足が如何にか軽やかになるも,何時の下山の足取りとは違い
     急な下山道ではなく.延々と湖畔の水平道径続いている。

      昼食
   裸足を川の流れに浸し涼しみを取り.御山谷出合の河原で昼食を摂る。
     今日は昨日に替えたカレーライス.ジョウゴで正しくアルファー米に湯を加え.レトルトカレーに福神漬を添えた。

   せっかちな仲間達.蒸す20分を待つのが待ちきれず.食いを止めるのに大変だった。
     10分で摘み食いを始めた3人が時間前に蒸す口を開けている。芯はない.今までで一番米らしくなっていた。
     カレーとオニオンスープも似合っている。トワァイニング紅茶の薫り高く旨かった。

   鈴木の言葉で考えさせられた。アルファー米は便利だと思っていた。20分我慢するなら無洗米で米が炊ける。
     頷く私.考える必要があるのでは。次の1本で最後のダムサイトにでる。

    赤牛岳
   ダム湖.右岸の湖畔より.12:14
    右が越中沢岳からの木挽山と奥木挽山.

   以外と早くダンボ沢を対岸に渡りホテル「黒部くろよん」にでている。そして休むことなく.着替えをしてダムサイドにでた。
     昔は平へ向かうにはダムサイドから高いダムサイドの肩上まで登り返し.左岸に入り込むガレたカンパ谷を真下に覗き谷底まで下っいた。

   登り返せねばならぬ進めぬ谷間の径。カンパ谷を越すまでにいい時間を費やしていた。今はトンネルと確りした吊橋が架けられていた。
     
渡った所には黒部湖遊覧船の発着所ができ.ダムサイドと並行して散策路ができている。


   観光客でごったかえすダムサイド。堤上は陽射しは強いがカラっとした秋空を迎えている。
     ダムサイドから最後に望んだ赤牛岳. 黒部湖上流にはデンと2つの山脈を挟むよう構え聳えていた。読売新道下り終える。
     不安な状態での山登りは.甘えられる先輩.同輩に助けられ乗り越えられた。今回も感謝に堪えない.ありがとうございました。

    黒四ダム.湖面より
   カンバ谷出合吊橋から.14:47
   観光ダム放水6/26〜10/15・・ 昔の水平歩道と黒部川第四ダム

     下山アプローチ
       15:20黒部ダムロータリーバス¥1.500. 15:35=扇沢¥1.440,16:00=jr信濃大町¥650.16:32=松本.天婦羅ソバ¥380
       松本スーパーあずさ32.特急券¥2.310+¥30.90. 18:35=21:06新宿.
      jr小糸線
   大町行路線バスは距離の割りに路線バス代が高くガラガラ。その上高速道均一¥1.000も響いている。
     最近アルペンルート沿いの大町温泉郷(葛温泉から引湯.日帰り風呂「薬師ノ湯\600」)が開湯した。
     寄る予定は先輩の「面倒くさい!」の言葉で通り過ぎている。

   路線バスが大糸線信濃大町駅に着いた時.ホームに列車が入線していた。もう駄目かと諦めると3分待ちとある。
     間に合うと手近な自動販売機で¥180切符を買う積りが慌てたのだろう他のボタンを押し不足する。

   心配した先輩が戻り.小銭を追加してホームに飛び込んだ。駅員は見守ってくれているが昇り階段を越えれねばならない。
     喘ぎ登り返し.車内に踏み込んだところで扉は閉ざされた。

   鈍行の列車は新車両だった。進行方向右が向かい合わせの横の座席と反対側は窓際を綴る縦の座席になっている。
     初めて乗り込む見慣れないスタイルの車両.何処に坐ってもアルプスが見える。その縦の座席に大の字に座る。

   正面向かいの車窓からは走る安雲野の田園風景に餓鬼岳に続き.顕著な風格を示す有明の岳が流れてゆく。
     その奥の頂稜が表銀。水晶小屋から望めた大天井岳は斜陽の陰となり黒い陰で望められていた。
     この2日間で遠くから大天井の岳を西と東.両面から望んだことになった。

   車窓の流れに家屋は増し松本の町に入る。
     「スーパーあずさ」は始発の松本駅から満席だった。切符が取れず列ぶこと1時間半.久し振りホームで列車を待った。

   昼用食糧
     8/20.冷やし中華ソバ. キューリ1.トマト2.ゆで卵3.(辛子!)
     8/21.中華焼ソバ.   インスタント焼ソバ.レトルイト中華丼の具.きのこ汗.(生姜!)
     8/22.ラーメン.      カップヌードル.餅3切れ.乾燥ラーメンの具
     8/23.カレーライス.   
. アルファー米.レトルイトカレー.福神漬.オニオンスープ.(米を炊く!)

     リンゴ3.レモン3.ジャガイモの煮付け.水羊羹×12.コーヒー.インスタント3×2.コーヒー3×2.紅茶2
     (栗菓子3.ゼリー菓子3.酒3. ビス.カロリーメイト.アメ玉.)
     コンロ2.コッヘル2.食器3.皿3.カップ3.デジタルカメラ.富士フイルム.FinepixF60fd.1200万画

   入山前の腰痛状態
     7/28.町会会館を掃除し区清掃局に委託する折.左腰を捻りギックリ腰状態になり.立っているのが精一杯だった
     7/30.連合ラジオ体操会欠席
     7/31.    々
     8/08.北ア,読売新道.山行準備会.腰痛は治まるも.何か芯が残り不安定な状態が続いた。語らず
     8/13.K氏に連絡. 芯がまだ取れず週末まで様子を見るよう助言を受ける。中止の場合は安達太良山2泊の提案あり
     8/14.S氏連絡取れず. 寝返りが取れるようなる
     8/15.S氏に連絡.事情を伝える. K氏より草津温泉2泊で上信越の山の提案あり
     8/16.K氏.S氏に連絡. 空身では不安はないが先は未知数.入山したい主旨を伝え決行。登山靴で夜間1時間程街を歩む
     8/17.夜間1時間程.街を歩む
     8/18.夜間30分程街を歩む
     8/19.出発. 腰保護用ストッキング着用し初めて半ズボンと兼用する.甘え新穂高から入山.その日の調子で先を考える
     8/20.朝も体には異常は認められず.鏡平泊りが程よい疲労となる

   「読売新道」・・鈴木.田中校正.創立50周年記念山行
   立山連峰の八ッ峰ノ頭から新穂高まで北アルプスを綴る空白地域は一ノ越と真砂岳の間だけになる。

     新穂高温泉一鏡平一三俣蓮華岳一水晶小屋
     水晶小屋一読売新道一奥黒部ヒュッテ
     奥黒部ヒュッテ一平渡し一黒四ダム・・大桟橋と変貌し過ぎた左岸のダムサイド